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3 恋




「じゃあ、いくよー」

「はい! お願いします!」


 もみじは家の近くにある空き地まで紗月を連れて行ってキャッチボールの相手をすることにした。


 それにしても、どうして急に野球に興味を持ったのか気になる。

 紗月はよく家に遊びに来ていたので、大体どんな子かは理解している。基本的には内気な性格で真面目。双葉と遊ぶ時も、大体家の中で絵を描いたり、テレビを見たりするような子だ。


 もみじは山なりのボールを紗月に向かって投げる。紗月はそのボールの行方を目で追いながら、左右に体を揺らして必死にボールを取ろうとする。


 しかし、ボールの真正面には入れたものの、グローブの中に捕球させることはできなかった。


「あぁ~、落としちゃった」


 紗月は捕球できなかったことに残念そうな表情を浮かべている。しかし、もみじは彼女の動きに注目していた。


「どんまい。でも、ボールの正面に入れてる。初めてなのに凄いじゃん」


 もみじは紗月の動きを見て、ボールの正面に入れたことを褒める。


「そうですか? ありがとうございます……」


 少し照れたような表情でボールをもみじの方へ投げる。投球フォームこそ素人のそれだが、大体10メートルほどの距離を届かせることができた。


「へぇー、思ったより筋いいかも」


 もみじは紗月には野球の才能があるのではないかと感じていた。







「今日はありがとうございました!」

「別にいいよ。暇だったし」


 10~20分くらいキャッチボールをして、今日は引き上げることにした。基本的な投げ方や捕り方を少し教えただけだったが、紗月はもみじに感謝していた。


「ねぇ、どうして急に野球がやりたくなったの?」


 もみじはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


 少しずつ「女子野球」も人気になってきているとはいえ、今でも女の子が野球を始めることは珍しい。それも内向的な紗月が野球に興味を抱くとは、何かあったのではないかと考えるのが普通だろう。


 紗月は少し顔を下に向ける。心なしか少し顔も紅潮しているように見える。


「……実は、気になる人が野球をやっていて」


 ──わぁ、意外とませてる。


 紗月の意外な回答に、もみじは驚きを隠せない。あの内向的な紗月が、「恋心」が理由で野球を始めようと決心するとは。意外と積極的だということが分かった。


「あの、変ですよね。でも、双葉ちゃんもやってるし、私も負けたくないんです!」

「え、双葉に?」


 もみじは、紗月の言葉に少し引っかかりを感じる。

 双葉に負けたくない。もしかして、紗月の気になる人って……。


「──ねぇ、もしかしてその人、結構年上だったり?」


 もみじの言葉に、紗月は首を縦に振る。表情はまさに乙女の()()だった。


「そっか……そっか……」


 もみじはもうそれしか言えない状況になっていた。


 お母さん、最近の子は思ったより進んでるよ……。









「――てことが昨日あって」

「へぇ~、あの紗月ちゃんがねぇ」


 紗月とキャッチボールをした翌日、もみじは数少ない女友達である後藤一華(いちか)の家に遊びに来ていた。


「その後も大変だったよ。野球に目覚めた双葉が『私、野球部に入る!』って言いだして……」


 ぐでーんと一華のベッドに横になりながら、もみじは昨日の話をする。昨日も、その高校生に練習を見てもらったようで、その結果野球部でやる自信がついたそうだ。


「佐恵子さんは何て?」

「『あらあら、良いじゃない!』だって」


 佐恵子は、双葉が初めて自発的にやりたいことを見つけたことで、すごく喜んでいた。もみじとて双葉が野球を始めることには大賛成なのだが……。


「問題は紗月ちゃんか~」

「そう! まだ双葉は気づいていないみたいだし、私もおいそれと言い触らすわけにもいかないし……」


 双葉が野球を始めれば、おそらく紗月もやりたいと言うだろう。しかし、野球を始めるにはグローブやスパイク、練習用のユニホームなどそれなりの出費が必要になる。そして、女の子が野球を始めることに両親も心配するだろう。


「紗月ちゃんの心配もいいけど、もみじは自分の心配もしないとね~」


 もみじが「う~ん」と頭を悩ませているところに、一華から声がかかる。


「分かってます~。……でも、そう簡単に決められないよ」


 一華の言う「自分の心配」について、もみじ自身よく分かっている。もみじが行う選択は、女子野球部のある学校へ進むか、男子に混ざって野球を続けるかである。


 しかし、女子野球部があるのは県内では「私立」しかない。推薦入試を受けるのであればそこまで急ぐ必要はないのだが、一般で入るなら「受験勉強」が待っている。


 幸い、私立の女子野球からいくつか推薦の話を貰っている。しかし、推薦で高校に入るのは少しリスキーな一面もある。


 どちらにせよ、できるだけ早く選択しなければならない。


「――そういえば、今日も双葉ちゃんはその高校生の所へ行ってるの?」


 もみじが答えに窮しているのを見て、一華は話題を変える。


「うん、今日も朝早くから出ていったらしい」


 もみじは今日も遅く起きたため、その頃には双葉の姿はなかった。


「へぇ~。なんか気にならない? その人」


 一華はもみじにそう(はや)し立てる。確かに、もみじ自身すごく気になっている。


「……まぁ、気にはなるけど」

「だよね!!」


 もみじの答えに一華は食い気味に被せてくる。もみじは、一華の表情をみて、少し嫌な空気を感じ取る。


「もしかして……」

「うん、すこーし見に行かない?」


 やはり、もみじの勘は当たっていた。一華の目は、「好奇心」で輝いている。


「だって~、すごく気になるでしょ? あの紗月ちゃんを恋に落とし、双葉ちゃんに野球を教えているイケメン高校生。……ね、一見の価値ありでしょ?」


 確かに、その通りだ。


「それに~、双葉ちゃんの教育上いいものか確認するのも姉の役割じゃない?」

「……はぁ、分かったよ」


 もみじは、一華の押しに負けてしまった。


 すこし気の引ける思いだったが、一華とともに、双葉たちが練習しているという河川敷近くにあるグラウンドへ向かうことにしたのだった。





今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


誤字脱字等ありましたら「誤字報告」にて知らせてもらえるとありがたいです。また、なにか感想等ございましたら、こちらも頂けると嬉しいです。

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