第35話 Among Us!【前編】
「扨と、此れで良し」
正太郎は『ズーム』の設定を終え、二度ほど満足げに頷いた。12月21日16時。此の後、3時間で『Among Us』大会が始まる。其れにしても、今日は実に、多忙な一日だった。心より、そう思わざるを得ない。午前中は、部室と講堂の大掃除と英語の補習。午後は昼飯の後、祐子との、動物的で激しすぎる交合を3時間ほど。其の後、六助と一平に連絡をし、今、『ズーム』の設定が終わった処である。其処へいずなから連絡があり、みうみうへの連絡が完了したとの事で、みうみうも参加との事である。みうみうは、当然、此のゲームの事は知らなかったのであるが、いずながゲームの概要を説明しておいたとの事である。尤も、あのみうみうである。頭の中に、若干、常人と異なるフィルターを持っている少女なのである。『Among Us』の様な難解なゲームを、理解したかと謂う点に於いては、一抹の不安を覚えたのであるが、其処はいずなが説明しておいたと太鼓判を押していたので、まあ、此処はいずなを信頼するものとしよう。続いて、先程迄、一緒に甘い時間を共有していた、頗る上機嫌の祐子からの連絡である。
「あっ、正ちゃん? 先刻はありがとう。凄く楽しかったね」
正太郎は、恰も、其処に祐子がいるかの如くに顔を赤らめ乍ら、
「…うん。僕の方こそ楽しかったよ。祐ちゃんは、大丈夫だった?」
「うん。勿論。又、行こうね」
「うん」
「処で、先刻、康代ちゃんと葵ちゃんと連絡取ったよ」
「そう? 如何だった?」
「二人とも、OKだって」
「そうか。わかった。じゃあ、設定しておくね」
扨、此れで、全部で13人。愈々、準備は整った。18時を過ぎた頃から、続々とメンバーが集まって来る。まず、最初にアクセスして来たのが六助と一平であった。彼らサッカー部は年末に向け、まだまだ練習はあったのであるが、ボストンティーパーティーの面々と遊ぶのを楽しみにしており、帰宅後すぐにズームにアクセスして来たのである。続いてやって来たのは、葵とみうみうである。彼女たちは、まあ、六助たちもそうなのであるが、抑々、『Among Us』のルールを良く知らない。然も、ズームを使うのも初めてなのである。其の不安も相俟って、かなり早くからの参加となった次第である。続いて、ヤスベエ、いずな、凛子。そして、敬介と明彦が続き、瞬く間に、11名までが参集した。敬介と明彦も、此のゲームの経験は無い。彼らも矢張り、若干の不安があるのだろう。然し、高志とひろみが未だアクセスがない。正太郎が心配して、高志の携帯に架電するも、電源が切られている模様である。流石に慌てた正太郎が、高志の家電に電凸するも、おふくろさんに因れば、未だ帰宅していないとの事である。
(彼奴ら、一体如何したんだろ? また、パフェでも食いに行ってんのかな)
確かに、そうで有れば、携帯不通も頷ける。まあ、此の儘、アクセスが無ければ、取り敢えず、此のメンバーだけで、始めるしかない。倉皇としている処へ、高志とひろみが駆け込んで来たのである。
「おまたせー」
「ごめんごめん。遅くなって」
開始5分前である。
「おい、如何したんだよ。心配したぞ」
「いやー、わりいわりい。ちょっと野暮用でよー」
「本当にごめんねー、正太」
ひろみも、何故か追随する。まあ良い。正太郎は最後の確認事項を告げた。そして、一つの約束事として、若し、自身が殺害、或いは、追放された場合、ズームの映像の音声をミュートにすると謂う事である。此れは今回のゲームを成立させる為の約束事である。元来、此のゲームとズームは連動している訳では無いのである。
扨、愈々、ゲーム開始である。舞台は宇宙船マップ、ザ・スケルドである。まあ、此のゲームの、最も定番かつ、標準的なマップでもある。正太郎自身は水色のアバターで、頭にはテンガロンハットの様な物を被っている。一方、祐子は桃色のアバターである。妙な衒気もあったもので、アバター迄もが巨乳である。濃い緑色、モスグリーンのアバターはひろみである。頭には湯飲みを載せている。オレンジ色のアバターは高志である。頭にはみかんを載せている。扨、カフェテリアをスタート地点として、全員が四方八方へと、散って行った。正太郎はスタート地点から右手、即ち、ウエポンルームの方へ向かった。後ろからピンクのアバターが附いて来る。最初は祐子かと思ったが、祐子では無く、如何やら、ヤスベエである。小脇に厚手の本の様な物を抱えている。
(あれは祐子じゃ無いのか?)
そう思った矢先に、桃色の巨乳アバターもついて来る。矢張り、祐子もついてきている様である。
(少し紛らわしいな)
正太郎はそう思わざるを得ない。祐子とヤスベエのアバターの色合いがである。少々、尾籠ではあるものの、胸の大きさで判別する事にした。正太郎はウエポンで作業に取り組む事にした。正太郎の足許を下方へ向けて、3体程のアバターが通過して行った。一人は茶色のアバターで頭にサッカーボールを載せている。六助である。やや遅れて、真っ赤なアバターが通り過ぎて行く、祐子同様、巨乳アバターのみうみうである。そして、みうみうと相前後して黄色のアバターも通過して行った。頭に鏡餅を載せている。敬介である。目まぐるしくアバターが交錯する此の状況に正太郎は少々閉口していた。一方、祐子は刻一刻と変転流転する此の状況を、淡々と記憶していく事で対処して行った。
此処で祐子やいずなの特殊能力について、少し触れておきたい。今迄、再三に亘って描写されてきたが、祐子の特殊能力の源泉は映像記憶能力である。祐子は自身が見た光景を瞬時に其の映像を脳内の記憶領域に焼き付けることが出来るのである。例え、其れが動画であったとしても、其の瞬間、瞬間を静止画像として捉え、恰も、パノラマ写真の様に記憶しているのである。斯うした能力を持ち合わせる人間は、極稀に存在すると謂う。例えば、天才的放浪画家である山下清や、三島由紀夫、或いは、伝説的将棋棋士、枡田幸三などがそうだと謂われている。枡田は夕暮れ時に電線に留まった雀の数を、即座に謂い当てる事が出来たとされており、此れも、後年、枡田が語った処に因れば、『頭の中の映像の雀を数えれば良いだけだから簡単だ』と謂ったとされる。一方、いずなの能力は単純に記憶力である。3の次は・、次は1、次は4、次は1、次は5、次は9、次は2、次は6、次は5、と謂った具合に果てしなく続けていくのである。但し、いずなの場合は其れが自身の記憶領域に、実に整然と格納されており、例えば、100桁目はと問われれば、9と即答する事が可能なのである。結果的には、祐子もいずなも似た能力を有しているのであるが、其の中身は大きく異なるのである。そう謂った意味では、いずなの父親である、吾郎先生の能力は祐子の其れに近いと謂えるだろう。吾郎先生の場合は、基本、映像記憶がメインなのであるが、彼の場合は、其の能力に加え、棋力の高さと光速の思考による映像加工能力でも有る。以前にも叙述したが、吾郎先生は棋譜を一瞬見ただけで、其の局面を再現出来たと謂う逸話が残っているが、彼の場合は、所謂、其の後。即ち、指了図迄、寸分違わずに再現したと謂う。此れは映像記憶のみならず、彼自身の棋力との、謂わば、ハイブリッドであり、指し手双方の、棋風、棋力を総合し、結果、斯く有るべきであるとの結論を導き出していたに過ぎないのである。いずれにせよ、極めて、稀有な能力であろう。
扨、そう謂った次第であるから、祐子、いずな双方の持つ此の能力は、誠に此のゲームに適していると謂える。祐子は様々な作業を熟しつつも、他のメンバーの動向を把握する事に努めた。此のゲームの謂いは、謂わば虚実の洗い出しでも有る。何が本当で、何が嘘なのか、正確に把握しなければならない。藤色のアバターで白衣を着用したのはいずなである。彼女も祐子と同様に状況の把握に腐心していた。いずなは此のゲームの定石が何であるかを考えていた。此のゲーム、クルーであれ、地球外知的生命体であれ、周囲の状況の把握に注力する事は必須なのであるが、其れだけでは無い。作業であれ、妨害工作であれ効果的に実行して行く必要があるのだ。
黄緑色のアバターは葵である。頭にチューリップを咲かせている。葵は先程祐子に誘われて、初めて此のゲームに接した訳であったのだが、頭の中で此のゲームを本質的に捉えようとしていた。此のゲームは、謂わば、殺人の疑似体験である。本来、禁忌とされる、殺人の疑似体験と、其の犯人の炙り出しを肝としている。過去にも描写した様に、葵は読書好きである。特に好きなジャンルは推理小説である。推理小説は作家と読者の知恵較べとなる訳であるが、此のゲームは如何だろう? 推理小説は作家が細心の注意を以って配した鍵が無ければならない。ノックスの十戒を踏襲した物で無ければ、推理小説とは呼べぬであろう。だが、此のゲームは? 本来、あるべき筈の鍵となる様な、些細な、矛盾、撞着、齟齬、捍格が散りばめられているとは限らないのである。
青のアバターで、アバターにも真紅のカチューシャを装着した凛子は、ゲームバランスと謂う物を考えていた。凛子が見物していた弟のやっていたゲームでは、参加人数が10人に対して、地球外知的生命体が2人であった筈である。此のバランスが適正であるか如何かは扨措き、今回は其れよりも3人多い13人なのである。推理小説の様に、地球外知的生命体が意図を隠蔽し、韜晦する様な知力があれば、是非も無いが、其れが無ければ早々にゲームが詰む可能性だってあるのだ。
(矢張り、地球外知的生命体を3人にしようと、開始前に提言しておけば良かったかなあ)
そう、思わざるを得ない。然し、ゲームは始まってしまったのである。
群青色でサッカーボールを蹴っているアバターは、一平である。
(…)
元より、著しく寡黙な此の男は、傍から見て、何を考えているか判らぬ処が、多分にある。
黒のアバターで眼鏡を掛けているのは、明彦である。彼は管理室の方向へ作業の為に向かったが、内心では斯う考えていた。
(恐らく、作業完了でゲームが終了する事は無いだろうな…)
此のゲームの本質をである。此のゲームは元より、地球外知的生命体によるクルーの殺人ゲームを主眼に置いている。つまり、地球外知的生命体が手を出さずに、例えば、妨害工作による勝利のみを目指さぬ仕掛けとして、此のルールが存在しているのである。従って、作業完了によるクルー勝利は、謂わば、つけたりであり、地球外知的生命体が地球外知的生命体として機能するのであれば、本来は有り得ない決着なのである。
扨、ゲーム開始後、1分近く経過した頃、誰かが非常召集のボタンを押した。非常召集のボタンは、各プレイヤーが一度だけカフェテリアで押す事が出来、其れ以外は死体を目撃した時のみに限られている。今回の招集者は正太郎であり、彼は唯一のボタンを此処で使用してしまった事になる。画面に死亡者はいない事が告げられる。
「おお、全員無事だな」
「如何したの? 正ちゃん」
「まあ、取り敢えず、生存確認って処かな」
ズーム上で呟く正太郎に、作業を非常召集に因って中断させられた高志がぼやく。
「クッソー。折角、作業やっていたのに…」
「結構、面白いね。凄くドキドキしちゃった。私、推理小説が好きだから…」
そう感嘆するのは葵である。みうみうも続く。
「みうみうはお掃除したよ」
ゴミ処理の作業の事を謂っているらしい。高志が透かさず茶々を入れる。
「そう謂えば、みうみう。おめー、アバターでも、乳がでけーな」
「ウッキー、ハロゲン族。超下品!」
最近、みうみうはいずなの影響を頓に受けている。いずなの口癖を微妙に真似たらしい。
(うまい。流石は経験者)
内心、そう思ったのは凛子である。タイミングとしては絶妙である。なんでも、『Among Us』の上級者に因れば、此の地球外知的生命体が事を起こす前の非常召集は、或る種、定石であるという。とは謂え、実際に殺害が発生した訳ではない。従って、地球外知的生命体を特定出来る様な行動も、不自然な動きもある筈も無く、此の時間の議論は自然と長閑な方向へと向かう事となった。
「ふわわあ、ゆうちん、ゆうちん。ペスは、ペスは、ペスは?」
此の状況を知ってか知らずか、連呼するのはみうみうである。
「いるよー。後ろで丸くなってるよ」
祐子がそう答えるや否や、祐子の後方で、ワンワンワンと激しく吠え立てる声が聞こえている。恐らく、賢い彼女の事である。みうみうの謂った事が判ったのであろう。此の議論の時間であるが、正しく、人狼ゲームの議論時間と同義である。先程述べたとおり、誰も殺害をされていない此の状況にあって、議論の時間も無用である。恐らく、地球外知的生命体は襤褸を出す事などあるまい。と謂うよりも、襤褸の出し様が無いのである。従って、みうみうの様な無邪気な発言もありうるのである。一同の会話は、ゲームとは然して、関係の無い長閑な話題に終始した。そして、投票終了の時刻である。此れも、人狼ゲームの投票と、略、同義である。投票は無記名であり、人狼ゲームには無いスキップ(吊らない事に投票)が存在する。然し、此処で異変が発生した。本来であれば、此の様な状況であれば、スキップに13票集まって然るべきなのである。然し、投票結果は、スキップ7票、無投票4票、祐子1票、いずな1票、であったのである。此の結果には全員に衝撃が走った。問題なのは祐子といずなに投ぜられた票である。無投票、其れ自体も危険なものなのであるのだが、抑々、祐子といずなに投ぜられた票は、恐らくは地球外知的生命体によるものであろう。此のグループの知的部分の最たる二人、所謂、肯綮とも謂うべき此の二人に狙いを定めて、投ぜられたのである。
勿論、地球外知的生命体側も意思疎通を欠いていたと謂えるであろう。本来、本気で抹殺を図るのであれば、同じ人物に2票投ずるべきなのである。否、此れとても、然程、効果の有る事では無い。スキップに2票以上投ぜられれば、其れ迄なのである。然し、全員があの儘、長閑な会話に感け、無投票となった場合は如何であろう。此れは戦術として、立派に成立してしまうのである。現に、会話に没頭する余り、投票を失念したと思しき人間が4名も居た事になるのだ。一同は其れを大いに反省すると同時に、13人のうち2人は地球外知的生命体であると謂う厳然たる事実に、今更乍ら、秋霜烈日の思いを新たにしたのである。
扨、第一回の議論は以上の通りである。会議が終わって、各プレイヤーは四方八方へ散って行った。其の中で一人、水色のアバターである正太郎はウエポンルームへ向かって行った。彼は作業の為に向かったのである。彼の作業中、何体かのアバターが通り過ぎて行った。赤のアバターと相前後して桃色のアバターが酸素ルームへ向かう廊下を下へ向かって行った。そして、略、間髪入れず、黄色のアバターが下から上がって来て、カフェテリア方向へと向かって行った。正太郎は作業を終えると、ウエポンルームのもう一つの作業を行う為に、やや、上方へ移動した。其の際に青のアバターがカフェテリアからウエポンルームを経由して下へ向かって行き、正太郎とすれ違う形となった。そして、青のアバターとすれ違った頃、丁度、停電が発生した。
(畜生、愈々、始まりやがったな)
正太郎は即座にそう思った。地球外知的生命体が、愈々、サボタージュを仕掛けて来たに相違無い。
いずなは保管庫で作業を処理した後、通信室で作業を片し、途中、黄色のアバターが管理室までついてきた。其の後、管理室で各部屋の所在人数を確認していた。其の際に、原子炉に1名、上部エンジンに1名、カフェテリアに1名、ウエポンに1名、酸素ルームに1名、操縦室に1名居た事を確認している。そして、其の直後に停電が発生した。
停電の恢復には電気室にて作業を行なう必要がある。高志は恢復作業の為、下部エンジンより電気室に向かった。其の際に、相前後して、原子炉方面の十字路より降りてきた群青色のアバターと一緒に向かう形となった。下部エンジンでは黒のアバターとすれ違っている。電気室前の回廊で黄緑色のアバターが保管庫方向へ向かって行くのを確認している。高志は気を変え、停電復旧には向かわずに、黄緑色のアバターを追い掛ける形で保管庫方向へ向かって行ったのである。
ひろみは医務室で作業を行なっていた。斯うした奥まった処での作業には、若干、抵抗があった。当然、前の廊下からは視認出来ずに、此方からも廊下の状況を視認する事は出来ない。此のゲーム内には、斯う謂った、デススポットとも謂える場所は数多存在している。当然、斯う謂った場所での単独作業は襲撃を誘発する様な物である。ひろみ自身、然程、油断があった訳でもなかろうが、つい、現実での護身術への信頼が仇となった。此処はゲーム空間の中なのだ。地球外知的生命体からの襲撃に抗う術は無い。次の瞬間、突然、彼女の後ろからアバターが出現した。
グサッ、グサッ、グサッ、グサッ。
と謂う、如何にも刺殺を連想させる効果音と伴に、殺害エフェクトが流れた。
(や…られた。此奴が地球外知的生命体だったのか)
そう思うと同時に、現実でのひろみは毒づいた。
「何よ、もう」
ひろみはベッドの上でふくれている。ひろみはベッドの上に、ばたりと仰向けに倒れこむと、一言、呟く。
「もう…」
現実のひろみは、何と全裸である。ベッドの上に寝転ぶと天井を見上げた。ひろみは殺られてしまった。其れは、ひろみの此のゲームからの脱落を意味していた。
其の頃、敬介は保管庫で給油作業を終えた処であった。上へ向かって歩き出すと、丁度、藤色のアバターが通信室の方からやってきた。
(いずなちゃんだ!)
敬介は藤色のアバターを追っ掛ける様な形で管理室へ入って行った。略、同時に黄緑色のアバターが下へ降りていくところであった。丁度、管理室には敬介の作業がある。藤色のアバターは管理画面を注視している様である。敬介は大好きないずなとゲーム内でも一緒に居られる事に仄かな幸福を感じていた。
(斯うして二人揃っているのは、強ち、悪い戦術ではない。地球外知的生命体の襲撃をある程度、阻止出来るだろう)
恐らく、敬介の考えは過ちでは無いだろう。但し、いずなが地球外知的生命体でなければ、の話ではあるのだが…。倉皇している内に、いずなが移動を始めた。如何やら、カフェテリア方面へ向かう様であった。回廊へ出ると、丁度、下からオレンジ色のアバターが上がって来て、3人並走する様な形でカフェテリアへ突入した。停電は未だに回復されてはいない。其処で敬介はウエポン方面へ、いずなと高志は上部エンジン方向への長い回廊へと向かって行ったのだ。
いずなは上部エンジンへ向かう回廊の途中、医務室への分岐の地点で暫し立ち止まった。と、謂うのは、其の瞬間、停電は解消されたのであるが、透かさず、酸素枯渇の警報が鳴り響いたのである。然も、前回の非常呼集から3分近くも経過しているのである。そろそろ、地球外知的生命体が何か起こすには頃合である。オレンジ色のアバターは、迷う事無く上部エンジンへと消えて行った。酸素枯渇を解消する為には、酸素ルームと管理室で操作する必要がある。先程、敬介がウエポン方向へ行った事から考えて、自分は管理室へ向かう方が合理的であろう。いずなは一瞬の逡巡の後に、今来た道を戻って行ったのである。
ヤスベエはセキュリティルームで監視カメラの前で監視を続けていた。此の監視カメラは船内の4箇所を監視する事が出来るのである。ヤスベエは思った。
(此の監視カメラって仕組は性に合っているなぁ)
幾つものアバターが様々な動きをしている。藤色のアバターが医務室前の回廊をカフェテリア方向へ戻って行く。青のアバターが酸素枯渇の警報を受け酸素ルームへ飛び込んで行く。略、入れ違いに、黄色のアバターがカフェテリアに向かって行く。更に、黄緑のアバターがシールドルームの方から上に上がって来た。恐らくは、酸素ルームへ向うものらしい。続いて酸素ルームから出て来たアバターがあった。其のアバターは、黄緑のアバターと操縦室前のT字路ですれ違ったが、次の瞬間、シールドルームを行き過ぎた処で、なんと通風孔へ飛び込んだのである。
「あっ」
(此奴が地球外知的生命体か!)
図らずも、一人目の地球外知的生命体は判明した訳である。かなり、意表を突く人物では有る。
(まずい。早く非常召集しないと…)
早く、此の場を脱出し、情報を皆と共有しなければならない。彼女は足早に監視カメラを離れようとした其の時、目の前に或る人物が居た。
グサッ、グサッ、グサッ、グサッ。
そして、殺人エフェクトが流れた。同時にヤスベエは、皮肉にも二人目の地球外知的生命体の正体を知る事となった訳なのである。
(此奴が二人目の地球外知的生命体だったのか…)
ヤスベエのアバターは透かさずゴースト化し、壁を透過し、残りの作業を片付けに行ったのだった。
「あっ」
六助はセキュリティルームに踏み込むと、奥の管理画面コンソール前にピンクのアバターの死体があった。ヤスベエのものである。一方、セキュリティルーム下方の通風孔周辺では、群青色のアバターがうろうろしている。一平である。右に行ったり、左に行ったりと、通風孔の上を頻りに上下左右に移動しており、作業をしている風でも無く、極めて疑わしい状況である。若し、一平が地球外知的生命体であれば。此の儘、殺害されてしまう恐れすらある。六助はヤスベエの死体発見に接し、表示された発報ボタンを透かさず押したのであった。
全員がカフェテリアに緊急招集された。死亡者の上に×印が表示される。ひろみ、凛子、みうみう、ヤスベエの上に×印が表示されている。
「うわぁ、お茶屋の貧乳娘が死んでる!」
下品な雄叫びを挙げるのは、高志である。明彦も続いた。
「凛子も殺られているぞ。一体、何処でだ? 誰が殺った?」
「今のは通報ボタンだったよな? 押したのは誰だ?」
正太郎の疑問に、六助が答える。
「俺だよ。セキュリティルームでヤスが殺られていた」
葵がぼそりと謂った。
「私は、前回の召集の後は、大体に於いて、右側にいたなあ。管理室から、保管庫、シールドへ行った時、酸素枯渇の警報を受け操縦室から酸素ルームに向かったんだけど、みうみうとは会わなかったよ。祐子ちゃんとは一度すれ違ったけど。でも、酸素ルームに行ったら、其処で凛子ちゃんが殺されていて…。通報ボタンを押そうとした矢先に、召集されて…」
明彦の問い掛けに答えた形である。
「つまり、酸素ルームでの事だな。酸素ルーム側の恢復を操作したのは誰なんだ? 葵ちゃんなのか?」
正太郎の問い掛けに、敬介が答えた。
「いや、多分、俺だと思う。俺が飛び込んだ時には祐子ちゃんが作業をやっていた。だが、俺が酸素枯渇の恢復操作をした時には、酸素ルームには、凛子はいなかったし、抑々、死体なんぞ無かったぞ」
「つまり、其の後の話と謂う訳か…。と謂う事は、殺られたのは、つい、先刻と謂う訳だな。其れで、管理室側の恢復をしたのは誰なんだ?」
正太郎の問い掛けに答えたのは、いずなである。
「ムッキー、いずなだよ。警報が鳴った時、ケースケがウエポンへ向かって行くの見てたから、いずなは管理室へ行ったんだよ。正ちんこそ、何処にいたの?」
「俺は警報が鳴った時は、通信室にいた。丁度、葵ちゃんがシールドを上がっていくのが見えたから、ユーターンして保管庫経由で管理室に向かったんだ。明彦は何処にいたんだ?」
「俺は、酸素枯渇の警報の時は電気室にいたなあ。ちょっと前までは一平もいたが、其の時は電気室に六しかいなかったと思う…」
明彦が述懐する。いずなは引き続き祐子に尋ねた。
「祐チンは?」
「私はカフェテリアだった。酸素ルームからウエポン付近まで敬介君と一緒だったから…」
敬介も同意する。
「確かに祐子ちゃんとすれ違ったよ」
正太郎が取り纏める形で呟いた。
「成程。凛子とヤスベエの現場は判ったが、みうみうとひろみは、一体、何処で殺られたんだ? 誰か目撃した奴、或いは情報を持っている奴は?」
通報ボタンが押されると、其れ迄、現場で転がっていた死体は消滅してしまう。従って、殺害場所を特定する事自体、困難となって来るのだ。祐子が、徐に、喋りだした。
「前回の召集直後、行動を伴にしていたのは私だと思う。私がウエポンで作業をしていた時、みうみうちゃんも作業をしていたみたいだから…。其れで、終わった後、私は操縦室へ行ったんだけど、みうみうちゃんはシールドルームの方へ行ったみたい…」
そして、敬介も続く。
「俺は大体に於いて、右側に居たからなあ。其れも、シールドルーム、保管庫、通信室を中心にな。みうみうは一度すれ違ったと思う。確かシールドルームから上に向って行ったと思う。其の時、俺はシールドルームで作業をしていた」
「成程な。他に、其の後のみうみうを、目撃した奴は?」
正太郎の問い掛けに口を開く者はいなかった。
「誰もいないのかよ? 高志は如何だ? 何処にいた?」
「俺は大体、左の方にいたなあ。みうみう、凛子とは一度もあってねえ。やじろべえは、一度、原子炉で見かけた。確か其の際、六も傍にいた。だが、然し、ひろみについては謂える事がある。恐らく、ひろみが殺られたのは医務室だ」
此処で高志は衝撃的な発言をする。正太郎が思わず聞き返す。
「本当か? 何か根拠があるんだな?」
「ああ、俺が医務室の前の回廊を上部エンジン方向に行った時、ひろみが殺られるのを目撃した。モニターの辺りだ。そして、殺ったのは明彦だ!」
「な、何を馬鹿な事を…。俺は医務室などに入った事も無いぜ。何か証拠でもあんのかよ。医務室のモニターの前って、通風孔の横のベッドの最奥部だよな? 大体、お前が目撃したって、抑々、廊下から其処迄見えるのかよ? それに、目撃したとほざくのは何時頃の事なんだよ?」
「丁度、停電が恢復して、酸素枯渇の警報が鳴りだした頃だ」
「つまり、停電明けって事だよな。其れなら、俺は電気室にいたぜ。六と一平が証人だ」
「ああ、明彦なら確かにいたぜ」
六助が明彦の証言を担保する。だが、高志は更に明彦に詰め寄る。
「オメーは下部エンジンから十字路の方へあがって行ったじゃあねーか。俺が擦れ違ったぞ? あの時、医務室に向かったんじゃねーのか?」
「ああ、確かに擦れ違った。だが、停電が起きたから、修理する心算で原子炉から下へ降りて行ったんだ。手前こそ修理もせずに電気室前を素通りして行ったじゃねーか。大体、殺害現場を見たとかほざくのなら、何故、其の時に通報しねえ? 其処は明らかに変じゃねーか?」
此れには高志も言葉に詰まってしまった。確かに、明彦の謂う反論にも一理ある。若し、本当に殺人現場を目撃していたのなら、明彦の謂うとおり、即座に通報ボタンを使用出来るし、又、通報すべき事案なのである。其処で躊躇すべき理由は何一つ無い。此の場合、明彦の主張には筋が通っており、明彦と高志の対立は、聊か、明彦に分がある様に思われる。
斯うした、プレイヤーの虚虚実実な駆け引きを主題としたゲーム。将に人狼ゲームが其れなのであるが、意外と其の歴史は古く、1980年代に一世を風靡したボードゲームである『ディプロマシー』が、其の嚆矢とされる。此のゲーム。第一次大戦前夜のヨーロッパを舞台として、各プレイヤーはイギリス、フランス、イタリア、ドイツ、ロシア、オーストリア、トルコの七大国に扮し、虚虚実実な外交戦を展開するのであるが、此のゲームの秀逸な点は、サイコロを使わない点にある。つまり、偶然の要素を完全に排除し、如何に、相手を騙し、欺き、出し抜く事が要求されたゲームなのである。然し此の秀逸なゲームシステムは或る意味完全に仇となってしまった。結果、此のゲームは、数多の優良なゲームクラブを崩壊させた、悪魔のゲームとして後世に名を残す事に成ったのである。結局、此のゲームの様に人間の負の部分に重きを置き、人間の闇の部分を凝縮した様なゲームでは、如何しても、其の影響はゲーム内だけに留まらず、本来の人間関係に致命的な皹をいれる事に成りかねない。其の結果、ゲームクラブ自体を瓦解させる様な感情的しこりが其処彼処で発生し、甚だ主客転倒な話ではあるが、クラブ自体を崩壊させて行く事になったのである。従って、此の後に出たボードゲームである、『マキャベリ』や『文明の曙』では『ディプロマシー』の外交を踏襲しつつ、運の要素をふんだんに取り入れられている。特に『文明の曙』ではゲームオーバーと謂う概念が無く。プレイヤーが退場する事が無い。人間誰しも、自身が納得する為の理由を必要としており、ゲームが終了した際に、『あの時、正太郎が裏切らなかったら』と、『あの時、飢饉が発生しなかったら』では、其の後の現実に於ける人間関係がまるで違ってくるのである。
扨、議論時間も残り30秒を切った。六助が一平に尋ねた。
「ところで、一平。何故、オメーは通報しなかった? セキュリティにいたよな? 然も、通風孔周辺をうろうろしやがって?」
「通風孔?」
一平が訝し気に反芻する。咄嗟には、何の事だか判らぬ風であった。然し、此処で一平の口から、とんでもない爆弾発言が飛び出す。
「だって、俺の目の前で、地下道に入って行った奴がいて…、俺も真似出来るかと思って…」
「!」
「おい、其れって…」
敬介の呟きに続き、正太郎が呻く様に謂った。
「通風孔の事じゃねーのか?」
「おい、ばかやろ。超重要情報だろ。何故、其れを先に謂わねえ」
敬介が気色ばむ。明彦が呆れる。
「ひょっとして、奴は狂人(人狼ゲームに於いて、市民でありながら人狼をサポートする役職)か?」
「いや、此のゲームにそんな仕組は無え」
正太郎が言下に否定する。
「ねえ、一平君。其れって、一体、何処の話なの?」
「ああ、祐子ちゃんか。彼処だよ。ヤスベエの殺されていた部屋の…、何つったけか?」
「セキュリティか…」
もう、議論時間は略無い。然し、此処で更なる爆弾発言が飛び出す。
「でも、俺は明彦が通風孔を使っている処を見たぜ。医務室でな」
声の主は敬介である。其の途端、議論時間は終了した。
投票結果は明彦が3票、高志が2票、一平が1票、そして、スキップが3票。綺麗に票が割れた形となった。『誰も追放されなかった』の、エフェクトが流れる。ゲームは実に混沌とした状況を呈して来ている。一体、地球外知的生命体は誰か、そして、此のデスゲームの行方は如何なるのであろうか?
次々と倒されて行くクルー達。然し、最初召集会議の発言中にも、数多の矛盾、撞着は確かにあった。果たしてインポスターは誰か? そして、其の結末は如何に? 次号、『第36話 Among Us!【後編】』括目して待て。




