ふぐみてえな
愛し君は、怒るとぷくりと頬を膨らます癖がある。そして、それを見られまいとしてか、風船のように膨らんだままの顔を僕から背ける。その様子がどうにもおかしくて愛おしくて、僕は彼女への意地悪をやめない。
女の子として可愛い、だとか、いじらしい、だとか、そんな風な感情ではない。その怒りのスイッチによって膨らむという行為、その見てくれが生き物としてあまりに愛おしいのだ。その証拠に僕は河豚も愛している。むしろもっと君の方から河豚に寄ってほしい。僕との恋人関係をこれからも望むならそういう努力を怠らないでほしい。
いっそのこと、彼女の頬が薄いゴムだったらどれほどいいか。そう考えたことは数知れない。
もしもゴムだったら彼女の頬は際限なく膨らむ。もう河豚なんて目じゃない。さらに彼女の肺にヘリウムが充ちていたらどうだろう。きっと彼女は飛ぶ。僕が意地悪を重ねるほどに彼女の頬は膨らみ続け、やがてふわりふわりと青空へ吸い込まれるみたく浮かび始める。そんな彼女のつま先が、顔の前あたりまで浮いてきたら僕はその足を掴んで叫ぼうか。僕を置いていかないでくれ。頼むから、僕も一緒に君の空へと連れて行っておくれよ。だから、もっと怒って、イラついて、怒髪天を衝いて、膨らんで、大きくなって。頬中に巡らせたヘリウムを限界まで薄く伸ばして飛んでいこうよ。
きっと空まで登れば、あの煙みたいにどこまでだって漂っていける。だってこの地球はガスみたいに不快で、理不尽に充ちている。
僕の意地悪が君の翼となって、二人いつまでもふわふわとくだらない世界を俯瞰しながらただよって、いつまでも、鳥に啄まれて墜ちてしまうその日まで、いつまでも。