第36話 Among Us!【後編】
扨、二回目の議論は終了した。祐子は上部エンジンへ向かう長い回廊を歩いていた。祐子は考える。先程の議論についてである。其の中で、殊更、対立が先鋭化していたのは、高志と明彦であった。此の両者が、伴に乗組員である可能性はあるのか? 祐子は自問自答して見る。答えはいいえである。如何に疑心暗鬼が肝である此のゲームにあっても、二人とも乗組員であり乍ら、彼処迄衝突する理由は、皆目、見当たらないし、抑々、メリットも無い。では、両者ともに地球外知的生命体であるのか? 此の問い掛けに対しても、答えはNOである。此れは、先程の両者乗組員である可能性以上に、有り得ないのである。何故なら、此のゲームの地球外知的生命体は2人だけなのである。そして、地球外知的生命体同士は互いに認識出来るのである。此処で其の2人が対立して得る果実は何なのであろうか? 皆目、見当がつかないし、抑々、的外れである。つまり、何方か一人だけが、地球外知的生命体である公算が、極めて高いのである。だが、にも拘らず、其れ以上に不可解かつ、実に興味深いのは、両者が伴に、虚偽の主張をしている点にある。
虚偽の主張。其れについては、当初、祐子はかなり早い段階、即ち、議論中から気がついていた。高志の場合は簡単である。先程、明彦が主張した通りである。若し、高志が主張した様に、本当に明彦の殺人を目撃したのであれば、当然、即座に通報ボタンを押すべき事案なのである。然し、そうしなかった…。其れは何故か? 答えは一つである。つまり、そう出来なかったからである。仮に、何らかの理由でボタンを押せぬ迄も、本当に目撃をしたのであれば、Uターンして、医務室に踏み込み、通報ボタンを押せば良いだけなのである。此の状況は或る意味、現行犯なのである。此の場合、クールタイムの関係上、明彦からの反撃を一顧だにする必要も無く、通報ボタンを押し、議論に突入すれば良いだけの話なのである。だが、彼は其れをしなかった。ひょっとして、高志がひろみの殺害を知ったのは、召集された時になのではあるまいか? そうとすら、思えるのである。何故なら、あのとき、高志は、かなり、ひろみの死を驚いた風であったでは無いか。
だが、祐子は考える。おかしいのは、何も高志だけではない。明彦の発言にも、相当に、不審な点がある。一見、明彦は正当な事を主張している様にも見える。現に、六助が彼の不在証明を担保していた。にも拘らず、彼は嘘を謂っているのである。彼は此のゲームのプレイは初めてと謂っていたのだ。当初は其れを理由に参加を断ろうとしていた位である。そして、前回の議論の際にも、はっきりと、医務室に入った事は一度も無いと、主張していたのだ。つまり、彼は、彼の人生に於いて、此の宇宙船の医務室の内部は、全くの未知と謂う事になる。にも拘らず、彼は医務室内部を、実に事細かに描写していた。ベッド、モニター、通風孔の位置関係は、将に彼が証言したとおりである。では、彼が何故、其れを知り得たのであろうか?
其れについては、以下の2つの可能性しか考えられぬ。
① 元々、医務室の内部を知悉していた。
② 此のゲームの最中に入った事があった。
此の何れかになるのである。何れの場合であっても、明彦が虚偽の申告をした事に変わりは無く、特に②の場合は、所謂、秘密の暴露と謂う事になり、彼が地球外知的生命体である蓋然性は格段に跳ね上がるのである。
其れでは、彼が白(乗組員)であり乍ら、虚偽の申告をした可能性は無いか。其れを考えてみた。例えば、突然、高志に嫌疑を向けられ、慌てて、咄嗟に嘘をついてしまった場合である。然し、其の線も極めて薄いものと考えた。何故なら、高志が明彦の殺人を目撃したと称する時刻は、停電明けの直後なのである。其の時刻、明彦には強固な不在証明がある訳で、若し、其れ迄に医務室に入った事があったのなら、
『俺は、ゲーム序盤に医務室に入ったが、ひろみの死体なんて無かった』
そう、主張すれば良いだけの話なのである。つまり、見た儘の事実を、順を追って説明すれば良いだけの話であり、無実であれば、其れをしない理由は、何処にも無い。にも拘らず、其れをしなかった。つまり、不必要に嘘をついてしまった。此れは、明彦の人の良さの発露であろう。本来であれば、死体の事だけ伏せて、医務室に行ったと主張すれば良いのに、後ろ暗い処があったが故に、つい、行ってないなどと、正直に虚偽の証言をしてしまったのである。従って、其処から導き出される結論は一つである。第三者的に見ても、恐らくは、地球外知的生命体は、高志ではなく、明彦であるに違いない。そうなのである。祐子は明彦が地球外知的生命体である事を確信していたのである。
だが、祐子にしてみれば、他の者にも、矛盾と行かぬ迄も奇妙な発言は、少なからずあった。まず、一平である。彼は通風孔使用の現場を目撃したと謂う。だが、其れを議論時間が残り20秒になる迄、噯にも出さなかった。此れは如何にも解せぬ事である。其の理由は、一体、何だろう。尤も、あの一平の事である。単なる錯誤の可能性もある。本気で、通風孔に潜れないか試行していた位なのである。通風孔の重要性に気がつかなかった可能性は、多分にあるのだ。だが、敬介の場合は明らかに違う。彼は一平の証言に対して、其の発言の遅さを明確に詰っているのである。其の敬介がである。何故か議論終了1秒前に、何と明彦の通風孔使用を告発したのである。此の行為は、彼自身の発言に対する明らかな撞着で有り、敬介の証言を鵜呑みにする以前に、如何考えても、説明を要する出来事なのである。
葵は、今、自身の置かれた状況に、頗る満足していた。と謂うのも、将に彼女の大好きな、推理小説の様な展開なのである。当初、彼女は推理小説にある様な明確な鍵が落ちているかが不安であった。然し、豈図らんや、此れ程迄に明白な鍵が落ちていようとは、思わなかった。聡明な彼女には、幾つかの奇妙な発言には気がついていた。祐子が、気がついたのと同様、高志と明彦の怪しげな証言の矛盾にも気がついていた。余程、議論の最中に其れを指摘をしようかと思った位である。指摘をし、此の両者の絨毯爆撃を主張しようとした位なのだ。絨毯爆撃とは、対立する疑わしい対象を、軒並み吊って行く戦術である。此れは『疑わしきを罰せず』の将に逆を行く戦術であり、玉石伴に砕く様な吊りを敢行し、確実に地球外知的生命体を減らして行く戦術なのである。或る種、強引な力技なのではあるが、斯うしたゲーム、特に人狼ゲームなどでは、割と有効な戦術なのでもあるのだ。然し、彼女は出来なかった。一つは、恐らくは生来の引っ込み思案が災いし、謂い出す事が出来なかったのである。葵は思った。恐らくは此の2人の内、どちらかが地球外知的生命体であるのは、略、確実であろう。祐子は此の2人の容疑者から地球外知的生命体を特定していたが、葵には出来なかった。然し、絨毯爆撃を行なえば、確実に一人の地球外知的生命体を滅する事が出来るのである。一人の無実の乗組員を巻き添えに。だが、此れは現実の事件とは違う。例え、無実の人間を巻き添えにしてでも、地球外知的生命体の数を減ずる事が、最優先事項なのである。
いずなは今迄の議論を、再度、反芻していた。いずなは此の4人の殺害の状況を特定しようと試みていたのだ。地球外知的生命体のクールタイムは人数の兼ね合いから若干短く設定されており、40秒となっている。此の設定であれば、恐らく、一人の地球外知的生命体が、3分足らずの時間で4人の人間を殺害する事は可能であろう。だが、いずなは其れは無いと見ていた。いや、1人と3人ですらないのだ。恐らくは、2人と2人なのだ。と謂うのも、殺人の現場である。まず、確定している部分で謂えば、ヤスベエはセキュリティルーム、凛子は酸素ルームで殺られていた。然し、六助と一平と謂う目撃者がいるヤスベエの場合と異なり、凛子の場合は葵の証言を信ずればとの前提付きなのである。後の2名に至っては、現場すら特定されていないのである。尤も、ひろみの場合は、高志の荒唐無稽とも謂える証言により、殺人現場が医務室との主張が為されていたが、此れは証言自体が著しく信憑性を欠いており、とても、白出しなど出来ぬ状態である。更に、其の後に飛び出した敬介の証言に至っては、ひろみの死体に関する情報は一切無く、医務室で明彦が通風孔の使用をしていたと証言するのみなのである。にも拘らず、いずなには二人の地球外知的生命体の正体が、略、特定出来ていたのである。
地球外知的生命体2人。仮にAとBとした場合、AとBのそれぞれの殺害人数は2人づつであろう。そして、Aがヤスベエとひろみを殺害したとするならば、Bは凛子とみうみうを受け持ったものと思われる。尤も、此れには然程根拠と謂う程の物がある訳では無く、其の方が自然と思われるからである。まあ、いずなには、此の考えに固執する心算は無かった。殺害現場を考えた時、ヤスベエはセキュリティルーム、凛子は酸素ルーム、ひろみは医務室、そして、みうみうは不明である。然し、目撃情報から総合的に勘案して、大体、右側の何処かである。更に謂えば、ウエポンルーム、シールドルーム、操縦室の何れかである。扨、更に、前回の会議からの約3分の時間を、停電を境に前半、後半で区切った場合、どの時間帯で殺されたとの点を考えてみた。まず、凛子とヤスベエは明らかに後半、其れも恐らく後半の最後である。だが、ひろみとみうみうは如何であろう? いずなは意外にも前半でないかと踏んでいる。此れは、当然、地球外知的生命体の殺人冷却期間の影響をもろに受けてしまうからである。冷却期間がある以上、連続して犯行を行なう事は不可能である。従って、前半に犯行が行なわれたと考えた方が合理的である。然し、前半に犯行が行なわれたとすれば、召集が発動する迄は、彼らの死体は其処に転がっていなければならない。勿論、彼らの死体が発見されない事には、大いに違和感がある。だが、其れ以上に、彼らの生存した目撃情報が無さ過ぎるのである。殊、ひろみに関しては、最初の召集以降、誰からも目撃情報が無いのである。従って、何処かの部屋の隅っこ。所謂、デススポットにて、人知れず殺害されていたとしても、不思議では無い。例えば、高志が主張した様な医務室の奥などは、確かに格好の殺人現場となり得るのである。
いずなは、高志の証言を検討してみた。高志の証言を信ずれば、ひろみの殺害現場は医務室、時刻は停電明けと謂う事になる。幸いな事に、偶々、同時刻、いずなは高志と行動を伴にしていた。まず、高志の主張する、『明彦が、医務室でひろみを殺害するのを見た』とする証言である。此れは、荒唐無稽であり、全くの出鱈目である事が良く判る。停電前は、或いは、停電明けもそうなのであるが、医務室前の回廊から、医務室を見通す事など出来ないのである。此れについては全く以って明彦が反駁したとおりなのである。故に、高志が目撃したと謂う証言は、出鱈目も良い処なのであるのだが、唯一点、明彦が医務室に於いてひろみを殺害したと謂う点だけは、虚構では無く、高志を信ずる事が可能では無いか。そう思っていたのだ。勿論、此れは可能性の一つに過ぎない。そして、其の立証は次回議論のフェーズが巡って来ても困難である。にも拘らず、いずなは、幾つかの状況に因り、此の可能性を、恐らく事実であろうと推定していた。
敬介の奇妙な証言についても、或る程度、推理はしていた。敬介のあの発言は、明らかに明彦吊りを誘導しようとして為されたものである。あの限々のタイミングでの発言の真意は、其れ以外に考えられない。若し、あの発言を冒頭で行なっていれば、当然、展開は違う物となっていただろう。議論は紛糾し、結果、発言者は、色んな部分で馬脚を現すことにもなったであろう。だが、そうではなかった。或いは、発言者は、結果、嘘がばれても構わないと、思ったかもしれない。取り敢えず、彼の目的は唯一つ、明彦の吊りだったのである。従って、議論終了限々に、咄嗟に、ああした挙に出たのである。そうなのである、あの発言がケースケの物だと考えるから、事態は稚児しくなるのであって、若し、ケースケ以外の人物の発言だとしたら如何であろう。となれば、色々と見えて来る事がある。ケースケの声色を真似た其の人物は、明彦の吊りを切望している人物であり、限々、あのタイミングであれば、或いは、皆を騙し得る可能性がある事を知悉している狡猾な人物で、そして、声帯模写の上手な器用な人物。そんな人物は、一人しか心当たりが無い。(第33話参照)
正太郎は電気室で作業をしていた。作業をし乍らも先程の議論を反芻していた。明彦と高志の捍格についても考えてみた。此の件に関しては、圧倒的に明彦に分がある様に思われる。此れが正直な感想である。従って、最後の敬介の発言については、略、真相に辿り着いていた。正太郎は、高志の怪しげな証言にも気が付いていたし、器用な彼が、良く声帯模写を披露しているのを、目撃している。因って、正太郎は高志が地球外知的生命体であると確信していた。電気室の作業に来たのも、高志が明彦に付かず離れずやって来たからであり、更に、いずなも付いて来る。恐らく、いずなも、此の二人をマークする意味で、作業其方除けで付いて来たのであろう。誰かが、其れも複数、頸木として同行していれば、何か事件が起きても、同行した人間は目撃者に早変わりする。斯う謂う、密集した状況にあっては、地球外知的生命体としては、絶望的なごちゃキル(密集状況での殺人)しか無くなり、殺人の機会はあっても、逃げ切ると謂う点に於いては、格段に難易度があがって来るのである。
ただ、此処で、乗組員陣営にも失策があった。本来であれば、此の局面では、先ずは扨措いても、召集ボタンを押すのが何よりも先決だった筈である。会議召集の冷却時間が経過するや否やボタンを押し、会議を招集し、一平と敬介に先程の目撃発言の真意を質すのが、最優先事項であった筈なのである。然るに、此処では、其の行動を起こす人物が居なかった。全員でお見合いをする形となってしまったのだ。明彦そして高志の2名のうち、何方かに地球外知的生命体が居たのは間違いない。此の2名はお互いに牽制する形で、つかず離れずに行動を伴にしていた。のみならず、目撃者と目される一平もなんとなく行動を共にする形である。更に其の後から、いずな、葵、正太郎と謂った、彼らに疑惑の目を向ける面々が続く。結局の処、集団での行動となってしまったのである。然し、此処を地球外知的生命体に突かれた。地球外知的生命体はもう一人居るのである。其の後の召集は祐子の手によってなされた。誰にも押されない召集ボタンに不安を抱いた祐子によって、召集に至ったのである。
「あっ」
「また、やられた。金田●少年みてーになってる」
召集された全員は驚いた。×印が新たに出現している。なんと、六助の上にも×印がついている。つまり、もう一人の地球外知的生命体に因って、始末されたと謂う事であろう。驚愕するメンバー達。だが、いち早く冷静さを取り戻したのは正太郎であった。
「くっそー、六助まで。一体、誰が…。死体発見者は祐ちゃん?」
「ううん。私じゃないよ。確かに、緊急招集ボタンを押したのは私だけど、死体発見の通報ボタンじゃないよ…」
「そーか。だとすると、六助の殺害現場は不明な訳か」
「俺は大体、右側をぐるり回った形だが、六助とは合わなかったぞ。祐子ちゃんとは、一度、すれ違ったけど…」
そう主張するのは敬介である。其処へ割り込んで来たのはいずなである。
「ムッキー、ケースケ。取り敢えず優先すべきは、前回の議論の続きからだよ。ケースケと一平に聞きたいんだけど、通風孔の目撃証言。抑々、あれは、一体、誰を目撃したの? 先ず、其処からだよ」
敬介が其れを受けて応える。
「いや、いずなちゃん。抑々、あれを謂ったのは、俺じゃあ無いよ。…やい、こら、高志。あれは、手前の仕業だろ。人を嵌める様な事をしやがって」
「いやあ、俺は、お前の心の声を代弁しただけで…」
「ふざけんな。何が心の声だ。扨は、手前が地球外知的生命体だな。こんちくしょう」
「わあ、待て待て、落ち着けって…。俺じゃあ無いって」
「大体、手前が無垢な村人(此の場合、乗組員の事)なら、何故、人を陥れる様な真似をする。手前のやってる事は誣告だぞ」
「いや、此れには、海より深い事情があってだな…」
「やっぱり、あれは高志の仕業か。此れは、愈々、敬介の謂うとおり、高志が地球外知的生命体に違い無いな」
明彦が便乗する。然し、いずなは至って冷静に、一平に水を向ける。
「ねえ、一平。一平が地下道に入るのを見たのは、一体、誰だったの?」
「誰って、明彦だよ」
「うわあ、何て事、謂うんだ。其れこそ、捏ち上げだ」
「ほれ見ろ、やっぱり」
慌てる明彦を尻目に、勝鬨を上げる高志。だが、明彦も食い下がる。
「おい、一平。見間違いかなんかじゃないのか? 俺には全く、身に覚えが無えぞ」
「そんな事あるもんか。俺は視力が3・0なんだ。此の前も、北斗七星の脇の小さな星も見えた位だ」
「おい、危ねえな。何てえモンを見てやがんだ。死んじまったら如何すんだ! 大体、此の場合、視力は関係無えだろ」
透かさず、敬介が茶々を入れる。然し、高志は畳み込む。
「決まりだな。此れで。早速、明彦に投票してやったぜ」
「うわあ、待て待て、早まるな。其れこそ高志の思う壺だぞ」
「何を謂いやがる。観念しやがれ」
「ねえ、一平君。本当に間違い無いの?」
「ああ、祐子ちゃん。間違い無いよ。明彦がヤスベエを殺ったのは見てないけど、上から下りて来て、通風孔に飛び込んだのは目撃したよ」
「決まりだな。取り敢えず、1インは確定だな」
呟く正太郎。だが、明彦は懸命に食い下がる。
「わあ、待てってば。其れなら、高志の発言は如何説明するんだよ。抑々、あの回廊から、殺害現場を見える筈が無いんだ」
「ムッキー、確かに其の通りだよ。あの時、いずなも高志と並行して移動してたから判るけど、彼処から医務室なんて見渡せる筈が無いよ」
「そうだろ。だったら…」
「でも、眼鏡。何であんたが其れを知っているのよ? いや、其ればかりじゃあ無い。いずな、今先刻、医務室に行って見て判ったけど、医務室内の構造が、眼鏡が謂ったとおりだった。そう、其処が問題なんだよ、なんで、其れを知っているの? 此のゲームは初めてだって謂っていたのに…」
いずなに続き、葵も畳み掛ける。
「いずなちゃんの謂う通りだと思うよ。私も先刻、医務室に行って確認した。確かに、明彦君の謂ったとおりの構造だった。でも、問題は明彦君が医務室の詳細を何時知ったかだと思うよ」
「ムッキー、葵っちの謂うとおりだよ。其れに、ハロゲン族も眼鏡も、ひろみっちの殺害現場を医務室と断定していた。眼鏡なんて、今も殺害現場って謂ったけど、ひろみっちの殺害現場は、抑々、未だ、特定されていない状態なんだし、本来、其れを知っているのは、犯人と殺されたひろみっちだけの筈だよ。だから、ハロゲン族も眼鏡も、殺害現場を知っている事の合理的説明が必要だと思うんだけど…」
抑々、ひろみの殺害現場は特定されていないのである。ひろみの殺害現場が医務室とされたのは、高志の怪しげな主張だけなのである。だが、明彦も其の怪しげな主張を前提として自身の不在証明を主張してしまった。此の二人の人物が、其れこそ、申し合わせた様に、ひろみの殺害現場を特定していると謂う事は、恐らく偶然ではあるまい。彼らは、ひろみの殺害現場を知っていたのである。だが、本来、殺害現場を知っている人物は、殺されたひろみと、殺した犯人だけなのである。然し、迂闊にも明彦は不在証明の証明に没頭する余りに、入った事の無い筈の医務室の状況を事細かに叙述してしまったのである。此れは、所謂、二重の意味で秘密の暴露に該当するのであろう。
① ひろみの殺害現場を医務室と認めてしまった事。
② 入った事の無い筈の医務室を事細かに描写してしまった事。
数多の推理小説で頻出するトリックでもある。明智小五郎風に物申せば、『つい、本当の事を謂おうとして、嘘を吐いてしまった』と謂う事になるのであろう。流石の明彦もぐうの音も出なかった。結局、此の回の投票は、明彦6票、高志2票で、明彦が追放となったのである。
扨、会議後のカフェテリア。いずなは此処を離れる心算は無かった。いずなの中では、最早、此のゲームは決していた。此の儘、冷却期間を乗り切り、後は召集ボタンを押すだけなのである。いずなは先程の仮定を推し進めていた。2人の地球外知的生命体、仮にAとBとした時、Aは概ね左側で活動しており、ひろみ、ヤスベエを殺害した。そして、其れは、恐らく、先程、追放された明彦である。一方、Bは主に右側で活動しており、其の人物は、先ず、みうみうを、そして、召集間際に凛子を血祭りに挙げたのである。更に、其の後には、他のメンバーの監視の間隙を縫って、六助までも手に掛けたのである。だが、いずなには、其の人物、地球外知的生命体Bの正体は判っていた。
最初の違和感は、極些細な証言の齟齬であった。其れはケースケと其の人物の証言である。ケースケは其の人物を酸素ルームで目撃し、すれ違ったと謂っていた。然し、其の人物はウエポンルーム付近まで一緒だったと謂っていたのである。実に些細な捍格である。此の証言の齟齬は何を意味するのであろうか? 多分、其の人物は少しでも凛子の殺害現場から遠ざかりたかったのだと、いずなはそう解釈した。従って、其の人物は、咄嗟に自身の不在証明の為、ケースケが酸素ルームを退出した後も、恰も、ケースケと一緒だった事を強調し、然り気無く、印象操作を行なったのである。ケースケは割りと泰然自若とした男である。良く謂えば、大らかな人物。悪く謂えば、大雑把な人物である。少しばかりの状況の差異など意識する事は余り無い。仮に若し、ケースケが其の状況に気が付いて指摘したからとて、然程、大きな問題に成るとは思われない。仮に指摘されたとしても、『あれ、そうだっけ』で、済む様な状況なのである。尤も、其の人物は、抑々、所謂、記憶違いとは、無縁な人物であったのであるが…。状況を少し整理してみよう。先ず、其の人物が酸素ルームで作業をしている風を装う。続いてケースケが酸素枯渇修理の為、酸素ルームで作業を行う。そして、終わるとウエポンルーム経由で管理室に向う。本来であれば、其の人物はケースケを、真っ先に手に掛けようとしたのやもしれぬ。然し、考えを変えた。と、謂うのも、ケースケを不在証明の証人とする事を思い立ったのかもしれなかった。朴訥な人柄のケースケは証人としてはうってつけであり、組し易いと考えたのかもしれなかった。そして、ケースケをやり過ごした。恐らくは、操縦室の前のT字路付近であろう。地球外知的生命体の視野は他の乗組員よりも広いのである。ケースケに勘付かれる事無く、ケースケをやり過ごす事は可能であろう。其の直後、凛子が酸素ルームへ飛び込む。然し、其の人物も続いて飛び込み、凛子を殺害する。そして、何食わぬ顔で酸素ルームを後にして、ウエポンルーム経由でカフェテリアへ向ったのである。いや、葵が其の人物とすれ違ったと証言している。葵は操縦室から酸素ルームへ向った訳だから、其の人物は、ウエポンルームとは逆の操縦室方向へ向かい、恐らく、通風孔を使ったに相違無いのである。
更にいずなは考えた。だが、其れは扨措き、此のゲーム中の証言に於いて、最大の違和感は、実は、其処では無い。勿論、明彦や高志の証言でもない。もっと、決定的で、致命的な一言があったのだ。其れは、一平の爆弾発言直後の、其の人物の発言である。あの時、一平は残り時間20秒を切った段階で、
『或る人物が通風孔を使用するのを見た』
と、謂っている。抑々、此のタイミングで其の様な発言をする事自体が、有り得べからざる事態なのであるが、次に来るべきは、当然、『誰が?』、なのである。其れはそうであろう。此のゲームに於いて、通風孔使用者=地球外知的生命体の図式が成立する訳なのだから、誰が如何考えても、次は『誰が?』となるのが、頗る自然なのである。然るに、其の人物は、透かさず、『誰が?』では無く、『何処で?』と、咄嗟に話を摩り替えたのである。平素の其の人物の知的水準から鑑みれば、明らかにおかしい。いや、有り得ない発言であった。此れはもう、違和感と謂う生易しい次元では無く、ハッキリと矛盾と言い切る事が出来る次元なのである。だが、一平は、其の人物の問い掛けに、素直に反応してしまった。此れは、一平が其の人物に対して、普段から厚い信頼を寄せている事が窺える。恐らく、平素からの習慣より、其の様に反応してしまったのであろう。だが、此の状況は、其の人物にとって、此れが最適解であったとは思われぬ。此の場合の最適解は恐らく、何もしない事、即ち、明彦を見捨てる事であった筈である。此処で無理をした処で、明彦を救い得るか如何かは不確定であり、万一、事が露見して疑惑の目を向けられでもしたら、元も子も無いのである。現に、其の人物の不自然な発言により、いずなからは、決定的に疑惑の目を向けられてしまったのである。だが、其の人物からすれば、此れは、咄嗟の事では有り乍らも苦渋の決断でも有った筈だ。と謂うのも、ゲームバランスが、決定的に不利に過ぎていたのである。地球外知的生命体側の勝利条件から逆算するに、地球外知的生命体2名で9人の乗組員を殺害する必要があるのである。此処で明彦が脱落する事になれば、とてもではないが、勝利など覚束無いのである。
そして、いずなの召集により、会議が始まった。まず、高志が口火を切った。
「扨と、もう一人の地球外知的生命体なんだが…」
「ムッキー。其れについては、心当たりがあるんだけど…。其れはひろみっちや凛子っちが殺られた後の会議での事なんだけど。…1人、極めて、否、途轍も無く不自然な発言をした人物がいたよね」
高志と葵が同意する。
「ああ。俺も、其れに気が付いた」
「うん、私も。其の人は通風孔を使った人物の名を問うべき状況に有り乍ら、場所を話題にして、極、自然に話を摩り替えた」
やはり、皆も気が付いていたのである。いずなは祐子に尋ねる。
「其処で質問なんだけど、ゆうちん。ケースケとは何処ですれ違ったの?」
「ウエポンだよ」
「ケースケ。其れ、本当?」
「ううん。違うよ。祐子ちゃんとあったのは酸素ルームの中だよ」
そうなのである。敬介も祐子の発言との、極些細な齟齬に気が付いていたのである。祐子も咄嗟に記憶違いな風を装う。
「えーっ、ウエポンで敬介君と合ったと思うんだけどなあ…」
「あれれー、変だなあ。いずな、ウエポンに居たけど、ケースケしか見て無いよ」
更に葵も参戦する。
「ねえ、いずなちゃん。其れって酸素枯渇中の話だよね。だとしたら、私、祐子ちゃんとすれ違ったよ。操縦室前のT字路で…」
「だとしたら、まるっきり逆方向だよね」
「…」
此の辺りで、祐子も自身の不利を悟ったのであろう。言葉に詰まってしまった。然し、いずなは更に畳み掛ける。
「あと、もうひとつ良いかな? ゆうちん。」
其処でいずなは一呼吸、間を擱くと、続けて、尋ねた。
「…みうみうと六助は、何処で殺ったの?」
「…君の様な勘の良い清高生は嫌いだよ」
「うわぁ、タッカー氏だぁ」
「ひいぃ。怖いよー」
祐子の最後の台詞が余りにも似すぎていたせいも有るのであろう。祐子はたちどころに吊られてしまった。そして、乗組員陣営には勝利のエフェクト、地球外知的生命体陣営には敗北のエフェクトが流れたのであった。
吊られてしまった祐子であったが、彼女は頗る上機嫌で、半ば興奮した様に謂った。
「あーあ、負けちゃった。でも、負けちゃったけど。凄く面白かったよ。何か本当に殺人鬼になったみたい」
「うん。私も、当初、本当に推理小説みたくなるのかが不安だったけど、意外となるもんだよね」
興奮気味の葵が追随する。明彦が多少の不満を零す。
「でも、此れじゃあ、ゲームバランスが悪すぎるだろ。地球外知的生命体側には無理ゲーに過ぎるぞ」
「あっ、私も其れ、ちょっと思った」
祐子も透かさず同意する。興奮冷めやらぬ皆が口々に感想を口にする。敬介がにやにやし乍ら斯う謂った。
「でも、いずなちゃん。最後に祐子ちゃんを追い詰める為に謂った、アレは絶対に嘘だろ。ウエポンで俺を見かけたってのは」
「ムッキー、其れはそうだよ。だって、あの時、いずなは管理室で酸素枯渇の恢復をしてたんだから」
「もう、やっぱり」
憤然とする祐子に、正太郎が尋ねる。
「祐ちゃんも、なんで反駁しなかったの? 俺ですら、此れは嘘だと思ったのに」
「だって、いずなちゃんだけでなく、高志君や、葵ちゃんにも疑われていたみたいだったから、もう駄目かなって」
「ムッキー。ところで、六助は何処で殺ったの?」
「えーっと、医務室だよ」
「そーだよ。医務室で作業してたら、祐子ちゃんが通風孔から飛び出して来て、いきなり、ブスリと…」
みんながワイワイ盛り上がっている処で、ひろみが呟いた。
「ところで、高志。あんた、あたしが殺られたのを見つけた時、何つった?」
「えっ。ひろみさんが死んでるって…」
「そうじゃあ無いでしょ。お茶屋の…、其の後よ」
「確か、お茶屋のお嬢様がお隠れあそばしたとか…」
透かさず、高志が恍ける。然し、熱り立つひろみは納まらない。
「嘘、おっしゃい。お茶屋のぺちゃぱい娘が如何のとか、ほざいていたわね!」
「あいたたたた…。おいこら、ひろみ。逆関節を取るんじゃねえ。折れたら如何すんだ」
其処で祐子が、怖ず怖ずと、予てからの疑問を呈する。
「ねえ、ひょっとして、ひろみちゃんと高志君、今、一緒に居るの?」
「ムッキー、やっぱり。変だ変だとは思ってたけど、ハロゲン族がひろみっちの殺害現場を知ってたの、ハロゲン族が地球外知的生命体で無いのなら、其れしか解釈出来ないもんね。だから、てっきり、ハロゲン族、ひろみっちと一緒にいると踏んでたんだけど…」
「いやいやいや、そうじゃあ無え。ただ、何と謂うか。同じ時間と空間を共有してるって謂うか…」
正太郎と祐子が、略同時に思う。
(矢張り、此奴らパフェ食ってやがったな…)
明彦が吼える。
「畜生。矢張りそうか。妙だとは思ってたんだ。高志の野郎が、ひろみの殺害状況を、やけに正確に把握してやがったから…」
「まあ、落ち着け明彦。此の手のゲームには、何と謂っても、お互い情報の共有が不可欠だ。だから、情報の共有をした方がいいかなと…」
「ウッキッキー。うわあ、ズルだぁ。でも、何で、ハロゲン族とひろみっちが一緒にいるの?」
事情を知らないみうみうが素朴な疑問を呈する。高志が透かさず恍ける。
「ふっふっふ、将に呉越同舟。私の好きな言葉です」
「黙れ! 外星人第0号!」
敬介が熱り立つ。明彦も其れに続く。
「ふざけんな、こん畜生。其れを世間一般の言葉では如何様っつーんだよ。扨は、手前ら。二人してラブホ辺りに時化込んでやがんな」
正太郎が感心する。
(おお、明彦。慧眼だ)
「うわあ、待て待て。やじろべえが居るんだぞ。滅多な事をほざくんじゃねえ」
「喧しい、此の如何様野郎。おい、ヤスベエ、此の状況、確りメモって置けよ」
「心得た」
「違うのよ。あたしたちはただパフェを食べに来ただけで…」
(やはりそうか。然し、此れで4日連続だな)
「兎に角、落ち着け。直に会計を済ますから」
明彦はニヤニヤし乍ら、追撃する。
「如何せ、カプセルと気送管を使って会計する様な処だろ…」
「喧しい!」
凛子もニヤニヤし乍ら追随する。
「良いからスッキリしてらっしゃいな。45分位なら、待ってあげるから…」
「何がスッキリだ。大体、其の微妙な時間の刻み方はなんだあ!」
と、散々である。そんな中で正太郎は思った。
(あーあ、また、やらかしやがった此奴ら。此れも、一種の秘密の暴露だよなあ)
確かにそうであろう。今の件。正太郎、祐子、高志、ひろみ、明彦、凛子と謂った、ちょっぴり大人な6人衆には、然程、違和感が無かったやも知れぬが、此の手の施設を利用した事の無い、其の他の面々にしてみれば、気送管を使った会計方法など、想像の埒外の筈なのである。詰まる処、『あなたがたは、何故、其れを知っているの?』と、謂う訳なのである。
「兎に角、30分待ってくれ。急いで家に戻るから」
「…あたしは5分」
(つまりは、千歳町と謂う訳だな。いつものパフェ屋じゃねーか)
正太郎も腹の中でニヤニヤしている。倉皇としている内に、高志とひろみは退出してしまった。
「扨と、11人になっちまったな。継続するにしても、地球外知的生命体は如何する? 人数増やすか?」
其処でいずなが怖ず怖ずと提案する。
「実は、其の事で、提案があるんだけど…」
「ん、如何した? いずな」
「実は、是非、参加したいって人が居て…」
「?」
突然、中年男性の渋い声が飛び込んで来た。
「やあ、みなさん。初めまして。菜月の父です。いつも、菜月がお世話になっております。処で、折角、お楽しみのところ申し訳有りませんが、私も仲間に入れてもらえませんかねえ」
「ちょっと、パパ…。勝手にマイクを取らないの」
後ろで、いずなの声が聞こえる。なんと、吾郎先生が参戦を表明してきたのである。一同は流石に動揺した。
「誰?」
「何か、いずなの父ちゃんらしいぞ」
ざわつく周囲を他所に、正太郎が代表して挨拶をした。
「吾郎先生、先日は有難う御座いました。お陰で仔猫も元気になりました(第28話参照)。何分にも、若輩者の寄り合いでは有りますが、若し宜しければ、遊んで行ってやってください。皆も良いだろ?」
「ああ、勿論だぜ。処で、いずなの父ちゃんて、何者?」
訝る六助を凛子が叱責する。
「馬鹿ねえ。小泉医院の医師よ」
「其れに、元プロ棋士でタイトルホルダーだぜ」
「マジ?」
「ああ」
肯定する正太郎を尻目に、吾郎先生は笑い飛ばす。
「ハハハ。昔の事ですよ。其れでは、皆さん、宜しくお願いします。ああ、菜月ちゃんとは別室の書斎から接続しますんで、ご心配無く」
「ムッキー、当たり前でしょ! パパ!」
斯くして、地球外知的生命体3人による、2戦目が始まった。が、此れは、何と地球外知的生命体側の圧勝で幕を閉じた。と、謂うのも、組み合わせの妙とでも謂うべきか、3人の地球外知的生命体が、此のグループの知的肯綮とも謂うべき、祐子といずな、更には、吾郎先生と謂う反則級の組み合わせであったのである。此れに因り、乗組員側は何も出来ずに翻弄された挙句に、1地球外知的生命体も暴く事が出来ずに終戦したのであった。明彦などは、
「とっとと、次をやろうぜ。俺は先刻から、敗北の文字しか見て無えんだ!」
「おう、お待たせー。さあ、やろうぜ」
其処へ高志とひろみが再合流する。正太郎がニヤニヤし乍ら突っ込む。
「おう、来たか。予想通りスッキリした声をしてるな」
「な、何がスッキリした声だ。ふざけやがって」
結局、高志とひろみが再合流した後も続けられ、翌日、練習がある六助と一平が23時ごろ抜けたのであるが、其の後も続けられ、翌朝8時過ぎに解散するまで、ゲームが行なわれ、特に、翌日仕事のある吾郎先生は、細君である順子先生に、
『子供達相手に、いい年して、何、やってるの!』
と、こっぴどく叱責されたとの事であった。
突然、年末に降って湧いた温泉旅行の話。山梨県笛吹市にある石和温泉に、ボストンティーパーティーの面々が遊びに行く事となった。果たして、メンバーは? そして、方法は? 次号、愈々、温泉旅行編開始です。『第37話 特急ふじかわ号に乗って(石和温泉旅行編【1/6】)』お楽しみに。




