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第52話 バレンタイン・ラプソディ④ 途方に暮れているんだよ…。

「ほれ、みうみう。大根(だいこん)が残ってるぞ。知ってるか?大根(だいこん)、体に()いんだぞ」

「…」

「おばちゃん。卵ともつとはんぺんを追加ね。ほれ、みうみう。お前も、はんぺんを食え。青魚(あおざかな)()り物だぞ。DHAが豊富だぞ。背ぇ伸びるぞ。頭も良くなるぞ」


 ()の地方に()っては、はんぺんと()えば世間一般で()う白いはんぺんでは無く、青魚(あおざかな)を原料に()り上げた黒いはんぺんの事を指す。()の地で育った子供(こども)たちの多くは、白いはんぺんを知らずに育つ(ため)他国(よそ)に出た時に、初めて白いはんぺんを知り、カルチュアショックを受ける子も多々(たた)いる。人によっては、全国的に知名度のあるはんぺんを、態々(わざわざ)『白はんぺん』と、(ささ)やかな侮蔑(ぶべつ)を込めて()う呼び、故郷(ふるさと)のはんぺんの事を(ほこ)りを込めて『はんぺん』と呼ぶのである。()()筆者(ひっしゃ)も大学の時分、大学のサッカー同好会が清水で合宿を張った時の事である。夕食のおでんに(くだん)のはんぺんが(きょう)された。部員の一人が、(おもむろ)に筆者に(たず)ねる。

()れは何だ?」

「何って、はんぺんだよ」

「そんな(わけ)あるかあ。抑々(そもそも)、色が変だろ」

 いくら、筆者が懇切丁寧(こんせつていねい)に説明を()くしても、誰もはんぺんと認めてくれない。(さなが)ら、マタンゴ状態である。(しか)も、所詮(しょせん)多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)である。結局(けっきょく)(くだん)のはんぺんはつみれ認定され、筆者は、はんぺんを知らぬ男として、散々(さんざん)バカにされた過去を持つ。実に不憫(ふびん)な話である。


 (さて)、何とかみうみうの気を引く様にとりなす白坂であったが、みうみうの(はし)一向(いっこう)に進まない。相変(あいか)わらず、心持(こころもち)(うつむ)いた(まま)である。

()れにしても、一体(いったい)、何があったんだ。」

 白坂は誰に語るでもなく、自嘲(じちょう)した。(しばら)くの無言の後、みうみうは重い口を開いた。

「みうみうだって…。(おく)ったよ。しらさか」

大体(だいたい)先刻(さっき)からなんだ。人の事を呼び捨てに。白坂さん、だ。()えるか?」

「しらさか、いーち、にい、さん」

「はっ???」

「みうみう発見したんだよ。しらさかの後に、いーち、にい、って()うと(ごく)自然(しぜん)()えるんだよ」

 白坂は(にわか)眩暈(めまい)を感じたのだろう。(ひたい)に人差し指を当てると、(すべ)てを(あきら)めたかの(ごと)くに(つぶや)いた。

「分かった。(ただ)のしらさかで()い。(ところ)で、(おく)ったって?お前がか?」

「ウッキー、そうだよ。今日は、男の子に甘い物を贈って()い日なんでしょ?」

 白坂は、内心、()幼女(ようじょ)の様な少女にも、恋愛感情が芽生(めば)えている事に、(いささ)か舌を巻き(なが)らも、()れは(おくび)にも出さずに()った。

微妙(びみょう)に解釈がおかしいが、まあ、そんなもんだ。()れで如何(どう)したんだ?」

「うん。でも、目の前でごみばこに捨てられちゃった…」

「はあっ?」

 白坂は(あま)りに驚愕(きょうがく)な展開に(いささ)か驚いた。そして(おもむろ)(つぶや)いた。

流石(さすが)其奴(そいつ)はひでーだろ。いくらこんなんでも花も恥らう乙女(しょうじょ)だ。やって()い事と悪い事があらぁ」

「こんなんじゃないよ。みうみうだよ」

 白坂はみうみうに少し感情移入した。彼の言葉の通りいくらなんでも、少々酷い、少しやり過ぎであろう。

「おい、みうみう。(オレ)()野郎(やろう)に、ちょいと意見してやろうか?(いく)らなんでもひでーだろ。人道(ひとのみち)(もと)り過ぎらぁ」

 みうみうは(あわ)てて止めた。

「待って、しらさか。明彦くんはなんにも悪く無いよ。悪いのはみうみうだよ。みうみうがちゃんとお名前を書かなかったから…」

 如何(どう)やら差出人名の事を()っているらしい。こんな(ところ)でも微妙(びみょう)にピントがずれているのがみうみうなのかもしれない。(しか)し白坂はみうみうの不用意な一言を聞き逃さなかった。

「明彦?明彦ってレスリングの滝の事か?て事はオメーの対戦(デュエル)相手って1年の如月姫(きさらぎひめ)なのか?」

 みうみうも少ししまったと()う顔をしたが、やむを得ずこくりと(うなづ)いた。

()れは…、流石(さすが)に相手が悪いや」

 白坂は渋い顔で自嘲(じちょう)する。如月(きさらぎ)凛子(りんこ)()えば、1年を代表するクールな美少女である。()の頃には、(すで)凛子(りんこ)と明彦は清高(きよこう)のベストカップルとされ、特に凛子(りんこ)は、『立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合(ゆり)の花』と上級生達からも(あが)められ、()存在(そんざい)は他学年にも知れ渡っていた。一説に()れば、2,3年を中心にファンクラブまで存在(そんざい)する様なのである。

「みうみう…、悪いこたぁ()わねえ。可哀想(かわいそう)だが…、所詮(しょせん)(かな)わぬ恋だ。(あきら)めろ」

「ふえーん」

 (ふたた)び、白坂が地雷を踏み抜き、みうみうが泣き出しそうな気配を見せる。白坂も(むかし)馴染(なじ)みの(よしみ)で、みうみうを応援してあげたかったものの、清高(きよこう)屈指(くっし)の評判の美少女相手とあっては、如何(いか)にみうみうがかわいかろうとも、流石(さすが)(いささ)()が悪いであろう。

()れにしてもなあ、いくらなんでも相手が悪すぎるだろ。如月姫(きさらぎひめ)は美人である事は元より、勉強も出来(でき)るし、(おっぱい)もでけーし、3年にはファンクラブもあるらしーぜ」

(おっぱい)なら、みうみう、凛子(りんこ)ちゃんにも決して負けないよ」

 みうみうは気持ち胸を張る。制服の下の両乳房(おっぱい)ははちきれそうである。上級生達からロリ巨乳(きょにゅう)(あが)められる自慢の(おっぱい)其処(そこ)にある。白坂はちらりと()れを見やり、顔を赤らめ(なが)らも()えた。

「くだらねー事で張り合うな!」

「あー、しらさか、今、ちら見した。しらさかのえっち!」

「や、やかましい」

 如何(どう)もみうみうとの会話は、(すべ)てに()いて何処(どこ)か調子が狂う。白坂は子供(こども)の頃からそうであった。

大体(だいたい)、相手はあの如月姫(きさらぎひめ)だぞ。才色兼備(さいしょくけんび)羞花閉月(しゅうかへいげつ)容姿端麗(ようしたんれい)眉目秀麗(びもくしゅうれい)(ほま)れの高い…」

「みうみうだって、弊衣破帽(へいいはぼう)蓬頭垢面(ほうとうこうめん)。おまけに、神出鬼没(しんしゅつきぼつ)とかも良く()われるんだよ」

「四字熟語だから()いってもんでもね―だろ。大体(だいたい)()れ全部。絶対、()められてねーだろ。3年の先輩(せんぱい)たちが如月姫(きさらぎひめ)の余りの美しさに天衣無縫(てんいむほう)とかも()ってたし」

 (しか)し、みうみうも決して負けてはいない。

「ウッキー、みうみうだって()の前、体育の授業中に、すってんころりんした時も、天地無用(てんちむよう)って()われたんだよ」

「おいこら、脚韻(イン)を踏んでいれば()いってもんでもねーぞ。大体(だいたい)、意味が分からんぞ」


 みうみうは白坂との不毛の会話の中にも、多少元気が出て来た様である。おでんを完食すると、正太郎や白坂に(もら)ったコーラ(あめ)やソーダ(あめ)に手を出し始めた。やはり、花より団子と()う言葉もある。色気よりも食い気の方が頭を(もた)げてくるのである。()の内、みうみうは手遊(てすさ)びから飴玉(あめだま)でジャグリングを始めた。()の少女、一見どん臭くはあるものの、手先は(すこぶ)器用(きよう)なのである。水色と赤色の飴玉(あめだま)がみうみうの手の内で踊っている。

「わっ、見て見て、しらさか。四つ玉成功!」

「ほう、意外(いがい)器用(きよう)だな…」

 白坂は素直(すなお)()めた。みうみうの機嫌(きげん)大分(だいぶ)戻って来ている様である。そんな中で(ふたた)び白坂が(つぶや)いた。

「そう()えば、先刻(さっき)高野の野郎(やろう)、なんか、不幸な出来事(できごと)Bとか()っちゃあいたが…。()れは一体(いったい)如何(どう)()う事なんだ?」

「うーんとね。みうみうの自転車がパンクしちゃってたの…。おうちに帰れなくなっちゃったの」

「ふーん。其奴(そいつ)は災難だったな…。()れにしても(しか)し、オメーも踏んだり蹴ったりじゃねーか」

「そーなんだよ。だからみうみう。今、とても途方(とほう)に暮れているんだよ。わっ、見て見て、しらさか!五つ玉成功!」

 みうみうは自身の悲惨(ひさん)境遇(きょうぐう)釈明(しゃくめい)(なが)らも、飴玉(あめだま)のジャグリングで五つ玉を成功させている。

「とても、()の様には見えねえ…。抑々(そもそも)、オメー、『途方(とほう)に暮れる』の使い方、間違(まちが)っちゃあ、いねーか?」

「そんな事無いよ。『方法や手段が尽きて、如何(どう)して()いか判らなくなる』事だよ。今、みうみうの状況が将に()れなんだよ。よし!、しらさか、次は六つ玉にチャレンジだよ」

「とても、そうには見えねえ…」

 (しか)し、六つ玉は流石(さすが)に無理と見えて、飴玉(あめだま)は薄暗い店内の土間(どま)に散らばった。みうみうは(あわ)てて拾い集めるも、コーラ(あめ)とソーダ(あめ)が一つづつ見当たらない。

「ふえーん」

「わっ、馬鹿(バカ)かテメーは。こんな、くだんねー事で泣くんじゃ無え!(オレ)が探してやっから…」

 白坂は()かさず、前店の薄暗い土間(どま)()(つくば)ると、飴玉(あめだま)を探し始めた。


 みうみうは思い出した。小学校1年の時分の話である。子供会(こどもかい)の行事で船越堤(ふなこしづつみ)へ行った事があった。新入生の歓迎の(もよう)しであり、丁度(ちょうど)、桜が見頃である。()の時の事である。(つつみ)の桜が見え出した頃、子供(こども)たちが、一斉(いっせい)に走り出したのだ。みうみうも負けじと走りだしたのであるが、昨夜の雨のせいで出来(でき)泥濘(ぬかるみ)に足を取られ派手(はで)に転倒してしまった。()の際に、みうみうのお気に入りの浅葱色(ライトブルー)のカーデガンが泥だらけになってしまい、()のカーデガンの胸の(あた)りに猫のアップリケがあったのだが、()の猫も、石竹色(ピンク)と黄色の縞々模様の毛糸のタイツも泥だらけになってしまった。()のタイツのお尻の部分には、()れまた、みうみうのお気に入りのウサちゃんのアップリケが施して有ったのだが、()れも泥だらけになってしまった。当然(とうぜん)、みうみうは大泣きである。そんな中で、一人、近所のお兄ちゃんだけは、みうみうを一生懸命(いっしょうけんめい)介抱(かいほう)し、()の日、一日、みうみうの(かたわら)を片時も離れなかった。()のお兄ちゃんは、(なか)ば怒った様なぶっきら棒な(もの)()いであったが、終始(しゅうし)、みうみうの気を引く様に(しゃべ)り続け彼女を(いたわ)り続けた。今にして思えば、()の頃から白坂の(やさ)しい心根(こころね)は、(まった)く変っていなかった。

「おっ、みうみう、有ったぞ。コーラ(あめ)とソーダ(あめ)一個づつ…」

 立ち上がった白坂を。みうみうは呆れた様にまじまじと見つめる。白坂のジャージは(ほこり)だらけである。

「しらさかって、本当に(むかし)から(やさ)しいね」

 白坂は真っ赤になると、

「コラッ、先輩(せんぱい)をからかうんじゃねえ」

 と、()える。だが、みうみうは真顔(まがお)で答える。

「本当だよ。しらさか、(むかし)っから優しかったもん。町内会のお花見の時だけじゃないよ。幼稚園(ようちえん)の鬼ごっこの時も…」

 白坂自身も忘れていた様なエピソードを思い出した。幼稚園(ようちえん)の鬼ごっこなどでは、当たり前の話であるが、当然(とうぜん)、どん臭い子から狙われる。()れもまた、()る意味、社会の縮図であって、仕方が無い(ところ)ではある。最初のうちは満面の笑みで参加していたみうみうであったが、()の内、自分だけが狙われていると気が付くと、(やが)()の笑顔が消えて行った。本来であれば、()の様な児童は『みそっかす』、()の地方にあっては『アメンボ』(鬼にはならない保護)を受けるのであるが、()の場合は、そうでは無かった。そしてみうみうは、今にも泣き出しそうな顔付きで追い掛け始めるのである。(しか)し、みうみうが鬼になった時は必ず、彼女の前には、何故(なぜ)か逃げ遅れたしらさかが、(つね)に居るのである。如何(どう)やら白坂当人も()の事を思い出した様である。

「そんな事もあったっけな…」

 白坂は(うそぶ)く。だが、みうみうは続ける。

偶然(ぐうぜん)じゃ無いよ。何時(いつ)だってしらさかは、みうみうがピンチになると現れるんだ。みうみうが泣いていると目の前に居るんだよ」

偶然(ぐうぜん)だよ」

 白坂は決め付けた。子供(こども)の頃の話は()(かく)、今日の()れは、(まご)う事無き偶然(ぐうぜん)であろう。白坂は思った。

此奴(こいつ)、なりは大きくなっても、中身は全然(ぜんぜん)変らんなぁ)

 白坂は意を決すると、大きく(つぶや)いた。

「えーい、判ったよ。家(まで)送ってってやらあ」

「?」

「鈍い(やつ)だな。後ろに乗せてってやるっつってんだよ」

()いの?」

「ああ…。だけど、本当は二人乗りは絶対にやっちゃあいけねーんだぞ。道交法違反だからな」

 白坂は右手人差し指を立てて警告する。

「ねえ、しらさか、一体(いったい)、誰に向って(しゃべ)ってるの?」

「読者にだよ!」

 なんとも、(わけ)の分からぬ(くだり)をつけていた二人であったが、19時過ぎには帰路についた二人であったのである。


 二人が通った道は大手町通りの一本裏の道、所謂(いわゆる)通学路である。()の道は、以前にもいずなが仔猫(こねこ)を拾った時に描写したが、学生達の通学路として良く利用される道路である。(しか)し、流石(さすが)()の時間ともなると人通りも(まば)らであり、少々心寂(うらさび)しい道路でもある。(やが)て、旧国道1号を横切って小芝神社(おしばじんじゃ)のこんもりとした森を左手に見やり(なが)ら、旧江尻宿(えじりしゅく)の方へ向っていく。みうみうはしらさかのがっしりした胴回りに腕を回し(なが)ら、顔と()の豊満な(おっぱい)を押し付けている。みうみうは悲しい気持ち(なが)らも、少し救われた気持ちになった。そう思うと(ふたた)び涙が込み上げて来た。目の前にはしらさかの暖かい背中がある。しらさかには申し(わけ)無かったが、(ふたた)び声を殺して少し泣いた。悲しさと()うよりは、しらさかの優しさが妙に心に()みたのだ。白坂はみうみうを乗せて爆走する。(やが)ては清水銀座に達すると、白坂は後ろでみうみうが涙を流している事に気がついていた。

()もありなん)

 そうは思ったが、如何(いかん)ともする事が出来(でき)なかった。清水銀座は旧江尻宿(えじりしゅく)である。今でこそ、心寂(うらさび)しいシャッター街と化した()の通りも、()(むかし)は、屹度(きっと)栄華(えいが)(きわ)めた往来(おうらい)であったのだろう。みうみうの()()無い心情が伝播(でんば)したのであろうか、白坂は交差点で信号待ちをしている時、ふとそんな事を思ったりもした。銀座の入口を過ぎると(すぐ)巴川(ともえがわ)である。稚児橋(ちごばし)を渡ると入江(いりえ)地区に入る。旧東海道も江尻宿(えじりしゅく)から直角に折れ、入江(いりえ)方面に向かい現在(げんざい)入江(いりえ)2丁目の三叉路(さんさろ)で西に折れ、追分(おいわけ)方面へと向うのである。白坂とみうみうは旧東海道に別れを告げると、久能路、(すなわ)ち、入江岡(いりえおか)駅方面へと向った。入江岡(いりえおか)駅は切り通しの様な地形の橋上(きょうじょう)にあり、()(あた)りから西へ2km程であろうか、JRと静岡鉄道が併走する形となる。つまり、切り通した地形を鉄道路線が抜けて行く形となっている。余談(よだん)ではあるが、昭和の初期には静岡鉄道の路線は今と違っていたと()う。清水方向から見ると、今の入江岡(いりえおか)付近(ふきん)で、切り通しを抜けずに岡を駆け上がり、今の入江町(いりえちょう)(すなわ)ち白坂たちが今来た道を下り東海道を経て、追分(おいわけ)方面に抜けていたと()う。静岡鉄道の静岡清水線は極めて愚直(ぐちょく)に東海道を踏襲(とうしゅう)していたと()うから、()れは有り得る話である。()()う筆者も、()(むかし)、祖母から()の様な話を聞いた事があった。祖母に()れば、今の追分(おいわけ)踏切(ふみきり)(あた)りで再合流していたらしい。入江岡(いりえおか)から追分(おいわけ)踏切(ふみきり)(まで)如何(どう)()った経路を辿(たど)っていたかを調べようともしたが、()れは徒労に終わった。ネット上にも()の様な痕跡(こんせき)は発見出来(でき)なかったが、唯一(ゆいいつ)、ウィキペディアに(かつ)()の区間に、入江町(いりえまち)駅と追分(おいわけ)駅があったと()記載(きさい)があるのみである。想像を(たくま)しゅうすれば、()追分(おいわけ)街道こそが()跡地(あとち)では無いかと筆者は推測する。(むかし)軽便(けいべん)鉄道の跡地(あとち)が、()の地方の街道として残る。()れは普通にある話であり、庵原(いはら)庵原(いはら)軌道(きどう)跡地(あとち)である庵原(いはら)街道。静岡の安倍(あべ)鉄道の跡地(あとち)(ある)いは、静岡鉄道の静岡市内線の跡地(あとち)、そして、清水市内線、清水港線。(いず)れも今は廃線となってしまった鉄道であり、今となっては往時(おうじ)(しの)ぶ物は何も無い。(すべ)ては時代の波に飲まれ、歴史の中に(うず)もれ、時間の経過と共に風化していってしまっている。(しか)しそんな中で、不必要な(まで)に一直線な道路や、不自然(ふしぜん)な形状の道路であったりと、(わず)(なが)らの痕跡(こんせき)を留める(ところ)がある。()()った発見こそが、退屈(たいくつ)な人生に一服の清涼剤となる発見でもあるのだ。


 (さて)閑話休題(かんわきゅうだい)。筆者の妄想を他所(よそ)に、白坂は(かつ)軽便(けいべん)鉄道が駆けていたと(おぼ)しき入江岡(いりえおか)の坂道を懸命(けんめい)に駆け上がって行く、サッカー部切っての脚力を持つ男でもある。()程度(ていど)の坂道なぞ()でも無い。(やが)て、頂上でもある入江岡(いりえおか)の駅の横を颯爽(さっそう)と駆け抜けると、一気に下りだした。()刹那(せつな)である。


 パーーン。


 凄まじい破裂音(はれつおん)と共に、白坂とみうみうは激しく道路に投げ出された。驚いた白坂はすぐにみうみうに声を掛けた。

大丈夫(だいじょうぶ)か?みうみう」

 みうみうは道路に尻餅(しりもち)をついた格好(かっこう)で、(さなが)ら、木から落ちた仔猫(こねこ)の様な相好(そうごう)できょとんとしていた。

「平気だよ。しらさかこそ怪我(けが)しなかった?」

「ああ、(オレ)大丈夫(だいじょうぶ)だ…」

 白坂はそう()(なが)ら、自転車の後ろの方に回ってみる。

「あーっ、破裂(はれつ)してやがる」

「うわぁ、破裂(はれつ)してるねー」

 みうみうも同意する。タイヤはチューブだけではない、車輪の方までざっくりと裂けていた。白坂はがっくりと肩を落すと項垂(うなだ)れていたが、(やが)て、みうみうの方を振り返ると、遥か下の大通りを(あご)でしゃくり(なが)()った。

此処(ここ)(まで)来れば、直其処(すぐそこ)はバス通りだ。()の時間だ。()だバスもあんだろ。みうみう、お前はバスで帰れ」

「しらさかは如何(どう)すんの?」

(オレ)此奴(こいつ)を引き()って帰らなきゃなんねえ。後は(オレ)一人でやんよ」

 しらさかが()うバス通りとは南幹線の事である。清水区役所から延びる、片側2車線の大通りである。()の道はJRや静岡鉄道静岡清水線の南側を(ほぼ)並行して走り、静岡(まで)繋がっている。余談(よだん)ではあるが、()の先の狐ヶ崎(きつねがさき)()(ところ)に、狐ヶ崎(きつねがさき)ヤングランドと()う静岡鉄道直営の遊園地があった。当時は静鉄電車の駅名も狐ヶ崎(きつねがさき)ヤングランド前と()い、()の名前からも一種の光芒(こうぼう)を放っており、当時の子供(こども)達の(あこが)れの的であったが、時流(とき)の流れには(あらが)えず。已矣乎(やんぬるかな)、30年程前に閉園してしまい、今では大型商業施設に置き換わってしまっている。()の遊園地、抑々(そもそも)の歴史は古く、開園は昭和の2年となっている。()の北原白秋が()の遊園地のCMソングとして『ちゃっきり節』を書いた事が良く知られている。遊園地と()っても、大した規模ではなく、夏はプール、冬はスケートリンクがあり、他にジェットコースターと数点のアトラクションがある程度(ていど)である。(しか)し、当時の子供(こども)達の羨望(せんぼう)の的であった事には変わりが無く、()のヤングランドか、万世町にある花菱(はなびし)百貨店(デパート)の屋上の大観覧車に乗ったと()えば、子供(こども)達の間で賞賛(しょうさん)を集めたのは間違(まちが)い無かったのである。


 (さて)閑話休題(かんわきゅうだい)。白坂の提案にみうみうは真っ向から反駁(はんばく)した。

「いやだ。帰らない」

「ふぁっ?」

大体(だいたい)。しらさかは如何(どう)すんの?」

「だから、(オレ)は自転車を引き()って…」

「だったら、みうみうもお手伝いするよ。こんなの一人で引き()って行ける(わけ)無いじゃない。自転車、本当に壊れちゃうよ…」

「でも、()の時間だし…」

「いーくーのー。みうみうもしらさかと一緒に、いーくーのー」

 みうみうは(がん)として耳を貸さない。白坂は(あきら)めた様に肩を(すく)めた。

「わーい」

 そう()って喜ぶみうみうの顔は、本当に嬉しそうである。(あわ)い月明かりの中。()屈託(くったく)の無い笑顔(えがお)(さなが)ら天女様の様に見えた。


(あれっ、此奴(こいつ)って、こんなに可愛かったっけか?)


 白坂が(いぶか)しんだ程である。


 白坂とみうみうは南幹線を右折する事無く、真直(まっす)ぐに横切った。みうみうがハンドルを握り、白坂が後輪を持ち上げ(なが)ら歩く。二人は桜ヶ丘の通りに出ると右に折れ、病院の方へ向った。(やが)て二人が通った中学校の前を通り抜け、家路を辿(たど)った。割と呑気(のんき)道行(みちゆき)である。二人は学校の事、中学時代の思い出、子供(こども)の頃の思い出を語った。白坂一人では苦行だったかもしれない家路が、みうみうと一緒に居たお陰で何の無聊(ぶりょう)も感じる事無く過ごせた。

「そう()えば、しらさかに謝らなきゃなら無い事があるんだ…」

「何だ」

先刻(さっき)、自転車に乗せてもらった時、背中に体液つけちゃった…」

 白坂はみうみうが背中で泣いていた事を思い出した。

「薄気味悪い()い回しをしてんじゃねぇ。其処(そこ)素直(すなお)に涙でいーだろ」

「ううん。鼻水なの…」

「どわぁ、ばっちい」

 一事が万事、こんな調子であった。

「そう()えば、(オレ)もひとつ気が付いた事があるぜ。お前を(あらわ)した先刻(さっき)の四字熟語。肝心(かんじん)なのが抜けてらぁ」

「?」

天真爛漫(てんしんらんまん)()れが一番しっくり来んだろ」

「えへへ。そうかもね」

 (やが)て、北矢部のコンビニの(ところ)(まで)来た。長い旅路も(ようや)くに終焉(おわり)である。

此処(ここ)(まで)来ればもう平気だろ」

「だーめ。しらさかのおうち(まで)行くの。でも、ちょっと待っててね」

 そう()うと、みうみうはコンビニの店内に消えて行ったが、(すぐ)に、

「お待たせー」

 と出て来た。


 (やが)て、白坂の家である。

「何か悪かったな」

「私の方こそ…。あの、白坂……さん。今日はありがと」

 白坂はすかさず()った。

「無理すんな。しらさか、で()いよ」

 みうみうはホッとした様ににっこりすると、

「じゃあ、しらさか。()れは今日のお礼。今日は男の人に甘い物贈って()い日だから…。でもちゃんと食べた後は歯を磨くんだよ」

()われなくとも磨くわい」

 みうみうはコンビニで買ったと(おぼ)しき白いビニール袋を、白坂に渡すと辞して行った。白坂が自室で中を明けてみると、大福、草大福、豆大福。明彦に贈ったものより一つ多い3つの大福が入っていた。


「大福?」


 白坂は(いぶか)(なが)らも、一つを口にした。


「うまい。矢張り今日のは、特別な味だな」


 そう()ってお茶を啜る白坂君だったのである。

大変長らくお待たせしました。愈々、怪談『第4話 幽霊ピアノインシデント』事件の真相が明らかとなる。って謂っても、もう忘れちゃっていますよねー。次回、『第53話 ピアノ・マン』お楽しみに。

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