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第42話 ただいま!(石和温泉旅行編【6/6】)

 (さて)、あくる日の事である。朝7時過ぎ、(みんな)は三々五々、起床する事となった。()うして描写(びょうしゃ)をすると、少しドキリとする事ではあるが、昨日(さくじつ)は、夜23時ごろゆり姉の発案(はつあん)()り、男子部屋と女子部屋の(くく)りから解放し、部屋を早寝組と遅寝組に分けたのである。早寝組は、ゆり姉、正太郎、祐子、六助、一平、みうみう、(あおい)であり、彼らが女子部屋に移り、残りは遅寝(徹夜)組となったのである。勿論(もちろん)、ゆり姉は、唯一(ゆいいつ)、成年した引率者(いんそつしゃ)として、呉々(くれぐれ)も、風紀倫常(ふうきりんじょう)(みだ)るる事無(ことな)(よう)(くぎ)を刺す事も忘れなかった。そして、()(あた)りは一同全員が良く理解していたのであった。とは()うものの、深夜、近所のコンビニに飲み物を買いに行く者もいたし、()途次(みちすがら)(しばら)く二人だけで星を見るなどと()った、甘い瞬間(ひととき)も有った様ではある。また、早寝部屋であっても、本当に早寝であったのは、小百合(さゆり)、六助、一平だけであり、正太郎と祐子は1時過ぎまで、みうみうと(あおい)は2時過ぎまで遅寝(徹夜)部屋でウノとかミールボーンズを楽しんだのであった。


 愈々(いよいよ)、チェックアウトの(さい)帰路(きろ)の手段についても、多少(たしょう)の議論が起こった。当初はゆり姉以外JRと()う案もあったのであるが、()れには、一平が大いに難色(なんしょく)を示した。()りとて、一平だけが車では、若い男女の事である。どの様な間違いが出来(しゅったい)するかも知れず、一部の者(まあ、此処(ここ)で間違いを危惧(きぐ)する人間は、往々(おうおう)にして、間違いが起こり()余地(よち)が有る事を知悉(ちしつ)する一部の人間(メンバー)なのではあるが)から、懸念(けねん)された事もあり、往路(おうろ)のメンバーでだとか、()ては籤引(くじびき)でだとか、意見が噴出(ふんしゅつ)する中で、帰路(きろ)自動車希望の意見を()った(ところ)、一平、正太郎、祐子、みうみうの4名が名乗りを挙げ、何の事は無い、2日目の自動車組のメンバーで、すんなりと決ったのである。


 (したが)って、帰路(きろ)は正太郎達、自動車組の視点で描写(びょうしゃ)していく事となる。石和(いさわ)から清水(まで)、自動車を使った移動を考えた場合、(いく)つものルートが考えられる。高速をどの位使うかによっても変ってくるのであるが、まず、一般的なのが、国道140号を笛吹川(ふえふきがわ)沿()いに南下(なんか)し、甲府(こうふ)盆地(ぼんち)南底部(なんていぶ)である増穂(ますほ)IC(インター・チェンジ)から中部横断自動車道で一気に清水(まで)南下(なんか)()うルートが一般的であるものと思われる。(ある)いは、高速代を節約したければ、増穂(ますほ)から国道52号を利用しても良いだろう。()のルート、昭和の時代に比べ、昭和61年の山梨国体を機に52号バイパスも大分整備されたので、割と走り(やす)くは成っている。変化を楽しみたければ、甲府南(こうふみなみ)IC(インター・チェンジ)付近から国道358号を抜け精進湖(しょうじこ)(わき)に出るルート、(ぞく)精進(しょうじ)みちと呼ばれるルートもあるにはあるが、実際(じっさい)()のルートを抜けた事がある人なら(わか)ると思うのだが、結構(けっこう)峻険(しゅんけん)で高低差もあり、カーブの連続なのである。小百合(さゆり)の様に免許の取立ての運転手(ドライバー)には、非常に過酷(かこく)なルートであり、(さら)には、祐子やみうみうと()った乗り物に弱い人間がいる場合には絶対に不向きなルートでもある。ゆり姉が選択したルートは一見(いっけん)不合理な(まで)贅沢(ぜいたく)なルートであった。彼女は国道20号、勝沼バイパスを東に向け進路をとった。3キロ(ほど)走行すると、(すぐ)に中央高速の一宮御坂(いちのみやみさか)IC(インター・チェンジ)である。此処(ここ)から中央高速下り線にのる。中央高速は甲府(こうふ)盆地(ぼんち)中央部を南に迂回(うかい)する様な形で、回り込む。そして、甲府南(こうふみなみ)IC(インター・チェンジ)本来(ほんらい)、清水に向うのであれば、此処(ここ)で降りて国道140号、(ぞく)()笛吹(ふえふき)ラインを笛吹川(ふえふきがわ)沿()いに南西に進めば、市川大門駅(いちかわだいもんえき)がある市川三郷町(いちかわみさとちょう)の集落であり、其処(そこ)釜無川(かまなしがわ)を渡れば(すぐ)増穂(ますほ)IC(インター・チェンジ)なのである。(しか)し、ゆり姉は甲府南(こうふみなみ)IC(インター・チェンジ)を素通りし、(さら)に中央高速を西に進んだ。中央高速は、中央市に入った(あた)りで、北へ90度、進路を変え、此処(ここ)から一気に北上する。車窓(しゃそう)右手からは初冬(しょとう)朝靄(あさもや)の中、気だるい(たたず)まいの甲府(こうふ)(まち)が、のんびりと横たわっているのが見えた。()れにしても、ゆり姉は何故(なにゆえ)斯様(かよう)なルートをとったのであろうか? ()れは、()の先にある双葉(ふたば)SA(サービス・エリア)に立ち寄る(ため)である。()SA(サービス・エリア)はかなり大規模(だいきぼ)SA(サービス・エリア)であり、土産物(みやげもの)などの購入には格好(かっこう)であったのだ。山梨の名産品のみならず、近隣(きんりん)甲信越(こうしんえつ)周辺(しゅうへん)土産物(みやげもの)(まで)も取り扱っている。


 一同は駐車場に止まると、(はじ)かれた様に車から飛び出して来た。彼らはSA(サービス・エリア)に入ると、早速(さっそく)、思い思いの土産物(みやげもの)物色(ぶっしょく)し始めた。ゆり姉は解放された様に、喫煙所で煙草(タバコ)をふかしている(気持ちは良く(わか)る。でも、煙草(タバコ)は二十歳を過ぎてからだよ)。祐子もみうみうも乗車前に服用した酔い止めのおかげか、懸念(けねん)された乗り物酔いも無く、実に快適なドライブを満喫(まんきつ)出来(でき)ている様で、にこやかに買い物に精を出している。正太郎は当初の約定(やくじょう)(どお)りに、ほうとうと桔梗(ききょう)信玄餅(しんげんもち)を買い込んだ。祐子はと()うと、ほうとうと桔梗(ききょう)信玄餅(しんげんもち)に加え、甲州名物シャインマスカット。富士山クッキーや葡萄(ぶどう)や桃の色鮮(いろあざ)やかなゼリー菓子。綺麗(きれい)な富士山や富士五湖の絵葉書を買い込んだ。(さら)に祐子はみうみうと連れ立って、車内で食べる(ため)であろうか。甘味(かんみ)大福(だいふく)草餅(くさもち)団子(だんご)(たぐい)。そして、アイスクリームを買い込んだ。車内での位置関係は、乗り物に弱い祐子とみうみうが後部座席の窓側。一平が助手席。()れは一平の心情を(おもんぱか)ったと()うよりも、一平の様な高身長の人物を後部座席に()えると、運転手の後部視界が(いちじる)しく制限を受けるからである。(したが)って、(いきお)い、正太郎が後部座席真ん中にならざるを得ない。正太郎自身、後部座席の中央に来るのは、然程(さほど)(やぶさ)かでは無いのだが、両隣で甘味(かんみ)をもしゃもしゃ食べられるのは、ちと、(つら)い。以前から、描写(びょうしゃ)した様に、正太郎には糖尿病(DM)()持病(じびょう)がある。甘味(かんみ)我慢(がまん)するのも大変だと()うのに、眼前(がんぜん)舌鼓(したつづみ)を打たれるのは、流石(さすが)(たま)らない。祐子も正太郎の持病(じびょう)は、勿論(もちろん)、知っている。多少(たしょう)、申し(わけ)ないとは思いつつも、彼女は肥満女子(おでぶ)にありがちな、自分の食欲には(すこぶ)饕餮(とうてつ)な一面を持つ。そんな次第(しだい)であるから、帰りの車中では、正太郎にとって誠に不本意(ふほんい)(なが)ら暴飲暴食タイムと成ってしまったのである。


 (さて)、一行は双葉(ふたば)SA(サービス・エリア)を出発した。双葉(ふたば)SA(サービス・エリア)甲府(こうふ)盆地(ぼんち)見下(みお)ろす北西の高台の上にあり、甲府(こうふ)市街地(しがいち)に対する景観(けいかん)(すこぶ)る良い。彼らは後ろ髪惹(がみひ)かれる想いで北西へと進路を向ける。そして、双葉(ふたば)JCT(ジャンクション)此処(ここ)で中部横断自動車道と分岐(ぶんき)・合流する形となる。(やが)て、中部横断自動車道にのると、()の進路を360度(てん)ずる。釜無川(かまなしがわ)渡河(とか)すると、一度西に向うものの、()(のち)、一気に南下(なんか)を始め、峡南地区(きょうなんちく)へと向うのである。中部横断自動車道は最近開通した道路であり、随分(ずいぶん)と高い位置に道路が(しつら)えてある。()れは峡南地区(きょうなんちく)県境(けんきょう)を抜けてからもより顕著(けんちょ)であり、車窓(しゃそう)の視点が極めて高い事を意味する。実際(じっさい)、運転してみれば分るが、ちょっとしたジェットコースター気分なのである。(やが)て、増穂(ますほ)IC(インター・チェンジ)を通過後、道の駅富士川で、一旦(いったん)、トイレ休憩をした。此処(ここ)、富士川町は甲府(こうふ)盆地(ぼんち)の最底部に当る。身延線(みのぶせん)()えば、市川大門駅(いちかわだいもんえき)(ある)いは鰍沢口駅(かじかざわぐちえき)が最寄り駅となるのであろう。此処(ここ)から先は、富士川を東岸に渡河(とか)し、峻険(しゅんけん)天子山地(てんしさんち)に分け入っていく事となり、隧道(トンネル)がちのルートとなるのである。


 一方(いっぽう)、電車組は甲府(こうふ)発10時44分のふじかわ6号の切符が取れた(ため)甲府駅(こうふえき)周辺(しゅうへん)で一時間半ほど、時間を(つぶ)す形となった。(もっと)も、時間を(つぶ)すとは()っても、石和温泉駅(いさわおんせんえき)甲府駅(こうふえき)周辺(しゅうへん)土産物(みやげもの)屋でお土産(みやげ)物色(ぶっしょく)をしていた(ため)然程(さほど)、時間的余裕があった様には感じられなかった。()れでも、彼らは山の様にお土産(みやげ)を買い込むと、早速(さっそく)、ふじかわ6号に乗り込んだ。(しか)し、昨夜(さくや)の疲れもあったのであろう。彼らは乗り込むや(いな)や、すぐさま安らかに寝息を立て始めた。南甲府駅(みなみこうふえき)に到着した頃には、六助、(あおい)(のぞ)く6名が(すで)に夢の中にあったのである。


 自動車組に話を戻す。彼らは、愈々(いよいよ)天子山地(てんしさんち)身延山地(みのぶさんち)(はさ)まれた狭隘(きょうあい)な地域に分け入って行った。()の地区、中部横断自動車道は身延線(みのぶせん)同様、富士川の東岸を進む形となる。先程(さきほど)も述べた様に、()の道路は視点が極めて高い。元より、隧道(トンネル)が多い上に、(あま)りにも道路が高過ぎて、(すこぶ)る逆説的では有るが、眼下に富士川を見る事が、(ほとん)出来(でき)無い。六郷IC(インター・チェンジ)を過ぎると、中部横断自動車道は無料区間となる。六郷IC(インター・チェンジ)身延線(みのぶせん)()うと甲斐岩間駅(かいいわまえき)付近になるのであろうか。身延線(みのぶせん)此処(ここ)いら(あた)りで大きく東へ()れ、山を隧道(トンネル)で超え、国道300号、(すなわ)ち、本栖(もとす)みちの方へ行く形となる。山を越えた(ところ)には甲斐常葉駅(かいときわえき)がある。()の駅自体(じたい)は何の変哲(へんてつ)も無い田舎(いなか)の駅なのであるが、近年、(ぼう)アニメの影響で(にわ)かに観光客が増えたと()う。()の駅周辺(しゅうへん)にヒロインたちが通う本栖(もとす)高校のモデルの学校が存在し、筆者も見物に行った。(さて)、祐子たち一行であるが、中部横断自動車道を一旦(いったん)、下部温泉早川IC(インター・チェンジ)で下りると、身延駅(みのぶえき)に向った。身延駅(みのぶえき)前には、先程(さきほど)のアニメで有名になった饅頭屋(まんじゅうや)がある。みのぶまんじゅうと()うのであるが、アニメ好き・甘味(かんみ)好きの祐子には、絶対に(はず)せないポイントである。折角(せっかく)、暴飲暴食タイムの終焉(しゅうえん)となりつつあった正太郎にとっては、新たなる燃料投下でも有る。結局(けっきょく)此処(ここ)でもまんじゅう、アニメグッズをしこたま買い込むと、身延山(みのぶさん)IC(インター・チェンジ)から再び中部横断自動車道に乗り、南下(なんか)を始めたのである。


 12月28日12時40分、いずなの母親、(すなわ)ち、順子先生は清水跨線(こせん)駅の改札口前にいた。小泉医院は本日より休みに入り、夫、吾郎先生と共に娘の出迎(でむか)えである。吾郎先生は下の駐車スペースで待機している。()の時に、順子先生はでっぷりとした四十がらみの男に声を掛けられた。

「あれっ、順子先生。如何(どう)も、ご無沙汰(ぶさた)しております。今日は、一体(いったい)何方(どちら)へ?」

「あらっ、宮城島君。お久しぶり。今日は一体(いったい)如何(どう)したの?」

(ぼく)は娘のお(むか)えに…」

「あら、私もよ。娘がお友達と旅行に行っていて、もうすぐ、到着の予定なんです」

「えっ、うちもなんですよ」

 宮城島君と呼ばれた温和そうな男は、汗を拭き(なが)ら時計に目をやっていた。彼もまた、医師であり、清水病院時代の順子先生や吾郎先生の一回り後輩にあたる。彼は研修医の時代から、指導医である順子先生に散々(さんざん)(しご)かれた口で、順子先生には、畏敬(いけい)の念と畏怖(いふ)の念。(とも)に抱いている。彼の実家は三保地区で内科医を開業しており、父親の入院と共に、清水病院を退職し、実家の病院に入ったのであった。そして、ご想像通り、(あおい)の父親であった。宮城島先生は恐る恐る、順子先生に切り出した。

「…順子先生。ひょっとして、娘さんの乗っている列車ってふじかわ6号ですか?」

「ええ、そうよ。じゃあ、宮城島君のお嬢さんも?」

「はい。…あの、大変、不躾(ぶしつけ)ですが、お嬢さんの旅行先は石和(いさわ)温泉ですか?」

「…ええ。ひょっとして…一緒に行った(あおい)ちゃんって、宮城島君の…」

「はい、うちの娘です。って事は、娘が()ってたいずなちゃんって、ひょっとして、菜月ちゃんの事ですか?」

「ええ、菜月ったら、渾名(あだな)で呼ばせるもんで…。すみません」

「いや、此方(こちら)こそ。知らぬ事とは()え…」

 其処(そこ)で、二人は話の()()を失ってしまった。(しば)しの間、両者は無言の(まま)であった。二人の間には、多少(たしょう)、お互い気まずい時間が流れていた。が、口を開いたのは宮城島の方だった。

「実は、あんまり、胸を張れる様なお話でも無いのですが、うちの(あおい)は人間関係が上手(じょうず)ではなく、小中時代とかなり苦労しておりました。高校に上がったら、変わるのかと希望を持っていたのですが、一向に変わりません。(ところ)が、夏休みが明けた頃から、クラスで良いお友達が出来(でき)、毎日が楽しくなったと()っておりました。そして、今回、()のお友達と旅行に行きたいと()って来ました。(ぼく)も、()のお友達にお会いしたかったのと、()のお友達に一言お礼を()いたくて、お(むか)えに来た次第(しだい)なんです。まさか、順子先生のお嬢さんだとは、露知(つゆし)らずに…。本当に有難(ありがと)御座(ござ)います」

 そう()うと、宮城島医師は深々と順子先生に頭を下げた。()れを見た順子先生は(あわ)てて宮城島を()めた。

()めてください。宮城島君。うちも同じなんです。うちも、小中とクラスメート達から、ひどいイジメの対象になってました。主人も大変心を痛めていましたし、私も何回泣いたか分かりません。そんな、状況でした。()れでも、菜月はずっと()えておりました。(しか)()れが、不憫(ふびん)(たま)りませんでした」

 宮城島医師は大きく(うなず)いた。自分の娘と重ねているのだろう。

()れが、高校に入学してからは、目に見えて明るくなり、お友達のお話ばかり。()れに、夏休みには、お友達の民宿に泊まりに行ったり、今回の旅行もそうなんですけど…。菜月がお友達と旅行に行きたいって、()い出すなんて、ただただ、唖然(あぜん)とするばかりで、私も主人も、お友達に一言お礼が()いたくて…」

「…そうだったんですか」

 もうすぐ、そんな彼らの娘たちが帰郷(ききょう)するのである。


 一方(いっぽう)、祐子たちである。祐子たちは(ようや)くに隧道(トンネル)勝ちで地峡(ちきょう)の様な身延(みのぶ)を抜けた。元より、()(あた)りは身延山地(みのぶさんち)七面山(しちめんざん)身延山(みのぶさん)。そして、天子山地(てんしさんち)雨ヶ岳(あまがたけ)と2千メートル近い山々に(はさ)まれた狭隘(きょうあい)な地域である。如何(どう)しても隧道(トンネル)が多くなる。()(あた)富士川(ふじかわ)東岸は、雨ヶ岳(あまがたけ)毛無山(けなしやま)長者ヶ岳(ちょうじゃがたけ)天子ヶ岳(てんしがたけ)などが鱗次櫛比(りんじしっぴ)しており、()の向うには朝霧高原(あさぎりこうげん)があり、()れらの山塊(さんかい)は、()れらとを分かつ分水嶺(ぶんすいれい)()しているのである。彼らは富士川を大きく渡河(とか)すると、再び、西岸の南部町へと入って行った。()の南の富沢(とみさわ)IC(インター・チェンジ)より、中部横断自動車道は西へと大きく(かじ)を切り、再び南下(なんか)すると、山梨・静岡県境(けんきょう)を越える樽峠(たるとうげ)隧道(トンネル)へと差し掛かるのである。静岡・清水地区から安倍奥(あべおく)の山を抜け、山梨県へ行く場合、(いく)つかの(とうげ)越えルートがある。安倍峠(あべとうげ)地蔵峠(じぞうとうげ)田代峠(たしろとうげ)徳間峠(とくまとうげ)樽峠(たるとうげ)である。どの(とうげ)を抜けるかで()難易度(なんいど)は変ってくるのであるが、いずれも、自動車での通行は無理であり、登山として楽しむ場合も、鎖場(くさりば)などの結構(けっこう)難易度(なんいど)の高いルートもあり、お手軽にと()(わけ)には行かない。中部横断自動車道は()安倍奥(あべおく)(とうげ)のうち、一番東側にある樽峠(たるとうげ)直下(ちょっか)をぶち抜いているのである。県境(けんきょう)の長い隧道(トンネル)を一気に抜けると、故郷(ふるさと)(まち)が見える。(さら)に、()の先に見えるのは海である。祐子も正太郎も、(ようや)くに故郷(ふるさと)に帰って来た事を自覚(じかく)した。そうこうする内に、(すぐ)に清水IC(インター・チェンジ)である。ゆり姉は清水IC(インター・チェンジ)でおりると清水高校に寄った。学校につけると、其処(そこ)で一平とみうみうを下ろした。

「ゆり姉。有難(ありがと)うございまーす。面白(おもしろ)かったよー。良いお年を」

小百合(さゆり)さん。楽しかったです。良いお年を。正太、祐子ちゃんもな」

 みうみうに続いて一平もお礼を()う。車を出したゆり姉は()う。

「正太君と祐子ちゃんたちお家は?」

「はい、清水駅で。私たちは自転車ですので」

 ()の時、正太郎は少々(しょうしょう)怪訝(けげん)に思った。

(しか)し、祐ちゃん。変な事、()うなあ。駅に自転車なんて置いて無いだろうに…)

 ()の時は、そう思った正太郎であったが、お昼前でもある。腹でも減ったのかと思い返し、聞き流したのであった。

(しか)し、先刻(さっき)、あれだけ食べたのに、もうお(なか)がへったのかな)

 そんな、取り留めの無い事を思う正太郎であった。


 清水駅の改札口をにこやかな笑顔で抜けてきたのは、いずな、敬介、(あおい)、ひろみ、六助である。高志は興津(おきつ)である。上り電車を待つ(ため)ホームに残り、同様に明彦と凛子は草薙(くさなぎ)である。明彦は草薙駅(くさなぎえき)から、三保(みほ)行きのバスを利用した方が、(はる)かに便が良いのである。

「菜月ちゃん。お帰りなさい」

 順子先生が声を掛ける。いずなは順子先生の姿を(みと)めると、

「ただいま。ママ」

 と、順子先生に抱きついたのであった。一方(いっぽう)(あおい)も、父親の姿を見つけると()()った。

「あっ、パパ。ただいま」

 宮城島医師はニコニコ微笑(ほほえみ)むと、

「おかえり。(あおい)

 と、優しく声を掛けた。

如何(どう)だった? 山梨は?」

「うん。(すご)く楽しかった」

 (あおい)満面(まんめん)()みで返す。

「そうか、良かったな」

「あのね、パパ。お願いがあるの。お友達を送って行ってあげて欲しいの」

「ああ、()れは構わんが…」

 そう()って、宮城島先生はまじまじと()の友達を見る。六助である。(ひど)く小柄な青年である。だが、身長の割りに、筋肉の付き方が尋常(じんじょう)でない。余程(よほど)、体を(きた)えているに相違(そうい)ない。(あおい)のボーイフレンドなのであろうか。

「さーせん。お願いします」

 六助はぴょこりと頭を下げた。

「えっ、ああ…」

 宮城島先生は急激な展開に多少(たしょう)面食らい(なが)らも(うなず)いた。一方(いっぽう)、いずなは順子先生に、

「ママ。いずなもお願い。大切なお友達なの。送って行って欲しいの」

 敬介とひろみである。順子先生は二人をまじまじと見つめた。そして、丁寧(ていねい)に頭を下げると、

「いつも、菜月がお世話(せわ)になっております」

 と挨拶(あいさつ)をした。

「とんでもないっす。此方(こちら)こそいつもいずなちゃんにお世話(せわ)になって…」

 (あわ)てて、挨拶(あいさつ)をするのは敬介である。少しも垢抜(あかぬ)けた(ところ)が無い田舎(いなか)の小学生の様な青年である。続いて、ひろみが挨拶(あいさつ)した。

「私は稲森(いなもり)()います。いつも、菜月さんにお世話(せわ)になってます。(よろ)しくお願いします」

 (ひど)く、礼儀正しい、お人形さんの様な凛々(りり)しい顔立ちのお嬢さんである。気の強そうで、非の打ち所が無い様な美人なのであるが、若干(じゃっかん)の垂れ目が()れらを緩和(かんわ)させている。そう()った印象(いんしょう)を受ける。

「あら、あなたは、ひょっとして、稲森(いなもり)茶舗(ちゃほ)さんのお孫さん?」

「えっ、如何(どう)して()れを?」

 順子先生はニコニコし(なが)ら、()()った。

「私も良く、お抹茶(まっちゃ)を買いに行くんですよ。お祖母(ばあ)様には、いつもお世話(せわ)になっていて…」

「わあ、そうなんですか。いつも、ご贔屓(ひいき)にしていただいて有難(ありがと)御座(ござ)います」

 ひろみは如才(じょさい)なく()った。そうである。順子先生はお茶をするのである。当初は、厳格な両親から女性の(たしな)みのひとつと()う事で(しつけ)られた物ではあるが、今では趣味のひとつとなっている。やがて、(あおい)たちは駅の東口へ、いずな達は駅の西口へと散会して行った。


 吾郎先生は駅の西口で愛車のベンツを止めて待っていたが、エスカレーターを降りてくる一団に気がつくと、(おもむろ)(つぶや)いた。

「おっ、来たな」

 一団は順子先生を先頭に、和気藹々(わきあいあい)と何事か談笑(だんしょう)(なが)らやってくる。いずなが吾郎先生を見つけると、満面(まんめん)()みを浮かべて、()(さけ)んだ。

「あっ、パパ。ただいま!」

「おかえり、菜月ちゃん。楽しかったかね?」

 吾郎先生もにこやかに応じる。

「ムッキー。とっても…。()れでね、パパ。お願いがあるの。()の子たちを送って行って欲しいの。いずなの大切なお友達なの」

 いずなはそう()うと、敬介とひろみを紹介した。吾郎先生は、多少(たしょう)の驚きと(とも)に、先程(さきほど)の順子先生同様に、二人の友人をまじまじと見つめた。娘が友人だと()って友達を紹介したのは初めての事では無いだろうか。そう考えると、()感慨(かんがい)一入(ひとしお)である。

「ああ、勿論(もちろん)だよ」

 吾郎先生は快諾(かいだく)すると、二人に向って丁寧(ていねい)挨拶(あいさつ)した。

「いつも、菜月がお世話(せわ)になっております。我儘(わがまま)放題の不躾者(ぶしつけもの)で、(さぞ)や、ご迷惑だった事でしょう。さあ、乗って下さい」

「うわぁ、ベンツのEクラスだあ。いずな、あんた、本当にお(じょう)だったんだ…」

「ムッキー、ひろみっちったら」

 一行はトランクに荷物を収めると、後部座席に右から敬介、いずな、ひろみと収まって行った。そして、順子先生は助手席である。

(さて)と、何処(どこ)から行けば良いのかな?」

 吾郎先生は快活(かいかつ)そうに声を掛ける。思わず、顔を見合わせた3人だったが、敬介が意を決して()った。

()れじゃあ、(ぼく)から…。初めまして。(ぼく)は今井敬介です。いずなちゃんにはお世話(せわ)になってますし、()の、仲良くさせていただいております。(ぼく)は、遠くてすみませんが、庵原(いはら)の金谷橋の先まで」

「了解」

 吾郎先生は北へ向かって車を走らせた。


 吾郎先生は車を走らせ(なが)ら、時折(ときおり)、後部座席に座った敬介の方に、ちらちらと視線を走らせる。(つむ)った様な細い目尻で丸眼鏡の、一見(いっけん)、老人の様な先生であるが、先程(さきほど)から、敬介の事が気になって仕方(しかた)が無いのだ。(おそ)らく、()の青年が最近出来(でき)たと()う、愛娘(まなむすめ)の彼氏に相違(そうい)ない。吾郎先生はそう直感(ちょっかん)した。()の青年の極度の緊張が()れを物語っている。吾郎先生は()の青年を落ち着かせようと(わざ)丁寧(ていねい)に語り掛けた。

庵原(いはら)街道(かいどう)を行けば良いのかな?」

「はい、すいません」

 ()(ひど)く純情そうな青年は、()びでもの事まで、不必要に謝る。実に垢抜(あかぬ)けない、悪く()えば、野暮(やぼ)ったい青年なのである。(しか)し、吾郎先生は()の青年を一目(ひとめ)で気に入った。()の青年の所作(しょさ)、立ち居振る舞いの一つ一つが、娘を気遣(きづか)っている事が良く(わか)る。勿論(もちろん)愛娘(まなむすめ)の父親としては、多少(たしょう)片腹(かたはら)痛くもある。(しか)し、娘も(やが)ては年頃になり、愛する人の(ところ)へ巣立って行くのである。()れを思えば、()の青年であれば、娘を自身の事の様に大切に(あつか)ってくれるであろう。吾郎先生は、略瞬時(ほぼしゅんじ)に、()れを洞察(どうさつ)したのだ。


 敬介の家迄(いえまで)、吾郎先生は送って行った。敬介が車を降りる(さい)に、吾郎先生は、はっきりと()()った。

()れからも、娘を(よろ)しくお願いします」

 ()れを聞いた敬介はカアッと赤くなると、

「ちょっと待っていてください」

 と()い、家へ向って駆け出したのだ。(やが)て、彼は大きなタッパーを持って戻って来た。中には昨日(きのう)ついたと()う切り餅が入っていた。彼は、いずなとひろみにタッパーを差し出すと、

「正月に(つま)んで下さい。タッパーは()(まま)使っていただければ結構(けっこう)です」

 と、名残(なごり)惜しそうに()い、順子先生やひろみが遠慮するのを、(なか)ば強引に置いて行ったのだった。そして、ひろみの家でも、祖母が待っていて、ひろみが降りるのと同時に、紙袋に入れた抹茶(まっちゃ)玉露(ぎょくろ)を差し出すと、お送りの礼を述べた。別れ(ぎわ)にこんな(くだり)があった。いずながひろみに、

「ムッキー、楽しかったね、ひろみっち。良いお年を…」

 と、()ったのだ。()れに対しひろみが少し怒った様に()う。

「ちょっと、()如何(どう)()う事? いずな」

「?」

()れって、来年まで、会わないって事でしょ?」

「ムキ?」

「もう、鈍いわね。明日(あした)明後日(あさって)も、爆盛(ばくも)り上がりするに決ってんでしょ」

「ムッキー、そ、そうだね」

 ()状況(じょうきょう)を見て、順子先生も目を(しばた)いた。

愛娘(まなむすめ)は心底、友達から好かれているのだ)

 順子先生は、そう確信したのである。彼女は今迄(いままで)、小中学時代の娘を見ているのだ。話だけでは、(にわ)かに信用出来(でき)なかったのも、無理は無い。順子先生はいつしか目頭(めがしら)を押さえていたのであった。(やが)て、懐かしの我が家に到着すると、いずなは改めて()った。

「ただいま。パパ、ママ。行かせてくれてありがとう。すごく楽しかったよ」

「お帰りなさい。菜月ちゃん」

「お帰り」

 夫婦でにこやかに(こた)えた。


 ()の日の夜の事である。いずなは居間のパソコンで祐子と正太郎がアップした写真をダウンロードしていた。先程(さきほど)から、吾郎先生が(しき)りに(のぞ)き込んでいる。其処(そこ)へ順子先生がお茶を()れて持って来た。先程(さきほど)、ひろみの祖母から頂いた玉露(ぎょくろ)である。

「まあ、旅行のお写真なの? ママも見て良いかしら?」

「うん、良いよ」

 いずなの同意を得て、吾郎先生と順子先生は画面を(のぞ)き込んだ。其処(そこ)には仲間達と楽しげにカメラの前でポーズを取る娘が居た。(はら)の底から笑い転げる娘の写真。屈託(くったく)の無い笑顔。()れは(まさ)()の様な笑顔の事を()うのであろう。順子先生は、いや吾郎先生もであるが、娘が()れこそ掛け替えの無い仲間と、巡り合う事が出来(でき)た事を、改めて理解したのであった。()直後(ちょくご)(くだん)のひろみから電話があった。明日のカラオケの事と新年会の事である。明日のカラオケは()(かく)、問題は新年会の会場であった。矢張(やは)り、会場になる家が見つからないと()うのだ。当初は敬介の家を()て込んでいたのだが、如何(どう)やら難しいと()うのである。矢張(やは)り、惣領(そうりょう)の家である。親戚筋が集まって来る(ため)、難しいのだろう。他にも、祐子の家や一平の家も駄目(だめ)であった。挙句(あげく)、ゆり姉の家迄(いえまで)打診したのだが、当日は宿泊客があり、()れ又、空振りに終わった。

仕方(しかた)が無いね。また、カラオケで盛り上がろうか」

「そうだね」

 ()うして、通話を終了したいずなであったのだが、横で()れを聞きとがめた吾郎先生が、いずなに聞いた。

如何(どう)したんだい?」

「ううん。ひろみっちから。新年会の場所が無いって」

 いずなが(さみ)しそうな笑顔を浮かべる。新年の事である。何処(どこ)の家も人が集まるし、(むべ)なる事なのかも知れない。

()れなら」

 吾郎先生は快活(かいかつ)そうに()うと、

「うちは如何(どう)だろうか? ねえ、ママ」

 順子先生も(うれ)しそうに同意する。

「えっ良いの? パパもママも騒々(そうぞう)しいのは嫌いだから、抑々(そもそも)俎上(そじょう)にも(のぼ)ってなかったんだけど…」

「大切な菜月ちゃんのお友達だからね。()れに(ぼく)もアマンガスで遊んでもらったからね。満更(まんざら)、縁が無い(わけ)でもない」

「うわあ、やったあ。パパもママも大好き」

 満面(まんめん)()みで(さけ)ぶいずなに、吾郎先生と順子先生は慈愛(じあい)()ちた微笑(ほほえみ)を返した。子供に甘いとの(そし)りを受けるやも知れない。(しか)し、吾郎先生は()れだけでは無かった。勿論(もちろん)、先日、アマンガス大会で遊んだと()うのも、あるのだろうが、娘を(みじ)めな孤独(こどく)境遇(きょうぐう)から救い出してくれた友人達に、興味が()いたと()うのが正鵠(せいこく)()ていると()って良いだろう。いずな発の()(ほう)は、(またた)く間にメンバーを席捲(せっけん)したのである。(とど)(つま)りが、1月2日の10時より、いずなの家で新年会の開催(かいさい)が決定したのである。


 (さて)、話は半日ほど逆戻(さかのぼ)る。11時前の清水駅前である。電車組は(いま)甲府(こうふ)盆地(ぼんち)を脱出してすらいない。(おそ)らく、南甲府駅(みなみこうふえき)を過ぎた(あた)りであろう。そして、正太郎は祐子に先程(さきほど)の発言の真意(りゆう)()(ただ)していた。

「ところで、祐ちゃん。何故(なぜ)先刻(さっき)家迄(いえまで)送ってもらわなかったの?」

 当然(とうぜん)()えば、当然(とうぜん)の疑問である。祐子は多少(たしょう)、キョドり(なが)らも、理由(わけ)()い始めた。

「あのね、ママには夕方頃帰るって()っちゃったし、丁度(ちょうど)お昼前だからご飯も食べたいかなって、()れに、祐子、先刻(さっき)からお手洗いに行きたかったし…」

 と、(あま)理由(りゆう)にもならぬ事を、矢継(やつぎ)(ばや)に並べ立てている。()(さま)、気も(そぞ)ろであり、心の在処(ありか)何処(いずこ)に、と()った様子(ようす)でもある。正太郎はやれやれと()った風で、(おもむろ)(つぶや)いた。

()れじゃあ、()(かく)一度、荷物をコインロッカーにでも預けようか?」

「…うん」

 荷物をコインロッカーに預けた(のち)、祐子に何処(どこ)に行こうか水を向けた時の事である。()の少女は、実に飛んでも無い事を()ってのけたのである。(もっと)()れは、昨日(さくじつ)のいずなの時と同様に、祐子がボソボソと口中(こうちゅう)(つぶや)いただけでは、あったのだが…。


(あのね、正ちゃん。祐子、二日間も()()()()()中学の修学旅行や夏合宿以来だから、()の、ちょっと…。だから、正ちゃんに可愛(かわい)がって欲しいかなあって。でも、祐子、(ほとん)生娘(きむすめ)だから自分で誘うのも、何か(はず)かしいし、端無(はしたな)いかなって思って…)


 年の瀬の駅前、(すべ)ては雑踏(ざっとう)の中での出来事(できごと)である。勿論(もちろん)()(つぶや)きは、当然(とうぜん)、誰に聞こえる(はず)も無い。


 ただ一人、()()()()()()()()()


 正太郎は、(あき)れた様な眼差(まなざ)しでまじまじと祐子の横顔を見つめたが、()れが先立って(すぐ)に視線を切った。(しか)し、切った視線の()の先が、祐子の豊満(ほうまん)西瓜(すいか)の様な胸元(むなもと)である。そして、今度は()の大きすぎる胸元(むなもと)から、如何(どう)しても視線を切る事が出来(でき)ない。正太郎の視線は、祐子のたわわな胸元(むなもと)に釘付けである。正太郎は真っ赤な顔でごくりと生唾(なまつば)を飲み込んだ。(さら)に、祐子は()れ隠しなのか、若干(じゃっかん)(うつむ)き、顔を赤らめ(なが)らも、とんでもない手遊(てすさ)びをしている。()れは、左手でずいずいずっころばしの様に軽く(こぶし)を握り、茶壷(ちゃつぼ)を作ると、あろうことか、右手食指(ひとさしゆび)を、ぬぽぬぽぬぽと、茶壷(ちゃつぼ)に出したり入れたりしているのである。

「うわわあ〜」

 (はげ)しく狼狽(ろうばい)する正太郎。(まった)()って、飛んだ生娘(きむすめ)も有った物である。清楚(せいそ)内気(うちき)な少女として、猫かぶっている祐子は、普段は絶対に人前ではやらない。(しか)し、最近、極稀(ごくまれ)に正太郎と二人きりの時は、()(しゅ)下品(げひん)冗談(ジョーク)を飛ばす事がある。()れは、とりもなおさず、祐子の発情サイン(スイッチ・オン)でもあるのだろう。そして祐子は、聞こえたかなと()った風で、ちらりと正太郎を上目遣(うわめづか)いで一瞥(いちべつ)する。(あわ)れなるかな正太郎少年は()れた蕃茄(トマト)の様な顔色で硬直(こうちょく)して、祐子の高校生離れした、自称Eカップ、実質Iカップの大きすぎる胸元(むなもと)を、まじまじと凝視(ぎょうし)している。(さなが)ら、体中の血流が顔面に集中した様な顔色(ようそう)(てい)しているのだ。祐子は、先程(さきほど)(つぶや)きが充分過ぎるほど伝わった事に、(にわ)かに満足すると、急にいたずらっ子の様な顔つきになり、(いわく)有り()微笑(ほひえみ)を浮かべ、()()った。

如何(どう)する? 正ちゃん。お昼ご飯にする? ()れとも…」

 正太郎はごくりと生唾(なまつば)を飲み込むと、辛うじて、()()いきった。

「ご、ご、ご…。ご飯じゃ無い方…」

 祐子は、何時(いつ)もの様に、ぱあっと(はじ)ける実に(うれ)しそうな笑顔を浮かべる。

「やったー、決定(きまり)だね。じゃあ正ちゃん。早速(さっそく)、行こうよ!」

 如何(どう)やら祐子が饕餮(とうてつ)なのは、何も食欲に限った事では無いのは、明白(あきらか)である。彼女は正太郎の手を引くと、一秒でも()しむ様に先を急ぐ。

「ちょ、ちょっと待って」

「?」

 正太郎は(ひど)く歩きにくそうに、(すこぶ)る不自然な前傾姿勢(まえかがみ)になっている。如何(どう)やら先刻(さっき)の血流の集中先は顔面だけでは無かったらしい。少し落ち着いた正太郎が小声で()った。

「でも、祐ちゃん。(ぼく)も二日間も()()()()()()()の…、すごく()まっているよ。だから…()の…、祐ちゃんに(けだもの)みたく求めちゃうかもしれないし…、すごく変な事、しちゃうかもしれない…」

「わぁ。()れちょっと、楽しみかもしれない。でも、祐子も二日間も()()()()()()、激しく乱れちゃうかも…、だから、そうなっても嫌いにならないでね」

 (まった)()って、飛んだ生娘(きむすめ)もあった物である。正太郎の前傾姿勢(まえかがみ)愈々(いよいよ)()って顕著(けんちょ)になる。(さら)に、正太郎が心配そうに()った。

()れにいつも行く(ところ)、2つしか置いてないだろ。だから…、()の…、()れで足りるかちょっと心配で…、行く前に薬局でも…」

「わぁ、ますます楽しみ!」

 祐子は(うれ)しそうにそう()うと、(おもむろ)にデイパックから小箱を出して見せた。箱は真っ赤なパッケージで0・01と謎の数字が書いてある。間違っても、コーラ(あめ)(など)では無い事は明白(あきらか)である。

「えへへ。こんな事も有ろうかと昨日(きのう)買っておいたの。()れなら()の箱の分だけでも、12回は出来(でき)るよ。ほら、箱にも10のマイナス2乗って書いてあるし」

 優等生の祐子が、何故(なぜ)か指数表現をする。(まった)()って、飛んだ生娘(きむすめ)で有る。(しか)し、正太郎は思う。

(もう、祐ちゃんたら。何が『こんな事もあろうか』だよ。()れ間違い無く確信犯(よていのこうどう)だろ。道理(どうり)家迄(いえまで)、送らせない(わけ)だ。いくらなんでも、流石(さすが)に12回も出来(でき)るもんか…。)

 確かにそうであろう。昨日(さくじつ)の段階で()の展開を予想していなければ、コーラ(あめ)もどきを購入する様な状況(じょうきょう)にはなり得ない。だが、そうは()う物の正太郎には、そんな祐子がとても可憐(かれん)(いと)おしく思えた。年末の駅前には、何処(どこ)からか流行歌(はやりうた)が聞こえて来る。()の季節の月並みな鳴り物かもしれない。そんな事を思う中、(やが)て、一見(いっけん)清楚(せいそ)な、肥満で巨乳でちょっぴりエッチなジャンパースカートの肉食系生娘(かわいいおおかみ)と、不自然なまでに前傾姿勢(まえかがみ)で、生娘(おおかみ)の尻に敷かれた草食系少年(あわれなこひつじ)が、(ひる)日中(ひなか)から駅の裏通り、年末の雑踏(ざっとう)の中へと消えて行ったのである。


 二人の行方(ゆくえ)は誰も知らない。

いずなの家で開催される事となった新年会。年が変れど、相も変らぬメンバー達。怒涛のバカ騒ぎが始まった。そんな中で数学補習名物、薬缶の宿題が話題となったのだが…。次回は久々の数理パズルネタです。『第43話 あけまして桃も李もさくらんぼ【問題編】』

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