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21 もやもや



 夕暮れの部室は、部員たちの熱で満ちていた。

 これまで、少人数での活動を余儀なくされていたこの部室も、新入部員によってにぎやかになった。


 初日の練習は、主に新入部員の能力チェックに費やされた。フリーバッティングによるミート力や長打力の有無を確認したり、ノックによる守備適正のチェック。そして、遠投距離を計測したり、投手経験者には軽くピッチングを課した。


「──お先に失礼します」

「おぅ、お疲れ」


 先に着替え終えた新入部員たちが早めに部室を後にする。

 2、3年生の中にもすでに着替え終えている部員はいるが、帰ろうとする動きはなく、部室に据えられているベンチに座っていた。そして、1年生最後の1人が部室を出て行ったところで、キャプテンの近衛は後ろポケットからメモ帳を取り出した。


「……浅賀旺士郎。本当に、すごい身体能力だな」

「ホントっスね。ピッチングは当然っスけど、肩も脚も、ボールを遠くへ飛ばす能力もかなりのもんっス。流石は『金の卵』って感じっスね」


 近衛の言葉に、中野はけらけらと笑いながら同調する。非常に軽い印象を受ける話し方をする中野であるが、根は真面目で誠実な性格をしている。変に曲がったところがないため、3年生たちは唯一の後輩だった中野に好感を持っていた。


 中野の発言は事実だった。

 遠投もフリーバッティングも、浅賀の持つポテンシャルの高さは異常だった。一目見ただけで人を魅了する、そんな選手といっても過言ではない。そして何より、ピッチングはそのどの要素をも覆い隠してしまうほどに、とびぬけた異常さを有してた。


 近衛もそれはよく分かっている。

 しかし、異常なのは浅賀だけではなかった。


「浅賀だけじゃない。杉浦もとてつもない身体能力をしていたぞ。特に顕著だったのは長打力と遠投だったが、この二つなら浅賀以上の能力があるかもしれない」


 ほかの4人も近衛の言葉に大きくうなづく。そして、改めて今年の新入部員を振り返る。


「未来の侍のエースと女房役。そして……」


 そこで近衛は言葉を止める。

 今日の練習で目立ったのは、浅賀と杉浦だけではない。彼らに負けない輝きを放ちつつも、試合には出ることができない、そんな彼女の姿が近衛の脳裏によぎる。


「本当に、黄金世代が来たかもしれないな」


 初日の練習は、とても有意義に終わった。近衛は、いずれくるであろう「黄金期」を夢見つつ、その黄金期の始まりができるだけ早く訪れることを切に願っていた。






 

 日が落ちて、まばらに街頭に光が灯りだした時間帯。もみじは部室を後にした浅賀たちと合流し、いつものメンバーで帰路についていた。……いや、いつものメンバーに+α1人である。


「初日だから、まだそこまでしんどい練習じゃなかったなー。正直、拍子抜けしたぜ」

「そうだな。もっと厳しい練習をするのかと思ってたけど、意外と軽めのメニューだったな」


 高校野球のイメージからか、初日から過酷な練習が待っていると思っていた藤田たちは、新入部員の能力チェックを主とした今日の練習に、すこし拍子抜けしていた。こんな練習がずっと続くわけもないのだが、それにしても簡単なメニューと言わざるを得ない。


 藤田のつぶやきに反応したのは石垣だけだった。その理由は、+α1人にあった。


「齋藤って、家この辺なのか? 俺は寮生活なんだけどさ、あんまりこの辺に詳しくなくてさ、できれば齋藤にこの辺を案内してほしいんだけど」

「……はぁ、なんで私が?」


 不機嫌そうに、もみじは大柄の男子生徒をにらみつける。快活で、もみじの悪態にも一切表情を変えずに押し続けられる+α──杉浦亮二は、異常なまでに打たれ強い精神力をしていた。


 そんな後方でのやり取りを、藤田と石垣は冷たい目で見やる。


「なんか無性に腹が立つな」

「……同じく」


 2人の冷たい目に気づかない杉浦は、相変わらずの爽やかな笑顔を浮かべつつ、もみじと会話(?)を続ける。しかし、この場で唯一流れを変えられる人物によって助け船が出される。


「りょう、その辺にしとけ。齋藤さんが困ってるよ」

「え、困ってるのか?」


 杉浦はもみじの顔を覗き込む。すると、もみじの冷たい視線が杉浦の目に刻まされる。さっきまでは見上げられる、いわゆる「上目遣い」の効果によって幾分かかわいらしく見られたその視線も、同じ目線で受けると受け取り方が変わる。


「……なるほど、これが困っているときの表情なのか」


 杉浦は、何度か小さく頷く。しかし、本当に分かっているのかは謎で、またさっきまでと同じように爽やかな笑顔を浮かべて浅賀と話し始める。


 多少、思うところのある帰路ではあるが、比較的平和に時間は流れていた。しかし、そんな平和な空間に導線に火が付いた爆弾が投下される。


「──あ、旺士郎くん!」


 校門の前。

 夕暮れ時の怪しい空気のなか、彼女の立つその場所だけやけに明るく見える。もう一日が終わろうとしているのに、彼女の髪は朝のまま爽やかさを維持しており、彼女の美しさは世界と隔離されていた。


 先頭を歩いていた藤田は、浅賀とその美少女とを交互に見やる。もみじも同じく2人を交互に見るが、合格発表の日に2人が一緒にいる姿を目の当たりにしているのでさほど驚きはしなかった。ただ、2人の関係性を知らない藤田はそうではなかった。


「おい、浅賀! お前、才賀さんと知り合いなのか?」

「……まぁ、知り合いといえば知り合いだね」

「なに、その嫌な言いかたー」


 才賀悠里は、浅賀の曖昧な物言いに笑顔で不服申し立てを行う。しかし、その言葉には全くの嫌味がなく、彼女の人柄が透けて見える。もし、あの場所がもみじだったら、同じようにはいかないだろう。


 もみじは、そんな意味不明な「たられば」を拭い去るように2人から視線を外す。しかし、もみじの耳はいやでもその会話を拾ってくる。


「ちょっとだけ付き合ってくれない? あの人がね、旺士郎くんのことでうるさいから……」


 「あの人」という単語に、浅賀は一瞬言葉を詰まらせる。といっても、ほんの数秒のことではあったので、浅賀のその反応を目ざとく見つける人物はおらず、小さなため息が浅賀から漏れる。


「──はぁ、分かった」


 浅賀はそう言うと、一緒に帰路についていたメンバーのほうを向く。もみじも、自然と顔が上がって浅賀の顔を見ていた。


 彼の顔に浮かんでいたのは、笑顔。しかし、それはもみじの知る本当の笑顔ではなかった。


「みんな先に帰ってて。ちょっと用事ができちゃったから」

「お、おぅ」


 藤田の返答を受けて、浅賀たちはゆっくりと歩き出す。安岡中組はみなバス通学であるため、神ケ谷高校前のバス停で足を止めることになるのだが、浅賀たちの足はそこでは止まらず、自然とそのバス停を過ぎ去っていった。


「用事ってなんだろうな」


 バス停のベンチで、藤田はそうつぶやく。どんな意図があって藤田がそんなことをつぶやいたのかは謎だったが、その答えを持ち合わせていない面々は、何も言えずに黙り込んでしまう。


 もみじも例にもれず静かになる。別に、2人のことが気になっているわけではなった。浅賀が誰と一緒にいようとも、もみじには何の関係もない。


「……旺士郎の用事、気になるのか?」


 もみじの後ろに立っていた杉浦から声がかかる。寮生である杉浦はバスに乗らないため、もう帰ったものだと思っていたもみじは、彼の言葉に少し驚く。


 そう、突然話しかけられたから驚いたのだ。別に、杉浦の言葉の内容に心が動いたわけではない。


 ゆっくりとバスの姿が見え始める。バスの前照灯は、山に隠れてしまった太陽の光の、弱々しくて心もとない様を強調している。


 もみじはゆっくり立ち上がる。


「別に。あと、案内はできないから」


 ぷしゅーっという音とともにバスの扉が開くところで、振り返ることなく返答する。そして、答えを待たずしてもみじはバスの中へと乗り込んだ。


「……かわいげないなぁ」


 バスの中に消えていく後ろ姿に、杉浦はそうつぶやく。浅賀の言う通り、齋藤もみじという女子は見た目通りの人物ではないらしい。


 まっすぐなのに、すこし癖がある。野球でいうところの癖のある直球を投げる投手(ピッチャー)のように、きれいに捉えるのが難しいタイプの人物だ。


 杉浦が捕手(キャッチャー)だからだろうか。杉浦の心は、そんな彼女の癖のある直球を受け止めたいと思っていた。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


久しぶりの投稿でした。ブクマ数も少ない、あまり読まれていない作品ではありますが、花咲き荘のなかではかなり重要な作品のひとつです。この作品も、少しずつではありますが書いていくつもりです!


稚拙でありながら遅筆でもありますが、今後ともお付き合いいただけると嬉しいです。

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