6 学校
もみじは担任の先生と一緒に教室へ入ってきた青年を見て、声にならない驚愕を感じていた。
その青年は、スラスラと自分の名前を黒板に書いていく。
「東京の学校から来ました、浅賀旺士郎です。どうぞよろしくお願いします」
「はい、今日からクラスの一員になる『浅賀旺士郎』君です!みんな仲良くするようにね!」
すると、教室から大きな声があがる。
「えぇ~!? まさか本物の『浅賀旺士郎』!?」
それは野球部一のお調子者、藤田だった。
『ねぇ、もの凄くかっこよくない?』『東京だってさ』『マジもんだぜ……』
藤田以外にも、教室中では彼に対する様々な声が方々で上がっていく。
「はい、静かに!……それじゃあ、後ろの席に座ってくれる?」
担任の先生は、教室の一番後ろに新しく置かれた席へ座るように、浅賀に指示を出す。その席とは──。
浅賀がその空いている席へ向かう時、もみじと目が合う。そして、どんどん近づいて来る。
「齋藤さん、これからよろしく」
そう言いながら、もみじの隣の席に鞄を置く。教室の空気が一気に固まり、浅賀に向かっていた視線が一気にもみじの方へ進路を変える。
まさか、転校してくるなんて。
「うん、よろしく……」
もみじは、できるだけ視線を合わせないようにそう答える。はっきり言ってこの場では関わりたくない。
もみじの返答を受けて、浅賀は笑顔のまま席に着席する。かなり不愛想な態度だったが、そこまで気にしている様子はなかった。
浅賀が席に着いたことで、担任は朝の学級活動を再開する。
しかし、朝の学級活動も、もみじの耳には全く入ってこない。それよりもこれから起こるであろう質問攻めにどう答えるか、そっちの方が重要だからだ。
◇
「どうして神ヶ谷に?」
「東京って都会?」
「野球の日本代表ってマジ?」
もみじの隣ではそんな質問が飛び交っていた。それに対して、浅賀は困った表情を浮かべてはいるものの、一つ一つ丁寧に回答していく。
──真面目だな。
もみじは浅賀の対応に、そんな感想を抱く。
「ねぇ、もみじって浅賀くんと仲良いの?」
「別に仲良くないし」
数人の女子たちがもみじの元までその事を確認しに来る。すでに3組目の来訪に、もみじの言葉尻も否応なく強くなっていく。
「そうなんだ……」
聞くことだけ聞いて、彼女たちは浅賀を囲う輪の中へと入っていく。もみじはそんな浅賀の様子を見て、少しイライラし始める。
別にあいつが悪いわけじゃないけど、なんかイライラする。
「なぁ、齋藤。浅賀と仲いいのか?」
「だから、良くないって!」
もみじは4度目の質問に、少し感情をあらわにした状態で返答する。そして、返答した後に質問主に気が付く。
「なんだ、藤田と石垣か……」
そこには、野球部の部員で小学校からのチームメイトでもある2人の姿があった。お調子者の藤田は、興味本位で聞きに来たのだろう。
「大変そうだな」
対して、バッテリーを組んでいた石垣は心配そうな表情を浮かべていた。
「──で、どこで知り合ったんだ?」
藤田は尚もそう尋ねる。
少ししつこい性格ではあるが、気になったことは妥協なく調べる彼は、いわゆる「憎めない奴」だった。
「別に知り合いってほどでもないけど──」
もみじはそう呟いて、これまでの経緯を話す。
妹の双葉が浅賀に野球を教えてもらっていたこと。グランドで少年たちに野球道具を譲っていたこと。そして、そこで話したこと。
ほとんどの経緯を話した。といっても、そこまで長い話というわけでもないのだが。
「なるほど。にしても、齋藤って有名人なんだな」
藤田は知り合った経緯を聞いて、そんな感想を述べる。
「……高校はどこに進学するつもりなんだろうな」
石垣は藤田の言葉を華麗にスルーして、そんなことを呟く。
中学3年の2学期に転校してきたということは、高校は県内の学校へ進学するつもりなのだろう。そうなると、必然的にどこの高校に進学するのかという話になってくる。
「さあね」
もみじは興味なさそうな表情でそう呟く。そして、そのまま席を立って教室を出ていく。
取り残された二人は、互いに顔を見合わせた。
「――どう思う?」
藤田は石垣にそう尋ねる。
最近、もみじに高校野球の話をすると、しっかりとした返事が返ってこなくなった。おそらく、「女子野球」と「高校野球」の選択で悩んでいるのだろう。
「どっちかというと、『女子野球』側に傾いてる感じだな」
「俺もそうだと思うぜ」
2人はすでに姿は見えなくなってしまったが、もみじが出ていった教室の扉を眺めている。
「まぁ、決まったら教えてくれるだろ」
石垣はそう言って自分の席の方へと帰っていく。バッテリーを組んでいた石垣が一番もみじの進路について知りたいのは、藤田も理解していた。
本音は高校も一緒に野球をしたいのだろう。しかし、その選択がもみじの将来に悪影響があってはならない。
「歯がゆいぜ……」
藤田は石垣の背中を眺めながらそう呟く。
そして、賑やかな隣の席へと視線を移す。いまだ、彼の席にはクラスのほとんどの者たちが集まっている状況で、少し困った表情を浮かべるイケメンの姿が見られる。
「……丁度いいし、話してみようか」
藤田は、そう呟いてその集団の中へと入っていくのだった。
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