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第45話 走れ!祐子【前編】

 本格的な冬に突入した。1月の日が進むにつれ、祐子は次第(しだい)憂鬱(ゆううつ)になって行った。()れは、何も寒さの(ため)だけでは無い。寒さと()った(ところ)で、此処(ここ)常春(とこはる)の国、静岡の事である。寒さと()っても、多寡(たか)が知れているのである。雪が降る事など、滅多(めった)に無い。滅多(めった)に、と()うのは、(いささ)か、大袈裟(おおげさ)な表現かもしれない。筆者の感覚に()れば、降雪は(おおむ)ね5年に一度。積雪は、10年乃至(ないし)20年に一度、と()った(ところ)だろう。筆者の記憶に()れば、60年の人生に()いて、積雪は3、4回程度(ていど)。一番昔の記憶で、小学生の時分に、(めずら)しく積雪した事があった。積雪とは()っても、雪が地面から5ミリ(ほど)残っている程度(ていど)であって、地面の処々(ところどころ)が白くなっている程度(ていど)なのである。他国の(もの)からすれば、とても、積もった部類(うち)には入らぬのであろうが、静岡に在住(くら)している人間からしてみれば、実はそうでも無い。

昨夜(ゆうべ)は大雪が降った。今朝(けさ)、起きたら雪が積もっていた』

 と、()うなるのである。当然(とうぜん)()の様な状況(じょうきょう)になれば、雪に()えた子供達のやる事は、ただひとつである。


 雪合戦である。


 (しか)し、雪合戦とは()っても、先刻(せんこく)()った様な状況(じょうきょう)であり、雪など、然程(さほど)も、残ってはいない。物の10分もすれば、雪は投げ(つく)され、投げる物が無くなる。(やが)ては、霜柱(しもばしら)団子(だんご)にして投げ、張った氷を放り投げ、挙句(あげく)()てには、丸めた泥団子(どろだんご)を投げるのである。となれば、一同、ずぶ濡れの(どろ)まみれである。そして、帰結する(ところ)は、大概(たいがい)、決っており、()一連(いちれん)騒擾(そうじょう)連座(れんざ)した者は職員室に連行され、泣き(なが)ら正座をする羽目(はめ)になるのである。まあ、()(ほど)(まで)に、静岡・清水地区の子供たちは、雪に飢えており、()の感覚だけは他国の(もの)には(わか)らぬであろう。


 扨々(さてさて)閑話休題(かんわきゅうだい)。祐子の憂鬱(ゆううつ)は、寒さが原因と()(わけ)では無い。勿論(もちろん)、正太郎とのデートに(かま)けて成績が落ちた、と()(わけ)でも無い。祐子の憂鬱(ゆううつ)の原因は、1月末に開催されるマラソン大会なのである。マラソン大会とは()っても、平地を走る(わけ)では無い。庵原(いはら)山中(さんちゅう)を、約15キロに(わた)って走る(わけ)であるが、峠超えのルートでもあり、要するに、平地から山の天辺(てっぺん)(まで)行き、また、()りて来ると()う、結構(けっこう)過酷(かこく)なルートなのである。()のマラソン大会。1,2年生のみの大会であり(当然(とうぜん)、3年生は大学受験の真っ最中である)、以前に叙述(じょじゅつ)したとおり、袖師(そでし)三保(みほ)間の遠泳大会(第22話参照)に代わる物として、採用された経緯(いきさつ)を持つ。(おそ)らくは、昭和2、30年代の事であろう。軍事教練(ぐんじきょうれん)色彩(しきさい)を持つ遠泳大会に替わり登場したものと推察(すいさつ)される。確かに、袖師(そでし)三保(みほ)間は距離(きょり)にして4~5キロ(ほど)あり、泳げぬ者にとっては地獄の様な大会である。筆者も高校時代、()の遠泳大会の名残(なごり)の様な水泳の授業があり、体育の授業中65分間、足をつかずにプールの中を泳ぎ回っている、と()うものがあった。(勿論(もちろん)、マラソン大会もあったが)


 ()の当時、随分(ずいぶん)無体(むたい)な事を要求するものだとは思ったが、()(さい)に聞いた(ところ)()れば、()の遠泳大会が根源となっているとの事である。海辺(うみべ)の町で育ったからとて、誰しもみんなが泳げる訳では無い。自慢(じまん)では無いが、筆者は筋金(すじがね)入りのカナヅチである。とてもでは無いが、袖師(そでし)三保(みほ)間を泳ぎきる自信なぞ無い。()れに(くら)べれば、(はる)かにマシであろう。あの当時聞いた話では、なんでも、途中(とちゅう)で足を着くと、体育が赤点になり、進級出来(でき)ぬらしいとの噂が、(まこと)しやかに流布(るふ)しており、カナヅチである筆者は、実に戦々恐々(せんせんきょうきょう)としたものである。何しろ、浮き輪も無く、水に1時間も浮いているなど、試した事も無い。()の様な下らぬ事で、赤点になどなっては(たま)った物では無い。(くだん)の授業中には、確か、2度(ほど)、足を着いた記憶もあるが、其処(そこ)上手(うま)誤魔化(ごまか)した。(もっと)も、赤点云々(うんぬん)は、所謂(いわゆる)(はなは)性質(たち)の良くない冗談(じょうだん)であったらしく、数名のリタイヤ者がいた様ではあるものの、全員、無事進級出来(でき)(ところ)を見ると、赤点になった者はいなかったとみるべきだろう。


 (さて)(さら)閑話休題(かんわきゅうだい)如何(どう)も、筆者の高校時代の想い出に関わると横道に()れて困る。祐子は肥満女子(おでぶ)に有り勝ちな運動音痴(おんち)な一面を持つ少女である。身体能力に()いては、まるで自信が無い。10キロ以上の走行など、今迄(いままで)の人生に()いて、試みた事すら無い。()れは祐子の比較的(ひかくてき)仲の良い友人達にも、相談出来(でき)ぬ悩みでもあった。と()うのも、ボストンティーパーティーの面々の女子たちは、まあ、男子たちもそうなのであるが、割と身体能力が高く、祐子の悩みに共感してくれそうな人員は少なかったのである。比較的(ひかくてき)祐子に共感を覚えそうなのが、同じ様に、運動が苦手な(あおい)だったのではあるが、抑々(そもそも)(あおい)とはクラブが違う上、学区も遠く、然程(さほど)、接点が無い。そんな中で、祐子に救いの手を差し伸べたのが、(ひど)く当たり前の様ではあるものの、意外と()えば(ひど)く意外な人物、高野正太郎だったのである。正太郎は新年になって、ふさぎがちな祐子に早くから気がついていた。()の男、元来(がんらい)()の手の配慮と()うか、気配りとは無縁な男ではある。彼自身、小学校時代、サッカー部に所属しており、運動は人並みに出来(でき)(ため)、運動音痴(おんち)に対する共感も、然程(さほど)無い物と思われた。(しか)し、憂鬱(ゆううつ)素振(そぶり)噯気(おくび)にも出さぬ祐子に対して、

「マラソン大会って、何か憂鬱(ゆううつ)だね」

 祐子に寄り添う様な発言をする。

(えっ)

 思わず、そう、思った祐子ではあったが、其処(そこ)素直(すなお)に聞き返した。

如何(どう)して、そう思うの?」

 ()れに対して、正太郎は、

「そんなの、祐ちゃんを見ていれば、分るよ。僕も持久走は苦手だもん」

 旅行中に、六助に対して張った虚勢(きょせい)を、あっさりと(ひるがえ)して見せた。

「!」

 祐子は思う。確かに、正太郎は小学校4年から6年(まで)、サッカー部に在籍(ざいせき)してはいた。(しか)し、(あま)り、楽しそうな風でも無かった。勿論(もちろん)、六助や一平、修吾たちとボールを蹴っていた時の正太郎は笑顔を浮かべ、楽しげにも見えた。(しか)し、普段(ふだん)の正太郎を知悉(ちしつ)している祐子からすれば、何処(どこ)か違っていた。

(いつもの正ちゃんじゃないよ。かなり、無理(むり)をしているのかな)

 そう、思った事は何度と無くあった。以前にも描写(びょうしゃ)した様に、正太郎は、決して、サッカーが上手(うま)い方では無かった。だが、()れ以前の問題として、走る事自体が得意では無かったのだろう。時折(ときおり)(ひど)く、苦しそうな表情を浮かべていたし、(さみ)しげな笑顔を浮かべていた。六助にしても、一平にしても、はたまた、修吾にしても、走る事は普通に行なっているし、(むし)ろ、得意である。サッカー以前の話なのであるが、サッカーと()うスポーツに()いて、走ると()行為(こうい)は、必要条件(ひつようじょうけん)であり、決して、十分条件(じゅうぶんじょうけん)では無いのだ。そう()う意味では、(たと)え、正太郎が六助ほどの技量(テクニック)があったとしても、抑々(そもそも)必要条件(ひつようじょうけん)未充足(みじゅうそく)であったのだろう。マラソン大会について、祐子が()の一連の憂鬱(ゆううつ)噯気(おくび)にも出さ無かったと書いたが、(おそ)らく、正太郎もそんな祐子の(さみ)しげな笑顔を見て、過去の自分を思い出し、祐子の心情の機微(きび)機敏(きびん)に察し、声を掛けたのかもしれない。


「僕も、高志達に、あんまり差をつけられたくないからね。本番まで、毎日、一緒(いっしょ)に練習しようか?」

「うん」

 正太郎の()提案(ていあん)に対して、祐子はつい釣り込まれる様に応諾(おうだく)してしまったのである。祐子に対して(おこな)った正太郎の提案(ていあん)は、以下の様な物だった。正太郎の家を起点に、県道67号線を西北西の方向、(すなわ)ち、警察署に向って進む。()の道は、(やが)て、山原川(やんばらがわ)と交差するのであるが、渡河(とか)せずに、左に()れ、山原川(やんばらがわ)沿()いに進んでいくのである。山原川(やんばらがわ)(やが)巴川(ともえがわ)と合流するのであるが、()(まま)道為(みちな)りに下流方向へと進んでいくのである。そして、渋川橋(しぶかわばし)(たもと)を左に()れ、(さら)に、渋川橋(しぶかわばし)東の交差点を左に()れると正太郎の家の前に(いた)るのである。()の周回コース、(おおむ)ね、1500mと()った(ところ)であろうか。()のコースを朝に一周、夜に二周すると()う物なのである。正太郎は()のコースを(おおむ)ね6分30秒程度(ていど)で周回する。自身の1500mのタイムのベストが6分10秒であるから、平均的高校生より、やや早いと()った(ところ)であろうか。()れが、正太郎の仲が良い友人達。(たと)えば修吾(あた)りだと、5分20秒位。修吾は中学校時代、影ではデブなどと揶揄(やゆ)されていたが、(勿論(もちろん)、乱暴者の修吾の事である。面と向って()おうものなら、()った者を()の場で半殺しにしていただろう。)()の実、デブなどではない。2m近い筋肉質のガッシリした体型で、ゴリラと()った方が的確であろう。一見、足は速そうには見えないものの、()れでも、速力(スピード)は陸上部クラスだった。()れが六助になると4分台前半。一平になると3分台となることもあったのである。ところが、祐子のタイムとなると9分台、場合によっては10分台と()う、何とも目を(おお)いたくなる様なタイムだったのである。()る意味、天は容易に二物も三物も与えたりはしないと()う、好個(こうこ)の実例ではあった(わけ)かもしれないが、本人にしてみれば、憂鬱(ゆううつ)の種でしかない。


 そんな祐子が重い腰を上げる。いや、祐子の場合である。此処(ここ)は重いお尻を、とした方がより的確(てきかく)描写(びょうしゃ)であるかもしれないのであるが、こんな(ところ)一件(ひとくだり)着けて、祐子の余計(よけい)な恨みを買っても馬鹿(バカ)馬鹿(バカ)しいので、重い腰としておこう。毎朝、先程(さきほど)のコースを1周、帰宅後2周、走るのである。当然(とうぜん)、正太郎も伴走(ばんそう)する。祐子にしてみれば、大好きな正太郎と一緒(いっしょ)であっても、(あま)り気の進まない事には、変りは無い。()の運動(きら)いな少女の憂鬱(ゆううつ)は、()(ほど)(まで)深刻(しんこく)であったのである。まあ、体育の授業とは別に、約5キロ近くのランニングである。祐子の様に、運動不足気味(ぎみ)の人間には、()れでなくとも(こた)える物がある。ただ、()の祐子の決意を歓迎した人間が居た。一人は正太郎である。彼は大好きな祐子との、(とも)に過ごす時間が長くなる事は()れで無くとも、歓迎すべき事なのであるが、(あわ)せて、マラソン大会の練習が出来(でき)るのである。そして、今一人は、六助である。()の、孤独を(かこ)つ少年は、正太郎達が走るコースをより拡げた1周3キロ強のコースを自身で設定しており、朝、夕3周づつ、距離(きょり)にして合計20キロを走り込んでいたのである。六助は、正太郎達が走り始めた当日に、彼らに気がついた。六助にしてみても、小・中学時代に想い人であった祐子の(ため)に何かしてあげたかったし、何よりも、中学時代に勉強では随分(ずいぶん)助けてもらっていた。(さら)にもう一人。いや、一人と()うには、(いささ)語弊(ごへい)があるが、祐子の篤実(とくじつ)親友(とも)であるペスである。ペスは2歳になるラブラトリーレトリーバーの雌犬(おんなのこ)である。()のお話にも何度か登場した事があるが、クリーム色の毛並みを持つ、大変(たいへん)聡明(そうめい)()なのである。彼女は()の犬種より、外で遊んだり走る事が大好きであったのだが、飼い主である祐子が運動(きら)いと()うか、ものぐさであった(ため)、ペスとしても、()れに関しては、欲求不満な日々が続いていた。(しか)し、聡明(クレバー)な彼女の事である。祐子がランニングを始めそうだと(さと)った瞬間(しゅんかん)には、ワンワンワンと激しく()えると、リード(ひも)(くわ)え、祐子の(もと)にやってきたのだ。屹度(きっと)、『私も一緒(いっしょ)()れてって』と()っていたのだろう。

「分ったよ。ペスも一緒(いっしょ)ね」

 (かたわ)らにはぶんぶんぶんと、激しく、短い尻尾(しっぽ)を振っているペスがいる。


 祐子と正太郎とペスは正太郎の家の前からスタートした。ペスの手綱(たづな)は正太郎が握っている。なにしろ、正太郎は、祐子には走る事に専念させてあげたかった。初日は、非常にゆっくりとしたペースで、そう、(ほとん)ど歩くスピードと()っても良いかも知れない。途中(とちゅう)、六助に出会った。六助も驚いたかもしれないが、翌日の朝に()の二人を見かけるに(およ)んで、(さぞ)かし、仰天(ぎょうてん)した事だろう。最初はただ、六助が追い抜きざまに声を掛けていくだけに過ぎなかったが、()の内、六助が(しばら)くの間、併走(へいそう)する様になったりした。六助は正太郎達のコースの、倍以上のコース。(おおむ)ね、江尻台町(えじりだいまち)を一周する様なコースを(しつら)えている。いつまでも、正太郎達に付き合ってはいられないが、()れでも可能な限り、サポートをしてあげたい。六助は()の情報を、チームメイトである一平に伝えた。普段(ふだん)、六助と一平。特に自主トレ部分に()いては、合同で行動する事は(ほとん)ど無い。お互い、何故(なぜ)か練習に()いては、何処(どこ)敬遠(けいえん)する様な(ところ)があった。(しか)し、()の時ばかりは違っていた。一平にしても、清水高校の受験に(さい)しては、祐子に一方(ひとかた)ならぬ世話になったのである。そんな事を聞けば、()寡黙(かもく)で人一倍義理人情に厚い男が、(だま)っている(はず)が無かった。一平は自主トレのランニングコースをかなり変更して祐子たちに付き合う事となる。(さら)に、修吾である。彼には、小・中学校時代に仲の良かった正太郎から相談された。正太郎にしてみれば、自他共(じたとも)に認める運動音痴(おんち)である祐子が相手である。自分一人では役者不足の感が(いな)めない。仲の良い修吾に相談するのは、実に自然(しぜん)の成り行きでもあった。一方、()の修吾であるが、現在は梅ヶ丘高校のサッカー部である。()の県内屈指(くっし)のサッカー強豪高に在籍(ざいせき)する彼が、そうそう、付き合ってもいられない。当然(とうぜん)、朝練、居残り練と忙しい。そんな彼から、隣家(りんか)喧嘩(けんか)友達である、ヤスベエへと話は伝わった。ヤスベエは修吾の頼みにはぶつぶつと不平を(かこ)(なが)らも、刎頚(ふんけい)の友である祐子の(ため)に一肌脱ぐべく、自主トレには参加をした。()(さい)に、年子(としご)双子(ふたご)の妹である、(あか)(あお)を引き連れての参戦である。


 年子(としご)の妹と()う事は、高校受験を一月後に控えての参戦と()う事になる。()うして聞けば、随分(ずいぶん)呑気(のんき)な受験生と()えなくも無いが、(あか)(あお)()の二人。姉には似ずに、学業に()いては江尻中の双璧(そうへき)(うた)われ、(とも)に学年順位が二桁(ふたけた)(くだ)る事は無く、にも(かかわ)らず、双方(そうほう)(とも)に、清水高校特進科ではなく普通科志望と()う、変り種である。学年トップの座を常に二人で分け合っている形であり、(たと)えるなら、祐子やいずな(クラス)の学力の持ち主であり、此処(ここ)に来て一日1時間程度(ていど)の自由時間を持ったからとて、受験でこける様な事はまず、考えづらい。(げん)に、正太郎程度(ていど)の学力で()っても、かなり、自然体(しぜんたい)の受験であった(わけ)であるから、尚更(なおさら)ではある。()うした状況(じょうきょう)の彼女達の精神状況(じょうきょう)は、なかなか、()(はか)りにくい物がある。筆者の友人にも、最高峰と()われる様な大学に、いとも簡単に合格した人間を何人か知っているが、彼らの共通点として、所謂(いわゆる)、受験勉強と()われる(たぐい)の勉強をしていなかった事が()げられる。彼らは常に自然(しぜん)体であり、共通一次試験の前日であっても、特段、受験の(ため)の勉強はしていなかった。(むし)ろ、普段(ふだん)、出ていた宿題や予習が無くなってしまい(受験期の()の時期になると、通常の授業は休講となる事が一般的である)、かえって手持ち無沙汰(ぶさた)となり、(はなは)だしい者は親に内緒でバイトに(いそ)しんだりしている。()の癖、黒チャートの問題などを、平然(へいぜん)と解きまくっているのだから、始末(しまつ)に悪い。筆者の比較的(ひかくてき)仲の良かった、()うした(たぐい)の女の子に(たず)ねた事がある。

何故(なぜ)? 勉強しなくて不安じゃないのか?」

 と、筆者の様な凡夫(ぼんぷ)からすれば、()の事が、抑々(そもそも)不思議(ふしぎ)でならなかった(わけ)で、()うした質問は、極めて、自然(しぜん)な質問だと思っていた。()れに対して、彼女が答えて(いわ)く。

普段(ふだん)の授業で理解していれば、大丈夫(だいじょうぶ)だから…。(いく)ら受験とは()っても、教科書や参考書を()えた問題は出ないよ」

 と()う、筆者の(ごと)凡夫(ぼんぷ)には、(はなは)だ理解不能な回答を返したのである。自分の理解出来(でき)なかった者を、天才として(あが)(たてまつ)り、(こう)()き、神格化する心算(つもり)は無い。()れは、簡単では有るものの、矢張(やは)一抹(いちまつ)(むな)しさは(ぬぐ)うべくもない。()りとて、筆者の様な(やから)を、同じ天秤(てんびん)に乗せるのは(あま)りにも無体(むたい)()う物である。まあ、()れが、授業についていけた者と、いけなかった者の違いであろうと、(いや)(おう)にも理解したものである。(いな)、させられたのである。


 扨々(さてさて)()の様な次第(しだい)であるから、(あか)(あお)の姉妹が参戦したからとて、何ら不思議(ふしぎ)では無い。(しか)も、()の二人。祐子の事を(すこぶ)る尊敬しているのである。

「祐子お姉ちゃん!」

 二人は斉唱(ユニゾン)で祐子を呼び掛ける。

「わぁ、(あか)ちゃん、(あお)ちゃん。お久しぶり」

 三人はキャッキャ、キャッキャと盛り上がっている。()の内、(あか)が正太郎を見つけると、

「もう、正太。祐子お姉ちゃんに、(ようや)(こく)ったんだってね」

「違うよ。祐子お姉ちゃんの方が仕方無く、(こく)ってあげたんだよ。正太、根性なしだから」

 と、なかなか、手厳しい。そして、挙句(あげく)の果てに、

()屁垂(へた)れ!」

 と、再び、斉唱(ユニゾン)である。

「相変わらず、口が減らねえな。おい。お前らこそ、ちゃんと、勉強やってんのか?」

 正太郎はムッとし(なが)らも、()う返す。

「やってるに決ってるでしょ。六助(ロク)じゃあ、あるまいし」

 と、再び、斉唱(ユニゾン)である。突然(とつぜん)の飛び火に(おどろ)く六助。

「や、(やかま)しい!」

 (まった)()って、口が悪い事、()の上無い。()くして、江尻中学出身の()れらの面子(めんつ)を中心に、祐子救済の(ため)のプロジェクトは、始動して行ったのである。


 六助と一平は、当初、追い抜きざまに話し掛ける程度(ていど)であったが、一平は(すぐ)に祐子に付き合ったコースに変更し、やがて、六助も一平に同調した。先刻(せんこく)(あか)(あお)ではないが、六助にしても、一平にしても、体を鍛える事に関して()えば、セミプロレベルである。此処(ここ)で2週間や其処(そこ)ら、(ぬる)鍛錬(たんれん)をしたからとて、如何(どう)()うする話でも無い。何と()っても、六助にしても、一平にしても、中学校時代に祐子に勉強を教えてもらった恩義がある。女神(ヒュパティア)先生の(くだり)で、叙述(じょじゅつ)したやも知れぬが、祐子や正太郎は、意外と人に勉強を教えるのが上手(じょうず)なのである。(しか)も、六助、一平だけではない。休みの日には、修吾も合流した。()の男も正太郎や祐子には借りがある。自分が出来(でき)る限り何とかしてあげたいと思っていた。(さら)には、凛子、ひろみ、いずなが数回、学校帰りに参加した。特に凛子は、走りの専門家(プロ)でもある。親身になって、フォームや呼吸法と()った、細々(こまごま)とした助言を与えた。()くして、祐子のタイムもめきめきと向上し、1500mも8分台前半、7分台も(うかが)える様なタイムとなった。()れでも祐子には不安が残る。何と()っても走行距離(きょり)である。庵原(いはら)の山中を一周するコースなのである。距離(きょり)数にして、十四、五キロある勘定(かんじょう)となる。今迄(いままで)の人生で()距離(きょり)を走った事など一度として無い。

完走(かんそう)出来(でき)なかったら、如何(どう)しよう」

 祐子の不安も当然(とうぜん)なのである。だが、正太郎は()う。

完走(かんそう)出来(でき)なくても、胸を張って帰ってくれば良いよ。僕は必ず、待っているから」

「何時間もかかっちゃうかも知れ無いよ」

「約束するよ。必ず待っている。」

 此処(ここ)で交わした、些細(ささい)な約束が、後々(のちのち)に大きな意味を持ってくるとは、()の二人も知る(よし)がなかったのである。


 (さて)、1月31日金曜日。()の日は、冬晴れのする好天に恵まれた。全校生徒、とは()っても1、2年だけではあるが、庵原(いはら)地区にある庵原(いはら)一中に集結した。全員、入念な準備運動の後、スタートとなる。スタートは男子が9時丁度のスタート、そして、女子が9時10分のスタートである。六助や一平、凛子のように優勝を目指(めざ)す者、高志や明彦、ひろみ、いずなの様に虎視眈々(こしたんたん)下克上(げこくじょう)目指(めざ)す者、正太郎や敬介の様に上位を目指(めざ)す者、(あおい)、みうみう、ヤスベエ、そして、祐子の様に完走(かんそう)目指(めざ)す者。想いは人それぞれである。やがて、9時。号砲(ごうほう)一閃(いっせん)、男子の部がスタート。そして、30分後女子の部がスタートしたのである。


 (しか)し、いつだって、変事(アクシデント)突然(とつぜん)起こる。()れは祐子の身の上にだった。少し緊張が過ぎたのかもしれない。祐子がスタート直後に派手(はで)転倒(てんとう)したのである。女子全員が校門に殺到(さっとう)する瞬間(しゅんかん)である。巻き込まれた者がいなかったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。変事(アクシデント)に気がついた者も数多(あまた)いた。そして、()の中で駆け寄った者がいた。ひろみ、いずな、そして、凛子である。

「祐子、大丈夫(だいじょうぶ)

 心配そうに声を掛けるひろみ、そして、凛子。祐子は右の膝小僧(ひざこぞう)()りむいていた。そして、左大腿部(だいたいぶ)に痛々しい(まで)擦過傷(さっかしょう)。祐子は(すで)に泣いていた。転んだ事がショックだったのでは無い。傷が痛かった(わけ)でも無い。凛子は優勝を目指(めざ)していた(はず)なのである。優勝する(ため)には、2年のあの谷澤に勝たなければならないのだ。こんな(ところ)で自分に(かま)けていて良い(はず)が無いのだ。祐子は、泣き(なが)絶叫(ぜっきょう)した。

「凛子ちゃん、ひろみちゃん、いずなちゃん。お願いだから、もう、行って!」

 ひろみ、いずな、凛子の3人はのろのろとスタートした。後ろ髪を()かれる想いとは、(まさ)()の事だろう。凛子は、ちらりと時計を一瞥(いちべつ)する。()のタイムロスは約3分弱である。谷澤との勝負は、最早(もはや)絶望的(ぜつぼうてき)()って良いだろう。そんな中、ひろみが(にべ)も無く()った。

「凛子。私といずなが先導誘導員(ペースメーカー)をやる! 絶対(ぜったい)に、あんたを谷澤先輩(せんぱい)(ところ)(まで)(はこ)んで見せる。…いずな、(かま)わないわよね」

 先導誘導員(ペースメーカー)とは、競輪で()(ところ)先導車(ペースメーカー)と、(ほぼ)、同義である。マラソンの場合、余程(よほど)、身体能力に自信が無ければ、()の役目は(つと)まらない。つまり、競輪で()(ところ)二段駆(にだんが)けの要領で、凛子を向かい風から(まも)りつつ、通常以上に速いペースを維持し、二人掛かりで、谷澤の(ところ)まで届けようと()うのである。そして、凛子に番手(ばんて)(まく)りを決めさせようと()う、腹なのだ。当然(とうぜん)先導誘導員(ペースメーカー)宿命(さだめ)として、正面から風圧を受け(なが)らハイペースで()ける(わけ)であり、()れた(ところ)で、(すべ)ては、仕舞(しまい)である。(おそ)らく、ひろみが()れたら、残りはいずなが引き受ける心算(つもり)なのだろう。

「ムッキー、当然(とうぜん)っしょ」

 いずながニッコリと微笑(ほほえ)んでみせる。()の二人は、凛子を谷澤と勝負させる(ため)に、(あえ)て、捨石(すていし)になろうとしているのである。

「ひろみ…、いずな…」

 凛子はそう(つぶや)くのが、精一杯だった。()の昔、泣き虫凛子と仇名(あだな)された(ころ)の様に涙腺(るいせん)(ゆる)んだ。(しか)し、()の時、3人の背後(うしろ)から、(ひど)()めた声が聞こえた。


折角(せっかく)()の決意、水を差して申し(わけ)無いけど、無用の事だわ」


 庵原(いはら)一中の正門に(もた)れ、若干(じゃっかん)(しゃ)に構え、物憂(ものう)そうに腕組みをしてニヒルに()ってのけた(はがね)の様に無表情な少女。谷澤育美、()の人であった。


 谷澤は、何の感情もない鋼鉄(はがね)の様な低い声で()った。

「お友達の具合(ぐあい)如何(どう)?」

「はい、大丈夫(だいじょうぶ)の様です」

 凛子は()った。凛子はまじまじと谷澤を見つめる。去年の学校祭の(ころ)より引き締まった(はがね)の様な体をしている。()の半年間で、余程(よほど)、トレーニングを積んだのであろう。体格的には凛子よりもやや、小ぶりではあるものの、あの(ころ)よりも筋肉がついた感じである。

「そう、()れは良かった」

 谷澤は言葉とは裏腹に、然程(さほど)、関心が無さそうに()った。

「こんな大会。タイムも優勝も興味ないわ。私はあなたとの勝負にケリがつければ、()れで()い。『お友達を助けていた(ため)に、勝負出来(でき)ませんでした』、そんな下らない言い(わけ)をさせない(ため)に、私は此処(ここ)で待っていた。9時35分に其処(そこ)の公民館のチャイムが()る。()れがあたし達の号砲(ごうほう)()れで良いわね?」

「…はい」

 凛子は(うなず)いた。そして、ひろみが思わず(つぶや)く。

「…なかなか、やるじゃん。谷澤先輩(せんぱい)。でも、あたし。()()うの、(わり)(きら)いじゃないよ」

「ムッキー、…本当だね」

(わか)ったら、あなたたちは先に行きなさい」

 ひろみは、思わず、不平そうに口を(はさ)む。

「ちょっと、待って下さい。先輩(せんぱい)。私達も()のチャイムでスタートします。…(かま)わないですよね? 私も興味があるんです。谷澤育美の本気を、ちょっと見てみたいんで…。だよね、いずな」

「ムッキー、当然(とうぜん)っしょ」

「そう、物好きなのね…。でも、私も、そう()うの、(きら)いじゃないわ」

 此処(ここ)で初めて、谷澤はニヤリとする。


 そして、約30秒後、目の前の公民館のチャイムが、島崎藤村の『椰子(ヤシ)の実』を、何処(どこ)長閑(のどか)(かな)で始めたのと同時に、4人は脱兎(だっと)(ごと)く走り出したのである。

女同士のプライドを掛けた戦いが始まった。果たして、此の結末は、そして、男子の部の栄冠は誰の手に、そして、祐子の運命は? 次回、『第46話 走れ!祐子【中編】』お楽しみに。

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