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新しい母

   第2話 新しい母


 リッリッサ(リル)・アウレリウスは、真の力を取り戻した竜王様に、1つだけ聞いてもらいたい、わがままがあった。わがままはいっしょうにいちど、と思っていたリルには、2度目のわがままだ。1度目は今は亡き姉に対しての。

「みあう、みゅう。」

人間としては、長い時間の果てに、リルは家族を失った。その状態で独りで生きていけるほど、リルは強くなかった。だから、竜王様に願ったのだ。りゅうおうさまに、あたらしいままに、なってほしいと。

 地鳴りのような声が聞こえる。竜王様の返答だ。その直後、リルは、竜王様の巨大な口に丸呑みにされていた。


 自分の体が溶かされる感覚。これは穢れだ。同時に溶かされた体の一部が、何か別の形に再構成されているような気がする。肉体に精神が宿るなら、今、体を溶かされていることを感じている自分は何なのだろう。そんな疑問が頭をよぎる中、リルの意識は闇に溶けていった。


 再び意識を取り戻した時、リルは闇の中にいた。完全な闇に包まれていて何も見えないが、固い殻の中で丸まっているようだ。自分の体を動かしてみる。手足、動いた。首、少し何かがつかえるような感じがあるが動く。尻尾、尻尾?何故か尻尾があって、自由自在に動く。強烈な違和感がした。それから背中の羽根。こんな物が生えていた記憶はないが、自分の意思でパタパタと動いた。殻は、卵の内側のような形をしていた。

 記憶を反芻してみる。生まれたばかりの記憶はないが、幼少期からの様々な思い出が残っている。賢しき者と同化し、その力を得たこと。毎日、兄のオルティヌス(オッティ)に稽古を付けてもらったこと。学園に通い、卒業して、騎士団に入った。最強の魔導従士の制作を目指す姉のモカイッサ(モカ)に賢しき者の囁きをして、出来上がったのが、マーカス・オブ・ザ・ヘルと、デモン・サーヴァントだった。それから竜王様の婢になり、表の世界に竜王様を連れて帰った。騎士団を辞めてからは、お兄ちゃんのお嫁さんとして、オクタの街に移住した。モット君を飼って、ユフェミッサ(ユフィ)ちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃんとお別れをして、最後に一人残されて、魔界に来た。全て思い出せる。

 卵の殻の内側で丸まっている、自分の体は思い通り動かせる。尻尾や羽が生えているから、自分は竜王様の娘として、竜の姿に生まれ変わったのだろう。それでも、人間だったころの記憶が残っていて、新しい体に、少しだけ違和感があった。鼻先で卵の殻の内側をつついてみる。意外なほど簡単にヒビが入った。そのままぐりぐりして穴を広げる。そうすると殻の内側にも外の明かりが入って来て、確かに自分の体が、竜の体になっていることが確認できた。そして、殻にあいた穴が、充分広がり、リルの頭が通り抜けられそうになったところで、卵から這い出す。リルにとって、2度目の誕生の瞬間だった。


 卵を完全に割って外に出る。不死なる竜となったリルの体は、かつてリルが竜王様から魔力(マナ)を完全に抜き取った時の、竜王様と同じくらいの大きさだった。我々の世界の尺度で、60センチメートルくらい。小さな羽根は、羽ばたいても到底飛べそうもなかったが、飛行魔法の力で空を飛ぶこともできた。

「キウ。」

これが生まれ変わって初めて上げる声、2度目の産声だ。そうして、しばらくの間、竜王様の周りをノソノソ這い回ったり、パタパタ飛んだりしてみた。竜王様は優しい瞳で見守ってくれた。ただ、リルの中には、人間だったころの記憶が完全に残っている。今の小さな竜の体には少なからず違和感があった。

 そういえば、リルが初めて魔界に来た時、竜王様が、魔界は認識が形を持つ世界だと教えてくれた。もしかしたら、竜に生まれ変わった今でも、人間の姿になれるかも知れない。リルは、わたしのすがたは、にんげんのはず、と強く念じてみた。すると、ポフンと音を立てて、リルの姿が、人間だったころと変わらない姿に変わった。白いブラウスに黒いジャンパースカート、ニーハイソックスに、黒いペタンコ靴。服装もリルのお気に入りの黒ロリファッションが再現されている。頭に触れてみると、癖のないプラチナブロンドの髪は、左側に結び目のある、いつものサイドポニーにまとめられていた。鏡がないので確認できないが、顔もそのままだろう。

「みゃ。」

リルが人間の姿に変身する一部始終を見ていた竜王様に、うまくいったと、報告すると、地鳴りのような声がして、竜王様も褒めてくれた。

「みい、みぃ?」

不死なる竜へと生まれ変わった以上、リルは正真正銘、竜王様の娘である。ままってよんでいい?とリルは竜王様に尋ねた。ちなみに竜王様とは「はちょう」が合わないのか、それとも不死なる竜に生まれ変わったことが原因か、竜王様には、びびび、と意思は伝わらなかった。

 竜王様から、地鳴りのような声が聞こえ、リルは、竜王様をママと呼ぶ承諾を得た。

「みゅ?」

リルが質問すると、また竜王様から地鳴りのような声が返ってきた。人間だったリルが竜王様に丸呑みされてから、不死なる竜に生まれ変わったリルが卵から孵るまでの時間は、具体的には分からないが、竜王様にとってはとても短い時間だったらしい。

「みゃい?」

リルが気になっていたことを更に質問した。竜王様は地鳴りのような声で教えてくれた。表の世界で迷子になっている黒竜のお姉様たちは、まだ18頭とも、生苦の中にいるそうだ。はやくしなせてあげないと、とリルは思った。

 ただ、竜王様と喋っているうちに、眠くなってきた。そうすると、ポフンと音がして、リルの姿は、また小さな竜の姿に戻ってしまった。きょうはつかれたから、ひとやすみ、と思って、リルは体を丸めて眠りに落ちた。


 翌日?。リルが目を覚ますと、竜王様はまだ眠っていた。竜王様の首筋を、思いのほか長い舌でペロペロすると、竜王様も、地鳴りのような声を出して目を覚ました。

「キ。」

リルもおはようのあいさつをする。

 竜王様が教えてくれたところによると、胴体が細く、首から尻尾まで蛇のようにほぼ同じ太さでつながっている今の状態を「幼竜体」と呼ぶらしい。それから成長するに従って、胴体が太くなり、成竜の体になるらしい。幼竜体の間は、黒炎の吐息(ブレス)は使えないそうだ。

 竜王様の説明を一通り聞いたら、リルは、ポフンと音を立てて、人間の姿になった。それから、

「うみゃう。」

と、竜王様に申し入れた。リルの頭には、魔界に来てから思いついた、18頭の黒竜のお姉様たちをどうにかする方法があったのだ。竜王様が地鳴りのような声で、リルを褒めてくれた。

 リルが思いついた、黒竜のお姉様たちを生苦から解放する方法は、大要次の通りだ。まず、一端、表の世界にいる黒竜のお姉様たち18頭を全員、魔界に呼び戻す。そしたら、リルが「元素還元(エーテライズ)」の魔法で、黒竜のお姉様たちの魔力を抜いて小さくする。それから、リルが門を開いて、黒竜のお姉様たちを表の世界に送る。竜王様には、表の世界に関する知識がなかったので、22頭の黒竜のお姉様たちはバラバラの場所に出てしまったが、リルが門を開いて、黒竜のお姉様たちを送り出す場所をコントロールすれば、表の世界の人間に、お姉様たちを見つけてもらって、殺してもらうことができる。

 リルが考えた方法のうち、要となるのが、門を開く位置をコントロールすることである。これについては、リルにはある程度、できるだろう、という確信があった。人間だったころのリルが、魔界から表の世界に戻る際、リルは過たず、自分の体の中に帰還することができた。あの時と同じ要領で、黒竜のお姉様たちを送り出す場所をコントロールすることはできるはずだ。

 リルの提案を聞いた竜王様は、地鳴りのような声で、表の世界にいる者を魔界に呼び出す門の開き方を教えてくれた。ということは、竜王様は、見ているだけで、全部リルひとりでやるということらしい。リルは自分の中の魔力の流れを感じてみたが、生まれ変わった直後だからか、門を2度開き「元素還元」を使うには、魔力が全然足りなかった。

 仕方がないので、リルは「魔力狩り」に出掛けることにした。そういえばわたしのやり、とリルが思うと、右手から槍が出て来た。軽い。試しに槍を振ってみると、ビュンビュン音がして、よくしなった。リルの愛用の槍は、木製の柄に鉄製の穂先がついた物である。こんなによくしなる物ではなかった。りるは、どらごんすけいる、と思った。もちろん槍の素材のことである。見た目はリルの愛用の槍を完全に再現しているが、リルは、このやり、ちゃんとつかえるかな?と思った。

「み。」

竜王様に、行ってきますのあいさつをして、リルは竜王様の巣から、森に出た。森をてくてく歩いていると、正面から、うじゅる、じゅる、と8本足の軟体動物型で、大型魔獣サイズの魔界の獣が現れた。以前の遭遇の時と同様、2つの目玉と思しき部分の真ん中を槍で1突き。手応えはほとんどなかったが、槍はすっと8本足の獣の頭に突き刺さった。これで8本足の獣がへちゃあと地面に広がって、動かなくなる。その隙に、リルは「魔力吸収(マナ・ドレイン)」で、8本足の獣から魔力を奪った。が、いつまで経ってもお腹いっぱいにならない。その間にも獣がゴボゴボと音を立てて再生し、動き始めそうだったので、槍でもう一突き。再度沈黙させる。もちろんその間も「魔力吸収」は使いっぱなしだ。結局、8本足の獣がリルの手のひらに乗るくらい小さくなるまで、魔力を奪い続け、これ以上魔力を奪えなくなっても、リルはお腹いっぱいにならなかった。リルは、ふしなるりゅうのまりょくりょう、けたちがい、と思った。

 手のひらサイズまで小さくなった8本足の獣を捨てて、来た道をてくてく戻り、竜王様の巣に帰ってきた。

「み。」

と、リルがただいまのあいさつをすると、竜王様も、地鳴りのような声で、お帰りと言ってくれた。


 竜王様の巣に帰り着いたリルは、槍をしまった。槍は、リルの体の中に入って消えてしまった。そうしていると、ふと、やりがこうだと、おようふくはどうなんだろう?とリルの中で、疑問がわいた。とりあえず確認のために靴を脱ごうとした。しかし脱げない。足と一体化してしまっている。試しに靴に「炎の矢(ファイア・ボルト)」の魔法をぶつけてみた。焦げあと一つついていない。ジャンパースカートにも「炎の矢」を当てる。やっぱり何の効果もない。きてるものもみんな、どらごんすけいる、とリルは思った。どうやら、服も含めた体の表面は、全て竜鱗(ドラゴン・スケイル)が形だけ変えた物で、幼竜体のときと同等の防御力があるようだ。

 それでも靴が脱げないと不便な気がしたので、いまわたしはくつをぬいでいる、と念じてみると、両足から靴がするりと脱げた。折角だから、人間に変身しているときの特性を見極めるため、靴を履き直さないで、離れた場所に置いて、幼竜体に戻ってみた。ポフンと音を立てて、リルの姿が元に戻ると、靴も消えてしまった。このほうほうで、ふくをふやすのはむり、とリルは思った。

 とりあえず、人間の姿になることを「人化」と呼ぶことにする。「人化」は姿を人間に変えるだけなので、体の表面は、皮膚や髪の毛だけでなく、着衣も全て、竜鱗が見た目だけそれっぽく変化した物で、無から有を生み出しているわけではない。ただ、竜鱗は、魔導従士(マジカルスレイブ)の武器でも傷を付けられないほどの、耐刃性、耐貫通性、耐魔法性を持っているので、「人化」したリルは、見た目に反して鉄壁である。このようなことが可能なのは、不死なる竜を含む魔界の獣は、魔力をため込み、魔法の物質化により、その肉体を形成しているからである。魔法の物質化に少し手を加えれば、姿を変えることもできる。

 と言う原理を、リルが1日で理解したわけではないが、なんとなく「人化」の特性が分かったところで、リルはこれ以上動くのが面倒になってしまったので、竜王様のお腹の下までノソノソ這っていって、丸まって眠ってしまった。


 翌日?。いよいよリルは、黒竜のお姉様たちを、生苦から解放する計画に取りかかった。慣れている体の方がいいと思い、ポフンと音を立てて「人化」した。がんばって、ままにほめてもらう、とリルは思った。

 まず、昨日?竜王様に教えてもらった、表の世界から魔界への召喚の門を開き、黒竜のお姉様を1頭、竜王様の巣に呼び出した。門から現れたのは、体長50メートルほど、翼長80メートルほどの、黒竜であった。黒竜は、門から出てくるなり、暴れ始めた。

 リルは、暴れる黒竜のお姉様の動きをかいくぐりながら、背中側に回り、そこだけ竜鱗で守られていない、翼の付け根をペロペロする。このペロペロは、負属性の魔法で、対象から、魔力と活力を奪う。元々リルが使える魔法ではなかったが、不死なる竜の本能にすり込まれているのだろうか。教えてもらわなくても使い方が分かった。翼の付け根をペロペロされた黒竜のお姉様は、大人しくなった。ついでに、リルは門を開くのに消費した魔力を回復した。

 それから、リルは「元素還元」の魔法で、黒竜のお姉様から魔力を抜き取った。「元素還元」は、无属性の魔法で、エーテルから魔力を生成するのとは逆に、魔力をエーテルに還元する。魔力を抜かれた黒竜のお姉様は、幼竜体と同じ様な姿になった。黒竜のお姉様から魔力を抜き取るのは、表の世界に出たときに、大きな被害を出さないためである。

 それからリルは、表の世界に通じる門を開き、黒竜のお姉様を、表の世界に送り出した。リルが考えている通りの場所に出れば、軍がお姉様を発見して、無限の生苦から解放してくれるはずだ。リルは竜王様の方に向き直り、

「み?」

と、竜王様に尋ねた。竜王様は、黒竜と視界を共有して、表の世界の様子を見ることができる。地鳴りのような竜王様の声がして、今、表の世界に出た黒竜の視界には、森に囲まれた、黒い地面の土地が見えていると言う。リルは、けいさんどおり、と思った。


 名もなき大陸を東西に分かつ「巨壁山脈」。その東側に、オストニア王国はあった。オストニア王国の更に東には「魔の森」と呼ばれる、魔獣たちが棲む、地平線の更に向こうまで続く大樹海が広がっている。

 魔の森には「魔の森の黒い穴」と呼ばれる場所があった。かつて「第2次黒竜事件」と呼ばれる事件の際に、魔界から送り出された22頭の黒竜のうち、1頭が退治された場所である。その際に、死した黒竜から滲み出た、穢れを含む黒い血液によって、その場所は汚染され、草木1本生えない、死の土地と化した。実際に穴が空いているわけではないが、飛空船で上空から見ると、木々が生えていないその場所は、黒い穴が空いているように見えることから、いつしかその名で呼ばれるようになったのである。


 オストニア国王軍、魔の森方面軍の1拠点である「タウダ砦」。砦に設置された「魔力探知機(マナ・シーカー)」を監視していた、尉官が、異変に気付いた。魔力探知機は、魔力の発せられている場所を探知する装置で、我々の世界で言う、レーダーのような役割をする。

「隊長、『魔の森の黒い穴』に、小さな白い影が映りました。」

「何?白だと。」

魔力探知機は、魔力のあるなしだけでなく、発せられている魔力の濃淡を識別できる。魔力の濃いところは、暖色で、魔力の薄いところは、寒色で表示されるのだ。サーモグラフィーの様なイメージである。白は、魔力探知機で探知できる限界を超えた濃度で、魔力が集まっていることを示す。

「見間違いじゃないのか、見せてみろ。」

砦に駐留する隊を預かっていた中隊長が、魔力探知機の魔晶映写機(ホロ・モニター)を覗き込んだ。

「む、確かに小さいが、白だな。普通の魔獣ではない色だ。放置はできん。確認するぞ。」

中隊長は、すぐに現地を確認する部隊を編成した。魔導従士(魔法で動く巨大ロボットで、全身鎧を着た騎士を5倍ほどに拡大したような外観である)スコピエスⅱ1個小隊(3機)を「魔の森の黒い穴」に向かわせた。

 2時間ほどで目的地に着いた魔法騎士(マジックナイト)(魔導従士の操者をこう呼ぶ)が目にしたのは、体長60センチほどの小さな黒竜が「魔の森の黒い穴」を這い回っている姿だった。小隊長は、コックピットに装備された魔力通信機で、すぐに砦に報告する。

「獣種確認。該当なし。ただし、60センチメートルほどの小型魔獣で、黒竜の様な姿をしています。」

すると、通信機越しに、中隊長からの指示が返ってきた。

「小型であっても、黒竜なら不用意な手出しは禁物だ。司令部の指示を仰ぐ。目標を監視しつつ、指示があるまで待機だ。」

「聞いての通りだ。目標を監視しつつ、指示があるまで待機。」

小隊長は、2人の部下に中隊長の命令を伝えたのだが、1番若手の隊員が先走って、動き出していた。

(ドラゴン)に見えても所詮は小型魔獣。スコピエスで踏み潰してやりますよ。」

「待て、先走るな。」

 若手隊員は、小隊長の指示に従わず、小さな黒竜に迫った。黒竜は、こちらを警戒するでもなく、ノソノソと這い回り続けている。逃げないなら好都合だ。若手隊員は、

「竜と言っても所詮は獣だな。逃げるそぶりもなしか。」

と、スコピエスⅱの右足で、小さな黒竜を踏み潰した。グシャッと潰れる手応えがあり、その場に、黒い血液が滲み出る。

「撃退完了。口ほどにもないな。隊長、やりましたぜ。」

 黒竜を踏み潰した若手隊員は、気付いていなかった。黒竜の死骸が溶けて、周囲に薄い黄色のガスが広がるのを。

「すぐに待避。そこは危険だ。」

小隊長は、若手隊員に指示を出すが、

「何言ってるんですか、隊長。竜なら確実に踏み潰しましたぜ。」

と言って、その場から動かない。その間にスコピエスⅱの吸排気口から黄色いガスがコックピットに入り込んでいた。事ここに至っても若手隊員は自分の置かれている状況に気がつかない。

「はは。これで、俺も第3の竜殺しの騎士(ドラゴン・スレイヤー)ってか。ん?何だこの匂いは、息が、苦しい。ぐふ。」

「おい、応答しろ。すぐにその場を待避だ。」

小隊長は、若手隊員に呼びかける。しかし返事がない。それっきり若手隊員の乗るスコピエスⅱは沈黙した。

 黄色いガスが拡散して、もう安全だと判断した小隊長は、残りの隊員とともに、若手隊員のスコピエスⅱを回収した。スコピエスⅱの右足の下には、確かに、小さな竜の鱗と思われる欠片と、黒い結晶質の何かがあった。あれが小さな黒竜の魔力結晶だとしたら、随分体の割に大きい。

 スコピエスⅱのコクピットハッチを開け、中を確かめると、若手隊員はすでに事切れていた。


 竜王様の地鳴りのような声がする。先ほど表の世界に送り出した、黒竜のお姉様が逝ったそうだ。竜王様は死を言祝ぐ言葉を口にした。リルも真似して、

「みゅ、うみゅ。」

と、黒竜のお姉様が解放されたことを喜んだ。それからリルは、せいこう、と思った。一仕事終えたリルは、ポフンと元の姿に戻り、竜王様のお腹の下までノソノソと這っていき、体を丸めて休んだ。


 巨壁山脈東麓地方中部にある、オストニア王国の王都ウラジオ。そのもっとも西側に建つ一際大きな建物が、王城ウラジオ城である。その城内に、オストニア国王軍総司令部があった。

「第2次黒竜事件から、相当な年月が流れたが、ここに来て新たな黒竜の出現か。」

総司令部に設けられた会議用の机の真ん中に座る禿頭の老人が嘆息した。彼は国王軍元帥の肩書きを持ち、軍の実質的トップに位置する人物である。

「今になって、雛とはいえ、新たな黒竜が出現したのには、何らかの理由があるはずです。せめて魔の森方面軍に不死なる竜についての情報の開示許可を求めます。」

魔力通信機越しに声が響いた。この総司令部会議室は、魔力通信機で各方面軍司令部と繋いで、遠隔会議が可能な最新の会議システムを導入している。発言したのは、魔の森方面軍の指令である。

「不死なる竜に関する情報はッッ指定の機密だ。方面軍指令でなければ、将官といえど開示される機密はッ指定までだ。機密情報の開示は許可できんな。」

「我が軍の兵が1人死んでいるのですよ。」

通信機の向こうで、魔の森方面軍指令が声を荒げるのが分かった。

「冷静になりたまえ。大局的に見れば、黒竜1頭に被害が兵1人で済んだことが幸運だったのだ。苟も今回現れた黒竜が、残り18頭いると言われる黒竜でなかったとしても、被害が本土に及ぶ前に、発見、対処できたことを喜ぶべきだ。」

「…。」

「それから、黒竜を退治すると、その肉が溶けて消滅し、有毒ガスが発生することに関しては、今回明らかになったこととして、(ケー)指定の機密になる。今後今回と同じ様な事態には、対応可能なはずだ。」

「左様ですか。元帥のご意向とあればそういたします。魔の森方面軍司令部より以上。」

魔の森方面軍指令は、黒竜に関する情報を、部分的に機密レベルを下げたことで納得したようだ。

「しかし、記録にある通り、前触れなく突然現れるのだな、不死なる竜は。それが今になって現れたことに、何か意味があるのか、それとも偶然か。いずれにせよできる備えはせねばなるまいよ。」

元帥はそう言って、席を立った。


 リルは寝起きがいい。それは人間だったときも、不死なる竜になった今も変わらない。目が覚めると、竜王様はまだ寝ていた。リルは竜王様の首元までノソノソと這っていき、尻尾で竜王様の首筋をサワサワした。そうすると、竜王様も目を覚ますのだ。

「キ。」

おはようのあいさつをすると、竜王様も地鳴りのような声であいさつを返してくれる。

 リルは、ポフンと「人化」した。きょうが、にとうめのおねえさまの、めいにち、とリルは思った。

 それからは昨日?と同じ要領で、門を開いて黒竜のお姉様を呼び出し、羽根の付け根をペロペロして魔力を補充し、「元素還元」でお姉様を小さくして、門を開いて、表の世界に送り出す。竜王様の方に向き直ると、昨日?と同じ景色が見えると教えてくれた。きょうも、せいこう、とリルは思った。


 その日、タウダ砦に設置されていた魔力探知機を監視していた尉官が、異変に気付いた。

「『魔の森の黒い穴』に白い影あり。小型魔獣サイズ。」

「警戒を緩めた矢先にこれか。3ヶ月何もなかったのだから、もう終わりでいいだろうに。」

砦の指揮を任されている中隊長がぼやいた。

「司令部に報告。小型魔獣サイズなら、今この砦の戦力でも対応可能だ。前回同様スコピエスを1個小隊動かすぞ。対黒竜用装備を忘れるな。」

中隊長の指示で、砦の鍛冶士たちが慌ただしく動き始める。機体の装備を換装するのだ。

 準備が整った、スコピエスⅱ1個小隊(3機)が砦から出撃していく。「魔の森の黒い穴」までの道のりは、樹木が多く、道が整備されていないので、魔導車で迅速に赴くことができないのだ。警戒態勢が密だったほんの少し前までは、砦に揚陸艦が駐留していて、空から戦力を送り込めたのだが。

 2時間ほどかけて、スコピエスⅱの小隊は「魔の森の黒い穴」に到着した。

「目標を視認。小型魔獣サイズの黒竜。」

スコピエスⅱの対黒竜用装備は、重量のある鉄球を鎖で振り回せるようにした、チェインフレイルが用いられる。黒竜の鱗は、刃物や魔法では傷つけられないが、スコピエスⅱで踏み潰した実績から、質量そのものを武器にする鈍器なら、有効と判断されたのだ。

「各機散会。戦闘開始。」

小隊長の号令で、3機のスコピエスⅱは、小さな黒竜を3方から取り囲むような陣形になった。小さな黒竜は、隊長機にまっすぐ向かってくる。小隊長は、黒竜に自機のチェインフレイルを振り下ろした。黒竜は致命の一撃に対しても、全く回避行動をとらない。命中。黒竜がグシャリと潰れ、黒い血液がにじみ出た。

「各機、吸排気口閉鎖。距離をとれ。」

スコピエスⅱの小隊は、黒竜の体が溶けて発生する有毒ガスの充満する範囲から、離脱した。ただ、同時に信じがたい光景を目にすることとなる。

「チェインフレイルが、溶けている。」

黒竜を叩き潰したチェインフレイルが、跡形もなく溶け落ちたのだ。

 黄色い有毒ガスが充分希釈されたと判断し、スコピエスⅱの小隊は、吸排気口を解放した。

「あの黒い血液は、自分の体だけでなく、鋼鉄まで溶かすのか。やっかいだな。いや、人的被害なしで討伐できたことを喜ぶべきだな。」

小隊長のその一言が、戦闘終了の合図となった。


 竜王様の地鳴りのような声がする。先ほど表の世界に送り出した、黒竜のお姉様が逝ったそうだ。竜王様は死を言祝ぐ言葉を口にした。リルも真似して、

「みゅ、うみゅ。」

と、黒竜のお姉様が解放されたことを喜んだ。それからリルは、このちょうし、と思った。一仕事終えたリルは、ポフンと元の姿に戻り、竜王様のお腹の下までノソノソと這っていき、体を丸めて休んだ。


 王城ウラジオ城の3階の会議室。この部屋は、国王が臨席する会議以外では使用しない。かつて、絶対主義の統治機構が整備されるまでは、王城の3階全体が、王族のプライベートスペースである内城だった。が、統治機構が整備され、国王が統治権を総覧し、国王軍を統帥する体制が構築され、国王が臨席する会議が増えたため、王城を改装して、3階に国王の執務室、控え室、そしてこの会議室が設けられたのである。

 その日の会議では、国王の他に、元帥と少女の様な外見の男性が出席していた。

「約3ヶ月で2度の雛の出現。不死なる竜に何らかの動きがあるのは確実であろうよ。」

国王の言葉に、

「陛下の仰る通りでございます。」

と、元帥が平伏する。元帥は国王軍の実質的トップだが、国王は大元帥として、元帥や総司令部にすら命令を下せる立場にある。付け加えて言えば、軍部の内部にも、国王直属の、言い換えれば総司令部が命令権を持たない部局が存在する。元帥の隣に座る人物はその関係だ。

「これまで2度の黒竜出現は、小さな雛でしたが、成体の黒竜がいつ現れるか、分かりません。そうなると、国王軍がいかに精鋭揃いとは言え、通常兵力では対処は困難でしょう。相手が記録通りの戦力の持ち主ならば、ですが。」

「それ故の騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)か。あい分かった。斯様な折には、朕から命を下そうぞ。」

「騎士の中の騎士」。少女の様な外見の男の正体であり、総司令部の命令に服さない、オストニア王国の最大戦力である。この会議の目的は、相次ぐ黒竜出現に、騎士の中の騎士の力を借りることが目的だった。

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