CAR LOVE LETTER 「Coffee and Apple pie」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:MITSUBISHI Eclipse Spider(D53A)>
兄から、お母さんの訃報が届いた。
私はアナウンサーを生業にしており、毎日の生放送番組も担当させてもらっているため、お葬式には行けないと思っていたのだが、上司の計らいで、新人アナウンサーが私の代打を務める事になり、私は少しの間休暇をもらえる事になった。
実家に帰るのは、実に七年ぶりだ。
大学を出てテレビ局に勤めてからは、一度も敷居を跨いでいない。その理由は、お父さんとの大喧嘩。
お父さんは古い考えの人で、私がアナウンサーになることに大反対だった。
小さい頃からの夢だったアナウンサー。小中高と放送部に所属し、大学でも報道関係を学び、テレビ局への内定も勝ち取り、その夢が現実となるその直前、お父さんと正面衝突。
もしもアナウンサーになるのであれば勘当するとまで言われたが、私も長年の夢を諦められない。
結局お父さんとは喧嘩別れで、顔を見たのもそれっきりだった。
お母さんや兄とは連絡を取り合っていて、お母さんが女性特有の病気を患っていたのは知っていたのだが、まさかこんな事になるほど病状が進行していたとは知らされていなかった。
そんな話は信じられなくて、全然実感が湧かなかったけれど、兄との電話を切ってから、少しずつ背中に重たく現実がのしかかってくる。お母さんが居なくなる。私の心の支えが崩れていくような気がする。私はめまいの様な感覚を振り払い、局の地下駐車場に駆け降りた。
いつも収録が終わるとフルオープンにして、陽光と風を楽しむのが習慣で、バラエティ番組でもとりあげられた事もある私の自慢のエクリプスだが、今日はさすがに屋根は閉じたまま、私は取るものも取らず、実家までの道を急いだ。
久しぶりに訪れる故郷の街並み。
知っているお店の隣に知らないお店が出来ていたり、山が削られて住宅地になっていたり、私の知らない間にこの街も随分変わっているようだった。
お父さんにこの車を見られたら、また何か言うに違いない。私は兄の自宅にエクリプスを置かせてもらい、兄夫婦の車に同乗させてもらうことにした。
故郷の街並みにも驚いたが、一番の驚きはお父さんの変貌ぶりだった。
髪は真っ白になり、顔の皺も増え、七年とはこれほどまでに人を変えてしまうのだと思った。
でも、「元気そうだな。」と口を開いたお父さんのその優しくも鋭い眼光は、七年前から少しも変わっていないようだった。
お母さんは、和室に寝かされていた。本当に安らかな寝顔。
私はそのお母さんの姿を見るやいなや、すがり付いて涙した。
「今にも飛び起きて、晩ご飯の支度をしてくれそうだろ。」と、あの優しくも鋭いお父さんの眼光は、寂しそうにうつむき、輝きを曇らせた。
弔問に訪れる知人の対応や、お葬式の準備などで何かと忙しく、ゆっくり話をする時間がなかなか取れないまま、お父さんは翌日に備えて床に着いてしまった。
私と兄は、今晩は線香の火を絶やさぬ様、寝ずの番をする。
「最近よくテレビ出てるよな。兄貴としてこんな妹を持てて、鼻が高いよ。」
テレビの話から、お母さんの病気の話、兄夫婦に子供が出来た話など、家族の近況を聞く。
そして、思いも掛けないお父さんの話も聞いた。
私がテレビに初めて出演した時から今まで全ての番組を録画しているそうだ。
機械は全く触らない人だったのに、インターネットで私の出演番組を調べたり、兄にビデオの使い方を教わり、最近ではそれをDVDに編集までしているそうだ。
「あんなに反対してたけど、知り合いにはお前のこと物凄く自慢してるんだぜ。」
まさか、あのお父さんが私のことを応援してくれていたなんて。
私は兄やお母さんに、お父さんの悪口を言っていたことを、強く強く後悔した。
お葬式でのお父さんは、溢れそうになる涙をこらえ、お母さんを見送った。
人前で涙を見せるなと私たちに言ってきたお父さん。式の途中で誰も居ない控室に下がり、また式に戻る姿があった。
きっとそこで、こらえきれなくなった感情を吐き出していたのだろう。
お母さんが小さな骨壺に納められ、四十九日の繰越し法要を済ませ、激動の3日間がやっと終息する。十分な睡眠が取れなかったことと、泣き疲れもあり、お葬式の後は家族全員バタンキューだった。
しかし、あっと言う間の3日間でもあった。
今まで何十年も共に過ごして来た人とお別れするには、この3日間の儀式だけではあまりにも短か過ぎる。
私ですらそう感じるのだから、もっと長い時間を共に過ごしたお父さんには、その感覚は更に強いものだろうと思う。
翌日、私は少々朝寝坊した。久しぶりの朝寝坊。いつもは朝の番組の為に、絶対にあってはならない行為だ。
リビングに降りると、お父さんはもう起きていて、テレビを観ながらコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。」
私が声を掛けると、お父さんは少し枯れた声で、「おぉ。」と応えた。
テレビには私のつとめる番組が流れている。何だかとてもフクザツな気分。
「この番組の司会は、やっぱりお前じゃなきゃつとまらんな。」
お父さんはコーヒーをすすりながら、ポツリとそうつぶやいた。
やっとお父さんとゆっくり話をする時間が出来たのだが、何から話したらいいのか。
無言のまま暫く時間が経ってからお父さんから会話の口火を切ってきた。
「お前まだ、あの番組でやってたオープンカー、乗ってるのか?」
まさか車の話題が出るとは。
でもテレビで私のエクリプスが出たのは一回きりだし、しかも尺もほんの少しだったのに。
それをチェックしてくれていたのだから、兄の言っていた事は本当だったのだ。
お父さんは、オープンカーで出かけようと言い、近所の行楽地の住所を示した。
私はお父さんを助手席に乗せてエクリプスを走らせた。とっても不思議な気分。
「なあ、屋根はどうやって開けるんだ。」とお父さんは聞いてきた。
私は信号待ちのタイミングで、ソフトトップを開け放った。
柔らかな陽光と風が、私達を包む。
「何とも気持ちがいいな。」と、またお父さんがポツリとつぶやく。
お父さんに案内された所は、ログハウス風の小さなカフェだった。
コーヒーと、ケーキの焼ける甘く芳ばしい香りのするお店だ。
私達兄妹が独立してから、お父さんとお母さんは二人でいろんな所に足を運んだそうだ。そこで見つけた、このカフェ。
飛び入りで入った店だったけれど、コーヒーとアップルパイが本当に美味しくて、以来ここにはちょくちょく訪れる様になったと言う。
私とお父さんの前に、そのコーヒーとアップルパイが運ばれてくる。
甘い物が大好きな私は、自然と笑みがこぼれる。
お父さんはアップルパイを頬張る私を、優しい表情で見つめ、こう言った。
「お前、綺麗になったな。若い頃の母さんに、仕草とか似てきたよ。」
そこから、お父さんはゆっくりと話を始める。
私と大喧嘩した後、お父さんは本当に後悔したそうだ。私が一番やりたい事をやるべきだ、本心ではそう思っていたのだけれど、得体の知れないテレビ業界に、私を送り出したくなかったのだと言う。
その後は、兄から話を聞いた通り。
実は私の出る番組に投書をくれたり、公開放送に来てくれた事もあったそうだ。
今まで私の中で空っぽだった「お父さん」という入れ物が満たされて行く感じがする。
同時に、昨日まで一生分流したと思っていた涙が溢れてくる。
「ほら、コーヒーとパイが冷めてしまうぞ。」
そう言うお父さんの瞳にも、涙がにじんでいるように見えた。
「お母さん」という心の支えを無くしてしまったけれども、今度は私には「お父さん」と言う心の支えが出来上がった。本当に強い、心の支えが。
私の帰り際、お父さんは、「まさかお前、芸人やスポーツ選手と結婚するんじゃなかろうな?」と聞いてきた。最近バラエティの仕事も増えてきているからかしら?
「安心して。私が今お付き合いしているのは、大学の時の同期だから。」
そう言うとお父さんは、ちょっとフクザツな表情をみせた。
そして、「今度は二人で遊びに来い。」と。
翌日から私は、また番組に戻った。
テレビではどんなに辛い事があっても、それを表に出す事は出来ない。
お父さんとのコーヒーとアップルパイがなければ、私は立ち直れなかったかも知れない。
ありがとう。お父さん。
今日も収録後に、エクリプスをフルオープンにして、柔らかな陽光と風を感じて走ろうと思う。
お父さんとのアップルパイの香りを、思い出しながら。




