冬-参謀本部情報調査室
第7話 冬-参謀本部情報調査室
1
リルとエルマが、喫茶サヴォルで働き始めてから、初めての年越しを迎える。サヴォルは、12月27日が仕事納めで、年明けは1月5日からの営業である。リルとエルマは、帰省する予定などもないので、サヴォルで、ぐうたらしながら、年越しをする予定だ。
12月24日。この日は、学園や大学は半ドンで、年内最後の授業日でもあった。
「リルちゃーん、卒論が終わんないよ。何回提出しても、教授に赤ペン入れられるの。」
昼過ぎの暇になる時間を狙って来店した、バイマックルーが泣き言を言っている。と言っても、帰省する多くの学生たちは、この日は授業終了早々に、地元に帰ってしまっていたので、昼時もあまり混雑しなかった。
「卒論のテーマに飛行魔法を選んだのが、失敗だった。翼がない人間の飛行魔法と、私たちの魔法って、根本的に違うんだもん。」
リルは、なきごとをいってるひまがあったら、けんきゅうすればいいのに、と思った。その実、バイマックルーの指導教授は、彼女が帰省できないことを見越して、年末年始の休みも研究漬けにならないと、合格にならないよう、ハードルを上げているのだが、バイマックルー本人には分からないことである。
「うう。これじゃ、年末年始の休暇中も、実験のやり直しをしないと間に合わないよ。早めに卒論片付けて、卒業までだらだらする積もりだったのに。」
バイマックルーの泣き言は、その後も延々続いた。ちなみに、彼女は、卒業後は、空の大地に帰国して、それなりの地位に就く予定だそうだ。何でも、空の大地に、試験的にオストニア風の都市を作る予定があり、その陣頭指揮を任されるのだ。
バイマックルーはひとしきり泣き言を言って、会計をして出て行った。それ以来、仕事納めまで、彼女が来店することはなかった。それだけ切羽詰まっていたのだろう。
仕事納めを無事終え、年末年始の休暇初日の12月28日。リルは、毎朝の日課の散歩を終え、マスターのお使いで、固くて長いパンと新聞を買ってきたところで、店の入り口前で、不審な男に声をかけられた。
「リッリッサ・アウレリウス嬢とお見受けします。」
男は、まだ暗い街並みに溶け込む黒装束に黒い覆面をしていて、素顔は判別できない。男だと分かったのも、体つきと声の低さが理由だ。
「・・・まぜんだ?」
「ご存じでしたか。でしたら話は早い。ご同行願います。もちろんお母上も一緒に。」
「・・・わかった。」
情報調査室のチームマゼンダ。国内外を問わず、様々な情報工作を専門にする諜報部隊である。リルも、騎士団時代に兄のオルティヌスのいたずらに付き合っていた時に、その存在を知っただけで、公式にその情報に触れられる立場にはなかった。当時は、軍の発足前で、情報調査室は、黒曜騎士団という名前だった。
リルとしては、こういう時が来ることは予想していた。だが、その時の対応を決めかねていたのが事実である。抵抗するという選択肢はない。それはリルがマゼンダに勝てないからではなく、不死なる竜であるリルが暴れると、街を巻き込みかねないからだ。逃げるか、従うか。リルが悩んでいたのは、その2択だ。結局、その場の勢いで、従う方を選んでしまった。ただ、逃げれば、今の心地よい生活には戻れない。マゼンダに同行すれば、その後の対応次第で、この場所に帰ってこられるかも知れない。そこに賭けることにした。
リルは、2階に上がると、マスターに買ってきたパンと新聞を渡し、寝室に入った。ただならぬ気配を察知したのか、いつもはこの時間はまだ寝ているエルマが、起きて待っていた。
「・・・まま。」
「分かっているわ。外の人たちは、私たちを迎えに来たのでしょう。」
リルは無言で頷いた。
「行きましょう。帰ってこられないと決まったわけではないのでしょう。」
リルはまた頷いた。それから、エルマとともに、1階の住居部分の玄関に降りていった。
「マスター。少し出掛けてきます。」
「お、エルマもか。珍しいな。」
「・・・いってきます。」
出しなに、マスターにあいさつは忘れない。
家の外に出ると、男は2人に増えていた。やはり姿は分からない。
「少々窮屈とは思いますが、行き先は秘密の場所です。しばしご勘弁を。」
そう言って、リルとエルマは目隠しをされた。その状態で、男たちに先導されるまま、路地、そして商店街を進む。街道に出たところで、幌車に乗せられた。幌車は、魔導車に牽引されているらしく、かなりのスピードで、西に走り去った。
2
参謀本部付の情報調査室は、国王軍内部でも特殊な部署である。その任務は、他国に対する防諜と間諜、簡単に言えばスパイ組織である。
情報調査室は、防諜を主任務とするチーム・シアン、国内外での情報工作が専門のチーム・マゼンダ、海外での情報収集を行っているチーム・イエローに分かれている。調査室員は全員コードネームで呼ばれ、素顔や本名は明かさない決まりになっている。
チーム・シアンによる防諜は、国の半鎖国状態による情報統制という政策を受けて、非常に徹底したものになっていた。
そもそもオストニア王国が、対外的に極端に情報を遮断するようになったのには、それなりの背景がある。それが西方歴2670年に勃発した、西方大戦であり、その遠因となった、2666年ころのテスト・ヘッド設計流出事件だった。
テスト・ヘッドは、当時学園高等部魔法騎士学科で開発が進んでいた、画期的な新型魔導従士の通称である。この新型は、出力を強化された人工筋肉や、肩部砲といった、後にオストニアでは第3世代型と呼ばれることとなる、魔導従士の要素を備え、そのプラットフォームとしての性格を有していた。
ただ、このような画期的な新型機の開発が、学園で進められているとは、国王側も把握しておらず、本来極秘裏に進めるべき新型機開発の情報が他国に漏れてしまったのである。そして、テスト・ヘッドの設計を入手したのが帝国であった。後に、帝国は、定期的に、諜報員を学生に紛れ込ませて、学園に送り込んでいたことが判明してる。
テスト・ヘッドの設計を入手した帝国は、これに独自の改良を加え、帝国騎士団の主力魔導従士である「ラングリル」を完成させた。なお、西方諸国で開発された第3世代型魔導従士に準ずる機体を、その技術の由来から、東方様式と呼称することがある。これに帝国独自で開発した飛空船を加え、帝国は、当時では、西方諸国に並ぶもののない戦力を保持することになったのである。
ところで、帝国は、西方歴2982年現在においても、西方における唯一正統な統治者は、帝国皇帝であるとの姿勢を崩していない。そして、西方歴2670年、帝国は、西方世界の再統一を旗印に、西方世界一の大国であるグランミュール王国に、宣戦布告した。後に西方大戦と呼ばれることとなる大戦争の勃発である。
西方大戦は、結果的には、オストニアの援軍を得たグランミュールが帝国を押し返し、勝利を得た。ただ、オストニアでは、今後も続く予定の軍事関係の技術開発が、テスト・ヘッドのように西方諸国に漏れれば、再び西方大戦のような事態を招きかねないとの危機感を強めたのである。それ故、オストニアでは、西方大戦中、戦時下の緊急措置として同盟国のグランミュールに伝えた技術を除き、軍事情報を全て対外的に機密情報扱いをし、厳重に秘匿したのであった。
オストニアでは、西方大戦終結以後も、当時の銀嶺騎士団の活躍により、西方諸国にない魔導従士関連の技術が、次々と開発されていったが、それらは、200年以上を経た現在でも、西方諸国には漏れていない。それは同盟国であるグランミュールでさえ例外ではない。
西方大戦以後も、帝国を始め、オストニアに間諜を送り込もうとした国はあった。それらを全て未然に防いできたのが、チーム・シアンである。
夜の闇に隠れて進む、1隻の飛空船があった。場所は極北海上空、オストニア王国とノルラント王国の国境近く。かなり低い高度で飛んでいた。
「ふん、わしらが荷運び役をやらねばならんとは。落ちたものよな、毒蛇の。」
「は。これ以上落ちるところがないから、山向こうまで飛ばされるんだよ。」
船長の皮肉に、更に毒の籠もった皮肉で返したのが、帝国の諜報組織である「毒蛇騎士団」の長である。この飛空船は、巨壁山脈の北側を迂回して、オストニアを目指していた。
「まあ田舎には違いないが、東方様式が生まれた国でもある。それに、毒蛇だけでの山越えには失敗続きだそうじゃないか。今回はわしらの船で送り届けてやるんだ。大船に乗ったつもりでいるが良い。」
船長は、毒蛇騎士団長の皮肉に動じず、操船に集中した。
同じ頃、オストニア北方、北の地獄にある、ナディム砦では「魔力探知機を監視していた、兵が、極北海からオストニアに接近する黄色の影を確認していた。
「極北海方面より接近する影あり。反応の大きさからして、西方諸国制の飛空船と推定。」
報告を聞いた砦の指揮官が、各所に指示を飛ばす。
「不明船が本邦の領空に入ったところで、撃沈する。軌条砲用意。それと、船の不時着地点を押さえられるように、陸戦部隊の展開準備。」
果たして、十数分後、不明船は、オストニア領空に差し掛かった。
「軌条砲、発射。同時に、陸戦部隊の展開。」
砦の砲台に据え付けられた、軌条砲が、一瞬青白く光ると、超音速の弾体が、不明船目がけて発射された。
帝国の飛空船の船長が遠くに目にしたのは、見たこともない青白い光だった。その直後に、船体全体に伝わる衝撃。
「何だ?状況を報告せよ。」
「地上からの攻撃と思われますが、詳細不明。機関部をやられました。」
機関部には、船を空中に浮かべるための重力遮断魔法の紋章に魔力を供給する、魔力転換炉がある。魔力の供給が途絶えれば、早晩、船は重力の掌に捕まって、地上に落ちるだろう。
「くそ、低空飛行が、裏目に出たか。機関停止。残りの魔力は、全て重力遮断魔法に回せ。不時着する。それと、毒蛇の。ソンブラは、撤退準備。奴らに渡すな。」
「言われなくても分かってる。」
毒蛇騎士団は、以前にも何度もオストニア侵入を試み、悉く失敗していた。しかも毎回、侵入を試みた部隊が、丸ごと未帰還である。それでもオストニア侵入にこだわるのは、かの国が東方様式を生み出した国だからである。これまでの失敗も考え合わせれば、更なる軍事技術の進歩を見せていてもおかしくない。それはなんとしても帝国に持ち帰らねばならないのだ。
そして、失敗続きの中、騎士団長自身が動いた。何の情報も持ち帰れないことは、諜報機関の沽券に関わる。ただ、敵の動きが、船を撃沈して終わりとは考えがたい。この予期せぬ状況で地上戦を挑まれれば、圧倒的に不利だ。せめて3機ある諜報用にチューンされた魔導従士「ソンブラ」だけは撤退させ、今回得られた情報を本国に持ち帰らねばならない。毒蛇騎士団長は、自信もソンブラの1機に乗り込んだ。
「不時着する。総員、衝撃に備えよ。」
腹の底から響くような衝撃。帝国の飛空船は、何とか圧壊を免れたが、機関部の損傷が激しく、放棄するしかないだろう。ソンブラ隊は、不時着後、すぐに船のハッチをこじ開け、船外へ出た。
「ここからは俺が指揮を執る。ソンブラの撤退が最優先だ。それ以外の奴らは、敵の足止め。ソンブラが安全圏まで待避したら離脱しろ。」
指示を飛ばしながら船外へ出た毒蛇騎士団長を待っていたのは、予想外の光景だった。
「不明船の包囲、完了しました。」
「よし。なるべく多く生け捕りにしろ。」
不明船を取り囲むのは、スコピエスⅱ7機、魔導車4両の1個中隊規模の戦力と、強力従士を装着した歩兵20人である。陸戦部隊の指揮を任された、中隊長が乗るスコピエスの単眼には、不時着した不明船が写っていた。スコピエスⅱの昼夜兼用単眼は、夜の闇でも充分な視界を確保できる。不明船に国章その他、所属を示す物が一切ない、真っ黒に塗装された船体。今、その後部ハッチが開き、中から、3機の黒い魔導従士と、軽武装の歩兵多数が出て来た。歩兵のうち何名かは、船員と思われる格好をしていたが、それ以外は、普通の町人の様な出で立ちだ。
「さて、狩りの時間だ。魔導従士を最優先で行動不能にしろ。」
「馬鹿な…。」
夜の闇に溶け込むように真っ黒に偽装した船体が、こうも簡単に発見されるはずがない。しかし、状況は、そんな希望的観測を嘲うかのように推移していた。そもそも、船が地上から攻撃を受けたこと時点で、敵に何らかの夜間も有効な観測手段があることを予想してしかるべきだった。
しかし、彼も諜報員である。行動に躊躇は許されない。毒蛇騎士団長は、味方を見捨てる覚悟を決めると、包囲網の突破を試みた。ソンブラは諜報用にチューンされた、運動性重視の機体である。正面にいるオストニアの魔導従士は、肩部砲を装備した、通常の東方様式だ。逃げに徹すれば離脱できるはずだ。
毒蛇騎士団長のソンブラは、ハッチの正面を塞ぐ、2機の敵機に向けて走り出した。2機の間を抜く。それが狙いだ。ソンブラの運動性能なら、可能なはずだった。ところが、敵機のうち1機が、鈍重な見た目に反する機敏な動きで、ソンブラに立ちはだかった。そのまま、右手のロングソードを振り抜くと、瞬く間に、ソンブラの頭部と、右足が切り落とされた。支えを失って機体が倒れる。ソンブラのコックピットの中では、魔晶映写機の映像が消え、完全な闇が訪れた。
機体を失ったからと、呆けている暇はない。毒蛇騎士団長は、身を切るような寒さの中、コックピットハッチを開いて、機外へ出ると、想像を上回る惨状が繰り広げられていた。2メートルほどになる全身鎧の敵兵に、味方が次々と拘束されている。その隙に離脱しようとしたところ、敵魔導従士のロングソードが地面に突き立てられ、進路を塞がれた。避けようと、右に方向転換したところで、回り込んでいた全身鎧の敵兵2人に殴りつけられ、毒蛇騎士団長は、意識を失った。
敵魔導従士3機を無力化、諜報員と思しき敵兵や船員を全て拘束して、深夜の1戦は、オストニア側の完全勝利に終わった。今も味方の歩兵が、拘束されたり気絶したりしている敵兵を、魔導車につながれた幌車に放り込んでいる。
「捕虜の収容が完了したら、砦に帰還する。捕虜については中央から迎えが来るそうだ。それと、船と魔導従士は、放置でいい。こちらも、中央が回収部隊を出すそうだ。」
陸戦部隊の指揮を任されていた中隊長は、やや、不満げな色を滲ませながら、言った。中央、つまり司令部や参謀本部がこの件を預かるということは、ここでの戦いはなかったことにされる。上げた手柄もなしで、口止め料代わりの報奨金が幾ばくか支払われるだけだ。国境警備任務は、基本的に外れ籤である。
陸戦隊が砦に帰還したころには、捕虜を迎えに来た、中央の人員が到着していた。コード・シアン6。そのコードネームすら、砦の指揮官にしか、教えられていない。
「捕虜は確かに預かりました。尋問はこちらで行います。」
限りなく事務的な口調で、シアン6が言った。砦の指揮官である将は、情報調査室に過度に関わるのを恐れて、捕虜の受け渡しが済んだら、さっさと引き上げてしまった。
王城ウラジオ城にある小さな執務室。そこで仕事をする男の前に、覆面の男が跪いていた。
「毒蛇騎士団長とは、大物が釣れたな。」
「は。室長の見立て通り、帝国の狙いは、我が国の軍事技術でした。それと、ここ300年程、帝国の間者は本邦に侵入していません。」
室長と呼ばれた男が、情報調査室のトップである。覆面の男は、チームシアンのリーダー、コード・シアン0だ。
「よくそこまで口を割ったな。」
「任務ですから。」
口を割らせた方法は、主に拷問であるが、それを大っぴらに口にはしない。
「恐ろしいことだ。侵入者を速やかに撃墜する手際といい、尋問の技術といい。」
「国境線は全て魔力探知機で監視されています。」
「そうだったな。しかし、魔力探知機は、200年以上前の技術なのに、それを突破されないばかりか、その存在すら未だに露見していないとは、西方の技術者も大した相手ではないな。」
「油断は大敵かと。」
「分かっている。それで、尋問した捕虜は?」
「処分しました。」
「そうか。では、引き続き頼む。」
すると、影は音もなく執務室から消えた。
リルは揺れる幌者の中で、考えた。しあんでなくて、まぜんだなら、たこくのすぱいだとおもわれてはいない。
3
チーム・マゼンダの情報工作は、偽情報の拡散から、口封じのための暗殺まで及ぶ。手段を選ばないのが、マゼンダの特徴である。
オストニアでは、軍事情報はおろか、家魔や上下水道網など、一般国民が触れることができる情報すら、西方諸国には秘密にしている。東西回廊にわざわざ出島を作って、グランミュールの商人を、一般のオストニア人と接触させないのも、その一環である。出島には、上下水道も、家魔も存在しない。
そのような政策を採っているからには、国民の海外出国についても、非常に厳しい制限が設けられている。出国が可能なのは、外交官以外だと、特権商人だけであり、行き先も東西回廊の西の始点、グランミュールの古都クレルモンに限定されている。
それでもごく稀に、これらの制限に反し密出国する者もいる。そういう輩の処分は、マゼンダの領分である。
ある時、とある男が、特権商人の隊商に加わった。男の目的は、特権を利用して出国し、西方一の超大国グランミュールの観光をすることだった。
早朝に、王都ウラジオを発った特権商人の隊商は、出島を横目に見ながら東西回廊を進み、オストニアとグランミュールの国境に至った。
「そろそろ検問だな。みんな、身分証を用意しておけ。」
隊商のリーダーから声がかかった。出国の際には、こうして身分チェックが行われ、正当に出国できる者かを1人1人判断される。1人でも密出国者がいれば、隊商全体が出国できないだけでなく、特権まで剥奪されるのだ。
男は、検問の係官に、特権商人の使用人の身分証を見せた。偽造などではないから、特に怪しまれることもなかった。
「ご協力ありがとうございました。良い旅を。」
全員の身分証のチェックを終えた係官が、そう言って、国境を守る大きな鉄門を開いた。
「相変わらずここでは時間を食われるな。」
国境を通過してから、クレルモンまでの下り坂は、狭く、急勾配が続く。こちら側から見れば、この山脈が巨壁の名を持つ理由も、よく分かるというものだ。それでも魔導車がギリギリ通れる幅は確保されている。魔導車なら、日が暮れるまでにはクレルモンに着けるだろう。
クレルモンに向かう下り坂の途中で、隊商のリーダーが、男に声を掛けた。
「なんでまた、グランミュールの観光なんてしようと思ったんだ?」
「そりゃあ、西方一の超大国ですよ。どんな国か気になるじゃあないですか。」
「そうか。興味本位で俺の隊商に迷惑掛けてくれるなよ。出国する特権てのも、簡単に取れるもんじゃねえからな。」
そんな遣り取りをしながら、隊商は予定通り、夕方には、クレルモンに着いた。
グランミュール王国の古都クレルモンは、西方歴2270年に、グランミュールが帝国に対して、独立を宣言してから、その5年後、現在の王都シテに遷都するまでの間、王都だった都市である。その立地から、北のノルラント王国や、南方諸小国と呼ばれる、グランミュールの南、アトー海に沿う地域にひしめく15もの国、そして東方のオストニアの物産が集積する場所であり、政治の中心が王都シテに移った後も、グランミュールの経済の中心であり続ける街である。
オストニアからは、かつては魔力転換炉を作るのに必要不可欠な、魔獣の魔力結晶が輸出されていたが、現在は、禁輸されている。替わって主要な輸出品になったのは、巨壁山脈東麓地方の豊富な鉱物資源を生かした、金属器などである。他方で、グランミュールからは、獣肉や毛織物が輸入されていたが、オストニアで魔獣の飼育が盛んになったころからは、下火になっている。
クレルモンに到着した隊商は、主目的である交易を翌日以降に先延ばしし、宿で旅の疲れを癒やした。グランミュールでは、家畜の肉がよく食される。魔獣肉とは違う、家畜の肉を味わいつつ、その日は眠りに就いたのだった。
翌朝、隊商は、市に赴き、オストニアから持ち込んだ商品を売り捌く予定であったが、その男は、リーダーの許可を得て別行動することにした。男の目的は、あくまで観光である。そのために、特権商人の使用人などという身分まで買ったのだ。
クレルモンの街並みを、なんとはなしに見ていると、オストニアと違った印象を受ける部分がいくつもあった。まず、街を取り囲む市壁がない。魔獣が棲息していないのだから、当然と言えば当然なのだが、視界を塞ぐ壁がないことで、景色というのは、こんなにも開放的に見えるものだろうか。
それから、多くの建物が煉瓦造りだ。オストニアでは、木造の建物が多いから、それだけでも異国情緒漂う。赤土を焼いて作った赤煉瓦の屋根など、まるでおとぎ話に出てくるようなかわいらしい外観である。
それから、なんと言っても、街を歩いている人々が、オストニアよりも一回り以上も大きい。人種的な理由か、それとも栄養状態が良いのか分からないが、自分がなんとも貧相な人間になった気分である。
街並みをひとしきり楽しんだところで、男は、街の酒場に立ち寄った。まだ昼だから、酒を飲んでいる客は少ないが、それでも朝の早い、市場関係の仕事をしている人などは、この時間から、仕事終わりの1杯を呑っている。
男は、酒場の給仕をしている女性に声を掛けた。酔いに任せたナンパである。
「姉ちゃん。俺っちと話そうぜ。実は俺、東のオストニアから来てんだ。」
「まあ、それじゃ商人さん?最近、オストニアの商人さんたちって羽振りがいいから、お兄さんももちろん、じゃんじゃん飲んでくれるわよね。」
旅先での開放感か、男は勧められるままに酒を飲み、気付けば、ふらふらの千鳥足になるまで、酒とお喋りを楽しんだ。話した内容は、酔いのせいか、ほとんど覚えていなかった。
日もとっぷりと暮れ、そろそろ隊商と合流する時間である。男は名残惜しそうにしながらも、会計をすませ、酒場を出た。しかし、飲み過ぎだったのだろう、前後不覚になった男は、宿とは逆方向に進んでしまい、気付けば街の中で迷子になっていた。
「あ~ん、ほほはほほは?」
日も完全に暮れ、見覚えのない路地に迷い込んだところで、男は呂律の回らない声でひとりごちた。
「ここは、オストニア人は立ち入り禁止の場所です。」
独り言に、背後からまさかの返答があって、男は、ふらふらしながら、振り返った。
「あなたの隊商には、今日はあなたは宿に戻らないと伝えてあります。あなたには、私と来てもっらいます。」
女の声だったが、聞き覚えがない。何より、暗くて見づらかったが、女は覆面で、顔を隠している。これはただ事ではない、と男の直感が告げる。しかし、男が何かするより早く、男は頭を殴られ、気絶した。
翌朝、クレルモンの路地裏で、オストニア人の男と、近くの酒場で給仕をしている女性が、変死体になって見つかった。クレルモンの衛士たちは、痴情のもつれによる犯行として、ろくに捜査もしないで、事件を片付けた。男を雇っていたことになっていた商人は、特権を剥奪され、以後、出国禁止とされた。
揺れる幌者の中でリルは考えた。まぜんだがそのきなら、せっしょくせずにころそうとする、ついたさきで、いきなりころされることはない。
4
チーム・イエローは、西方四大国家を含む、西方諸国全てと、空の大地、森の民の国の合計24カ国に派遣されている。収集する情報も、当該国家の軍事力や国家戦略を推定するのに有用と考えられるあらゆる情報に及ぶ。実際のところ、長年に及ぶチーム・イエローの活動で、他国の軍事力のレベルや、外交戦略は、ほぼ丸裸も同然にされている。
ノルラント王国は、大陸西北部に領土を持つ、西方四大国家の一角である。南東にグランミュール王国、南西に帝国、そして東の北の地獄ではオストニアと国境を接している。山がちで平地が少なく、寒冷な気候のため、農業生産力に乏しく、人口は少ない。代わりに、鉱物資源に恵まれており、主要な輸出品目となっている。
ノルラントは、グランミュールから少し遅れて、帝国に対して独立を宣言した。ただ、これはあくまで支配階級である、王侯貴族のパワーゲームでしかない。ノルラントの貴族は、みなガロマ族という民族で、帝国やグランミュールの主要民族と同じである。片や、被支配階級である平民は、シュバイツァー族ほぼ6割、亜人であるドワーフ族ほぼ4割である。彼らにとって、国王が、帝国皇帝に忠誠を誓っていようがいまいが、関係ない。
ノルラントの主要民族であるシュバイツァー族は、西方の主要民族であるガロマ族と比べて、小柄なのが特徴である。その理由は、食料生産性の低い土地に適応した結果であるとか、単に栄養状態が良くないからだとか、いろいろ言われている。
チーム・イエローは、ノルラントに、常時、2人の調査室員を置いている。チーム・イエローによる、他国の情報収集は、グランミュールが帝国に独立宣言をしたころから始まっているので、ノルラント王国に関しては、独立から今日まで、継続して、必要な情報は収集され尽くしているのであった。それ故、オストニアは、ノルラントが北の地獄の領有権を主張する気がないことも知っていたし、西方大戦後、帝国を見限った飛空船の開発者を雇い入れたのがノルラントであること、ノルラントの主力魔導従士である「グロスリッター」が、西方諸国の東方様式機の中では、比較的完成度の高い機体であることも知っていた。
ノルラント王国の王都サンクト・ベルンハルト。その貴族街に近いところで営業する、1人の花売りの少女がいた。ノルラントでは、生花は貴重品であり、それ故、お祝いの贈り物として大変喜ばれる。少女にも、貴族の上得意客が、何人もいた。
その日、少女の花屋は大繁盛だった。事前に注文されていた花を取りに来る客が、引きも切らない。それもそのはず。その日は、王妃の誕生日だったのだ。王妃にお祝いの花を贈って、ご機嫌を取ろうという貴族たちが、こぞって花を注文した。
注文の花を受け取りに来るのは、当然、貴族本人ではなく、使用人たちであったが、彼らも、花屋で顔を合わせれば、世間話くらいはしようというものだ。
「これは、ヴェストファーレン伯の。聞きましたかな?」
「おや、何か面白い話でも?」
花売りの少女は、聞こえないふりをしながら、花束を持ち帰るための袋を用意している。
「何でも、アーレンベルクの丘に駐留していた、国境警備の騎士を減らして、帝国方面への監視を増強するそうですよ。」
「北の地獄の入り口でしたな。すると、帝国の方で、何か動きがある、と言うことでしょうか?」
「まだ、動きがあるかも知れないという段階でしょう。その前に未然に手を打つのです。」
「きな臭い話ですな。」
使用人たちが噂話をしている間に、少女は花を包み終えていた。
「どうぞ。」
「ありがとう。では、お先に失礼します。」
「いえいえ、お気になさらず。」
その日の夜。王宮では、王妃の誕生日を祝う祝宴が催されていた。その影で、花屋の地下では、
「ノルラント騎士団に動きありとの情報。確度、中。オストニア方面から、帝国方面へ騎士を動かす模様。要調査。」
と、少女が、我々の世界で言う黒電話のような形の魔道具に向けて、喋っていた。魔道具は、魔力通信機、少女の正体は、オストニアの情報調査室員、コード・イエロー7。
この後、実際に、情報通り、ノルラント騎士団の戦力の移動が行われた。
「ノルラント騎士団に、有事に備え予備役を招集する余裕なし。今後予想される外交戦略は、現状維持。」
魔力通信機が開発されて、200年以上が経つが、その間、チーム・イエローは、各国に、秘密裏に、通信を本国へ届けるための、中継装置を配置してきた。もちろん、他国に盗用されないよう、設置場所は厳重に秘匿され、通信は暗号化されている。西方人たちの知らぬ間に、西方で起きた事変は、一瞬でオストニアに伝えられる仕組みが出来上がっていた。西方では、未だ、魔力通信機など、構想もされていないのに、である。
5
リルが目隠しを外された時、窓のない、狭い部屋の中で拘束されていた。後ろ手で手錠をかけられ、粗末な椅子に、縄で縛り付けられている。足はつかない。椅子自体も、床に固定されていた。空戦型魔導従士乗りとして鍛えられた、リルの方向感覚と速度感覚で、この施設がどこにあるのかは、おおよそ見当がついている。リルの正面、粗末な机を挟んで、対面に座る覆面の男が、
「ご招待にお応え頂き、ありがとうございます。」
と、慇懃に言った。到底招待客に対する処置ではない。エルマとも引き離されていた。
「いくつかお聞きしたいことがあって、ご足労願ったのです。」
部屋の中には、正面の覆面の男と、もう1人、覆面が、リルの脇、何かあったらすぐ制圧できる場所に陣取っていた。部屋の扉の外にも、見張りと思われる者の気配が1人。
「リル様、あなたはどなたですか?」
今のリルは、魔法で姿を変えた、仮の姿だ。その気になれば、拘束を解くのは容易だ。それから、3人の相手を殺さずに無力化する。この程度は余裕だろう。今のリルなら、客から注文をとってマスターに伝える方が、余程難しく思える。ただ、エルマの行方が分からない。初めて来る場所で、居場所の分からない母を見つけて、一緒に脱出するのは、正直面倒だ。拘束こそされているが、相手から害意は感じない。はなしにのって、あいてのいとをさぐるのもて、とリルは思った。
「・・・りる。」
取りあえず、誰か聞かれたので、名前を答えた。
「それは存じ上げております。確か、あなたとお母上は、オクタ出身と、そう説明したと聞いております。」
リルは無言で頷いた。確かにそう説明した。
「しかしですね、いないのですよ、該当者が。あなた方が現れた前後に、オクタから他の街に移住した者も、行方不明になった者も。」
リルは、いつもの無表情で、男の話を聞いていた。そういえば、男の声は、朝、リルたちを迎えに来た男の声だ。
「リッリッサ・アウレリウス。」
リルは、人間だったころの名前を言い当てられて、少しだけ驚いた。顔には出ないが。
「リル、というのが愛称なら、1人だけ、該当者がいるんです。ただ、行方不明になったのは、200年以上前なのですが。それと、あなたの母上に関しては、全く情報が得られませんでした。」
どうやら、チーム・マゼンダの目的は、リルとエルマの正体を確かめることらしい。その後の処置は、それが分かってから考える、というところであろう。
その時だった。部屋の扉が開いて、もう1人覆面が入ってきた。
「尋問は中断だ。小娘の利用法が決まった。」
「了解。」
リルの正面の覆面は、素直に引き下がった。上意下達が徹底しているのだろう。新たに部屋に入ってきた覆面が、リルを椅子に拘束していた、縄を解いた。そのまま、片手で、リルを持ち上げる。手錠はされたままだ。
「我々と来てもらう。」
覆面は1人増えたが、どのみちリルの敵ではない。リルの怪力なら、手錠を壊すことも可能だ。その後、4人を無力化。やっぱり余裕だろう。マゼンダの室員は、荒事に備え、それなりに鍛えているようだったが、リルの実力なら、人と蟻くらいの差がある。蟻が3匹から4匹に増えても、気にはしないだろう。ただ、ここで逃げても、エルマがいないという問題は解決されない。しばらくは、すなおにしたがうのが、とくさく、とリルは思った。
覆面は、リルを抱えたまま、部屋を出た。地下施設なのだろう、廊下にも窓がなかった。さっきまでリルたちがいた、隣の部屋にも、見張りと思われる覆面が立っていた。その覆面が、扉を開ける。すると、廊下まで声が響いてきた。
「私はどうなっても構いません。あの子だけは、リルだけには、手を出さないで下さい。」
「エルマさん。それは、あなたの協力次第だと、先ほどから申し上げています。」
どうやら、隣の部屋で、エルマの尋問が行われていた様だ。ぼうおんせい、ばつぐん、とリルは思った。
リルを抱えた覆面は、そのまま、エルマの尋問が行われている部屋に入った。
「リル!」
エルマがリルに気付き、声を上げると、覆面が、リルの首筋に、ナイフを押し当てた。エルマの尋問をしていた覆面が言う。
「と、言うことです。お嬢さんは無事です、今のところは。お嬢さんの可愛い姿を台無しにしたくなかったら、こちらの質問に答えて下さい。」
リルを人質にして、エルマを尋問する積もりなのだろう。ただ、リルは、これでままとごうりゅうできた、と思った。
「では、質問です。エルマさん。あなたは何者ですか?」
その直後のリルの早業を、目で追えた者は、いなかっただろう。リルは、手錠を壊し、自分を抱えていた覆面の腕から、するりと抜け出すと、サッとエルマの後ろに回り、エルマを拘束していた縄を解いて、手錠も壊した。
「・・・まま。」
「リル。無事で良かった。」
「な、人質に逃げられるとは、何をしていた!」
リルは、エルマを立ち上がらせると、覆面たちから離れた部屋の角に立たせ、エルマを背後にかばうように、立ち塞がった。身長差があるので、あまりかばえていないが。
「私たちが、何者か、という質問でしたね。お答えします。」
リルの無事が確認でき、先ほどまで取り乱していたエルマも、冷静さを取り戻したようだ。ただ、エルマの口から出たのは、意外な言葉だった。
「不死なる竜、というものをご存じですか。」
「・・・まま?」
「リル、この人たちに隠し事はできないわ。なら、いっそ、全て喋ってしまいましょう。」
「・・・ままが、それでいいなら。」
覆面たちは、母娘の会話を、呆然と聞いていた。その中でもリーダー格と思しき覆面が、最初に我に返り、言った。
「不死なる竜、ですと。不死なる竜についてはッッ指定の機密扱いのはず。何故、それを?」
覆面たちの認識では、リルとエルマは、身元不詳の母娘程度だった様だ。だから、最高レベルの機密情報、その存在自体秘匿されている、魔界の獣の名前を出され、混乱していた。
「私たちが、その不死なる竜だからです。信じて頂けないなら、証拠を見せましょう。リル。」
リルは、ポフンと音を立てて、人間の姿から、幼竜体に戻った。
「これは、伝説の黒竜の雛!」
幼竜体のリルの姿を見て、覆面たちは一様に驚いている。リルは、またポフンと音を立てて、人間の姿になった。
「私たちは、不死なる竜の母娘で、魔法で人間に化けて、人間として生活していました。身元がはっきりしないのは、私たちが魔界から来たからです。」
リルが人間の姿になるところを見ても、覆面たちはまだ、信じられないと言った様子だった。それでも、彼らのリーダーは仕事熱心に、尋問を続けた。
「あなた方が、魔界から来た不死なる竜であるとして、何故、人間に化けてこちらの世界で生活しているのですか?」
「それは、魔界での暮らしが、退屈だからです。表の世界の、人間の世界の生活は、刺激に満ちていて、退屈することがありません。」
「は?」
エルマが言ったのは、偽らざる本心だったのだが、マゼンダたちには伝わらなかった。当然だろう。それが、人間と不死なる竜、2つの種族の根本に由来する、考え方の違いから来るからだ。
「聞かれたことには、答えました。他にご質問がないのでしたら、もう帰して下さい。」
マゼンダたちは、ひそひそと話し合った末、リーダーがまた口を開いた。
「あなたたちは今の生活に、満足されているのですね?」
「はい。」
「あなたたちの処置は、我々では決められない。追って通達しますから、それまで、無闇に動かないで下さい。」
「はい。どこかに行くつもりはありません。」
「それと、あなた方が不死なる竜であることは、間違っても口外しないで下さい。」
「はい。誓って、誰にも言いません。」
「それでは、今日のところは、お帰り下さい。お送りします。機密保持のために、エカテリンブルにつくまでは、目隠しをして頂きますが。」
これで、リルとエルマに対する尋問は終わった。
6
王城ウラジオ城にある、小さな執務室。
「どうした。マゼンダ0ともあろう者がそれほど慌てて。」
「は、取り急ぎ、ご報告したいことがあります。」
マゼンダ0が、情報調査室長の後ろで跪いていた。
「話せ。」
「身元調査を行っていた母娘のことです。その正体は、不死なる竜で、魔界から来たとのことでした。」
「不死なる竜だと?」
「はい。この目で、竜の姿から、人間の姿に化けるところを見ました。」
「なんと…。」
室長はしばし黙考した後、マゼンダ0に質問した。
「その後の処置は、どうした?」
「取りあえず、我が国に対する敵意はないようでしたので、家に帰しました。監視は続けています。」
「そうか。事が事だけに、私の独断で、処分は決められん。決まり次第伝えるので、それまでは、引き続き監視をせよ。」
「は。」
すると、マゼンダ0は、音もなく執務室から姿を消した。
「まずは、参謀本部長に報告すべきか。」
場所は移動して、参謀本部長室。情報調査室長が、扉をノックした。
「入れ。」
「失礼します。」
「今日は、貴官が来る予定は、なかったが。」
室長が入るなり、本部長は、不機嫌そうに言った。
「はい。ですが、至急、お耳に入れたい事が生じまして。」
「まあいい。話せ。」
「は。エカテリンブルの街で、身元不明の母娘が暮らしているとの報告を受けまして、チーム・マゼンダに調査させていたのですが、このほど、その正体が判明しました。母娘は、魔界から来た不死なる竜で、人間に化けているそうです。」
「何?何を馬鹿なことを。」
「マゼンダ0が、直接確認したそうです。」
「真か。うーむ、だとしたら、どう処置すべきか、私では決められんな。今、件の母娘は、どうしている?」
「マゼンダに監視させています。」
「分かった。この件は、元帥と相談して、対応を決めるから、それまでは、監視を続けろ。」
「了解。」
次は、元帥執務室。参謀本部長が、訪れた。
「急に面会の予定を入れるとは、何かあったのか。」
「は。非常に重大な問題が生じました。最初から順を追って説明します。」
「手短にな。」
元帥は、本部長の急な面会要請に、仕事の手を止められたことに、少々いらだっていたが、それを表に出さない程度には、大人だった。
「エカテリンブルの街にて、身元不明の母娘が暮らしているとの情報がありまして、情報調査室が、チーム・マゼンダに調査をさせていたのです。」
「たかが身元不明者くらいでマゼンダを動かすとは、情報調査室はそれほど暇ではあるまい。」
「不審な点が、いくつかあったのです。それで、調査の結果、その正体が判明しました。2人は、魔界から来た不死なる竜とのことです。」
「魔界に、不死なる竜だと?本気で言っているのか?」
「マゼンダ0が、竜の姿から人間に化けるところを確認したそうです。」
「貴様を疑うわけではないが、信じ難いな。それが本当であれば、陛下のお耳にも入れねばならん。当面、対応が決まるまで、監視を続けよ。」
「は。すでにマゼンダが動いています。」
数日後。王城3階の、国王臨席用会議室に、元帥と参謀本部長、それに、小柄な少女の様な姿の女性が集められていた。元帥と女性は着席しているが、本部長は、元帥の後ろに控えている。元帥は、何故女性が呼ばれたか、理由は聞かされていなかったが、察しはついていた。
そこへ、当代の国王ドラクロゥス・オストニウス(ドラク2世)が入室してきた。最重要機密を扱うので、護衛は伴っていない。元帥と女性も起立して、最敬礼で、国王を迎える。
「年の瀬も迫る中での緊急会議とは。」
即位したばかりの若い国王は、1段高い席から、言った。
「は。非常に重大な案件です。参謀本部長に説明させたいのですが、よろしいでしょうか?」
「許す。」
国王の許可を得て、本部長が話し始めた。
「エカテリンブルの街にて、身元不明の母娘が暮らしているとの情報がありまして、情報調査室が、チーム・マゼンダに調査をさせていたのです。それで、調査の結果、その正体が判明しました。2人は、魔界から来た不死なる竜とのことです。」
「不死なる竜か。事前に要件を聞かされていなかったら、腰を抜かすところであった。」
本部長の説明が終わると、元帥が国王に尋ねた。
「陛下、相手が不死なる竜となると、本職の一存で、処置を決められません。そこで、陛下のご意見を賜るべく、お時間を頂いた次第であります。」
「ふむ。それで、元帥。貴公にも、案ぐらいはあろう。それを聞かせよ。」
「は。相手が不死なる竜、所在も街中となると、殺処分は、不可能でしょう。幸い、今のところ、我が国を害する行動に出てはおりませんから、このまま監視を継続する、というのが、適当なところかと。」
「泳がせるということか。レニ、お前はどう思う?」
国王にレニという愛称で呼ばれたのは、当代騎士の中の騎士ァレンニッサ・アウレリウスである。レニは、退位した前女王と先代騎士の中の騎士の間にできた娘でもあり、国王の父親違いの妹ということになる。
「我が国の、魔界や不死なる竜の情報は、基本的に、我がアウレリウス家に伝わる言い伝えが、元となっています。もし、不死なる竜の母娘がエカテリンブルにいるなら、直接確かめるお許しを賜りたく。」
「確かに。その必要はあろう。本部長、レニに、件の母娘の詳しい情報を、伝えるように。最終的な処置は、レニと母娘の面会後に、決めよう。これで良いか?」
国王は最後に、元帥に確認した。
「は。要件は以上でございます。」
「では、レニ。頼んだぞ。」
言って、国王は会議室を退席した。それを一同が最敬礼で見送ると、元帥は、
「ふん、小娘が。」
と、小さな声でつぶやいて、立ち去った。元帥としては、騎士の中の騎士という最大戦力が、軍の指揮系統外にいるのが、面白くないのだ。ただ、これはいつもの遣り取りなので、レニは気にしてはいなかった。
「それでは本部長。件の母娘の情報をお願いします。」
「分かりました。年明けになると思いますが、情報調査室にまとめさせて、お届けします。では、失礼。」
本部長も、会議室を辞去した。王都に家がないレニも、すぐに帰宅した。
7
明けて西方歴2983年。まだ、仕事始めの前だが、サヴォルの2階で暮らす、リルとエルマの元に、差出人不詳の書類が届いた。親展の文字が、朱で書かれている。開けると、「戸籍謄本」という書類が入っていた。本籍地は、かつて人間だったころのリルが住んでいた、オクタの家、筆頭者は、エルマになっている。オクタの領主である、リツェウス子爵の公印も押されている。
書類には、戸籍制度の説明書きも、入っていた。身分関係を公証するために、各地の領主が、戸籍を作成して、保管するのだ。そしてその謄本があるということは、チーム・マゼンダがリルとエルマの戸籍原簿を偽造したことを示している。2人は、一応、戸籍上は、人間として扱われることになったのである。
「これで、人間としての身分を得た、と言うことね。良かったわね、リル。」
「・・・ん。」
こうして2人は思わぬ形で、新年を迎えたのだった。




