7 交友
「──これがおススメだぜ!」
藤田は、多様なメニューの中から一つのメニューを指さして、不慣れな彼に勧める。
「へぇ、じゃあこれにしようかな」
今日転校してきたばかりのイケメンは、藤田から勧められたメニューを店員に伝える。店員のお姉さんは目の前のイケメンに目をハートにしつつ、メモを取っている。
「もみじはどれにするの?」
「……オムライスで」
「齋藤はオムライス好きだよな」
一緒に来ていた一華がもみじに何を注文するか尋ねてきたので、好物のオムライスを注文する。そして、もみじの好物を知っていた石垣がそのことを指摘する。
──どうして、こうなったのか。時は少しさかのぼる。
◇
夏休み明けの初日は始業式と2学期の委員を決める学級活動。そして、大掃除を行うだけしかやることがなかったので、午前中には学校が終わった。
もみじはそのまま帰るつもりだったが、藤田から「昼飯食べて帰ろうぜ!」と誘われたので、行きつけの「虎屋」で昼食を取って帰ることになった。
しかし、約束していた場所に集まっていたメンバーを見てもみじは眉を顰める。
「……あんたも一緒なの?」
もみじは転校してきたばかりの男子生徒にそう言い放つ。別に嫌っているわけではないのだが、周囲の質問攻めにあってからどうしても棘のある言い方になってしまう。
「そんな刺々しい言い方ないよ~」
もみじの後ろからそんな声がかかる。聞きなれた声に、振り向かなくても誰か分かってしまう。
「一華も行くの?」
「うん! 私も呼ばれてね~」
一華はもみじを追い越して藤田の横に移動する。そして、藤田の手を取り、笑顔でこちらを見ている。この2人は付き合っているのだ。
「はぁ。まぁ、来るだろうとは思ってたけど」
「ははっ。ここで話すのもなんだし、虎屋へ行こうか」
周りの自由さに石垣は苦笑いをしつつ、まずは虎屋へ行こうと提案する。いつも石垣が段取りをつけてくれるので何とかこのメンバーでの外出は上手くいっている。
藤田は「そうだな」と石垣の提案に同意し、先頭切って歩いていく。一華は藤田の隣を歩き、その後ろを石垣がついていく。
「あの2人って付き合ってるの?」
3人が先に歩いて行ってしまったので、自動的にもみじと浅賀が最後尾を歩くことになっていた。そして、さっきのやり取りを聞いて気になったのか、浅賀は藤田と一華の関係について尋ねてくる。
「……まぁね。2人は小学校からあんな感じ」
藤田と一華は昔から気があったのか、あんな感じでべったりとしている。お調子者の藤田と好奇心旺盛で聞き上手な一華は波長が合うのだ。
「へぇ。みんな幼馴染とか?」
「まぁ、田舎はみんな幼馴染みたいなもんよ」
田舎には、保育園や小学校、中学校も地域に一つしかないので、自動的にみんな幼馴染のような関係性になる。しかし、別にみんながみんな仲がいいわけではないが。
浅賀は、「あー、確かにね」と笑いながら、もみじの隣を歩いている。
意外と背が高い。
隣を歩いていると、浅賀と自分の身長差が気になり始める。頭一つ分くらいあるので、大体20cmほど差があるだろうか。
もみじの身長が158㎝なので、180前後だろう。プロ野球選手では170後半~180前半くらいの身長の人は多くいるので、そこまで高身長とは言えないのかもしれないが、実際にこうして生活するぶんには、巨人にしか見えない。
「虎屋」は、安岡中から10分ほど歩いたところにある食事処だ。ここら辺では、「虎屋」の一つしか飲食店がないので、ご飯を食べに行くとなると、ここにしか行く場所がないのだ。
特徴は「ここって何屋なの?」とよく言われるという点。多種多様なメニューがある。
「着いたぜ!」
昔からここに住んでいる私たちからすれば、普通の食事処なのだが、浅賀にはそのようには映っていなかった。
「え、ここ?」
「和」のテイストが強い、古びた平屋。看板などは一切出していない「虎屋」。田舎も田舎なこの地には一見さんなどいるはずもないので、看板など出す必要がないのだ。そのため、こうして転校や転勤でやって来た人からすれば、ここが食事処だとは理解できない。
「まぁ、看板もないし、知らない人から見たら、店とは思えないかもね~」
一華は笑いながらそう言う。
藤田は既に扉を開けて店の中へと進行しており、浅賀へ対してそこまで気を遣っている様子はなかった。浅賀に対して、あまり良い対応をしていないもみじが言えることではないが。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ると若い女性の大きな声が聞こえる。確か、山田さんちのお姉さんだ。
もみじ達はいつもの様に店の最奥にあるテーブル席へと案内される。お昼時とはいえ、平日なので団体客は少ないようだ。
席に着くと各々メニューを手にどれにするか決める。大体みんな好きなものを頼むので、ほとんど決まったメニューなのだが。
もみじが「オムライス」に目を止めていると、浅賀が声を上げる。その声は、ここにいる誰もが予想通りのものだった。
「ここって何屋なの?」
そして、今に至る。
席は右の奥から石垣、藤田、一華と座り、向かいに浅賀、もみじと座っていた。
「そういえば、浅賀ってどこの高校に進学すんの?」
注文を終えて、お手拭きで手を拭きながら藤田がそう尋ねる。みんなの視線は否応なく浅賀に集まった。その質問は誰もが感じていたことだからだ。
「県内の高校にとは思っているけど、まだ決めてないかな……」
浅賀はその視線に対して特に気にした様子はなく、淡々と回答する。しかし、その表情には本当に悩んでいるのだろうことが感じ取れる。
「藤田君たちは?」
「俺と石垣、一華は神ケ谷高校。齋藤は――」
藤田はそう言いかけて、一度言葉を遮る。
「……まぁ、安岡中のほとんどが神ケ谷高校へ行くみたいだぜ」
「なるほど」
神ケ谷高校は伝統ある学校だ。田舎の学校ではあるのだが、近隣の中学生のほとんどが神ケ谷高校を第一志望で進学する。
部活動も活発で地域との結びつきも強い。まさに、ここらでは一番の人気校であった。
「それよりも、浅賀君、大丈夫なの?」
「え、何が?」
一華の質問の内容が理解できなかったのか、浅賀は首を傾げてそう答える。
ここにいるメンバーなら、一華の質問の内容が分かっている。そして、その元凶である藤田はにやにやといやらしい笑顔を顔に浮かべていた。
「お待たせしました~」
店員のお姉さんが両手に料理を乗せたお盆を持って席にやってくる。まずは、藤田と石垣の頼んだラーメンが、次にもみじのオムライスと一華のから揚げ定食がテーブルに並べられる。
そして、最後に。
「はい! 『特製天丼』ね!!」
大きな丼にぎっしりと敷き詰められた白米。そして、その上には大きなエビ、レンコン、かき揚げなどの揚げ物が、これでもかと言わんばかりに盛り付けられている。推定2、3キロの「特製天丼」は、ここ虎屋の名物メニューなのだ。
目の前の光景に浅賀は言葉を失っていた。そして、藤田はそれを見て声を出して笑っている。
「……藤田に聞いたのが間違いだよ」
「皆だって黙ってただろ?」
もみじはオムライスに匙を入れながらそう呟く。藤田が「特製天丼」を勧めたところから、皆こうなることを理解していた。しかし、あえて教えなかったのだ。
「……もう誰も信じない」
浅賀はジト目でみんなに視線を送る。藤田は「わりーわりー」と軽く謝罪し、今度ジュースを奢ることで決着したようだ。
「ご馳走様でした~!」
もみじ達は食事を終え、お勘定をして店を出た。
浅賀はなんだかんだで「特製天丼」を1人で完食し、食事の後に生涯利用できる「割引券」を受け取っていた。これまで色んな人が挑戦しているのを見てきたが、同年代でクリアした人を見たのは今回が初めてだった。
「じゃあ、俺らこっちだから!」
虎屋を出て数分後、小さなコンビニのあたりで、藤田たちと別れる。藤田と一華は家が近く、コンビニからはもみじ達と別の方向になる。
おしゃべりな藤田がいなくなると、一気に場が静かになった。
「浅賀は家どこなんだ?」
沈黙を破ったのは石垣だった。石垣が浅賀に話しかけるのは、初めてではないだろうか。
「駅の近くにあるマンション」
「あぁ、あの新しいヤツ」
最近駅の近くに初のマンションなる物が建設された。6階建てでここら辺では一番高い建物だ。
「まぁ、一人暮らしなんだけどね」
「そうなのか?」
浅賀の言葉に石垣が反応する。
──あれ、確か「おばあちゃん」がどうとか言ってなかったっけ?
もみじの疑問に答えるかのように、浅賀の言葉が続く。
「両親は東京にいるんだ。それで、俺がこっちで進学するっていったら『一人暮らしの練習しなさい』って言われてさ」
なるほど。もみじは浅賀の説明に何となく納得した。
両親が東京で仕事をしている以上、彼は親元を離れて過ごすことになる。幸い祖母の家が近くにある、安岡から通える範囲の高校に進学するなら、祖母の家にお世話になることができるだろうが、もしそうでないなら、高校生から一人暮らしをすることになるだろう。
つまり、祖母が近くにいる間に1人暮らしの予行練習をしておこうという事だろう。
それに、高校で大きな怪我をしなければ、おそらく彼はプロの世界に進むだろう。そうなるといやでも親元を離れて寮に入ることになる。その練習でもあるのだろう。
「あ、藤田には内緒な」
浅賀はもみじ達に釘を刺す。
もし藤田がこのことを知ったら、おそらく彼の家に入り浸ったり、「お泊り会」だなんて言ってバカ騒ぎすることだろう。
知り合ってたった一日しか経ってないのに、しっかり性格を把握されている。
「分かったよ」
石垣は少し笑いながら口外しないと約束をする。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
誤字脱字等ありましたら「誤字報告」にて知らせていただけるとありがたいです。また、何か感想等ございましたら、そちらも送っていただけると嬉しいです。お待ちしております。