第39話 アナーニ事件とヴァレンヌ逃亡事件(石和温泉旅行編【3/6】)
買い物から帰った後、早速、待望の温泉へ行った。いずなの瞳は、脱衣所の段階でお星様状態である。みんな浴場に入って驚いた。本当に風呂の種類が多いのである。温水プール、檜風呂、ジャグジー、ワイン風呂、高温サウナ、低温サウナ、塩サウナ、水風呂、寝風呂、岩盤浴、ミルキー風呂、屋外に行って、薬草風呂、釜風呂、炭酸風呂、露天風呂。ありとあらゆる風呂があった。
「ムッキー♪。ゆうちん、みうみう。どれから、入る? どれから、入る?」
「とりあえず、ワイン風呂に」
馥郁たるワインの甘い芳香が優しく鼻腔を擽る。葵が深呼吸をし乍ら謂った。みうみうも、子供の様に燥ぐ。
「うっきー。ふわあ、葡萄のお風呂だぁ」
「すごく、甘い、良い香りだね」
「本当だ」
凛子もうっとりし乍ら謂った。一行は背丈ほどの大ジャグジーのあと温水プールに移ると、祐子がゆり姉に話しかけた。
「小百合さん。私達の高校の先輩って聞きましたけど…」
「そうだよ。今年の3月に卒業。丁度、あなた達と入れ違い」
「一橋って事は、文系だったんですか?」
「ううん。私は特進科。其れこそ、岡村君のお兄さんと同級生だったわよ。でも、失敗しちゃったなあ。普通科にすればよかった。女の子は数人しかいないし…」
祐子は、現役で一橋大学に合格しているから、当然、成績は上位の方だとは思っていたが、特進科だとは思わなかった。
「あっ、でも、確か、此の中に特進科の子いたよね?」
其の、問いにひろみが答えた。
「はい、明彦です。此の、凛子の彼氏」
「ちょっと、ひろみ」
凛子が、赤くなり乍ら窘めた。ゆり姉が続けた。
「でも、敬介に聞いたけど、みんな、かなり、成績が良いって」
其の問いにも、ひろみが答えた。
「そうですね。私が答えるのが、一番、角が立たないように思うので、私が答えますけど、多分、一番出来るのは、祐子といずなですね。二人とも、大体、10番乃至20番。時々、一桁。次が高志と明彦かな。大体、30番乃至50番。其の次が凛子。50番前後。そして、葵。70番前後。で、私。80番乃至100番。で、其の次が正太。そして、みうみう、敬介。此の三人は、ムラがありすぎるんです。花道すれすれの時もあれば、120番くらいの時も有る。特に、正太は得意な教科はマニアックな迄に、いろんな事を知ってます。学校祭のクイズ大会も優勝したし…。で、サッカー部コンビは花道も後ろの方、だけど、彼奴ら、サッカーに関しては、全国区の様ですし…」
「ありがとう。大変、分かりやすい説明だったわ。ところで、祐子ちゃんといずなちゃんは、特進科を考えなかったの? 当然、中学校側は推薦しようとした筈だけど…」
祐子が、もじもじし乍ら謂った。
「私は、正ちゃんが普通科志望だったから…」
祐子はそう謂うと、ぶくぶくぶくっと、温水プールの中に顔を沈めてしまった。明らかに照れている。其の後をいずなが引き継いだ。
「つまり、ゆうちんは普通科を選んで、7分の1の当り籤を命中させた訳です。いずなは、中学校時代は皆から、浮いていて、苦しんでいましたから、特進科はちょっと自信がありませんでした。其れに、ゆうちんもいずなも、ちょっと、人に謂えない特殊な能力があったんです」
「へえ、どんな?」
「超記憶力。と謂うか、忘れられない能力。自分で謂うのもなんですけど、多分、サヴァンと呼ばれるような能力だと思います。いずなは、開き直って、隠そうとしなかったけど、ゆうちんは、徹底して隠してたもんね。相手が正ちんだから、分かる気がするけど…」
ひろみが相槌を打った。
「そういえば、発覚して、ちょっとした危機を迎えたのって、まだ、今月の初めの事だったよね」
「うん。もう、終わりだと思った」
祐子が当時を思い出して、身震いする。
「でも、ゆうちん達、今の方が、より、仲良しさんに見えるよ」
ゆり姉が頷いた。
「そんなもんだよ。危機を乗り越える毎に強靭になっていくものなのよ。友情と同じよね。尤も、私は、恋した事もないけどね」
「そうなんですか? ゆり姉、綺麗なのに」
「まあ、相手もいなかったし…」
「でも、一平君がゆり姉に一目惚れしたって、先刻、六助君から」
「ああ、往きに車に乗ってきた、よく喋る面白い子?」
ひろみが尋ねた。
「其れ、六助じゃなくて?」
「ううん。一平君なの。私、驚いちゃって」
いずな、ひろみ、凛子の目が点になっている。ひろみがゆり姉に謂った。
「あの…、彼、とんでもない無口で、クラスでも、声を聞いた事が無い人が、いると思います。其れ位、無口なんです」
「そうなの? 彼、サッカー部のエースなんでしょ。なんか、光栄ね。でも、彼の冗談じゃないの?」
「でも、一平君。付き合い長いけど、冗談自体、謂ったのを聞いた事がないですよ。…かなり、天然ではあるけど…」
「そうなの? 祐子ちゃんが、彼とは一番付き合いが長いの?」
「はい。小学校からの付き合いです。特に、中学になって、良く勉強を聞きに来て…。彼、多分、六助君以上に、学力的に此の学校は厳しかったと思うんです。勿論、サッカーでの誘いはあったとは思うんですけど。でも、2年の2学期くらいに、突然、清水高校を受験するって謂い出して…。だから、私とか、正ちゃんに良く勉強を聞きに来ていたんです」
「そうなんだ」
「でも、なんで、うちの高校にきたんだろ? プロからの誘いもあったって、噂が有ったのに…。六助君もだけど…」
話題が切れた処で、いずなが謂った。
「ねえ、ゆうちん。そろそろ、サウナデビューしようよ」
「うん。葵ちゃんは? 中のテレビでアニメやっているみたいなの」
「本当? じゃあ、私も行くよ」
「凛子、私たちは、岩盤浴行かない? ゆり姉は?」
「いいわね、私も行くわ」
正太郎は温水プールで、顔を上に向けて、ゆらりゆらりと水母のように漂っていた。が、どぶん、どぶんと、誰かが飛び込んできた。顔に大量に水が降り注いだ。高志と明彦である。
「わっ、手前らか? 此処に、『湯の中飛び込むべからず』って、書いてあるだろうが?」
「へっ、正太め。今度は漱石で謀ろうってんだな。誰が、其の手に乗るか」
「いや、高志、本当みたいだぞ。何か此処に、書いてある」
「あっ、本当だ」
「其れで、見つかったのか? 『銀河鉄道の夜』は?」
「ああ、でも、1冊しかなくてよ。結局、じゃんけんで俺が勝って、俺が買った。敬介はオーヘンリーを買ったがな」
「オーヘンリーを…? 何でだ?」
正太郎が首を傾げる。
「おめーらが、オーヘンリーもネタにぶっこんで来たじゃねーか」
「そーいや、そーだっけな。でも、俺じゃないぞ。ネタにぶっこんだのは、いずなだ」
「おかげで、煩くてよー。敬介と明彦、本屋へ行く途次、ずっと、誰の作品だって、聞きっぱなしだったぞ。明彦は凛子に釣堀に飛ばされたのが、余程、悔しかったらしくてよ。もう、泣きそうだったぞ」
「喧しい」
明彦がふてる。正太郎がニヤニヤし乍ら、謂った。
「ところでさあ、良く考えれば、わざわざ、本屋に行かなくても、青空文庫あたりにあるんじゃないのか? 宮沢賢治なら」
「其れな、俺も本屋からの帰りに気がついたんだが、青空にあるんじゃないかってな。そうしたら、やっぱりありやんの。全く、とんだ暇つぶしだったぜ。此の寒空の下、往復30分もな。ところで、でこぼこコンビは?」
「ああ、彼奴らなら、露天風呂へ行ってるぞ。一体、如何したんだ?」
「おお、彼奴らも、ぶっちめないとな。いずなと口裏を合わせて、人を嵌めてくれたからな」
「わー、待て待て。彼奴ら、素で答えていたぞ。お前も学校祭のクイズ大会見てただろ。大体、一平と六が、口裏合わせるような器用さが、あると思うのか? 彼奴らが器用なのは、サッカーの時だけだぞ」
「マジか?」
「ああ、大マジだ。ところで、敬介は?」
「彼奴なら、サウナだ」
其処へ、茹蛸のように真っ赤になった敬介が飛び込んで来た。高志の顔に、大きくはねが掛かった。
「ぷはっ、こら、敬介。飛び込むなって書いてあるだろうが」
「おおっ、悪りい。いやー、気持ちいいわ、サウナ。病み付きになりそうだ。いやー、いずなちゃんと、一緒に入りたかったな」
高志がニヤニヤし乍ら、謂った。
「なんだ、Hな奴だな。胸でも触るつもりか? ぺちゃんこだぞ、彼奴」
「ば、ば、馬鹿野郎。俺は、変な下心無しでだな…」
「嘘、つけ」
わいわい、遣り合う二人のやり取りを聞き乍ら、正太郎は思った。若干、敬介の気持ちは分かるような気がした。正太郎も、下心無しに、祐子と一緒に入りたいと思っていた。恐らく、からかった高志も、似たような思いだったのかもしれない。
「俺、ちょっと、露天風呂の方に行ってくるよ」
「待てよ、俺も行くよ」
高志も付いて来た。露天風呂は、露天風呂以外にも、薬草風呂、釜風呂、炭酸風呂があった。師走の凍る様な風に、ちょっと熱めの湯温はとても心地よかった。でこぼこコンビは、横の籐椅子に寝そべっていた。六助は呑気にも、鼻歌を歌っている。高志は薬草風呂の中から声を掛けた。
「おう、お前ら、良く寒く無いな」
「おっ、高志か。やっぱり、いいな。温泉は。っていうか、オフはいいな。お前らと、つるんで正解だったぜ。なあ、一平」
「…ああ。気持ち良い。ところで、明日、小百合さん何処か行くのかなあ。俺も連れてってくれないかなあ」
高志が正太郎に耳打ちした。
「…如何したんだ? のっぽ君。異様に喋っているんだが…。風呂にのぼせたのか? 其れとも、何か、変なきのこでも食ったのか?」
「…惚れたんだとさ、ゆり姉に」
高志が眉間に皺を寄せた。
「マジか? 俺の兄貴の同級生だぞ? 3つも年上だぞ?」
「関係ねーだろ。そんなの」
正太郎が、湯船の中でお湯をかき混ぜ乍ら、穏やかに謂った。高志が表情を和らげた。優しい顔つきになって謂った。
「…そうだな」
流石に体が冷えてきたのだろう、一平と六助が薬草風呂に入ってきた。すると、一平が徐に謂った。
「正太、高志。ありがとうな。素敵な人と出会えた。最高のオフだ」
「…おお。まあ、がんばれよ」
一方、女湯の方では、祐子、いずな、葵、三人が、略、同時に高温サウナから飛び出し、いずなは水風呂に、祐子、葵は温水プールへ飛び込んだ。祐子は葵に謂った。
「ぷはあっ、もう少しで、アニメの終わりだったんだけど、我慢出来なかったね」
彼女たちは、サウナ内のテレビで、アニメを見ていたのだが、熱さ故に最後まで見ていられなかったのである。
「うん。すごく熱くて、限界だった。でも、とても、気持ちいいね」
其処へ、いずなが飛び込んで来た。
「ウッキー、気持ち良い。いずな、サウナ気に入っちゃったよ。やっぱり、一日3回は入りたいね」
「本当だね。ところで、いずなちゃん、葵ちゃん、明日は如何する?」
「如何しようかなあ。いずな、ケースケと一日中、部屋でゲームでもして、ゴロゴロしてても良いよ。其れで、時々お風呂に入るの。葵っちは?」
「私、みんなが行った、県立科学館って行って見たいな。あとから、六助君を誘ってみようと思っているの。みうみうは?」
「みうみうはお買い物に行きたいなあ。祐ちんは如何するの?」
「うーん。私は…」
「正ちんの行く所なら、何処へでも。だよね。ゆうちん」
「…もう、いずなちゃんの意地悪。でも、みんなは如何するんだろ?」
「小百合さんは、朝から、車で回りたいって、謂ってたよ」
「ねえ、ゆうちん。一平の奴、本気なのかなあ」
祐子が、昔を思い出し乍ら謂った。
「多分、本気だと思うよ。一平君、そう謂う冗談謂わない子だったもん」
「彼奴、もてたの?」
「うん、すごく。一平君はマスクはいいし…。無口だけど。あのサッカー部の3人は、兎に角、もてたよ」
「3人?」
「あっ、ゴメン。もう一人は梅高に行った、康代ちゃんちのお隣さんの岩井修吾君。3人とも正ちゃんとすごく仲が良くて…。六ちゃんと一平君と修ちゃんは、県代表だったの。女の子達の人気の的だったよ。でも、3人とも浮いた話は無かったな。サッカー一筋って感じで…」
祐子が遠い目をし乍ら語るのを聞いていた葵は思った。遠足の時に六助が謂っていた密かな想いを。六助が3年間守り続けていた仄かな想いを暴露する様な、無粋な真似をする気は毛頭無かったが、ちょっと、祐子が羨ましくもあった。多少の好奇心も手伝い、祐子に尋ねてみた。
「祐子ちゃんは、其の3人の中では誰が一番好きなの?」
「えっ、私? 私はみんな好きだよ。みんな、優しくて、一生懸命で…。其れに、私。…好きな人いたし」
「はいはい、ごちそうさま」
いずなが、八重歯を煌めかせて、囃子たてた。
「3人とも、バレンタインの時なんか、すごかったよ。50個位貰ってたよ」
「ねえねえ、ゆうちんは正ちんに渡したの?チョコレート」
「ううん。渡せなかった。小5の時からだから、5回分。いつも、おうちに持って帰って、泣き乍ら自分で食べてたよ」
「えーっ」
祐子は回想した。特に今年は、風の噂で正太郎に彼女が出来た事を聞いていたので、泣き噦り乍ら食べた事を思い出した。
「でも、来年は、堂々と渡せるね。祐子ちゃん」
祐子の顔が、晴れ晴れとした顔になり頷いた。
「うん。…あのね、来年はチョコレート以外に準備しているの。今、編んでいるの」
「えっ。何を」
「…マフラー。此の前の危機の翌日から、編み始めたの。記憶に残るもの、贈りたくなって…」
「いいなあ。ゆうちんは、技術があるもんね。いずな、女子力低いからなあ…。葵っちは、此のメンバーの中では、好みの人、いる?」
「えーっ、でも、みんな、彼女いるし…」
「いいから、いいから、誰なの?」
「うーん。高志君か、六助君かな。あと、祐子ちゃんといずなちゃんには悪いけど、敬介君と正太君も好きだよ」
「なんで?」
「みんな、すごく明るいもの。私に無いものいっぱい持ってるよ。高志君と六助君は陽気なところが素敵だし、敬介君は無邪気な小学生みたいなところが母性本能を擽るし、正太君は隠君子見たいな独特な雰囲気を持ていて、かっこいいな」
「じゃあ、明日は取り敢えず、六だね。がんばってね」
「うーん。チョコ50個の人だからなあ。難易度高いなあ」
其処へ、凛子がみんなを呼びに来た。
「おーい。みんな。露天風呂行かない?」
「わあ、いくいく」
祐子はみうみうに水を向けた。
「みうみうちゃんは?」
「うん。みうみうも行くよ」
此の一連の会話。実の処、祐子はみうみうの意中の人の事について、聞いた心算であったのだが、みうみうは、そんな祐子の気持ちを知ってか知らずか、実にさらりとかわしたのであった。だが、後になってみれば、みうみうは自身の気持ちを、物の見事に韜晦していた事が、判明するのである。
冷たい外気に混じって、漂ってくる温泉の湯煙は、水の香りを含んだ、えも謂われない香りである。其の上、薬草風呂から漢方薬のような香りが漂ってくる。祐子がゆり姉に声を掛けた。
「小百合さんは、明日は如何するんですか? 車で回るって聞きましたけど…」
「うん、明日は車で回るつもり。勝沼、恵林寺、躑躅ヶ崎館、山梨県立博物館。其の辺りかな。みんなは如何するのかな?」
凛子がお湯を掬って顔に浸し乍ら謂った。
「私は明彦と山梨県立博物館に。此処の、近所らしいですし。あと、山梨県立美術館も。ひろみは?」
「うーん。高志次第かな…」
祐子がゆり姉に謂った。
「あの、未だ正ちゃんと相談してないんですけど、良かったら、私たちもご一緒させていただいても、よろしいですか? …其の、一平君にはちょっと申し訳ないんですが…」
「でも、ゆうちん。何で?」
「えっ、正ちゃんが行きたいって謂った所が入っていたから…」
ゆり姉もホッとし乍ら謂った。
「其れは、ありがたいよ。祐子ちゃん。恋愛経験0のお姉さんに、サッカー部のエース君が相手だと、ハードルが高過ぎるわよ。お風呂から出たら、正太郎君に確認しておいてね」
祐子がニコニコし乍ら答えた。
「分かりました。早速、正ちゃんに聞きますね」
男子勢は、ガヤガヤし乍ら、部屋に戻ってきた。部屋には布団が6組敷いてあった。高志がみんなの顔色を伺い乍ら、こそこそっと謂った。
「なあ、俺、真ん中の布団でいいかな?」
明彦と敬介、正太郎がニヤニヤし乍ら謂った。
「はいはい」
其れを見ていた、六助と一平が尋ねた。
「如何したんだよ? 彼奴?」
「怖いんだと。部屋の端っこが…」
二人はぷっと吹き出した。
「マジか?」
「どははははー」
「やかましい。此のでこぼこ赤点コンビが。俺は、ただ、死んだばあちゃんの遺言に従ってだな…」
「なんだとお。高志」
わいわい、やっているところに、女子勢が入ってきた。ひろみが騒ぎに首を突っ込む。
「あーっ、また、騒いでいる。今度は何なのよ?」
「いや、高志がよー。寝る場所が部屋の真ん中じゃないと、怖いんだと…」
女性陣がぷっと吹き出して、いずなが謂う。
「ムッキー、かーわーいいー」
「本当。母性本能が擽られちゃうわね。かわいいわね、高志君。お姉さんが可愛がって、あ、げ、る」
「やかましい、此の貧乳コンビが…。何がお姉さんだ。おっぱい小さい癖に生意気な…。ぐはあっ」
「乙女に向かって、なんてこと謂うのよ。此の、ぼけなす」
「むっきーっ、ひろみっち。もう一発。ナスに、もう一発」
葵が、肘撃ちを食らって蹲る高志をじっと見ていて謂った。
「…すごい。ひろみちゃん。瞬殺だった」
ひろみがガッツポーズをしている。
「当たり前よ。高志の行動パターン位、お見通しよ」
「むっきー、ハロゲン族は本当に失礼なんだから」
「バカヤロー、失礼なのはお前らだろ。誰だって苦手なもの位あるだろうに…。其れを、いつも、いつも、からかいやがって…」
多少の後ろめたさがあったに相違無い。ひろみが意外と素直に、高志に謝罪した。
「もう、悪かったわよ。高志が可愛いから、ついからかっちゃって…。明日、何か奢るから…」
「其れだけじゃ、やだぞ。結婚しても、夜、寝る時は手を繋いでくれないと…」
いずなが思いっきり噴出した。みんな、大爆笑である。ひろみが真っ赤になり乍ら、謂った。
「ちょっと、あんたは、何、恥ずかしい事、謂ってんの? いい年して…」
明彦がニヤニヤし乍ら、
「手だけじゃなく、別のところが繋がってたりしてな…。あ、痛、何すんだよ、凛子」
凛子が顔を赤らめ乍ら謂った。
「品がなさすぎ。此のエロ眼鏡は如何して、そう、すぐ滑る事、謂うの。みんな、引いてるじゃないの…」
「えっ」
「全く、バカなんだから」
「…すみません」
明彦が頭を掻き乍ら謝った。凛子が怒り乍ら訝った。
「全く、もう…。でも、変ねえ。ハロゲン族は合宿の時、一番遅くまで、一人で勉強やってなかったけか?」
ひろみが否定する。
「違うわよ。大体、あたしが一緒にいたわよ。あたしが眠くなって止めようとすると、彼奴も一緒にあがってたもん。夜、ムシ暑かったもんで、網戸だったんだけど、外で山鳥が鳴くたびにひどく怯えていたわよ。『鵺の鳴く夜は恐ろしい』とか、謂って…。其れに、初日だか、二日目に、一番遅くまでやっていたら、寝る時に端っこしか空いてなくて、すごく怖かったとか…。其処で、仕方なく、正太と敬介の間に潜り込んだって、謂ってた…」
正太郎が呆れ乍ら、怒りを露にする。
「どわーっ、高志。あれは、おめえの仕業か? 真夏の雑魚寝に、なんてえ事しやがる。此方は、暑苦しくて、朝の五時に目が覚めたんだぞ」
「いや、だってよ…」
ゆり姉が、ニヤニヤし乍ら窘めた。
「失礼しちゃうわね。高志君。うちに、お化けなんて出ないわよ。でも、清志君が謂ったとおりね」
高志が不安そうに尋ねた。
「いや、其の、あの、ゆり姉。其れで、バカ兄貴は、何と…」
「…謂っていいのかなあ。弟はひどい、怖がりで、夜、ひとりでトイレに行けないとかって…」
みんなが一斉に吹き出した。
「ムッキー、かわいい。ハロゲン族。いいなあ、ひろみっち、こんな可愛い旦那さんで」
「…もう、いずなは」
明彦がニヤニヤし乍ら謂った。
「そう謂えば、今年の夏合宿の時には、肝試しをやらなかったな。来年の夏合宿はやるか?」
「じょ、じょ、冗談じゃねーぞ」
高志が真っ青になって反対する。ゆり姉が謂った。
「其れなら、絶好のスポットがあるわよ。川向こうの古びた地神様。ちびたちも、楽しみにしていたみたいだけど、肝試しが無かったってがっかりしてたもの…」
いずなが怪訝な顔して謂った。
「ムッキー、でも、今年も計画の段階では、あったよ。だって、いずな、書いたもん。折角、経帷子や天冠、葬儀屋さんで借りたのに…。何で無くなったのかなあ」
高志が目を瞠る。
「なんちゅう物、用意してやがんだ。何、考えてんだ。てめーは」
正太郎が当時を思い出し乍ら、首を傾げ乍ら、謂った。
「確か、子供達が怯えるといけないとかってんで、ひろみが猛反対したとかって聞いたけど…」
「えーっ、私、知らないわよ。私だって、肝試し楽しみだったのに…。一体、誰よ、そんな事、謂ったのは?」
「誰って、確かそう聞いたぞ。高志から…。あーっ、扨は、手前の仕業か? 高志」
「いや、高校生が、小学生を脅かして、大人気ないだろ」
六助が笑い転げて、腹を押さえ乍ら謂った。
「ひーっ、腹が痛い。何を殊勝な事、謂ってやがんだ。オメーは。ひろみちゃんも大変だなあ」
正太郎が思い出したように謂い出した。
「そう謂えば、合宿計画書の最後の方に、妙な一条が有ったよな。確か、『小さい子がいるから、怪談、猥談の類は禁止』とか謂う一条、あれも、ひょっとして…」
ひろみが膨れ乍ら謂った。
「其れも私、知らない。確かに下ネタ禁止は書いたけど、みんな、全然、守ってなかったし…。怪談の方は、正太の意見だと思っていた」
全員が一斉に高志を見る。
「いや、だってよー…」
明彦が高らかに宣言した。
「よーし。来年は肝試し決定な。勿論、経帷子と天冠使用で…。あと、怪談も解禁な。ついでに猥談も…」
「猥談は駄目に決っているでしょ」
澄ました顔で駄目出しをする凛子。
「わーっ、明彦、手前、ふざけんな」
慌てる高志に、六助がニヤニヤし乍ら謂った。
「だいたい、正太が怪談禁止なんて、謂う訳ねーだろ。怪談大好き人間なのに」
いずなが聞いた。
「ムッキー、そうなの? 正ちん」
「だって、此奴、中二の夏に、深夜、墓場で補導されたんだぜ」
高志が驚いて謂った。
「なんで、そんな、おっかない処で…。一体、何をやっていたんだ」
「本を読んで居たんだよ」
「墓地で読書だあ。如何謂う趣味だ? 一体、何だってそんな処で…?」
「雰囲気を味わいたかったんだよ」
「で、何を読んでいたんだ」
「『屍鬼』…」
「よく、墓場で、んなもん、読む気になるなあ。其れで、如何した?」
「如何もこーもねーよ。墓石の上にランタンを置いて、墓石に腰掛け読んで居たんだよ。そうしたら、通りがかったおっさんが、俺を見るなり、腰を抜かしやがってな…」
「当たり前だ」
「其の儘、即、通報されちまってな。あっという間にお縄になった」
「つくづく、問題児だったんだなあ。お前」
高志がしみじみ感心する。
「うるせえ」
「ムキキ、正ちんも、随分、面白みがあるよね。昔からだったんだ…」
六助がニヤニヤし乍ら謂った。
「でもよ、其の一件が発端で、うちの中学では、夜の墓場徘徊は、禁止になっちまったんだぜ…。まったく」
明彦が呆れる。
「また、其のオチかよ…。そんな奴はいねーだろ。正太しか」
「ああ、全く、あのじじい詰まんねえ事で、いちいち学校に乗り込んできやがって。此方は危うく、停学になるところだったんだぞ」
「そう謂えば、おじさん、カンカンに怒って、翌日、学校に、怒鳴り込んできたもんね」
「ああ、もう少しで、あのじじい、憤死するかと思ったぜ」
其処で明彦が突っ込む。
「憤死って何だよ。抑々、そんな死に方した奴。世界史の教科書でしか、見た事ねーぞ」
と、明彦が謂えば、高志も同意の意を示す。
「確かにな。謂われてみればそーだな。えーっと。あれは、確か、アナーニ事件だったけか? ぐはあっ」
何故かひろみの肘が、高志の鳩尾にめり込んでいる。すかさず、顔を顰めた高志が抗議する。
「何しやがんだ」
「いや、ごめん。…てっきり、また、下ネタを嚙ます心算かと…」
「ふざけんじゃねえ。何処が下ネタだ。ははあ? 判ったぞ。成程、そうか、アナーニ事件か? 全く以って、下品な女だぜ」
ひろみは真っ赤な顔で下を向いている。然し、図に乗った高志は此処ぞとばかりに、嵩に掛かる。だが、此の男が調子付くと、大体に於いて碌な事が無い。
「大体、俺が本気で下ネタ嚙ましたら、そんなんで済む訳ねーだろ。例えば、ローマ皇帝のヌメリアヌス…」
大半のメンバーがニヤ付くか、真っ赤な顔をしているが、みうみうと敬介だけはキョトンとした顔をしている。
「まあ、確かに。世界史の用語って、微妙に卑猥な用語があるよなあ。イングランド七王国とかさ」
素直に感嘆するのは明彦である。だが、高志は更に加速する。
「わはははは、そーだろ。だが、何と謂っても極めつけは、インカ帝国最後の皇帝…、マ…ぐわぁ」
ひろみの正拳突きが高志の顔面に突き刺さっている。
「謂わんでいい!」
ひろみが吠えれば、いずなも追随する。
「ムッキー、ハロゲン族。本当、最低」
正太郎がにやつき乍らも、呆れ乍ら呟く。
「…絶対、謂うと思ってた。全く、相変わらず、周囲の状況を読まない奴だな」
だが、みうみうが、
「うっきー、何て王様なの? ハロゲン族、教えてよー。みうみう、知りたいよー」
「ふふふ、教えても良いが、みうみう。其れは意外と安くないぜ。先ず、両腕を頭の後ろで組んで、胸を張るんだ」
「斯う?」
みうみうが高志の謂われたとおりの、姿勢を取る。元来、酷く小柄なみうみうではあるが、其の胸は祐子規模なのである。そんな彼女が、高志が指定した様な姿勢をとれば、否が応でも、胸元が強調される。其の姿態も酷くなまめかしく、恰も、ウッフンと謂った感じである。一同の、と謂うより、主に男性陣の視線が、みうみうの胸元に釘付けになる。特に巨乳好きの高志や正太郎の眼は、宛ら、獲物を狙う猛禽類の様に、『おおっ』とばかりに、完全にロック・オン状態であり、目標をガン見している。
「そ、そうだ、いいぞ、みうみう。其の儘、其処で静止していろよ。教える代わりと謂ってはなんだが、自慢の其の乳、一度、むぎゅうと鷲掴み…ぐへえぇぇ」
ひろみが、高志の後ろから、鬼の形相で、裸締めをしている。祐子はと謂うと、正太郎のお尻をかなり強く抓っている。
「いい加減にしなさい。全く、もう。みうみうも、此の馬鹿どもの甘言に、簡単に乗らないの」
高志は半ば白目をむいている。
「えー、みうみう、謎の王様の名前知りたいよー」
「いいのよ、如何せ、途轍も無く卑猥な事を、謂う心算だから。聞くだけ馬鹿馬鹿しいわよ」
然し、其の時、いずながみうみうの耳元で、何事かを囁く。すると、みうみうは耳朶の付け根迄真っ赤にすると、斯う叫んだ。
「うっきー。ハロゲン族の馬鹿。此のド助平」
相変わらず、実に騒々しい連中である。騒ぎが少し下火になった処で、敬介が染み染みと謂う。
「然し、確かに世界史の用語って、其れまでの人生で触れた事の無い様な用語って出て来るよな。憤死だけじゃなくてさ」
「ムッキー、例えば、どんな?」
「うーん、そうだな。例えば、枢機卿とか」
高志が透かさず同意する。
「確かにな」
「そーだろ。大体、うちの近所で枢機卿になった人はいねーぞ」
「そりゃ、いねーだろ」
「今迄、人生に於いて聞いた事もねー単語なのに、何故か漢字まであるじゃねーか」
「まあ、ローマ・カトリック教会の最高顧問だからな。日本にカトリックが入って来た時に、そう翻訳されたんだろ」
そう解説するのは、正太郎である。だが、此処でも茶々を入れるのは、高志である。
「でもさ、枢機卿って何かラスボス感が半端無くね? いつも権謀術数を巡らしていそうでさ。柳生一族に出て来た烏丸の少将みたくさ」
ひろみが慌てて窘める。
「ちょっと、あんた、何を謂ってんの。怒られるわよ」
正太郎が苦笑し乍ら、宥める。
「まあまあ。でも、其の辺りの印象って、デュマの三銃士の影響なんだろうなあ。あの作品では、主人公達から見れば、完全にラスボスだもんなあ。でも、リシュリュー枢機卿って、史実に因れば、無茶苦茶立派で、高潔な為政者だったらしいけどな…」
「えっ、実在の人物だったの?」
驚くのは、祐子である。だが、其れに対して、正太郎の方が驚いた。
「そーだよ。三十年戦争の頃の、フランス宰相だよ。王権の拡大に尽力した名宰相だよ。彼の名を記念して、第二次大戦中に彼の名を冠した戦艦迄あるよ」
「へええ。そうなんだ。てっきり、架空の人物だと思ってた。逆説的だけど、あのお話だと、キャラが立っていると謂うか、敵キャラだけど、何処か憎めないって謂うか、余りにも生き生きと描かれていたから」
「確かに、そうだね」
祐子が染み染みと語り出した。
「そう謂えば、歴史上の事件と謂えば、『ヴァレンヌ逃亡事件』。ほら、中3の頃あったじゃない」
「ああ、確かにあったな」
「?」
辻褄の合わぬ祐子の発言に、何の事か判らずにキョトンとする一同を尻目に、正太郎が同意する。祐子が説明を始めた。
「あのね、江尻中の裏門の向かいに小さなパン屋さんがあったの。おじいさんとおばあさんがやってるお店で、『ヴァレンヌ』さんって謂うんだけど…」
「ほー」
正太郎が染み染みと回想する。
「確かに、そんな事件があったなあ。あの頃の体育は、いつも持久走の練習で一部の生徒たちが、閉口してたんだよなあ。其れで、学校の外周を走っていた処、一部の生徒が逃走して、ヴァレンヌでサボってパン食ってたんだよ。其れが体育教師に見つかって、全員、纏めてとっ掴まって…」
「迷惑な連中だな。其れで、お前も一枚噛んでいたのか?」
「噛んでねーよ。だって、俺、別に持久走、苦手じゃねーし」
「嘘吐け。小学校のサッカー部の練習では、いつも最後尾が定位置だったじゃねーか」
「うるさい!」
「其れで、ヴァレンヌ逃亡事件か。然し、ネーミングが、秀逸と謂うよりも、恐ろしく、くっだらねえなあ」
「でも、其のおかげで、授業中にサボってヴァレンヌに行くのが、禁止になったんだぜ」
「馬鹿野郎。当たり前の話じゃねーか。抑々、謂わずもがなの話だろ。そりゃ」
其処で祐子も徐に語る。
「えーっ、でも、他にもヴァレンヌさんが舞台になった事件があったよ。隣の西久保中の子と喧嘩するとかで、一部の子達が木刀とか、ヌンチャクとかを持ってヴァレンヌさんに集結してたの。そしたら、其処で凶器を携えた西久保中の子達と鉢合わせになって、忽ち、乱闘になったと謂う、ヴァレンヌ抗争事件。此のときはパトカーが出動する事態になったみたいだよ」
明彦がにやつき乍ら口を挟む。
「何か、すげえ話だな。昭和の少年誌で、ありがちな展開だな」
「全く、迷惑此の上ない連中だな。ヴァレンヌさん、とばっちりもいいとこだな。完璧に被害者じゃねーか」
「他にも、買い食い根絶キャンペーン中に、生活指導の先生と、買い食いしていた一部の生徒が、ヴァレンヌさんで鉢合わせになり、大騒動に発展したヴァレンヌ騒擾事件」
「オイー。最早、ヴァレンヌさん、全然、関係ねーじゃねーか」
高志が声高に叫ぶと、明彦も追随して呟く。
「確かにな…。話を聞く限り、正太たちが、一方的に暴れて、ヴァレンヌさんに迷惑を掛けてるってだけじゃねーか」
「…おい、何処を如何聞いたら、そう謂う文脈になるんだ。端から俺は、一枚も噛んじゃあ、いねーぞ」
正太郎は不満げに零す。然し、祐子は続ける。
「未だあるよ。学校の帰りに、ヴァレンヌさん迄、何方が早いか競った生徒達が居たんだけど、其の内の一人が、ヴァレンヌさんの前で車に撥ねられて…」
「し、死んだのか?」
「ううん。でも、前歯4本を折る大怪我だったの。然も、人体錬成に失敗して、全部差し歯になってしまったらしいの…。人呼んで、ヴァレンヌ競争事件。其れ以来、ヴァレンヌさん迄競争する事は、校則で禁止になったの…」
「…人体錬成って何だよ」
「『持ってかれたぁ』って、奴じゃね?」
「他にも、ヴァレンヌさんの隣の家の大型犬が、凄く良く吠える犬だったの。ヴァレンヌさんの前でパンを食べてた生徒達が、面白半分で其の犬をからかってたら、猛烈に吠えられて、あの犬は凶暴だって…。其処でヴァレンヌ凶暴事件。あと、ヴァレンヌさんの前でパンを食べてた子たちが、店の前から見える、富士山の余りの美しさに感銘を受けた、ヴァレンヌ眺望事件」
明彦が呆れ、高志も激しく同意する。
「…おい、脚韻が合う単語ばかり臚列しやがって。韻を踏んでいれば良いってモンじゃないだろ。最早、事件にすら、なってねえぞ…」
「全くだ。抑々、今迄の全ての事件が、ヴァレンヌさん、全然、関係ねーじゃねーか。純粋に被害者だろうが」
其処で、祐子が悲しげに続きを話す。
「でも、余りにも騒ぎが続いたせいで、ヴァレンヌさん、とうとう、お店を畳んじゃったの…。おじいさんとおばあさん、一生懸命にお店を切り盛りしてたのに…、かわいそう」
「ムッキー、何、其れ。ひどい話」
「つ、潰れたのか…」
敬介も愕然とする。
「おいー。ヴァレンヌさん、全然悪くないだろ。謝れ、ヴァレンヌさんに謝れ」
「ヴァレンヌさあーん」
皆が口々に騒ぐ中、渋い顔をした正太郎から異論が飛び出す。
「ねえ、祐ちゃん。一応、念の為に聞くけど、此のいかれた謬言の数々、抑々、一体、誰から聞いたの?」
「えっ、誰って、確か康代ちゃんからだよ…」
ヤスベエの、にやついたしたり顔を連想した高志が、血相を変える。
「まーた、あの野郎かあ。するってえと、正太。此の事件群の殆どが捏造か?」
「まあ、全てが捏造って訳じゃあないけど…、概ね、そうだな…、98%位が脚色されているなあ。先刻の西久保中の話も、2組の連中が、西久保中の剣道部の連中に、道聞かれたってだけだったし、買い食いキャンペーンの時は、腰の悪い婆さんの荷物を持ってあげたという、ほっこりする話だったし…。大体、お前らも知っているだろ。あのヤスベエだぞ。彼奴なら、人口に膾炙する話を捏造する為には、大概の事はやってのけるぞ」
「全く、人騒がせな野郎だぜ。あの野郎。抑々、やっている事は、●スポと同じレベルだからなあ…」
「抑々、件のヴァレンヌさんだが、別に潰れた訳じゃあないぞ。新清水駅横に新装開店しただけだぞ。此の前、久し振りに行ったら、じいさん、妙に懐かしがって、アンパン2つおまけしてくれた…」
「糖尿病患者が、何てえもん、買ってやがんだ。まあ、ヴァレンヌさんも、そんないかれた中学校の前で、騒動に怯え乍ら、細々と営業するよりは、駅前で手広くやったほうが幸せだろう」
「何だと、此の野郎」
正太郎、六助、一平の江尻中トリオが熱り立つ。気儘な旅先での放楽な歴史談義である。一行は取り留めの無い会話を楽しむのであった。
甲州旅行2日目。それぞれのメンバーは個別行動で甲斐の国を満喫する。武田神社を訪れた、正太郎一行。不思議な音色の水琴窟と、正太郎の小学校時代の、少し切ない思い出のお話です。石和温泉旅行編第4弾。次回、『第40話 水琴窟と正太郎の思い出(石和温泉旅行編【4/6】)』。お楽しみに。




