アテラ、学校に通う
第14話 アテラ、学校に通う
1
西方歴2996年の暮れが差し迫ったころ。オストニア王国の王都ウラジオの広場で、新型魔導従士のお披露目が行われた。ただ、開始時間になっても、広場には何も準備がされていない。がらんと空いた空間だけが用意されている。観衆も、何が起きたか疑問に思い、ザワザワし始めたころ、上空から、風を切る音が聞こえてきた。
観衆がその方向に目をやると、大きな鳥の様なシルエットが見えた。その鳥が、優雅に王都の広場上空に来ると、ゆっくり降下に入った。観衆が固唾を飲んでその光景を見守る中、鳥が突然姿を変えた。大きな翼は折りたたまれ、下半身が出て来て、背中に翼の生えた人の様な格好になる。それも身長9メートル位ある、巨体で、全身鎧を身に纏っている。これこそが、王立魔導従士研究所、通称ラボが開発した新型魔導従士だったのだ。
遅れてもう1機の魔導従士が上空から降下してきた。こちらは最初から翼の生えた人型をしている。
2機の魔導従士が広場に立つと、王城の方から、護衛を数人伴って、国王軍元帥が広場に入って来た。
「お集まりの皆さん。ご覧下さい。これが我が軍の最新鋭魔導従士です。」
元帥は、観衆に向かって鷹揚に話し始めた。
「まず、皆様から向かって右の機体。史上初の変形型魔導従士、その名も『サヴォルデス』です。鳥形体による高速移動と、騎士形体による戦闘能力を併せ持ちます。この機体の導入により、陸上戦力を今まで以上に迅速に展開できるようになります。魔獣被害への対応も、今まで以上に迅速になることをお約束します。」
元帥は、自分の手柄のように、自信満々で話した。ただ、観衆は、ラボの新型だと事前に聞かされているので、軍の手柄の様に話す元帥に、しらけた態度だ。
「もう1機は、空陸型の量産機『イカレス』です。これまで存在した空陸型魔導従士は、どれも1機だけで、同型機が存在しませんでした。我が国の魔導従士開発技術は、その空陸型魔導従士の量産すら可能にしたのです。」
元帥は、自分のしゃべりに酔っていて、観衆のしらけた態度に気付いていない。
「両機種は、順次、配備して参ります。この新たな戦力が、オストニアに更なる安寧と発展をもたらすことでしょう。」
元帥は締めくくった。まばらな拍手。観衆は、元帥の演説を聴かず、お披露目された魔導従士の観察に熱中していた。
翌朝。朝の散歩に行き、新聞を買ってきたリルは、郵便制度の開始に合わせて新設した郵便受けに、可愛らしい封筒に入った手紙を見つけた。差出人のところにはバイマックルーの名前があったが、封は開いていた。
中身は、のり弁状態の便箋が3枚。リルは、けんえつ、どんどんきびしくなると思った。それでも「!」と返事を送っておいた。
それから買ってきた新聞を読んでいたリルは、前日に王都であった、新型のお披露目のことを知った。
記事には、新型の画期的な面を賞賛する言葉がこれでもかと並んでいるが、リルは、そのまんま、と思った。横からいつも通り覗いているアテラも、その記事には興味なそうだ。
実のところ、サヴォルデスもイカレスも、リルが人間だったころ、リルの父のエルヌス・アウレリウスとその相棒の親方が作り上げた物である。その元になった機体は、騎士だったころのリルが試験騎士を務めているので、大体の特徴は把握している。
両機は、スベルドロ砦の地下格納庫に眠っていた機体で、リルがテリャリッサ・アウレリウスにその存在を教えた。それを、ラボの第0開発工房が回収して、新型機として発表したのだ。200年以上の時を超えてようやく日の目を見たとも言えるが、ただ、掘り出しただけで、何ら改良点がないのは、魔導従士好きのリルには不満だった。リルは、らぼは、なまけもの、と思った。
2
年が明けて西方歴2997年春。いよいよアテラが王立魔法騎士学園初等部家政学科に入学する日が近づいてきた。アテラは入学式の前日が誕生日なので、7歳で入学の日を迎えることになる。
アテラの誕生日の前日。リルは、アテラを連れて、学用品を買いに行った。背嚢など身につける者は「人化」の魔法でどうにでもなるので、買うのは文房具が中心だ。昼過ぎの休憩時間、商店街にある「大陸堂」という店に来た。大陸堂は、オストニアで一番の画材屋として有名だが、文房具も充実している。
大きな店の中で、目的の物を探すのは面倒かもと思っていたが、店の1階に学用品の特設コーナーがあった。考えることはみな同じ様だ。
学用品コーナーには、ペン入れや鉛筆、ノートなどが並べられている。ちなみに教科書類は学園から支給される。リルが人間だったころは、鉛筆は一般的でなく、我々の世界で言う万年筆の様な、ペン先からインクを入れて書くペンが主流だった。ただ、考えてみれば、サヴォルで使っているペンも、インク壺からインクを補充するタイプではなくなっている。ぶんぐもしんかしてる、とリルは思った。リルは、アテラに、
「・・・どれにする?」
と聞いたら、
「お姉ちゃんが選んだの。」
と、丸投げされた。リルは、無難なデザインのノートや鉛筆を選んだ。よく見ると、鉛筆に菱形のマークがあるものと、蜻蛉のマークがあるものがある。リルは特に理由はないが、蜻蛉の方を選んだら「ドラゴンフライ鉛筆」と箱に書かれていた。どらごん?とリルは思った。
そして入学式当日の4月8日の朝。リルは、学園にアテラを送り出そうとしたが、アテラは、
「お姉ちゃんも一緒に来てくれるんじゃないの?」
と、リルの同行を求めた。入学式に保護者が同伴する慣習はないので、
「・・・あてら、ひとりでいく。」
と、アテラを諭した。
「えー。お姉ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌。だったら学校行かない。」
アテラは、ぐずりだした。リルは、
「・・・がっこうは、ぎむ。・・・にんげんにばけていきてくなら、いかなきゃだめ。」
と、なんとかアテラを学校に向かわせようとした。
「分かった、ひとり行く。でも終わったらすぐ帰って来るから。」
意外にアテラは素直にリルに従った。それで、アテラは、学園に初登校して行った。
入学式当日は、午前中が式典、午後がガイダンスである。式典では、学長から訓示があったり、祝電が披露されたり、退屈なセレモニーが行われた。
午後のガイダンスだが、6歳児がほとんどの初等部1年生は、落ち着きがなく、その中で、アテラだけは行儀よく聞いていた。
午後3時過ぎに、アテラが帰宅した。
「お姉ちゃん、ひとりで学校行けたよ。」
そう言って、アテラはガイダンスで配られた、資料をリルに渡してきた。その他にも、教科書類も配布された様で、アテラの荷物はかなり重そうだ。
リルは、資料に1枚ずつ確認していった。児童向けの資料は、まだ読み書きを勉強する前の子どもに見せるものなので、図解などを多用していた。保護者向けの資料には、名簿や、連絡網があった。が、アテラと同じ家政学科の児童はいなかった。つまり、学科にアテラ1人。連絡網にも、サヴォルの魔力通信機の番号が書かれているだけだった。れんらくもう?とリルは思った。
翌日から、本格的に授業開始である。初等部の3年生までは、学科ごとに分かれた授業はなく、共通講義の教養だけだ。科目は、読み書き、算数、地理、国史。1年生の最初は、読み書きが完璧になるまでは、他の科目は行わない。アテラは、読み書きは完璧なので、授業を行儀よく聞いていた。
放課後。帰宅したアテラが、開口一番、
「お姉ちゃん、勉強教えて。」
と言ってきた。エルマも、アテラの方を優先するよう、目配せで指示してきたので、リルは、すぐ仕事に戻れるよう、人気のないテラス席で、アテラの勉強を見ることにした。
アテラの読み書きの能力は、すでに初等部どころか大学でも通用するだろう。教えるなら他の科目をと思い、リルは、アテラから算数の教科書を見せてもらった。初等部1年の算数は、数の数え方から始まり、時計の読み方、一桁の足し算引き算まで範囲に入っている。リルは、試しに、アテラに足し算の練習問題を解かせてみた。
「・・・さんたすよんは?」
「?分かんない。」
リルは、あてらはかしこいからたしざんひきざんくらいできるだろう、と思ったのだが、そうでもなかったらしい。
「・・・うさちゃんがさんびき。・・・あたらしくよんひきつれてきた。・・・あわせてなんびき?」
「えーと、1、2…たくさん!」
どうやらアテラには、まだ足し算は早かったようだ。すこし教科書の頁を戻って、人や動物のイラストが描かれた頁をアテラに見せた。
「・・・このえのなかに、おとこのひとはなんにん?」
「1、2…たくさん!」
正解は5人である。
「・・・おんなのひとは?」
「1、2…たくさん!」
4人である。
「・・・わんちゃんは?」
「1、2…たくさん!」
2匹である。もしかしてあてら、すうじがにがて?と思ったリルは、
「・・・あてら、じゅうまでかぞえられる?」
と聞いた。
「数えられるよ。1、2…たくさん!」
本人の弁に反し、数えられなかった。リルは、いがいなもうてん、と思った。
それから、1時間くらいかけて、リルは、アテラに数の数え方を教えた。
その日の晩。リルはあることが気になって、サヴォルの帳簿に目を通した。リルは、オクタに住んでいた時、一時、一家の家計を預かっていたから、帳簿も読めないことはない。で、見てみたら、案の定、どんぶり勘定だった。一応黒字だし、税金も払っている。一家はみな不死なる竜なので、生活費はほとんどかからない。お金は貯まっているが、エルマが付けている帳簿はかなりテキトーだった。ふしなるりゅうは、にんげんよりかしこいけど、すうじはにがて、とリルは思った。
3
それからというもの、リルは、学園から帰ってきたアテラに勉強を教えるのが、日課になった。ちなみにサヴォルは氷曜日が定休日だが、学園は土曜日が半ドン、日曜日が休みなので、氷曜日はアテラが帰宅すると寝ているところを起こされ、土日は、一緒に店に出た。
アテラは、賢い子なので、算数もすぐに覚えた。「1、2…たくさん」というのは、不死なる竜にとっては細々した物の数を数える必要がなかったからのようだ。1週間もすると、リルが、
「・・・さんたすよんは?」
と尋ねると、
「7!」
と、答えが返ってくるようになった。
アテラが、算数を覚え始めたので、他の科目もやることにした。次は地理である。初等部1年の間は、自分が住んでいる地方の地理を勉強する。
「・・・このまちのなまえは?」
「?分かんない。」
「・・・えかてりんぶる。」
「分かった。」
「・・・りょうしゅのなまえは?」
「?知らない。」
「・・・えかてりんぶるふすこうしゃく。」
「公爵?侯爵?」
「・・・こうしゃく。」
リルは、あてら、かしこいはずなのに、しらないことがおおい、なんで?と思った。
その次は、国史である。国史の教科書は、建国前史の東方探検隊が巨壁山脈を越えるところから始まり、1年生の内に中世、すなわちレオン3世の統治時代まで勉強する。3年生までには、国史の授業は終わる予定だ。
リルは、国史に関しては、アテラに質問しないで、教科書に沿って、教えていった。アテラは、
「へー。巨壁山脈が世界の東の果てなんて思ってたんだ。私、山脈の東しか知らないよ。」
とか、
「昔は魔獣がいっぱいいたんだね。」
とか、リルの講義にちゃんと相槌を打っている。国史に関しては、問題ないようだ。
授業が始まって2週間。この世界の共通語の読み書きは簡単なので、この週から、読み書き以外の科目も授業が始まる。アテラに関しては、予習バッチリのはずだ。
「ただいま。お姉ちゃん、お勉強♪」
アテラは帰って来るなり、リルにそう言って寄ってくる。リルも、やるきがあるのはいいこと、と思い、アテラの勉強に付き合った。
更に何週かして、リルはふと疑問に思った。アテラの勉強が思っていたほど順調ではないのだ。リルは、
「・・・あてら、じゅぎょうきいてる?」
「聞いてないよ。ずっと寝てる。」
「・・・なんで?」
「だって、お姉ちゃんに教えてもらった方が楽しいもん。」
リルも、初等部の授業など、ずっと聞き流していたのだが、それは授業を聞くまでもなく、知っていたからだ。アテラは知らないことも多い。リルは、
「・・・じゅぎょうは、きかなきゃだめ。」
と、アテラを注意した。
「何で?お姉ちゃんが教えてくれるでしょ?」
アテラは、全く懲りていない。
「・・・それじゃあ、がくえんにいくいみがない。」
「分かった。お姉ちゃんが言うなら授業は聞く。」
その日は、それで片付いたが、翌日以降も、アテラは帰宅するなり、
「お姉ちゃん、お勉強♪」
と、リルに寄ってきた。リルは、やるきがあるなら、まあいいか、と思って、毎日1時間ほど、アテラの勉強に付き合った。
そんな調子で3ヶ月が過ぎ、いよいよ7月の前期試験が近づいてきた。
「・・・しけんはんいは?」
「えとね、読み書きはここまで。算数はこの頁まで。…。」
アテラは、教科書を開いて、その頁で試験範囲を示した。読み書きは問題ないだろう。算数は、数え方と、時計の読み方だった。これも問題あるまい。地理は、エカテリンブルの街に関すること、国史は、建国前史から、巨壁山脈と魔の森の間の地域を、版図に組み込むまでの歴史だ。今までのアテラの勉強の進み具合なら、全科目満点でもおかしくない。
「・・・ここまでなら、しけんべんきょうは、ふよう。」
「分かった。じゃあ、昨日の続き。」
それでリルは、前期試験の範囲より大分先の単元を、アテラに教えた。このまま行くと、前期試験前に、1年生の範囲が終わりそうな勢いだ。
そして迎えた、前期試験だったが、成績発表前に、アテラの保護者が呼び出された。エルマは店から出る気はないようだったので、リルが出頭した。
「あ、お姉ちゃん♪」
アテラは学園でリルに会えてうれしそうだったが、担任の教師は深刻な顔つきだ。
「お姉さん?お母さんは?」
「・・・ままは、おみせでいそがしい。」
「それで代わりに来たのですか。と言ってもまだ子どもじゃあ?」
「・・・せがひくいから、よくこどものまちがわれるけど、・・・もうおとな。」
「分かりました。失礼。それでアテラさんのことですが。」
そう言いながら、教師は、答案用紙の束を出した。見たところ、綺麗に全て白紙。名前も書いていない。
「この通りなのです。お姉さんからも何か言ってあげて下さい。」
リルは、あてら、いがいにじょうしきがない、と思った。
「・・・しけんちゅう、なにしてた?」
「つまんないから、寝てた。」
「・・・・しけんは、まじめにこたえないと、だめ。」
「分かった。」
「・・・それから、がくえんでは、せんせいのいうことをきいて。」
「仕方ない、そうする。」
担任の教師が看ている前で、リルとアテラは、間抜けな遣り取りをした。
結局、アテラは、1年生の前期試験で、前代未聞の全科目0点になった。本当は賢い子なのだが、先が思いやられる。
4
前期試験の成績発表後は、夏休みである。サヴォルも暇な時間が増えるし、アテラの勉強も、お休みにして、リルは、久しぶりに読書に没頭した。読んだのは「酸っぱい大作戦」という本である。
西方の南方諸小国原産の、クエンという柑橘類があった。その苗を手に入れた、オストニア人の農民が、原産地と気候の似ている、巨壁山脈東麓地方南部の海沿いの地域で、クエンを育てる、という内容の物語だった。
植える場所の日当たりを考えたり、土や肥料を工夫したりして、苗木が根付くまでに、5年の歳月を要した。それから若木を大事に育て、5年目にして、ようやく花を咲かせることに成功した。が、肝心の実が大きく育たない。それからも試行錯誤の連続で、花蕾を間引く方法にたどり着いたのは、8年目。出荷出来るほどの量を収穫できたのはその翌年のことだった。苗木を手に入れてから、実に14年の歳月が流れていた。
クエンの栽培の成功により、それまで輸入に頼っていた作物の国産化が出来たのだから、初めのうちは、輸入品と同等の値段で売れ、大きな利益を生み出した。しかも、クエンは、揚げ物につけて、果汁を垂らしたり、菓子作りに酸味を出すために使ったりと、用途も幅広い。
ただ、成功する者がいれば、模倣する者が出てくるのが世の常である。南部海沿いの斜面には、多くのクエンの木が植えられ、数年後には、大量の国産クエンが出回ることになった。価格は下がったので、クエンを買う飲食店などは喜んだが、最初にクエンを栽培した農民は、手取りが減ってしまった。現在国内に出回るクエンは、ほぼ国産である。
この本を読んで、リルは、くえんなんてくえん、と思った。事実クエンは酸っぱすぎるので、そのまま身を食べるには向かない。
リルが読書をする時には、決まってアテラが隣に座って、リルが読み終わった本を読んでいる。この夏休み、アテラは「三大財閥秘史」を本棚から引っ張り出してきて読んでいた。
「お姉ちゃん、財閥って何。」
「・・・どっきんほうだいきゅうじょうできんしされてるいっぱんてきしはい。」
「ふーん。」
リルの説明も大概だが、アテラは分かったような分かっていないようなリアクションをした。どうもアテラは、リルがやることを真似したがるようだ。
「お姉ちゃん、銀行って何?」
「お姉ちゃん、総合商社って何?」
「お姉ちゃん、公共調達って何?」
アテラの質問は、高頻度で飛んできた。リルは律儀にその全てに答えていったが、さすがに「三大財閥秘史」は、初等部1年生が読むのは早すぎるようだ。
アテラの読解力なら、児童文学がちょうどいい。それから、辞書も片手にあれば、知らない言葉も自分で勉強できると思い、リルは、アテラをいつもの古書店につれて行った。
「お、嬢ちゃんと妹ちゃん。妹ちゃんの方は、すぐ大きくなるねえ。」
確かに、アテラはもうリルの目の高さくらいまで、身長が伸びていた。それはともかく、
「・・・」
「児童文学!」
アテラに話し出すタイミングを取られた。
「・・・」
「それから辞書も。」
また取られた。
「児童文学に辞書ね。妹ちゃんはさすがに賢いね。児童文学は、そっちの棚にかたまってるよ。辞書なら、この赤い奴がおすすめだ。」
辞書は後回しにして、まず児童文学の棚を見る。アテラが、なんとなく表紙の雰囲気で、3冊ほど選んだ。その後、店主おすすめの赤い辞書を見たが、リルは、あかいやつは、さんばいそく、と思った。根拠は不明だが。
「『グリベルス旅行記』に『空島』と『ロビンソン・クルーゾー』か。全部、西方の作家の本だな。それと辞書は『真明海』だね。4冊で、100オースでいいぜ。」
「・・・」
「買う!」
三度取られた。財布を握っているのはリルなのだが。結局リルは100オース札1枚を支払って、帰宅した。アテラは、本を買って貰って嬉しそうである。
ちょっと興味があって、リルは、赤い辞書を見てみた。3倍速にはならなかったが、このじしょ、よみものとしてもおもしろい、とリルは思った。
普段、リルたちは1つのベッドで3人寝ている。アテラも大分大きくなってきたので、3人川の字で寝るのがちょっと窮屈になってきた。そこで、リルは、ある日の休憩時間、寝室のベッドを改造し、セミダブルくらいの大きさにした。横で見ていたアテラは、
「お姉ちゃん、すごい。」
と、感心している。リルは、騎士学科卒だが、鍛冶士学科の授業も聴講したし、生まれつき手先が器用なので、大抵の物は自分で作れるのだ。
その日の夜も、母娘3人川の字で寝た。
「これで窮屈じゃないね。」
サヴォルの2階の居住スペースは、所謂2DKなので、3人一緒に寝る必要はないのだが、生前マスターが使っていた部屋は、整頓はしたがそのままにしてある。リルもアテラも、1人で寝るという発想はないのだった。
夏休みもそろそろ終わろうかというある日。
「お姉ちゃん、大変。」
アテラが慌てた様子で、プリントを持ってきた。
「夏休みの宿題。」
リルが差し出されたプリントを読むと、宿題は読書感想文だった。課題図書の部と自由図書の部があり、どちらか一方でいいらしい。裏面には、課題図書が羅列されていたが、どれも家にはない本だった。清書用の原稿用紙も配られているようだ。
「・・・ほかには?」
「これと、算数ドリルだよ。」
リルは、ドリルと聞いて、じぇっともぐら?と思った。
「・・・とりあえず、じゆうとしょ。・・・うちにあるほんをよんで、かんそうぶん。」
「分かった。もう読んじゃった本の感想を書くね。」
翌日。
「お姉ちゃん、感想文書いたから読んで。」
リルは、さすがあてら、しごとがはやい、と思った。アテラの感想文は「ロビンソン・クルーゾー」についてのものだった。大要次の通りである。
「クルーゾー大尉が金曜日に出会った時、社会が成立した。」
リルは、まっくす・うぇーばーのしゃかいがく?と思った。初等部1年生が書いた読書感想文としては、出色の出来なのは間違いない。
「・・・これで、いい。」
「良かった?やったぁ。」
アテラは褒められて喜んでいる。
それから算数ドリルに取りかかった。
「お姉ちゃん、私が勉強するとこ、見てて。」
夏休みは客が少ないこともあり、リルは、アテラの希望通り、アテラが算数ドリルを解くところを見ていた。1年生の夏休みなので、まだ数を数える問題と、時計を読む問題だけだった。足し算引き算は、秋学期かららしい。アテラは順調にドリルを解いていき、何とか夏休み中に宿題が終わった。リルは、あなをほるどりるじゃなかった、と思った。
5
夏休みが終わり、秋学期が始まっても、リルたちののほほんとした生活は続いた。アテラは、毎度、帰宅するなり、
「ただいま。お姉ちゃん、お勉強♪」
と、リルをテラス席に連れ出した。リルも妹の勉強の順調な進捗を確認した。
勉強が終わると、閉店までは、リルはウェートレスの仕事に戻る。アテラも、リルに着いて、ちょこちょこと店の中を動き回るのだった。
秋が暮れ、冬が来ると、年末年始の休暇を意識して、学生たちもそわそわし始める。
リルたちは年末年始の休暇は、特に予定はないので、寝て過ごした。
年の暮れに、サヴォルに1通の手紙が届いた。差出人はバイマックルーだが、封が切られていた。中身は、完全にのり弁状態の便せんが3枚。リルは例年通り「!」と返事を出しておいた。
開けて西方歴2998年。1ヶ月程の年明け授業の後、学年末試験があった。今回はアテラも、真面目に回答したので、全科目満点だった。
「みんな100点だよ。すごい?すごい?」
「・・・すごい。」
「やったー。」
アテラは子犬のようにリルにじゃれついている。といってもすでに体格に大きな差はないのだが。リルは、あてらはやればできるこ、と思った。
6
春からアテラも2年生である。初等部の2年では、科目数は変わらない。読み書きの授業では、1年生より長くて難しい単語も含む文章を読んだり、作文をしたりするようだ。算数では、繰り上がり、繰り下がりのある足し算引き算や、掛け算を勉強するらしい。地理は、範囲が一気に広がり、国内地理を網羅する。国史は、近代のうち、ハベス1世の治世からハベス2世の治世が範囲だ。ある意味オストニア国史のクライマックスである。
アテラは、相変わらず、帰宅するなり、
「ただいま。お姉ちゃん、お勉強♪」
と、リルをテラス席に連れ出した。どうも授業は聞いているだけで頭に入っていない、というか意図的に聞き流している様子である。リルは、アテラが自分を勉強に付き合わせる口実に、授業をわざと聞き流している気がした。ただ、叱りつけるほどのことでもないので、アテラの勉強に付き合った。
「・・・このとき、こくおうのめいれいにさからったのはくびなしはくしゃくだけ。」
「ふむふむ。」
「・・・で、くびなしはくしゃくは、はべすいっせいにおいえとりつぶしにされた。」
「すごーい。お姉ちゃん、物知り。」
「・・・とーぜん。」
そもそもリルは初等部でも飛び級するほどだったのだから、2年生の範囲を教えるくらい訳ない(極度の人見知りという点に目をつぶれば)。ただ、アテラはいつもリルを褒めるのだった。
その年の前期試験では、アテラは、リルの薫陶もあり、全科目満点だった。誰かが聞いたら、羨ましがりそうな成績である。
前期試験の成績発表の後は、夏休みである。前年の教訓を生かし、リルは、アテラに夏休みの宿題が出ていないか確認した。
「去年と同じで、読書感想文と算数ドリルだよ。」
読書感想文に課題図書の部と自由図書の部があるのも昨年と同様であるが、清書用の原稿用紙が1枚増えていた。1年生の時より長い文章を書け、と言うことだろう。
「・・・どうする?」
リルの主語のない問いかけだったが、アテラには正確に意図が伝わった。
「自由図書。それで、本は、本屋さんに選びに行きたい。」
と言うわけで、いつもの古本屋にやって来た。
「お、玄人姉妹のご来店だ。」
古本屋の店主は、やっぱりリルに一目置いている。アテラも同類扱いのようだ。
夏休み期間中は、サヴォルの仕事も暇である。リルは、アテラを児童書の棚のところに残して、自分が読みたい本もついでに探すことにした。それで4冊ほどピック・アップしたところで、児童書の棚に戻ると、アテラも3冊の本を選んで待っていた。まとめて会計に行く。
「嬢ちゃんの方が『妖精と帝国』『土人』『千矢一矢物語』それから『緑の森のミコ』ね。相変わらず堅気じゃねえな。妹ちゃんが『蒟蒻物語(臭)』『往生予習』に『義兄記』か。去年と違って、国内作家ばっかりだな。よし、ちょっとおまけして、7冊で400オースでどうだ。」
「・・・」
「買う!」
今年もアテラに話し出すタイミングを取られた。あと財布を握っているのはリルのはずなのだが。諸々飲み込んで、リルは100オース札4枚を支払って、古本屋を後にした。
「毎度。」
夏休みは客が少なく、休憩時間も長くとれるので、読書が捗る。リルの隣で、アテラも買ってきた本を読んでいた。リルは、題名から内容が想像できない「千矢一矢物語」から読み進めた。
表紙をめくって目次を見ると「千矢一矢物語」は、翼の民に伝わる民話を集めた本だった。リルは、だれがこんなほんかいたんだろう?と思った。
翼の民は、西方歴紀元前から、大陸南部、巨壁山脈の西側から、アトー海沿いの地域に住んでいた、言わば先住民族だったそうだ。その当時、この地域に生息していたグリフォンという大型飛行魔獣を飼い慣らし、狩猟を主な生活の糧にしていた。弓矢と魔法が得意だったそうである。
翼の民は、人間と接触する前から、南の空に浮く島の存在を認識していた。ただ、空の大地を居住地にするようになったのは、人間が勢力を伸ばして南下してきて、翼の民の領域を脅かすようになってからである。移住は少しずつ進み、帝国が西方世界を統一した1300年ほど前には、大陸に居住する翼の民はいなくなった。
「千矢一矢物語」には、翼の民がまだ大陸で暮らしていた時代のエピソードも載っていて、当時は西方にも棲息していた小型魔獣などを狩って食べる話なども出て来た。他にも、グリフォンに跨がって巨壁山脈を越え、東方を訪れたが、あまりの魔獣の多さに、引き返したという話もある。
ここまで読んで、リルは、つばさのたみ、ひきこもりだとおもってたけど、けっこうせっきょくてき、と思った。
空の大地に移住してからのお話も勿論載っていた。空の大地は、性質上、空を飛べる鳥くらいしか、棲息できない環境である。ただ、意外にも、様々な植物が生えていて、これらの種は、鳥の糞に含まれていたのだろう。
空の大地に住むようになってから、生態が変わったと考えられている鳥もいる。簡単に言うと、空を飛ばなくなり、体が大きくなったのだ。島嶼効果というのはこの時代にはまだ知られていないが、その影響の可能性がある。堂々鳥というのが、その代表格だ。翼の民にとっても、空を飛ばず、体も大きい堂々鳥は、格好の獲物で、ハレの日のご馳走だったそうだ。
リルは、どーどーってにわとりみたいなとりかな?と思った。
その他にも「千矢一矢物語」には、翼の民の生き方が分かる民話が多数収録されていて興味深い。翼の民は、村単位で行動するが、「むら」と言うより「むれ」と言った方がしっくりくる生活をしていて、得物を求めて、頻繁に住む場所を変えるらしい。ただ、縄張り意識の様なものはなく、逆に同族意識が強いため、村同士で狩り場や住み処の奪い合いなどは起こらず、村が離合集散することもあるらしい。
「千矢一矢物語」を読み終えて、リルは、せいほうのちいさなくにどうしでせんそうしてるにんげんより、つばさのたみのいきかたのほうがかしこいかも、と思った。
少し時を戻そう。夏休みの始め。リルは、アテラがリル以外のものにほとんど興味を示さないのが気になっていた。そこで、夏休みを使って、アテラに植物を育てさせてみようと思い立った。
ある日の休憩時間。リルは、アテラを連れて、商店街の花屋に来ていた。この花屋は、生花だけでなく、種や苗、花瓶やプランターなど、園芸に必要な物も売っている。
「あ、サヴォルのリルちゃんとアテラちゃんだったわね。いらっしゃい。」
花屋の奥さんが、迎えてくれた。
「・・・」
「お姉ちゃんがね、私にお花を育てて欲しいんだって。」
アテラに話し出すタイミングを取られた。
「そう、お花を育てるのね。それなら、このニルってお花が、初心者向けでお薦めよ。」
リルは、人間だったころには、今はマネシトゥスのお店になっている旧アウレリウス邸の庭の世話をしていたこともある。園芸の心得もあるのだが、アテラは初心者なので、花屋の奥さんのお薦めを買うことにした。
「・・・」
「じゃあ、そのお花の苗!」
また話し出すタイミングを取られた。ちなみに、プランターなどは、サヴォルにあるのだが、先代のマスターのころから、雑草だらけになって、放置されていた。ここを綺麗にすれば、花も育てられるだろう。
「苗だけでいいのね。それなら20オースよ。」
リルとアテラは、10オース銅貨を2枚払って、ニルの苗をもらって、花屋を出た。
苗が手に入ったら、早速、植えにかかる。荒れ果てていたサヴォルのプランターの雑草を抜き、土を柔らかく耕してから、ニルの苗を植えた。
「・・・まいにちのみずやりとくさとりは、あてらのしごと。」
「はーい。」
アテラは、リルに言われた通り、ニルの苗に毎日水を遣った。朝の散歩から帰ってきたタイミングだ。苗はすくすく育ち、夏休みの終わりころには、小さなラッパ状の花が咲いた。ただ、アテラは花には無反応だった。
「・・・よくできた。」
「やったぁ。」
リルが褒めると、アテラも喜んだ。結局、アテラにリル以外にも興味を持たせようという試みは失敗に終わった。サヴォルの外観はちょっと綺麗になったが。
そろそろ夏休みも終わろうかというころ。
「お姉ちゃん、読書感想文、出来たよ。読んで。」
アテラの宿題も終わったようだ。リルは、アテラの作品に目を通した。曰く、
「蒟蒻芋は、魔獣すら食べない、危険な芋だった。オストニア人は、試行錯誤を重ね、死屍累々を越えて、蒟蒻を食べられるようにした。蒟蒻こそ、オストニア食文化の結晶である。(作者注:蒟蒻芋は劇物なので、興味本位でも口に入れないで下さい。一欠片で死にます。)」
と。リルは、よくかけてるけど、これじどうしょ?と思った。
「・・・よくかけてる。」
「やったぁ。」
アテラは無邪気に喜んだ。
7
夏休みが終わり、秋学期が始まっても、リルたちののほほんとした生活は続いた。アテラは、毎度、帰宅するなり、
「ただいま。お姉ちゃん、お勉強♪」
と、リルをテラス席に連れ出した。リルも妹の勉強の進捗を確認した。
勉強が終わると、閉店までは、リルはウェートレスの仕事に戻る。アテラも、リルに着いて、ちょこちょこと店の中を動き回る。そろそろ2人の身長はほぼ同じになってきたので、どちらが姉で、どちらが妹か、初めての客に間違われることも出て来た。あと、エルマは相変わらず目元だけ出した服装だが、黒髪黒目で、すぐエルマの子どもと分かるアテラはいいとして、リルはプラチナブロンドに碧眼なので、あまり姉妹に見えない。
秋が暮れ、冬が来ると、年末年始の休暇を意識して、学生たちもそわそわし始める。
リルたちは年末年始の休暇は、特に予定はないので、寝て過ごした。
年の暮れに、サヴォルに1通の手紙が届いた。差出人はバイマックルーだが、封が切られていた。中には便せんが1枚。「?」とだけ書かれていた。バイマックルーも、検閲でのり弁にされない方法に気付いたようである。リルは「。」と返事をしておいた。
明けて西方歴2999年。1ヶ月程の年明け授業の後、学年末試験があった。今回もアテラも、真面目に回答したので、全科目満点だった。
「みんな100点だよ。すごい?すごい?」
「・・・すごい。」
「やったー。」
アテラは子犬のようにリルにじゃれついている。といってもすでに体格は逆転しているのだが。リルは、あてらはやればできるこ、と思った。
8
春からアテラは3年生になった。科目は変わらず読み書き、算数、地理、国史の4科目だ。教科書を確認すると、読み書きのレベルは順調に上がっていて、そろそろ大人向けの本を読んだり、長い文章を書いたり出来そうなレベルだ。算数は、割り算や、長方形の面積が範囲に入っている。地理は、国外地理に範囲が広がった。国史は、3年生までで全範囲が終わるので、2年生の続きから現代までを勉強する。
アテラは、相変わらず、帰宅するなり、
「ただいま。お姉ちゃん、お勉強♪」
と、リルをテラス席に連れ出す。やっぱり授業は聞いているだけで頭に入っていない。リルは、これもカワイイいもうとのため、と思って、アテラの勉強に付き合った。
「・・・さんだいざいばつのちからはねんねんつよくなって、さいしゅうてきにはこくないけいざいをうらでぎゅうじるようになる。」
「ふむふむ。」
「・・・でも、ひざいばつけいきぎょうでもがんばってるところもある。」
「すごーい。お姉ちゃん、物知り。」
「・・・とーぜん。」
この辺りは、リルが魔界に戻っていたころの出来事だから、直接体験していないし、リル自身学園で勉強したわけではない(そもそもほとんど授業を聞いていなかった)。それでもこうしてアテラに講義できるのだから、リルの本好きも役に立つ。
その年の前期試験では、アテラは、リルの薫陶もあり、全科目満点だった。誰かが聞いたら、地団駄を踏みそうな成績である。
前期試験の成績発表の後は、夏休みである。リルは、アテラに夏休みの宿題を確認した。
「読書感想文と算数ドリル。それにね『夏休みの敵』っていう問題集だよ。」
読書感想文に課題図書の部と自由図書の部があるのも例年と同様であるが、清書用の原稿用紙が2枚増えていた。3年生なのだから相当長い文章を書け、と言うことだろう。あと、「夏休みの敵」は、地理と国史の問題集だった。1問1答の問題がそれぞれ100題ずつ出題されている。夏の間に倒すべき敵ということだろう。
「・・・どうする?」
リルの主語のない問いかけだったが、アテラには正確に意図が伝わった。
「自由図書。でも家にある本でいいよ。」
「・・・ん。」
と言うことなのだが、リルが読む本のストックがそろそろなくなって来たので、結局、いつもの古本屋に行くことにした。ついでに本棚を占拠する本を売り払おうと思っていたので、リルはアテラに、
「・・・ふるほんをうる。・・・どれをのこす?」
と聞いた。
「これ。」
と言って、アテラが選んだのは「三大財閥秘史」だった。リルは、あえてむずかしいところ、と思った。
リルは、寝室の本棚に「銀嶺騎士団物語」シリーズと「三大財閥秘史」を残して、残りを平積みにして抱え上げた。本の総量は多く、平積みでも小柄なリルの身長を越えていた。
「すごーい。お姉ちゃん、力持ち。」
アテラは褒めてくれるが、分担する気はないようだ。まあ、見た目に反して怪力のリルには、この程度は軽いものなのだが。
古本屋に行くのはリルだけで良かったのだが、当然のようにアテラも着いてきた。到着すると、店主が、
「お、嬢ちゃんと妹ちゃん。すごい数だな。買い取りか?」
と聞いてきたので、
「・・・」
「両方!」
と、アテラが答えた。何故かリルの話し出すタイミングが、いつもアテラに取られる。
「了解。そっちに置いといてくれ。査定するから。その間に買う本も見てってくれ。」
リルは、店主が持ち込んだ本を査定している間に、じっくり本を選んだ。アテラは、ずっとリルに着いてきていて、特に欲しいものもないようだ。リルが、厳選した4冊を奥のカウンターに持って行くと、
「こっちの査定もちょうど終わったぜ。」
と、店主が言った。
「買い取りの方は、古本の古本だからな。量は多いが値は付かねえ。全部まとめて200オースってところだな。で、嬢ちゃんが買うのが『刑場』『窯業通史』『紅茶チャチャチャ』に『餌場胡狼』か。いつもいつも、面白れえのを選びやがる。4冊で500オースだな。」
「なら、差額は300オース。」
「妹ちゃんも、そのくらいの計算は出来るよな。」
「・・・それでいい。」
リルは、100オース札3枚を支払って、古本屋を後にした。
夏休みの終わりころ。
「お姉ちゃん、読書感想文出来たよ。読んで。」
アテラが、相変わらず活字のように綺麗な字で書かれた原稿用紙を持ってきた。リルは、どれどれ、と目を通した。曰く、
「三大財閥は、貴族系資本、店持ち商人系資本、行商人系資本と、その由来は異なる。その由来の違いが、それぞれの財閥の得意分野に現れているという見方も出来よう。ただ、財閥が巨大化してくるに連れ、それぞれの財閥の傘下に、似た業態の企業が出来たのも事実である。今の財閥は、昔ほど個性的ではなくなっている。」
と(要約である)。リルは、しょとうぶのいきをこえてる、と思った。
「・・・とってもよくかけてる。」
「やったぁ。」
アテラは、無邪気に喜んでいるが、リルは逆に戦慄した。
9
夏休みが終わり、秋学期が始まっても、リルたちののほほんとした生活は続いた。アテラは、毎度、帰宅するなり、
「ただいま。お姉ちゃん、お勉強♪」
と、リルをテラス席に連れ出した。リルも妹の勉強の進捗を確認した。
勉強が終わると、閉店までは、リルはウェートレスの仕事に戻る。アテラも、リルに着いて、ちょこちょこと店の中を動き回る。すでに2人の身長は逆転しているので、どちらが姉で、どちらが妹か、初めての客にはだいたい間違われた。リルは、そろそろあてらにうぇーとれすのおてつだいをさせてもいいかも、と思った。
秋が暮れ、冬が来ると、年末年始の休暇を意識して、学生たちもそわそわし始める。
リルたちは年末年始の休暇は、特に予定はないので、寝て過ごした。
年の暮れに、サヴォルに1通の手紙が届いた。差出人はバイマックルーだが、封が切られていた。中には便せんが1枚。「?」とだけ書かれていた。リルは「!」と返事をしておいた。その日の新聞には、年明けからの組閣案が載っていて、事情通が「冷めたピザ」と酷評していた。リルは、ぴざってどんなたべもの?と思った。
明けて西方歴3000年。1ヶ月程の年明け授業の後、学年末試験があった。今回もアテラも、真面目に回答したので、全科目満点だった。
「みんな100点だよ。すごい?すごい?」
「・・・すごい。」
「やったー。」
アテラは子犬のようにリルにじゃれついている。といってもすでに体格は逆転しているのだが。
春からアテラも4年生になる。そうすると、初等部の授業内容も大きく変わる。ついでに、アテラの身長は、リルより頭半分くらい高くなっていた。




