4 グラウンド
もみじ達の住む「安岡」には、古い家が沢山建ち並んでいて少子高齢化が大幅に進んでいるような、いわゆる田舎と呼ばれるような場所だった。
しかし、電車で2駅行けば少し栄えた町があり、そこにはスポーツ店やカラオケなどの娯楽施設もある。また、安岡中学の大半が進学する「神ケ谷高校」という高校も、その駅の周辺にあった。
安岡には、グラウンドが2つある。
1つは、安岡中のグラウンド。しかし、夏休みにということで、今は野球部が使用しているだろう。
安岡中は、1学年20人程度しかいない。そして、男子生徒はその半分くらい、大体10人程度だろう。そして、野球部の人数は20人。つまり、男子生徒の半分以上は野球部に在籍している事になる。
もみじの学年は、7人の野球部員が在籍していたので、今は13人で活動している。
そして、2つ目のグラウンドが、今もみじ達が向かっている河川敷のグラウンドだ。基本的には、早朝5時くらいにおじさん達が野球のために使用し、土日はその後に少年野球クラブが使用している。
しかし、今日は平日のため誰も使っていないはず。
「あ、やってるね~」
河川敷のグラウンドの近くに到着すると、少しずつではあるが、人影らしきものが見え始める。
「あれ、思ってたより多い?」
見えていたのは複数人の影。どうやら、双葉とその高校生以外にもグラウンドを使用している者たちがいるようだった。
そして、グラウンドへ近づくにつれてその影はどんどん鮮明に見え始める。
「──あれ、お姉ちゃんと一華ちゃんだ!」
先に気が付いたのはグラウンドで練習していた双葉の方だった。グラウンドの方から大きな声が響き渡り、小さな体を目いっぱい使いながらこちらに向かって手を振っている。
「それにしても、なんか小っちゃいのしかいなくない?」
「そうね~、全員小学生だね」
少しずつ見え始めた影は、全て小さいものしかなく、目的の高校生の影は見えない。
グラウンドに辿り着くと双葉が駆け寄ってくる。しかし、もみじの注意は双葉ではなく、他に向かっていた。
「あれ、紗月?」
そこには男子小学生たちに質問攻めにあっている紗月の姿があった。
「あ、もみじさん! こんにちは!」
もみじの姿を見て、紗月は彼らの元から離れてこちらへ駆けてくる。どうやら彼らから離れる理由を探していたようだった。
「お姉ちゃん達はどうしてここに?」
双葉は小首を傾げるような仕草をして、そんな質問を投げかけてくる。何となく噂の高校生を見にきたなんて言いにくい。
もみじが答えに窮していると、隣の一華が満面の笑みを浮かべて口を開く。
「もみじお姉ちゃんは、双葉のことが心配だったのよ~」
「ちょっと、変なこと言わないでよ!」
想像以上に恥ずかしいことを言われ、もみじは一華に抗議の視線を送る。
確かにそれも理由の一つではあるのだが、それなら「高校生を見にきた」と言われた方がマシだった。
「なんかよく分かんないけど、ありがとう!」
双葉の笑顔に少し照れ臭さを感じつつ、もみじが周りのメンバーを確認する。そこにいたのは少年野球クラブのメンバーで、一応面識のある少年たちだった。
「──で、何やってたの?」
もみじは双葉にそう尋ねる。
周囲には野球道具が置かれてあるし、双葉たちも額に大粒の汗をにじませているので、野球の練習をしていたことは見て取れる。
しかし、噂の高校生の姿は見えない。
「もう、単刀直入に聞けばいいのに~。ねぇ、高校生のお兄さんはどうしたの?」
もみじの遠回りな質問に一華は少し呆れたような表情を浮かべる。そして、単刀直入に噂の高校生はどうしたのかと双葉たちに尋ねた。
「お兄ちゃんなら一回家に帰ったよ。でも、もうすぐ帰ってくると思う」
どうやら練習に付き合って、一旦帰宅したらしい。
「──帰ってくる?」
「うん。なんかね、家に使わなくなった野球道具があるんだって。それを私たちにくれるって!」
しかし、双葉が言うにはもう一度帰ってくるらしい。それも、使わなくなった野球道具を双葉たちにあげるためだと言う。
「……それで、あいつら残ってるの?」
もみじはグラウンドで待っている少年たちの方へ視線を向ける。6人の少年たちが嬉しそうにグラウンドで話している。
すると、一人の少年がグラウンドの入り口付近の方を指さす。
「あ、お兄ちゃんだ!」
話し込んでいると後ろの方で物音がする。もみじがその方向へ振り返ると、そこには長身の男性が丁度グラウンドに入ってくるところだった。
はじめて会う人がそこにはいるはずだ。しかし、もみじはその男性の顔を最近見ていた。
「──双葉、あの人があんたが言ってた『お兄ちゃん』?」
もみじはその男性から視線をそらさず、双葉にそう尋ねる。その声色からは真剣さが感じ取れる。
「そうだよ。私にグローブをくれた『お兄ちゃん』!」
無邪気な笑顔で双葉はそう言い残し、その男性の方へ駆けていく。
「ねぇ、知り合いなの?」
一華はもみじの顔を覗き込みながらそう尋ねる。もみじは、それほどに真剣な表情を浮かべていた。
しかし、もみじは首を横に振る。
「知り合いじゃない。……でも、最近『雑誌』で見たよ」
そう、そこには野球部の部室で見た顔が見える。
「なんで『浅賀旺士郎』がこんなところに……?」
もみじの呟きは、少年たちの活発な声にかき消されていく。
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