第38話 俺たちの銀河鉄道(石和温泉旅行編【2/6】)
一行が、此の武田信玄公縁の県都に到着したのは、お昼を少々回った頃であった。コインロッカーに荷物を預けて、甲府駅南口に降り立った。目指すべき、山梨県立科学館は駅北口となってはいるが、甲府駅の南口の方が栄えており、腹拵えするにも店を見つけ易かろうとの理由から、南口に降り立ったのである。駅前には、武田信玄公の銅像があり、どっかりと床机に腰を据え、約5mの高さから周囲を睥睨している。此の像は、川中島の戦いに臨む信玄公をイメージしたものとされ、右手に軍配、左手に数珠を携え、今では甲府駅前のシンボルとなっている。一体に、甲府と謂う地名は、甲州の府中と謂う意味であり、そうした意味では、駿府と謂う言葉も略同義に当る。一行は武田信玄公の銅像を見上げ乍ら、平和通を南下して行った。駅前にほうとうの老舗らしき店舗があったのだが、数多の客が並んでおり、別の店を探す事となった。通りの右手には郵便局があり、左手には山梨県庁が見える。此の通りは、甲府市の目貫通りに当り、山梨県、甲府市の官公庁、金融機関、証券会社、大企業が軒を連ね、目指すべき料理屋などは見つからない。然し、此処は、此のメンバー屈指の人間通である高志が、早速、物怖じせず、通行人を捕まえると、地元名物である『ほうとう』の美味い専門店を聞き出したので、行ってみる事とした。其の、地元在住の、胸の大きな綺麗なお姉さんが謂う事には、何でも、飯田通り沿いに在る『ほうとう』屋がお勧めであるとの事である。『ほうとう』とは山梨県を中心に食される郷土料理であり、小麦粉を練った短めの麺を、かぼちゃ、にんじん、いもなどと味噌で煮込み、食するものである。正太郎が聞いた説では、武田信玄公縁の武田家秘蔵の軍用食との事であったが、此方は如何やら俗説の様であり、其のルーツは更に古い様である。まあ、一般的な軍用食、例えば、カレーライスなどと比較しても、栄養価は遜色無く、調理も比較的容易であり、軍用食としてはうってつけであり、先程の俗説を妙に裏付ける様な代物ではある。正太郎は俄かに思った。
(なかなかに、栄養価が高そうだな…)
まあ、其れはそうであろう。ほうとうにせよ、カレーライスにせよ、お手軽で、栄養価の高い処から、軍用食として格好なのであって、当然、食後は軍事行動を前提としている訳でもあり、抑々、栄養価が低かろう筈が無い。然し、正太郎は何しろ持病がある。栄養価の過剰摂取は厳に慎むべきであろう。況してや、車中で弁当を食しているのである。本来は、腹、八分目とすべき処であろうが、正太郎は、一同の折角の旅行気分に水を差すことを恐れ、平然と平らげてしまった。まあ、鯔の詰まりが、美味かったと謂う事なのであろう。一同は倉皇として、ほうとうを手繰り、かっこんだ次第なのである。高志は、大きく、伸びをし乍ら謂った。
「あーあ、食った。食った」
「美味しかったよねえ。今度、おうちでも作ってみようかな」
凛子の呟きに、祐子も同調する。
「私も思った。早速、お土産に買って帰らなきゃ」
「いずなも、お土産リストに入れたよ」
皆、酷くご満悦の様である。高志が皆を取り纏めて謂った。
「扨と、如何するか? 山梨県立科学館だったな。タクシー2台で分乗していくか?」
ひろみが謂った。
「急ぐ旅でもないし、歩いて行こうよ。駅から、徒歩で30分って、書いてあるし」
「そうだな」
然し、一行は、再び、平和通を南下し始めた。山梨県立科学館とは正反対である。と謂うのも、正太郎が山梨県庁横にある山梨近代人物館を見てみたいと謂い出したのである。
一行は山梨近代人物館の後、先程の平和通の一本東側の通りを北上していた。舞鶴通りと謂うらしい。道路の右側には、舞鶴城公園が姿を現した。葉を落とした木々は桜であろうか。屹度、春には、満開となり、市民の憩いの場となることであろう。説明文を熱心に読んでいた祐子が正太郎に尋ねる。
「ねえ、正ちゃん。此処が甲府城ってなってる。って事は、此処が武田信玄公の居城なの?」
其れに対して、ハハハと笑い乍ら、正太郎は訂正する。
「違うよ。祐ちゃん。武田信玄公の居城は、もっと北にある躑躅ヶ崎館。今は武田神社になっている処だよ。此の甲府城は武田氏が滅亡した後から作られた城だよ。斯うした、平地のお城は、戦国時代に較べ、飛躍的に経済が発展し、武器としての鉄砲が一般的になった、安土桃山時代以降の特徴だよ。領民だけで無く、都市と謂う経済システムも防衛しなければならなくなったからね。躑躅ヶ崎館は未だ行った事が無いけど、戦国時代のお城だから、もっと山の上の方で、天然の地形を利用した要害の地に作られたんじゃないかな。時間が有ったら、是非、行ってみたいね」
「うん」
祐子が満面の笑みで応える。高志が、
「まあ、如何でも良い話なんだが…」
そう、前置きし乍ら、呟いた。
「如何した?」
「ああ、躑躅で思い出したんだが、何でも、作者の奥さんが、躑躅を髑髏と読んで世間を騒がせたらしい…」
「本当かよ。まあ、確かに、微妙に似ているとは思うが、如何にも嘘くせえ話だな」
明彦が疑問を呈すれば、凛子も其れに便乗する。
「そんな事、謂って、実は彼奴が誤読したのを、奥さんのせいにしているだけじゃあないの?」
「いや、其れは無いだろう。彼奴、無駄に本だけは読んでやがるからな。漢字の読みは漢検準一級レベルだって豪語していたぞ。尤も、漢字の書き取りは、小学校2年生レベルらしいが…。あと、字の稚拙さもな」
いずなが、ぷっと吹き出す。凛子もあきれながら、感想を述べる。
「其れで、良く、小説なんか書こうと思い立ったわね」
「何でも、漢字を書こうとすると、野郎の脳みそがゲシュタルト崩壊を起こしてな。ワケが判らなくなるらしい」
「わかったぞ。近江って書けなくなる奴だな」
「そんなモンじゃあねえ。何でも、昔、町内会の夜店で氷苺の店を出店した時の事だそうだ。野郎、看板に『おいしい水毒』と書いて、盛大に世間を騒がせたそうだ」
「そりゃ、世間は騒ぐだろ」
「なんか、嘘くさい逸話ね」
「特に、人と入が鬼門で、最早、イップスになっているらしい。何でも、社会人になった直後に、一人と書くべき処を、一入と書いてしまい、其れ以来、一入君と謂う、変な仇名を付けられてしまったそうなんだ。奴さん、其れが相当応えたと見えて、トラウマとなってしまったらしい」
「何と謂って良いのやら…」
「其れに、此れは、親父に聞いた話しなんだが、野郎、大学受験の直前に志望校を3校ほど提出したんだが、全部、漢字が違っていたらしいんだ」
「嘘でしょ」
「其の時は怒った担任にグーで殴られ、職員室で泣き乍ら漢字の書き取りをさせられたらしいぞ。受験3日前に…、其れで、野郎は、自身の出身大学名は未だに平仮名で書くらしい…。だから、ワープロが世に出た時は、野郎、泣いて喜んだって話だぞ」
「まあ、あれなら、自動的に変換されるからなあ」
「何でも、野郎が大人になると自然に身につくと信じていた事が、3つあるらしい」
「?」
「①字が上手になる。②ビールが美味しくなる。③お化けが怖くなくなる。此の3つだそうだ。どれも嘘だった。と、怒っていたぞ」
「ビールは普通に美味いだろう」
敬介が口を尖らすが、透かさず、いずなが窘める。
「ムッキー、ケースケ。お酒は二十歳を過ぎてから!」
「野郎の息子さんの通信ノートの保護者欄に、野郎が記入したら、先生から朱筆で『もっと良く頑張りましょう。』と、書かれたらしい」
「ちょっと、流石に其れは嘘でしょ」
「いや、其れが、如何もそうでも無いらしい。親父の話だと、字面が小学校3年の息子さんと大差なかった様なんだ。然も、漢字の量は圧倒的に息子さんの方が多かったそうだから、先生は息子が保護者欄に保護者を騙って書いたと思ったんだろうな。其処で朱筆と謂う訳だ」
「成程」
凛子が再び呆れる。
「重ね重ね、其れで、良く、小説なんか書こうと思い立ったわね」
「其れに、野郎、お化けが苦手でな。夜、自室で怖い心霊動画を見ていた際に、俄かに尿意を催したそうなんだ」
「ふーん」
「処が、便所が階下にある。一人で行くのが怖くて、行くに行けなくなったらしい」
「ちょっと待ってよ。其れ、自宅の話よね?」
「一人で逡巡していたところへ、当時、幼稚園児だった息子が寝ぼけ乍ら、トイレに起きたんだ。野郎、『パパが一緒に行ってあげるね』とか、調子の良い事をほざいて、ちゃっかり附いて行ったんだそうだ。処が、息子さんは用をたすと、其の儘、すたすたと2階に上がっていってしまった。奴は、適り、自分が用をたすまで、息子さんが待ってくれると思ってたんだろうな。野郎、大いに慌てたんだが、何しろ我慢してたから、当然、すぐには終わらない。でも、途中で切り上げ、『待ってくれえ!』とか、情け無い悲鳴を挙げ、追い縋ったそうだ。扨、翌日、奴のかみさんが起きてみると、便所の床、台所の床、階段と、水浸しだったそうで、かみさんに相当しばかれたそうだ」
一同が笑い転げる。ひろみが、
「でも、あんたも良く自分の事、棚に上げて、そう謂う事、謂えるわね。今年の春先に、似た様な事やらかしたじゃない(第4話参照)」
「そう謂えば、そうね。全く、そう謂うのを、五十歩百歩って謂うのよ」
「や、喧しい」
「然し、本当に如何でも良い話柄ね」
人の黒歴史を肴に、目的地へと歩む。全く以って、実にとんでもない連中である。
何時に無く静かで物思いに耽っていた高志が、突然、正太郎に尋ねた。
「なあ、正太…」
「ん?」
「先刻、近代人物館で頻りに出て来た地方病ってなあ、一体、何の事だ?」
「ああ、其れは…」
正太郎は、奥歯に物が挟まった様な歯切れの悪さで、慎重に言葉を選びながら答えた。
「昔から、此の地方に伝わる風土病だよ」
正太郎の歯切れの悪さには理由がある。一つは、正太郎は、此の病気についての知識は、ウィキペディアを読んで知っている程度の物なのである。にも拘らず、宛ら見て来た様に説明するのは、少し憚られる思いがあったこと。そして、いまひとつは、ウィキペディアに因れば、相当、悲惨な疾病であったことが窺える。其れを、何一つ、実体験の無い他国者である自分が、態々、此の地で偉そうに講釈を垂れる資格等、無いであろう。万一、地元の人が聞けば、気分を害するやもしれぬ。其れを懸念したのである。
「何でも、戦国の時代以前から、此の地方で猖獗を極めた流行病だそうだよ」
正太郎は敢て、ふんわりとした説明で逃げようとした。其処へ敬介が無邪気に質問する。
「へー、何て病気なんだ?」
正太郎は返答に窮してしまった。謂うべきか、謂わざるべきか、逡巡していたところへ、代わりに、呻く様に質問に答えたのは、いずなだった。
「…日本住血吸虫病」
敬介は無邪気に感心する。
「へー、流石だね。いずなちゃん。流石、お医者さんの娘だ」
だが、いずなは悲しそうな笑みを浮かべると、真っ向から否定した。
「違うよ。ケースケ。…実は、うちのママが此方の出身なんだよ。ママのおじいちゃんや、おばあちゃんが此の病気で亡くなったって謂ってた…」
本来、此の病気の解説をするのは、此の稿の趣旨ではない。然し、作者の貧弱な知識だけでは、聊か説明不足の感も否めぬ為、若干、補足する。以下はウィキペディアからの抜粋である。
『医学的に「日本住血吸虫症」と呼ばれるようになったのは、病原寄生虫が発見され、病気の原因が寄生虫によるものであると解明されてからのことである。しかし山梨県内では病原解明後も今日に至るまで、「地方病」という言葉は一般市民はもとより行政機関等においても使用され続け定着しており、一般的には風土病を指す「地方病」という言葉は「日本住血吸虫症」を指す代名詞と化している。
腹部が大きく膨らむ特徴的な症状から古くは、水腫脹満、はらっぱり、などと呼ばれていた「地方病」は、以下に示す史料文献中の記述により、少なくとも近世段階にはすでに甲府盆地で流行していたものと考えられている。
(中略)
地方病に罹患した患者の多くが初期症状として発熱、下痢を発症するが、初期症状だけの軽症で治まるものもいた。しかし感染が重なり慢性になった重症の場合、時間の経過とともに手足が痩せ細り、皮膚は黄色く変色し、頓て腹水により腹部が大きく膨れ、介護なしでは動けなくなり死亡した。
今日の医学的見地に当てはめると、肝臓などの臓器に寄生虫(日本住血吸虫)の虫卵が蓄積されることによる肝不全から肝硬変を経て、罹患者の血管内部で次々に産卵される虫卵が静脈に詰まって塞栓を起こすことにより、逃げ場を失った血流が集中する門脈の血圧が異常上昇する。その結果門脈圧亢進症が進行、それに伴い腹部静脈の怒張および腹腔への血漿流出による腹水貯留を起こし、最終的に食道静脈瘤の破裂といった致命的な事態に至る。これら種々の合併症が直接の死因である。また、肝硬変から肝臓がんへ進行するケースも多く、さらに肝臓など腹部の臓器だけでなく、血流に乗った虫卵が脳へ蓄積する場合もあり、片麻痺、失語症、痙攣などの重篤な脳疾患を引き起こすこともあった。
甲斐国(現:山梨県)の人々は、腹水が溜まり太鼓腹になったら最後、回復せず確実に死ぬことを、幼い頃から見たり聞いたりしていた。また、発症するのは貧しい農民ばかりで、富裕層には罹患・発症する者がほとんどなかったことから、多くの患者が医者に掛かることなく死亡したものと推察されている。地方病の感染メカニズムを知識として知ることのできる現代の視点から見れば、農民ばかりが罹患した理由も明らかである。しかし、近代医学知識のなかった時代の人々にとっては原因不明の奇病であり、小作農民の生業病、甲府盆地に生まれた人間の宿命とまで言われていた。
頓て幕末の頃になると、甲府盆地の人々の間でこの奇病に因んだことわざが生まれた。
水腫脹満 茶碗のかけら
この病に罹ると、割れた茶碗同様二度と元の状態に戻らず、役に立たない廃人になり世を去る、という意味である。
夏細りに寒痩せ、たまに太れば脹満
普段の暮らしは貧しく痩せ細っているが、太るとすれば脹満に罹った時だけ、という意味である。
また、発症者の多発する地区がある程度偏っていたことから、流行地へ嫁ぐ娘の心情を嘆く俗謡のようなものが幕末文久年間の頃から歌われ始めた。
〽 嫁にはいやよ野牛島は、能蔵池葭水飲むつらさよ
〽 竜地、団子へ嫁に行くなら、棺桶を背負って行け
〽 中の割に嫁へ行くなら、買ってやるぞや経帷子に棺桶
このような悲しい口碑や民謡が、かつての甲府盆地の有病地に残されている。
寄生虫の存在すら知り得ない当時の人々にとって、この奇病の原因はもちろん、なぜ特定の地域にばかり発症者が多発するのか、全てが謎であった。』
一同、いずなの説明や正太郎の提示する、ウィキペディアを見た後は黙りこくってしまった。其れはそうであろう。彼らの知っている寄生虫症は、疾病とは謂っても、蟯虫や回虫と謂った、命に別状の無いものばかりである。其れが、斯様な迄に致命的な疾患を齎すもの、其れも、つい、数十年前まで、其れこそ、昭和の後期まで、猖獗を極めていたと謂う事実に、強い衝撃を受けたのである。勿論、現在では山梨県知事より、地方病終息宣言がなされ、此の病気の終息に至ったのは、誠に以て重畳至極な次第である。然し、恐らくは、此処に至るまでの、関係者、医療従事者、住民の筆舌に尽くし難い、そして、官民一体の弛まぬ努力があったればこその話なのである。高志はお調子者ではあるものの、人一倍、感受性が強い。其の高志が、項垂れ乍らボソリと謂った。
「なあ、正太」
「ん?」
「俺たちは、如何したら良いと思う?」
「さあ…」
正太郎は、少し困った様に謂った。
「多分、記憶に留めて置く事が大切なんじゃあないかな」
だが、其の後、決然と謂い直した。
「戦争の歴史の様に、此の話を聞いたからとて、今、出来る事は然程無いよ。でも、記憶しておく事は出来る。いや、記憶しておかなければいけない事なんだ。…多分。でないと…」
「でないと?」
「歴史を学ぶ意味なんて、なくなっちまう」
「そうだな」
若し、旅行という娯楽の中に、多少乍らも意味を見出すとすれば、斯うした学びがある点なのであろう。抑々、正太郎が、ウィキペディアの此の記事を読み耽ったのも、端から、然したる興味があった訳ではない。ただ、漫然と読み進めていたに過ぎないのだ。然し、読んでいくうちに、此の記事に於ける書き手の、並々ならぬ情熱を記事から感じたからであり、恐らく、此の記事は、此の地縁の人物が、情熱を注ぎ書いたものに相違ない。正太郎はそう断じたし、高志も其れを理解したが故に、ああした言動に及んだのであろう。此の様に、若干、観念的な会話を楽しみ乍らも、彼らは山梨県立科学館に到着した。
山梨県立科学館は、甲府駅北の愛宕山という小高い丘の上にあった。甲府市内が一望できる。館内は宇宙、ロボット、人体といった、科学的展示が満載だった。みんな、思い思いのブースで展示を満喫していた。特に、理系科目の好きな、明彦や高志は、子供の様に燥いでいた。其の中でも目玉は、県下最大級のプラネタリウムであり、演目は『銀河鉄道の夜』となっている。正太郎が呟いた。
「へー、『銀河鉄道の夜』かあ。祐ちゃんも読んだ事あるよね」
「うん。小学校の頃。其れに、中学の時の課題図書だったよね。いずなちゃんは?」
いずなは八重歯を煌めかせ乍ら答えた。
「当然あるよ。私、小学校の頃、読んだけど、いろいろ、感情移入しちゃって…」
「私もあるわよ」
ひろみが謂った。
「宮沢賢治の代表作じゃないの」
凛子も続く。敬介がおずおずと、謂った。
「実は俺、読んだ事、無いんだ」
「良かった。俺もだ」
高志が続く。明彦も、
「いやー、実は俺も。此の流れ、みんな読んでいるみたいで、一時は如何なる事かと…」
高志がニヤニヤし乍ら、謂った。
「あー、ほっとした。そんな事謂って、正太も、本当は読んだ事無いんじゃねーの」
祐子がムキになって謂った。
「そんな事、無いよ。私に、此の本薦めたの正ちゃんだもん。ラジオ体操の時に。大体、うちの中学は夏休みの課題で、感想文書かされたもん」
「高志め。馬鹿にしやがって。俺は宮沢賢治と芥川龍之介なら、読んだタイトルで山手線ゲームが出来るぜ」
「分かった。分かった。お、もうすぐ、開演みたいだぜ」
物語が始まった。原作を忠実になぞり乍ら、描写に出てくる星座を丁寧に説明してくれる。そして、物語はクライマックスを迎えた。作中、他の乗客たちが下車し、主人公の少年達が二人きりとなった処で、物語は終わり、『続きは本を買って読みましょう』と謂う、ナレーションで締め括られていた。
「なんだとおー」
高志が叫んだ。正太郎が窘める。
「わっ、バカ。静かにしろ」
周囲から、くすくすと失笑が聞こえる。ぞろぞろと館内から出て来た一行は、階段を下り乍ら話し始めた。確かに甲府市街が一望出来る、素晴らしい観景である。脇の売店の葦簀が虎落笛を奏で、師走の風が木の葉を巻き上げ乍ら吹き抜けていった。高志が震え乍ら謂った。
「ブルルッ。扨と、14時40分。そろそろ、駅に向かうか?」
「そうだね」
ひろみが答えた。其処で、高志がぶつぶつ謂い始める。
「くっそー。先刻の話、あの先、如何なるか続きを知りてー。夢オチかな。なあ、ひろみ。お前知ってんだろ? 教えろよ」
「何、謂ってんの、買って読めば良いじゃないの。ナレーターも、そう謂っていたでしょ」
ひろみが窘める。然し、明彦が高志に同調する。
「だけど、終盤頃から、なんだか、怪しい雰囲気だったじゃねーか。タイタニック号の事故っぽい描写もあったし、仏教説話っぽい話もあったじゃねーか」
敬介も同意する。
「其れな。暗示されているのは、死者の救済みてーな描写だったよな。って事は、実は、みんな死んでるオチ?」
高志も応じる。
「おう。登場人物たち、間違い無くフラグ立っていたよな。全員死者とか、あるいは、異世界転生物かなあ」
明彦も熱く語る。
「そうだよなあ。でも、昭和初期の作品だぞ。そんな、ラノベチックな展開ありかなあ」
「くっそー。続きを知りてえなあ」
男三人で、実に侃侃諤諤である。其れを横目で見ていた、いずなが、いたずらっ子の様な含み笑いを浮かべ謂った。
「キシシ…。あいつら、結末を知りたくて、イラついている。からかってやろう」
祐子が窘めた。
「ちょっと、やめようよ。いずなちゃん」
「良いから。良いから」
「おーい。みんな。いずな、あらすじ知ってるんだけどなあ。あと、オチも」
敬介が、揉み手をし乍ら擦り寄った。
「いずな様。肩、お揉みしましょう」
「えへへ。ウッキー♪」
高志も負けじと、いずなの前に回りこんだ。
「いずな様。私目は、ちっぱい、お揉みしましょう」
「ムキーッ。ハロゲン族、何て事謂うの。やっぱり、最低」
いずなが、顔を真っ赤にして怒る。高志の伸ばした手が、いずなのデニムの腹当てに触るか如何かの処で、いきなり、後ろ手に捻じりあげられた。
「あいてててて…」
「…いい加減にしないと殺すわよ」
「わーっ、待て待て。冗談だ。ひろみさん」
「たく、もう、あんたって人は…」
そう謂い乍ら、ひろみは高志の手を離した。
「くっそー。ひでー目にあった」
正太郎が呆れた。
「…全く。しょうもねー事するからだ」
「おい、正太。お前は、ネタ知っているんだろ。早く、結末、教えろよ」
「何、謂ってんだ。ナレーションが謂っていただろ。買って読めよ。幻想的で、良い作品だぞ」
「ムキー。ハロゲン族、安直すぎ。ケースケもちゃんと読まないと駄目だよ。ところで、正ちん。あの、作品って、季節が夏じゃなかったっけか?」
「そうだよ。プラネタリウムの説明も、夏の星座ばかりだったじゃないか。流石にちょっと、違和感があったよ。まあ、星や宇宙に纏わる名作だからな…。季違いだが、仕方がないけど」
「…正ちゃん。それ、別の作品。ネタバレになるから、謂わないけど」
其の頃、予定よりやや早い、14時20分頃、清水高校では後発組が集結しつつあった。葵は、校舎の横に立っていた。濃紺のロングスカートに黄色のVネックのセーター。髪は下ろしている。みうみうはオレンジのセーターにジーンズ。だが、オレンジのセーターは大きな胸ではち切れそうである。其処へ、ジャージ姿の、六助と一平がやってきた。
「おーす。葵ちゃん、みうみう」
「あっ、六助君、一平君。おはよう。今日はよろしくね」
「うっきい。六と一平。宜しくね」
「…よろしく」
「扨と、後、小百合さんか。15時だったな。待ち合わせは」
「あっ、あれじゃない」
一台の、白色のセダンが入ってきて、校舎の横に止まった。中から、白のセーターにジーンズという、ラフな格好のゆり姉が下りてきた。やや、釣り目の、目がパッチリした美人である。敬介が謂ったとおり巨乳である。
「こんにちは。酒井君、杉本君、宮城島さん、羽根田さんかしら?」
「そーす。サッカー部の酒井っす。六助でいいっす。で、此のでかいのが、一平。で、かわいいのが葵ちゃん。あと、おっぱいがみうみう」
紹介を受けた、無口な一平と内気な葵がもじもじし乍ら挨拶した。
「…ちわっす」
「よろしくお願いします」
「今回は無理聞いてもらって、ありがとね。私は敬介のいとこで、今井小百合。よろしくね」
「とんでもないっす。楽しみにしてましたから」
「お誘い、ありがとうございます。私も、楽しみにしてました。よろしくお願いいたします」
「じゃあ、出発するわよ。さあ、乗って。今からなら、ご飯食べても、17時にはつけるわよ。17時30分には、待望の温泉よ」
「いやったー。…おい、一平。如何した?」
一平の目が据わっている。
「…惚れた」
「…は?」
「いや、こゆりさん。とても…綺麗だ」
「…小百合さんだろ? 名前を間違えてどーする?」
六助が一平のしょうも無い間違いを訂正する。
「うおー、小百合さんかあ。おい、六助。助手席は俺が座るからな。お前は葵ちゃんとみうみうと後部座席。反論は一切認めん。いいな?」
「…すごい。一平君が多弁になっている」
「ああ、付き合い長いけど、こんなの、初めて見た」
トランクに荷物を詰め、乗り込んだ一平が声を掛けた。
「おーい、六助。何をやってる。早くしろ。出発するぞ」
六助は肩を竦め乍ら、謂った。
「行こう。葵ちゃん、みうみう。一平の奴。舞い上がってやがる。あいつが、饒舌なの、初めて見たよ」
「うん」
ゆり姉は陽気に謂った。
「出来るだけ、早く合流したいから、可能な限り、上を使っていくわよ」
一平も謂った。
「小百合さんが行くところなら、天国でも、地獄でも。お供いたします」
「おい、…地獄は、やだぞ」
「ところで、みんなは、敬介達とは如何謂う関係なの?」
「クラスメートです。僕と、六助はサッカー部です。葵ちゃんはアニメ研究会です。んでもってみうみうは帰宅部」
一平が率先して答えた。ゆり姉が謂った。
「でも、夏の合宿の時にはいなかったわね」
「そうなんすよ。あいつら、誘ってくれなくて。俺も、いや、僕も六助も行きたかったんですがね」
六助が、謂いなおした一平をくすくす笑った。
「弟に聞いたわ。うちの弟、和田島小でサッカーやっているんだけど、一平君と六助君のファンなんだって。二人とも、サッカーでは清水の英雄なんですってね。会ったら、サイン貰ってきてくれって。サインいただける?色紙も持ってきたから」
「光栄です。よろこんで」
正太郎たちは早めの夕食を、またしても郷土料理であるほうとうでとった。流石に、聊か、食傷気味の感はある。そして、16時ごろ、『スパ=リゾート石和』にチェックインした。10階建ての本格スパリゾートである。みんな、キョロキョロし乍ら、ロビー周囲を見回している。いずなが謂った。
「ムキー。本格的なホテルだ。お風呂が楽しみ。20種以上の温泉だって」
祐子もニコニコし乍ら、謂った。
「本当だね。すぐに温泉?」
「でも、ハロゲン族とケースケが買い物に行くって」
「チェックイン、終わったぜ。男子は5220室。女子は5221室。とりあえず、部屋に行こうぜ。5階だってさ」
17時ごろ、正太郎達が部屋で、思い思いに寛いでいると、六助と一平が入ってきた。
「いよー。正太」
「おー、意外と早かったな」
「ああ、車だからな。途中で夕飯のほうとうも食ってきた」
「おー、お前らもほうとうかあ」
そして、女子勢が入ってきた。全員ホテル備え付けの部屋着を着ている。
「あっ、ゆり姉」
「みんな、ありがとね」
「此方こそ、お誘いありがとうございます」
正太郎が恐縮して謂った。突然、高志が葵に声を掛けた。
「ようこそ。葵ちゃん。ところで、葵ちゃん、早速で悪いけど、『銀河鉄道の夜』って読んだ事ある?」
オットリとした葵が訝しげに尋ねる。
「うん。あるけど…。如何して?」
「いやあ、ちょっと、訳ありでさあ。あらすじ、教えてくんねえか? ラストだけでもいいからさ…。若し、其れが駄目なら、せめて、おっぱいだけでも触らせ…ぐぎゃん」
ひろみが、鬼の形相で、高志の後頭部に頭突きを放っている。明彦が呆れる。
「全く、怖いもん無しかよ…」
「葵っち。謂っちゃあ、駄目だよ」
いずなは、ニヤニヤし乍らそう謂うと、プラネタリウムの件を話した。
「だから、自分で読んだ方が良いんだよ」
「おのれ、いずなめ、余計な事、謂いやがって、ちっぱいの癖しやがって」
「ムッキー。ハロゲン族。また、侮辱した」
徐ら、一平が手を挙げた。其の動作。宛ら、冬眠明けの熊の様である。
「…俺、読んだ」
敬介が叫んだ。
「マジか? 一平。ストーリーを教えろ」
「なんか、みんなに虐められていて…」
「其の辺りの件は分かってる。其の後だ…」
「相棒と銀河を旅して…」
「其の辺も良く分かってる。其の後は?」
「確か…機械の体を手に入れるんじゃ、なかったけか?」
高志が、すかさず叫んだ。
「敬介。其のでくの坊の頭をひっぱたけ。そりゃ、別の銀河鉄道だ」
「いてっ、何すんだよ」
六助がニヤニヤし乍ら、謂った。
「斯う謂う学術的な問題で、一平を頼って如何する? センスが無え奴らだな。俺も読んだぜ。高志」
「マジか? ストーリーを教えろ」
「あれだろ、土工たちとトロッコを押す話だろ?」
「…?」
「確か、家に帰って号泣するんだ。理由はトロッコに乗れなかったから…。痛え。何すんだよ」
高志が六助の頭をひっぱたいた。
「其れも、違う話だろ。然も、筋は出鱈目だし。お前ら、本当は読んでねーだろ? 芥川も含めて」
祐子が弁護した。
「そんな事無いよ。私達、中学1年の時の課題図書、『銀河鉄道の夜』だったもん。六助君も一平君も読んだ筈だよ。…多分。…ちょっと勘違いしちゃったみたいだけど」
「だったら、あの、でこぼこ赤点コンビの頭の中に、変なフィルターが入ってやがるんだ。そういや、あいつら、ポプテのポプ子とピピ美に似てるしよ」
「なんだとお。扨は、アンチだな。オメー」
「くっそー、あいつらに、頼った俺がバカだった。おい、敬介、明彦。やっぱり予定通り、本屋に行くしか無いぞ」
其処でみうみうが口を挟む。
「其れなら、みうみうも読んだよ。確か、きつねが謂うんだよ。『いちばんたいせつなことは、目に見えない』って…。作中、屈指の名言だよね」
正太郎が訝る。
「おい、また、何か別の話が混じってねーか?」
高志が憤慨する。
「そりゃ、ちげーだろ。全く、乳がでけえ癖に、使えねえなあ」
「むっ、ハロゲン族。相変わらず助平」
いずなが、ニコニコし乍ら話し始めた。
「もう、しょうがないね。あの後のシーンは金庫室なの」
「金庫室? また、唐突だな」
「そう、金庫室。だけど、誤って、少年の大切な人の妹さんが閉じ込められてしまうの。周囲はパニック状態に。実は、少年には秘密があった。少年は金庫破りの天才的名人だったの。彼の技を使えば、救出出来るかもしれない。少年も当然救出しようとした。しかし、少年は人ごみの中から、刺すような視線を感じていた。永年、彼を付け狙う、刑事のものだったの。刑事は、少年が技を使った瞬間に、逮捕するつもりだった。少年は逡巡した。ここで、技を見せるわけには行かない。しかし、彼は、大切な人の『お願い。助けて』の一言に背中を押された。少年は、もう、迷わなかった。彼は、天才的な技で、速やかに金庫を開錠し、妹を救出した。蝟集した人々からは喝采の嵐だった。しかし、彼は、賞賛や賛辞に背を向け、ゆっくりと、刑事の下に歩み寄り、項垂れて両手を差し出した。『お手数をお掛けしました。行きましょう』それに対する刑事の答えは意外なものだった。刑事は膠も無くこう謂った。『なんか勘違いをしてるんじゃないか? 俺が追ってた悪党は、どうやらこの街にはいないらしい。じゃあな、あばよ。幸せになりな、小僧』刑事は踵を返すと、ゆっくりと立ち去っていった。少年のほほを涙が一筋、流れた…。ねっ、良い話でしょ。いずな、此の話を聞く度に涙が出ちゃって…」
そう語った後、いずなはぺろりと舌を出した。相変わらず、八重歯がチャーミングだ。明彦は天井を見上げていた。涙する処を見られたくなかったに違いない。
「何だ、意外と月並みな話だったな。…まあ、その、ちょっと、良い話だったけどよ」
そう謂うと、チーンと鼻をかんだ。敬介も涙を拭い乍ら謂った。
「ありがとう。いずなちゃん。俺、ちょっと、ウルッと来ちゃって…」
そう謂うと、また、涙を拭った。然し、何かがおかしい。何故か、横で正太郎が腹を抱えてのたうっている。良く見ると、ひろみ、凛子、ゆり姉も腹を抱えている。其の隣で、祐子と葵が困ったような顔で笑いをかみ殺しているし、みうみうはキョトンとしている。更に、高志が、怒気を含んで真っ赤になって吼えた。
「騙されるな。明彦、敬介。此れ、全然、違う話だ。別作家の作品の筋立てだぞ。然も、日本の作品ですらねえぞ。おのれ、いずなめ。人が知らないのを良い事に、嘘八百、並べ立てやがって…。悪質にも程があるぞ。おっぱいがぺちゃんこの癖しやがって…」
「ひどいよ。いずなちゃん。また、テストで書いちゃったら、どーすんだよ。(第2話参照)」
「ムッキー。だから、ケースケ、自分で読まないと駄目。其れに、ハロゲン族。乙女に向かってなんて事、謂うのよ」
涙を、一生懸命拭いた後、明彦が吼えた。
「て事は、此れは釣りか? いずなめ、ふざけやがって」
すかさず、凛子がウーロン茶を渡し乍ら、低い声で呟いた。
「ようこそ、バーボンハウスへ。此のテキーラはサービスだから、まず飲んで、落ち着いて欲しい。そう、またなんだ」
「ぷっ」
普段、おとなしい祐子と葵が噴出した。
「ひー、だめ、凛子。おなかが、苦しい」
ひろみが、腹を押さえ乍ら喘ぐ。余程、バーボンハウスが、つぼに、嵌ったらしい。すると、凛子は更に、呟いた。
「また、騙されて、此の板に飛んで来た訳だが…」
「く、苦しい。今度はダム板かあ」
ひろみが、喘ぎ乍ら謂う、横合から、正太郎がいずなに、腹を抱え乍ら謂った。
「ヒーッ。腹が苦しい。いや、いずな、惜しかった。高志を交わせれば、完璧だったのに。俺だったら『注文の多い料理店』を使ったぞ。其れなら、多分、高志も交わせた筈だ」
「ムッキー、そうか、其の手があったか。『宮沢賢治』繋がりだもんね。ごめん、ハロゲン族。銀河鉄道のストーリーを思い出したよ。確か、ラストは山猫亭って料理屋で…」
「ふざけんな。バカにしやがって、誰が信じるか。いずなめ、覚えてろよ。後でおっぱい揉んでやるからな…ぷぎゃん」
高志の頭に、肘撃ちをお見舞いしたひろみであったが、体をくの字にして謂った。
「ひー、まだ苦しい。私なら『高野聖』を使うな。あいつらHだから、食いつきがいいわよ。それに、助平が過ぎると大変な事になるって謂う教訓にもなるし」
「くっそー。何奴も此奴も…。バカにしやがって。おい、明彦、敬介。取り敢えず、本屋を探すぞ。話は其の後だ」
3人組は本屋を探して、飛び出して行ってしまった。ゆり姉は未だ、腹を抱えている。
「あー、面白かった。良介たちが謂ったとおりだわ。あんた達、いつも、こんなんなの?」
「ええ。まあ」
「来年も、夏はまた、うちで合宿するんでしょ?」
祐子が答えた。
「みんな、行きたいって、謂ってるんですけど…」
「あら…。チビたちが、夏休み後半は、お姉ちゃん達が合宿するから、お客を取らないでって父さんに謂ってたわよ」
正太郎と祐子は、思わず、顔を見合わせた。
「じゃあ。来年もしたいって謂ったら?」
「勿論、うちは構わないわ。父さんに謂っとくわよ。父さんも母さんも8月に一週間位休みが欲しいって謂っていたし…」
いずなの目が輝く星になっており、早くも、隣のひろみとハイタッチである。
「いやったー」
「おい、正太。当然、俺達も参加可なんだろうな」
「だから、おめーら、サッカー部は部活あるだろ」
「だから、毎年、その頃はオフがあるんだよ。仮に、休みじゃなくても、其処から、チャリで、練習行ってもいいし。なっ、大魔神、お前も当然参加だろ?」
「…誰が大魔神だ。…処で、小百合さんは、今度の夏は如何するんですか?」
「そうねえ。こんなに、面白そうなら、私もバイトしないで帰省しようかな」
「ですよねえ。おい、こら、六助。当然、参加するに決まっているだろ。弟君にサッカーを教える仕事もあるし。なに、練習なんて一日、二日サボっても…」
「おい、一平。お前今、さらっと、トンでも無え事、謂って無かったか?」
正太郎と祐子がそっと六助に聞いた。
「おい、六。一平の奴、如何したんだよ? 何か悪いものでも食ったのか? 異様にハイテンションで、喋っているんだが?」
「そうだよ。いつも、17文字越えて、話す事、無かったのに。ヘディングの練習をし過ぎたとか…」
祐子も目を丸くする。六助が小声で説明する。
「あのなあ、…お前らも、大概だよな。…惚れたんだと。ゆり姉に」
「…マジか?」
「ああ。往きの道中、奴さん、喋りっぱなしだったぞ。あいつが、のべつ幕なしでしゃべっていると、其れは其れで、気味悪いんだよな。なんか、天変地異の前触れ見たくて…。ところで、葵ちゃんやみうみうも当然参加だよな」
「えっ…、あ、うん」
「いいよー」
「やったね。葵っち。来年の夏は合宿参加だ。あのね、10mの断崖から、草薙素子ごっこするの。とても楽しいよ」
「お願い。いずなちゃん。其れだけは、勘弁して」
みんな、大爆笑である。落ち着いた処で、正太郎が祐子に提案した。
「じゃあ、祐ちゃん。買い物に行くか?夜食とお菓子、飲み物をね」
「うん。ひろみちゃん達は?」
「私達も行くわ」
正太郎が六助たちに謂った。
「六、一平、如何する?」
「ああ、俺達も行くよ」
残りの全員は、部屋着のまま、裏手にある、ショッピングセンターに出かけたのだった。扨、佳境に入って来た甲州旅行記。此の続きは次号に譲りたいと思います。
愈々、待望の温泉デビューである。能天気なメンバーによる、長閑な歴史論議に花が咲く。石和温泉旅行編第3弾。次回、『第39話 アナーニ事件とヴァレンヌ逃亡事件(石和温泉旅行編【3/6】)』。お楽しみに。




