表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

一族の願い

     第3話 一族の願い


 その日も、リルは竜王様より先に目が覚めた。竜王様のお腹に、自分の体をスリスリした。すると竜王様も目が覚めたらしく、地鳴りのような声で、おはようのあいさつをしてくれた。リルも、

「キ。」

と、あいさつを返す。

 その後、リルはノソノソと竜王様のお腹の下から這いだし、ポフンと「人化」した。そういえば、不死なる竜に生まれ変わってから、新しい名前を付けてもらっていない。生まれ変わったのだから、リッリッサ・アウレリウスを名乗り続けるのも変だ。竜王様は相変わらずリルと呼んでくれるので、わたしのなまえはりる、と思うことにした。

 それから、門を開き、3頭目の黒竜のお姉様を竜王様の巣に呼び戻した。暴れるお姉様の翼の付け根をペロペロして、お姉様を大人しくさせつつ、魔力(マナ)を補充する。そして「元素還元(エーテライズ)」を使用して、お姉様から魔力を抜いて小さくした。門を開き、お姉様を3度同じ場所に送る。竜王様の方に向き直ると、お姉様は、また同じ場所に出たと教えてくれた。リルは、ぜっこうちょう、と思った。


 オストニア王国、シバリス平原中部地方にある、魔の森方面軍の1拠点、タウダ砦で、魔力探知機(マナ・シーカー)を監視していた、尉官が約半年で3度目となる異変に気付いた。

「『魔の森の黒い穴』に白い影あり。小型魔獣サイズ。」

すると砦の指揮官である中隊長が、

「また小型魔獣サイズか。揚陸艦(ランディング・シップ)出航用意。スコピエス1個小隊に、対黒竜用装備で、出撃準備。」

と、指示を飛ばした。前回の経験を踏まえ、少し長めに警戒を密にしていた。今回は揚陸艦で現地に直接戦力を送り込める。

 揚陸艦から降下した、スコピエスⅱの小隊は、そのまま小さな黒竜を取り囲んだ。黒竜は、何をするでもなくうろうろしている。

「俺が行く。援護を頼む。」

小隊長がチェインフレイルを構えて、黒竜に近寄った。チェインフレイルも溶かされないように、表面を疑似竜鱗フェイク・ドラゴン・スケイルでコーティングした特別製だ。隊長機が近づいても、黒竜は動きを変えず、うろうろしているだけだったので、1撃でけりがついた。

「討伐完了。騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)の出番はなかったな。」

小隊長が、魔力通信機で揚陸艦に回収を依頼した。


 巨壁山脈東麓地方中部にある王城ウラジオ城。その一角にある国王軍元帥執務室で、元帥は通信機越しに、魔の森方面軍指令から、ことの顛末の報告を受けた。

「あっけないものです。対処法さえ確立してしまえば、1個小隊規模でも充分に対処可能です。騎士の中の騎士の出番はないかも知れませんな。」

「それは、これまで3度とも相手が雛だったからだ。油断は禁物だぞ。」

元帥はあくまで慎重さを崩さない。

「しかし、1頭目の出現から、2頭目までが3ヶ月強。2頭目から3頭目も3ヶ月強。この間隔に何の意味があるのだろうな。」

「さあ。しかしこちらとしては出て来た相手を叩くだけです。魔の森方面軍司令部より以上。」

指令は、昔から使われている決まり文句で通信を締めくくった。

「この調子で、あの小僧の力を借りる事態が起きねば、それはそれで良い。」

元帥は、誰に対してともなく、つぶやくのだった。


 竜王様の地鳴りのような声がする。先ほど表の世界に送り出した、黒竜のお姉様が逝ったそうだ。竜王様は死を言祝ぐ言葉を口にした。リルも真似して、

「みゅ、うみゅ。」

と、黒竜のお姉様が解放されたことを喜んだ。それからリルは、さんとうめ、これでろくぶんのいち、と思った。一仕事終えたリルは、ポフンと元の姿に戻り、竜王様のお腹の下までノソノソと這っていき、体を丸めて休んだ。


 こんな調子で、リルは毎日?1頭ずつ、黒竜のお姉様を、呼び戻し、魔力を抜いて小さくしてから、表の世界に送り出していた。送り出してすぐに、竜王様が黒竜のお姉様の死を教えてくれる。その度にリルは、

「みゅ、うみゅ。」

と、竜王様とともに、無限の生苦からお姉様たちが解放されたことを喜ぶのだ。一連の方法にはそれなりに魔力と体力が必要なので、リルは一仕事終える度に、元の幼竜体に戻って、竜王様のお腹の下で休んだ。


「魔の森の黒い穴」には、平均して3ヶ月強に1回のペースで、小さな黒竜が現れた。ただ、1月以内に次が現れることもあれば、半年以上何事もないこともあり、その間隔は一定しなかった。魔の森方面軍は「魔の森の黒い穴」に最も近いタウダ砦に揚陸艦を常駐させ、現れる黒竜の対処に当たった。黒竜の出現の間隔が絶妙に長く、しかも一定しないため、数年間、タウダ砦では、警戒レベルの高い状態を維持することを余儀なくされた。小さな黒竜の討伐法が確立して、人的にも物的にも被害はほぼ出なくなったが、砦に駐留する軍人たちにとっては、大変神経のすり減る期間だった。


 王城ウラジオ城の3階、国王臨席専用会議室。国王と、元帥、騎士の中の騎士の3者が顔を揃えていた。

「これでこの4年ほどで、17頭か。しかし、報告通りならば雛ばかりだったのであろう。記録にある巨大な黒竜とは別物と考えるべきか?」

国王は、これまでの経緯を振り返って感想を述べた。

「はは。陛下の仰る通りでございます。」

元帥は平伏した。ちなみにこの4年間で、交替していて、巨壁山脈登録地方中部方面軍指令だった人物が、昇格していた。

「陛下の御懸念はもっともですが、これまでに退治された黒竜の雛は、伝説の18頭の黒竜なのかも知れません。」

国王に意見したしたのは、当代の騎士の中の騎士である。

「黒竜などの、魔界の獣は魔力の量で、体の大きさが変わると、我がアウレリウス家には伝わっています。黒竜も何らかの原因で魔力を使い果たせば、雛の様なサイズになるのかも知れません。」

「めったなことを申すな。陛下を惑わすでない。」

騎士の中の騎士を、元帥が諫めた。ただ騎士の中の騎士は、元帥をトップとする国王軍の指揮系統の外にいる。元帥から見れば、騎士の中の騎士の存在自体が面白くない。国王は2人の遣り取りを泰然と聞いていた。

「ふむ、それが其方の意見か。その根拠は何か。」

「はい、陛下。軍の有する黒竜についての情報は、全て我が家の言い伝えが元になっています。僕よりも黒竜に詳しい人間は、この世界にいません。」

騎士の中の騎士の発言に、元帥が食いついた。

「百歩譲って、黒竜が雛の様な大きさになることがあるとして、その偶然が17回も連続することがあるのか。偶然にしてはできすぎておる。」

「そこは僕も気になるところです。長らく動きがなかった黒竜が連続して現れたことも含めて、何らかの意思が働いていると、考えざるを得ないですね。」

「何らかの意思、と言う点は、同意するがな。」

元帥は、国王の面前で言い争う無作法に思い至り、矛を収めた。

「いずれにせよ、最悪に備えるのが、肝要なのは相手が黒竜でも人間でも同じこと。万事抜かりなく備えよ。」

「は。」

国王の言葉に、元帥と騎士の中の騎士が、従った。


 リルは朝?目が覚めると、竜王様のお腹の下でモゾモゾして竜王様を起こした。竜王様も目を覚まし、地鳴りのような声で、おはようのあいさつをしてくれた。

「キ。」

と、リルもおはようのあいさつをする。今日はいよいよ最後の1頭になった黒竜のお姉様を送り出す日だ。リルは、ようやくいちぞくのねがいがかなう、と思った。

 ポフンと音を立てて「人化」した。門を開いて、黒竜のお姉様を竜王様の巣に呼び戻す。現れたお姉様は、知性を失っているため、めちゃくちゃに暴れ回っている。リルは、暴れるお姉様の動きをかいくぐり背中側にまわった。翼の付け根の、竜鱗で守られていない部分をペロペロする。活力を奪われ、お姉様はおとなしくなった。リルの魔力も回復する。それから「元素還元」を使用して、お姉様の魔力を抜き取った。お姉様の体が幼竜体のような小さい体に縮んだ。

 リルはいつも通り門を開いて、お姉様を表の世界に送り出した。何度も同じ過程を繰り返して、慣れたので、竜王様に確認しなくても、リルが意図した通りの場所にお姉様を送り出すことに成功した手応えがあった。リルは、最後の1頭になった黒竜のお姉様が、逝くことができたという話があるのを待った。


 ある日の深夜。タウダ砦の魔力探知機に、小さな白い影が、突如として映し出された。

「『魔の森の黒い穴』に白い反応あり。小型魔獣サイズ。」

「前回から半年以上経っているが、まだ終わりではなかったのか。」

砦の指揮を任された中隊長が、報告を受けてそう漏らした。それから手早く必要な指示を出す。

「揚陸艦、出港用意。対黒竜装備のスコピエス1個小隊もだ。」

砦に対黒竜装備のまま待機していたスコピエスⅱが揚陸艦に搭載される。

「出港準備完了。」

当直を務めていた鍛冶士が、揚陸艦の出港準備が整ったことを告げる。

「揚陸艦、出港。行き先は『魔の森の黒い穴』。」

「了解。揚陸艦『深緑の樹海13世号』、『魔の森の黒い穴』に向け出港。」

中隊長の命令を揚陸艦の艦長が復唱して、揚陸艦は「魔の森の黒い穴」に向け出港した。

 タウダ砦から半時間ほど飛んだところで、魔の森の上空に差し掛かる。夜間なので、艦橋の窓からは、闇しか見えない。

「スコピエスⅱ、降下開始。」

スコピエスⅱには、昼夜兼用単眼が装備されている。降下翼(ディセント・ウィング)を切り離して、着陸したスコピエスⅱの魔法騎士の目には、魔性映写機に映し出された、小さな黒竜が見えた。黒竜は何をするでもなく、その場でキョロキョロしている。

「あれが噂の黒竜の雛か。」

黒竜の迎撃に出た小隊の隊長は、黒竜を見るのが初めてだったため、そう、声を漏らした。

「各機散開。手はず通りに。」

小隊長の手短な指示に従い、3機のスコピエスⅱが小さな黒竜を取り囲む。黒竜は、スコピエスⅱのことを認識していないのか、ずっとその場でキョロキョロしている。

「仕留めるぞ。」

小隊長のスコピエスⅱがチェインフレイルを振り下ろし、黒竜を叩き潰した。

「各機、吸排気口閉鎖。距離をとれ。」

黒竜の死骸は、ボコボコと泡だって溶け、黄色いガスが広がった。スコピエスⅱの小隊は、ガスが充満する範囲から素早く退避する。

「我々の勝利だ。『深緑の樹海13世号』、回収を頼む。」

 その後、揚陸艦から垂らされた鎖につながれ、3機のスコピエスⅱが収容されていく。魔導従士を回収した揚陸艦は「魔の森の黒い穴」からタウダ砦へと帰還して行った。


 地鳴りのような竜王様の声が響く。18頭目、最後となった黒竜のお姉様が旅立ったと、リルに教えてくれた。

「みゅ、うみゅ。」

無限の生苦に屈し知性を捨て去った22頭の不死なる竜の一族が、全て、終わりなき生から解放されたことになる。リルと竜王様は、特別な感慨を込めて、死を言祝ぐ言葉を口にした。

 リルは、わたしのやくめは、これでおわり、と思った。といっても、竜王様が生きている限り、一族の死というリルに課された役割が終わることはない。竜王様がその精神が耐えられる限り生き続けることを決めた今、リルは竜王様と、不死なる竜の一族の最後の生き残りとして、生き続けることになる。そうすると、あたらしいたいくつしのぎ、かんがえないと、とリルは思った。ただ、一仕事して疲れたので、リルは考えるのは先送りにした。ポフンと音を立てて、元の幼竜体に戻った。それからノソノソと竜王様のお腹の下に這っていって、丸まって休んだ。


 王城ウラジオ城は、2階にある謁見の間を中心にコの字型をしていて、右側を右翼といい、軍部が、左側を左翼といい、政府が使用している。

 2階の右翼の最奥部にあるのが、国王軍総司令部、そして元帥執務室だ。元帥は、自分の執務室から、3階の国王の執務室まで向かっていた。国王が、元帥からの報告事項を謁見の間ではなく、国王執務室で聞くというのは、国王軍が設立されて以来の慣習らしい。

 元帥が、アポの時間の5分前に、王城3階の国王執務室の前に着くと、執務室の前にいた、近衛隊士に、国王は別件の報告を受けているところのため、待つように言われた。元帥は、3階の廊下で、直立不動で、国王の手が空くのを待った。

 待っている間、元帥は考えた。この近衛隊という存在も、国王直属で、総司令部を頂点とする軍の指揮系統の外にいる。今でこそ、王城内部の警護に任務が限定されていて、人員もそれほどではないが、国王軍発足当初は、近衛師団と呼ばれ、人員は千人規模、任務も王都周辺の国王直轄地、所謂天領の防衛にまで及んでいた。規模を縮小した今でも、近衛隊には、各方面軍から、優秀な人材が配転される。元帥は、自らの指揮下にない精鋭部隊の存在を苦々しく思っていた。

 しばらくして、国王執務室の扉が開き、妙齢の女性が出てきた。元帥にすれ違うなり、女性は、

「ご機嫌よう、元帥閣下。」

とあいさつをしてきた。

「失礼ですが、どこかでお会いしましたかな?」

「名乗るほどの者ではありませんわ。」

それだけ言い残すと、女性は3階の廊下から、2階の左翼につながる会談を降りていってしまった。左翼側に降りていった以上、政府の人間なのだろうが、元帥には心当たりのある人物はいなかった。

 気を取り直して、元帥は、国王執務室に入った。

「失礼します。」

「うむ。大儀である。」

元帥を国王が迎える。

「18頭目の黒竜を退治してから、半年が経ちましたが、特段動きは見られません。」

「すると、騎士の中の騎士が言っていた、小さな黒竜が、伝説の18頭の黒竜という話も、強ち偽りでもないのかも知れぬな。」

「陛下は、あの小僧の言うことを信じるのですか?」

相変わらず、元帥と当代の騎士の中の騎士の相性は悪い。

「可能性の話だ。今後も、伝説の黒竜がいることを前提に、備えよ。」

「は。『魔の森の黒い穴』についても、更に黒竜の雛が現れる可能性を考慮して、警戒を続けます。」

国王も元帥も多忙だ。元帥は必要な報告だけすると、元帥は国王執務室を辞去した。

「それでは、失礼いたします。」

「うむ。大儀である。」


 表の世界での右往左往は、魔界にいるリルには分からない。

 リルは、最後の黒竜のお姉様を見送った翌日?、試してみたいことを思いついた。表の世界と魔界をつなぐ門を使って、無生物を呼び出せないか、やってみたのだ。

 門を開く。門からは、リルが思い浮かべた通りの物が出てきた。成功だ。これで、おもてのせかいのものをよびだせば、たいくつしのぎができる、とリルは思った。

 リルが試しに呼び出したのは、リルがかつて人間としてオクタの街で暮らしていた時に作った、魔法の金庫だった。人間だったころの双子の姉、モカイッサ(モカ)が作った金庫を真似て作った物である。金庫を開くと、リルが人間だったころに貯め込んでいた金貨が山のように入っていた。おかねもち、とリルは思った。ただ、多分、魔界には表の世界のお金を使える場所はないだろう。せいぜい金貨で積み木遊びをするくらいしか使い道がない。リルは、やっぱりまかいはたいくつ、ままとおもてのせかいにでたい、と思った。結局、金庫は邪魔にならないように、竜王様の巣の端っこに寄せておいた。


 王城ウラジオ城の国王執務室に、騎士の中の騎士が呼び出されていた。

「18頭目の黒竜を討伐してより1年。これは其方の言う通り、此度の小さな黒竜が、伝説の18頭の黒竜と考えて良いのか?」

「判断しかねます。結局、僕の出番はありませんでしたし。楽観的に見れば陛下の仰る通り、18頭の黒竜を全て退治したことになるでしょう。」

小さな黒竜が、伝説の18頭の黒竜かも知れないと最初に言い出したのは、他ならぬ騎士の中の騎士である。しかしそれは楽観的な見方だと言う。

「さらば、悲観的に見れば?」

「小さな黒竜は、新たに生まれた雛と言うことになります。黒竜や魔界の存在が判明したのが、初代騎士の中の騎士の時代ですから、新たに生まれた雛が、ことごとく『魔の森の黒い穴』に現れたことになります。あえて退治されるような場所に、新たに生まれた雛を送り込む理由は、理解しかねますが。」

「楽観的な見方も、悲観的な見方も、不自然な部分が残るということか。」

国王が、嘆息した。

「最も悪い状況に備えるのが政の常道だ。其方の考えで、最も悲観的なシナリオを述べよ。」

「はい。今後も黒竜の雛が現れ続ける、というものです。黒竜の出現間隔は一定していませんでしたから、1年何もなかったからと言って、警戒を緩めるわけにはいかないでしょう。なんと言っても、不死なる竜にとっての時間の感覚が僕たち人間とは全く違う可能性は高いですからね。ただ、18頭の雛が全て『魔の森の黒い穴』に現れた以上、あの場所が、魔界と僕たちの世界の接点になりやすい場所と考えて間違いはないでしょう。」

「朕と同じか。あい分かった。今後も警戒は続ける。雛よりも大きい黒竜が現れた場合は、其方にも働いてもらうぞ。」

「心得ました。」

騎士の中の騎士は、国王執務室を辞去した。


 リルは、竜王様の巣で、なんとなく退屈な毎日を送っていた。竜王様にじゃれついてみたり、特技の液体化した猫の真似を披露したりするのだが、それにもすぐ飽きてしまう。

 ある日、リルが「人化」しようと、した時、脳裏に、複雑な呪紋が浮かぶのを感じた。リルは、直感的にこれが「人化」の魔法の呪紋だと理解していた。ポフンと、リルの姿が幼竜体から、人間の姿に変わる。複雑な呪紋の割に、あまり魔力を消費していない。

 リルは「人化」の呪紋をアレンジすれば、違う姿になれるのではないかと考えて、実験してみることにした。まずポフンと、幼竜体に戻る。それから、人化の呪紋の細部に変更を加えて、使ってみた。ポフンと音を立てて人間の姿になると、リルの姿が、ちょっとだけ変わった。具体的には、普段の「人化」したリルは、左側に結び目のあるサイドポニーなのだが、結び目が右側に変わっていた。おねえちゃんみたい、とリルは思った。

 リルは、魔法の応用が苦手である。今まで、自力で作った魔法は「元素還元」くらいだった。ただ、自分の体を変えるための「人化」のアレンジは、予想以上にうまくいった。リルは、その後も元に戻っては、少しアレンジした「人化」の魔法で、ちょっと違う姿に変身すると言うことを繰り返した。髪を結わえるリボンの色を変えてみたり、フリフリブラウスのフリルの数を増やしてみたり、ニーハイソックスの丈を微妙に変えてみたり、丸い靴のつま先を少し尖らせてみたり。

 リルは、一連の実験を終えると、竜王様の方に向き直り、

「みゃ。」

と言った。じっけんせいこう、と伝えたのだ。竜王様は、地鳴りのような声で、リルを褒めてくれた。

 翌日?。「人化」の魔法のアレンジをマスターしたリルは、まほうでにんげんのすがたになれるなら、ほかのこをにんげんのすがたにかえられるかも、と思い立った。

 さっそくじっけん、と思ったリルは、ポフンと「人化」して、竜王様の巣の外に繰り出した。もちろん、

「み。」

と、行ってきますのあいさつは忘れない。

 魔界の森をてくてく歩いていると、正面から、大型魔獣サイズの、群青色の熊の姿をした獣がやって来た。リルは、ついでに、まなもほじゅう、と思って、獣に挑みかかった。右手から出した槍を一閃。獣の頭を切り落とした。ドサリとその場に倒れ込み、動かなくなった獣に、まず「魔力吸収(マナ・ドレイン)」をかけて、魔力を奪い取る。獣が一回り小さくなったところで、今度は「人化」をかける。自分以外に「人化」を使うのは初めての経験だったが、うまくいった。獣の胴体は、等身大の成人女性の首なし死体のような形に、首は、髪の長い女の生首に姿を変えた。形だけでなく、大きさも人間大に変えられるようだ。リルは「人化」を使う時、具体的に獣をどういう姿にしようと思い浮かべなかったから、成人女性の姿になったのは、獣が生態の雌だったからだろう。リルは、じっけんせいこう、と思った。

 その間にも、女の生首はグズグズと溶けて、首なし死体の方はボコボコと音を立てながら、首が再生を始めていた。リルは、人間の女の姿になった獣が再び動き出す前に、すたこらさっさと竜王様の巣に戻った。

 巣に帰り着き、リルは、

「み。」

とただいまのあいさつをすると、竜王様も地鳴りのような声で、おかえりと言ってくれた。

「うみゃ、みゃ。」

リルは、退屈な毎日を終わらせる方法を思いついたことを、竜王様に報告すると、竜王様もリルのことを褒めてくれた。ただ、その日?はもう疲れたので、リルはポフンと幼竜体に戻り、竜王様のお腹の下までノソノソと這っていき、体を丸めて休んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ