立ち食い
掲載日:2023/05/01
昔から、その店はあった。
立ち食い蕎麦屋として有名なそこは、手野駅が現在のように高架に変わるよりも以前、それも創業当時よりも古くからこの地で蕎麦屋を営んでいた。
蕎麦屋として創業したのは1700年代。
金元藩の主要街道沿いに小さな食事処を作ったのが始まりだった。
そこは金元寺と京都街道のちょうど真ん中に位置し、周りは畑や田んぼばかりだった。
そこに食事処ができ、そこそこ繁盛をしたらしい。
明治に入り大正までの間に、手野鉄道がこの地に敷かれることになる。
ちょうど予定地がその蕎麦屋の敷地に入っていたため、立ち退きを要求したところ当然のように大反発があった。
そこでもともと何かしらの食べ物屋を駅中につくろうとしていた手野鉄道は、その蕎麦屋を駅構内で営業を継続できるように支援することにする。
それと引き換えに、賃料なしで蕎麦屋の営業は引き続き行うことができるようになった。
それが今や手野グループの一つ、手野食品において蕎麦部門の大元となっており、立ち食い蕎麦屋として、今なお営業を続けている。




