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探求者ロジタールの苦悩  作者: 石たたき
第一章 封印された男
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第1話 我が名はロジタール

 俺の名前はロジタール……らしい。どうやらこの世界に転生、もしくは転移したようだ。というのも、こうして森の中にいるのだが、風景、状況に全く心当たりがない。


 記憶喪失と言えばそうだ、しかし、元の世界の記憶がある。ここが元の世界と違うならば、それは異世界なんだろう。

 

 服装は野暮ったい茶色のローブ。よくある冒険者のような服装だ。


 元の俺はただのサラリーマン。新卒のカードを上手く扱えず、何となく適当な所に就職してしまい、日々をだらしなく生きる悲しい人間だ。


 それがどうしてここにいるのだろう。夢か? 夢なら夢でもいいが、しかしそれにしてもリアリティが尋常ではない。ならば現実なのだろう。


 悩んだ結果、一つの結論に行きつく。いずれにせよ、こうして考えていても仕方がない、ということだ。


 しかし、前後左右を木々に囲まれて、視界も利かず、何をすればいいの分からない。


 転生というからには、ナビをしてくれる女神様がいたり、どうすればいいか指示してくれる者がいてもいいはずだ。それが全く見当たらない。どこまでも静かな森の息吹が広がっている。


 こういう時は、何か行動のヒントがあるはずだ。


 そうして耳を澄ましていると、叫び声のようなものが聞こえた。声は森の中で反響して出所がうまく掴めないが、そこまで距離は無さそうだ。


 俺は足音と気配を殺し、そっと近付く。


 やがて木々の切れ目から声の出所をのぞき込んでみると、一人の老人が倒れ込んで後ずさりしている様が見えた。彼の視線の先には、何やら人の形をした木が見える。


 そう、木だ。


 木は枝を手のように広げ、その老人に襲い掛かろうとしている。本来の根っこのようなものが足となり、じりじりと前進している。


 俺はその現実を受け止められず、どうしようかと考え込んだが、ふと体の中から湧きあがってくる奇妙な力のを感じた。


 俺は何かに導かれるようにして、茂みから飛び出すと、木の化け物を目掛けて手の平をかざして、声を出していた。


「下がって!」


 老人が勢いよく後退する。そして次の瞬間、俺の手から衝撃波のようなものがほとばしっていた。


 その衝撃音と共に、木の化け物が勢いよく弾き飛ばされた。化け物はそのまま奥の木にぶつかると、そのまま動かなくなった。そして、自然の中に分解されていくように、その場に溶けていった。


 ……しかし地味だな。


 内面から湧き上がる衝動に期待をしたが、それが衝撃波だけだったというのは、正直に言うと地味だと思った。しかしそれは間違いなく俺が行ったことだ。威力はそれなりにあるようで、まあ、悪い気はしない。


 老人を見ると呆気に取られたような表情で俺を見ている。白髪混じりだが、肉体はそれほど弱々しくはない。むしろ、それと比較すると健康的であるようにも見える。


 老人は戸惑いながらも口を動かした。


「……い、今のはお主がやったのか……?」


「は、はい」


 今はまだ、「そうだ」と威勢よく答えるのは気が引ける。俺自身、まだ半信半疑なのだ。


「まさか、お主は……」


 その目には警戒心が大に宿っている。俺はその眼差しを前に、軽々しい返答を避けた。


 静寂の中、老人は何か考えているようだったが、やがて身を起こし、ゆっくりと俺の目の前に身を運ぶ。


「……いや、これは命の恩人に対し、無礼を働いてしまったな。謝罪と、そして改めて感謝を述べよう」


 老人はうやうやしく頭を下げた。そして言葉を継ぐ。その声には既に敵意はない。


「ふむ、見た所、旅人のようだな。このような時間からでは、あまり身動きもしづらくはないか。なあ、そうではないか、そうに違いないな」


 有無を言わせぬ言葉の連続に、俺は思わずたじろいだ。空には黄金の光が差し始めている。時間で言えば午後四時を回った頃合いだろうか、土地勘もなく、老人の言葉は確かに正しい。


「は、はい、そうかも知れません」


「君は運がいい、そして私も運がいい。私はこれから急ぎ向かわねばならない所がある。それでだな、誰も来ない辺鄙な場所ではあるが、少しばかり屋敷の留守が心配だったのだよ。なあに、特に何もない屋敷だが、宿替わりにはなるだろう。はい、これが鍵ね。方向はあっち、後はよろしく!」


 言い終わるが早く、老人はその姿に似つかわしくない早さと軽さで、その場から遠く離れていってしまった。

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