第45話 走れ!祐子【前編】
本格的な冬に突入した。1月の日が進むにつれ、祐子は次第に憂鬱になって行った。此れは、何も寒さの為だけでは無い。寒さと謂った処で、此処、常春の国、静岡の事である。寒さと謂っても、多寡が知れているのである。雪が降る事など、滅多に無い。滅多に、と謂うのは、聊か、大袈裟な表現かもしれない。筆者の感覚に因れば、降雪は概ね5年に一度。積雪は、10年乃至20年に一度、と謂った処だろう。筆者の記憶に因れば、60年の人生に於いて、積雪は3、4回程度。一番昔の記憶で、小学生の時分に、珍しく積雪した事があった。積雪とは謂っても、雪が地面から5ミリ程残っている程度であって、地面の処々が白くなっている程度なのである。他国の者からすれば、とても、積もった部類には入らぬのであろうが、静岡に在住している人間からしてみれば、実はそうでも無い。
『昨夜は大雪が降った。今朝、起きたら雪が積もっていた』
と、斯うなるのである。当然、此の様な状況になれば、雪に飢えた子供達のやる事は、ただひとつである。
雪合戦である。
然し、雪合戦とは謂っても、先刻、謂った様な状況であり、雪など、然程も、残ってはいない。物の10分もすれば、雪は投げ尽され、投げる物が無くなる。頓ては、霜柱を団子にして投げ、張った氷を放り投げ、挙句の果てには、丸めた泥団子を投げるのである。となれば、一同、ずぶ濡れの泥まみれである。そして、帰結する処は、大概、決っており、此の一連の騒擾に連座した者は職員室に連行され、泣き乍ら正座をする羽目になるのである。まあ、其れ程迄に、静岡・清水地区の子供たちは、雪に飢えており、此の感覚だけは他国の者には判らぬであろう。
扨々、閑話休題。祐子の憂鬱は、寒さが原因と謂う訳では無い。勿論、正太郎とのデートに感けて成績が落ちた、と謂う訳でも無い。祐子の憂鬱の原因は、1月末に開催されるマラソン大会なのである。マラソン大会とは謂っても、平地を走る訳では無い。庵原の山中を、約15キロに亘って走る訳であるが、峠超えのルートでもあり、要するに、平地から山の天辺迄行き、また、下りて来ると謂う、結構、過酷なルートなのである。此のマラソン大会。1,2年生のみの大会であり(当然、3年生は大学受験の真っ最中である)、以前に叙述したとおり、袖師・三保間の遠泳大会(第22話参照)に代わる物として、採用された経緯を持つ。恐らくは、昭和2、30年代の事であろう。軍事教練的色彩を持つ遠泳大会に替わり登場したものと推察される。確かに、袖師・三保間は距離にして4~5キロ程あり、泳げぬ者にとっては地獄の様な大会である。筆者も高校時代、此の遠泳大会の名残の様な水泳の授業があり、体育の授業中65分間、足をつかずにプールの中を泳ぎ回っている、と謂うものがあった。(勿論、マラソン大会もあったが)
其の当時、随分と無体な事を要求するものだとは思ったが、其の際に聞いた処に因れば、此の遠泳大会が根源となっているとの事である。海辺の町で育ったからとて、誰しもみんなが泳げる訳では無い。自慢では無いが、筆者は筋金入りのカナヅチである。とてもでは無いが、袖師・三保間を泳ぎきる自信なぞ無い。其れに較べれば、遥かにマシであろう。あの当時聞いた話では、なんでも、途中で足を着くと、体育が赤点になり、進級出来ぬらしいとの噂が、実しやかに流布しており、カナヅチである筆者は、実に戦々恐々としたものである。何しろ、浮き輪も無く、水に1時間も浮いているなど、試した事も無い。此の様な下らぬ事で、赤点になどなっては堪った物では無い。件の授業中には、確か、2度程、足を着いた記憶もあるが、其処は上手く誤魔化した。尤も、赤点云々は、所謂、甚だ性質の良くない冗談であったらしく、数名のリタイヤ者がいた様ではあるものの、全員、無事進級出来た処を見ると、赤点になった者はいなかったとみるべきだろう。
扨、更に閑話休題。如何も、筆者の高校時代の想い出に関わると横道に逸れて困る。祐子は肥満女子に有り勝ちな運動音痴な一面を持つ少女である。身体能力に於いては、まるで自信が無い。10キロ以上の走行など、今迄の人生に於いて、試みた事すら無い。此れは祐子の比較的仲の良い友人達にも、相談出来ぬ悩みでもあった。と謂うのも、ボストンティーパーティーの面々の女子たちは、まあ、男子たちもそうなのであるが、割と身体能力が高く、祐子の悩みに共感してくれそうな人員は少なかったのである。比較的祐子に共感を覚えそうなのが、同じ様に、運動が苦手な葵だったのではあるが、抑々、葵とはクラブが違う上、学区も遠く、然程、接点が無い。そんな中で、祐子に救いの手を差し伸べたのが、酷く当たり前の様ではあるものの、意外と謂えば酷く意外な人物、高野正太郎だったのである。正太郎は新年になって、ふさぎがちな祐子に早くから気がついていた。此の男、元来、此の手の配慮と謂うか、気配りとは無縁な男ではある。彼自身、小学校時代、サッカー部に所属しており、運動は人並みに出来る為、運動音痴に対する共感も、然程無い物と思われた。然し、憂鬱な素振を噯気にも出さぬ祐子に対して、
「マラソン大会って、何か憂鬱だね」
祐子に寄り添う様な発言をする。
(えっ)
思わず、そう、思った祐子ではあったが、其処は素直に聞き返した。
「如何して、そう思うの?」
其れに対して、正太郎は、
「そんなの、祐ちゃんを見ていれば、分るよ。僕も持久走は苦手だもん」
旅行中に、六助に対して張った虚勢を、あっさりと翻して見せた。
「!」
祐子は思う。確かに、正太郎は小学校4年から6年迄、サッカー部に在籍してはいた。然し、余り、楽しそうな風でも無かった。勿論、六助や一平、修吾たちとボールを蹴っていた時の正太郎は笑顔を浮かべ、楽しげにも見えた。然し、普段の正太郎を知悉している祐子からすれば、何処か違っていた。
(いつもの正ちゃんじゃないよ。かなり、無理をしているのかな)
そう、思った事は何度と無くあった。以前にも描写した様に、正太郎は、決して、サッカーが上手い方では無かった。だが、其れ以前の問題として、走る事自体が得意では無かったのだろう。時折、酷く、苦しそうな表情を浮かべていたし、寂しげな笑顔を浮かべていた。六助にしても、一平にしても、はたまた、修吾にしても、走る事は普通に行なっているし、寧ろ、得意である。サッカー以前の話なのであるが、サッカーと謂うスポーツに於いて、走ると謂う行為は、必要条件であり、決して、十分条件では無いのだ。そう謂う意味では、例え、正太郎が六助ほどの技量があったとしても、抑々、必要条件が未充足であったのだろう。マラソン大会について、祐子が此の一連の憂鬱を噯気にも出さ無かったと書いたが、恐らく、正太郎もそんな祐子の寂しげな笑顔を見て、過去の自分を思い出し、祐子の心情の機微を機敏に察し、声を掛けたのかもしれない。
「僕も、高志達に、あんまり差をつけられたくないからね。本番まで、毎日、一緒に練習しようか?」
「うん」
正太郎の此の提案に対して、祐子はつい釣り込まれる様に応諾してしまったのである。祐子に対して行った正太郎の提案は、以下の様な物だった。正太郎の家を起点に、県道67号線を西北西の方向、即ち、警察署に向って進む。此の道は、頓て、山原川と交差するのであるが、渡河せずに、左に折れ、山原川沿いに進んでいくのである。山原川は頓て巴川と合流するのであるが、此の儘、道為りに下流方向へと進んでいくのである。そして、渋川橋の袂を左に折れ、更に、渋川橋東の交差点を左に折れると正太郎の家の前に到るのである。此の周回コース、概ね、1500mと謂った処であろうか。此のコースを朝に一周、夜に二周すると謂う物なのである。正太郎は此のコースを概ね6分30秒程度で周回する。自身の1500mのタイムのベストが6分10秒であるから、平均的高校生より、やや早いと謂った処であろうか。此れが、正太郎の仲が良い友人達。例えば修吾辺りだと、5分20秒位。修吾は中学校時代、影ではデブなどと揶揄されていたが、(勿論、乱暴者の修吾の事である。面と向って謂おうものなら、謂った者を其の場で半殺しにしていただろう。)其の実、デブなどではない。2m近い筋肉質のガッシリした体型で、ゴリラと謂った方が的確であろう。一見、足は速そうには見えないものの、其れでも、速力は陸上部クラスだった。此れが六助になると4分台前半。一平になると3分台となることもあったのである。ところが、祐子のタイムとなると9分台、場合によっては10分台と謂う、何とも目を覆いたくなる様なタイムだったのである。或る意味、天は容易に二物も三物も与えたりはしないと謂う、好個の実例ではあった訳かもしれないが、本人にしてみれば、憂鬱の種でしかない。
そんな祐子が重い腰を上げる。いや、祐子の場合である。此処は重いお尻を、とした方がより的確な描写であるかもしれないのであるが、こんな処で一件着けて、祐子の余計な恨みを買っても馬鹿馬鹿しいので、重い腰としておこう。毎朝、先程のコースを1周、帰宅後2周、走るのである。当然、正太郎も伴走する。祐子にしてみれば、大好きな正太郎と一緒であっても、余り気の進まない事には、変りは無い。此の運動嫌いな少女の憂鬱は、其れ程迄に深刻であったのである。まあ、体育の授業とは別に、約5キロ近くのランニングである。祐子の様に、運動不足気味の人間には、其れでなくとも堪える物がある。ただ、此の祐子の決意を歓迎した人間が居た。一人は正太郎である。彼は大好きな祐子との、伴に過ごす時間が長くなる事は其れで無くとも、歓迎すべき事なのであるが、併せて、マラソン大会の練習が出来るのである。そして、今一人は、六助である。此の、孤独を託つ少年は、正太郎達が走るコースをより拡げた1周3キロ強のコースを自身で設定しており、朝、夕3周づつ、距離にして合計20キロを走り込んでいたのである。六助は、正太郎達が走り始めた当日に、彼らに気がついた。六助にしてみても、小・中学時代に想い人であった祐子の為に何かしてあげたかったし、何よりも、中学時代に勉強では随分助けてもらっていた。更にもう一人。いや、一人と謂うには、聊か語弊があるが、祐子の篤実な親友であるペスである。ペスは2歳になるラブラトリーレトリーバーの雌犬である。此のお話にも何度か登場した事があるが、クリーム色の毛並みを持つ、大変、聡明な仔なのである。彼女は其の犬種より、外で遊んだり走る事が大好きであったのだが、飼い主である祐子が運動嫌いと謂うか、ものぐさであった為、ペスとしても、此れに関しては、欲求不満な日々が続いていた。然し、聡明な彼女の事である。祐子がランニングを始めそうだと覚った瞬間には、ワンワンワンと激しく吠えると、リード紐を咥え、祐子の下にやってきたのだ。屹度、『私も一緒に連れてって』と謂っていたのだろう。
「分ったよ。ペスも一緒ね」
傍らにはぶんぶんぶんと、激しく、短い尻尾を振っているペスがいる。
祐子と正太郎とペスは正太郎の家の前からスタートした。ペスの手綱は正太郎が握っている。なにしろ、正太郎は、祐子には走る事に専念させてあげたかった。初日は、非常にゆっくりとしたペースで、そう、殆ど歩くスピードと謂っても良いかも知れない。途中、六助に出会った。六助も驚いたかもしれないが、翌日の朝に此の二人を見かけるに及んで、嘸かし、仰天した事だろう。最初はただ、六助が追い抜きざまに声を掛けていくだけに過ぎなかったが、其の内、六助が暫くの間、併走する様になったりした。六助は正太郎達のコースの、倍以上のコース。概ね、江尻台町を一周する様なコースを設えている。いつまでも、正太郎達に付き合ってはいられないが、其れでも可能な限り、サポートをしてあげたい。六助は此の情報を、チームメイトである一平に伝えた。普段、六助と一平。特に自主トレ部分に於いては、合同で行動する事は殆ど無い。お互い、何故か練習に於いては、何処か敬遠する様な処があった。然し、此の時ばかりは違っていた。一平にしても、清水高校の受験に際しては、祐子に一方ならぬ世話になったのである。そんな事を聞けば、此の寡黙で人一倍義理人情に厚い男が、黙っている筈が無かった。一平は自主トレのランニングコースをかなり変更して祐子たちに付き合う事となる。更に、修吾である。彼には、小・中学校時代に仲の良かった正太郎から相談された。正太郎にしてみれば、自他共に認める運動音痴である祐子が相手である。自分一人では役者不足の感が否めない。仲の良い修吾に相談するのは、実に自然の成り行きでもあった。一方、其の修吾であるが、現在は梅ヶ丘高校のサッカー部である。此の県内屈指のサッカー強豪高に在籍する彼が、そうそう、付き合ってもいられない。当然、朝練、居残り練と忙しい。そんな彼から、隣家で喧嘩友達である、ヤスベエへと話は伝わった。ヤスベエは修吾の頼みにはぶつぶつと不平を託ち乍らも、刎頚の友である祐子の為に一肌脱ぐべく、自主トレには参加をした。其の際に、年子で双子の妹である、紅と蒼を引き連れての参戦である。
年子の妹と謂う事は、高校受験を一月後に控えての参戦と謂う事になる。斯うして聞けば、随分と呑気な受験生と謂えなくも無いが、紅と蒼の此の二人。姉には似ずに、学業に於いては江尻中の双璧と謳われ、伴に学年順位が二桁に下る事は無く、にも拘らず、双方伴に、清水高校特進科ではなく普通科志望と謂う、変り種である。学年トップの座を常に二人で分け合っている形であり、例えるなら、祐子やいずな級の学力の持ち主であり、此処に来て一日1時間程度の自由時間を持ったからとて、受験でこける様な事はまず、考えづらい。現に、正太郎程度の学力で在っても、かなり、自然体の受験であった訳であるから、尚更ではある。斯うした状況の彼女達の精神状況は、なかなか、推し量りにくい物がある。筆者の友人にも、最高峰と謂われる様な大学に、いとも簡単に合格した人間を何人か知っているが、彼らの共通点として、所謂、受験勉強と謂われる類の勉強をしていなかった事が挙げられる。彼らは常に自然体であり、共通一次試験の前日であっても、特段、受験の為の勉強はしていなかった。寧ろ、普段、出ていた宿題や予習が無くなってしまい(受験期の此の時期になると、通常の授業は休講となる事が一般的である)、かえって手持ち無沙汰となり、甚だしい者は親に内緒でバイトに勤しんだりしている。其の癖、黒チャートの問題などを、平然と解きまくっているのだから、始末に悪い。筆者の比較的仲の良かった、斯うした類の女の子に尋ねた事がある。
「何故? 勉強しなくて不安じゃないのか?」
と、筆者の様な凡夫からすれば、其の事が、抑々、不思議でならなかった訳で、斯うした質問は、極めて、自然な質問だと思っていた。其れに対して、彼女が答えて曰く。
「普段の授業で理解していれば、大丈夫だから…。幾ら受験とは謂っても、教科書や参考書を超えた問題は出ないよ」
と謂う、筆者の如き凡夫には、甚だ理解不能な回答を返したのである。自分の理解出来なかった者を、天才として崇め奉り、香を焚き、神格化する心算は無い。其れは、簡単では有るものの、矢張り一抹の虚しさは拭うべくもない。然りとて、筆者の様な輩を、同じ天秤に乗せるのは余りにも無体と謂う物である。まあ、此れが、授業についていけた者と、いけなかった者の違いであろうと、否が応にも理解したものである。否、させられたのである。
扨々、其の様な次第であるから、紅と蒼の姉妹が参戦したからとて、何ら不思議では無い。然も、此の二人。祐子の事を頗る尊敬しているのである。
「祐子お姉ちゃん!」
二人は斉唱で祐子を呼び掛ける。
「わぁ、紅ちゃん、蒼ちゃん。お久しぶり」
三人はキャッキャ、キャッキャと盛り上がっている。其の内、紅が正太郎を見つけると、
「もう、正太。祐子お姉ちゃんに、漸く告ったんだってね」
「違うよ。祐子お姉ちゃんの方が仕方無く、告ってあげたんだよ。正太、根性なしだから」
と、なかなか、手厳しい。そして、挙句の果てに、
「此の屁垂れ!」
と、再び、斉唱である。
「相変わらず、口が減らねえな。おい。お前らこそ、ちゃんと、勉強やってんのか?」
正太郎はムッとし乍らも、斯う返す。
「やってるに決ってるでしょ。六助じゃあ、あるまいし」
と、再び、斉唱である。突然の飛び火に驚く六助。
「や、喧しい!」
全く以って、口が悪い事、此の上無い。斯くして、江尻中学出身の此れらの面子を中心に、祐子救済の為のプロジェクトは、始動して行ったのである。
六助と一平は、当初、追い抜きざまに話し掛ける程度であったが、一平は直に祐子に付き合ったコースに変更し、やがて、六助も一平に同調した。先刻の紅と蒼ではないが、六助にしても、一平にしても、体を鍛える事に関して謂えば、セミプロレベルである。此処で2週間や其処ら、温い鍛錬をしたからとて、如何斯うする話でも無い。何と謂っても、六助にしても、一平にしても、中学校時代に祐子に勉強を教えてもらった恩義がある。女神先生の件で、叙述したやも知れぬが、祐子や正太郎は、意外と人に勉強を教えるのが上手なのである。然も、六助、一平だけではない。休みの日には、修吾も合流した。此の男も正太郎や祐子には借りがある。自分が出来る限り何とかしてあげたいと思っていた。更には、凛子、ひろみ、いずなが数回、学校帰りに参加した。特に凛子は、走りの専門家でもある。親身になって、フォームや呼吸法と謂った、細々とした助言を与えた。斯くして、祐子のタイムもめきめきと向上し、1500mも8分台前半、7分台も窺える様なタイムとなった。其れでも祐子には不安が残る。何と謂っても走行距離である。庵原の山中を一周するコースなのである。距離数にして、十四、五キロある勘定となる。今迄の人生で其の距離を走った事など一度として無い。
「完走出来なかったら、如何しよう」
祐子の不安も当然なのである。だが、正太郎は謂う。
「完走出来なくても、胸を張って帰ってくれば良いよ。僕は必ず、待っているから」
「何時間もかかっちゃうかも知れ無いよ」
「約束するよ。必ず待っている。」
此処で交わした、些細な約束が、後々に大きな意味を持ってくるとは、此の二人も知る由がなかったのである。
扨、1月31日金曜日。其の日は、冬晴れのする好天に恵まれた。全校生徒、とは謂っても1、2年だけではあるが、庵原地区にある庵原一中に集結した。全員、入念な準備運動の後、スタートとなる。スタートは男子が9時丁度のスタート、そして、女子が9時10分のスタートである。六助や一平、凛子のように優勝を目指す者、高志や明彦、ひろみ、いずなの様に虎視眈々と下克上を目指す者、正太郎や敬介の様に上位を目指す者、葵、みうみう、ヤスベエ、そして、祐子の様に完走を目指す者。想いは人それぞれである。やがて、9時。号砲一閃、男子の部がスタート。そして、30分後女子の部がスタートしたのである。
然し、いつだって、変事は突然起こる。其れは祐子の身の上にだった。少し緊張が過ぎたのかもしれない。祐子がスタート直後に派手に転倒したのである。女子全員が校門に殺到する瞬間である。巻き込まれた者がいなかったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。変事に気がついた者も数多いた。そして、其の中で駆け寄った者がいた。ひろみ、いずな、そして、凛子である。
「祐子、大丈夫」
心配そうに声を掛けるひろみ、そして、凛子。祐子は右の膝小僧を擦りむいていた。そして、左大腿部に痛々しい迄の擦過傷。祐子は既に泣いていた。転んだ事がショックだったのでは無い。傷が痛かった訳でも無い。凛子は優勝を目指していた筈なのである。優勝する為には、2年のあの谷澤に勝たなければならないのだ。こんな処で自分に感けていて良い筈が無いのだ。祐子は、泣き乍ら絶叫した。
「凛子ちゃん、ひろみちゃん、いずなちゃん。お願いだから、もう、行って!」
ひろみ、いずな、凛子の3人はのろのろとスタートした。後ろ髪を惹かれる想いとは、将に此の事だろう。凛子は、ちらりと時計を一瞥する。此のタイムロスは約3分弱である。谷澤との勝負は、最早、絶望的と謂って良いだろう。そんな中、ひろみが膠も無く謂った。
「凛子。私といずなが先導誘導員をやる! 絶対に、あんたを谷澤先輩の処迄、運んで見せる。…いずな、構わないわよね」
先導誘導員とは、競輪で謂う処の先導車と、略、同義である。マラソンの場合、余程、身体能力に自信が無ければ、此の役目は務まらない。つまり、競輪で謂う処の二段駆けの要領で、凛子を向かい風から護りつつ、通常以上に速いペースを維持し、二人掛かりで、谷澤の処まで届けようと謂うのである。そして、凛子に番手捲りを決めさせようと謂う、腹なのだ。当然、先導誘導員の宿命として、正面から風圧を受け乍らハイペースで駆ける訳であり、垂れた処で、全ては、仕舞である。恐らく、ひろみが垂れたら、残りはいずなが引き受ける心算なのだろう。
「ムッキー、当然っしょ」
いずながニッコリと微笑んでみせる。此の二人は、凛子を谷澤と勝負させる為に、敢て、捨石になろうとしているのである。
「ひろみ…、いずな…」
凛子はそう呟くのが、精一杯だった。其の昔、泣き虫凛子と仇名された頃の様に涙腺が緩んだ。然し、其の時、3人の背後から、酷く醒めた声が聞こえた。
「折角の其の決意、水を差して申し訳無いけど、無用の事だわ」
庵原一中の正門に凭れ、若干、斜に構え、物憂そうに腕組みをしてニヒルに謂ってのけた鋼の様に無表情な少女。谷澤育美、其の人であった。
谷澤は、何の感情もない鋼鉄の様な低い声で謂った。
「お友達の具合は如何?」
「はい、大丈夫の様です」
凛子は謂った。凛子はまじまじと谷澤を見つめる。去年の学校祭の頃より引き締まった鋼の様な体をしている。此の半年間で、余程、トレーニングを積んだのであろう。体格的には凛子よりもやや、小ぶりではあるものの、あの頃よりも筋肉がついた感じである。
「そう、其れは良かった」
谷澤は言葉とは裏腹に、然程、関心が無さそうに謂った。
「こんな大会。タイムも優勝も興味ないわ。私はあなたとの勝負にケリがつければ、其れで良い。『お友達を助けていた為に、勝負出来ませんでした』、そんな下らない言い訳をさせない為に、私は此処で待っていた。9時35分に其処の公民館のチャイムが鳴る。其れがあたし達の号砲。其れで良いわね?」
「…はい」
凛子は頷いた。そして、ひろみが思わず呟く。
「…なかなか、やるじゃん。谷澤先輩。でも、あたし。斯う謂うの、割と嫌いじゃないよ」
「ムッキー、…本当だね」
「判ったら、あなたたちは先に行きなさい」
ひろみは、思わず、不平そうに口を挟む。
「ちょっと、待って下さい。先輩。私達も其のチャイムでスタートします。…構わないですよね? 私も興味があるんです。谷澤育美の本気を、ちょっと見てみたいんで…。だよね、いずな」
「ムッキー、当然っしょ」
「そう、物好きなのね…。でも、私も、そう謂うの、嫌いじゃないわ」
此処で初めて、谷澤はニヤリとする。
そして、約30秒後、目の前の公民館のチャイムが、島崎藤村の『椰子の実』を、何処か長閑に奏で始めたのと同時に、4人は脱兎の如く走り出したのである。
女同士のプライドを掛けた戦いが始まった。果たして、此の結末は、そして、男子の部の栄冠は誰の手に、そして、祐子の運命は? 次回、『第46話 走れ!祐子【中編】』お楽しみに。




