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第43話 あけまして桃も李もさくらんぼ【問題編】

 20xx年元旦(がんたん)。世間的には、あけましておめでとうございます。本年も(よろ)しくお願いいたします。と、敬頌新禧(けいしょうしんき)を申し上げる(ところ)なのであるが、()の日、正太郎は朝から机に向って、冬休みの宿題に没頭(ぼっとう)していた。正月(しょうがつ)元旦(がんたん)早々(そうそう)から勉強とは、流石(さすが)は県内屈指(くっし)の進学校、清水高校の生徒である。と、そう()いたい(ところ)ではあるのだが、()(じつ)流石(さすが)でも(なん)でも無い。()れは此処(ここ)数日の、正太郎の行動を見てみれば、(まさ)に、一目瞭然(いちもくりょうぜん)なのである。以下は正太郎の日記からの抜粋(ばっすい)である。


 18日祐ちゃんと仲直り。やったね。★

 19日部室立ち聞き事件。高志、逃げ遅れ、ひろみにボコられる。可愛(かわい)そうに。

 20日終業式。明日は祐ちゃんとデート。

 21日徹夜でアマンガス大会。★

 22日愛猫(みにゃら)終日(ひねもす)昼寝(ねたり)昼寝(ねたり)(かな)

 23日祐ちゃんとイブイブデート。★

 24日クリスマスイブ。祐ちゃんと映画。★

 25日高志と切符を手配に静岡の街を徘徊(はいかい)

 26日山梨旅行

 27日山梨旅行

 28日山梨旅行から帰宅。★

 29日みんなでカラオケ。★

 30日流石(さすが)に宿題がやばい。(しか)し現実逃避。

 31日大晦日(おおみそか)。朝から宿題に取り組む。


 と、以上の通りであり、正太郎が(あせ)るのも、(むべ)なる事では無かろうか。まあ、(よう)するに、有り余る青春の(すべ)ての力の限りを()くして、遊び(ほう)けていた(わけ)ではあるのだが、(さて)此処(ここ)で問題に成ってくるのが、()の表に()ける★印である。懸命(けんめい)なる読者諸君は、(すで)何事(なにごと)かお気づきの事と思うが、正太郎と祐子が、少々(しょうしょう)大人(おとな)の立ち居振る舞いに至った日である。高志、ひろみの、要領(ようりょう)を得た言葉で()い換えれば、パフェを食べに行った日であり、所謂(いわゆる)、男女の関係になった日、と()っても()いだろう。冬休みに入って、旅行中を除いて3日と置かずに行っている。(かつ)て、正太郎が高志の事を好き者と笑ったものであるが、()の日記を見る限り、とても、高志の事を(くさ)す資格など無い事が、(まさ)一目瞭然(いちもくりょうぜん)なのである。(しか)も、()の二人、行った時は、最低でも3回は事に(およ)ぶのである。28日、(すなわ)ち、旅行帰りの日の事であるが、()まりに()まった若い二人の(たましい)は熱く激しく燃え上がり、(なん)と6回も事に(およ)ぶのである。筆者(ひっしゃ)(ごと)年配(としかさ)の人間からしてみれば、()れ又、()る意味、実に(うらや)ましい限りなのではあるが、()れは、(すで)に、常識的な回数の範疇(はんちゅう)(はる)かに凌駕(りょうが)しており、自宅暮らしであり(なが)ら、充分に(ただ)れた生活と()えるであろう。()の代償として、極度の金欠である。元より、正太郎は、割と貧乏性(びんぼうしょう)()うか倹約家である。決して金遣いが荒い方では無い。(しか)し、旅行に加え、()の回数パフェ屋に行っているのである。素封家(そほうか)の娘である祐子とは異なり、一般家庭の息子である正太郎には、()れはかなり厳しい。まあ、小遣いの方は、新年のお年玉で充当(じゅうとう)されるとしてもである。当面の間、大人(おとな)しくしているより他は無いであろう。第二にパフェ屋に行った後に、宿題などする気に成るかと()う、極めて、現実的な問題もある。(しか)も、行った際には必ず、非常識的な回数、事に(およ)んでいるのである。正太郎が如何(いか)絶倫(ぜつりん)であったとしても、中々に、難しいであろう。加えて、清水高校の宿題の場合、宿題として、決して難易度が低い物では無い。(とど)()まりが、()れや()れやの要因により、新年早々(そうそう)、正太郎は机に向う羽目(はめ)になったと()(わけ)である。


 (さて)、お話は一日ほど(さかのぼ)る。前日の大晦日(おおみそか)の事である。勉強に関しては、いつもはスロースターターである正太郎であるが、()の日は朝から真面目(まじめ)に机に向っていた。()れで無くとも、昨日(きのう)は一日中ゴロゴロしており、みにゃらと一緒に昼寝などしているのである。()れだけに、宿題の進捗(しんちょく)状況が、刻下(こっか)急務(きゅうむ)であり、目を()らし続けた喫緊(きっきん)の課題であった事は()(まで)も無いのであろう。昼過ぎに、一度、祐子からの架電(でんわ)があった。内容は、今日、23時過ぎに近所の神社に行こうと()う事である。(さて)()の宿題であるが、正太郎は()ず、世界史から着手した。()れは、()の学校で最初に学んだ事である。と()うのも、中学校時代は、宿題なり、テスト勉強であっても、先ず、苦手な教科から取り組んだものである。()れで無くとも、苦手な教科の底上げを少しでも図りたいと()うのは、人情であるし、苦手教科を最後に残して、やりきれなかった場合、不安しか残らない。(ところ)が、()の学校の宿題の場合、正太郎の苦手な英語とか数学とかになると、難易度が高過ぎて、実際のところ、効率が悪過ぎるのだ。(なん)時間掛けても一歩も進めぬことも(ざら)であり、()れこそ、『(なん)の成果も得られませんでしたあ』、(なん)て事は普通(ザラ)にあるのだ。正太郎も、入学直後、最初のテストで()の事を学習して以来、まず、好きな科目から潰して行く事を、(とみ)に、心掛けている。()れは、()る意味、苦肉の策であって、()まる(ところ)、最後に苦手な教科が山の様に残る羽目(はめ)になりかねない。朝からぶっ続けで世界史をやった後、夕方頃、昼食兼夕食として、(あわ)てて蕎麦(そば)手繰(たぐ)り、()の後は生物を始めた。そろそろ、佳境と()った頃、再び、祐子から電話があった。時計を見ると、彼処(かれこ)れもう、23時10分である。朝からぶっ続けで机に向って居た事になる。()(あた)りは、如何(いか)に正太郎と()えども、流石(さすが)は清水高校の生徒と()えなくも無い。

「ああ、もう、こんな時間か。ごめんごめん、祐ちゃん。今から、支度(したく)して行くよ」

「うん、分った。待っているね」

 祐子の楽しそうな声が、電話の向う側から聞こえた。正太郎は電話を切ると、(にわ)かに支度(したく)を始め、母親に声を掛けた。

「母さん。祐ちゃんと、小芝神社(おしばさん)に、お参りに行って来るよ」

「はーい。気をつけてね。あーそうそう祐ちゃんの家に行くんだったら、()れ持って行って。おすそ分け。鹿児島名物かるかんと薩摩揚(さつまあ)げ。祐子ちゃんのお母さんに(よろ)しくね」

「ああ、分ったよ」

 正太郎は母親から、白いビニール袋を受け取ると、すぐさま、自転車に(またが)り祐子の家を訪ねるのであった。


 家を出て、渋川橋(しぶかわばし)交差点(こうさてん)に差し掛かると、渋川橋(しぶかわばし)の方から、(かわ)いた凍風(いてかぜ)が吹き降ろす。正太郎は交差点(こうさてん)を渡ると、(やが)て右に折れて渋川橋(しぶかわばし)に向って坂道の歩道を登り始めた。強烈な寒風で、自転車すらも押し戻される様な感覚がある。正太郎は(すべ)てを(あきら)め自転車から降りると、自転車を()いて歩き始めた。渋川橋(しぶかわばし)の坂道の頂上(ピーク)、橋の(たもと)では、寒風が巴川(ともえがわ)方向から吹き(すさ)んでいる。正太郎は思わず、ぶるると寒そうに肩を(すぼ)めると、コートの(えり)を立て、(あわ)てて坂道を祐子の家の方へと下って行った。


 直に祐子の家である。祐子の母親が出て来た。(すで)留袖姿(とめそですがた)である。正太郎はにこやかに年始の挨拶(あいさつ)言上(ごんじょう)する。

「あっ、おばさん、明けましておめでとう御座います。…まだ、ちょっと早いけど」

「あらまあ、正ちゃん。いらっしゃい」

「あの、()れ。おふくろから」

「まあ、(なに)かしら」

薩摩揚(さつまあ)げとかるかん」

「まあ、鹿児島にでも行ったの?」

「ええ、親父の実家が彼方(あっち)なんで…」

 其処(そこ)支度(したく)を整えた祐子が出て来る。旅行の時と同様(どうよう)、ジャンパースカートにコートを羽織(はお)っている。

「わあ、正ちゃん。いらっしゃい。自転車で行く?」

「いや、祐ちゃん。厚着して徒歩(あるき)の方が()いよ。凍風(いてかぜ)結構(けっこう)すごいや」

 素封家(そほうか)の娘である祐子の事である。当然(とうぜん)振袖姿(ふりそですがた)も有り得るとは思っていたのだが、少々(しょうしょう)、当てが(はず)れた。祐子の母親もそんな正太郎を見透(みす)かした様に()()う。

「ほら、祐ちゃん。正ちゃんも残念(ざんねん)がっているでしょ。折角(せっかく)振袖(ふりそで)買ってあげたのに…」

「ええーっ、だってあれ、結構(けっこう)、疲れるもん」

「もう、(なに)()ってるの。一年に一度の事なんだから…。正ちゃんだって、新年(とし)の始めには、昆布巻(こぶま)きの一つも(つま)んでみたいに決ってんでしょ」

 正太郎は真っ赤になって(うつむ)く。(おそ)らくは、()の母親の事である。当然(とうぜん)の事として、御節料理(おせちりょうり)の話などでは無いであろう。(たと)()し、料理の話であれば、抑々(そもそも)、会話の前後で、まるで文脈(ぶんみゃく)()み合わない。隠語(アッチ)の方に決っている。()れにしても、()の母親は自分の娘を出汁(だし)にして、実に飛んでも無い事を()う。正太郎は瞿然(くぜん)とした思いで、(あき)れた様に祐子の母親を見上げる。まあ、最近は正太郎に対して、()れだけ慣れて来たと()う事でもあろう。(しか)も、娘と正太郎との関係性は(おおむ)知悉(ちしつ)している様なのである。()()う軽口も出るのであろう。祐子は顔をあからめ(なが)らも、上目遣(うわめづか)いで(たず)ねた。

「えっ、そうなの? 正ちゃん。()れなら、すぐに着替えて来るけど…」

 祐子も無邪気(むじゃき)に、実に(あられ)も無い事を口走る。

「でーっ、全然(ぜんぜん)違う。流石(さすが)に今日は身軽な方が、()の…。あっ、いや、いつもどおり…」

「あはははは…」

 (たちま)ち、祐子と母親の明るい笑い声が(ひび)き渡る。一瞬、想像の中、駅前の『アマルフィ』の一室で、携帯(スマホ)にて振袖(ふりそで)の着付け方を懸命(けんめい)に調べている自分が居た。(しか)し、正太郎はブルルと首を振り、(なん)とか()不埒(ふらち)妄想(もうそう)を絶ち切った。(なん)()っても、今日、祐子の家には、普段(ふだん)留守(るす)がちな父親もいるのである。ばれたら、()れこそ、出禁(できん)(くらい)では済まない。()れにしても、母娘(ははこ)二人掛かりで、純情な草食系少年をいたぶる。(まった)()って、()の母にして()の娘ありなのである。


 以前にも描写(びょうしゃ)したが、正太郎や祐子が住む渋川橋(しぶかわばし)周辺は、最近では、一端(いっぱし)の住宅街となっており、今でこそ、大型商業施設も(ひしめ)いているが、()の昔は巴川(ともえがわ)氾濫(はんらん)名残(なごり)で、沼地や池や低湿地帯だった(ところ)を埋め立てて、出来(でき)あがった様な土地(ところ)である。筆者が幼い頃は沼地や三日月湖等が、数多(あまた)残されており、()(ゆえ)に、母親に()われる(まま)に、金魚の(えさ)となる、水蚤(ミジンコ)水蠆(ヤゴ)田螺(たにし)の卵、布袋葵(ほていあおい)を良く採りに行ったものである。()れら沼地や貯木場は何時(いつ)しか姿を消し、埋め立てられ工場になった。当時は、実にごみごみした(ところ)で、ガシンガシンと、巨大(きょだい)(ハンマー)を打つ音や、チュイーンと()う、製材加工の(ノコギリ)刃音(はおと)(ひび)き渡る、()る種、妙な活気のある(まち)ではあった。巴川(ともえがわ)や大沢川沿いに大小様々(さまざま)な工場が、雑然(ざつぜん)とし(なが)らも櫛比(しっぴ)しており、合板(ベニヤ)工場や鍍金(メッキ)工場、何本もの煙突を生やした工場、鉄工所、金型工場の参差錯落(しんしさくらく)とした外観(がいかん)は、不揃(ふぞろ)(なが)らも風景に見事に調和(マッチ)していた。()れらの工場群からは、(あか)や、(あお)や、緑の毒々しい(まで)の色合いの工業排水が、川に注がれており、時折(ときおり)巴川(ともえがわ)を有り得ない様な色合いに()める事もあった。夕陽に()えた(うら)ぶれた工場群も、秋茜(あきあかね)が飛び交う貯木場も、今は清水の街でも見かけなくなってしまったが、()れも、(まぎ)れも無く、昭和の高度成長を支えた風景のひとつであり、今にして思えば、黄昏(たそがれ)に消え行く、セピア色の昭和の原風景であったのだろう。


 そんな次第(しだい)であり、正太郎、祐子の家周辺は、所謂(いわゆる)、場末の街と()っても()かった。家の前の県道67号、正太郎と祐子の家を(へだ)てる渋川橋(しぶかわばし)の通りは()(かく)として、祐子の家の前の巴川(ともえがわ)沿()いの道など夜になると、心寂(うらさび)れた人気(ひとけ)の無い道だったのである。(しか)し、大晦日(おおみそか)の深夜と()う、()の日、()の時間だけは少し違う。深夜であるにも(かかわ)らず、周囲(あたり)何処(どこ)かざわついており、いつもと異なり、新しい年を迎える、妙な活気に()(あふ)れていた。正太郎と祐子は小芝神社(おしばさん)に向かい、県道67号線を駅の方向に歩いていった。小芝神社(おしばさん)はいずなが、みにゃらを拾った神社であり、正太郎達の学区であり(なが)ら、正太郎や祐子の家から、然程(さほど)近いと()(わけ)でも無い。二人はテトテトと散歩でもする様な心持で歩を進める。


 (やが)て、二人は二の丸小学校へと折れる細い路地(ろじ)の様な道へと足を踏み入れた。()の道は路地(ろじ)の様な道ではあるが、昔からの街道ではある。駅から真直ぐに伸びた県道67号線と、斜めに交差する形の()の道は、永楽町の六助の家の(あた)りを(かす)めると、高橋と()う、昔(なが)らの集落にぶち当たる。江尻地区と高橋地区を一本の道で繋いでいる(ところ)からも、(おそ)らくは昭和の時代からの主要な街道であったに相違ない。()の道。再三描写(びょうしゃ)して来た様に、路地裏(ろじうら)の様な道なのであるが、(なん)()の昔は、路線バスが通っていたのである。普通車ですら容易に行き違う事が(むずか)しい()の道を、バスが通っていた事自体が驚嘆(きょうたん)に値する。


 正太郎と祐子は、二の丸の交差点(こうさてん)で旧国一を横断すると、二の丸稲荷神社(いなりじんじゃ)に立ち寄った。此処(ここ)の神社は幼稚園のむかいにある、極小(ごくちい)さな神社なのであるが、一平の家の裏手である。話に()れば、一平の家も此処(ここ)の神社の氏子(うじこ)であり、あるいはと思ったからである。寄って見ると(あん)(じょう)、ジャージ姿の一平が大人(おとな)たちに混じってお神酒(みき)を飲み(なが)ら、()()の番をしている。

「おっ、正太、祐子ちゃん。明けましておめでとう」

 一同は、新年の挨拶(あいさつ)を済ませた。すると、正太郎たちは、もう行くと()う。

「なんだ、もう行くのか? もうすぐ、六助(ロク)と修吾とヤスがくるぞ」

 アルコールのせいもあるのだろう。()の男、何時(いつ)に無く多弁である。

「ああ、すまんな。彼奴等(あいつら)にも(よろ)しく伝えておいてくれ」

 正太郎達は二の丸稲荷(おいなりさん)を辞すと、当初の目的だった小芝神社(おしばさん)に向った。小芝神社(おしばさん)二の丸稲荷(おいなりさん)(くら)べれば格段(かくだん)に大きな神社である。地元の氏神(うじがみ)さんであり、見知った顔も幾人か参拝(さんぱい)している。筆者も()の神社は子供の頃からの遊び場であり、時折(ときおり)やってくる、紙芝居(かみしばい)屋の一本50円の水飴(みずあめ)()(なが)ら、紙芝居(かみしばい)を見たものであった。彼らは紙芝居(かみしばい)(えさ)に、水飴(みずあめ)を子供達に売り(さば)くのである。そして、一番飴を白濁させた子供は、一本飴を無料(ただ)(もら)えるのである。今にして思えば、子供騙(こどもだま)しも()(ところ)なのであるが、当時、昭和40年代には、テレビも普及(ふきゅう)したてであり、()の手の如何(いかが)わしい行商人は(いま)生息(せいそく)しており、当時の子供達の(ささ)やかな娯楽の一つでもあった。当時、ラムネが一瓶(ひとびん)20円前後の時代であり、後々(のちのち)、社会問題にまで成った、仮面ライダースナックが一袋20円だった事を思えば、50円と()う価格は中々に高額なものであった。まあ、今にして思えば、()れも消え行く昭和の原風景であったのであろう。


 (さて)閑話休題(かんわきゅうだい)。深夜零時をまわる直前頃から小芝神社(おしばさん)に居合わせた人々たちの間で、突如(とつじょ)としてカウントダウンが始まった。


 5、4、3、…0.


 ハッピーニューイヤー。

 あけましておめでとう御座います。


 様々(さまざま)敬頌新禧(けいしょうしんき)が飛び交う中、正太郎と祐子は新年を祝いあった。思えば、昨年はいろんな事があったものだ。今年も()い年で有りますよう祈念(きねん)して、お参りを済ませ、帰路(いえじ)に着いたのであった。


 (さて)、明くる日の一月二日の事である。当日、いずなの家では朝も早いうちから、結構(けっこう)大童(おおわらわ)であった。(いく)ら子供達の集まりだとは()っても、(なん)の準備もしない(わけ)にはいかぬであろう。(しか)し、其処(そこ)は予期せぬ、助っ人たちが現れたのである。まず、六助の両親たちが揚げたての大量のから揚げを持ち込んだ。また、小百合の家の父親と、敬介の父親が新たに突き入れたお餅をそれぞれ持ち込んだ。また、(あおい)の家からは新巻鮭(あらまきしゃけ)が届けられた。()くして、子供達だけだと思われた集いは、()れに関わる大人(おとな)たちの手に()って、(はな)やかに、そして、(あで)やかに(いろど)られて行ったのである。


 当日、9時過ぎ。一時間も早く村松原(むらまつはら)交差点(こうさてん)(わき)の小泉医院に到着したのは、正太郎と祐子であった。正太郎は水色のトレーナーにジーンズ。祐子は鶯色(うぐいすいろ)のセーターに茶色のスカートと(まった)くの普段着(ふだんぎ)(まま)である。彼らは準備のお手伝いをする心算(つもり)で、一時間早くやって来たのであった。彼らを迎えたのは、鮮やかな赤の振袖姿(ふりそですがた)のいずな、黒の留袖姿(とめそですがた)の順子先生、そして、羽織袴(はおりはかま)の吾郎先生であった。流石(さすが)に元プロ棋士である。()の姿、何処(どこ)と無く威厳(いげん)に満ちている。一同は新年の挨拶(あいさつ)の後、早速(さっそく)、準備のお手伝いを始める。その間にも、みうみう、ひろみ、高志、明彦、凛子らが到着した。みうみうは赤のトレーナーに白で犬のペイントがされている。下は気軽なジーンズ姿である。

「うわー、みうみう。()れかわいい。ペスだね」

 早速(さっそく)、祐子が食いつく。

「そーだよ。ペスそっくりだから、買っちゃった」

「うわあ、いいなあ。後から何処(どこ)で買ったか教えてね」

「うん。いいよお」

 そんな、長閑(のどか)(くだり)があるかと思えば、浅葱色(あさぎいろ)のセーターにジーンズのひろみが、いずなに対して語り掛ける。

「うわあ。いずな振袖(ふりそで)なんだあ。綺麗(きれい)だね。良く似合っているよ」

「ムッキー、ひろみっちこそ、振袖(ふりそで)かと思った」

 ひろみは、大仰(おおぎょう)に手を横に振ると、

無理(ムリ)無理(ムリ)無理(ムリ)昨日(きのう)一日(いちんち)着てたけど、あれって、拘束着(こうそくぎ)と変らないわよ。大体(だいたい)、あれじゃあ、喧嘩(けんか)出来(でき)やしない…」

 革ジャンにジーパンの高志が(あき)れる。

抑々(そもそも)、新年早々(そうそう)一体(いったい)、誰と喧嘩(けんか)する心算(つもり)なんだ。物騒(ぶっそう)(やつ)だな。手前(テメー)は?」

 ()の高志であるが、いずなのご両親と対面した時の事である。(なに)やら怒っている。

「やい、こら、いずな」

「ムッキー。(なに)よハロゲン族」

手前(テメー)も人が悪い。こんな綺麗(きれい)な姉ちゃんがいるなら、何故(なぜ)、先に()わねえ」

「まあ、お上手(じょうず)な」

 順子先生は、娘の様にぽっと(ほほ)を赤らめると、満更(まんざら)でも無い風である。吾郎先生の奥方(おくがた)は、矢張(やは)傾城(けいせい)の美女である。()の美しさは稀世(きせい)の感が有る。

「ムッキイ。()の人、いずなのママだよ」

「へっ」

 高志は目を丸くすると、順子先生と吾郎先生をまじまじと見較べる。そして、(おもむろ)に、()()った。

「…いずな、お前、ひょっとして父ちゃん似か?」

「ムッカー、(なん)か失礼! いろんな意味で」

 (しか)し、()かさず、ひろみが後ろから高志を締め上げると、吾郎先生に謝った。

「先生。すみません。後から良く()っておきますから…」

「ぐえぇ…」

 高志は(なか)ば白目をむいている。吾郎先生は一向(いっこう)に気にした風も無く、

「はっはっは。元気な子供達だねえ」

 と、笑い飛ばしている。

「ムッキー、笑っていられるのも、今のうちだけだよ。パパ」

 いずなが渋い顔で釘を刺す。続いて(あおい)、ヤスベエ、小百合と良介、千穂の兄弟、敬介。そして、最後に六助と一平が到着し、全員集合と相成った。会場であるいずなの家では、普段(ふだん)使っている居間の他に、客間2部屋と吾郎先生の書斎を開放して会場とした。一同は順子先生が腕によりを掛けたご馳走(ちそう)を始め、六助の父ちゃんが持ち寄った鳥の唐揚げ、敬介、小百合が持ち寄ったお餅。いろんな料理を前にジュースで乾杯をした。


「あけまして、おめでとうございます」


 愈々(いよいよ)怒涛(どとう)の大宴会が開催された。食事の後には、順子先生、祐子、凛子、(あおい)()る百人一首大会。女たちの熱き戦いである。()(かたわ)らでは、正太郎の懇願(こんがん)により、吾郎先生との囲碁対決が実現している。吾郎先生に井目風鈴(せいもくふうりん)で相手をしてもらってはいるが、元プロ棋士のタイトルホルダーである。()れでも相手にすらならない。高志、いずな、良介、千穂はモニターの前でぷよぷよ対決である。かと思えば、小百合、六助、一平、みうみうはカタン対決である。明彦とヤスベエは何事(なにごと)(なご)やかに談笑(だんしょう)している。

「正月って()ったら、やっぱり、双六(すごろく)だろ」

 と()う高志が、いずなと西洋双六(バック・ギャモン)対決を始める。(すこぶ)る意外な事に、結果は高志の3戦全勝であった。

「むっきー。強いなあ」

「はっはっは。兄貴に鍛えられたからな」

「へえぇ。菜月ちゃんに勝ったのか。なら、今度は私とやろう」

 今度は吾郎先生との対戦である。()れでも、(なお)、高志の2勝1敗である。

「はっはっは。本当に強いねえ」

 吾郎先生は素直(すなお)()(たた)える。

「ムッキー。(なん)(くや)しいなあ」

「いずなちゃん、気にするなよ。所詮(しょせん)賽子(サイコロ)勝負なんだろ?」

 (なぐ)めるのは敬介である。

「違うよ。ケースケ。あのゲームは如実(にょじつ)に実力差が出るんだよ。彼奴(あいつ)の一手一手は、普通にAIレベルだよ」

「そうなんだ…」

「いやあ、完敗だ。君、西洋双六(バック・ギャモン)は本当に強いねえ」

「見たかいずな。元プロのお墨付きを(もら)ったぞ」

 高志は鼻高々(はなたかだか)である。

「別に、パパ、西洋双六(バック・ギャモン)の元プロじゃあ無いんだけど…」

 いずなは少々(しょうしょう)むくれている。


 (やが)て、一段落(ひとだんらく)着いた時の事である。(おもむろ)に、(つぶや)き始めるのは祐子である。

「そう()えば正ちゃん」

「?」

「今回もあったのかなあ…」

「?」

「いや、あのね。数学の補習(ほしゅう)の、羅漢(らかん)先生のクイズ」

 正太郎は、祐子の()わんとしている事が、(ようや)くに飲み込めた。(たし)かに薬缶(やかん)は、去年の夏休み、数学の補習(ほしゅう)では、中々に難易度(なんいど)の高いクイズを出題していたのだった。

「さあ、如何(どう)だろう? (おれ)、今回は補習(ほしゅう)じゃ無かったから…」

「あっそう()えば、そうか」

「そうだよ。ひどいよ。もう」

 ()の決め付けは、流石(さすが)に正太郎に対して失礼であろう。祐子は、正太郎が数学の補習(ほしゅう)を回避した事を一緒に喜んでくれていた(はず)である。(しか)し、つい、イメージが先行し、()の様な発言に(およ)んでしまったのである。昨今(さっこん)()(ところ)無意識下の偏見アンコンシャス・バイアス()(やつ)であろう。()れでも、正太郎は然程(さほど)怒った風も無く、

「ほら、其処(そこ)に敬介がいるよ。聞いて見ようよ」

 と()い。

「おーい、敬介」

 と、何事(なにごと)かいずなと談笑(だんしょう)している敬介に声を掛けた。敬介は今回、数学の補習(ほしゅう)を受けているのを正太郎は知っている。流石(さすが)()の場合は無意識下の偏見アンコンシャス・バイアスには当らない。

「ん、如何(どう)した正太?」

 敬介は気さくに応じた。正太郎と祐子は事情を説明すると再び(たず)ねた。敬介は(おもむろ)に考え込むと、(つぶや)いた。

「そう()えば、(たし)かあったなあ。(なん)でも桃とメロンを(なん)とかするってな、問題だったけど…」

(くわ)しく!」

 祐子がすかさず食いつく。(しか)し、()れに対する敬介の回答は、祐子を失望させるものであった。

「ごめん。祐子ちゃん。詳細(しょうさい)(まった)く覚えて無いよ」

 ()れは、敬介の()う事を一概(いちがい)には責められないであろう。あの時、敬介は補習(ほしゅう)の後にいずなとのデートが控えており、補習(ほしゅう)に対しては気も(そぞ)ろであったに相違無(そういな)い。

「むっきー。ケースケったら。授業はちゃんと聞かなきゃ駄目(だめ)でしょう」

「ごめん、いずなちゃん」

 祐子は残念(ざんねん)そうに(つぶや)いた。

「えーと、いずなちゃんは…。流石(さすが)に出てないか」

「ごめん。ゆーちん。流石(さすが)にいずな、補習(ほしゅう)には出て無いよ」

 いずなは思わず苦笑(くしょう)する。祐子はクイズ知りたさで、状況認識能力が多少(たしょう)混乱を来たしている様である。正太郎は()(かく)、学年有数の優等生で自身と同等水準(レベル)のいずなに聞いた(ところ)で、補習(ほしゅう)になぞ出ている(はず)が無いのだ。祐子は思わず(あた)りを顧眄(こべん)する。

流石(さすが)(あおい)ちゃんも…。出てないよね?」

一体(いったい)(なん)の話?」

 (さら)に祐子は顧眄(こべん)を続ける。

「高志君も…。違うよね?」

一体(いったい)(なん)の話だ?」

 ()れは、いくら(なん)でも、流石(さすが)に彼らに失礼であろう。クイズ知りたさとは()え、(あおい)、高志ともに数学上位組。学年二桁順位なのである。数学補習(ほしゅう)に参加している姿は想像出来(でき)ない。(しか)()うして見ると、()のメンバー、割と優等生が多いのである。補習(ほしゅう)受講者を探すのは、意外にも難しいのである。祐子は彼らに事情を説明して、高志達にも協力を(あお)いだ。


 高志が状況を理解して、得意そうに()った。

「つまり、今回、数学の補習(ほしゅう)受講者を探せば()(わけ)だ。だったら簡単じゃねーか。おーい、正太…」

「おい、ふざけんな。(おれ)は今回は、違うと()っただろ」

 高志は周囲を顧眄(こべん)する。

「まさかな。だが、ワンチャンあるかもしれねえな。おーい、明彦…」

「ある(わけ)ねーだろ。締め落すぞ、こらっ」

 冷やかに返す明彦を尻目(しりめ)に、最後に辿(たど)り着いたのがひろみだった。

「ひろみ、お前は…」

 だが、ひろみは後ろから高志を締め上げている。

「ある(わけ)無いでしょ。大体(だいたい)、あの時、二人で何処(どこ)行っていたと思って…」

「うっきー。何処(どこ)に行ったの?」

 みうみうの返しに、はっと我に帰るひろみ。しどろもどろになり(なが)ら、

「パ、パフェを食べに行っただけよねえ。ねぇっ、高志」

 だが、肝心(かんじん)な高志は同意をせずに、白目を()いている。

「むっきー、みうみうは、今回、補習(ほしゅう)出たの?」

「うん。出たよ。英・数・国。主要3科目は(すべ)て出たよ。皆勤賞(かいきんしょう)だよ」

 と、(あま)自慢(じまん)にもならぬ事を自慢(じまん)する。其処(そこ)で祐子ががばっと身を乗り出す。

「ねえ、みうみう。数学の補習(ほしゅう)の事なんだけど…。羅漢(らかん)先生、(なん)かクイズを出さなかった? 如何(どう)?」

「うーん」

 首を(かし)げて考え込むみうみうであったが、(やが)て、ニッコリと微笑(ほほえ)むと()()った。()仕草(しぐさ)足跡処気(あどとけ)ない幼女の様で、中々に可愛(かわい)らしい。

「うーん。なんか果物(くだもの)一杯(いっぱい)買う話だったよ。桃とか、栗とか、西瓜(スイカ)とか…」

(くわ)しく!」

 祐子が身を乗り出すも、みうみうは済まなそうに答える。

「ごめん。ゆーちん。()れ以上の情報は思い出せないよ」

「そう…」

 祐子は(すこぶ)残念(ざんねん)そうに(うなず)く。だが、祐子は(あきら)めない。カタン中の六助と一平に事情を話した。(しか)し、一平からは、

「すまん。祐子ちゃん。如何(どう)()(わけ)不思議(ふしぎ)な事に、補習中(ほしゅうちゅう)の事は一切合切(いっさいがっさい)記憶が無いんだ…」

不思議(ふしぎ)でも何でもねーだろ。手前(テメー)終始一貫(しゅうしいっかん)して爆睡(ばくすい)してたじゃねーか?」

「何だと? そう()手前(テメー)如何(どう)なんだ?」

「ばかやろ。覚えている(わけ)ねーだろ。(なに)やら果物(くだもの)沢山(たくさん)買う話をしていたが…」

(くわ)しく!」

「すまん、祐子ちゃん。(おれ)()れ以上は覚えてねーわ」

「うううーっ」

 地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがる祐子。高志が残念(ざんねん)そうに声を掛ける。

流石(さすが)万策(ばんさく)()きたか…」

「ううん。()だ望みがあるよ。そ、そうだ。正ちゃんなら。ねえ、正ちゃん(たし)か出ていなかったっけか?」

「怒るよ、祐ちゃん。…もう」

「そうだ! ()い考えがある。羅漢(らかん)先生に電話をして聞けば()いんだ」

「うわあ、待て待て、新年早々(そうそう)薬缶(やかん)だって迷惑だろうに…」

 正太郎が(あわ)てて止めに入る。祐子は問題知りたさで、多少(たしょう)常軌(じょうき)(いっ)している。騒ぎを聞きつけたヤスベエが顔を出す。


「もう、一体(いったい)(なん)の騒ぎ?」

「あっ、康代ちゃん。康代ちゃんね、数学の補習(ほしゅう)出た?」

「出たわよ。みうみうと一緒に。英数国、皆勤賞(かいきんしょう)だったよねー」

「だよねー」

 ヤスベエとみうみうは妙な(ところ)で互いに傷を()めあっている。

「ねえ、康代ちゃん。()の時に羅漢(らかん)先生、(なん)かクイズを出さなかった?」

「ああ、恒例(こうれい)(やつ)ね。出してたよ。(なん)果物(くだもの)を一杯買う話」

(くわ)しく!」

「待ってよ、祐子。流石(さすが)に覚えて無いわよ」

駄目(だめ)かあ…」

「でも、安心して、祐子。()れなら(たし)か…」

 指でぽちぽちと携帯(スマホ)を操作すると、祐子に見せた。

「ほら、清高通信に載っていたよ。薬缶(やかん)(ヤツ)補習(ほしゅう)の後で掲載したのね…」

 清高通信とは清水高校の所謂(いわゆる)HP(ホーム・ページ)である。正太郎達も、時折(ときおり)閲覧(えつらん)はするものの、流石(さすが)()の様なトピックス的な記事には気がつかなかった。()れは以下の様な問題であったのである。祐子は自身の携帯(スマホ)を凝視する。いずなも(くだん)の問題文をノートパソコンで確認した後、()かさず、プリントアウトした。以下を列挙(れっきょ)する。


『桃も(すもも)もさくらんぼ


 花子さんは、おばあちゃんから6,000円(もら)いお使いを頼まれました。

 水蜜桃(すいみつとう) 340円。

 メロン 290円。

 さくらんぼ 17円。

 すもも 51円。

 (すべ)て、最低一つは購入した場合、6,000円を(すべ)て使い切るとしたら、メロンは(なん)個購入する事になるのでしょうか?』


「へええ、()れかあ」

 祐子からは思わず安堵(あんど)溜息(ためいき)()れた。余程(よほど)、問題を知りたかったのであろう。

「だが、妙な問題だな。一見、ただの鶴亀算(つるかめざん)の様にも思えるが…」

 疑問を口にするのは明彦である。

鶴亀算(つるかめざん)(わけ)あるか。(つる)さんと(かめ)さんの他に犬さんと猫さんも混じってやがるじゃねーか。みうみうのバカめ。大体(だいたい)西瓜(スイカ)も栗も入ってねーじゃねーか。よーし、()くなる上は…。一度、自慢(じまん)()西瓜(スイカ)触らせろ。ついでにモモとクリも…」

「うっきゃあ、(なに)、すんの。ハロゲン族。変態!」

「どさくさに(まぎ)れて、(なに)、とんでも無い事、しようとしてんのよ」

 ひろみが後ろから、脳天(のうてん)肘打(ひじう)ちをお見舞いする。

()れにしても、妙だな。()れって、6,000円(すべ)てを使い切る前提であれば、メロンの個数は特定されると()う事だよな…」

「そんな事ってあるのかしら…」

 明彦と凛子が、問題に対する違和感を口にする。其処(そこ)異論(いろん)を唱えるのはみうみうである。

「えっ、でも、()の問題なら、みうみう、補習(ほしゅう)中に解けたよ」

「えっ、まじか?」

 驚く敬介。

(にわ)かには信じ難い話だが、如何(どう)やったんだ? ()ってみろよ」

 と、高志が疑り深げに()う。

「簡単だよ。まず、おばあちゃんの希望どおり、各品目を1個づつ買うの」

「ふむふむ」

「うっきー、()れで698円でしょ。()れで、残りの5,302円は恵まれない子供達に寄付をするの…。()れなら天国のおばあちゃんも、屹度(きっと)、喜んでくれるよ」

「うわあ、(なに)()ってやがる。駄目(だめ)だろ、()れは」

「えー、駄目(だめ)じゃないよ。人として正しい事なんだよ!」

「人として、正しいかも知れねえが、クイズ的には駄目(アウト)だろ。大体(だいたい)、どさくさに(まぎ)れて、勝手にばあちゃんを殺してんじゃねえ! (まった)く、(ちち)がでけえ(くせ)に使えねえなあ」

「むっかあ」

 みうみうがふくれている。()れを見ていた六助が口を(はさ)む。

「お前なあ、こんな問題でみうみうを当てにして如何(どう)する?」

「なら、お前には(わか)るって()うのか?」

「ったりめえだろ。まず、西瓜(スイカ)真桑瓜(まくわうり)を買うんだ。あれはうめえからな」

「おい、何か、また新要素が出てきたぞ? 真桑瓜(まくわうり)なんてあったか?」

 敬介が疑問を(てい)するが、高志は先を(うなが)す。

()れで?」

「残りはスパイクを買う資金の()しにするに決ってんだろ」

「うわー、(なん)て事すんだ。手前(テメー)は。クイズ以前に、人として駄目(アウト)だろ。ばあちゃん、泣いちまうぞ」

「なーに、ばあちゃんも可愛(かわい)い孫の(ため)だ。草葉(くさば)の陰で、屹度(きっと)、喜んでくれるさ」

「たく、何奴(どいつ)此奴(こいつ)も、(ろく)なもんじゃあねえな。挙句(あげく)()てに、勝手(かって)にばあちゃん殺しちまうし…」

 高志が嘆息(たんそく)する横で、敬介が(あき)れる。

「お前なあ、彼奴(あいつ)らに(なに)を期待してたんだ。本当に解けたんなら、問題ぐれえ覚えているだろうに…」

「でも、()れなら正太が作ったVBA(プログラム)が使えんじゃね?」

「『つるかめ君』か? ありゃあ、無理(むり)だ。そんな仕様になってねえもん」

(なん)だそりゃ」

 突っ込みを入れる高志に六助と正太郎。彼らが話しているのは、正太郎が中学3年の夏休み自由研究で発表した自作のVBAビジュアル・ベーシックの事である。表題(タイトル)を『つるかめ君』と()う。六助が続ける。

如何(どう)せ、おめえのHP(ホーム・ページ)()()ってあんだろ。いずなの姉ちゃんちょっとPC借りるぜ」

「ちょ、ちょっと…」

 六助は正太郎のHP(ホーム・ページ)にアクセスすると、(くだん)のページを開き、ZIPファイルをDL(ダウン・ロード)した。いずなが不安げに声を掛ける。

「ちょっと、正ちん。()れ、大丈夫(だいじょうぶ)なんだよね?」

多少(たしょう)、ウイルスっぽい動きをするが、大丈夫(だいじょうぶ)だ。問題ない」

(なん)か、不安しか無いんだけど…」

 ZIPファイルを解凍(かいとう)すると、エクセルファイルが現れた。確かに、ファイル名が『つるかめ君』となっている。其のエクセルファイルを開くと、ババンとユーザーフォームが現れた。


『つるかめ君へようこそ。早速(さっそく)ですが、つるさんとかめさん全部で(なん)人ですか? 自然数でお答えください』


(なん)人って(なん)だ? つるさんもかめさんも人じゃあねーだろ」

(こま)けぇこたぁ()いんだよ!」

 やりあう敬介と正太郎を他所(よそ)に、高志は入力する。

「おー、結構本格的だな。えーと、2人と…」


『足は全部で(なん)本ですか? 自然数でお答えください』


「えーと6本と…」

 すると、エクセルシート上に、

 x+y=2

 2x+4y=6

 x=1,y=1

 と表示された。高志が感心する。

「なんか、バカバカしいが、見事なもんだ」

 祐子も我が事の様に自慢(じまん)する。

「でしょう。()れにエラートラップがとても秀逸(しゅういつ)なの。例えば、足の数を奇数入れてみて」

 ブボッと()う警告音と(とも)に、以下の警告が表示された。


『足の数がおかしいです。(さて)は第三の足まで数えてますね?』


「く、くだらねえ」

(なん)か、馬鹿馬鹿(ばかばか)しいわねえ」

 明彦と凛子が(あき)れる。

「他にも例えば0を入れてみて」


『私は自然数に0を入れない派なんです』


「…」

「だから、(なん)なんだよ」

()れでもう一回間違えると…」


『テメエ3回も間違えやがって。もう、頭に来た。()のPCの全データを消去(デリート)してやる!』


「ムッキー。(なん)なの、此のVBA(プログラム)。正ちん、本当に大丈夫(だいじょうぶ)なんでしょうね? ()れ」

「ああ、大丈夫(だいじょうぶ)だ。ただの冗談(ジョーク)だ」

「本当にウィルス(まが)いの動きをするなあ…」

 否定的(ネガティブ)方向(ベクトル)に感心する敬介に加え、明彦も(あき)れる。

(ただ)のブラクラじゃねーか」

()れで、根源的な質問なんだが。()のいかれたVBA(プログラム)が、()の問題の解決に何処(どこ)寄与(きよ)するのか?」

「うんにゃ。多分(たぶん)しねーよ」

「アホか手前(テメー)は」

「だから、(ハナ)から関係ねえって()ってただろうが。文句(もんく)なら六助(ロク)()え」

 其の六助であるが、さっさとカタンに戻ってしまっている。


 いつものメンバーが落語の様な(くだり)をつけている中、鉛筆を(くわ)えたいずなが祐子と向かい合う。

「うーん、ゆうちん。如何(どう)思う? エクセルかなんかを使って、力技(ブルート・フォース)をすれば(なん)とかなるとは思うんだけど…」

「でも、いずなちゃん。あの羅漢(らかん)先生がそんな問題を出すと思う?」

其処(そこ)なんだよねえ…。(たし)かにそう考えれば、(なん)論理的(ロジカル)な解法があるとは思うんだけど…」


 其処(そこ)へ子供たちから解放された吾郎先生がやって来た。一様に首を(かし)げている一同に、(いぶ)しげに声を掛けた。

「おや、如何(どう)したんだい? 君達」

 いずなは黙ってプリントアウトした紙片を渡す。吾郎先生は、ふむふむと(うなず)(なが)ら、一読していたが、読み終えると、()()った。

成程(なるほど)ね。中々に面白(おもしろ)い問題だね」

「えっ、パパ。ひょっとして(わか)ったの?」

「ははは。まあね」

「むっきー。教えて、パパ」

駄目(だめ)だよ。菜月ちゃん。こんな良質な問題には、滅多(めった)にお目にかかれ無いよ。()()()い問題は、ちゃんと自分で考えないと…」

「ムッキー。何時(いつ)ぞやのゆうちんみたいな事を()ってる…」

此処(ここ)で答えを()うのは簡単だが、解けてない人間からしてみれば、100%、『何故(なぜ)?』と()う問いが帰ってくる。()いかい? ()()う問題はね、まあ、(すべ)てのパズルがそうなんだが、()何故(なぜ)()う部分が一番重要なんだよ。(すなわ)ち、論理(ロジック)の部分なんだがね。だから、論理(ロジック)(わか)れば(おの)ずと解答も現れると()(わけ)さ。まあ、()の問題は解法は(いく)らもあるとは思うけど…」

 其処(そこ)へ良助と千穂がやって来た。

「あっ、おじさんいた。さあ、早くぷよぷよやろうよ」

 吾郎先生は子供達に捕まってしまった。だが、(あきら)めきれない敬介が声を掛ける。

「待ってください。お父さん。せめて、ヒントだけでも…」

 吾郎先生は立ち止まって、優しげに答えた。

「そうだね。()の問題の表題(タイトル)が最大のヒントだと思うよ。(おそ)らく、出題者もそう考えて、()表題(タイトル)にしたと思うからね」

 吾郎先生はそう答えると、子供達に連れて行かれてしまった。


 あけまして桃も(すもも)もさくらんぼ


 一同は途方(とほう)に暮れ、顔を見合すばかりである。


【新年緊急特別告知】

『桃も(すもも)もさくらんぼ


 花子さんは、おばあちゃんから6,000円(もら)いお使いを頼まれました。

 水蜜桃(すいみつとう) 340円。

 メロン 290円。

 さくらんぼ 17円。

 すもも 51円。

 (すべ)て、最低一つは購入した場合、6,000円を(すべ)て使い切るとしたら、メロンは(なん)個購入する事になるのでしょうか?』


 (さて)此処(ここ)で本を置いて考えてみよう。意外とスッキリ解けますよ。()れでは、読者の皆様。()いお年を。

さて、久し振りの数理パズル物です。今回は前後編にして見ました。1ヶ月時間が有りますので、じっくりといて下さい。次回、『第44話 あけまして桃も李もさくらんぼ【解決編】』。お楽しみに。

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