運命の出会い
「は――」
「きゃああああああああああ!!」女子生徒のモノであろう悲鳴が教室にこだまする。
「うわああ」「ええ」「な」「にげ」「たすけ」「あ。ああ」「」「しの」「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、うっ」
悲鳴と供に、悲鳴を上げる前に、クラスメイト達が殺されていく。血飛沫をあげて。
首を、胸を、胴を、腹を、斬られていく、刀を振るヘッドフォンを付けたの女に。
「ね、ん、め、ね、ネコ、に、逃げっ」恐怖で口が回らない。
「無理だよサンガツ君、僕はここで死ぬんだから。君だけでも逃げなよ」
ネコがやけに落ち着いている。悲鳴が逃げようとするクラスメイトから悲鳴が。
「ありがとねサンガツ君。僕みたいな化け物と楽しく会話してくれて。僕は今日死んじゃうから付き合えないけど、君には運命の人がいるみたいだから、その人とお幸せに」
「ま、」声が出ない。足が震えている。
「それじゃあね、サンガツ君――愛してるよ」
俺に笑いかけたネコは席から立ち上がって殺人鬼の方へ歩き出す。悲鳴が一つも聞こえなくなった静かな教室は赤色で染められ血なまぐさい。鮮血に染まった黒のセーラーを着た殺人鬼は残った俺とネコに刀を構えてゆっくり近寄ってくる。
鎌を刀に変えた死神がネコに斬りかかろうとする。
駄目だ、行くなネコ! 足を足を足を! 足を! 嫌だ! 死ぬなネコ!
「だあああああ」
立って、走って、刀を振り被った女の前からネコを弾き飛ばす。刀がせまる。
あーあ。俺が本当に主人公だったらなあ……。と一つ後悔。
しかも、これじゃあ時間稼ぎにしかならない。結局ネコも救えない、と二つ目の後悔。
それと……いや、三つ目の後悔は流石に、後悔し過ぎでは?
なぜ斬られない?
目を開けると、目の前で刀が止まっている。死ぬ間際に覚醒した?
なんて考えていたら、女は俺から刀を引き、横を通り過ぎて、俺に押されて倒れたネコの心臓に刀を刺した。「がうっ」小さな呻きと供に口から吐血し、ネコの目から光が消えていく。女が胸から刀を抜くと、抜いた部分から噴水のように血が飛び出し、近くにいる俺と女にかかる。ドロリとした感触。先ほどまで生きていた事が分かる生温かい血。
女はヘッドフォンを外して首にかける。
「なんで?」どうして?
「何が? もしかして私が君を殺さない理由?」
顔にかかった血を自分の制服の裾で拭いながら。
「私がアナタを殺さないのは、アナタが主人公席に座ってたからよ……でも、君が能力を持っていないなら殺すしかない」
物騒な事を言い、顔の血を拭い終わった彼女の顔を直視した時、俺の胸が高鳴る。
超絶美少女が目の前にいた。
殺人鬼としてお似合いな悪魔的な笑みを浮かべ、もし死神がこんなに綺麗だったのなら彼女に会うために死を選んでしまいそうだ。長い髪の毛に血がベッタリと付着しても艶を感じさせ、スカートから伸びる引き締まった生足は脚線美を主張してくる。
「おーい? 大丈夫?」俺の顔面の前で刀をヒラヒラさせる美少女。つうか危ねえ。
「俺も殺すのか?」
この死神になら殺されてもいいと思いつつも本当には死にたくはない。いのちだいじに。
「だから、アナタが能力を持ってなかったら殺す」
「能力……」思い当たる節がある。
「えっと、何の能力だっけ……あ、そう、味蕾持ちだ」誰でも持っているぞ、その能力。
「未来予知?」「そうそれ」「俺じゃないですよ」「え、嘘?」死んでいるネコを見る。
「多分そいつがアナタの探していた人ですよ。さっきも俺を占ってくれてました」
可愛い顔のまま力なく倒れている。勢いよく飛び出ていた血も、身体からほとんど出し切ったのか出血が治まっていた。
「あちゃーマジか。氷華さんに怒られちゃう。この子もう死んじゃってるよね?」
刀でネコをツンツン突くが、ネコはビクともしない。もう生気を感じられない。「あっ」プスリと突く剣先がネコの身体に少し刺さり傷口から少量の血が流れる。それでもネコは動かない。当たり前である。誰が見ても死んでいるのだから。
「おかしいな。能力者って主人公席に座っていると相場が決まっているんだけど。まあ、それは私だけの相場なんだけど。でも。ここで死んだって事は物語の主人公に成り得ない、その程度の存在だったって事よね。うん、それなら仕方ない、私は悪くない!」
なんだこの人? ネコも変な人間だったけど、コイツはもっとやばい。人間じゃない。
「おっと、ほったらかしてごめん。教えてくれてありがと。じゃあ、ゴメン死んでくれる」
あー、やっぱり死ぬのか。というか、俺がネコの席に座ってなかったらネコは死なずに済んだって事なのかな? 悪い事をしたかも。俺も今そっちに行くぞー。
上段に刀を構えられる。縦に真っ二つにする気だろうか? 出来ればネコのように綺麗に殺して欲しいのだが。
「? 随分落ち着いているわね。さっきまで普通の人と同じように取り乱してたのに」
「何事も諦念の心だって森鴎外も言ってましたから」内容はよく知らないけど。
「ふーん? 変な人ね」アンタには言われたくない。
しかし、この人もネコと同じで俺と普通に話している。嫌悪も持たずに。この人がもしかして占いの『運命の出会い』なのだろうか? 俺を殺そうとしてくるのだから、ある意味運命的だけど。ネコに幸せにって言われたんだけどなあ……。
「あっと、また無駄話をしちゃった。じゃあね、バイバイ」
刀が振り――
「あっ、ちょっとタンマ!」降ろされる前に叫んだ。誰が? 俺が?
「ん? どうしたの?」律儀に刀を止めて降ろしてくれる。他のクラスメイトは問答無用で斬殺していたのに。ヘットフォンをしてないから声が聞こえたとか?
でも、どうしたって、俺はどうしたんだろうか?
「し、死にたくない」諦念の心はどこへ。でも、死にたくない。そう、俺は死にたくない。
「でも、殺す決まりなの。ごめんね?」美少女に可愛らしく上目遣いで謝られると許してしまいそうになる。まあ、許すも何も別に殺される事に恨みはない。俺はただ死ぬのが嫌なのだ。
「チャンスをくれません?」
「チャンスって?」首を傾げられる。
言ってみたものの、何を……あ、そうだ。
「じゃ、ジャンケンをしましょう」
ネコが死ぬ間際に俺に授けてくれた最後の占い。今日24時間限定で俺はジャンケンに関しては敵無し。相手が殺人鬼だろうと、破壊神だろうと、スーパー戦闘民族だろうとジャンケンならば負けない……はず。ネコの力が本物であるなら。
「こんな時にジャンケンって、本当に変な人だね……もしかしたら、私がアナタを殺さなかった事に意味があるのかな? でも能力を持たないただの人間のアナタに意味って?」
色々思案顔で考えている。
「まあいいわ、ジャンケンね。私に五回連続で勝てたら殺さないであげる。そんな奇跡が起こるなら、運命感じちゃう」刀を腰の鞘に納める。手馴れた動きだ。
五連続勝ちか。二分の一が五回連続。確率は三十二分の一でいいのかな? ネコの占いで金を引くよりもずっと確率が高い。
「十連勝したら何でも一つ言う事を聞いてあげてもいいわ」「何でも!?」「うわぁ!?」
それは俄然やる気が上がる。勝つか負けるか、デット・オワ・アライブよりもテンションが上がる。美少女が何でも言う事を聞いてくれる? 男のロマンが今目前に!
「で、でも、五連勝した後に続けるなら、十連勝するまでに一度でも負けたら殺すわよ?それでもいいの?」「いいです!」ここで引くのは男じゃない。
「……………………」絶句の美少女。
「それじゃあ早速行きましょうか。最初はグー」気合の込めた握り拳。今なら、ハンターX2の主人公のにも劣らない念を込められる気がする。
「え? もう? いいの? 死ぬかもしれないのよ?」
「大丈夫です。ジャン、ケン、ポン!」美少女『チョキ』俺『グー』「ポン」「ポン」「ポン」「ポン」あいこ無しの五連勝。
「……こ、これで辞めにしたら?」「お気遣い結構です」ジャン、ケン――
「ポン」「ポン」「ポン」「ポン」「ポン」「ポン」勢い余って十一連勝。
「……なんで?」意味が分からないと言った様子。
「ふっふっふ。さあ、何でも言う事を聞いて貰いましょうか?」台詞が悪役のそれだが、自分で吐いた唾は飲み込んで貰わないと。コッチは命が懸かっていたのだから。
「アナタ、私を騙したわね?」「な、何がです」美少女は、俺をキッと睨みつけてくる。美人の睨みは凄みが増す。
「特別な能力はないって言ったのに、ジャンケンに勝てる能力を持っているんじゃない!」「そんなしょっぱい能力があってたまるか!」どこに需要があんだよ……今か。
「でも、ありえない、ありえないでしょ普通!」取り乱し始める美少女。
「勝ちは勝ちなんでねえ」なぜ命を握られている側が強く出ているのだろうか? 機嫌を損ねて普通に殺されかねない。いつガンガンいこうぜに作戦が変わったのだろうか?
「……分かったわ。どうやら、ただの人間ではないみたいだから。殺さないであげる。で、でも、何でも言う事を聞くのは……」赤くモジモジし始める。クラスメイトを大虐殺した人物と同じには見えない。
「大丈夫です。俺も一人の紳士ですから。変態的なお願いをする気はないですよ」
「そうなの?」驚いた顔をしている。余程信用がないらしい。
「俺からアナタに対して願いは一つだけです」
美少女に対する俺の願い。
「俺と付き合ってください」
頭を下げてお願いする。何でも言う事を聞いてくれるので、結果は分かりきっているが、こういうのは形が重要だと思う。しっかりとした告白は必要だろう。
『君は本当にバカだなあ』とネコが苦笑して俺に言っている気がする。死んでいるから当然気のせいだけど。これがネコの占いの通りこの少女との出会いが『運命』だと言うのならこれでいいはずである。アイツの金当たりは100パーセント当たるのだから。
……ゴメンなネコ、助けてやれなかったけど、お前の分まで幸せになるよ。