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1-6:二人の最後のお出かけ

1-6


 苦いコーヒーを飲み込みながら、あくびをかみ殺す。

 眠気にはカフェインが効くらしいけど、昨晩一睡も出来ていないワタシには、その効果は雀の涙ぐらいしかなかった。


「理琴、すっごく眠そうですね」


 カフェの向かい側の席に座るのは、ワタシが寝ることを恐れている理由を知っている友人。

 絹絹のようにしなやかな長い黒髪を今日も右肩から垂らすように赤いシュシュで結っているけど、その顔は昨日とは打って変わって覇気が無い。


「ワタシの睡眠不足の理由は穂乃華も分かっているでしょう。それよりも、あんたの方こそ、目の下にクマが出来ているわよ」

「えっ、そうなのですか? すみません、わたくしも昨晩、神代の本家にて少しありまして、眠るに眠れなかったのです」

「あんたの実家、見るからに歴史ありそうだし、大変そうね」

「はい。とてもしがらみが多いのです。ですが、理琴ほど悲壮的であり、過酷な運命は背負っていませんから、大丈夫、大丈夫なのです」


 一歩間違えれば、皮肉にも聞こえてしまう軽口に、ついついワタシも笑ってしまう。

 後2日以内に、人間を誰か1人殺さないといけないとか、そんな運命、非現実的過ぎている。

 けど、確かにこれ以上に悲壮的で過酷な運命はそうあるものじゃない。


「それで、今日はどうするつもり? 借りた本を一通り読んだけど、確かに堕天鬼の呪いに関する有効な手段は何処にも載っていなかったわね」


 この運命をどうやって克服してくか。

 言葉に出さずとも友人は分かってくれていると思っていた。だけど、


「う~ん。実は一晩寝ずに考えたのですけど、今日はわたくしと一緒に遊ぶ日というのはどうでしょうか?」

「はああああああああ!!」


 思わず、眠気も吹き飛んでしまう位の衝撃提案に口があんぐりと開いたままになってしまう。

 でも、不思議と怒りが沸いてこないのは、ワタシの友達は何の考えもなしに、こんな提案をしてこないという事が分かっているから。

 それに、その瞳が今にも泣き出しそうな位に潤んでいる。

 この瞳の意味を、ワタシは知りたくない。


「まあ、折角の夏休みだしね。遊びましょうか」

「え? 良いのですか?」


 今度は穂乃華の方が、驚く番だった。


「誘ったのはそっちでしょう。でも、今のワタシ、凄く眠いから、あんまり遠出だと、向かっている最中に寝てしまって、今日が終わるかもね」

「そこは大丈夫なのです。神代の本家から少しだけ離れた場所ですなのけど、星乃宮区という観光都市ありまして、そこに歴史ある建物である天願館があるのです。そこに行きませんか?」


 身を乗り出すばかりの勢いで誘ってくれる穂乃華。

 いつになく、必死に語るその姿が、ワタシには・・・怖かった。




「え~と、天願館はどちらなのでしょう?」

「穂乃華ぁ! あんたね、誘っておいて、迷子になるんじゃないわよ!」


 友人の真意には気づかないふりをしながら、彼女が誘ってくれた観光名所、天願館をワタシ達は目指した。

 ・・・目指したのだけど、道案内は下調べ済みですから任せて下さいと意気揚々先導していったこの娘は、それはもう見事にワタシを失望させた。

 確かに電車にのって、最寄り駅につくまでは自信に満ちあふれて頼りがいがあったけど、だんだんと人通りが少なくなっていく商店街を進む度、穂乃華の顔が青ざめていき、気持ち落ち着かせようとしているのか赤いシュシュにせわしなく振れていたが、ついにお手上げとばかりに天を仰ぎ始めた。

 そんな友人に、ワタシは小言の一つでも言わないとやってられない。


「だってなのですよ、ガイドブックには、駅を出たら左ですと書いているのですよ」

「貸してみなさいっ」


 ガイドブックを絹のように白くて細いの手から奪い取って、天願館への行き方にざっと目を通していく。


「ねえ、穂乃華。これ西口から出て左って書いてあるけど、ワタシ達が改札口出たのって東口よね」

「それって嘘ですよね、理琴」

「嘘じゃないわよ。まったく、あんたって方向音痴だったけ? 注意力散漫しすぎでしょう」


 しっかり者で頭も切れる穂乃華がこんなケアレスミスをするなんて珍しい。

 本当、隠し事が苦手な子なんだから。


「理琴、何か言いましたでしょうか?」

「別に何も言っていないわよ。ほらそれよりも、早く駅の方へ引き返すわよ」


 1日はどんなに頑張っても24時間しか無い。

 ワタシ達に残されて時間は、もう限られている。

 遅れを取り戻すように駅に向かって踵を返した所で、


「あれ、理琴さんですか?」


 予想外の見知った顔が飛び込んできた。

 三つ編みに編んだ赤毛と幼さの残る顔立ちに、水色のマタニティーワンピースが似合っている。

 ワンピースの上からでも、新たな命が宿されたお腹の膨らみが僅かに分かる彼女の名前は、樹 亜梨子。

 ワタシと同じ、アヘッドバス事故の生存者だ。




 星乃宮区観光案内事務所。

 亜梨子に招待されてやってきた建屋にはそんな看板が掲げられていた。

 どうやらここは、亜梨子のパート先であるらしくて、天願館への行き先へ迷っていたワタシ達にもっとわかりやすい地図を上げますよと案内してくれた。

 先に星乃宮区観光案内事務所の中へ入っていく亜梨子の姿を確認して、他の誰にも聞かれないような小声で、何かを隠している友人へ問いかける。


「ねえ、もしかしてこれが今日の目的だったの?」

「目的の1つではありました。でも、迷子になってしまったのは本当にわたくしのミスでした。こんなにばったりと樹 亜梨子さんと出会うのも予想外なのです」

「そう。じゃあ、先に1つだけ答えておくけど、亜梨子は鴉の夢を見ていないわよ」


 穂乃華が亜梨子に会おうとした目的が何かは正確には分からない。

 でも、ワタシが堕天鬼である鴉の夢を見始めたのは、アヘッドバス事故で生き残ってからだ。

 同じ生存者である亜梨子にも堕天鬼との呪いがあるかもと疑うのは至極当然の流れ。

 前に確認した話だと、亜梨子はワタシのように鴉の夢を見ていないらしいから期待は薄いと思うけど、ここは穂乃華に任せることにする。

 観光案内所の中は、扉を向かいあう形で事務員用の長机が置かれていた。

 向かって左側には、近郊観光名所のパンフレットが綺麗に並べられていて、右側には休憩スペース用に丸テーブルがあった。


「お二人ともお待たせしました。アイスコーヒーも入れましたから、良かったらどうぞ」


 事務所に繋がる翼のレリーフが飾られた扉から亜梨子が出てきて、手慣れた動作で3つのコップを丸テーブルに並べていく。


「ありがとうございます。ですが、亜梨子さんはお体のこともありますでしょうから、わたくしがやります」


 などと言って自然な動作で、穂乃華がお盆の上に置かれたガムシロップを丸テーブルの上に並べている。

 そこからはワタシ、穂乃華、亜梨子の三人で他愛のない雑談をしただけだった。

 考えてみれば、亜梨子とは警察署の待合廊下で喋ることが殆どだった。

 警察署、特有の重苦しく厳粛な空気感の中だと笑い声を上げるような話題は出しづらく、ついつい現状報告の話題に終始してしまっていた。

 こうしてお互い笑い合えるような話題で亜梨子と盛り上がるのは、初めてかもしれない。


「そうでした、お二人は天願館に行かれるつもりでしたよね。全く反対側の商店街であって、その話を聞いた時はびっくりしましたけど、ちょっと待って下さいね。この観光案内所から天願館までの道順が書かれた地図がありますから、それを使えば迷うこともないと思いますよ」


 地域の観光案内パンフレットが並べられた長机から目的の地図を持ってきてくれた亜梨子。

 何よりも楽しそうに笑っている彼女の顔を見ていると、


『2日後に1人だ』


 夢の中で聞く鴉の声が聞こえた。

 今の私は寝ていない。

 こうして、現実の世界で、穂乃華や亜梨子と一緒に笑い合っている。

 これは夢じゃないはず・・・。

 なのに、どうして、あの声が聞こえてきたの?


「ちょっと、理琴どうしたのですか? 顔色ものすごく悪いですよ」

「今、起きているのに声が聞こえた。夢の中の鴉の声が、堕天鬼の声が・・・」

「えっ。まだ約束の刻まで2日あります。それなのにどうして?」

「分からないわよ。でも、笑っている亜梨子を見ていたら・・・確かに堕天鬼の声がしたの・・」


 鴉の夢の真実を知らない亜梨子には聞かれないように小声で囁き会うワタシ達。

 夢の中で、あの鴉に会いたくないから昨日は寝ないで過ごしたというのに、現実世界にまで干渉されてしまったら、ワタシは何処に逃げれば良いというの?


「そうですか、同じ生存者である亜梨子さんを見ていたら、堕天鬼が反応したのですね」


 丁度ワタシ達が座っている丸テーブルに戻ってきた亜梨子から天願館の地図を受け取る穂乃華。

 その瞳にあるのはいつもの優しさなんかじゃなくて、決意を秘めた悲しい瞳。

 それは初めて見る友人の顔だった。




 星乃宮区観光事務所でもらった地図を使って、ワタシと穂乃華は今度こそ、迷わずに天願館にやってくる事が出来た。

 天願館は、1世紀半以上も前に建築されているにもかかわらず既に外国からの建築技術が取り込まれているということで歴史的に重要な建物であるらしい。

 重要な文化財として登録されてからの歴史も長く、天願館を中心として一大観光地としてこの辺りは成り立っている。

 既に夏休みシーズンに入っていることもあって、駅から反対側の地元商店街とは打って変わって、天願館へと続く通りは多くの観光客で賑わっていた。

 道の横には観光客を招き入れようと多くの露天も並んでいる。


「う~ん。流石に露天じゃチョコプラペチーノはないかぁ」

「理琴はそんなにチョコプラペチーノが飲みたかったのですか?」

「う~ん、そこまで気分じゃないかな。でも、丁度隣にチョコプラペチーノ係がいるから奢ってもらおうかなって思って」

「なんですか、わたくしは理琴の財布じゃないのですからね」


 などと軽口を叩いていると、本当に露天で何か買いたくなってきた。

 二人で相談した結果、暑いからかき氷を買うことにして天願館へと向かって行く。

 天願館。その名前の由来は、館の天井にある薔薇柄のステンドグラスに地上から見上げるようにして祈れば願いが天に届き叶うという逸話があるから。

 その逸話が真実かは、分からない。

 それでも、薔薇柄のステンドグラスに向かって、願わずにはいられなかった。

 ワタシに宿した鴉の夢が消えますようにと。

 例え逸話が嘘だとしても良かった。

 ワタシは自分自身に誓い立てるように願い続けた。

 事前リサーチを済ませていた穂乃華の説明によると、天願館には観光名所として有名な本館と、山の上に立っている別館があるらしい。

 軽く山登りをする距離を歩くし、本館と比べて別館は質素な作りで願いが叶うと言った逸話もないため、人気は非常に低いとの事。

 にもかかわらず本館の観光を満喫した後、穂乃華は別館の方にも行きたいと胃ってきた。

 理由を聞いても、一緒に登りたいのですと答えるだけで、明確な返事は親友からは返ってこなかった。

 本当、ワタシの親友は嘘をつくのが下手だ。

 一緒に行きたいと言うのなら、もっと笑って言って欲しいよ。

 ワタシは覚悟を決めて、首を縦に振った。

 穂乃華と二人して傾き始めた夏の日差しに耐えながら、別館へと繋がる長い階段を上っていく。

 ワタシ達の間に言葉はなく、黙々と昇り続けて、目的地へとたどり着いてきた時には既に夏の日差しが暮れ始めていた。

 もうすぐ夜がやってきて、今日が終わりを迎える。

 でも、今だけは、友達を一緒に入れるこの瞬間を楽しんでいたいと願う。


「へえ~、思った以上に綺麗な景色じゃん」


 切り開かれた山頂には、穂乃華の説明とおりとても観光名所とは思えない質素な作りの西洋屋敷が建っていた。

 それだけならワタシもこんなに感動することはなかったはず。

 私が目を奪われたのは、切り開かれた山頂から星乃宮区を一望出来たから。

 夕陽が墜ちていく中で、街が朱く染まっている。

 この景色はまるで異世界に介入してしまったかのように綺麗であって、そしてこの深紅は、まるで・・・。


「うん。本当にすごく綺麗です。まるで血で染まりきっているかのようにですね」


 親友からワタシが心の中で想っていた事と同じ感想が出てきた。

 それ以上はワタシ達は何も言葉を交わさなかった。

 二人して、血に塗りつぶされたような朱い世界を眺めている。

 ついに日が落ちて、1日の終わりを告げる夜の帳が下りてきた。

 見上げれば、空には絶望的に暗い夜空の中に、無数に輝く希望の星々が輝いている。

 星明かりが輝く世界にあって、穂乃華はまだ動こうとはしなかった。

 まったく、本当にこの子は世話が焼けるんだから。


「それで、何をするつもりなの?って問いかけはちょっと違うかな。ねえ、穂乃華は、ワタシを殺しに来たんでしょう」


 答えはもう分かっている。

 でも、気取るつもりはなくて、お昼御飯は何を食べるのと言った位の気持ちで問いかけた。


「やっぱり、分かってましたよね。はい。わたくし、この国を守るために、理琴を・・・あなたを殺せっと言われたの」



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