珍客
第10話 珍客
1
6月下旬。オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部の街、学園都市エカテリンブルにある王立魔法騎士学園でも、王立大学でも、学生たちは、前期試験のことを意識し出す。昼休み時間の学生たちの話題も、試験のことばかりで、中には休み時間中も、茶を飲みながら、ノートを広げて勉強に励む者もいた。
路地裏の喫茶店サヴォルでも、それは例外ではない。落ち着いた雰囲気の店なので、テーブル席を占領して勉強する学生は、毎日いた。
そんな時期だからこそ、昼過ぎの時間に、サボってお茶をしに来る者はほぼいない。リルは、エルマから休憩時間を長めにもらうことができた。休憩時間にリルがすることと言ったら、読書である。目下「水道の哲学」の続きを読んでいる。
メリリッサ・マネシトゥスは、マネシトゥス家魔産業が軌道に乗ると、機能を限定した、廉価な商品を開発するよう、職人たちに指示した。ただ、物作りにかける職人の矜持は、社長であるメリルに対する抵抗となった。職人たちが、同盟罷業に及んだのである。職人の代表を前にして、メリルは、次のように諭すのだ。
「ええもんを作りたかいう、みんなの気持ちば、ようわかる。けどな、このままやったら、家魔は、富裕層しか買えん、贅沢品のままとよ。あたしは、家魔で、この国ば、変えたか。だから、安もんでも、たくさん作って、普通の人でも、買える値段で、売るとよ。そんで、蛇口を捻れば、水道から水が出るみたいに、みんなが家魔を持っとるんが、当たり前に、したかね。」
折しも、その当時、配魔力線の工事に着想を得た者が、上水道の整備に着手し、全土に広がっていた。上水道と同じくらい、家魔を普及させたい。そのためには、職人たちに折れてもらって、廉価品の量産をする必要がある。
メリルの説得は功を奏し、職人たちは同盟罷業を止めた。そして、メリルの指示通り、安い家魔を大量生産したのであった。これが、今でも、家魔といえばマネシトゥスというくらい、同社のシェアが大きくなった理由であった。
ここまで読んで、リルは、なぞがとけた、と思った。
学園も大学も、試験期間は、7月の最初の火曜日から次の土曜日までである。この週は、長期の休暇ほどではないにしろ、昼時以外の客の入りがぐっと減る。リルは、エルマから更に多くの休憩時間をもらえた。「水道の哲学」も、この週に読み終えることができた。
メリルは、家魔の販売網の構築にも、力を入れた。
「販売店ば、儲けさせて、共存共栄。それができんのやったら、会社は長続きせん。欲かいて、自分らばっか儲けようとしたらいかんばい。」
メリルの発想で、販売店を系列化し「マネシトゥス店会」を発足させた。系列店は、マネシトゥスの看板を出せるようになったので、マネシトゥスの知名度が、集客に役立った。ちなみに、競合他社も、販売店の系列化を真似したため、家魔は、メーカーの系列店で買うのが常識になっていった。
メリルは、晩年、空き家として長い間放置されていた、エカテリンブルの旧アウレリウス本家の土地、建物を買い取り、マネシトゥスの直営店をオープンさせた。
「ここが、あたしのスタートの場所やからね。」
メリルは商店街から離れたこの場所に、直営店をオープンさせた理由をこう語っていた。
「水道の哲学」を読破したリルは、いがいにいいはなし、と思った。
2
学園や大学が、夏休みになり、学園前商店街は、人気が一気になくなった。
リルは、この暇な時間を利用して、つぎはどのほんをよもうかな、と考えていると、1人の客が、カランコロンカランと音を立てて、店に入ってきた。
「頼もーぉ。」
道場破りの様な台詞で入ってきた客は、少女だった。しかも未就学児に見えるほど小さい。左右の腰から、体格に見合わないほど大きなカタナを2本、下げている。リルは、おきゃくさん?と一瞬思ったが、少女の服装に見覚えがある。フリフリのブラウスに、丈の短いプリーツスカート。ブラウスの方には、銀糸で、雪をかぶった嶺の刺繍がある。リルは、少女が、今年初めに店を訪れた、ァレンニッサ・アウレリウスの娘ではないかと、考えた。レニは去り際に、この春に、娘が学園に入学し、この店を訪れるかも知れない、と言い残していった。
「私ぃ、テリャリッサ・アウレリウスって言うのぉ。テラって呼んでねぇ。リルちゃんって子ぉ、いるぅ?」
リルは、わたしにようじ?と思った。すると、
「そうだよぉ。リルちゃんにぃ、教えて欲しいことがあるのぉ。」
と、テラが、リルの心の声と会話している。リルは、はちょうがあうひと!と思った。
「はちょう、って何ぃ?」
リルは、それより、おしえてほしいこと、なに?と思った。
「それはねぇ、カタナの使い方だよぉ。あぁ、そうだぁ、飲み物ぉ、注文しないとぉ。ミルクがいいなぁ。」
確かにミルクは、メニューには入っているが、注文する者はほとんどいない。ちなみに、ミルクは牛乳ではなく、大山山羊の乳だ。
「リル、お客様を案内してあげて。」
エルマが指示すると、テラが、
「じゃあぁ、お外の席ぃ。」
と言って、リルが案内する前に、テラス席に座ってしまった。全然足が届いていなくて、座りにくそうだ。
リルが、冷蔵庫からミルクを出して注いでいると、エルマが、
「他のお客さんもいないから、あの子の相手をしてあげて。」
と、リルに指示した。めんどう、とは思いつつも、リルはテラの相手をすることにした。ミルクが注がれたカップを、テラス席まで運んで、テラの対面に座った。ちなみに、リルも足が付かない。
「ありがとーぉ。」
テラは、運ばれてきたミルクに口を付ける。大山山羊のミルクは独特の癖があって飲みにくい。案の定、テラは、少し飲んだだけで表情をゆがめた。
「やっぱり山羊臭ーいぃ。でもぉ、ミルクをいっぱい飲むとぉ、大きくなれるんだよぉ。」
リルは、たぶんてらはおおきくならない、と思った。
「何でぇ。これからおっきくなるかもだよぉ。」
リルは、あうれりうすけのち、と思った。
「でもぉ、本家でもぉ、大きかった人はぁ、いるんだよぉ。」
リルは、そういえば、さらはおおきかった、と思った。
「そうぅ、その人ぉ。サラディッサぁ。」
リルは、ふと、テラが持っている2本のカタナを見て、でゅーくのそうび、と思った。
「それそれぇ。デューク・オブ・ザ・ヘルぅ。お兄様がぁ、次の騎士の中の騎士だからぁ、私はぁ、デュークに乗るのぉ。」
リルは、でゅーくもまだあったんだ、と思った。
「あるよぉ。ラボの0工に置いてあるのぉ。でもぉ、そのサラって人が亡くなってからぁ、1度も動いてないんだよぉ。」
リルは、せいたいにんしょう、と思った。
「ええぇ。そんなのがあるのぉ。だから動かせなかったんだぁ。」
リルは、せいたいじょうほうをかきかえれば、うごかせる、と思った。
「どうやって書き換えるのぉ?」
リルは、ひみつ、と思った。ここで、テラが、ミルクをもう一口飲み、
「やっぱり山羊臭ーいぃ。」
と、言っている。リルは、やぎくさいのがにがてなら、こうちゃでいいのに、と思った。
「紅茶はぁ、夜眠れなくなるからぁ、子どものうちは飲んじゃだめってぇ、お母様に言われてるのぉ。」
リルは、かふぇいん、と思った。
「何それぇ?」
リルは、めをさますぶっしつ、と思った。
「それが入ってるからぁ、紅茶でぇ、夜眠れなくなるのねぇ。」
リルは、せいかい、と思った。テラが、ミルクをもう一口飲んで、顔をゆがめた。
「話が脱線したけどぉ、何で秘密なのぉ。」
リルは、ぐんじきみつ、と思った。
「じゃあ、私がラボに入ったらぁ、教えてくれるぅ?」
リルは、おしえない、と思った。
「何でぇ。けちぃ。」
リルは、でゅーくのせっけいずにかいてある、と思った。
「そうかぁ。設計図があったぁ。」
ここで、テラはミルクをもう一口飲んだ。やっぱり臭そうだ。
「それでねぇ、デューク・オブ・ザ・ヘルはぁ、カタナを2本ん、持ってるでしょぉ。だからぁ、リルちゃんにぃ、カタナの使い方を教えて欲しいのぉ。」
リルは、そういえば、てらはいくつ?と思った。
「昨日ぅ、7歳になったばっかだよぉ。うちではねぇ、7歳になったらぁ、剣の稽古をする決まりなんだよぉ。」
リルは、わたしのときも、そうだった、と思った。
「お兄様はぁ、騎士の中の騎士を継ぐからぁ、ウェラヌスを使ってるけどぉ、私はぁ、デュークに乗りたいからぁ、カタナを選んだんだよぉ。」
リルは、おしえるの、めんどう、と思った。
「じゃあぁ、教えてくれるまで帰らないぃ。」
そう言って、テラは、テラス席で、動かなくなってしまった。カップの中には、まだ少しだけミルクが残っている。店の中から、エルマが、
「リル。面倒かも知れないけど、付き合ってあげたら。」
と、言ってきた。リルは、ままがいうならしかたない、と思った。
「いいのぉ。ありがとーぉ。」
リルは、どういたしまして、と思った。
「それでぇ、まず何から始めたらいいのぉ?」
リルは、ちょっと、まってて、と思った。
「うんん。待つよぉ。」
リルは、紙とペンを持ってきて、カタナの稽古のメニューを書いていった。初心者なので、素振りばかりだ。そして、それをテラに渡した。
「これをやればいいんだねぇ。それでぇ、カタナってどうやって構えるのぉ?」
リルは、そこから?と思った。
「うんん。身近にカタナを使う人っていないからぁ、分かんないんだよねぇ。」
リルは、しかたない、かして、と思って、テラが持っている2本のカタナのうち1本を手に取った。鞘から抜くと、木刀だった。リルは木刀を両手で正眼に構える。
「格好いいぃ。」
テラも、もう1本の木刀を抜いて、見よう見まねで、構えてみる。リルは、ちょっとちがう、と思い、テラの構えを手取り足取り修正した。
「これでぇ、構えは完璧だねぇ。」
リルは、これからまいにち、かまえてすぶりのくりかえし、ちゃんとできるようになったら、またきて、と思った。
「うんん。頑張るぅ。期待して待っててねぇ。」
目的を果たしたテラは、残りのミルクを一気に飲み干した。
「やっぱり山羊臭ーいぃ。」
それからお会計をして帰って行った。ミルク1杯30オース。初等部1年生の小遣いにしては多いが、アウレリウス本家の経済力なら、余裕で払えるのだろう。
3
学園や大学の夏休み中は、基本的に暇なので、休憩時間も多い。
「水道の哲学」を読み終えたリルは、自室の本棚から「陰らぬ陽光」という本を手に取った。書題からでは、どのような内容か、想像もつかないが、古本屋の店主の話では、これも歴史物らしい。
表紙をめくって目次を見ると、ドラク1世統治時代、絶対主義に相応しい統治機構が整備される裏側で繰り広げられていた、宮中の暗闘を描いた、実話を元にしたフィクションらしい。リルが人間だったころの話だ。リルは、こうしゃくけのけんりょくだっしゅのはなし?と思った。
ドラク1世が即位した直後の時代は、前国王ハベス1世が、実権を握る、所謂院政が敷かれていた。ハベス1世は怜悧、冷徹な性格で知られ、首なし伯爵ことブロッケヌス伯爵家を取り潰し、国王の絶対権力を世に知らしめた人物である。
院政の時代、国王の数少ない味方が、当時宮宰の職にあった、サリッサ・シバリウスと、銀嶺騎士団団長だった「万能の天才」オルティヌス・アウレリウスだった。当時、院となっていたハベス1世は、統治機構の整備よりも、国王軍発足を優先させていたらしい。
生来の小心者だったドラク1世は、実父である院に逆らえない日々が続いていた。しかし、そんな国王の背中を押し、院の影響力を受けないようにしたのは、意外にも、オッティだった。
「この国の最高権力者は国王、陛下ご自身です。院に逆らったところで、何か咎められることがありましょうか。陛下は陛下ご自身の信じた道を行けばいいのです。」
ここまで読んで、リルは、おにいちゃんからこんなはなしきいてない、と思った。
オッティに背中を押されたドラク1世は、院と決別する。以後、ハベス1世を、一切国政に関わらせなかった。
ただ、院政を終わらせた国王の前には、統治機構の整備と、国王軍の発足、2つの難事業が待ち構えていた。これに当たって、国王は、院政時代から国王の信頼を勝ち得ていた2人に大仕事を任せる。統治機構は、サリーに整備させ、国王軍の指揮系統を、オッティにデザインさせたのである。
国王から大役を任されたサリーは、西方の政治哲学などを勉強し、枢密院、政府、最高法院の3者が、それぞれ国王を補佐する体制を構想する。我々の世界で言う、立法府、行政府、司法府に当たるが、その全てが国王の下にあるため、三権分立ではない。
立法府に当たる枢密院は、定員8人、最低人員5人の貴族によって構成され、議員は、任期のない終身制である。議長は、議員の中から互選される。枢密院設置王令では、その役割は、組閣に関する国王の諮問に答申するだけの機関だが、王令に明文化されない権限として、王令制定への協賛と予決算案の縦覧がある。国王が、自ら細かい王令を起案し、政府の提出する予算案を審議することはできないため、枢密院は、立法、政府人事、予算という、非常に大きな役割を担うのだ。
「この枢密院こそ、絶対王政の要と言っていいでしょう。そして、当面の間、議長は私が務めるべきでしょうね。」
行政府にあたる政府は、7人の各省大臣と、政府首班である総理大臣で構成される。
「組閣は3~4年に1回くらいでいいかしら。なるべく多くの貴族がお飾りでも政府に関われるようにするのも大事ね。」
もちろん、大臣が、王令の執行などの行政権を実際に行使するのは量的に無理であるため、7つの省が政府の下に置かれ、各省には、ピラミッド型の官僚機構が備えられる。
司法府に当たる、最高法院は、全国統一法典が制定されたために、法典解釈の統一を第1の任務としている。
「法典だけ統一して解釈が全土でバラバラでは話にならないし。陛下の名の下で法解釈の統一に当たる法廷は必要。」
現実の紛争解決に当たる、第一審裁判所は、各貴族領毎に、領主である貴族の名において設置される。これは、貴族が不入の権を持っていた時代の名残である。
「結局、貴族の権力を完全に無力化はできないけれど、その方がガス抜きにはなるし。」
訴訟は二審制を基本とし、第一審裁判所の判断に不服があるときは、国王の名で、全土に8カ所設置される、高等法院への控訴ができる。同一の法律問題について、高等法院間の解釈が分かれたときのみ、全土で1つの最高法院へ、破棄申立ができる。
ここまで読んで、リルは、このほん、むずかしい、と思った。
4
テラは、夏休み中、工房都市カメンスクに帰省しなかったらしく、以外に早く、サヴォルを再訪した。
「頼もーぉ。」
やっぱり道場破りみたいな台詞で、入店してきたが、リルは、おしえをこうたちばなんだから、でしなのでは、と思った。
「弟子かぁ。リルちゃんの弟子ぃ。いいかもぉ。」
ということで、テラは、リルの弟子になった。これまでリルの弟子と呼べる立場だったのは、サラくらいなので、2人目の弟子ということになる。リルは、さらもてらも、でゅーくにのるために、わたしのでしになった、と思った。
「そうだったんだぁ。サラちゃんってぇ、リルちゃんの弟子だったんだねぇ。ならぁ、心強ーいぃ。」
リルは、なんで?と思った。
「だってぇ、リルちゃんの教えを受けたらぁ、サラちゃんみたいにぃ、なれるってことでしょぉ。そしたらぁ、間違いなくデューク・オブ・ザ・ヘルはぁ、私の物だよぉ。」
リルは、それはともかく、ごちゅうもん?と思った。
「あぁ、そうだったぁ。今日もミルクでぇ。席もぉ、お外の席がいいぃ。」
リルは、テラをテラス席に案内して、冷蔵庫からミルクを出して、カップに注いで持って行った。それから、テラの対面に座る。
「リルちゃんの言う通りぃ、毎日素振りをしたよぉ。」
リルは、なら、みせて、と思った。
「分かったぁ。でもぉ、ここじゃ狭いよねぇ。」
リルは、たしかに、と思い、テラを抱き上げて、テラス席の柵を、ひょいと跳び越えた。それから、テラを路地に下ろす。
「すごーいぃ。リルちゃん力持ちぃ。」
初等部1年のテラが、軽いだけである。リルが、見た目に反して怪力なのは事実だが。
「それじゃあぁ、行くよーぉ。」
テラは、2本あるカタナの1本を正眼に構え、素振りを始めた。面、順胴、逆胴、袈裟、逆袈裟、小手など、様々な角度からカタナが振られる。リルは、まだ、かたなにふられてる、と思った。
「カタナに振られるってぇ、どういうことぉ?」
リルは、そのかたなは、てらにはおもすぎる、と思った。
「重すぎるぅ?」
リルは、おもいかたなをふると、はんさようで、からだのじゅうしんが、ぶれる、と思った。
「よく分かんないけどぉ、もっと軽いカタナでぇ、お稽古した方がいいんだねぇ。」
リルは、ん、と思った。リルの「ん」は大体肯定である。
「じゃあぁ、帰りにもっと軽い木刀ぅ、買って帰るぅ。」
気を取り直して、リルとテラは、サヴォルのテラス席に戻った。体を動かして、喉が渇いたのか、テラは、ミルクをがぶ飲みした。
「それでも山羊臭ーいぃ。ところでぇ、リルちゃんとお話しするときぃ、何かびびびって来るけどぉ、これなーにぃ?」
リルは、どくでんぱ、と思った。
「どくでんぱぁ?毒は分かるけどぉ、でんぱって何ぃ?」
リルは、でんぱはびびびととんでく、と思った。
「うーんん、やっぱりよく分かんないぃ。」
テラは、カップに残っていたミルクを飲み干した。
「山羊臭ーいぃ。でもぉ、臭いのも美味しいかもぉ。」
そう言うと、テラは、満足げに10オース銅貨を3枚支払って、サヴォルを出て行った。
サヴォルを出たテラは、早速、商店街にある、練習用の武具を扱う店に向かった。
「ごめんくださいぃ。」
「いらっしゃい。おや、これは小さなお客さんだ。お使いかな?」
武具店の店主は、小さなテラに視線が合うよう、しゃがんで言った。
「お使いじゃないですぅ。自分用ですぅ。」
「そうかい、これは可愛い騎士様だ。それで、何が入り用ですか?」
「私の体格に合ったぁ、木刀が欲しいですぅ。」
「木刀かい。珍しい武器を使うね。ちょっと待てて。」
武具店の店主は、雑多に展示された、在庫品の中から、短い木刀を取り出した。長さは、50センチくらい。テラの私物と違って、鞘はない。
「今うちの在庫で、一番小さいのがこれだよ。」
テラは、自分の木刀と見比べて、売り物の木刀が短いことを確認し、
「これ買いますぅ。おいくらですかぁ?」
「定価は220オースだけど、おまけして200オースでいいよ。」
「分かりましたぁ。」
そう言うと、テラはポケットから、100オース札を2枚取り出した。
「はは、毎度あり。」
武具店の店主は、未就学児にしか見えない子どもが高額紙幣を出したことに、一瞬唖然とした。一方、テラは、目的の物が買えたので、満足げに寮へと帰って行った。
「いいとこの子なのかね。子どもがお札を持ってるなんて。」
寮に帰ってきたテラは、そのまま男子寮の入り口に向かった。今は夏休みなので、寮生のほとんどは帰省していて、残っているのは、何らかの事情で、帰省できない学生くらいだ。
「お兄様ぁ、参りましたぁ。」
呼ばれて、テラの兄のチェストゥスが出てきた。
「テラ、用事は済みましたね。それでは、始めましょう。」
「はいぃ。」
兄妹は連れだって、チェストの個室に向かった。
「それでは、国内地理の復習から始めますよ。オストニア本土7地方の中心都市を、答えて下さい。」
「はいぃ。巨壁山脈東麓地方中部が、王都ウラジオ、南部がケリャビン、北部がソシバ。シバリス平原中部が経済首都ヴァルトフ、南部がタウダ、北部がサレ。北の地獄がタスですぅ。」
「さすが、テラ。よく勉強していますね。」
テラは、チェストに勉強を教えてもらいに来たのだ。ちなみに、毎日、午前中は、剣と魔法の稽古の時間、午後が勉強の時間だ。
(こうやってぇ、お兄様にぃ、勉強を教えてもらってぇ、他のみんなと差を付けちゃうわよぉ。みんなぁ、せいぜい夏休みを遊んで過ごすがいいわぁ。)
初等部での飛び級を狙うテラにとっては、他の児童との差は大事である。テラは、まあまあ腹黒なのであった。
5
テラは時々、カタナの稽古の進捗を見てもらいに来るが、夏休みはやっぱり暇なのであった。リルの読書も「陰らぬ陽光」は難しい内容だったが、それなりに読み進めることができた。
統治機構の構想をまとめて、国王の許可を得たサリーだったが、実際に組織を動かすに当たって、人事をどうするか、悩んでいた。この当時、サリーが、来るべき新統治機構における、人事のキーパーソンであることは、耳聡い者なら、気付いていた。それで、サリーに少しでもいいポストをと、近づいてくる者が、何人もいたのだ。
「買官制度を作りたいわけではないのだけれど。余り露骨だと心証が悪くなるわ。」
この悩みの答えは、意外な方向から、意外な人物によりもたらされた。国王軍の指揮系統を作っていたオッティである。
オッティは、国王軍発足に際し、各貴族の配下の守護騎士団を軍に取り込もうとしていた。
「そこで、配下の騎士団を軍に差し出した貴族さんに、枢密院人事や組閣で優遇するという、飴を与えて、その貴族さんの協力を得られないでしょうか。早く軍への戦力提供を申し出るほど、その貴族さんにはいいポストを与えることにすれば、先を争って協力を申し出てくれる貴族さんもいると思うのです。」
と言うのである。この時点では、貴族の権力の象徴の1つだった守護騎士団がなくなることへの抵抗は大きかった。オッティのアイディアは、絶対主義確立後の国王への忠誠心を試す、試験紙として、守護騎士団の存在を使おうというのだから、とても大胆な策だ。ただ、それだけにオッティの策に早い段階で応じた貴族の、国王への忠誠は、本物と考えていいだろう。サリーも、
「妙案ね。オッティはカワイイだけでなくて、頭もいいのね。」
と、この案に賛成した。そしてオッティと2人で、国王に献策した。
オッティとサリーの策は、細心の注意を払って、貴族たちに伝えられた。これに対する貴族の反応は、様々だったが、大別して3種の反応があった。1つは、反発である。守護騎士団を保有できることは、貴族が貴族であるアイデンティティーと言ってもいい。それを国王軍に差し出せという、条件に対する貴族たちの反発は大きかった。その筆頭であるカルガソクス公爵などは、
「騎士団を差し出せなどと、例え兄上の命令でも聞けん。冷遇するならするがいい。」
と、言ったとか言わないとか。
2つ目は、恭順である。この時点で、絶対王政に向かう時計の針を逆回しすることは不可能である。国王軍は、遅かれ早かれ発足する。それならば、今のうちに国王の歓心を買って、新政権でいいポストを確保しようという打算が、彼らにはあった。
ただ、大多数の貴族は3つ目の反応を示した。様子見である。国王軍発足へのこの試みがうまくいくとは限らない。そのため、守護騎士団を手放したくない。ただ、新政権が発足するなら、そこでのポストは欲しい。多くの貴族がこの話に乗るなら、乗り遅れは致命的だが、まだその確信が持てなかったのである。貴族たちは、他の貴族の動向を探るために、王都などで、積極的に配下の者を動かしていた。
ここまで読んで、リルは、おにいちゃんもさりーおばさんも、えげつない、と思った。
基本方針が定まってから、サリーは、まず恭順の姿勢を示した貴族に、個別に面会した。もちろん極秘に、である。真っ先に味方についたのは、ヤマルフス男爵だった。
「情けないことですが、我が領は、北の地獄、それもノルラント王国との国境未画定地帯に面した場所にございます。農業に適さぬ土地故、財力にも乏しい。配下の『雪豹騎士団』は、慢性的に人手不足です。」
ヤマルフス男爵だけではない。早い段階で、国王軍に戦力の提供を約束した貴族は、領内あるいは守護騎士団に、何らかの問題を抱えていた。逆に言えば、そのような状況にあればこそ、国王軍に期待するところが大きかったのだろう。
状況を見たサリーは、様子見をしている貴族たちを取り込むため、情報を出し始める。ただし少しずつで、未確定の情報も織り交ぜて、ある。すでにサリーたちの側に着いている小貴族が、新政権で要職に就く可能性があると聞けば、様子見をしていた貴族たちも、おちおちと構えていられなくなる。ポストに対して欲のある者から、少しずつ動き始めた。
「後れを取った分、多くの戦力を軍に提供します。」
そう言って、始めからサリーたちに着いていた貴族に、割り込もうとしたのである。
1度動き出した動きは、止めることはできない。サリーは、1人貴族を取り込むごとに、次に落ちそうな貴族にその情報を伝え、説得材料にした。絨毯にこぼした水の染みが広がるように、少しずつ、貴族たちは国王軍に下ったのである。
「サリー伯母様のおかげで、陛下にいい報告ができます。」
「どういたしまして。むしろ私がオッティに助けられてる部分も多いけれど。」
ここまで読んだリルは、これがおにいちゃんがいってた、へいかのみつめい、と思った。
国王軍の発足には、もう少し貴族たちを落とす必要があったため、サリーとオッティの工作はまだ続くのだが、並行して、サリーは、新政権の人事に着手する。
まずは、枢密院である。枢密院議員は、終身制にする予定である。
「1人は私自身として、残りは慎重に、ね。」
幸い、サリーは密かに、他の貴族たちと面談して、目星を付けていた。初めのうちから、恭順の姿勢を示していた小貴族ではなく、その後の中途半端な時期に、落ちた貴族を7人選んだ。というのも、初期の時点で、配下の騎士団を差し出すという決断ができた貴族たちは、みな爵位の低い者たちで枢密院にふさわしい箔がないこともあるが、今後生じる国政上の問題にも、自らの考えを明示し、サリーと対立する危険がある。中途半端な時期に、サリーの説得で落ちた貴族の中には、爵位の高い者もいる。そして何より、彼らは、日和見主義で、自らの態度をはっきり示すことがない。枢密院においては、所謂イエスマンになるだろう。終身制の枢密院議員が引退するとき、数多い貴族の中から国王が後任を選ぶのは手間なので、引退する者が、後任を非公式に推薦する制度も導入した。
枢密院議員に選ばれた者より早く、騎士団を差し出す決断をした者は、組閣のときに、大臣ポストを与えて遇することにした。終身制の枢密院議員と違い、組閣は、数年に1回は行われるし、1人の大臣のみ交替することも可能だ。
「第3次の組閣までに、初めからこっちに着いた人たちに、何らかのポストを割り振ることができそうね。」
最高法院及び高等法院については、当面の間、全国統一法典の編纂に関わった法学者たちを、判事に起用する。足りない場合は、その弟子たちを採用した。ここは貴族たちの椅子取りゲームの対象から外した。今後は、毎年判検事登用試験を行い、その合格者に順次入れ替わっていく予定である。各貴族が設置する権利(と義務)を有する第一審裁判所の判検事も、できる限り、判検事登用試験の合格者から採用するよう、最高法院長名で、通達を出す予定である。
ここまで読んで、リルは、いえすまん、と思った。
6
夏休みが終わりに近づき、帰省していた寮生たちも戻って来た。
高地にあるエカテリンブルの夏は短い。秋の気配が深まる中で、秋学期の授業が始まった。そんなある日の朝。
「お兄様ぁ、準備できましたぁ。」
「そうですか。それでは、始めましょう。」
テラとチェストは、学園の始業前の早朝から、剣と魔法の稽古をしていた。といっても、チェストは銃剣型魔杖ウェラヌスを、テラはカタナを使うので、別メニューだ。チェストがやるのは、アウレリウス本家に伝わる訓練法、銃剣突撃の姿勢で「加速」を使いながら、街の外周を走る、というものである。他方、テラは「筋力強化」を使いながら、カタナの素振りである。
それぞれの訓練メニューをこなしたところで再度合流した。
「そろそろ朝食の時間です。その前に汗を流してきましょう。」
「はいぃ。」
他の児童たちが、寝ている時間から、厳しい稽古。これが代々の騎士の中の騎士を輩出してきた、アウレリウス流である。
秋学期が始まって、商店街も活気を取り戻した。喫茶サヴォルにも、日常が戻って来た。開店から昼休み時間までは、近所の常連さんが来るくらいだが、時々空きコマなのかサボっているのか、大学生らしき者がやってくる。それから昼休みの混雑である。商店街のマドンナの噂が下火になって、行列まではできなくなったが、何故か人気のないテラス席以外は、大体埋まってしまう。リルも、この時間は、フル稼働だ。
昼休み時間の混雑を乗り切ると、休憩時間がもらえるが、夏休みのように長く休んでいるわけにもいかない。リルが休憩に入る時も、空きコマなのかサボっているのか、大学生や、教職員らしき人が店内に必ずいる。
昼の休憩が終わるころ、学園から、初等部と中等部の児童生徒が出てくる。さすがに初等部の児童だけでお茶しに来ることは、ほとんどないが、中等部の生徒は、グループでやって来る。そして、今日の実習がどうだったといったお喋りに、花を咲かせるのだ。彼らの話を横で聞いていると、学園も、中等部以上は、リルが生徒だったころと、大差ないカリキュラムの様だ。学園は、初等部のうちは教養の座学中心だが、中等部は、実践主義で、ほとんどの時間を実習に当てている。
それからしばらくして、夕方近くなると、高等部や大学の学生たちがやって来る。大体同じ時間なので、多分、高等部も大学も、90分授業が、1日4コマなのだろう。15歳で成人という制度は変わっておらず、彼らはもう大人なので、中等部の生徒たちより、来店する人数も多い。話題の専門性も、格段に上がる。時々、映像研の連中が来て、リルの反応にいちいち
「きゃー、かわいー。」
と黄色い声を上げている。
9月下旬のある日。サヴォルにテラが来店した。
「頼もーぉ。」
と、やっぱり道場破りの様な台詞で中に入ってくるなり、テラは、
「リルちゃんん、これまでの練習の成果を見てぇ。」
と、注文もしないで、リルを外に引っ張り出した。リルが、チラリとエルマの方を伺うと、好きなだけ相手をしてあげて、と目配せだけで伝えてきた。
路地に出た、リルとテラは、まずテラの稽古の成果を確認した。
「えいぃ、やあぁ、とうぅ。」
テラが、木刀を正眼に構え、いろいろな角度から、素振りを披露した。リルは、テラの木刀が新しくなっているのに気付き、それかったの?と思った。
「買ったよぉ。リルちゃんがぁ、カタナが重すぎるっていうからぁ。」
リルは、それはともかく、まえよりよくなってる、と思った。
「本当ぉ。やったぁ。」
リルは、そろそろ、かたのけいこ、と思った。
「型ってぇ、どうやるのぉ?」
りるは、せつめいがめんどう、と思ったが、テラから木刀を借りて、一の型を披露した。
「ふむふむぅ。」
一の型は、面を打ってくる相手のカタナをしのぎで逸らし、返す刀で、相手の小手を打つ型である。こんな調子で、リルは、二の型から五の型まで、順に披露した。
「ふむふむぅ。」
リルは、きほんのかたのせつめいはおわり、これからは、これをけいこする、と思った。
「分かったぁ。」
それから、2人はサヴォルの店内に戻り、テラはミルクを注文して、テラス席に陣取った。リルは冷蔵庫からミルクをカップに注いで、テラス席まで持って行き、テラの対面に座った。テラは早速、運ばれてきたミルクに口をつける。
「山羊臭いのが、癖になるぅ。」
7歳児らしからぬ、味の感想だ。
「りるちゃんってぇ、騎士だったんでしょぉ。どんな武器を使うのぉ?」
リルは、やり、と思い、右手から、槍を出した。
「すごーいぃ。どうやったのぉ。」
テラは、リルが突如、槍を出したことに食いついた。ただ、リルは、きぎょうひみつ、と思った。
「企業秘密かぁ。槍が得物なのにぃ、カタナも使えるんだねぇ。私も頑張ったらぁ、リルちゃんみたいになれるぅ?」
リルは、あとさんびゃくねんくらいけいこすれば、と思った。
「300年は無理だよぉ。」
リルは、なら、かたなにしゅうちゅう、と思った。
「うんん。そうするぅ。」
テラは、ミルクをもう1口飲んだ。
「臭くて、癖になるぅ。それでぇ、リルちゃんはお勉強も得意だったんでしょぉ。」
リルは、べんきょう、ほとんどしたことない、と思った。
「そうなのぉ。あぁ、悪魔の知識ってやつかぁ。ずるいぃ。」
リルは、さかしきもののことも、つたわってる?と思った。
「賢しき者ってぇ、何ぃ?」
リルは、にんげんがあくまとよぶそんざい、と思った。
「悪魔のことはぁ、うちでは伝わってるけどぉ、余所には内緒ってぇ、お母様から言われてるんだぁ。」
リルは、ないしょ、と思った。
「でも残念ん。リルちゃんにぃ、お勉強の仕方も聞きたかったのにぃ。」
リルは、べんきょうたいへん?と思った。
「全然ん。余裕のよっちゃんだよぉ。」
リルは、ならそのちょうし、と思った。テラは、残りのミルクを飲み干した。
「はあぁ、癖になるぅ。」
7
リルの読書も、仕事が忙しくなって、夏休みほど捗らなかったが、それでも「陰らぬ陽光」の続きを読み進めた。
サリーとオッティの奸計が見事に嵌まり、国王軍の発足にも目途がついた。
リルは、かんけい、と思った。リルは現場にいたので2人の企みが何だったのか知っているが、本では詳しく触れられていない。まぜんだ、とも思った。
そこで、国王ドラク1世は、西方歴2711年春に国王軍発足させることを発表した。そのタイミングに合わせて、新政権も発足させた。サリーは、すでに枢密院人事を決めてあった。国王はそのサリーの案をそのまま追認する形で、枢密院議員8人を任命した。
開かれた最初の会議で、サリーは議長に選任された。その後、組閣案の審議である。予定通り、サリー以外の7人の議員は、家格の割に長いものに巻かれるタイプであり、サリーの案に、賛成意見しか言わなかった。
枢密院の答申案通り、国王が第1次の組閣を行った。論功で大臣になった貴族たちは、お飾りで、各省の官僚たちが用意する書類に署名するだけだった。
それ以来、貴族たちは、サリーが今後の組閣のキーマンであることを認識し、サリーのご機嫌取りをするようになった。贈り物をしたり、パーティーに招いたり。
「もらえる物はもらうけど、このくらいで私を動かせると思っているのかしら。」
ただ、それでもサリーが実権を握っていることが、国王の不興を買わなかったのは、サリー自身は、国王に忠実だったからである。サリー自身は絶対主義の本質を理解していた。結局、サリーのご機嫌取りに終始した貴族が、その後入閣することはなかった。彼らには、人を見る目も、機を見る目も欠けていたと言わざるを得ない。
リルはここまで読んで、さりーおばさん、いがいにけんきょ、と思った。
その後、時は流れ、ドラク1世が退位する時が、やって来た。サリーは、国王の退位に合わせて、自身も引退することを決め、後任には、自分の姪を推薦する。サリーの兄だったシバリウス侯爵の娘で、侯爵自身も国王の退位に合わせて、爵位を長男に譲る予定だったため、代替わり後は、侯爵の妹ということになる。サリーの子を後継者にしなかったのは、実はサリーは、ハベス1世に取り潰された首なし伯爵に嫁入りしていた過去があり、サリーの2人の息子も、長男は伯爵家取り潰しの数年後自殺、次男は、爵位のない騎士として、国王軍に所属していて、今更文官に転身させるべき者ではなかったのである。更に、サリーは、自殺した長男の娘を養女にしていたが、その娘も、すでに他家に嫁いでいた。
結果的に、サリーのこの決断が、シバリウス侯爵家の女性が枢密院議長を務めるという伝統の始まりになった。
リルはようやく「陰らぬ陽光」を読み終わり、せいじにきょうみなかったけど、いがいとおにいちゃんがかつやくしてた、あと、おにいちゃんとさりーおばさんなかいい、と思った。
8
朝は、兄と2人で、剣と魔法の稽古。放課後は、遊びにも行かずに猛勉強。初等部のうちに飛び級を目指すテラは、大忙しだった。入学当時より半年で3センチほど背が伸びた。
秋も終わり、そろそろ長い冬を迎えようと言う時、テラは、サヴォルを再訪した。リルから教えられた、カタナの型を披露しに来たのである。
「頼もーぉ。」
毎度おなじみの、道場破りの台詞で入店したテラは、すぐにリルを見つけると、
「リルちゃんん、表に出てぇ。」
と、言った。リルは、エルマと何か目配せしてから、店の外に出てきた。
「リルちゃんに習ったぁ、型を覚えたよぉ。」
リルは、じゃあみせて、と思った。
「じゃあぁ、見ててねぇ。」
テラは、一の型から順に、カタナの基本の型を披露した。テラの動きを観察していたリルは、うごきをまねてるだけ、と思った。
「真似だけじゃぁ、ダメなのぉ?」
リルは、めのまえにあいてがいるとそうぞうして、それにあわせてうごかないと、と思った。
「相手をぉ、想像ぉ。」
実際、型の稽古は、相手の動きを想像して、それを迎え撃つことを意識しないと、ただ踊っているのと変わらない。リルは、たとえば、あいてがしょうめんからきりかかってくるとそうぞう、と思った。
「目の前の相手が斬りかかってくるぅ。」
リルは、それをうけてはんげき、と思った。テラは、カタナを正眼に構え、振り下ろされる想像上の相手の剣に、自分の木刀のしのぎを重ねる。あくまでテラの想像の中でだが、相手の剣が、すんでの所で、テラの左に逸れる。そして振り下ろされたテラの木刀は、想像上の相手の小手を切り落としていた。
「そういうことかぁ。それで型の稽古をするんだねぇ。」
リルは、ななさいでそれがわかるなら、てらはかしこい、と思った。
「うんん。分かったぁ。じゃあぁ、お店に戻ろうぅ。」
リルは、テラに言われるまでもなく、店に戻っていた。
「あぁ、置いてかないでぇ。」
それから、テラは、何故か人気がないテラス席に陣取り、
「今日もミルクぅ。」
と、注文をした。リルは、ミルクを注いだカップを持っていき、テラの対面に座った。
「型の稽古が終わったら何をするのぉ?」
リルは、きほんのくりかえし、あとろくのかたからじゅうのかたをおしえてない、と思った。
「えぇ、まだ半分なのぉ?」
リルは、いまやっているのはまもりのかた、せめのかたもじゅうある、と思った。
「えぇ、じゃあ半分の半分ん。」
リルは、よんぶんのいち、と思った。
「分数はまだ分かんないよぉ。」
リルは、そういえば、ぶんすうはしょとうぶさんねんのはんい、と思った。テラは、ミルクに口をつける。
「癖になる臭さぁ。」
と、感想を言った。もうテラは完全に、山羊乳の虜である。7歳児だが。
「ところでぇ、リルちゃんってぇ、休憩時間は何してるのぉ?」
リルは、ほん、と思った。
「どんな本ん?」
リルは、れきししょうせつ、と思った。
「ふーんん。難しそーぉ。」
リルは、さいきんよんでたのは、むずかしかった、と思った。
「えぇ、リルちゃんでも難しい本なんてぇ、誰が読むのぉ?」
リルは、だれだろう?と思った。
「難しい本を読むこつってぇ、あるのぉ?」
リルは、ちしきりょう?と思った。
「何で疑問形ぃ?」
テラはもう1口ミルクを飲んだ。
「はあぁ、臭いぃ。やっぱりぃ、リルちゃんって頭いいんだねぇ。」
リルは、とーぜん、と思った。
「そんなリルちゃんだからぁ、飛び級できたんだねぇ。」
リルは、とびきゅう、なつかしい、と思った。
「私もぉ、初等部で飛び級してぇ、お兄様に追いつくのが目標なのぉ。」
リルは、さらもおなじこといってた、と思った。
「でもサラちゃんはぁ、トーマ君の1つ下でしょぉ。私とお兄様はぁ、2つ離れてるよぉ。」
リルは、ごせんぞなのにくんづけ、と思った。
「そうだけどぉ、もう歴史上の人物って感じぃ。」
テラは残っていたミルクを飲み干した。
「臭いぃ。もう1杯ぃ、は止めとくぅ。」
リルは、そういえば、てらのおこづかい、おおい、と思った。
「そうなのぉ?毎月、3000オースは、もらってるよぉ。」
リルが人間だったころと、単純比較はできないが、リルのお小遣いは銅貨だった。テラの小遣いは、高額紙幣を30枚ももらっている計算だ。リルは、なんで、そんなにおかねもち?と思った。
「なんでだろうぅ?今度帰省した時にぃ、お母様に聞いてみるぅ。」
テラは、銅貨3枚でお会計を済まして、店を出て行った。
ちなみに、テラは幼児なので、アウレリウス本家の収入源までは教えられていないが、
生活費のほとんどは、騎士の中の騎士夫妻にラボから支払われる俸給と、隠居した先代夫妻に支払われる年金で、生活費はまかなわれている。騎士の中の騎士の俸給は、軍では元帥、政府では総理大臣と同額のため、若い内から、非常に高額の収入があるのだ。子供たちの小遣いが多いのもそれが原因だ。
寮に戻ったテラは、勉強机に向かった。
「やっぱりぃ、こつこつ頑張らないとダメだねぇ。」
テラは、その日の授業の復習と、明日の予習に取り組んだ。
9
忙しい中ではあったが、リルにも毎日休憩時間が与えられる。「陰らぬ陽光」を読み終わったリルは、つぎはなににしようかな、と考え、「ハドリアの長城」を手に取った。
「ハドリアの長城」は、帝国が西方世界を制覇するよりも以前、1000年以上昔の、ブリン島が舞台の物語だった。
ブリン島の南部には、インギー族という民族が住んでいた。インギー族は、男女の平均身長が2メートルほどあり、最近まで巨人族と呼ばれ、人間ではなく亜人種と考えられていたほど、大柄である。
一方、ブリン島北部には、ハイランド族という先住民が住んでいた。ハイランド族は、元々は、大陸からブリン島に上陸して住み着いた最初の民族なのだが、後からやって来た、インギー族に追いやられ、島の北部に逃げ、山あり谷ありの地形をうまく利用しながら、インギー族の侵攻を食い止めていた。
インギー族、ハイランド族とも、1000年ほど前に、帝国に征服されてしまうのだが、帝国がブリン島に侵略する前の、インギーとハイランドの戦いを描いたのが「ハドリアの長城」である。
リルはここまで読んで、きょじん、あってみたい、と思った。
ハイランド族には「セブンス・ハイランダーズ」と呼ばれる、7人の英雄がいた。そのセブンスがインギー族の侵攻を食い止めた拠点が、ハドリアの長城である。
ハドリアの長城は、ハドリア渓谷という谷間に作られた長城で、石を積んで、隙間を粘土で固められた、とても堅牢な砦だった。ただ、巨人インギー族の軍団を押しとどめるには、砦だけでは不十分である。ハドリアの長城の守りを任された、セブンスは、あの手、この手で、巨人軍団を食い止める。
守りの要、トムとロビーは、部下たちとともに、長城に至る道が一番狭くなる場所で、バリケードを築いて、巨人たちの進軍を食い止める。そこへ弓の名手である、タギーが、巨人たち相手に矢の雨を降らせ、死体の山を築いた。さらに、残りの4人が、密かに巨人軍団の後ろに回り込み、背後からのヒット・アンド・アウェー戦術で、インギー族の兵站部隊を狙い、インギー族の前線部隊を孤立させることに成功する。
リルはここまで読んで、きょじんも、せぶんすもまほうをつかってない、と思った。
1度は、ハドリアを守り切った、セブンスだったが、巨人族は、諦めていなかった。北上して、ブリン島を統一すべく、大軍団を送り込んできたのだ。
巨人たちの戦士は、その巨体にふさわしい怪力の持ち主で、ハイランド族の戦士、ハイランダーズが、正面から迎え撃っても、敗北は必至だった。
そこで、ハイランド族は、ブリン島北部の複雑な地形を利用して、巨人軍団を迎え撃つことを選択する。セブンスも、再びハドリアに籠城することになった。
しかし、巨人も馬鹿ではない。同じ轍を踏んで、ハドリアで押し返される愚を犯すことはなかった。インギー軍の主力は、ハドリア渓谷を迂回し、海岸沿いから北上したのである。その間、インギー軍は、陽動のために、少数の部隊で、ハドリアを攻める姿勢を見せた。主力でないと分かっていても、ハドリアの長城を放棄して、通すわけには行かないから、セブンスは、ハドリアに釘付けにされてしまった。
海岸線を守っていたハイランダーズは、数が揃っていなかったこともあり、簡単にインギー軍を通してしまう。インギー軍はそれから、内陸方向へ進軍方向を変え、ハドリア渓谷に、北側から迫った。
南北から挟まれた、セブンス・ハイランダーズは、絶体絶命の窮地に陥った。
ここまで読んでリルは、そういえば、まじかるすれいぶもでてこない、と思った。
窮地に陥った、セブンスは、中でも1番の韋駄天であるジェイミーを、後方への伝令に走らせ、残りの戦力で、ジェイミーのための突破口を開くために奮戦する。セブンスの獅子奮迅の戦いで、北側からハドリアに迫る巨人軍団の陣容に穴が開く。そこを、ジェイミーが一陣の風となって、駆け抜けていく。動きの鈍い巨人たちは、ジェイミーを追い切れない。ただ、ジェイミーは、インギー族の陣を突破する時に、1発の矢を受けていた。後方に到着して、巨人にハドリアが陥落させられたことを報せたジェイミーは、矢傷が原因で命を落とした。
そのころ、ジェイミーを突破させることに成功させた残りの6人は、10倍以上の数を要する巨人相手に、少しでも時間を稼ぐために、ハドリアの長城で、籠城線を続けていた。兵站部隊を狙って、大部隊を釘付けにする作戦も健在であった。それでも数の差はいかんともし難い。しかも挟み撃ちを受けている。セブンスとその部下たちは、みなハドリアで討ち死にした。
セブンスがもたらした情報と、稼いだ時間のおかげで、ハイランダーズは、それ以上、巨人族の進軍を許さなかった。
リルは「ハドリアの長城」を読み終わり、ぐんきものもおもしろい、と思った。
知らぬ間に時間は経ち、西方歴2983年も終わりに近づいてきた。例年通り、サヴォルは12月27日が仕事納めである。それに先立ち、24日にチェストとテラが来店した。テラはテラス席に座りたがったが、チェストが嫌がったため、室内のテーブル席に案内した。
「ミルクを2つぅ。」
テラが注文をしている横で、チェストは、
「いつも妹がお世話になっています。」
と礼儀正しく、エルマにあいさつしていた。リルがミルクのカップを2つ、テーブルに持って行くと、テラは、早速口を付けた。
「んんーん、臭いぃ。」
チェストの方は、山羊臭いのが苦手なのか、ミルクにためらっている。
「お兄様ぁ、ミルクを飲まないとぉ、大きくなれないんですよぉ。」
「僕は、そんなに大きくならなくてもいいんですが。」
「それよりリルちゃんん。型は覚えたからぁ、来年はリルちゃんに挑戦するからぁ。」
リルは、まだ、はやい、と思った。
「余裕でいられるのも今のうちだよぉ。」
「なんで、リルさんが喋っていないのに、会話みたいになっているんですか。」
「なんでだろうぅ?」
その後、リルとテラは世間話?をして、チェストが顔をゆがめながら、ミルクを飲み干したところで、チェストとテラは帰っていった。
そんなこんなで、年は暮れていくのだった。




