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商店街のマドンナ

 3月15日金曜日。オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部の学園都市エカテリンブルにある王立大学では、毎年、合格発表が行われる。西方歴2983年もそうだった。この合格発表は、合格者受験番号を、掲示板に大きく張り出す方法で行われる。そして、発表がある午前10時直前に大学前に来て、受験生が手に汗握って待っているのだ。午前10時になり、掲示板に合格者の番号が張り出されると、自分の番号を指さして大喜びする者、泣き崩れる者、悲喜交々だ。そして、合格者のところには、大学のラ式蹴球部や神闘部、騎士道研究会といった、屈強な者たちが寄っていって、喜びの胴上げをするのも、毎年の風物詩だ。

 ちなみに、ラ式蹴球とは、我々の世界におけるラグビーの様なスポーツで、豚の胃を縫い合わせ、空気を入れた不正形のボールを、蹴ったり、持って走ったりして、陣地を取り合う。オストニアに伝わっている蹴球は、ラ式蹴球だけだが、蹴球の生まれた地と言われる、大陸北西に浮かぶブリン島にある、インギー王国では、何種類ものローカルルールがあり、そのルールが生まれた地の名をとって、○式蹴球などと呼ばれる。手を使ってはいけない、ア式蹴球などが、比較的競技人口が多いらしい。

 神闘とは、我々の世界でいう相撲に似た、格闘技で、元々はオストニア各地の農村部で神事として行われていた。ほぼ裸の男たちが組み合い、投げ合う競技で、足の裏以外の部分が地面についたら負けである。相撲との違いは、土俵際がなく、押し出しや寄り切りで、決着がつくことがない点が、最大のものである。

 それはともかく。胴上げされた合格者たちは、4月から始まる新生活に向け、準備に入るのである。大学生の多くは、大学の向かいにある団地に住むことになるので、その内見や、必要な家具、家魔の買い揃えが、主だ。


     第9話 商店街のマドンナ


 3月15日、大学の合格発表の日。大学の正門付近は、お祭り騒ぎだが、その喧噪が、路地裏の知る人ぞ知る喫茶店サヴォルに届くことはない。大学や王立魔法騎士学園が春休みの、普通の日だ。つまり暇である。

 マスターが亡くなって、エルマが正式に店長になったからか、リルは、夏休みの時よりも、更に長い時間、休憩を取らせてもらっていた。休憩時間にリルがすることといったら、読書であるが、この日は、新しい本を求めて、例の古本屋に来ていた。

「お、また来たな、嬢ちゃん。悪いが、まだあれは売れねえぜ。」

古本屋の店主は、未だにリルを古書の蒐集家と勘違いしている。あれ、とは「オルティヌス・アウレリウス著作集」のことだろう。リルが人間だったころの長兄、オッティの本である。

 リルは、オッティの本が読みたいわけではなく、娯楽作品が欲しいだけなのだが、誤解を解くのも面倒なので、そのままにしてある。何冊か面白そうな本を手に取り、カウンターに持って行くと、

「『ハドリアの長城』に『狂人N』、それから『陰らぬ陽光』『トロイツェフス男爵』、『水道の哲学』まであるのか。歴史物ばっかりだな。やっぱりお嬢ちゃん、堅気じゃねえな。」

店主は誤解を更に深めた様だが、リルは会計を済ませ、古本を5冊持ち帰った。

 営業時間後。マスターが亡くなってから、エルマは、レジ締め作業をやるので、必然的に、翌日の仕込みは、リルの担当になった。仕込み作業を終えたら、2階でエルマと一緒に就寝するので、リルの読書タイムは、昼過ぎの休憩時間だけになった。


 翌日。リルは、朝の散歩のついでに、キオスクで新聞を買ってきた。客席に備える物なので、店の経費だ。エルマはいつも、始業時間ギリギリまで寝ているので、リルは新聞を読んで、エルマが起きてくるのを待つ。その日の新聞には、4月からの、軍の新体制に関する、小さな記事が出ていた。オンドレ・アウレリウスという人物が、新たに空軍司令に昇格したらしい。リルは、ちいにいのしそん?と思った。きらきらねーむ?とも思った。リルが人間だったころは、男性名は~ウス、女性名は~イッサが付くのが普通だった。実は、そういった伝統的な命名ルールには、今では従わない場合の方が多い、というか、従う場合はかなり稀なのだが、リルには分からないことである。

 昼過ぎ。やっぱり長めの休憩時間をもらったので、リルはまず「水道の哲学」から読み始めることにした。古本屋の店主の話通りならこれも歴史物らしい。

 本を開いて目次を見ると、リルは、そうぞうとちがった、と思った。水道を考えた人の物語だと思ったら、マネシトゥス商会を成長させ、マネシトゥス家魔産業を創業した、メリリッサ(メリル)・マネシトゥスの伝記だった。おねえちゃんとわたしのまねしたひと、とリルは思った。それはそうと、目次に気になる項目があった。「アウレリウス本家での奉公」。リルたちの真似をした張本人と、アウレリウス家は関係があったことになる。俄然、興味が湧いてきた。

 メリルは、西方歴2704年、マネシトゥス商会という、蝋燭や油を商う、小さな行商人の家に生まれたらしい。一所に生活拠点を持たず、街から街へと、転々とする幼少期を過ごした様だ。あえて大きな街道から外れたところにある街で、周辺の農村で作られた蝋燭や油を仕入れ、それを有力貴族に売って、それなりの利益を得ていたらしい。メリルは、5人兄弟の長子で、弟妹たちの世話をよく焼く、できた娘だった。

 そこまで読んだところで、休憩時間は終わりになった。とはいえ、この時期に、客が少ないことには変わりない。仕事は退屈だった。


 その後も3月中は、暇な日が続いた。それで、リルは、毎日、長めの休憩をもらって、「水道の哲学」を読み進めた。

 メリルが9歳になった時、メリルの両親は、彼女をエカテリンブルの学園の商学科に入学させた。マネシトゥス商会は、拠点を持たない根無し草の行商人なので、寮があるという理由で、メリルを学園に入れたらしい。ちなみに、学園も、初等部は、義務教育年齢の子どもが通うので、授業料はかからないが、寮費はかかる。メリルは働き者で、他の児童が遊んでいる中、寮務員の仕事を手伝って、小遣いを貯め、それを寮費の一部に充てていたらしい。

 メリルは、12歳で義務教育を終えると、商人に学歴は不要、という親の教育方針で、奉公に出された。それで、お手伝いさんを探していた、アウレリウス本家に出会い、雇われることになった。このとき、アウレリウス本家では、2代目騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)トーマトゥス(トーマ)と妻のピルキッサ(ピッキー)、妹のサラディッサ(サラ)の3人が暮らしていて、3人とも銀嶺騎士団の騎士だったため、留守を任せられる人を探していたらしい。ここまで読んで、リルは、いがいにはやいとうじょう、と思った。

 アウレリウス家で、お手伝いさんをしながら、メリルは、家事全般のやり方を覚えたらしい。本の中では、この時に、メリルが手作業での家事の問題に気付き、魔法で家事を楽にする道具があったらと考えたことになっている。が、その時アウレリウス家には、リルと姉のモカイッサ(モカ)が作った家魔が、すでにあったはずである。リルは、このきじゅつはねつぞう、と思った。


 4月になると、新しい年度が始まり、新生活を始める者も多い。

 4月4日火曜日が、学園の入学式で、それに先立ち、4月2日土曜日に、寮生たちの入寮手続が行われる。今年の新入生の中に、初等部1年生の中でも一際小さい、金髪碧眼の少女の姿があった。小さな体に似つかわしくない、長いカタナを両の腰に下げている。否、少女が余りに小さいので、カタナが大きく見えるだけで、大人が持ったら、脇差しくらいの長さだろう。

 少女は、フリフリのブラウスに、丈の短いプリーツスカートというコーディネートで、ブラウスには、銀糸で雪をかぶった嶺の刺繍が施してあり、騎士の中の騎士の制服を思わせる。それもそのはず。少女の名は、テリャリッサ(テラ)・アウレリウス。当代騎士の中の騎士ァレンニッサ(レニ)・アウレリウスの長女である。

 テラの手回り品は、カタナ以外は、小さな黒の背嚢くらいで、他の寮生が、着替えを詰め込んだトランクを持って、入寮してくるのに比べると、余りに身軽だった。テラの着替えは、エカテリンブルにある老舗の仕立屋に、作ってもらってあり、入寮後に、受け取る手はずになっている。既製服が主流のこの時代に、わざわざ仕立屋に作ってもらえるのだから、アウレリウス本家の経済力の程がうかがえる。

「到着ぅ。早速ぅ、お兄様に会いに行くよぉ。」

テラは、割り当てられた自室に背嚢を置くと、2学年上、つまりこの春から初等部の3年生になる、兄のチェストゥス(チェスト)の部屋がある、男子寮に向かった。


 学園の寮は、個室から2段ベッド2つの4人部屋まで、3種類の間取りが用意されていて、部屋の種類によって、寮費が異なる。もちろん個室が1番高く、4人部屋が安い。寮生には入寮前にアンケートが取られ、どの間取りを希望するか、質問される。毎年のように、個室の希望が部屋数を上回るのであるが、古くからの風習で、その場合、貴族が優先である。かつては、それでも個室が足りないこともあったが、その年は、親の爵位が高い順に、個室が割り振られた。ちなみに、アウレリウス本家は、爵位がなく、形式上は平民だが、公爵より上、王族に準ずる扱いを受けていた。実際問題、チェストとテラの兄妹は、現国王の甥姪である。ちなみに寮では、朝晩2回の給食が毎日(日曜日も)あり、そのメニューは、全員共通である。

 学園の初等部に相当する、義務教育学校は、オストニア全土の街や村にある。更にこの時代には、全土で8つの中学校も作られているので、学園に遠方から入学する者には、それなりの理由がある。それが、学園の特徴でもある、初等部時代から、将来の進路を見据えて行われる専門教育である。とりわけ、将来軍人を目指す少年少女にとって、学園の騎士学科で教えられる程度の、戦技や魔法の実技は必須である。


「お兄様ぁ、会いたかったですぅ。」

「テラ、他の人の目もあります。あまりベタベタしないで下さい。」

無事、兄と合流できたテラは、熱い抱擁、というわけには行かず、兄にたしなめられていた。ちなみにチェストも、初等部3年生の男子としては、相当小柄な部類だ。アウレリウス本家の血筋には、小さくなる呪いがかかっているとも言われているとかいないとか。

「それで、行き先は、仕立屋さんでいいですね。」

「はいぃ。」

兄妹は連れだって、学園の正門から出ると、オストニア街道と学園前商店街の交差点にある、老舗の仕立屋に向かった。

「お邪魔いたします。」

「お邪魔しますぅ。」

「お待ちしておりました。お坊ちゃま、お嬢様。ご注文の品は、出来上がっております。微調整を致しますので、1着試着してみて下さい。」

テラの洋服は、事前に本家のお手伝いさんに採寸してもらって、注文してあるが、そこは仕立屋にも職人の矜持がある。着る本人に、着心地を確かめてもらって、微調整というのは必要な工程だ。

「分かりましたぁ。」

テラは、カーテンで仕切られた試着室に入り、手早く着替えた。

「お嬢様、着心地はいかがですか?」

「バッチリですぅ。」

着替え終わったテラは、カーテンを開けて、姿を見せる。着てきた物と同じ、ブラウスとスカートの組み合わせ。テラが、どうしてもと言い張ったため、全く同じコーディネートが、複数仕立てられていた。

「少し失礼しまして。はい、とても素敵です、お嬢様。」

仕立屋は、テラの着ている洋服の仕上がりを最終確認した。

「とっても気に入りましたぁ。着て帰りますぅ。」

と言っても、着てきた服と同じなのだが。それはともかく、チェストが、

「それではお支払いを。」

と、財布を出そうとしたところで、仕立屋が、

「お代は、お母上から、もう頂戴しています。結構ですよ。」

と、止めた。

「分かりました。では、注文した品は全て受け取りましたので、失礼します。」

「お邪魔しましたぁ。」

「いえいえ、また、仕立て直しが必要なときは、是非当店にお声をおかけ下さい。」

テラとチェストは、初等部の児童では1人で持ちきれない程の大荷物を、2人で分けて、寮まで持ち帰った。


 翌日。この日は日曜日なので、学園も大学もまだ始まらない。それでも、翌日からの授業開始に備えて、地元に帰省していた学生たちが、続々とエカテリンブルに戻って来る。前日に入寮手続を終えた新入生たちも、まず街の様子を見ておこうと、商店街に繰り出すので、春休みで暇だった学園前商店街も、久方ぶりに活気を取り戻す。サヴォルでも、普段の日曜日並みに、客が入った。

 ところで、リルとエルマがサヴォルで働き出してから、1年弱になる。このころになると、サヴォルの新しい女性の店長は、黒髪ロングの、とてつもない美人らしいという噂が、学生にも、その他の住人にも広まっていた。その上、エルマが、未婚の母だったので、「商店街のマドンナ」と呼ばれるようになっていた。

 この日も、商店街のマドンナ目当ての、男たちが、続々と来店した。そして、エルマをなるべく近くで見たいと、皆カウンター席を希望するため、6席しかないカウンターは、11時の開店直後に、埋まってしまった。

 それでも、カウンター席に座りたいと、テーブル席が空いているのに、カウンター席が空くのを待つ客で行列が出来た。リルが、グループの客をテーブル席に誘導しても、行列はどんどん伸びていく。テラス席に案内しようとすると、全ての客に「それなら待ちます。」と拒否された。

 さて、運良くカウンター席に座れた連中は、噂以上の美人のエルマに鼻の下を伸ばして、長居するものだから、客の滞在時間も長くなる。例えば、

「お姉さん、彼氏とかいないんですか?」

「男性とお付き合いできるほど、時間がないんですよ。」

とか、

「今度の氷曜日、私と食事にでも行きませんか?」

「すみません。休日の予定は、10年先まで埋まっているんです。」

とか、

「女手ひとつで子育ては大変でしょう。よろしければ私が、」

「大丈夫ですよ。リルももう一人前の大人ですから。」

といった具合に。リルは、このぎょうれつ、なんとかしないと、わたしのきゅうけいじかんがなくなる、と思った。


 翌日は、学園や大学で入学式がある。この日も、サヴォルには商店街のマドンナ目当ての客が、行列を作った。行列を捌きながら、リルは、何とか、自分の仕事を減らして、休憩時間を確保できないか、考えた。リルは、考えることは苦手だが、賢しき者の知識と、人間の経験、そして不死なる竜の知性がある。それらを総動員した。

「お姉さん、彼氏とかいないんですか?」

「男性とお付き合いできるほど、時間がないんですよ。」

相変わらず、エルマに、男性客が鼻の下を伸ばしている。客の目的は、エルマの淹れる紅茶ではなく、商店街のマドンナと話すこと。それなら、エルマが美人であることを、隠すのはどうだろうか。幸いにして、賢しき者が集めた異世界の知識の中に、その答えがあった。あした、さっそくじっけん、とリルは思った。


 翌日。リルが確認すると、サヴォルの前に、開店前から行列が出来ていた。そうまでして、エルマの姿を、一目見たいのだろう。

 リルは、茶葉を、秤で1杯分ずつ分けていたエルマに抱きついた。そして、エルマの「人化」の魔法に、少しだけ細工をした。リルは、魔法の応用は苦手だが、「人化」だけは例外である。細工と行っても、エルマの服装を変えただけである。

「リル、この格好で、お店に出るの?」

「・・・ぎょうれつたいさく。」

「そういうこと。でも効果があるかしら?」

エルマは疑問の様だったが、効果があるかは、これから確かめればいい。

 開店時間になった。行列を作っていた客たちが、なだれ込んできて、カウンター席は、すぐに埋まってしまった。ただ、その客たちも、エルマの姿、正確には服装を見て、目が点になった。エルマは、アバーアという長衣を着て、ニカーブという頭巾をかぶっていたからだ。露出しているのは、目の周りと、手だけ。体のラインも隠れている。これでは、商店街のマドンナが、噂通りの美人か分からない。興ざめしたした客たちは、静かに紅茶を飲んで、帰って行った。紅茶は美味しかったが、何か損した気分だった。

 客1人当たりの滞在時間が短くなったので、行列は、見る見る短くなった。それで、昼過ぎには、行列も解消し、エルマは、リルに休憩時間をくれた。

「意外に動きにくくないわね。それにしても、今日のお客さんたちは、あまりお話をしないで、お茶だけ飲んで、出て行くわね。」

リルは、じっけんせいこう、と思った。

「そうね。リルはやっぱり、お利口さんね。」

久しぶりの休憩時間、リルは、もちろん読書の続きをした。


 翌日は、氷曜日で定休日。その翌日以降も、エルマが客前に出る時だけ、リルは、エルマの服をアバーアとニカーブに変えた。商店街のマドンナ目当ての客の行列は、だんだん減っていき、1週間後には、開店前から並んでいる客はいなくなった。

「この格好なら、お客さんも、お茶の味に集中してくれるわね。」

エルマを見たいがために来店する客がいなくなり、客は、エルマの紅茶の味を評価してくれる者が多くなった。エルマは、この状況が気に入ってしまい、それ以降、アバーアとニカーブがエルマの制服になった。


 ある日、商店街の回覧板に「高等部対大学 春の対抗戦」と題された、チラシが2枚入っていた。1枚は、神闘部、もう1枚はラ式蹴球部の対抗戦の告知だった。土曜の午後に開催されるので、リルたちは仕事でいけないが、それなりに人の集まるイベントらしい。なんでも、100年の伝統がある対抗戦で、神闘では、大学側は、1つも星を拾えたことがないらしい。だいがくせい、よわい、とリルは思った。ラ式蹴球の方も、大学側の99戦99敗。やっぱりよわい、とリルは思った。


 対抗戦当日。神闘の会場は、大学のグランドだった。大学神闘部の目標は、5対5の団体戦で最低1勝。神闘部のエースを、先鋒に持ってきて、緒戦から勝ちに行く体制だ。

 で、その緒戦。立ち会いで、うまく相手の懐に潜り込み、大学側のエースは、両差しの形を作った。これでいける、そう判断したが甘かった。高等部側の先鋒は、長身で、体重も重い。そのまま体格差に物を言わせて、浴びせ倒しで、大学のエースに勝った。

 次鋒戦。立ち会いの瞬間に、大学の次鋒ははたき込まれ、一瞬で負けた。

 中堅戦。高等部の中堅が立ち会いから強く、突き押して、大学の中堅の姿勢を起こし、そのまま圧力をかけ続け、突き倒しで勝利。

 結局、大学神闘部は、0-3のストレートで、負けた。1勝が遠い。


 翌週の土曜日。ラ式蹴球の対抗戦の会場は、学園の高等部の演習場で、消石灰でラインを引いて、ラ式蹴球のグランドを作った。

 ラ式蹴球は、40分ハーフで行われる。ゴールラインとデットボールラインの間のインゴールエリアに、ボールを置くと、ゴールキックにトライでき、ボールがゴールに入ると、1点である。

 前半。高等部側のキックオフで、試合開始。高く蹴り上げたボールを追いかけ、高等部側が、キックオフのボールをマイボールにすると、そのまま一直線に、ゴールラインに走る。大学側もタックルするが、蹴散らされて、全てタックルミス。そのままトライ、ゴール成功で、高等部側先制。大学のキックオフで試合再開。高等部陣深くまで、ボールを蹴り込むが、難なくキャッチした高等部の選手は、蹴り返さずにボールを持って前進。大学側のタックルを全て蹴散らし、80メートルほど1人で走ってトライ、ゴール成功で、2点目。以下、似た展開の繰り返し。前半終わって、高等部39対大学0。

 後半。大学のキックオフで、試合が再開されたが、何とか展開を変えようと、大学側は浅く蹴って、空中で競り合う作戦に切り替えた。しかし、体格に勝る高等部側が、ボールを確保。そのまま前進。大学側のタックルは、やはり高等部の選手に全く通じず、トライまで行ってしまう。終わってみれば、高等部81対大学0の大差がついた。


 後日、商店街の回覧板に「春の対抗戦の結果」と題された紙が入っていた。リルは、だいがくせい、よわすぎ、と思った。


 商店街のマドンナの噂が下火になった、というか、顔を晒さなくなったという噂が広がった後も、不純な動機でサヴォルを訪れる客がいなくなった訳ではない。彼らのターゲットは、可愛いちびっ娘ウェートレスだ。その連中は、だいたい夕方にグループで来て、テーブル席に陣取る。そして、リルにちょっかいをかけるのだ。

「ねえねえ、あなた、名前は?」

リルは、絡まれるのは面倒だが、名乗らないのも失礼なので、

「・・・りる。」

と答えるの。すると、連中は、

「きゃー、かわいー。」

と、黄色い声を上げるのだ。名前以外にも、

「ねえ、リルちゃん、得意なこととかある?」

「その制服、可愛いけど、どこで売ってるの?」

「定休日は何してる?」

と、リルを質問攻めにする。リルは黙殺して、仕事に必要なこと以外喋らないのだが、無視をしても、連中は、

「きゃー、かわいー。」

と、黄色い声を上げて喜ぶのだ。可愛いと言われて、リルも悪い気はしないが、一体何が楽しいのかは、よく分からない。


 ある日の夕方。リルは、連中から声をかけられた。

「私たち、大学の映像研っていうサークルなんだけど、リルちゃん、今度、私たちの作品に出てくれない?」

そう言って、映像研の連中は、我々の世界で言う、カメラのような道具を見せた。魔法録画機(マジック・レコーダー)という、魔法で映像を記録する魔道具だ。リルが人間だったころは、魔導従士(マジカルスレイブ)の単眼に搭載されていただけだったが、民生用に普及してるようだ。リルは、映像研のオファーを黙殺したが、連中は、

「きゃー、かわいー。」

と、やっぱり黄色い声を上げて喜ぶのだった。


 義務教育の開始は、リルが人間だったころは9歳だったが、現在は6歳に早まっていて、義務教育学校は、6年制になっていた。学園の初等部は、学科に分かれているが、3年生までは、教養の共通講義のみであり、読み書き、算数、地理、国史の授業が行われる。

 テラは、普通は遊びたい盛りの6歳児だが、授業後には、初等部の演習場で、魔法の訓練をし、魔力(マナ)切れ気味になると、寮の自室で、猛勉強した。

「教養でぇ、いい点取るのがぁ、初等部で飛び級するにはぁ、必要だもんねぇ。早く飛び級してぇ、お兄様に追いつくよぉ。」

学園初等部で飛び級したのは、公式に知られているのは「万能の天才」オルティヌス・アウレリウスだけである。本当は、モカとリルも飛び級しているが。この3人は教養で、ほぼ全科目満点を取っていた(モカはカンニングだが)。テラはそれを認識して、初等部での飛び級を目指していた。


 毎日、昼過ぎに休憩時間をもらえるようになって、リルの読書もそれなりにすすんだ。読むのは「水道の哲学」の続きだ。

 銀嶺騎士団解体に際して、メリルはアウレリウス本家から、暇を出された。それをきっかけに、メリルは、マネシトゥス商会に戻ることになった。実家に帰って、メリルが最初にやったことは、魔法のランプを作ることだった。

「父ちゃん、このランプが、これからは蝋燭の代わりになっとよ。」

メリルが作ったランプは「国民のランプ」と名付けられて、売り出されたが、最初は全く売れなかった。それもそのはず、当時は都市型魔力転換炉がなく、配魔力網もなかったため、魔法のランプに魔力を供給できなかったのだ。

 そこで、メリルは大胆な行動に出た。「国民のランプ」を、王家に売り込んだのである。

「これからの時代、蝋燭ではなくて、魔法の明かりが夜を照らします。そのために、是非、陛下には、魔力の供給源の整備を命じて頂きたいのです。」

メリルの一発逆転の策は、功を奏し、王都で実験的に、都市型魔力転換炉を設置して、王城の明かりを「国民のランプ」に変える、という大事業が行われた。「国民のランプ」の在庫は瞬く間にはけ、メリルたちは街の鍛冶士に発注して「国民のランプ」を大増産する。

 メリルたちにとっては幸運な偶然だが、そのころちょうど、貴族を王都に集住させる政策が断行されていた。王城に出入りする貴族の目にとまり「国民のランプ」は、王都の貴族の屋敷に、次々と導入されていった。それに伴い、配魔力網も整備され、王都で、家魔を使うことが出来る環境が整っていった。

「国民のランプ」で出た儲けを、メリルたちマネシトゥス商会は、再投資し、魔法のランプ以外の家魔も作る、総合家魔メーカーを発足させた。マネシトゥス家魔産業の始まりである。マネシトゥスは、魔法のコンロやオーブンのような調理器具から、魔法の全自動洗濯機や空調などの白物まで「うち中何でもマネシトゥス」をコンセプトに、商品ラインナップを増やしていった。

 この動きに並行して、貴族たちが、王国全土の街に、都市型魔力転換炉と配魔力網を整備していった。こうして、まず富裕層を中心に、家魔のある生活が、オストニアで出現したのであった。

 ここまで読み進めたリルは、やっぱりまねした、と思った。


 6月のある日。営業時間前に、リルがエルマに話しかけた。

「・・・まま、ほしいもの?」

「そういえば、今日で、私たちが表の世界に来て丸1年ね。じゃあ今日が人間の私の誕生日で、リルがお祝いしてくれるのね。」

「・・・ん。」

リルは相変わらず言葉足らずだが、エルマはリルの言いたいことを余さず汲み取ってくれる。

「ふふ。リルは良い子ね。その気持ちだけで充分よ。」

リルは、まま、ぶつよくがない、と思った。不死なる竜は魔力さえあれば生きていけるので、当然と言えば当然だが。

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