第38話 そういうもの
「……どうだ?」
フィッシャーの声が反響を伴って周囲に響く。軽やかな風の流れを受けた木の葉がざわめいて、木陰に沈黙のわだかまりが訪れた。
「どうだって言われても……。う~ん、どうなのかしら。そもそも私は何が何だか分からないし……」
ルルーゼが前に出て内部をのぞき込む。さきほど俺が感じたあの不気味な感覚はなさそうだ。俺はこわごわしながらも一歩、二歩と歩を進め、ルルーゼに並び立った。
「あっ、ロジタール、どう、あなたの屋敷なの?」
とりあえず危機はなさそうだ。俺たちは周囲の気配を探りながらエントランスに足を踏み入れた。
「そういう気もするが、何というか、ちょっと違うような気もする。あ、いや、でもやっぱりそうかな……」
「おいおい、自分の屋敷も分からないっての言うのかよ」
「それならばロングラン、そちらはどうだ、この屋敷が自分のものではないと言い切れるか」
「愚問だな、俺の屋敷ではない。雰囲気が違う。……だが、貴様の屋敷に行った時もそうだが、まったく、この屋敷っていうのは何なんだろうな」
ロングランが真面目腐った表情で呟いたが、それに対し全く別の角度から切り込んだ者がいた。
「ふふ、生きてたりしてね。そして私たちを食べてしまうの……、こんな具合にっ!」
ルルーゼが目を見開いて手を振り上げたかと思うと、指先を獣の牙に見立てて、勢いよく何度かぱたぱたと開閉して見せる。
「……」
実を言うと、俺はそのしぐさを見て素直に可愛いと思ってしまった。そもそもルルーゼは一応は令嬢なのであって、ルックスそのものはそれなりに高いレベルでまとまっている。だが他の二人の見方は違うようだ。
「おい、初対面だがあえて言わせてもらうぞ、何をバカなことを言っているんだ、この小娘は」
「いやいや、緊張をほぐすためにも、このようなバ……いや、陽気な者は必要だぞ」
「ちょっと何よあんたたち! ロジタールも変に固まってどうしたのよ、何か言ってやって」
ルルーゼが俺の顔をのぞき込む。俺は動揺を見せまいと、一つ咳ばらいをして調子を整えて彼らに向き直った。
「あ、い、いや、さっきのルルーゼの話だが、あながち冗談と言い切れないかも知れないと思ってな」
「おいおい、こいつに話を合わせてやる必要はないぞ」
「何よっ」
ロングランとルルーゼの言い争いが始まりそうになるのを見て、俺は慌てて彼らの間に言葉を差し込んだ。
「いや、この屋敷だがな、地響きと共に知らない部屋が出来ていたり、奇妙な生物がいたり、何かと訳が分からない所があるのだが、ふと屋敷自体が生き物だと、そういうことを考えたこともあったなと思い出したんだ」
ロングランが腕を組んで考える。
「そういえば、貴様と初めて出会った時、そんなことを言っていた気がするな。俺はあいにくと屋敷が変化する所を見たことはないが、そのあたりを調べれば少しは事態が見えて来るんじゃないか」
フィッシャーが周囲を見渡して言う。
「なるほど、だが俺はこの玄関しか知らないし、まじまじと見た訳でもないから、あまり役に立つことは言えそうにない。とりあえず周囲には怪しい気配はなさそうだし、手分けして少し調べてみるか。俺はもともと単独行動の方が得意なんだ、こっちを調べてやろう」
そう言うと、フィッシャーは足早に階段横の通路に向かって歩き出してしまった。
「あっ……」
こういう時、こんなことを言い出す奴はだいたい何かに出くわす。俺はそのフラグを止めることを出来ず、フィッシャーの背中を見送ることしか出来なかった。
「おいロジタール、それじゃ、俺たちは貴様が言っていた、拡大した廊下と部屋とやらに行ってみるか。たしかそこは貴様の屋敷ではがらんどうだったよな。何と言うか、ちょっとだけ悔しいが貴様の屋敷は特別なようだから、それでここが貴様の屋敷だとはっきりするはずだ」
俺は歩き出そうとする二人を引き留めた。
「いや、こういう時はな……。落ち着いて、静かに耳を澄ますんだ」
「……?」
俺はロングランとルルーゼに対し、口元に人差し指を当てて静かにするよう促した。二人は怪訝な顔をしながらも俺に従い、口を噤んで周囲に注意を払う。
やがて……。
「うおおぉぉっ!!?」
フィッシャーの叫び声が館内に轟いた。ただ、それは危機を知らせるようなものではあるのだが、どことなく情けなさを思い起こさせるようなものでもあった。
「よし、行こう」
俺は先陣を切って彼のいるだろう通路へ向かって歩き出した。二人は不思議な顔をしながらも俺に追随する。
「おい、どうして分かったんだ、貴様にはそういう不思議な力もあるのか?」
「……いや、こういうのは、まあ、そういうものなんだ」
「そういうもの? まあいいけど、あの声はただ事ではなさそうよ? 何か大変な目にあっていなければいいけど……」
フィッシャーはああ見えて大袈裟な所がある。行動を改めたとしても、俺は未だに忍者三人衆の筆頭として号令をかけていた脳裏に焼き付いている。あれを見る限り、強いられていたとはいえそれほど嫌がっていたとは思えないのだが、フィッシャーにはフィッシャーの考えがあるのだろう。
とはいえ、それでも彼が素っ頓狂な叫び声を出すにはそれなりの理由があるはずだ。俺たちは足早に通路を進み、そしてフィッシャーのいる部屋へと身を滑り込ませた。
!!
そこには異様な光景が広がっていた。
部屋の手前、入り口側にフィッシャーが尻もちをついて倒れ込んでいて、それを部屋の奥手にいる別の人物が覗き込んでいるのだ。相手は黒色のフードを被っているが、身長はかなり低いか、もしくは背筋が曲がっているようで、とにかく小さく見える。
屈強な忍者を見下ろす小柄な人物、その対比が何とも言い難い不気味さを演出し、それはたやすく、見えない鎖で俺たちの足をその場に押しとどめた。




