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春-山脈に沈む夕日

     第8話 春-山脈に沈む夕日


 西方歴2983年、仕事始めの朝。その日は、とても冷え込んだ。

「済まねえ。ちょっと病院、行ってくる。店は2人に任せた。」

そう言って、喫茶サヴォルのマスターは、外出してしまった。マスターが病気であることは、リルもエルマも知っていたが、マスターの口から、病院という言葉が出たのは、初めてだった。

「分かりました。お大事になさって下さい。」

ということで、新年の仕事始めを、リルとエルマの2人だけで迎えることになった。とはいえ、この半年あまりで、エルマは厨房の仕事は、ほぼ完璧に習得していたので、取り立てて問題になることはないだろう。

 開店時間の午前11時になり、店を開けたが、いつも来てマスターと話し込んでいる常連さんは、今日は来なかった。マスターから事前に連絡が行っていたのだろう。

 その代わりに、開店時間を待っていたかのように、一人の少女が、カランコロンカランと音を立てて、入ってきた。小柄でかわいらしい少女だった。身の丈は、リルと同じくらい。少しくすんだ長い金髪に、大きくつぶらな碧眼が印象的な少女だ。リルは、とーまににてる、と思った、性別は違うが。

「・・・いらっしゃいませ。」

「リッリッサ・アウレリウス様ですね。」

リルの視線は少女に釘付けになった。少女が可愛かったのもあるが、その服装に、とても見覚えがあったからだ。フリフリの白いブラウスに、丈の短いプリーツスカート、上級騎士だけが着用する白い外套には、銀糸で、雪をかぶった峰の刺繍が、施してある。もう存在しないはずの、銀嶺騎士団の制服だ。

「リル、お客様をお席に案内して差し上げて。」

エルマの声に、我に返ったリルが、少女を1番奥のカウンター席に案内した。

「お茶とお菓子のセットを2つ、お願いします。」

少女は、2人分のメニューを注文した。入ってくるなりリルに話しかけたことからしても、リルと話しに来たのだろう。エルマが、目配せで、リルに、少女の隣に座るよう伝えてきた。リルも、ちょこんと座る。

「リッリッサ・アウレリウス様ですね。」

少女は、間違いなくリルにとっては他人ではない。話し相手になることにした。

「・・・そのなまえ、もうつかってない。」

「そうですか。では、リル様とお呼びします。」

リルは、さまづけでよばれるのも、とーまいらい、と思った。

「申し遅れました。私は、ァレンニッサ・アウレリウスと申します。レニとお呼び下さい。リル様、それにエルマ様も。」

レニは、その落ち着いた立ち居振る舞いからも、言葉遣いからも、大人の女性としての教養を感じさせた。リルと同じで、年齢の割に若く見られるタイプなのかも知れない。自己紹介が終わったところで、エルマが淹れた紅茶と茶菓子を出してくれた。

「どうぞ、レニさん、リル。」

「頂きます。」

「・・・いただきます。」

リルの方が、ちょっと遅れた。

「美味しい。学園の生徒だったころに、何度かお邪魔しましたが、エルマさんのお茶は、マスターと遜色ないですね。」

「ありがとうございます。」

「それで、今日は、お2人にお話があって、参りました。私は、当代で12代目の騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)を拝命しているのですが、陛下のご下命で、お2人の人となりを確かめることになりまして。」

リルは、れに、しゃべりかたも、とーまににてる、と思った。

「まず、リル様。あなたは、エルヌス・アウレリウスの次女のリッリッサ・アウレリウス様で、間違いありませんね?」

リルは、無言で頷いた。

「そうすると、リル様は今305歳と言うことになります。それに、私のところに上がってきている報告では、不死なる竜だとありました。これは、どういうことでしょうか?」

「・・・ふしなるりゅうとして、うまれかわった。」

「そんなことが、可能なのですね。それでも何故?」

「・・・ままの、こどもになるため。」

「リル様は、人間から不死なる竜へと生まれ変わり、エルマ様のお子様になったのですね。ただ、今までの話しぶりからすると、人間だったころの記憶をなくしているわけでは、ないのですよね?」

リルは無言で頷いた。エルマは、2人の話を、カウンター越しに見守っている。

「我がアウレリウス家に伝わる言い伝えでは、リル様は、いつも竜王様と呼ばれる、小さな黒竜をお連れになっていたとか。もしや、それがエルマ様ではないですか?」

「ええ、そうね。細かい誤解はあるようだけど、おおよそその通りよ。」

リルは、ままのこともいいつたえられてるんだ、と思った。

「その、失礼しました。その細かい誤解とは何ですか?」

「そうね。まず、不死なる竜と黒竜は、見た目は同じでも、完全に別物。それから、リルが連れていたと言っていたけど、当時は、私が主で、リルが婢だったのよ。」

「婢、ですか。てっきり竜王様は、リル様のペットなのだとばかり思っていました。」

「その誤解も、仕方ないわね。トーマがそう言い伝えたのでしょう。あのころからリルにはわりと自由にさせていたから。」

リルは、お茶を飲みながら、2人の遣り取りを観察していた。リルは、れには、それなりにあたまいい、と思った。

「あと2つ、お尋ねします。お2人は、人間としての生活を楽しむために、こちらの世界に戻っていらしたと、聞いております。今後も、我が国に、というよりも、人間の世界に、仇なすことは、ないと考えて、いいですね?」

「もちろん。」

リルも、無言で頷いた。

「良かった。もしお2人が人類の敵でしたら、騎士の中の騎士として、私がお2人のお相手をしなければなりませんでした。そうなっていたら、騎士の中の騎士の伝説も、私の代で終わってしまうところでした。」

リルは、れにはぶをわきまえてる、と思った。

「我がアウレリウス家には、真の最強の騎士はオルティヌスで、最強の魔導従士(マジカルスレイブ)はパンデモニウム改だったということも、伝わっているのです。リル様が、歴代の騎士の中の騎士以上の実力をお持ちであることも。」

リルは、じゃあ、なんでおにいちゃんやわたしのことはみんなにしられてないんだろう?と思い、首を傾げた。

「オルティヌスの真の実力を隠したのも、モカイッサ様、リッリッサ様や、パンデモニウム改の存在が隠されたのも、全ては、虚構を守るためです。騎士の中の騎士こそ最強の騎士であり、ダモクレス・シルフィードが最強の魔導従士であるという虚構を。」

リルは、なっとく、と思った。

「それと、伝説の18頭の黒竜についてです。数十年前、私の父の時代に、小さな黒竜が18頭、退治されたそうです。この小さな黒竜と、こちらの世界で迷子になっているという18頭の黒竜に関係はありますか?」

リルは、おねえさまたちのこと?と思った。

「迷子になっていた18頭と、最近死を授けられた18頭は、同じ娘たちよ。」

「そうでしたか。その点には、軍部でも確証が得られず、困っていたところでした。それなら、もうこの世界で迷子になっている黒竜はいないのですね。」

「ええ。」

レニの話は、これで一段落したようだったが、今度はリルが質問した。

「・・・きいていい?」

「答えられる範囲でしたら。」

「・・・そのふく?」

「この服ですか?これは、旧銀嶺騎士団の制服で、騎士団解散後は、騎士の中の騎士のみが着用する制服になっています。」

リルは、レニが「旧」銀嶺騎士団という言い回しを使ったことに、少しショックを受けた。表情には出ないが。

「こちらの質問に答えて頂いたお礼に、1つお知らせします。ただ、ッッッ指定の機密なので、秘密を守って頂けるのが条件です。」

「それなら心配ないわ。秘密を守るのは、得意だから。」

リルも無言で頷いた。

「ありがとうございます。今、私たちは、工房都市カメンスクのラボにいます。表向きは、第0開発工房の専属試験騎士(テスト・ナイト)として。」

レニが語ったのは、今までどうしても分からなかったトーマやその子孫たちの居所だった。

「一応、0工は、銀嶺騎士団の後継組織ということになっていますが、実態は、ダモクレス・シルフィードを運用するのが手一杯で、新たな開発を行う余裕はありません。オルティヌスやモカイッサ様のように、1人で何人分もの働きができる者がいれば、違うのでしょうが。」

リルは、おにいちゃんもおねえちゃんもてんさいだったけど、それでもにひゃくねんしんぽがない、いいわけにはならない、と思った。

「最後に1つだけ。もうじき私の娘が、学園に入学するのですが、リル様に興味を持っています。もしかしたらここを訪ねて来るかも知れませんが、その時はよろしくお願いします。」

そう言うと、レニは、100オース札を出して、席を立った。

「ごちそうさまでした。美味しかったです。」

「ありがとうございました。」

「・・・ありがとうございました。」

リルは、サヴォルを出て行くレニを、見送った。レニと話している間、何故か他の客は入って来なかった。


 その日の深夜。ベッドを抜け出したリルは、魔法で門を開いて、ある場所に来ていた。目の前には、空戦型魔導従士ピクシスの改良型の、黒い機体。騎士だったころのリル専用機「デモン・サーヴァント改」だ。まだ、あった、とリルは思った。

 ここは、スベルドロ砦の地下格納庫にある、隠し部屋。デモン・サーヴァント改を封印するために、作られた部屋で、一見して、そこに部屋があるようには見えないようになっている。扉が開けられた形跡は、ない。

 リルは、機体にぴょんと飛び乗り、コックピットハッチを開けると、するりと中に滑り込んだ。操縦席に座る。すると、まだ何の操作もしていないのに、ドクン、と機体の心臓部、魔力(マナ)転換炉が鼓動をあげた気がした。リルが、突然のことに戸惑っていると、リル自身の不死なる心臓も、共振するように、ドクン、と脈打った。デモン・サーヴァント改の魔力転換炉には、黒竜の魔力結晶が使われている。それが、リルの不死なる心臓に反応したのだ。それをきっかけに、黒い魔力が、2つの「心臓」からあふれ出し、機体を侵食する。リルにはなんとなく理解できた、さーう゛ぁんともうまれかわる、と。

 黒い魔力に浸食され、機体を鎧う疑似竜鱗フェイク・ドラゴン・スケイルは、本物の竜鱗(ドラゴン・スケイル)へと、黒竜血漿結晶クリスタライズド・ドラゴニック・プラズマは、黒い血液へと。機体の内骨格や、人工筋肉(アーティ・マッスル)も、有機的な、あるいは生物的な何かに変わっていく。リルの乗るコックピットも、生物の体内のような見た目に姿を変え、操縦席に体を固定する固定帯は、竜の前肢の様な形となって、後ろから、リルの体を抱きしめるように、固定する。魔導演算器(マジッキュレーター)も、今や、リルの頭脳そのものだ。

 機体の変貌が一段落するころ、空いたままのコクピットハッチに、門が開かれ、エルマが現れた。

「ベッドを抜け出して、こんなところにいたのね。」

「・・・まま?」

「忘れたの?一族の目は、私の目でもあるの。リルが見ている物は、私にも見えるわ。」

リルは、そういえば、そうだった、と思った。

「この子は、リルのもう1つの体になるのね。」

「・・・ん。」

エルマは、一目見ただけで、状況を理解したようだ。

 サーヴァントの魔力転換炉に使われている魔力結晶も、元々は、エルマの娘の物だった。今のリルと、サーヴァントは、いわば血を分けた姉妹だ。リルは、いったいかしたのは、おねえさまの、わたしをまもりたいというきもちのあらわれ、と思った。

 リルは、サーヴァントとの一体化を解いて、エルマに駆け寄った。

「何で、こんな場所に来たの?」

「・・・これは、ほけん。」

「そう。じゃあ、この子の出番は、ないといいわね。」

エルマは、リルの行動を見透かしている。リルの舌足らずな言葉でも、意図は性格に伝わった。

「もう、用事は済んだでしょう。なら帰りましょう。夜更かしはだめよ。」

リルも、帰ることには異議はないが、ひとつ心残りがあった。

「・・・なまえ。」

「確かに、この子はリルのもう1つの体なのに、賢しき者の名を冠するのは変ね。」

「・・・どらごん・さーう゛ぁんと。」

「覚えやすくて、いい名前だと思うわ。」

 その後、リルとエルマは、ドラゴン・サーヴァントを残して、自宅につながる門を開いた。


 1月の第2週から、王立魔法騎士学園や大学の、年明け授業が始まり、商店街は普段の慌ただしさを取り戻す。そんなころ。

「おい、エルマ。ちょっと来い。」

閉店後、厨房で、翌日分の仕込み作業に取りかかろうとしていたエルマを、マスターが呼んだ。

「半年とちょっと、お前らの仕事ぶりを見せてもらって、合格だ。最初の約束通り、この店の経営を、お前に譲る。ただ、経営者になるってことは、厨房での作業だけ、できればいいってもんじゃない。経理に仕入れ、覚えることはたくさんある。これから、その辺りをちょっとずつ教えっから、よく聞いとけ。じゃあ、まずは、今日の伝票と現金が合ってるか、確認だ。」

「はい、マスター。」

「それから、チビ。お前、料理できるか?」

リルは無言で頷いた。

「なら、しばらくエルマの代わりに、明日の仕込みをしてくれ。初日は、まあクッキー辺りでいいだろ。」

ということで、マスターからエルマがレジ締め作業を教わっている横で、リルはクッキーの仕込みを始めた。リル自身、菓子作りの経験がないわけではないが、リルが人間だったころは、芋栗南京等、素材の素朴な甘さを生かした菓子が一般的で、砂糖で甘くした菓子は高級品だった。アウレリウス家は裕福だったが、食に関しては庶民的なところがあったので、マスターのレシピでのクッキー作りは初めてである。エルマの見よう見まねで、リルはクッキー作りに取り組んだ。

 クッキーの第1弾が焼き上がるころ、マスターによるレジ締め講座も終わったようだ。

「ったく、よくこんなにすぐにいろいろ覚えやがる。お、チビも出来たか。どれどれ。よく出来てるじゃねえか。親子揃って優秀だな。」

どうやら、リルの焼いたクッキーは、マスターの合格をもらえたようだ。この日以降、閉店後、エルマが店の経営に関するあれこれをマスターから教わりながら、リルが翌日の仕込みをする、という日々が続くことになった。


 1ヶ月程の年明け授業の後、学園も大学も、学年末試験の期間に入る。試験期間前や、試験期間中の学生たちの雰囲気には、独特のものがある。とりわけ、最終学年、つまり初等部の6年生と中等部、高等部や大学の3年生は、この試験に卒業や進学がかかっているため、非常にピリピリとしている。

 そんなころの出来事だ。サヴォルに、久しぶりに、バイマックルーがやって来た。

「リルちゃん、久しぶりー。」

言うと、やはり案内されるのを待たずに、テラス席に陣取ってしまった。

「・・・ごちゅうもん?」

「いつもの。」

リルが、いつものを持ってテラス席に行くと、バイマックルーが話し始めた。

「やっと卒論が通ったよう。でも、教授が『この研究は200年以上前に終わっているけどな。』だって。そんな学生のうちから、前人未踏の研究なんて、できるわけないじゃん。」

昼時で忙しい時間帯だったが、マスターは、相手をするよう目配せしてきたので、リルもバイマックルーの世間話に付き合うことにした。

「うん。でも単位は、もう全部とってあるから、最終試験の勉強もしなくて良かったのは、不幸中の幸い。これで、卒業まで、だらだら過ごせるよ。」

リルは、バイマックルー対面に座り、特に無反応で、彼女の話を聞いていた。

「それでね、リルちゃん。今度の氷曜、お休みでしょ。一緒に遊びに行こうよ。」

突然のお誘い。リルは特に予定もなかったので、エルマの方をちらっと確認したら、行っていいと、目配せで伝えてきた。

「・・・いく。」

「え、いいの。やった。そしたら、どこ行く?」

残念ながら、エカテリンブルにあるお店は、どこも氷曜日が定休日である。街で買い物というのは難しい。リルが首を傾げていると、

「じゃあ、王都の百貨店ってところに行こうよ。家魔とか、お洋服とか、色んな物を売ってるらしいよ。」

と、バイマックルーが提案してきた。リルにも対案はなかったので、無言で頷いた。

「じゃあ、王都までは乗り合い魔導車で行くとして、朝9時半に、停留所に集合ね。」

というわけで、リルは、バイマックルーと一緒に、王都の百貨店に行くことになった。リルは、ひゃっかてん、どんなおみせかな?と思った。

「ふふふー。リルちゃんとお出かけー。それに、百貨店。留学が終わる前にしたかったことが、2つ同時に叶うよ。」

バイマックルーは、ご機嫌で、会計を済ませ、店を出て行った。


 その週の氷曜日。リルは、騎士だったころの倣いか、集合時間の10分前には、集合場所で待機している。ちなみに今日のリルの服装は、ウェートレスの制服ではなく、お気に入りの黒ロリファッションだ。

 停留所を示す標識には、乗り合い魔導車の発車時刻が書かれていた。一番近いのが、9時半ちょうど。バイマックルーが指定した時刻と同じであった。しゅうごうじかんをぎりぎりにしてだいじょうぶだったのかな?と、リルは思った。

 で、9時半になったが、やってこない。バイマックルーも魔導車も。リルは、ていこくげんしゅ、と、ちょっと怒った。表情には出ないが。停留所で魔導車を待つ、他の人たちも、慌てている様子がないので、この乗り合い魔導車は、よく遅れるのだろう。

 3分待って、バイマックルーがやって来た。

「ギリギリセーフ。お待たせ、リルちゃん。」

リルは、かんぜんにあうと、と思った。

「この魔導車は、いつも遅れるんだって。9時半の便、まだだよね。」

リルは、なんとなく納得いかなかったが、頷いた。

「あ、リルちゃん。いつもと違う服だね。制服もいいけど、こっちも可愛い。」

リルは、ほめられたので、まあよし、と思った。バイマックルーの方は、いつも通りの、翼の民の民族衣装だ。

「あ、来た来た。そこでクルッと、方向転換。格好いい。」

魔導車は、商用の生産性の高い「Г(ゲー)-01」のマイナーチェンジモデルの様だった。軍用の機種は、リルが人間だったころと変わっていないのに、民生品には、着実な進歩が見られる。リルが魔導車の車体を観察していると、「Г-07-57」と書かれていたので、6回もモデルチェンジをしていることになる。

「んふふ。そんなにじっくり観察して。リルちゃん、魔導車が好きなんだね。」

バイマックルーの邪推に、肯定も否定もせず、リルは、幌車(ワゴン)に乗り込んだ。

「あ、待って。無視しないで。」


 王都の新市街にある停留所で、魔導車を降りると、2人は、目的地の百貨店を探して、歩き始めた。

「事前に調べた地図だと、この辺のはず。あ、あった、あった。」

バイマックルーが見つけた建物は、重厚な石造りの5階建ての建物で、ガラス製の扉の両脇には、立派な獅子の置物が、鎮座していた。リルは、みついえちごや?と思った。

「いらっしゃいませ、メディウス・ヴィラウス百貨店へ。」

観音開きの大きな扉の両脇に、女性の店員がいて、訪れる客を出迎えていた。

「取りあえず、1番上から、見てこ。」

リルとバイマックルーは、エレベーターなる名前の昇降機で、5階に上がった。

 5階は、催事場だった。その日行われていたのは「冬物最終売り尽くし」と銘打った、いわゆるバーゲンセールだった。暖かそうな、コートやニットが並ぶ。どれも見るからに高級品で、値段も売り尽くし価格なのに、エカテリンブルの街の洋服屋で買える1番高い服より更に高い。ただ、着替える必要のないリルや、年中同じ民族衣装のバイマックルーには、不要な物である。5階はスルーした。

 階段で4階に降りると、紳士服売り場だった。そこは当然スルーしたが、4階の一角に、家魔の売り場があった。この売り場にも、マネシトゥスの屋号がついている。リルは、めーかーのけいれつてん、と思った。

「家魔も売ってる。うーん、でも、エカテリンブルのお店と、品揃えは、同じだね。都会に来たら、違うのもあるかと思ったんだけど。」

「羽根ありの嬢ちゃん。うち中何でもマネシトゥスが、ここの売りだぜ。地方都市だからって、手抜かりなしだぜ。」

リルは、えかてりんぶるって、ちほうとし?と思った。

 3階は、半分が婦人服の売り場で、残りが家具の売り場だった。ここもスルーかと思ったら、バイマックルーは意外な場所で、足を止めた。

「これ、下着?人間の女の人って、こんなの着けてるの?それに…おっきい。」

リルは、そう?と思った。リルは着痩せするタイプなのだ(魔法で出来た仮の姿だが)。

 家具の売り場には、想像より0が1つ多い値段の、高級家具が、並んでいた。

「おしゃれ、だけど、一、十、百…高い!」

「当店は、王都に住まう貴族様もご愛顧頂いておりますから、貴族のお屋敷に見合う、高級家具を揃えてございます。」

現在、爵位のある貴族は、王都に居住することが義務づけられている。また、領地の経営は代官に任せ、自らは国政に関わるのが貴族の名誉ともされている。それで、貴族同士、王都で顔を合わせる機会も多いので、屋敷にも、身分にふさわしい調度品を揃えることが、求められるのだ。はっきり言って、見栄の世界である。そして、実は、この政策は、貴族の経済的負担を大きくして、王家に背くことができるような財力を殺ぐことが、狙いだったりする。それはともかく。

「家具は大きいから、どのみち空の大地に持って帰るのは、無理だけどね。」

リルは、ひやかし、と思った。

 2階は、ワンフロア全て婦人服売り場だった。

「なんか、服の割合、多くない?人間って、そんなに服がいるの?」

リルは、それはひとそれぞれ、と思った。そういえばリルが人間だったころの長兄のオルティヌス(オッティ)は、衣装持ちだった。

「記念に、何か買ってこうかな。これなんか、翼の邪魔にならなくていいかも。」

そう言って、バイマックルーが目を付けたのは、背中が大きく開いた、ドレスだった。

「えと、一、十、百…、全然買えない。」

「我がメディウス・ヴィラウス百貨店は、現金掛け値なしが、モットーでございます。」

リルは、そういえば、にんげんだったころは、ていかなんてなかった、と思った。

 1階は、化粧品売り場や、宝石売り場、テーラーが入っていた。

「私、お化粧なんてしたことないよ。」

2人とも、見た目は幼女である。場違い感が半端でない。

「でしたら、試しに、何かお使いになりますか。」

売り子が声をかけてきたが、

「止めとく。悲惨な結果しか浮かばない。」

と、バイマックルーは、断った。

「そういえばリルちゃんも、お化粧しないね。」

リルの肌は、竜鱗が魔法で変化した物だから、化粧は必要ない。というか、化粧品を全てはじいてしまうだろう。結局2人には、化粧はまだ早いのであった。

 宝石売り場には、指輪やネックレスなど、様々なアクセサリーが売られていた。宝石を散りばめた時計もある。

「あ、このブローチ可愛い。」

バイマックルーが手に取ったのは、かわいらしくデフォルメされた角兎(ホーンド・ラビット)がデザインされた、銀色のブローチだった。

「うん。この値段なら、何とか買える。1つくらいはオストニアっぽい物を買わないとね。」

バイマックルーは、兎のブローチを買った。

「贈り物でしたら、ラッピングも承りますが?」

「自分用です。」

リルはどちらかというと、その隣にあった、銀嶺騎士団の騎士団章をモチーフにしたブローチが気になった。ただ、リルの服も竜鱗が変化した物なので、ブローチは着けられない。リルは、それでもさいきんのりゅうこうはべんきょうになった、と思った。

「どこかで、お茶して帰ろう。リルちゃんのおごりで。」

リルは、たかられた、と思った。

 乗り合い魔導車の停留所近くに、喫茶店があったので、そこのテラス席に陣取って、お茶をしながら、魔導車を待つことになった。まだ寒い季節なので、テラス席は人気がない。しかも、リルはともかく、バイマックルーは、寒さに慣れた王都の人の感覚でも、かなり薄着だったので、店員に心配された。

「空の大地に比べれば、寒くないよ。」

リルは、店の入り口の本棚にあった「魔獣戯画」という本が気になって、持ってきた。コミカルに擬人化された魔獣が、遊んだり、戦ったりする絵とともに、吹き出しに台詞が書かれている。まんが!と、リルは思った。

「ねえ、リルちゃん。折角2人でお出かけなんだから、本なんか読んでないで、お話しようよ。」

出された紅茶は、西方産らしいが、エルマが淹れた紅茶ほどではなかった。

 茶を飲み終わるころ、ちょうど、帰りの魔導車がやって来た。「Г-07-57」と、書かれていたので、同じ車両が、往復しているのかも知れない。2人は幌車に乗り込み、それぞれ家路についた。


 学園と大学の、学年末試験が終わった。学園は、最終学年以外は、2月いっぱい、授業があるが、大学は、もう春休みに入るらしい。そんなころ。

「エルマ、この書類にサインしてくれ。そしたら、この店は、お前さんのもんだ。」

ある日の営業前、マスターが1通の書類を持ってきた。書類の標題は「養子縁組届」となっていた。

「はい、分かりました、マスター。」

エルマは、綺麗な字で、届の「養子になる者」の欄に自分の名前と住所、本籍を書いた。「養親になる者」の欄には、すでにマスターの名前等が、書かれていた。

「相変わらず、活字みてえな字だな。じゃ、俺は、領主様のところに行ってくる。開店には間に合わねえと思うから、先に始めててくれ。」

そう言って、マスターは、サヴォルを出て行った。

 マスターの考えはこうだ。まず、エルマをマスターの養子にする。その後すぐに、マスターが隠居届を出す。すると、実子のいないマスターの相続人はエルマになる。ちなみにオストニア家族法典で定められている相続法は、法定の単独相続だ。こうして、エルマは、すぐにマスターの財産、その中にはもちろんサヴォルの土地、建物が含まれる、を承継することになる。サヴォルの建物は古く、路地裏という三等地のため、税金はかからないだろう。

 こうして、エルマは、マスターの養子になったのだが、

「リル、養子縁組って、何かしら?」

と、エルマは自分が何の書類にサインしたのか、分かっていなかった。

「・・・ちがつながっていないひとと、ほうりつじょうの、おやこになること。」

「そう。マスターは、子どもがいないって、言ってたから、私を子どもにしたのね。」

今回は、マスターが善人で良かったが、リルは、ままが、へんなしょるいにさいんしないようにしないと、と思った。

「リル、私も、相手が善人か、悪人か、ちゃんと判断してるわ。」

そういうことらしい。


 そのころから、マスターは、病気で仕事を休みがちになった。もう病院通いしていることも隠していない。ただ、どこが悪いかまでは、決して口にしなかった。

 マスターが休むと、必然的にリルとエルマの2人で店を回すことになる。営業時間中はそれでもなんとかなるが(元々マスター1人でやっていたのだ)、営業後、エルマがレジ締め作業をしている間に、リルが翌日の仕込みをすることになる。営業後は、リルにとって、貴重な読書タイムだっただけに、リルが本を読み進めるスピードは、格段に落ちてしまった。

 それでも「シバリウス物語1~6」を読破した。「シバリウス物語」は、オストニア史上でも屈指の美男子と言われ、公私ともに波乱に満ちた生涯を送った、クォーツス(クォーツ)・シバリウスの生涯を描いた、大河的小説である。もちろん史実を元にしたフィクションではあるが、クォーツの若かりし日のプレイボーイぶりや、正妻と愛人(後に第2夫人になる)に挟まれた愛憎劇、絶対王政初期に国の要職に就き国王を支えた晩年など、読み応え抜群だった。リルは、こっちのおじいちゃんもすごい、と思った。ただ、この物語に、クォーツの孫である、人間だったころのリルが、何故か登場しないのは、なんとなく腑に落ちなかった。


 2月中旬のある日。サヴォルにバイマックルーが来店した。その日はマスターは病院に行っていていなかったため、リルは、エルマの方を見ると、目配せで、2人で話していいと、伝えてきた。

「リルちゃん。リルちゃんって、オクタの街出身なんだよね。教授がね、オクタに、卒業旅行に連れてってくれるっていうの。」

藪から棒に、バイマックルーが卒業旅行の話を始めた。

「それでね、リルちゃんに聞きたいんだけど、オクタって何か観光するとこある?」

リルは、確かにオクタで(50年以上)暮らしていたことがあるが、それも200年以上前の話である。今のオクタがどんな街かは、知らない。リルが(いつも通り)無言でやり過ごしていると、バイマックルーが、

「教授は、オ…何だっけ、って人の記念館ってところに行こうって言ってるの。オ何とか記念館って、オ何とかが、晩年を過ごした家で、死んだ後も記念館として、保存してあるんだって。」

オ何とかは、オルティヌス・アウレリウスのことだろう。オッティが晩年に過ごした家なら、魔界に行く直前の時期まで、リルが住んでいた家のはずだ。

「そのオ何とかって、オクタに移住してから、ものすごい熱心に研究活動をしてたんだって。それで、教授は『学者の聖地だから、1度は見とけ。』って言うの。でも、なんか、つまんなそうじゃん。それで、教授が記念館に行ってる間、私たちだけ、他のところを観光しようって、研究室のみんなで言ってるの。で、その情報収集。」

リルは、元自宅が、オルティヌス・アウレリウス記念館などと言うものになっているなどと、想像もしなかった。だから、きょうじゅときねんかんをみたほうがいいきがする、と思った。ただ、バイマックルーのお願いを無視もできないし、何の情報もないと怪しまれそうだったので、新聞などからの聞きかじりの情報で、

「・・・せんいのまち。」

と、答えておいた。

「わ、リルちゃんが喋った。」

バイマックルーは、普段無口なリルが喋ったことに驚いた。じぶんからしつもんして、こたえをきいたらそのはんのうなんて、しつれい、ぷんぷん、とリルは思った。

「へー、繊維の街かー。じゃあ、その辺りで、いい観光スポットがあったら、行ってみよう。」

 後日。卒業旅行から帰って来たバイマックルーによると、織物や染め物の工房がたくさんあったが、どれも見学NGで、結局、教授とオルティヌス・アウレリウス記念館に行ったそうだ。

「本棚に難しい本が、たくさんあったくらいで、後は普通の家って感じ。あ、家魔が一通り揃ってて、便利そうだった。でも、4人くらい住んでたみたいに見えたけど、あと3人は誰だろう。1人は、オ何とかの妻らしいけど、あと2人謎なんだって。」

リルは、あとふたりは、おねえちゃんとたわし(おねえちゃんのまね)と思った。


 2月30日が、学園や大学の卒業式の日である。式典は午前中には終わるため、卒業生たちは、翌日からの新生活に備えて、引っ越し作業やら何やらで、大忙しである。そのため、昼の時間に、わざわざ茶を飲みに来るものはいないため、サヴォルもいつもより、寂しい昼の営業となる。

 そんな中ではあったが、バイマックルーが来店した。

「リルちゃん、いつもの。」

バイマックルーは、例によってテラス席に陣取った。その日は出勤してたマスターが、リルに目配せで、バイマックルーの相手をするよう伝えてきた。

 リルは、いつものを持って、テラス席のバイマックルーのところにいった。そのまま、対面に座る。

「うう。今日で、リルちゃんやみんなとお別れだと思うと、寂しいよう。」

リルの名前を真っ先に呼んだし、級友と過ごさず、サヴォルに来店したのだから、バイマックルーにとって、オストニアでの1番の友人はリルだったのだろう。リルも、さみしい、と思った。

「それでね、前にも話したかもだけど、私、空の大地に帰ったら、オストニア風の街を作る、監修をするの。リルちゃんも、時間があったら、空の大地まで会いに来てね。それと、リルちゃんにお手紙も書くから、返事してね。約束だよ。」

リルは、いつもより力強く頷いた。そらのだいち、いちどいってみたい。

 リルとバイマックルーの友人関係は、まだ半年と少しだが、これほど別れがつらいと感じたのは、リルとしても意外だった。

 バイマックルーは、その日は、いつもより長居して、思い出話を、リルに一方的に語って聞かせた。リルも時々相槌を打っていた。

 その日のうちに、飛空船が迎えに来て、バイマックルーは、空の大地に帰って行った。営業時間中だったので、リルは、見送りに行けなかったが、そのぶんは、ひるにたくさんはなしたから、とリルは思った。


 3月に入り、いよいよマスターの容態が悪化した。医者からは、入院を勧められた様だが、マスターは頑なに断った。マスターは、2階の寝室のベッドで寝たきりになってしまい、リルが、仕事の合間を見つけて、看病することになった。

 リルが、マスターの寝室に行くと、マスターは、決まって、

「こんな老いぼれ放っといて、早く仕事に戻れ、チビ。」

と、言うのだが、リルは、マスターの言葉は無視して、看病を続けた。マスターの容態は、命に関わるものだ。リルは、そう直感した。人間だったころ、リルは何人もの家族を看取っている。それでも、亡くなる人を看ているのは、つらくて悲しい。にんげんのいのちは、かぎりあるもの、いちにちでもながくいきたほうがいい、それがリルの願いだった。

 リルの献身的な看病も虚しく、マスターは日に日に弱っていき、10日ほどで息を引き取った。死因は、大腸癌だった。この時代でも、癌は不治の病である。

「早く仕事に戻れ、チビ。」

それが、マスターの最期の言葉になった。

 マスターが亡くなった翌日。サヴォルは臨時休業し、マスターの葬儀を行った。人間だったころのリルの身内は、騎士が多かったため、一般人の様に、死の翌日に葬儀を行うことはなかったが、オストニアでも、普通は、生前縁のあった人を集めて、亡くなった人との別れの儀式を行う。マスターは、親類はいなかったが、商店街の人たちからは、大将と呼ばれて親しまれており、葬儀には、多くの人が参列した。毎日来る常連さんの姿もあった。

 葬儀の後は、遺体を荼毘に付して、その後地下納骨堂に納骨する。これに立ち会うのは、親族だけなので、マスターの養子になったエルマとリルの2人だけである。マスターの遺骨が入った骨壺を、納骨堂に納め、手を合わせて、死後の魂の安寧を祈る。

「あなたに良き死が訪れたことを、心からお祝い申し上げます。」

他に聞いている人はいないので、エルマは、不死なる竜の流儀で、死を言祝ぐ決まり文句を口にした。リルもそれに倣う。


 納骨を終えて帰宅し、サヴォルの2階の窓から、外を見ると、ちょうど巨壁山脈の谷間に沈む夕焼けが、くっきりと見えた。

「私にとっては、人間の一生も、朝日が昇って夕日が沈むまでの時間も、ほとんど変わらない。今更だけど、死ねるって、貴重なこと。マスターが、納得できる最期を迎えられて、本当に良かったと思ってるわ。」

リルは、ままの、なっとくできるさいごってなんだろう?それがきたら、ままとおわかれしないといけないの?と、不安になった。

〈第2章完〉

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