1-1:鴉の夢を見る少女
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ワタシ、和泉 理琴は、昨年度末にバス事故にあった。
事故を起こしたバス会社の名前を冠して、アヘッドバス事故と呼ばれるその事故は、死者34名、生存者2名、今世紀最悪のバス事故として大々的に報道されていた。
死んで、命を落としてもしてもおかしくない状況だったけど、生き残った。
それも幸いな事に数日の入院で済む軽傷レベルの怪我しか負わなかった。
だけど、世紀の大事故における生存者2名の内1人として、世間の注目度は抜群だった。
家を出ればマスコミが人の都合なんて関係なしに、無遠慮にマイクをむけてきた。
現場検証で新情報が出る度に警察に呼ばれ、事情聴取を受ける日々。
そんな日常で、まともな大学生活なんて送れる訳がなかった。
結果、ワタシは一年目後期の単位をほぼ落とすことになってしまった。
けして裕福でない家庭にあって、私大を留年することなんて許されないのに関わらずだ。
それでも、事故から2ヶ月も経てば、世間の好奇心もかなり薄れ、ワタシはやっと日常の生活を取り戻し始めていた。
1年生後期の遅れを取り戻すべく、2年生の私は手当たり次第、可能な限り単位を選択した。
授業の中身を選別する自由なんてない。
留年しないために贅沢なんて言っていられない。
今、出席している『古来と現在の生死観』なんて、普段なら絶対に選択しなかっただろうこの講義も、授業に出て、レポートを出せば単位がもらえるお手軽講座だって噂を耳にしたからに過ぎない。
一番後ろの席を陣取って、あくびをかみ殺しながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。
生死観なんて全く興味は無い。
人は死んだら終わり。ただそれだけだ。
あのバス事故でワタシは、それを嫌と言うぐらいに痛感している。
それに、ワタシ達が講座を聞き流していても、ここには彼女が居る。
「輪廻転生は古代インドからの考えが派生した一般的に言われておりますが、先生のそのお考えは、古代インドではなく古代ギリシャからの思想が派生したという説なのでしょうか?」
最前列の席に腰を降ろし、背筋を真っ直ぐに伸ばして、教壇に立つ教師へ質問を投げかけている女性、神代 穂乃華。
学園一の優等生としても名高い生徒。品行方正で、成績も学園トップ、さらにはモデル顔負けのすらりとした長身のプロモーションを持つ完璧超人さんだ。
普段はまさに優等生の呼び名にふさわしく、講義を大人しく聴講している彼女だけど、『古来と現在の生死観』の講座においてのみは、公園で遊び回る子供のように溌剌とした表情で講師へ、マシンガンのような質問を投げかけている。
元々はそんな人気じゃない講座はないのに、こんなにも的確な質問をしてくれる生徒が居るのが講師も嬉しいらしく、ワタシを含むその他の生徒を置いてきぼりにしながら、穂乃華と教師がマニアックな討論を行っていく。
「あ~あ、また始まったね」
2人だけの世界に入って、白熱の議論が繰り広げられては、授業の進行もあったもんじゃない。
「ふわぁぁ~~~~~」
お昼御飯を食べたばかりの体に窓から差し込む暖かな日差しは罪でしかない。
全く理解出来ない2人の熱弁を子守歌にしながら、ワタシは欲望に素直に従って、机の上にうつぶせた。
まだ、人を殺めたことのないワタシは、平和な時間をただ謳歌していた。
夢を見ていた。
ワタシはただ、真っ白な部屋にいる。
扉も、窓もない、真っ白な部屋。
そこにいるのは、私と、そして、一羽の鴉。
白い止まり木の上に佇むそれだけが、白い部屋の中であって、けして交わることのない黒をしていた。
ワタシは何も言えず、鴉と対峙して、黒の鴉も鳴かずにワタシを見ている。
アヘッドバス事故以降、毎日見ているワタシの夢だ。
この夢は何かを暗示しているの?
夢の中、指先すら動かすことが出来ず、ただただ黒い鴉に見られながら、時間が過ぎ去っていく。
終業のチャイムで眠りから呼び起こされるまで、ワタシはずっと鴉と向き合っていた。