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第46話 走れ!祐子【中編(其の1)】

 (さて)抑々(そもそも)、筆者は()の大会の概要(がいよう)しか説明して来なかった。今更(いまさら)(なが)らではあるが、此処(ここ)で改めて詳細(しょうさい)を説明しよう。


 清高マラソン大会は庵原(いはら)の山中約15kmを走破(そうは)する体育の授業の一環の大会である。()のコース自体(じたい)は大変起伏(きふく)()んでおり、庵原(いはら)の街道や農道を使って行なわれている。マラソン大会と銘打(めいう)ってはいるが、起伏(きふく)などを考慮(こうりょ)すると、実際の(ところ)、トレイルラン大会と()う方が相応(ふさわ)しいのかも知れない。庵原(いはら)()う地区は、(おおむ)ね二つの集落(しゅうらく)に分割される形となる。川で説明すると、西に庵原川(いはらがわ)沿()いを中心とする集落(しゅうらく)、そして、東に山切川(やまきりがわ)沿()いを中心とする集落(しゅうらく)である。二本の川は山の切れ目で合流しており、庵原川(いはらがわ)となっている。()の合流地点付近(ふきん)丁度(ちょうど)、平野部に山が突き出している様になるのだが、山を船に見立てると、(わり)(わか)(やす)い。()わば、船の舳先(へさき)の部分。川と川が合流する河内(こうち)付近(ふきん)庵原(いはら)一中、(すなわ)ち、スタート地点とゴール地点がある。全員、スタートをすると校門を出て山切(やまきり)側に向う。道は(やが)山切川(やまきりがわ)を渡り、山切(やまきり)の本街道に出ると、山切川(やまきりがわ)を上流に向って(のぼ)っていく。()の時、草ヶ谷付近(ふきん)の三角点の標高が16。時候(じこう)集落(しゅうらく)を抜け、山切(やまきり)集落(しゅうらく)標高点が23。杉山橋標高が43。奥杉山が56。と徐々(じょじょ)にではあるものの、明らかに40m(ほど)(のぼ)っているのである。そして、()(あた)りから、明白(あからさま)勾配(こうばい)比率(ひりつ)は加速する。戸倉温泉付近(ふきん)は、141m。新東名を越える(あた)りで200mの等高線(コントア・ライン)を越える。そして、高山隧道(トンネル)である。此処(ここ)を超えると、一旦(いったん)、激しく(くだ)る形となる。隧道(トンネル)より此方(こっち)側に降った雨は、庵原川(いはらがわ)にも、山切川(やまきりがわ)にも(そそ)がない。此方(こっち)側に落ちた水は(すべ)興津川(おきつがわ)へと(そそ)ぐ。(すなわ)ち、分水嶺(ぶんすいれい)を越えた(わけ)である。そして、隧道(トンネル)より高山の集落(しゅうらく)に向って一気に(くだ)って行く。(しか)し、()(まま)、ずっと(くだ)りが続く(わけ)ではない。先刻(せんこく)の記述を思い出して(もら)いたい。隧道(トンネル)より此方(こちら)側は興津川(おきつがわ)水系(すいけい)となるのである。(したが)って、庵原(いはら)一中に戻る(ため)には、今一度、庵原川(いはらがわ)水系(すいけい)に戻る必要がある。(すなわ)ち、再び分水嶺(ぶんすいれい)を越える必要があるのである。()れも、帰りは旧道、隧道(トンネル)の上を越えて行くのである。芥川のトロッコでは無いが、(くだ)る分が多ければ、()れ以上に(のぼ)る分が多い勘定(かんじょう)になる。トロッコと異なり、(くだ)り坂が、然程(さほど)、楽な(わけ)では無い。(むし)ろ、急激な(くだ)り坂は、意外と人間の身体を(むしば)む。(くだ)り坂がきつければ、()れだけ、肉体に掛かる負荷(ふか)も大きいのである。()のコースの、()る意味、最大の難所でもある。そして、()の急激な(くだ)りは、()れ以上に、苛烈(かれつ)(のぼ)り坂を競技者(ランナー)に連想させ、激しく心を折って来る箇所(かしょ)でもあるのだ。斯様(かよう)に非人道的な(くだ)り坂は高山の集落(しゅうらく)に当る(まで)、続く。(やが)て、集落(しゅうらく)にぶち当たると、突き当りを左に折れるのだが、競技者(ランナー)は、壁の様に(そそ)り立つ、果てしなく続く(のぼ)り坂を()の当たりにする羽目(はめ)になる。()の道は、高山隧道(トンネル)出来(でき)る前の旧道であるが、高山隧道(トンネル)直上(ちょくじょう)を越える形となる。集落(しゅうらく)を抜けると、竹薮(たけやぶ)の中の様な山肌(やまはだ)()って、農道は幾つかの渓谷(ゴルジュ)等高線(コントア・ライン)沿()いに回りこむ様な形で、(やが)ては先程(さきほど)の高山隧道(トンネル)の上に出て、再び分水嶺(ぶんすいれい)を越える(わけ)である。(おそ)らく、此処(ここ)いら(あた)りが、()のコースの最高標高地点となるであろう。()の道は興津川(おきつがわ)沿()いの和田島地区と、庵原(いはら)の最奥部である吉原、伊佐布(いさぶ)地区を(つな)ぐ、昔からの間道(かんどう)となっているのである。(やが)て、吉原の集落(しゅうらく)辿(たど)り着くのであるが、此方(こちら)先程(さきほど)の新道と異なり、比較的緩慢(なだらか)勾配(こうばい)である。吉原の集落(しゅうらく)を抜けると、中部横断自動車道と新東名の交差点、(すなわ)ち、新清水JCT(ジャンクション)()う様な形で(くぐ)り抜け、上伊佐布(かみいさぶ)、そして、伊佐布(いさぶ)集落(しゅうらく)となるのである。此処(ここ)から先は庵原川(いはらがわ)沿()いの、(ほぼ)、平地と()って良い緩慢(なだらか)(くだ)りであり、庵原(いはら)一中(まで)大体(だいたい)、4キロほど、道為(みちな)りに(くだ)って行く形となる。


 (さて)、男子の部は、大方(おおかた)の予想に(たが)わず六助や一平が主導する、かなりハイペースな展開となった。一平、六助、サッカー部主将(キャプテン)白坂、野球部の坪井、木村そして、陸上部の望月らが、先頭集団を形成する。()集団(グループ)、当初よりハイペース過ぎるスピードで飛ばし、山切(やまきり)街道を爆走して行く。途中、山切(やまきり)集落(しゅうらく)を抜けた(あた)りから、徐々(じょじょ)(のぼ)り坂がきつくなって来る。蜜柑畑(みかんばたけ)竹薮(たけやぶ)の間を()って道は(のぼ)って行くのである。杉山、奥杉山の集落(しゅうらく)を越える頃には、並み居る挑戦者達を(ふる)い落とし、先頭集団は7、8名となっていた。そんな中で、一人、気を吐いたのが、高志である。彼は()の8人の中に、喰らいついており、高山隧道(トンネル)手前の急激な(のぼ)り坂、所謂(いわゆる)、心臓破りの坂も、先頭集団の一角として、臨んだのである。


 一方、女子の部は、主役不在の展開に(いささ)戸惑(とまど)いを隠せない形となった。

(谷澤さんは如何(どう)したの?)

 先頭集団の中では、そんな疑念(ぎねん)が見え隠れしている。()れはそうであろう。結局(けっきょく)(ところ)、当初から、先頭集団を形成するであろうと予測された、谷澤育美、如月(きさらぎ)凛子が何故(なぜ)か不在の中、30人近い大集団が牽引する形となったのである。大集団であるが(ゆえ)の奇妙な安心感。()の心理、同調性バイアスによる()れと少し似ていた。誰も(あえ)てリスクを取ろうとはしない。果然(かぜん)、女子の部の先頭集団は(ひど)くゆっくりとしたペースとなった。


 (かた)や、女子の部、最後尾(さいこうび)の集団(()の中には、祐子は当然(とうぜん)含まれない)。()の中には、(あおい)やみうみうがいたのであるが、かなり自分本位(マイペース)なスピードであった。彼女たちは、(ようや)くに時候(じこう)集落(しゅうらく)に差し掛かった(ところ)だった。()れから、益々(ますます)(のぼ)り坂も厳しくなっていく事だろう。抑々(そもそも)(あおい)は祐子がトラブルに巻き込まれた事など()(よし)もなかったのではあるが、(あおい)常々(つねづね)思っていた。自分より足の遅い生徒は居ない。いるとすれば祐子だけである。(しか)し、祐子は近頃、マラソンの練習をしている様で、最近では、

『最近、走る事が少しだけ楽しくなった』

 英語の授業中に、ニコニコし(なが)(うれ)しそうに語っていた事を、思い出したりもした。


 だが、()の集団の中には、祐子はいない。


 (したが)って、(あおい)は、自分より足の遅い人間が居る(はず)が無いと()う、(ごく)、一般論的な帰納的(きのうてき)推理に()り、此処(ここ)最後尾(さいこうび)である事を確信していた。(しか)し、次の瞬間(しゅんかん)である。


「えっ」


 驚く(あおい)尻目(しりめ)に、圧倒的(あっとうてき)速度(スピード)で、電撃(イナヅマ)の様に、女子の一団が猛然(もうぜん)と抜き去って行ったのである。谷澤、凛子、ひろみ、いずな達だった。

(なんで?)

 (あおい)には驚愕(きょうがく)しかない。

「うっきー。何、今の?」

 横を走っていた、みうみうも(あき)れた様に(つぶや)く。

如何(どう)()う事?)

 勿論(もちろん)(あおい)にも判らない。優勝候補と(もく)される彼女達が、最後尾(さいこうび)と思われていた集団を、今、颯爽(さっそう)と追い抜いていったのである。


 明彦は奥杉山の集落(しゅうらく)を過ぎた(あた)りであった。序盤の難所と()った(ところ)であろうか。今、自分が、全体の中でどれくらいの位置にいるのかすらも、判ってはいなかった。判っているのはトップ集団では無いと()う事だけだった。元より、明彦は中学時代に、レスリングの全中に出場しただけあって、身体能力は()れなりにはある。(しか)し、一方で中学校時代より、スタミナに課題があると()われており、持久走は、然程(さほど)、得意な部類では無かった。


(高志は元より、敬介や正太も見かけないな)


 (おそ)らく、今の自分の立ち位置は、第2集団、(ある)いは第3集団(あた)りなのであろうが、其処(そこ)でボストンティーパーティーの面々を見かける事は無かった。


()れにしても、なんてえ坂だ)


 此処(ここ)から、戸倉、吉原に掛け、一気に100m以上(のぼ)勘定(かんじょう)になる。蜜柑畑(みかんばたけ)の中の、一見、長閑(のどか)な農道も、憂鬱(ゆううつ)に思わざるを得ない。


 正太郎は、黙々(もくもく)自分本位(マイペース)な走りに徹していた。特に、順位などを気にせずに自由気儘(じゆうきまま)に走行していた。()うして山中の曲がりくねった細い農道を走っていると、今の自分の立ち位置は、さっぱり分らない。そんな中で、非常に漠然(ばくぜん)としてでは有るが、判った事が二つある。一つは、(おそ)らく、自分が上位半分にいるであろうと()う事。何故(なぜ)なら、此処(ここ)に到る(まで)数多(あまた)の生徒を抜き去ったが、抜かれる事が(ほとん)ど無かったからである。そして、今一つは、自分が思っている以上に、自分は出来(でき)ると()う事であった。以前にも記述したが、正太郎は小学校時代サッカー部に所属していた。其処(そこ)での日々は、()れなりに楽しかったのではあるが、何しろ、誰よりも足が遅く、誰よりも蹴るのが下手糞(へたくそ)では、如何(いかん)ともし(がた)かった。


(つくづく、(おれ)はサッカーに向いていないな)


 そう、思った。(いや)、思わざるを得なかった。結局(けっきょく)(ところ)、正太郎が小学校時代にサッカー部で得たものは、不必要な(まで)の劣等感であった。


(勉強では苦労した事が無いのに…)


 そう、思ったりもした。(しか)し、果たして、本当にそうなのであろうか? 正太郎は忘れているだけなのであろうが、彼は小学校入学前の本考査に()いて、再考査となっている。正太郎や祐子が通った二の丸小学校には特殊(とくしゅ)支援学級があり、彼は(すんで)(ところ)其処(そこ)へ入る(ところ)であったのである。彼らの学年に()いて、再考査となったのは彼だけであったから、よくよく、境界域(きょうかいいき)の児童であったのは間違(まちが)い無い。当時、正太郎の両親の心痛(しんつう)一入(ひとしお)ではなかったであろう。勿論(もちろん)、正太郎は、そんな事は露程(つゆほど)も知らない。思えば、小学校入学直後(ちょくご)()る時期に、両親がゲーム盤や、矢鱈(やたら)、パズルやクイズの本を買って来ては、寝る前に読む事を(すす)めた時期があったが、四方(よも)やそんな事があったとは、思ってもみなかった。何よりも、小学校卒業直前の知能テストでは、学年最高の知能指数(祐子よりも上との事である)である、142だったのだ。再考査の試験には、両親は沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちで同行したのであるが、当の正太郎は(すこぶ)呑気(のんき)なもので、支援学級内にある、通常の小学校の教室ではありえない様な素敵(すてき)なオモチャや、両親が絶対(ぜったい)に買ってくれそうも無いゲーム盤に、目を輝かせていた。正太郎自身、本考査自体は(まった)く記憶に無かったのであるが、再考査試験の内容は何故(なぜ)かはっきりと覚えていた。屹度(きっと)()のオモチャの(たぐい)が、余程(よほど)素敵(すてき)で、(ひど)く印象に残ったからに相違無い。再考査の内容自体は、バナナ、新幹線、(かさ)、本などのイラストが描かれたカードを見せられて、()れが何であるか問われると()う、実に馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しい物であった。小学校に上がる前の幼稚園児であった彼ですら、素直(すなお)()う思ったのである。

何故(なぜ)()大人(ひと)たちは、こんな馬鹿(ばか)な事を、繰り返し(たず)ねるのだろう?』

 正太郎には不思議(ふしぎ)でならなかった。まあ、()の前の本考査の段階で、彼は合格していなかった(わけ)であり、試験官の先生方を責めるのは、(いささ)か、お門違(かどちが)いも(はなは)だしい話ではあるのだが、正太郎自身、()の様な事は()(よし)も無かった(ため)(いた)し方が無い。


 (しか)し、()れは()る意味、祐子では無く、正太郎であった事が幸いだったのかもしれない。以前に竜爪山(りゅうそうざん)遭難の(くだり)叙述(じょじゅつ)したが、祐子は特に同調性バイアスの補正(ほせい)が掛かり(やす)い。(おそ)らく、他人との相違を嫌う祐子であれば、他の児童がいないと()う、()の、極めて特殊(とくしゅ)な状況での再考査(など)萎縮(いしゅく)してしまって考査(どころ)では無かったであろう。物事に無頓着(むとんちゃく)で、他人のする事など、然程(さほど)、気にも留めない正太郎であったればこそ、何事も無かった様に再考査が受けられたのかもしれなかったのだ。(しか)し、()(のち)、常人以上の知能指数を発揮し続けてきた正太郎が、何故(なにゆえ)、通常の考査の段階で合格しなかったかは、遠い昔の出来事(できごと)でもあり、本人の記憶も無い(ため)、今となっては、余り良く判らない。(ある)いは、考査の段階で、何らかの錯誤(さくご)があったのかも知れぬが、正太郎の気質(きしつ)(かんが)みるに、他人との同一性を極端(きょくたん)に嫌い、他者と違う自分を(まった)く意に(かい)さない。実に些細(ささい)な事に(こだわ)り、自分が関心を持つ物にはとことん執着(しゅうちゃく)する特殊(とくしゅ)偏向(へんこう)。人付き合いが若干(じゃっかん)苦手で、人間関係を構築するのに、割と苦労する。落ち着きが無く、音や光の刺激に、特に音ではあるが、(すこぶ)過敏(かびん)である。正太郎の気質(きしつ)を、()うして並べたててみれば、臨床(りんしょう)心理学や児童心理学の見地からすれば、(すべ)て、馴染(なじ)みのある症例ばかりであり、そう()う意味では、正太郎の、初回の考査の結果は、(あなが)ち、間違(まちが)いではなかったのやも知れぬ。


 (さて)閑話休題(かんわきゅうだい)。凛子たち集団に視線を移そう。谷澤育美を始めとする凛子、ひろみ、いずなの4人は、時候(じこう)集落(しゅうらく)最後尾(さいこうび)(とら)えると、長く長く伸びきった隊列を掻き分ける様に進み、奥杉山の集落(しゅうらく)では第二集団(まで)辿(たど)り着いた。此処(ここ)からは急激な(のぼ)りとなる(わけ)であるが、彼女たちは、然程(さほど)速度(スピード)を落さず、一気に(のぼ)りつめると、戸倉(あた)りで、(つい)に先頭集団を(とら)えたのである。()れには、先頭集団を形成する他の生徒たちは、(さぞ)や驚いた事であろう。不在とばかり思っていた清高の走りの女王(ランニング・クイーン)が、急激な(のぼ)り坂を後方(こうほう)から猛然(もうぜん)と現れ、抜き去って行ったのである。彼女たちは思わず慄然(ギョッ)とした。


(一体、何が起きているの?)


 ()れはそうであろう。()の女王様は、昨年の大会に()いては、並み居る強豪、上級生達をものともせず、スタートからゴールに到るまでの(およ)そ15キロの道程(みちのり)、ぶっちぎりの一人旅だったのである。


 先頭集団の女の子たちが驚いたのは、谷澤の出現だけではない。2年生からすれば、彼女は見慣れぬ1年生の伴走者を3名(ほど)引き連れ、急激な坂道を颯爽(さっそう)()け抜けて行ったのである。ほんの一瞬(いっしゅん)出来事(できごと)だった。一部のランナーたちは(あわ)てて追走(ついそう)を試みるも、(ことごと)くが無残な失敗に終わった。抑々(そもそも)()(まで)、必要以上のスローペースに慣らされた肉体が、丁度(ちょうど)、セカンドウインドの恩恵(おんけい)を受け始めた、谷澤達一向に(かな)(はず)も無く、瞬時(しゅんじ)に置いて行かれたのであった。(しか)し、谷澤はペースを落さない。(むし)ろ、好敵手(ライバル)である、如月(きさらぎ)の追撃を振り払うべく、益々(ますます)、ペースを上げていく。そんな中で、凛子は、()れまた、谷澤に遅れじと、つきあってペースを上げる。ひろみといずなも懸命(けんめい)追走(ついそう)する。()うして、女子の先頭集団は、後発(こうはつ)した4人へと入替って行ったのである。


 ()の頃、男子先頭集団は、丁度(ちょうど)、高山の集落(しゅうらく)に差し掛かった(ところ)である。集落(しゅうらく)に突き当たると、左折(させつ)して旧道を行く事になるのだが、()の道を見上げた瞬間(しゅんかん)(そそ)り立つ懸崖(けんがい)に向って伸びている様に思われた。


(うそ)だろ。此処(ここ)(のぼ)るのかよ…)


 高志は真っ先に思ったが、他の7名は涼しい顔で(のぼ)りだしている。(むし)ろ、少し、ペースが上がった気がした。先頭集団の8名は、黙々(もくもく)と本コースの最難関である高山越えに(いど)みつつあった。()の高山越えの旧道、先程(さきほど)、越えてきた、隧道(トンネル)の新道の上を越えていく形となり、()のコースの最高地点は隧道(トンネル)上の旧道上となる。高志達一行は多少(たしょう)()け引きを行ない(なが)らも、旧道を一気に(くだ)って行ったのである。


 ()の頃、祐子はと()うと、(ようや)くに、山切(やまきり)集落(しゅうらく)に差し掛かった(ところ)であった。行けども、行けども、女子最後尾(さいこうび)の影も形も無い。太ももの擦過傷(さっかしょう)もずきずきと痛み出した。何もかもが不快であった。受身を取った右腕も、強打した腰骨の(あた)りも、水で洗い流した傷口も、()れた靴下も、冷え切った手先も、(すべ)てが不快であった。余程(よほど)棄権(きけん)をしようかとも思った。先生方は、祐子がスタート地点で派手(はで)に転倒した事を知っている。此処(ここ)で祐子が棄権(きけん)したからとて、誰も何も()わぬであろう。


 だが。


 祐子は足を止めなかった。


(次の電柱まで頑張(がんば)ってみよう)


 そして、(くだん)の電柱まで走る。すると、


()だ、頑張(がんば)れる。じゃあ次の電柱まで)


 ()うして、必死に気力をつなぎとめているのである。何も、正太郎との約束の(ため)だけではない。六助、一平、修吾、ヤスベエ姉妹。凛子、いずな、ひろみ。今回のマラソン大会の特訓に付き合ってもらった人々の優しい顔が、浮かんでは消えて行った。正太郎同様、友達作りに苦労した少女である。彼らの想いを無碍(むげ)には出来(でき)なかった。


(私には、棄権(きけん)(ゆる)されない。(いや)、歩く事だって…)


 ()の想いだけで、足を前に出す祐子であった。


 ()の頃、男子先頭集団は新清水JCT(ジャンクション)脇の上伊佐布(かみいさぶ)集落(しゅうらく)に差し掛かっていた。此処(ここ)(あた)りから、急な(くだ)り坂は影を(ひそ)緩慢(なだらか)なコースとなる。先頭集団からは2名ほどが脱落し5名となった。六助、一平、白坂、望月、そして、高志である。()の頃には、高志は野球部だった頃の体の記憶が、大分(だいぶ)、呼び覚まされていた。ゴールである庵原(いはら)一中(まで)、あと、4、5キロと()った(ところ)だろう。()(まで)の急な(くだ)り坂にも、然程(さほど)負荷(ふか)を掛けずに、足を()めて来たのだ。


()うなったら、最後(さいご)最後(さいご)(まで)意地(いじ)でも絶対(ぜったい)此奴(こいつ)らに()らいついてやる)


 高志は、横目で他のランナー達を睥睨(へいげい)しながら、(ちか)った。彼は、(けっ)して、ドン・キホーテでは無かった。(むし)ろ、彼我(ひが)の戦力差を怜悧(れいり)に見極める慎重(しんちょう)頭脳(ずのう)を持っていた。彼の1500m走のベストタイムは4分ジャストである。()のタイム、一平や六助と較べても、然程(さほど)遜色(そんしょく)は無い。勿論(もちろん)、15キロと()長距離(ながちょうば)は初めての経験では合ったが、1500mと()う、学校で馴染(なじ)みの()る距離には、()れなりの自負(じふ)矜持(きょうじ)がある。有り(がた)い事に、要所要所に教員が配置されており、残りの距離数を表示されたプラカードを持って立っている。ラスト1500m(まで)此奴(こいつ)らに()らいついて行く事が出来(でき)れば、最後(さいご)最後(さいご)(まく)りをぶっ込み、差しを一気に決めてやる。そんな思いが確かにあった。(しか)し、次の瞬間(しゅんかん)、高志以外の4人が、猛然(もうぜん)全力疾走(ダッシュ)を始めたのであった。


(なっ)


 高志も(あわ)てて追走(ついそう)する形となった。(しか)し、如何(いかん)せん、出足で遅れた。(いや)()れだけではない。彼らの()速度(スピード)、高志の平常時の全力疾走(ダッシュ)(はる)かに凌駕(りょうが)する速度(スピード)であったのだ。1m、2m、5m、10m、と、見る見るうちに差が広がって行った。


(バカな! う、(うそ)だろ。此奴(こいつ)ら。ゴールまで、あと、何キロあると思ってやがんだ…)


 100m(ほど)、高志も懸命(けんめい)追走(ついそう)した。(しか)し、()の時点で彼らとの差は約50m位となっていた。高志は(すべ)てを(あきら)め、元のペースに戻した。高志は思う。(おそ)らく、()の100mのタイムは生涯最高(しょうがいベスト)のタイムだろうと。()れでも、付いて行く事は出来(でき)なかった。足を()めていたのは、何も高志だけでは無かった。高志以外の4名。六助、一平、白坂、望月はサッカー部と陸上部である。高山から上伊佐布(かみいさぶ)に到るまでの急激なアップダウンは、(けっ)して、無理(むり)はしない。急激な坂道が足に負荷(ふか)を掛ける事は、誰よりも知悉(ちしつ)している。こんな大会で危険を冒し、足に故障でもしたら、()れこそ元も子も無い。(おそ)らく、彼らは、山中のルートは高志の速度(スピード)にあわせていたのだろう。素人(しろうと)の高志の少々(しょうしょう)無理(むり)をした速度(スピード)が、丁度(ちょうど)手頃(てごろ)であり、彼らの格好(かっこう)の基準となっていたのだ。高志は、()わば、彼らの先導員(ペースメーカー)であった。


(つくづく、(おれ)とはモノが違うな)


 (やが)て、高志の視界からは、上伊佐布(かみいさぶ)(うね)った街道のせいで、彼らの姿は(じき)に見えなくなった。


 続いて、陸上部の望月が、徐々(じょじょ)にではあるが、遅れだした。伊佐布(いさぶ)集落(しゅうらく)に差し掛かった(あた)りである。矢張(やは)り、序盤のハイペースが(こた)えたのであろうか。15kmと()う長距離になれば、全体のペース配分が重要になって来る。全コースの約6分の1、(すなわ)ち、残り2.5キロの距離を残して脱落して行った。結局(けっきょく)、サッカー部の3人による三つ巴の対決となった。『中盤のダイナモ』として、無尽蔵(むじんぞう)の体力を有すると(ひょう)される、現主将(キャプテン)の白坂守。小学校時代から『トリックスター』と()われる、サッカーの申し子酒井六助。そして、『スピードスター』と()われる、点取り屋杉本一平。()の時点で、勝者は()の3名のサッカー部員に(しぼ)られたのである。


 (しか)し、変化は不意にやって来た。雀田橋(すずめだばし)付近(ふきん)の事である。3人の中で、白坂が、やや、遅れだしたのだ。(いや)()れは相対的な話であり、白坂が遅れたと()うよりは、六助と一平が(さら)に加速したと()う方が()り正確であろう。雀田橋(すずめだばし)はゴールから丁度(ちょうど)1・6キロの地点であり、夏の敬介の家の勉強会の際に明彦たちをむかえに行った(ところ)でもあり、()しくも、高志が勝負を賭けようとしたラスト1600mの地点でもある。此処(ここ)で、六助、一平の双方は、全力疾走(ダッシュ)へと切り替えた。白坂は見る見るうちに離されて行く。彼らは、ボールを追う時の、(いや)()れ以上の速度(スピード)で疾走する。愈々(いよいよ)、栄冠の行方は、サッカー部一年生同士のマッチレースとなった(わけ)である。


『スピードスター』と(ひょう)される一平と、『トリックスター』と(ひょう)されるサッカーでは何でも出来(でき)る六助との戦い。(しか)し、一平は『スピードスター』と()う称号をひどく嫌がっていた。


(おれ)は、(けっ)して脚が速い方では無い)


 常々(つねづね)、そう思っていた。()れは一平の謙遜(けんそん)多少(たしょう)は入っている。現にサッカー部の中でも確実に3指には入った。(しか)し、ナンバーワンでは無かった。(おそ)らく、ナンバーワンは、県代表では一度として正選手になれなかった白坂か、何でも出来(でき)る六助であろう。他校のFW(フォワード)とも比較すると、(さら)一目瞭然(いちもくりょうぜん)である。(おそ)らく一平は、(わず)かではあり(なが)らも、10指にも(およ)ばなかった。にも関わらず、彼が他校の選手からも『スピードスター』と評されたのは、(いく)つか秘密がある。一つは、ドリブル時も通常走行時も、然程(さほど)速度(スピード)が変らなかったのである。()れは、簡単に()ってはいるが、極めて稀有(けう)な事で、通常、ドリブル時には、速力がダウンする事が普通である。そして、今一つは、動き出しの速度(スピード)、静止時から全速力に持って行くまでの時間が極端に短いのである。そして、第三に位置取り(ポジショニング)絶妙(ぜつみょう)上手(うま)いのである。()れらを駆使(くし)する一平の仇名が『スピードスター』なのである。(しか)し、一平は釈然(しゃくぜん)としない。


(勘違いにも(ほど)がある)


 そう、思わざるを得ない。一平と対峙(たいじ)した相手DF(ディフェンダー)異口同音(いくどうおん)に、()(ぼや)く。

彼奴(あいつ)が相手だと勘を狂わされる』

 通常DF(ディフェンダー)は目の前に相手FW(フォワード)を置き(なが)らも、対応出来(でき)る距離を保つ。()れは、DF(ディフェンダー)からしてみれば、防衛上、絶対(ぜったい)必要な緩衝地帯(かんしょうちたい)であり、一般論として、DF(ディフェンダー)FW(フォワード)より足が遅い。現代サッカーに()いては、SB(サイドバック)の攻撃参加が当然(あたりまえ)となり、()の法則も過去のものとなりつつあるが、高校レベルでは()の浸透もまだまだである。(ゆえ)に、同じ位置からゴールに向って()けっこをすれば、まず、DF(ディフェンダー)が負ける。(したが)って、DF(ディフェンダー)FW(フォワード)対峙(たいじ)した時には自分の脚力と、相手の脚力を勘案(かんあん)し、位置取り(ポジショニング)をする。()し、ボールが来た場合、相手FW(フォワード)とゴールの間に割って入る必要があるからだ。だが、一平と対峙(たいじ)すると、()守備感覚(ポジショニング)が大きく狂わされる。要するに間合いを見誤るのである。一平の位置取り(ポジショニング)(みょう)と、瞬発的な全速力への切り替えに幻惑(げんわく)され、かなりの高確率で、気がつけば、一平を(うし)ろから追い掛ける羽目(はめ)になるのである。抑々(そもそも)、サッカーに()いて()の形は致命的であり、(さら)に、彼は足許(あしもと)技術(テクニック)も、六助並みに定評がある。場合によっては、GK(ゴールキーパー)が動くのを見定(みさだ)めて、シュートを決める事が、(まま)あるのだ。


 いまひとつ一平の代名詞として、広く知られていたのが、『豪快(ごうかい)なシュート』である。()れについても、


(とんでもない誤解だ)


 そう思わざるを得ない。抑々(そもそも)()の男、杉本一平はライバルである梅高サッカー部の岩井修吾と異なり、豪快(ごうかい)なシュートなど打ったことが無い。修吾のシュートとなると、漫画、アニメに登場(とうじょう)する様な、渾身の力を込めたシュートが持ち味であり、ヘディングでクリヤーを(こころ)みた、相手DF(ディフェンダー)脳震盪(のうしんとう)誘発(ゆうはつ)したと()出来事(できごと)は、(いま)だに江尻中サッカー部の語り草となっている。引き替え、一平は、シュートはゴールへのパスである、と()持論(じろん)の持ち主である。誰もいない箇所(かしょ)に、丁寧(ていねい)に確実に、パス(シュート)を流し込む。()(ほど)美しい事があろうか? 彼は常々(つねづね)そう思っていた。()れでは、何故(なぜ)、『豪快(ごうかい)なシュート』が彼の代名詞となったのであろうか? 答えは簡単である。豪快(ごうかい)に見えるからである。彼のシュートは、今までの叙述(じょじゅつ)の通り、DF(ディフェンダー)を置き去りにして、GK(ゴールキーパー)と一対一で放たれる事が圧倒的(あっとうてき)に多い。当然(とうぜん)足許(あしもと)技術(テクニック)もある彼である。GK(ゴールキーパー)の動きを見て逆を突く事も容易(たやす)い。()うして放たれたシュートは、(すべから)く、豪快(ごうかい)に見えるものなのである。例えばヘディングを考えて欲しい。数人で競り合って、何とか放たれたヘディングと、GK(ゴールキーパー)と一対一で好きなところに叩き込むヘディング。何方(どちら)が『豪快(ごうかい)な』と()う形容詞が相応(ふさわ)しいのだろうか。当然(とうぜん)後者(こうしゃ)である。GK(ゴールキーパー)との一対一と()う状況は()れだけで豪快(ごうかい)(うつ)るものでなのある。


 (さて)、そんな二人であるが、愈々(いよいよ)、決着の時が来た。六助、一平の二人は益々(ますます)加速する。立春間近の、(うす)(ざむ)庵原川(いはらがわ)沿()いの土手道を爆走する。一平の走りも、六助の走りも、相手DF(ディフェンダー)を振り切るときの()れだった。そして、二人は肩を並べて庵原(いはら)一中の校門に突入した。()(のち)はトラックを一周した(のち)にゴールであり、残り300m(ほど)である。()の時、二人は並んでこそいたが、位置取りは六助に圧倒的(あっとうてき)有利な状況にあった。何故(なぜ)なら、六助は一平の左側を走っていたからである。()(まま)、トラックに突入すれば、明らかに六助が(イン)、一平が(アウト)となり、六助が体勢有利である。(しか)し、トラックに入ってからも、二人は並走する。昨年の学校祭を彷彿(ほうふつ)とさせるレースである。身長190センチ超の一平と160センチにも満たない六助が、並んで全力疾走(ダッシュ)をしているのである。厳粛(げんしゅく)()うよりは、(むし)ろ、滑稽(こっけい)()うべき絵面(えづら)でもあった。(しか)し、両者は真剣そのものである。二人の間には差は無い。二人並んで、トラックを疾走(ダッシュ)している。だが、最後(さいご)の半周で変化が現れた。僅か(なが)ら一平が体勢有利となり、()(まま)、スルスルと前に出たのである。そして、ラスト10mの間に3m(ほど)()の差を広げ、両手を挙げた一平が、テープを切ったのであった。一平の記録が59分48秒。そして、六助が同49秒となっている。15000mの記録としては平凡な記録かもしれないが、()の高低差を考えれば、()の記録は十分に速い。と()うよりも異常に近い記録であり、()のコースで1時間を切る記録が出たのは、実に10年ぶりの事だったのである。

男子の部の勝者は決した。谷澤先輩と凛子の結末は、そして、ボストンティーパーティーの面々は、そして、祐子の運命は如何に? 次回、マラソン大会女子の部の優勝争い『第47話 走れ!祐子【中編(其の2)】』お楽しみに。

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