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1-7:お願い、ワタシを殺してよ

1-7


 わたくし達、神代と神代の一族には、古来よりこの国を守るための2つの聖武具が伝えられています。

 本家である神代の人間に代々継承されている炎聖扇と、分家である神代の血族でもっとも優秀な人間への受け継がれていく水聖扇です。

 聖武具は二対で一つとされています。

 力を具現化する武具と、継承者が内に秘めたる魔力の二対をもって、1つの聖武具として本来の力を発揮すると言い伝えられています。

 聖武具を使い、神代の一族は古来より、地界から地上へ迷い込んだ魑魅魍魎から人知れず、この国に住まう人々を守ってまりました。

 神代の名を冠した本家に、一人娘として生を受けたときから、わたくしは炎聖扇を受け継ぎ、この地上に生きる人々を守らなければならない運命でした。

 そんな自分の使命を恨んだことはありませんでしたし、苦しむ誰かを守れるために炎聖扇の後継者に選ばれた自分を少し誇らしくさえ想っていました。

 ですが、一族の使命にがんじがらめにされている自分が少しばかり寂しかったのも真実でもありました。

 無精子病ではありませんでしたが、神代の血を引く父は生来より精子量が少なく、子作りには大変な苦労がともなったと聞いています。

 水聖扇とは異なり、炎聖扇を継承する事が許されているのは神代の名を冠する本家の血筋を継ぐ者のみ。

 神代の名を冠する分家の人間にも炎聖扇を継承できるように研究もされているようです。ただ、聖武具はジンダイ一族に代々伝わるものでありながら、その出自は謎に包まれております。

 古来からの文献では、大地からの授かりものだと記されているものもありますが、真実は誰にも分からず、伝承以上の使い方もわたくし達には分からないのです。

 過去、継承者問題に陥る度に炎聖扇を神代の名をもつ分家にも継承すべきとの声が上がり、しかしながら、分家の者は結局一度も炎聖扇を使いこなせる事が出来ないというのを繰り返してまいりました。

 分家にも炎聖扇を譲ることが出来ない、なんとしても自分の子を作らねば、未来において暗闇の中で暗躍する魑魅魍魎から人々を守れる守護者が途絶えてしまう。

 心優しい父にとって、人々の未来を請負いながらも、自らの力で打破できない状況はたまらなく苦しく、つらいものだったのでしょう。

 父は契りを結んだ結ばない関わらず、数え切れないほど多くの女性と繋がって、神代本家の血を残そうと血眼になって子種を残していたようです。

 やがて、そんな色々な方々の血がにじみ出た結果、母が身ごもり、神代本家の血をつけ継ぐわたくしがこの世に生を受けたのです。

 神代の家に侍女として雇われていた母は父と愛し合って結ばれた訳ではありませんでした。

 母はどうしてわたくしを身ごもったかも分からないとさえ、言っておりました。

 ですが、経緯はどうであれ、わたくしは父と母の二人の娘でした。そして、愛し合わずの末に上に生まれていたとしても、二人の血を受け継ぐわたくしを、父も母も共に愛してくれました。

 それまで繋がりのなかった父と母ですが、わたくしという娘が生まれた事で繋がりが出来ました。

 順番は世間一般から見れば、ちょっとおかしかったかもしれませんが娘を愛してくれる内に、二人の間にも愛が生まれ、今ではわたくしがちょっと焼き餅してしまうぐらいのおしどり夫婦となっております。

 そんな二人の元に生まれたわたくしは、二人には愛されましたが、神代の一族にとっては炎聖扇を継承できる唯一の希望でした。

 継承の失敗など万が一にも許されておりませんでした。

 幼稚園こそ、母の希望で通わせていただくことが出来ました。

 それは、わたくしが自分に課せられた使命を知らずに無邪気に友達と遊べていた大切な想い出の一時です。

 仲の良かった友達が、小学校の準備を始めて行き始める頃、わたくしだけが幼稚園を退園させられました。

 何も知らなかった少女の時間は終わりを迎え、神代穂乃華になるための日々が始まったのです。

 幼稚園を退園させられたわたくしは義務教育を受けておりません。

 5歳の誕生日を迎えたその日に、神代の一族が代々修行の場としている総山に移らされ、炎聖扇を継承するための修行の日々が始まったのです。

 総山での修行では、穂乃華という個人は存在しておりませんでした。

 神代本家を継ぐ娘。

 ただ、炎聖扇を継承し、地上へ迷い込んできた魑魅魍魎から守れる存在となるために、修行・修行・修行の日々でした。

 娯楽なんて何処にもなかったのです。

 友達さえも居ませんでした。

 一度、修行が辛すぎて総山から逃げ出した事もありました。

 もちろん、まだ10歳ぐらいのわたしくが大人から逃げ切れる訳がありませんでした。

 逃走計画は一日も持たずに頓挫して、泣きじゃくるわたくしは総山に住まう人間に抱き抱えながら、修行場に連れ戻されるのでした。

 逃げ出したからにはきっと酷い罰があるのだろうなとその時は思っておりましたが、わたくしに対する罰はありませんでした。

 ただ、わたくしに同行してきていた、大好きな母が神代の一族に暴行される姿を一日中見せつけられる以外は。

 あの罰はとても堪えました。

 母は強い人間でしたので、どんなに殴られようとも、鞭で打たれようとも、汚物を浴びせかけられようとも、泣きわめくことなく耐え続けていました。

 その悲鳴は聞こえずつとも、1秒ごとに母の体に傷が増えていくのを見続けるうちに自分の中から、神代への反抗心が抜け墜ちていくのを確かに感じました。

 当時、炎聖扇の継承者であった父が総山に戻ってきたことで母への拷問は終わり、わたくしは父と母に向かい一晩中、ごめんなさいと泣きじゃくるのでした。

 そこから先は、炎聖扇を受け継ぐために、神代の修行に従順に従いました。

 逃げ出したって終わらない。

 この総山を下りるために、継承者として胸を張って下りなければならないと分かりましたから。

 結局、総山を下りる許可が最長老から下さるまで、12年の歳月を要してしまいました。

 同級生達が義務教育を終え、さらに高校生活を青春で謳歌したのと同じ日々を、わたくしは同学年の友達なんて誰も居ない神代の総山で過ごしたのです。

 炎聖扇を父から正式に継いだわたくしは、神代の一族に迷惑を掛けない範囲であれば自由が行動が認められましたので、すぐに最長老へ直訴しました。

 わたくしも学校へ行きたいですと。

 そこからの話は早かったです。

 神代の一族は政府とも強いパイプを持っておりましたので、義務教育すら受けていないわたくしが大学受験資格を得るのは僅か三日でした。

 総山での生活は修行がメインでしたが、休息日もありました。

 娯楽のない場所でしたが、図書室はあり、一通りの学術書が揃っておりました。

 修行だと厳しくわたくしに接する総山の人達も、休息日に学術書をもって分からない所を聞きに行くと親身になって教えてくれることが嬉して、修行の休養日はきまって、図書室に籠もって勉学に励んでおりました。

 その甲斐もあって、学校へは通っておりませんでしたが、人並み以上に勉学は出来るようになっておりました。

 志願して入学した大学生活ですが、最初は馴染めておりませんでした。

 わたくしの中にある、共同生活は幼稚園止まりです。流石に大学生ともなれば、あのときのように無邪気に接するわけではありませんした。

 幼稚園と大学の違いに戸惑っておりましたし、わたくしは 総山の皆さんに勉学を教わったので、少しばかり生死の輪廻学に対する情熱が熱すぎたようでした。

 わたくしは自分が好きなことを一生懸命しているだけでしたが、それも結果、大学の皆さんを遠ざけてしまう1つだったようです。

 そして1人きりで大学生活の1年目を終え、進級した翌年、出会ってしまったのです。

 わたくしがどれだけ暴走しようと、後ろから冷めた目だけどちゃんと見てくれる人と。

 最初は見てくれているだけで嬉しかったけど、すぐに我慢できなくなりました。

 たまらず、わたくしは理琴の隣に座ってしまいました。

 でも、それがきっかけで、わたくし達は友達になることが出来ました。

 そこから先の大学生活は本当に楽しかった。

 総山で感じていた12年間の苦しみも理琴と遊べている時間の想い出が癒やしてくれた。

 ずっと理琴と一緒に居たかった。

 遊びたかった。

 お話したかった。

 理琴の住む世界の平和を、わたくしが炎聖扇で守っていきたかった。

 なのに、現実は違った。

 昨夜、最長老から差し出された炎聖扇を握りしめる手が、自分に告げられた神代としての使命を思い起こさせる。

 だけど、ねえ、どうして世界を守るために、親友を殺さないといけないのですか?




「それが、炎聖扇ね。じゃあやっぱり、使命が下ったのは嘘じゃないみたいね」


 昨日、穂乃華から借りていた本の中には、神代の一族について記された文献もあった。

 だから、親友の右手に握りしめられている深紅の本体に金色の装飾が絢爛に施されているその扇子が、彼女達の一族に代々として伝えられている聖武具、炎聖扇であることはワタシにも分かった。

 鴉の夢を見たくなくて、一晩中文献を読みあさっているときは、こんな一族の秘密に関わるような文献をワタシなんかに見せて大丈夫なのと読んでいる自分の方が不安になっていたけど、穂乃華はこうなる未来を予想していて、ワタシに聖武具のことや神代の使命を知っていて欲しかったんだね。


「でも、炎聖扇だけね。見た所、水聖扇の継承者はいないみたいだけど、大丈夫なの?」

「理琴は魑魅魍魎ではありません。今のアナタなら、炎聖扇で生み出す炎だけで充分なのです」


 二人以外には誰も居ない山頂で、穂乃華が深紅の扇子をワタシに真っ正面から向けてくる。


「放っておけば、あと2日後にはワタシは魑魅魍魎みたいな存在になっちゃうかもしれないけどね」

「そんな事言わないで下さい。理琴はまだ理琴ですよ。わたくしの・・・大切な友達なのですよ」

「で、穂乃華、これから何をするつもりなの?」

「・・・理琴を・・殺します・・」

「その言葉って、嘘でしょう」


 乾ききった雑巾から水を絞り出すかのように呟かれた親友の言葉を、即否定した。

 ワタシが殺されたくないからじゃない。

 あの日一緒にチョコプラペチーノを一緒に飲んで以降、ずっと仲良くしてきたから分かる。

 穂乃華にはワタシを殺す覚悟はない。

 この後に及んでワタシを殺さずに状況の収束を謀ろうと希望を抱いている。


「嘘ではありません。理琴を殺すのは神代の最長老の命なのです。それに、あなたの中に宿った堕天鬼を野放しには出来ません、理琴が人を殺してからでは遅いのです。殺るなら、今しかないのです!」


 金色の装飾が施された深紅の扇子から火柱が昇った。

 これこそが、炎を自在に操るとされる炎聖扇の能力。

 包み込んでくれるような暖かさの炎はまるで穂乃華という人間を象徴しているかのように思えた。

 星明かりだけで薄く暗かった山頂に、炎聖扇の炎が加わった事で、親友の顔がより鮮明に見えた。

 ワタシと同じく、決意を秘めた悲しい顔が。


「だからって、ワタシを殺さず亜梨子に手を出したしても、きっと何も変わらないわよ」

「!?」


 穂乃華の瞳が大きく見開かれる。

 本当、あんたは嘘をつけない正直な子なんだから。


「どうして、理琴がそのことを知っているのですか?」

「今日ずっと一緒に居たからね。親友の考えてること位、なんとなく分かるわよ」

「そうですか、やっぱり、わたくし達は親友なのですね・・・・」

「そうだよ。だからさ、ワタシ達以外を巻き込むのは止めて欲しいな」

「出来ません。理琴は先ほど言いました。亜梨子さんの姿を見ていたら、堕天鬼が反応したと。堕天鬼が理琴に取り付いたのはきっとアヘッドバス事故の時なのです。そして、理琴と亜梨子さんはあの事故の唯一の生存者。今回の件に、あの方が無関係な訳がないのですよ!」


 状況証拠は出来すぎていて、堕天鬼と亜梨子が無関係な訳がないと主張する穂乃華にはワタシも同意。

 もしかしたら、亜梨子から堕天鬼の呪いを紐解く手がかりが見つかるかも知れない。


「でも、あの人は何も知らないの。バス事故から奇跡的に生き残って、何事からも彼女を守ってくれる素敵な旦那さんと結婚出来て、今は新しい家族までお腹に宿している。警察署で話を聞いたときに、ワタシが思わず嫉妬しちゃう位に幸せの絶頂にいるのよ。だから、そっとしておいてあげたいな」

「嫌です。理琴を殺さなくて良い道があるのなら、わたくしはわがままだと言われようとも、誰かに迷惑をかけようとも、その道を選んでみたいのです!」


 炎聖扇から火柱が消え、再び世界が薄暗くなる。

 星明かりだけの淡い光だけじゃ、互いの顔さえよく見えない。


「逃げて下さい、理琴。まだ2日の猶予があります。その間に、わたくしがあなたの呪いを解く術を見つけてみせます。理琴を殺したと一族に嘘の報告をすれば、神代の目も緩み、2日間ぐらいならきっと逃げ通せるはずです」


 大好きな親友のお願いだけど、それは聞くことが出来なかった。

 薄闇の中、穂乃華と対峙したまま、一歩も動かなかった。


「どうして・・・理琴は逃げてくれないのですか?」

「だって、殺されるなら、訳の分からない奴じゃなくて、穂乃華に殺されたいから」

「どうして、そんな事を言うのですか! まだ、まだ時間はあります。だから諦めないで下さい!」

「諦めた訳じゃない。でも、もう、怖いんだよ」


 左腕を掲げる。

 穂乃華が現実を認めたくないと言っているかのように、目をそらす。

 左手には、堕天鬼の呪いの証と言われている禁紋がある。

 今朝まではなんとかブレスレットで隠せるぐらいの大きさだったのに、亜梨子を見ていて白昼から鴉の声が聞こえた時から、禁紋がさらに成長を早めて行って、今ではもう肘に届く位にまで禁紋が刻まれている。

 それは禁紋がワタシの左腕に黒く刻まれている。

 薄闇の中においても、黒の濃度が段違いなのか、薄闇に溶けることなく、確固たる存在感を示している。

 見れば見るほど、文献に残されている禁紋と同じ紋章が描かれていて、本当嫌になってくる。

 ワタシは、堕天鬼の呪いにかかっている。

 禁紋はそんな現実をまざまざと突きつけてくる。


「あと2日と夢の中では告げられているけど、本当にそうなの? さっき、亜梨子と喋って眠ってもいないのに鴉の声が聞こえた。そして、この禁紋の異常な成長速度。ねえ、本当にあと2日あるの? 今度寝てあの鴉にあったら、もうタイムアップが近いとか言われない? ワタシはもう寝ることも出来ないない。あの鴉に会うと思うと、怖いんだよ!」


 お願い、穂乃華。

 現実から目を反らさないで、こっちを見てよ。


「ワタシは誰を殺さないといけないの? 誰を殺せば良いの? 1人殺せば終わるの? 終わらないよね? だって、堕天鬼に呪われたとされるのは稀代の連続殺人者達。それってつまり、1人殺しても終わりじゃなくて、堕天鬼の呪いは解けず、夢の声は誰かを殺した後も引き続きやってくるって事なのよね?」


 ずっと閉じ込めていた感情は、堰が切れてしまえば、泣きじゃくる子供の叫び声のように止めどなくワタシの中からあふれ出してきた。


「・・・理琴が誰か1人殺すことで、それで全てが終わるのだったら、わたくしが殺されたましたのにっ」

「穂乃華だったら、そう言ってくれるよね。でもそれと同じことなのよ、今ならワタシが1人死ぬことで全てが終わるの」

「そんな事、言わないで下さい!」


 再び炎聖扇に炎が宿り、私の首に突きつけられる。

 ああ、熱いよ。

 皮膚が焼け焦がれるこ痛みが、今のワタシには嬉しくさえあった。

 この痛みはワタシがまだ人間であることの証のように思えたから。


「ねえ、どうして理琴はそんなに平気な顔しているのですか?」

「最後ぐらい、強がらせてよ。親友に見せる最後の顔が、醜い顔なんて、ワタシは絶対にいやだからね」

「なんですか、それは? わたくしはどんな顔でも、理琴の事は知りたかったのですよ」

「あんたが良くても、ワタシが嫌なの。バス事故で唐突に人生が終わる訳じゃない。自分で決めれるのだから、最後は綺麗に終わりたいの」


 炎の向こう側に見える親友の頬を涙が一粒零れ落ちる様を、映画を鑑賞するかのような別世界の出来事のように感じていた。

 ここまで来ても、やっぱり親友に殺されるなんて出来事は、現実感がまったくない。


「ありがとうね、穂乃華」


 2人の交わし合った言葉を最後に、ワタシは炎の刃に向かって一歩を踏み出した。

 炎が首に突き刺さり、脳から繋がる神経を焼き払って、ワタシの全てが闇に染まった。



 でも、ワタシ、和泉 理琴という堕天鬼に呪われた存在は終われなかった。



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