2 妹
「あれ? 双葉は?」
蔵にあった荷物を自分の部屋に運び終えたもみじは、いつもなら「遊ぼう!」と声をかけてくる妹の姿が見えないことを不思議に思った。
「あの子なら、今日は昼ご飯を食べてすぐに出ていったわよ。午前中も外に行ってたみたいだし、新しいお友達でもできたんじゃないかしら」
「へぇ~。まぁ、どうせ紗月と遊んでるんじゃない?」
小学5年生の双葉は、同級生の紗月とよく遊んでいる。ただ、大体はどちらかの家で遊んでいることが多いようで、大体午前中遊んで午後は家にいることが多かった。
「……彼氏でもできたんじゃない?」
もみじは飲みかけていたお茶を吹きかける。
「彼氏!?……さすがにないでしょ」
もみじの反応を見て、佐恵子はいたずらな笑顔を見せる。
「そうかしら? 最近の子供は進んでるって聞くし、あの子モテるらしいわよ」
「ないない、それだけは絶対! 私だってできたことないのに……」
もみじは佐恵子の発言を強く否定する。しかし、そう思いたいだけで確たる証拠があるというわけではなかった。
◇
すぐに自分の部屋に引き上げていったもみじだったが、どうしても双葉のことが気になっていた。
もみじはこれまで彼氏などできたことがなかったが、別にモテないわけでもなかった。
容姿はかなりいい方で、学年でもトップレベル。そして、竹を割ったような性格で表裏もない。話しかけやすいという点でも、彼女は男性から魅力的に見えていた。
そして、双葉の顔は姉妹ということもあってか、もみじにそっくりだった。つまり、モテていても何ら不思議はないのだ。
「ただいま~!!」
自室で悶々と考えごとをしていると、玄関から双葉の元気な声が聞こえる。いつもよりも少し声のトーンが高いように感じる。
「お母さんが変なこと言うから……」
もみじはそう呟きながら部屋を出る。
「おかえり」
「あ、お姉ちゃん! ただいま!」
──あれ? 顔は紅潮していて、いつもより元気がある。
もみじは心の中で、目の前の妹の様子からさっきの母親との会話を思い出す。
「今日は、紗月とあそんでたの?」
もみじは核心には触れないように遠回りな質問をする。
「午前中はね。お昼からは違うけど」
「へぇー……」
これはどっちだ?
もみじは、双葉の友達について紗月しか知らない。他の女友達と遊んできたのか、それとも……。
そこまで考えて頭を大きく振る。すると、双葉が手に持っていたある物に目が行く。
「──グローブ?」
双葉は青い少年用のグローブを持っていた。もみじの記憶上、キャッチボールはしたことがあるけれど、双葉は自分のグローブは持っていなかったはずだ。
「これね、お兄ちゃんからもらったんだ!」
双葉は満面の笑みでグローブをもみじに見せびらかす。どうやらこれが機嫌がいい理由のようだ。
それにしても……。
「お兄ちゃん?」
双葉が言っていた「お兄ちゃん」が気になって仕方がない。
「すっごいイケメンのお兄ちゃん! なんか一人で練習してたから声掛けたんだ。そしたらキャッチボールしてくれて、このグローブもくれたの」
「へぇー、何年生の子?」
もみじはその少年を想像しつつ、そう尋ねる。双葉が持っているのは少年用のグローブだし、1学年上くらいのものだろうと予想する。
「えっとね、それは聞いてない。でも高校生くらいかな」
「え、高校生!?……あんた大丈夫なの?」
予想外の答えにもみじは目を見開く。
「なにが大丈夫じゃないの? すっごく優しいし、すっごく上手だったよ。たぶんつよい学校のひとだと思う」
双葉はそう言い残して鼻歌を歌いながら、リビングの方へ向かっていった。おそらく貰ったグローブをお母さんに見せびらかしに行くのだろう。
「それにしても、『グローブ』か……」
もみじは、蔵から出てきたグローブの事を思い出す。
「お姉ちゃん! グローブってどうやってみがくの?」
しかし、双葉の大きな声でその思考は一旦停止される。
「ちょっと待って。すぐ行くから!」
そう言って、もみじはグローブの整備に使う道具を持って、双葉の声がする方へと駆けていく。
『あーっと、捕れない! これはランナーが返ってきそうです!!』
「ふわぁ~、おはよう」
もみじはいつもより大分遅い時間に目を覚ます。そして、朝ご飯を食べようとリビングへと向かった。リビングでは佐恵子が洗い物をしており、テレビでは実況の声が流れていた。
「おはようって、もう10時近いわよ」
もみじは時計を確認する。
9時45分。確かにもうすぐ10時になる。
「あれ、今日って縞黒高校の初戦だっけ?」
「昨日そう言ってなかった?」
確かに、昨日そんな話をしていた気がする。
テレビには「9-0」というスコアが表示されている。そして、黒い縦縞のユニホームを着たチームの選手が、ちょうどホームに生還するところだ。
「ちぇ、10-0か。圧勝じゃん」
もみじは忌々し気にテレビに悪態をつく。
黒い縦縞のユニホームを着ているのは、もみじの住む県の代表、縞黒高校だ。県内では圧倒的な実力を持ち、中にはプロの世界へ進む者もいる。
しかし、それ故に野球をやっている県内の中高生からはあまり良い印象を持たれない。一校が強力すぎると、中々甲子園への道は開けないからだ。
「双葉は?」
もみじは周りを見渡して、双葉がいないことに気が付く。
「朝一番で出ていったわ。……これはボーイフレンドかしらね」
昨日、磨いてリビングに置いてあったグローブがない。つまり、双葉はその高校生の男子の元へ行ったのだろう。
「いやいや……犯罪でしょ」
「そうかしら? 年が離れているって言っても、せいぜい6、7年でしょ。私なんてお父さんと10も年が離れてるわよ?」
佐恵子はニコニコしながらもみじにそう答える。
「それはそうかもしれないけど。それとこれとはまた別問題でしょ」
そんな言い争いをしていると、玄関の方で声が聞こえた。
「あのー、双葉ちゃんいますか?」
それはとても聞きなれた声だった。
「あら、紗月ちゃんだわ」
一言そう呟いて、佐恵子は玄関の方へ向かう。おそらく、紗月が双葉と遊ぶために家に来たのだろう。
少し時間が経って、紗月を連れて佐恵子が返ってくる。
「ねぇ、もみじ。あなた今日暇でしょ?」
「え? まぁ」
佐恵子の唐突な質問に、もみじは驚きながら素直に答えてしまう。しかし、答えた後すぐにこの後の展開が分かってしまった。
「じゃあ、紗月ちゃんと遊んであげて」
「あの、お願いします!」
佐恵子の発言の後に、紗月が元気よく頭を下げてそう言う。
実際何もすることはないし、暇なのは確かだ。しかし、小学生と一緒に遊ぶのは正直厳しい。それも、紗月はもみじとは違って真面目で可愛らしい性格をしている。
正直言って話が合うとは思えなかった。しかし、こうお願いされては無下に断ることもできない。
「……はぁ。はいはい、分かりました」
もみじは耐え切れずそう答える。
「ありがとうございます!!」
紗月は、ぱあっと顔に笑顔を浮かべて礼を言う。
「──で、何して遊ぶの?」
おままごとか、それともお絵描きか?
もみじはこれからやらされるであろう遊びを頭の中でイメージする。しかし、紗月から返ってきた言葉は想像もしないものだった。
「あの、野球を教えてほしいんです!」
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
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