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第41話 私もあるよ!(石和温泉旅行編【5/6】)

 (さて)、前回は、正太郎の思い出話に、(いささ)か、紙面を()きすぎた。此処(ここ)いらで、閑話休題(かんわきゅうだい)する事にしよう。武田神社を後にした正太郎たちが、次に向ったのは、甲州市である。甲州市は旧塩山(えんざん)市、旧勝沼町、旧大和村の3市町村による合併で出来(でき)た市である。従って、市の代表駅は旧市名である、塩山(えんざん)駅となる。甲府(こうふ)盆地(ぼんち)の東側に位置し、旧勝沼町を抱えている(ところ)から、勝沼地区の扇状地(せんじょうち)を中心に、葡萄(ぶどう)や桃など果樹の栽培が盛んである。市の中心は旧塩山市(えんざんし)市街地が中心となる(ため)、市全体を俯瞰(ふかん)するに、かなり、西側に(かたよ)っている事となる。(さて)、目的は甲州市にある武田氏の菩提寺(ぼだいじ)でもある恵林寺(えりんじ)である。()の寺は、鎌倉時代に夢想国師(むそうこくし)が開いた寺として知られ、快川紹喜(かいせんしょうき)和尚(おしょう)の、『安禅(あんぜん)(かなら)ずしも山水(さんすい)(もち)いず、心頭(しんとう)滅却(めっきゃく)すれば火も(おのずか)(すず)し』、の遺偈(ゆいげ)(すこぶ)る有名である。天正10年、六角義定の引渡しを(こば)んだ快川紹喜(かいせんしょうき)和尚(おしょう)は織田勢に取り囲まれ、此処(ここ)の山門に押し込められ、火を放たれた際に、()()(とな)えたと()逸話(いつわ)が残る。今の恵林寺(えりんじ)にも立派(りっぱ)な山門があり、()()扁額(へんがく)として(かか)げられている。当時の山門は、当然(とうぜん)、天正10年に灰燼(かいじん)()した(わけ)であるから、()(のち)建立(こんりゅう)されたものであろう。今の山門も大きく立派(りっぱ)な物であるが、()の当時の物は、(さら)に巨大な物であったと(つた)う。


 (さて)()恵林寺(えりんじ)を訪れた一行であるが、みうみうが(くだん)扁額(へんがく)(おもむろ)に見上げる。


 安禅不必須山水

 滅却心頭火自涼


「うわぁ。漢文の授業だぁ。ねえ、正ちん。何て読むの? 何て読むの?」

安禅(あんぜん)(かなら)ずしも山水(さんすい)(もち)いず、心頭(しんとう)滅却(めっきゃく)すれば火も(おのずか)(すず)し…」

如何(どう)()う意味なんだ?」

 漢文の赤点コンビが、正太郎を(つか)まえて、矢継(やつ)(ばや)に質問する。

「うーん。まあ、要約(ようやく)すると、修行をするには、何も特別な環境は必要無い。無我(むが)境地(きょうち)に達すれば、火も(すず)しく感じられるものだ。と、()う事かな」

()快川紹喜(かいせんしょうき)さんって人の作なの?」

 正太郎は笑い(なが)ら、()った。

「違うよ。()れは()だからね。元ネタは唐代の詩人である杜荀鶴(とじゅんかく)の『夏日悟空上人の院に題す』だよ。

 ()の内の、下二句が原典だよ。杜荀鶴(とじゅんかく)がお寺で修行する禅僧(ぜんそう)()んだ詩なんだ。快川紹喜(かいせんしょうき)が敵方の織田の軍勢に囲まれ、火を放たれた際に、()()って、他の僧たちを励ましたとされるけど…。ほら、其処(そこ)快川紹喜(かいせんしょうき)殉死(じゅんし)した僧侶(おぼうさん)供養塔(くようとう)があるだろ」

 正太郎が説明する。正太郎が指差す方には、石灯籠(いしどうろう)に囲まれて、ひっそりと供養塔(くようとう)が置かれていた。

「へえぇ。そうなんだ。正ちん、よく知ってたね」

 みうみうが思わず目を丸くする。

「えへへ、実は、今回旅行するに当り、事前に調べて居たんだよ。そうそう、都合(つごう)よく覚えていられるもんか」

 正太郎は、笑い(なが)らネタバラシをする。()の詩は以下のとおりである。


 三伏閉門披一衲

 兼無松竹蔭房廊

 安禪不必須山水

 滅得心中火自涼


 (やく)すれば、以下の通りになるのであろうか。

 猛暑三伏(もうしょさんぷく)(こう)にも寺門を閉ざして、きちんと僧衣を着る。

 ()の寺には、部屋や廊下(ろうか)(おお)う松や竹もない。

 ああ、安らかに座禅を組むには、(かなら)ずしも山水(さんすい)の地を必要としないのだ。

 無念無想の境地(きょうち)に達すれば、火もまた(すず)しく感じるものなのだなあ。


 ()の詩は、七言絶句(しちごんぜっく)の形式になるのであろう。七言絶句(しちごんぜっく)では、一句、二句、四句の末尾(まつび)脚韻(きゃくいん)を踏む事となっているが、()の詩も、ノウ、ロウ、リョウと脚韻(きゃくいん)を踏んでいる。そして、起の句で発して、承の句で受ける。転の句で視点を転じ、結句(けっく)で全体を(まと)める。所謂(いわゆる)起承転結(きしょうてんけつ)の形式を、見事に踏襲(とうしゅう)している。


「そうか、正ちゃんも、(あらかじ)め、調べていたんだ」

「うん。折角(せっかく)の、甲州旅行だからね。話があった時に、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)恵林寺(えりんじ)は、是非(ぜひ)、行って見たいと思ってたんだ。『正ちゃんも』って、()う事は、祐ちゃんも?」

 祐子は嬉しそうに、含羞(はにか)(なが)ら、答えた。

「うん。昨日、車で行く事が決まった時に、調べたの」

「あはは、そうなんだ」

 二人の愉快そうな笑い声が、寂然(じゃくぜん)とした林間のなかに、楽しげに響く。()れが夏の季節にあれば、如何(いか)にも(すず)しげな環境なのであろうが、()の季節にあっては、(いささ)か、寒々しい。目の前を、木から放たれた桐の葉が、北風に乗って、悠然(ゆうぜん)と泳いで行った。(くだん)の山門を(くぐ)ると、(わり)と開けた境内(けいだい)にでた。()の先は本堂である。入口の両脇には、如何(いか)にも禅寺らしく、花頭窓(かとうまど)(しつら)えてある。入口上方には、武田菱(たけだびし)幾重(いくえ)にも()した、大きな組子欄間(くみこらんま)が、お出迎えである。本堂の縁側を歩いてみると、お庭は枯山水(かれさんすい)式の方丈(ほうじょう)庭園であり、巨大な鬼瓦(おにがわら)安置(あんち)されている。なんでも、信長の焼き討ちにあった際の、庫裡(くり)鬼瓦(おにがわら)との事で、大きさからしても、()の当時の伽藍(がらん)威容(いよう)(しの)ばれる。人々が殺戮(さつりく)の末、滅び去っても、()の様な(かわら)だけが往時(おうじ)名残(なごり)(とど)めているのである。


 夏草や兵どもが夢のあと


 人の世とは、なんと(むな)しいものであろうか。正太郎は、()の句を連想せざるをえなかった。


 (さて)、一行は恵林寺(えりんじ)を拝観した後、次の目的地である勝沼のワイナリーへ向った。()れは、酒好きのゆり姉の父の(ため)に、お土産(みやげ)を買う事を目的とした(ため)である。そして、()途次(みちすがら)、勝沼ぶどう郷駅に立ち寄ったのである。勝沼ぶどう郷駅は甲府(こうふ)盆地(ぼんち)の一番の東端(とうたん)にあたり、盆地(ぼんち)東縁(ひがしへり)の上部に位置している。()れはJR中央本線に乗ってみると(わか)るのであるが、新宿方面から来た場合、笹子(ささご)隧道(トンネル)、新大日影隧道(トンネル)を抜けると、一気に甲府(こうふ)盆地(ぼんち)への展望が開ける。そして、(すぐ)に勝沼ぶどう郷駅がある。つまり、甲府(こうふ)盆地(ぼんち)東縁(ひがしへり)に駅があり、中央本線は、勝沼から盆地(ぼんち)北縁を()める様に下って行き、塩山(えんざん)、山梨市、石和温泉(おんせん)を経て甲府(こうふ)に至るのである。昔、筆者の山梨出身の友人が語るには、笹子(ささご)隧道(トンネル)を抜けると故郷(ふるさと)に帰って来た気に成ったと()う。特に新大日影隧道(トンネル)を抜け、甲府(こうふ)盆地(ぼんち)の展望を(のぞ)む時は、いつも胸が熱くなり、込み上げて来る物があったと()う。屹度(きっと)故郷(ふるさと)とは、()の様な物なのであろう。勝沼ぶどう郷駅には、かつて、蒸気機関車の時代、スイッチバックの施設(しせつ)があったとの事である。確かに、駅の東側はすぐ山であり、駅の出口は西側にしかない。()の西側出口を望むと、見渡す限り、葡萄畑(ブドウばたけ)である。勿論(もちろん)()の季節の事であり、一面、収穫の終わったブドウの畑が続き、時折(ときおり)、枯れ掛けた(すすき)が風に(そよ)いでいる。如何(いか)にも、寒々とした風景が連なっているのである。(しか)し、冷静に俯瞰(ふかん)して見れば…。そう、文字通り、俯瞰(ふかん)()う言葉がピッタリ来るのであるが、(すべ)ての風景を見下ろす形となっており、下へ下へと、うねうねと果てしなく続く葡萄畑(ブドウばたけ)(はる)か西方彼方(かなた)に、甲府(こうふ)の街を見下ろしているのである。一同は、休憩と趣味の写真撮影の(ため)、立ち寄った勝沼ぶどう郷駅前から、甲府(こうふ)盆地(ぼんち)を見下ろしている。祐子と正太郎とみうみうは、スイッチバックの遺構を見に行き、其処(そこ)で3人、記念撮影をしている。復刻された旧駅は公園として整備されており、EF65形電気機関車が安置(あんち)されていた。()れも、()る意味、思惑(おもわく)の有る事で、ゆり姉と一平を二人だけにしてやろうと()う、正太郎と祐子による暗黙(あんもく)諒解(りょうかい)(すえ)の行動でもある。


 ゆり姉と一平は、駅西側の丘の上から、甲府(こうふ)盆地(ぼんち)を見下ろしていた。()の杉本一平と()う男。以前より、散々、描写(びょうしゃ)して来た様に、元来、口が達者な方では無く、極めて、寡黙(かもく)な男である。本来であれば、女性には、()の様に、間が持た無い男性を敬遠する()きも多い。(しか)し、ゆり姉は()れに対して、怒った風でも無く、辛抱強く接している。時折(ときおり)、一平の端正(たんせい)な横顔を見やり(なが)ら、(やさ)しげな眼差(まなざ)しを送っている。後に、判明(はんめい)した事ではあるが、ゆり姉、一平、伴に、生涯初のデートであったそうである。(さて)()の様な次第(しだい)であるから、勢い、デートのイニシアティブはゆり姉がとる流れと成った。ゆり姉は寒々とした葡萄畑(ブドウばたけ)を見下ろし(なが)ら、一平に話し掛けた。

「一平君は卒業後は、矢張り、体育大学か何か、かな。(ある)いは、サッカー部が強い大学に推薦とか…」

 ()れに対して、一平は、(しばら)葡萄畑(ブドウばたけ)(なが)めていたが、(やが)て、溜息(ためいき)と伴に()()った。

「自分は、大学には行きません。プロになります」

「プロって? サッカーの?」

「…はい」

「だったら…、もっと普通の学校でも。そう()っちゃあ、何だけど。うちの学校、学力偏重(へんちょう)(すさ)まじいわよ。テストの数も半端(はんぱ)無いし。まあ、今更(いまさら)だけど…」

 一平は(さみ)しげに微笑(びしょう)を浮かべ(なが)ら、

「確かに、そうっすね。お陰で難渋(なんじゅう)しています。だけど、あと、3年だけは、いや、もう2年か。彼奴(あいつ)に付き合おうと思って…」

彼奴(あいつ)?」

「はい。()きに一緒(いっしょ)だった…」

彼奴(あいつ)って、六助君の事?」

「はい」

 ()の男、明確な回答(うけこたえ)をする習性は、常に持たぬのであろう。愚鈍(ぐどん)な牛が反芻(はんすう)でもする様に、(おもむろ)に答え始めた。

「確かに、彼奴(あいつ)と自分と修吾は三羽烏(さんばがらす)なんて()われました。でも、全然(ぜんぜん)、違うんです。彼奴(あいつ)だけは別格です。(おれ)と修吾のサッカーは技術かもしれませんが、彼奴(あいつ)のサッカーは芸術なんです。(あえ)()えば、()の技術も桁違いなんです。見ている者の魂を震わせる様なサッカー。()れが彼奴(あいつ)のサッカーなんです。自分は少しでも長く()れに()れていたい。本当は、修吾も同じ学校でサッカーを続けたかったと思います。修吾の(やつ)、六助が清水高校を受験するって聞いた時、(すご)く、(さみ)しそうな顔をしてましたから…」

 確かに、修吾は中学校に上がった時の成績は学年最下位であった。ただ、正太郎と3年間同じクラスであった事が、多少(たしょう)なりとも幸いした。正太郎にしてみれば、小学校のサッカー部時代、色々世話になった恩義もあるのであろう。正太郎は忠実(まめ)に修吾の勉強をみてやっていた。当初は、正太郎の宿題を写すだけであった修吾であるが、()の内、正太郎のアドバイスに耳を傾ける様になり、質問なども出る様になった。いつしか、修吾の全教科の成績を明白(あからさま)に押し上げ、平均を少し超える様なレベル(まで)、持って行ったのであった。以前にも叙述(じょじゅつ)した様に、修吾の家は土建屋である。男3兄弟の末っ子でも有る。(あま)り、勉強には縁が無い家庭環境の中にあって、正太郎との出会いは、天の配剤(はいざい)でもあった。(いま)だに正太郎が修吾の家に行くと、修吾の両親に(すこぶ)歓待(かんたい)される理由は此処(ここ)にある。(さら)に、隣家のヤスベエの存在である。彼女も、修吾の勉強は、悪態(あくたい)()きつつも、忠実(まめ)に見てくれていたのである。一平の独白(どくはく)の様な話は続く。

「本当は、自分も六助もジュニアユースからの誘いがあったんです。修吾は残念(なが)ら、無かったけど。本来は、彼奴(あいつ)が、彼奴(あいつ)こそが、プロへ進む人材なんです。そして、彼奴(あいつ)は断って、清水高校を受験した。だから、自分も学力的には無理を承知で清水高校を受験したんです。でも、彼奴(あいつ)は、ひょっとしたら、高校を最後にスパイクを脱ぐかもしれません。だから、自分は最後まで付き合いたい。いや、見ていたい。()の目に焼き付けておきたい。そう、思っているんです」

「そうかあ。本当に(すご)い選手なんだね。六助君は」

「…はい」

 ゆり姉の嘆息(たんそく)を受け、一平は静かに(うなず)く。やや、傾き掛けた冬の陽は、風に(そよ)(すすき)を、一際(ひときわ)、輝かせていた。


 続いて、勝沼のワイナリーに到着(とうちゃく)した一行はお目当てのワイン探しに没頭(ぼっとう)する。とは()っても、全員が未成年である。(たと)え試飲とは()っても、公然(こうぜん)と酒を飲む(わけ)には行かない。ゆり姉以外が()める様に味見する。運転手であるゆり姉が恨めしそうな眼差(まなざ)しで、横目で見(なが)らも、祐子やみうみうに感想を聞いていた。結局、各自、白ワイン、赤ワイン、シャンペンと思い思いのお土産(みやげ)を買い込み、宿への帰路(きろ)へと着いたのである。


 旅行の楽しみ方には、()の目的によって異なるものではあるが、現地に()いての行動に()って大いに変ってくるものと思われる。(たと)えば、()の目的を観光(サイトシーイング)とした場合、如何(どう)しても、寸暇(すんか)を惜しんで観光(サイトシーイング)(いそ)しむ傾向にあり、今回の場合、正太郎や祐子たちのグループがそうである。一方で、()の目的を、小説などに良くある保養(リゾート)(とら)えた場合、(たと)えば、(さなが)ら、シャーロックホームズや金田一耕介の(ごと)くに、体を休める事を目的とした場合である。とすれば、日がな一日、宿で転がっているのが、正しい過ごし方である。(もっと)も、シャーロックホームズや金田一耕介の場合は、其処(そこ)で、事件に巻き込まれてしまうのであるが。


 筆者が旅行に出かける場合は、絶対的に後者(リゾート)である。勿論(もちろん)彼方此方(あちこち)をちょろちょろする様な旅行を、まるっきりしない(わけ)では無いが、()し、金と時間を好きに使って旅行に行って来て良いと()われれば、絶対に後者(リゾート)を選択するであろう。(おそ)らくは、何処(どこ)保養地(リゾートち)(ひな)びた温泉(おんせん)宿を()め、沢山(たくさん)の娯楽小説を持ち込んで、其処(そこ)に一週間位逗留(とうりゅう)し、日がな一日、温泉(おんせん)と読書と昼寝に明け暮れるであろう。勿論(もちろん)、執筆活動なども一切しない。目的が精神の保養なのである。筆者も会社の定年を迎える(ころ)には、そう()った暮らしが待っていると思ってはいた。(しか)し、現代社会に()いては、意外な事に、そう()悠々自適(ゆうゆうじてき)な生活はやって来ず、相変わらず、独楽鼠(こまねずみ)(ごと)く働いている次第(しだい)である。


 一方で、前者の様な旅行の仕方を好む()きもいる。昔、二十代の(ころ)、筆者はそう()った御仁(ごじん)と旅行した事があったが、(すこぶ)る大変なものである。()(かく)()れこそ、独楽鼠(こまねずみ)の様に彼方此方(あちこち)を見聞して回るのである。折角(せっかく)の機会でもあり、気持ちは分からぬ物でも無いのであるが、あれでは、余暇(よか)を楽しんでいるのか、仕事で観光をしているのか、分からぬ始末(しまつ)では有る。まあ、()れも旅行の楽しみの一つであると、()ってしまえば()(まで)なのであるが、普段、()うした旅行に慣れていない筆者としては(たま)ったものでは無い。(さて)()のメンバーの中で、()うした前者の様な旅行ではなく、後者の様な保養(リゾート)を好む者は誰であろうか? ()れは、いずな、敬介、六助である。ただ、六助は相棒である葵が、内気なキャラとは裏腹に、甲府(こうふ)の町を見て回りたいと切望したので、葵に付き合い甲府(こうふ)の町を見物して回っていた。いずなと敬介についてであるが、彼らは典型的な保養好きなタイプでもある。セレクションした笛吹川(ふえふきがわ)フルーツ公園も、(わり)とそう()った色彩(しきさい)の色濃い施設(しせつ)でもあるのだ。(しか)も、温泉(おんせん)施設(しせつ)などは異性二人で楽しめる施設(しせつ)でもない。そんな(わけ)で、早々に帰路(きろ)に着いたのは、彼ら二人だったのである。


 (さて)、そんな(わけ)で、お昼少し過ぎた(ころ)に、宿に(もど)った二人であったが、当初は、男子部屋でPS等をして遊んでいた。だが、幼い容姿ではあるものの、若い男女の事である。いつしか、(くちびる)を重ねる様な展開になったとしてもおかしくは無い。()のうち、いずなと敬介は口接吻(ディープ・キス)に及んだ。両者、初めての口接吻(ディープ・キス)であった。いずなと敬介ともにホテルの部屋着(へやぎ)である。然程(さほど)、色気の有る格好(かっこう)では無い。敬介はいずなをまじまじと見た。母親似の、実に端正(たんせい)な顔立ちである。()の顔立ちは(すこぶ)る神々しい。敬介は()める様にいずなを見た。確かに、高志が良くからかうように未発達の胸である。(しか)し、()の二つの乳房(ちぶさ)はほんのりと盛り上がっており、(さら)には、()の頂点に遠慮がちな突起(ちくび)が、二つ確認出来(でき)る。有ろう事か、いずなは、敬介の(ため)(みずか)ら、下着(ブラジャー)を外していたのである。そして、いずなは次に来るべき行為(こうい)催促(さいそく)する様に、静かに目を閉じた。()の様な状況(じょうきょう)に、理性的にいられる男性なぞ皆無(かいむ)であろう。敬介はいずなの突起(ちくび)に右手を伸ばした。

「あっ…」

 いずなの口から(かす)かに声が()れた。敬介は右手でいずなの上着越しの突起(ちくび)(いじく)った。いずなの突起(ちくび)(にわ)かに少し大きくなった様な気がした。

「ああっ…」

 再び、いずなの口から敬介の行為を了承(りょうしょう)する声が()れた。続いて、敬介の舌がいずなの口中に侵入する。二人の舌が激しく絡み合った。と、此処(ここ)までは良かったのであるが、次の瞬間(しゅんかん)


 ガチャリ。


 何者かが部屋のドアを開けたのである。


 若い二人は、吃驚(びっくり)仰天(ぎょうてん)し、互いに3m程、飛びのいた。()れはホテルの女中さんだった。


「すみません。お部屋のお掃除をしようと思ったものですから…」

 敬介が(あわ)てて叫ぶ。

「だ、だ、だ、だ、…大丈夫(だいじょうぶ)です。間に合ってます」

 勿論(もちろん)百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の女中さんである。状況(じょうきょう)はすぐに把握(はあく)し、(あわ)てて引っ込んだ。敬介は立ち上がると部屋の入口から廊下(ろうか)(のぞ)き、誰もいない事を確認し、今度は(しっか)りと施錠(せじょう)をし、戻って来た。いずなは戻ってくる敬介を少女らしいあどけない顔立ちで見上げる。(しか)し、(むべ)なる話ではあるが、敬介の彼処(アソコ)は、()れ以上有り得無い位に、男の子になっているのである。いずなは多少(たしょう)の恥じらいは感じたものの、嫌悪感は(まった)く無かった。何よりもケースケの()れなのである。だが、今度は敬介が困った様にモジモジし始めた。

如何(どう)したの?」

 敬介が答える。

「持ってないんだ」

 いずなは、主語も述語も欠如(けつじょ)した敬介の言葉の真意を、完璧に理解した。彼女は、敬介を安心させる様に、小さな化粧袋(ポーチ)から5cm四方位の赤いビニール片をおずおずと取り出した。敬介は()れを見るなり、思わずドキリとした。()れは、優等生で真面目(まじめ)ないずなには、(あま)りにもそぐわない代物(しろもの)ではあったが、コーラ(あめ)などでは無い事は明白(めいはく)であった。敬介はごくりと生唾(なまつば)を飲み込むと、恐る恐る問い掛けた。

「い…、いいの?」

 いずなは、真っ赤な顔で、こくりと(うなず)き、(もく)して肯定(こうてい)の意を示す。敬介は少しばかり大胆(だいたん)になり、再び、二人の(くちびる)が重なった。若い二人の魂は燃え上がり、舌は激しく絡み合い、離れて、また、絡み合う。舌と舌の間には、二人の唾液(だえき)の橋が架かり、かなり大きな水滴がぽちょりと落ちて行った。敬介は左腕でいずなの背中を支え、先程(さきほど)の様に右手でいずなの膨らみかけの小さな乳房(ちぶさ)(いじく)った。突起(ちくび)(すぐ)に発見出来(でき)た。先程(さきほど)よりも少し堅くなっている気がした。敬介はたまらず、いずなの部屋着(へやぎ)をたくし上げた。いずなの未発達な乳房(ちぶさ)とピンク色の乳首(ちくび)が現れた。敬介は()乳首(ちくび)を口に(ふく)む。いずなはびくんと反応し、()の直後、

「ああん…」

 と、()(まで)、敬介が聞いた事が無い様な甘く切ない声を漏らした。いずなはいそいそと部屋着(へやぎ)の上着を脱ぐ。敬介は(さら)大胆(だいたん)になる。そろりそろりと、いずなの下腹部に手を伸ばす。そして、豪胆(ごうたん)にも部屋着(へやぎ)の中に手を差し入れた。下着(ショーツ)越しにいずなの恥毛を感じる。最早、敬介の右手といずなの女の子との間には、薄い下着(ショーツ)しか夾雑物(きょうざつぶつ)は無い。(ゆう)()し、敬介の右手の指先が、下着(ショーツ)(すそ)から侵入を(こころ)みた()の時。


 ガチャリ。


 またしても、入り口が開錠され、今度は高志の大声が聞こえた。

「いやあ、寒いの何のって、冬の清里。半端(はんぱ)ねーな。()れこそ、冬の八甲田山並みだったぜ」

抑々(そもそも)、…行った事ねーだろ。手前(テメー)は。八甲田山に…」

 正太郎の声も聞こえる。

「なあ、正太。冬の八ヶ岳を歩いてみたいと思わないかな?」

「思わねーよ。此方人等(こちとら)、東海地方の夏山(なつやま)遭難(そうなん)し掛かっているんだ。そんな(ところ)に、行けるかよ。大体(だいたい)、何で、八甲田山みたくなっている? 友田少将か? おめーは」

遭難(そうなん)し掛かったんじゃなくて、(まご)う事なき遭難(そうなん)だろ。ありゃあ」

(やかま)しい!」


(げっ、な、な、なな、何で、此奴(こいつ)らが…)


 正太郎たちの能天気(のうてんき)な会話を聞いて、敬介は途轍(とてつ)もなく、狼狽(ろうばい)した。そして、次の瞬間(しゅんかん)、二人が部屋に入って来た。

「見るなあ!」

 敬介は、思わず両手を広げ立ちはだかった。

「何やってんだ? おまえ? ()(ぱだか)で?」

 高志が(あき)れる。()れはそうであろう。上半身裸の敬介が両手を広げ、(さなが)ら、案山子(かかし)(ごと)く、部屋中央で仁王立ちしているのである。キョトンとした敬介は高志の反応に、(にわ)かに戸惑(とまど)いを感じ(なが)らも、おずおずと後ろを振り返る。

(アレッ。いずなちゃんがいない?)

 そうなのである。敬介の(いと)しい、いずなは雲散霧消(うんさんむしょう)している。忽然(こつぜん)と姿を消しているのである。続いて、ひろみと祐子が入って来た。

「ねえ、いずなは居たの?」

「いや、いねーよ。敬介だけだぜ。おい、敬介、流石(さすが)に何か着ろよ。一応(いちおう)、レディの前だぜ」

 高志が返す。敬介は(あわ)てて部屋着(へやぎ)羽織(はお)る。

一応(いちおう)とは、何よ、失礼ね。()れにしても、(まった)く、いずなったら、何処(どこ)、行ったのかしら? あれほど、鍵はフロントに預ける様に申し合わせた(はず)のに」

風呂(ふろ)にでも行ったんじゃねーのか?」

 高志が呑気(のんき)請合(うけあ)う。(しか)し、其処(そこ)で正太郎が疑問を呈する。

「でも、此処(ここ)にバスタオルがあるぜ。()派手(はで)(がら)は、彼奴(あいつ)のバスタオルじゃねーのか?」

 其処(そこ)には紅白幕の様なボーダー(がら)のバスタオルが落ちていた。いずなが自転車とかセーター、Tシャツなど、持ち物に()(がら)を好む事は良く知られている。祐子が(くだん)のタオルを拾い上げた。と、同時に、実に()気無(げな)く、落ちている部屋着(へやぎ)を自身の小脇(こわき)(かか)えた。()行為(こうい)完全(かんぜん)に自然な行為(こうい)であった。()うして、いずなの上着は、祐子の一連の動作に()って、完全(かんぜん)に風景の中に溶け込んだ。最早、祐子が予備の部屋着(へやぎ)を当初から抱えていた様にしか見えない。とは()え、部屋着(へやぎ)はサイズによって色が違う。3Lの祐子が、拾い上げたSサイズの部屋着(へやぎ)が入る(わけ)が無いのであるが…。

「おい、敬介。いずなは来たのか? 来なかったのか?」

 高志が、すかさず詰問(きつもん)する。

「き、ききき、来たよ。風呂上(ふろあが)りだった。先刻(さっき)まで一緒(いっしょ)にゲームしてた。今はいないけど…」

「だから、何処(どこ)に行ったか聞いてんだよ? ()れに先刻(さっき)から、此奴(こいつ)、妙に聴牌(テンパ)ってやがるし…」

「そそ、そんな事あるもんか!」

「ははあ、(わか)ったぞ。(さて)はテメー、風呂上(ふろあが)りのいずなに妙な気を起こして、おっぱいでも(さわ)ろうとしたんだろ? ()れで、いずなが怒って部屋(へや)を飛び出して行った。つまり、()()(わけ)だな」

「バ、バ、バババ、馬鹿(ばか)な事、()うんじゃねえ!」

「ハハハ。成程(なるほど)。誰もいないのを良い事に、(そで)を引いたと()(わけ)か。如何(どう)やら、図星(ずぼし)らしいな」

 正太郎も、古風な()い回しで嘲笑(あざわら)う。実際の(ところ)図星(ずぼし)以上なのである。(そで)を引いた(どころ)の騒ぎでは無い。高志の()うおっぱいは(すで)(さわ)っている。敬介が(さわ)ろうとしていたのは、いずなの女の子自身(あそこ)であり、()る意味、おっぱいの完全(かんぜん)上位互換(じょういごかん)である。状況的(じょうきょうてき)には、(まさ)に、図星(ずぼし)完全(かんぜん)上位互換形(じょういごかんけい)なのである。

「変ねえ。トイレにもいないわよ」

 ひろみが部屋のトイレを確認して出て来る。其処(そこ)へみうみうが、ひろみたちを呼びに来た。

「ひろみっち、ゆうちん。ゆり姉が、フロントで鍵貰って来たよー。早くお風呂(ふろ)行こうよー」

「うわあ。行く行く。あれっ、祐子は行かないの?」

 祐子は人差し指を(くちびる)に当て(なが)()()った。

「うん。もう少し此処(ここ)に居るよ。後から行くから」


 みうみうとひろみが出て行った。今、()の部屋の中で、完全(かんぜん)状況(じょうきょう)把握(はあく)しているのは、敬介以外では、(おそ)らく、祐子だけであろう。いや、敬介もいずなの行方(ゆくえ)(つか)めていないのである。先程(さきほど)、祐子はいずなの部屋着(へやぎ)を拾い上げる時、別の遺留品(いりゅうひん)も拾い上げている。5cm四方位の赤いビニール片。()れは、断じてコーラ(あめ)などでは無かった。祐子は、何食わぬ顔で、()れを左手の(てのひら)に握り込むと同時に、状況(じょうきょう)即座(そくざ)看破(かんぱ)したのである。ひろみたちが行った後、祐子は小声で(ささや)いた。


(正ちゃん、お願い。高志君と敬介君、1分で良いから、部屋から連れ出して)


 ()れは、(ささや)きと()うには(あま)りにも小さく、口の中で小さく(つぶや)いたに過ぎなかった。当然(とうぜん)の事(なが)ら、誰に聞こえる(はず)も無い。(ただ)し、()()()()()()()()。正太郎は祐子の(つぶや)きを完璧に理解した。正太郎は、祐子の肩をポンポンと軽く二つ(たた)いた。(おそ)らく、

『分ったよ』

 と、()合図(サイン)であろう。正太郎は、コホンと咳払(せきばら)いをすると、()()った。

「おい、高志、敬介。(おれ)たちも風呂(ふろ)に行こうぜ」

「ああ、いいけど、祐子ちゃんは如何(どう)するんだ?」

「私は残るよ。いずなちゃんが戻って来たら一緒(いっしょ)にお風呂(ふろ)に行くから…。鍵はフロントに預けておくからね」

 と、同時に再び(つぶや)いた。


(お願い。正ちゃん、早く。いずなちゃんは間違い無く、()の部屋の中にいる)


 正太郎は、分かったと()う風に、高志と呆然(ぼうぜん)とする敬介を()き立てた。

「さあ、早く行こうぜ。寒くて風邪(カゼ)をひいちまう」

「お、おう」

「ほら、敬介も早く」

「あ、ああ」

 ()(ころ)には(ようや)く、正太郎にも、真相(しんそう)がうすうす(わか)って来た。よくよく、耳を澄ませば、部屋の何処(どこ)からか、(かす)かな息使いが聞こえる。()の男の異常とも()える聴力(ちょうりょく)である。間違えようが無い。()れに、先刻(さっき)、祐子が拾い上げた遺留物(いりゅうぶつ)を、正太郎も横目で見ている。5cm四方位の赤いビニール片。此処(ここ)最近、(とみ)にお世話になっているアレである。間違い無く、コーラ(あめ)などでは無かった。


 3人が部屋を出ると、祐子は(おもむろ)に部屋の壁面の押入れに向かい、そおっと(ふすま)を開けると、()()った。

「もう、大丈夫(だいじょうぶ)だよ。いずなちゃん」

 押入れの(すみ)には、大粒の涙を浮かべ、両腕で恥かしそうに胸を隠した、上半身裸のいずなが、(おび)えた仔猫(こねこ)の様に、カッと見開いた目で祐子を見つめていた。

「うわあん」

 号泣と伴にいずなが祐子に抱きつく。よしよしと、祐子が(やさ)しくいずなの頭を撫で(なが)ら、()()った。

「さあ、早く服を着て、私達もお風呂(ふろ)へ行こうよ」

 余程(よほど)、不安であったのであろう。いずなの激しい欷歔(ききょ)は、中々、治まりそうに無かった。服も着ず、祐子に抱きついた(まま)只管(ひたすら)に、わあわあと泣いている。祐子はいずなの頭を(やさ)しく()(なが)ら、()()った。

「さあ、服を着て。何の心配も無いから…」

 祐子はいずなに部屋着(へやぎ)を渡す。いずなは項垂(うなだ)(なが)らも、(ようや)くに、部屋着(へやぎ)を着た。()れと同時に、紅白幕の様なバスタオルと(くだん)遺留物(いりゅうぶつ)を渡す。いずなはカーッと上気(じょうき)すると、(うば)う様に()れを受け取り、また、下を向いた。いずなの胸中(きょうちゅう)は察して(あま)りある。


(ゆうちんは何が起きたか、完全(かんぜん)把握(はあく)している!)


 ()れはそうである。()し、自分が祐子の立場であれば、状況(じょうきょう)完全(かんぜん)把握(はあく)するであろう。自分と同等以上の知的水準を持つ祐子である。()れが出来(でき)(はず)が無い。いや、ゆうちんでなく、朴念仁(ぼくねんじん)の正ちんであっても、完全(かんぜん)に事態を把握(はあく)するであろう。あの、遺留品(いりゅうひん)はインポスターのベント以上に、明白(あからさま)代物(しろもの)なのである。ケースケに申し(わけ)無い。ゆうちんに(さと)られた自分の恥ずべき秘密。いや、ゆうちんだけでは無いのかもしれない。他にも、気付いた人間が居るかもしれない。()だ、高校生の分際(ぶんざい)でエッチな事をしようとしていた。()明白(めいはく)証左(しょうさ)は、今、(しっか)りと自分の(てのひら)に握りこんでいる。いずなの脳裏(のうり)に様々な思いが波の様に去来(きょらい)した。恥かしくて死にそうだった。浴場へ向った二人であったが、いずなの足取りは、(さなが)ら、屠所(としょ)へ向う牛より重かった。


 祐子は、一つ、小さな溜息(ためいき)()くと、不意に話し掛けて来た。

「私もあるよ」

「…」

 いずなには、何の事か(わか)らない。

先刻(さっき)、いずなちゃんに渡したアレね。…私も使った事があるよ」

「…えっ」


(今、何て()ったの?)


 内気で晩熟(おくて)なゆうちんが? 聞き返したい気持ちはある。(しか)し、構わず、祐子が続けた。

勿論(もちろん)、使ったのは、私の恋人(パートナー)なんだけどね。…する時は(かなら)ず使うよ。…もう、何度も使ったよ」

「ええっ」

 此処(ここ)で初めて、祐子がいずなの方を振り返る。丸顔でちょっぴりおでぶな祐子が、ほんのり、顔を赤らめ、含羞(はにか)んで少し困った様な笑顔を浮かべつつ、可憐(かれん)微笑(ほほえ)んだ。

「私だけの秘密じゃあ無いから、(あま)り、他言されると困っちゃうんだけどネ」

()れって、…正ちんだよ…ね?」

「もう、当たり前だよ。いずなちゃん」

 いずなは、驚愕(きょうがく)(あま)り、呆然(ぼうぜん)としている。(しば)しの後、二人はまた歩き出した。現金(げんきん)なもので、いずなにも、少し元気が出て来た。そして、今度はいずなから話し掛けて来た。

「あのね、ゆうちん。如何(どう)聞いても、下世話(げせわ)な質問になっちゃうんだけど…」

 そう、前置きし(なが)らも、

「…如何(どう)だったの?」

 続けて、

()の、なんて()うか、痛かったとか、…気持ち良かったとか」

 祐子は歩き(なが)ら、少し首を傾げる。

「うん、痛かったよ。中が裂けてるかと思った」

 いずなは思わず、ごくりと生唾(なまつば)を飲み込む。(しか)し、祐子は続ける。

「少しだけ、快感も有ったよ」

 祐子は、(わざ)と控えめに()った。()(あた)りの心理は、筆者には良く(わか)らない。あのとき、祐子たちは4回も事に(およ)んでいるのである。快感が(ともな)わなければ、流石(さすが)()の回数は出来(でき)ないであろう。

「でも、一番幸せだったのは、正ちゃんと一つになれた事かな…」

 祐子は正直な本音を吐露(とろ)した。()れはいずなにも良く理解出来(でき)る心情である。いずなは、実に興味深そうに聞き入っていた。懸命(けんめい)なる読者は、もう、お気づきの事と推察するが、祐子が話した()描写(びょうしゃ)灯篭流(とうろうなが)しの時の描写(びょうしゃ)ではない。円周率騒動の時の描写(びょうしゃ)なのである。灯篭流(とうろうなが)しの時の描写(びょうしゃ)、筆者は(わざ)とさらりと牧歌的に描写(びょうしゃ)したが、()れは()る意味、武士の情けであって、実際の(ところ)、正太郎は興奮の(あま)り、祐子の奥に達する前にいってしまっていた。(さら)に、祐子は祐子で、極度の緊張で、失禁とともに失神してしまい、よもやそんな事とは、気付く(よし)も無かったのである。ただ、面白(おもしろ)いのは、情緒的(じょうちょてき)過ぎる()の二人。失敗したとの自覚は微塵(みじん)も無く、(のち)になって妙だとは思いつつも、初体験(はじめて)()甘美(かんび)神聖(しんせい)(ひび)きに、(みずか)(こう)()き、金襴袈裟(きんらんけさ)を着せて、神棚(かみだな)(たてまつ)り、良い想い出に昇華(しょうか)させてしまっている点である。そんな次第(しだい)であるから、本当の意味での初体験(はじめて)は、円周率騒動の時、と()っても過言では無かったのである。


 (さて)、浴場に着いた二人は、着衣を脱ぎ始めたが、込み合っていた(ため)、ロッカーが一人分しか空いていない。いずなは下着(ショーツ)を脱がずに、少しモジモジしている。()の理由は明白(めいはく)であった。可愛らしいピンクのウサギさん柄の下着(ショーツ)であったが、先程(さきほど)の直後である。しっとりと水気を含んでいる。祐子は(すぐ)にピンと来た。

大丈夫(だいじょうぶ)だから。いずなちゃん。私は気にしないよ。お部屋に戻ったら変えればいいし」

「でも、ゆうちんの荷物が汚れちゃうよ。あたしのうさちゃん、多分(たぶん)、すごい事になっちゃってるよ」

「へーき、へーき。だって、私なんて、初体験(はじめて)の時、正ちゃんの前でおもらししちゃったんだから」

 祐子はあっけらかんとし(なが)らも、とんでもない告白を口にする。

「えええーっ」

 驚愕(きょうがく)するいずな。

勿論(もちろん)()れは誰にも内緒だよ」

 そう()って、にっこりと微笑(ほほえ)んだ。次の瞬間(しゅんかん)、いずなは、がばっとばかりに、祐子に抱きついた。勿論(もちろん)、祐子は全裸(ぜんら)である。祐子の豊満(ほうまん)な胸に、いずなが顔を(うず)めている。

「ちょっと、いずなちゃん」

 当然(とうぜん)当惑(とうわく)した祐子が(あわ)てる。(しか)し、いずなは、ぎゅうっと抱きしめ、離さない。

「ゆうちん、お姉ちゃんみたい…」

「ちょっと、駄目(だめ)だよ。人が見ているよ。()れに、先刻(さっき)から、いずなちゃんの鼻が私の先っぽに…。其処(そこ)敏感(びんかん)(ところ)だから…、感じちゃうよ」

 確かに、顔を(うず)めると()う事は、そう()位相(いそう)関係になるのであろう。先程(さきほど)から、いずなが顔を動かす(たび)に、祐子の敏感(びんかん)(ところ)(こす)れてしまう。

「ムッキー、正ちんに怒られちゃうかな?」

 いずなは、いたずらっ子の様な面持(おもも)ちになると、そう()(なが)ら、突然(とつぜん)、祐子の黒々とした敏感(びんかん)()れを、(やさ)しくぺろりと()()げた。

「うひゃん」

 祐子が、()頓狂(とんきょう)な声を()げる。


「ちょっと、あんたたち。こんな(ところ)で、何、ゆりかわいい事してる(わけ)?」

「うっきー。みうみう、()()うの、薄い本で見た事有る」

 後ろで、ひろみが全裸(ぜんら)で仁王立ちになっている。()の後ろから、みうみうが物欲(ものほ)しそうに(のぞ)いている。

「いいなあ。みうみうもやりたいなあ。ゆうちん。後から、みうみうもやらせてね」

 祐子が()()な顔で(かぶり)を振る。

「もう…、駄目(だめ)だよ。みうみう」

「ほら、みうみうも馬鹿(ばか)()ってないで、温泉(おんせん)に行きましょ」

 ひろみが音頭(おんど)を取った。


 祐子は湯船に浸かり(なが)ら、考える。いずなちゃんが窮地(きゅうち)を脱出出来(でき)てよかったと。(しか)し、思わぬ副産物もある。お陰でとでも()うべきか、いずなには妙に(なつ)かれてしまっている。現に、いずなは祐子の(かたわら)を片時も離れない。湯船の中では、祐子の左側に陣取り、ぴとっと祐子に肩を寄せて、(しっか)りと祐子の左手を握っている。

「もう、今日のいずなちゃん。(すご)く甘えん坊。敬介君に怒られちゃうよ」

 と、祐子が(たしな)めるも、

「ムッキー、ケースケにはちゃんと甘えるよ。でも、今だけは、お姉ちゃんに甘えるんだもん」

「ちょっと、いずなちゃん」

 多少(たしょう)困惑(こんわく)する祐子。其処(そこ)へロリ巨乳の持ち主、みうみうもやって来た。彼女は、

「あっ、いいな」

 と、(つぶや)くと、

「みうみうも、祐子お姉ちゃんに甘えちゃお」

 と()って、祐子の右側に腰掛け、祐子の右手を握り離さない。何故かみうみうまでもが、祐子に(なつ)いてしまっている。みうみうにしてみれば、今回の旅行、いずなに誘われるが(まま)に参加したのであるが、メンバー構成から、途中、単騎に成らざるを得ないと覚悟を決めていたのである。だが、道中、祐子の()れと感じさせない気配りのお陰で、実に楽しい旅を満喫(まんきつ)出来(でき)たのであった。祐子には感謝をしてもし足りない。思えば、()の3人、全員、一人っ子である。姉妹が欲しいと()う欲求もあったのかもしれない。


「何よ、二人とも、また、随分(ずいぶん)と祐子に(なつ)いたものね。()のゆりクラシスターズは? 高志(あた)りが見たら泣いて喜ぶ絵面よ」

 ひろみが片眉毛(かたまゆげ)()げて呆れる。実際、JKが3人(そろ)って全裸(ぜんら)で居るのである。別に高志で無くとも、健全な男子であれば喜ぶであろう。

「ゆるゆりクラブ?」

「危ないわね。そうじゃないわよ。ゆりクラシスターズ。だって、あんたたち、先刻(さっき)からゆりっぽい事ばかりしてるし、みんな、クラリネットやってるし…。みうみうは中学ん時だけど」

 3人は思わず顔を見合わせた。祐子が(はしゃ)(なが)ら、()った。

()れはもう、みうみう、ブラスに入るしかないよ。そして、一緒(いっしょ)にゆりゆりクラブを作ろうよ」

「ムッキー、ゆうちん。名前が先刻(さっき)より過激になってる…」

 女子浴場に笑い声が(はじ)けるのであった。


 いずなが女子浴場を出ると、敬介がソフトクリーム売り場の長椅子(ながいす)でぼんやり座っていた。屹度(きっと)いずなの様子が気になったのであろう。敬介はいずなを見つけると、少し安心した様であった。

「い、いずなちゃん」

 いずなは長椅子(ながいす)のもう片方に腰掛けると、ニッコリ笑って()()った。

大丈夫(だいじょうぶ)だよ。ケースケ。もう、平気だから」

「うん」

 いずなは、思いっきり声を潜めると、うんと小声で()った。

「いずなの初めてね。ケースケの(ため)に大切にしておくから…。屹度(きっと)、また、チャンスがあるよ」

「う、うん」

 ケースケは真っ赤な顔で少し涙ぐんでいる。

「もう、こんな事で泣かないの。男の子でしょ」

 今度はいずなが、お姉ちゃんみたいである。だが、ケースケは、(すこぶ)る意外な事を()う。

「違うよ。いずなちゃんが元気だったんで、安心しちゃって」

 ()れを聞いたいずなは、

(本当に(やさ)しい人だね。ケースケ君)

 そう思うと、先程(さきほど)、祐子にした様に、ケースケに肩を寄せて手を(つな)いだ。

「ありがとね。ケースケ君」

 そう()うと、いずなは、ケースケのほっぺに、ちゅっと口づけをしたのだった。

どんな旅にも終わりがある。甲州旅行完結編。両手に抱えきれないお土産と想い出を携えた一行は、懐かしの清水に帰還する。次回、『第42話 ただいま!(石和温泉旅行編【6/6】)』

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近、攻めてますよね。先生。 ノクターンも書けそうでは?というより、 別ペンネームで書いているのでは?
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