第34話 約束の地アマルフィにて
12月21日土曜日午前10時50分過ぎ。正太郎は部室で、机に顔を突っ伏した儘で、凹んでいた。若し、此の構図に表題をつけるのであれば、『全てに絶望せる哀れなる男』と謂うのが、最も的確なのでは無いか? 方や、其の傍らには頗るご機嫌な祐子が、ニコニコし乍ら椅子に腰掛けている。寒椿が見頃を迎える此の時季、今日から、待望の冬休みが始まる。一般的な生徒の期待及び希望を数値化すれば、今が、謂わば、熱量が最も高い状態であり、年末・年始を経て、新学期早々の実力テスト、即ち、絶対零度に向けて、収束して行く形となる。部室には、他に、高志とひろみがいる。此の後、部室と講堂の大掃除と英語の補習(此れは正太郎のみ)で、今年の部内と学内の予定は此れで全て終了である。扨々、然し、よくよく見れば此の組み合わせ。奇しくも先一昨日、聊か妙な処で遭遇した、ちょっぴり大人な4人組でもある。
実は、昨日、二学期の成績表が手渡された。即ち、終業式の翌日での事である。更に、遡る事3日前には、二学期の期末試験の総合順位も発表されていた。此処で、心配性な読者の為にも、いつもの8人について、其の成績を抜粋しておこう。概ね360人中、祐子13位、いずな16位、高志39位、明彦45位。此の4人については、壁新聞組(成績上位者につき名前張り出し)である。続いて、凛子52位、ひろみ83位、正太郎121位、敬介148位。全員、前回の騒動(七夕騒動)があった一学期期末試験より、大幅に順位を上げていた。特に正太郎と敬介の大躍進は目覚しく、一気に150位以上順位を上げた形である。にも関らず、意外な程、落ち込む正太郎を見咎めて、ひろみが尋ねた。
「何よ、あんたは? 鬱陶しいわね。一体、如何したってえのよ」
「いや、通信簿がな…。畜生。昨日、親父にボコボコにされた。くっそー」
「何でなの? あんた、一学期末が花道だったんでしょ。今回、総合順位121位なら、大躍進も良い処じゃないの。敬介なんて148位だけど、大喜びでみんなに見せて回ってたわよ。『今回は赤点が一つもない。驚異の200人抜きだ』って。いずなの手を両手で押し頂いて、『其れも此れも、いずなちゃんのお陰だ。ありがとう』とか謂い乍ら、燥ぎまわっていたわよ」
「一学期、どんだけ、悪かったんだよ。彼奴は。正太、オメーもそうなのか?」
高志が突っ込む。
「いや、俺、一学期は298位。限々、花道じゃあなかった。でも、成績は2から5だけで構成されていたんだ。多数決を取ると2が優勢なレベルの…。其れが、今回、現国の8を皮切りに、7だの6だのが入って来やがってよ…」
「其れの、一体、何処が不満だって謂うのよ? 全く、意味が判ん無いわね」
「成績表がな…。親父が5段階評価じゃなく、10段階評価である事に気が付いちまったんだよ。其れで、親を謀りやがってと、一学期の分も纏めて、其れこそボッコボコに…」
「あきれた…。唯の、意図的不作為じゃないの? クリスティのあれと同じね。フェアかアンフェアかで論争になった奴…。まあ、あんたの場合は、明らかにアンフェアだと思うけど…」
「おー、あれかあ。所謂、叙述トリックって奴だな」
「何が叙述トリックだ。人聞きの悪い。叙述トリックもクソもねーだろ。親父の馬鹿が、勝手に勘違いしただけじゃねーか」
「抑々、其れを叙述トリックって謂うんだろうが」
高志に続いて、ひろみも窘める。
「何、謂ってんのよ。一学期は、あんたが勘違いを狙っていたのは、明白じゃないの。5がMAXだった事を良い事に…。そう謂えば、夏休み前に、小遣い増額されたとか、戯言、ほざいていたもんね。…あの成績で妙だとは思ったけど…」
「正ちゃんのお父さん、厳しいもんね」
「俺、知ってんだぜ。親父だって、『兵隊さんが棒をいっぱい担いだ』様な、成績だったって」
「此れまた、えらく古風な表現だな…。いつの時代の人だよ。全く。(甲乙丙丁戊の内の丙丁戊だけで構成された成績。此の場合、特に戊が多いケース)」
「正ちゃん。今回、2は?」
「全く無し」
「やったね。補習無しだね」
「いや、祐ちゃん。英語が3だったからな。補習が全く無しと謂う訳じゃあ無いんだ。でも、今回は英語だけだし、冬休みは日程がタイトだから、補習も今日でおしまい。其れだけは、本当にありがたい。此れも、祐ちゃんのお陰だ」
「そんな事ないよ。正ちゃん、頑張っていたもの。でも、其れなら、後は、年末にかけて楽しいイベントばかりだね。差し詰め、クリスマス…」
正太郎が、高志とひろみを牽制する様に、流眄し乍ら謂った。
「ところで…、其の件なんだけど、今、俺達8人、眼鏡コンビやいずな達も含めて、みんな番いになっているだろ。クリスマスイブも、みんなで盛り上がった方がいいのか、個々に盛り上がった方がいいのか。其れに、六助や一平も、偶には誘えって、煩いしよ。高志は、如何思う?」
「うーん、確かにな。二人だけで盛り上がりたいって奴らもいるだろうしなあ。でも、此の前みたく、妙な処でバッティングってのもなあ。俺、抑々、敬介やいずなみたいに、毛も生え揃ってそうも無い奴らと、ああ謂う場所で、遭遇したら、多分、2月位まで、立ち直れないと思うぜ」
「ちょっと、あんた、また、そう謂う処へ行く心算なの? 昨日もストロベリーパフェ食べに行ったのに…。まあ、そりゃ、高志が如何しても、行きたいって謂うのなら、あたしも無理には、反対はしないけど…」
「いっ、お、俺?」
然し、正太郎がひろみの失言に驚いて、透かさず突っ込む。
「き、昨日もって、また行ったのか?」
高志が慌てて、謂い繕う。
「いや、だって、昨日は終業式だったし、其の、学期の節目に何か想い出に残る事をしないといけないだろ…」
「全然、関係ねーだろ。おい、ちょっと待てよ、そう謂えば、確か、一昨日も…」
祐子も透かさず、相槌を打つ。
「そうそう、あの時。此の後、パフェを食べに行くんだー、とか何とか、ひろみちゃん謂ってたよね…」
一昨日は件の部室立ち聞き事件の当日である。確かに、其の日の別れ際、高志とひろみは所用があるとかで、早々に、二人して匇卒と姿を消している。
「違うわよ。一昨日は、如何してもチョコパフェが食べたいって高志が謂うから、仕方無く…。…其の、あたし、…他にパフェ屋も知らないし」
「抑々、彼処はパフェ屋じゃねーだろ。お前らはパフェ屋を何だと思ってやがんだ。日本全国のパフェ屋さんに謝れ! 然し、するってえと、何か? つまり、三日連続じゃねーか。成程、其れなら、確かに想い出にも残るわな」
「ひろみちゃん達、三日連続なんて、何か良いなあ。仲良しさんで羨ましいなあ」
祐子が心底、羨ましそうな顔をする。
「違うのよ、祐子。昨日は兎も角、一昨日はあくまでもパフェが目的で…」
正太郎がニヤニヤし乍ら、
「だから、あんな処へパフェ目的で行く馬鹿は、滅多にいねーだろ」
「まあまあ、正太。あん時は本当にパフェ目的でだな…。でも、高い金払ってパフェだけってのも、流石に芸が無いってんで、仕方無く、やるべき事は、確りやったけど…」
「ちょっと待ちなさいよ! 仕方無くって、一体、如何謂う意味よ!」
高志とひろみが羞恥と照れくささで、しどろもどろになり乍らも、しょうもない痴話喧嘩を始める。然し、正太郎の突っ込みは収まらない。
「然し、弥早、三日連続とはなあ…。何と謂うか…、其の、好きだな」
「いや…、其の…、あの、だから」
ひろみは真っ赤になり乍ら、口篭りの連続である。正太郎はニヤニヤし乍ら、更に突っ込む。
「まるで、覚えたてのサルと同じだな」
「…此の無礼者!」
「ぐはぁ」
ひろみの一喝と伴に、ひろみの正拳突きが、高志ではなく正太郎の鳩尾を急襲する。かなり、珍しい構図である。此の為、4人の話題は今日からの冬休みの予定にと、急速に戻って行く事となったのである。
祐子がニコニコし乍ら尋ねた。
「それで、ひろみちゃんたちは、クリスマスイブに二人だけで行くなら、如何謂う処へ行きたいの?」
「ああ、俺も如何謂う処が、ひろみが喜ぶのか良く分らなくてさ。寧ろ、教えてもらいたい位だぜ」
高志も勘良く、早速、話を逸らせにかかる。そんな、高志を知ってか知らずか、ひろみが夢見る様な調子で続ける。
「そうねえ。おいしいお料理が出て、カラオケなんかもあって、小洒落たゲーム機かなんかが置いて有って、ムードミュージックも素敵なメロディーが流れていて、あと、高志にちょっと甘えられる様な場所があって…。そうそう、あと、お風呂も有れば良いわよね。そして、お風呂の後には、やっぱりパフェよね」
正太郎が、呆れた様に、平然と、事も無げに謂ってのけた。
「今迄の条件を、厳密に精査且つ検討した限り、其れって、普通にラブホだよな…」
ひろみが真っ赤になり乍ら、憤然と叫ぶ。
「此の無礼者! 乙女に向かって、何て事、謂うのよ、正太。乙女の細やかな夢を、侮辱する心算? 白樺の林に囲まれた、軽井沢とか、清里辺りのペンションのホワイトクリスマスを、想像したのよ」
高志も真っ赤になり乍ら反論する。
「ふざけんな、何を謂いやがる。360度どっから見ても、まんま、俺達が入室した、『リバー・サイド・ホテル』の小部屋じゃねーか。何が白樺の林だ。最初はカラ箱 (カラオケボックス)かと、思ったけど、風呂なんて、ねーしよ。クイズにしたら、一般の人の正答率が97%の問題だぞ」
「祐子ぉー。みんな酷いよね。乙女のロマンチックな憧憬を…」
「…いや。私もてっきり、ラブホかな、と…。ひろみちゃん、気に入っちゃったのかなって思って…。『リバー・サイド・ホテル』に3日連続で行ってるし…」
「祐子。お願いだから、其の件はもう忘れて。大体、みんな、発想が下世話に過ぎるわよ。あーやだやだ。大人になっちゃった人たちは…」
「ふざけんな。お前だって、同じ穴の狢だろうが。大体、あの時も、『今日は泊まってっちゃ駄目?』、とか、飛んでもねえ、無茶振りをだな…。あいたたた…」
ひろみがふくれ乍ら、高志の左腕を、後ろ手に捻りあげている。
「今のは、高志君が悪いよね。そう謂う、乙女心をちゃんと分かってあげないと…。今度、正ちゃんにも、謂ってみよ。其れに、私も、3日連続で連れてって欲しいし…」
如何も、先日以来、祐子も赤裸々に過ぎる嫌いがある。正太郎が慌てて呟く。
「…冗談じゃねーぞ。おい」
其処へ、いずなと敬介、明彦、凛子が入ってきた。敬介がニコニコし乍ら謂った。
「あっ。又、なんかやってる。今日は一体何の騒ぎ?」
「煩いわね、観世物じゃないわよ」
敬介が慌てて叫ぶ。
「わー。ごめんなさい」
いずながニヤニヤし乍ら、
「だから、如何見ても観世物だって…。ひろみっち、今度はハロゲン族、何をしたの」
ひろみは、高志の手を離し乍ら、謂った。
「何でもないわよ。クリスマスの相談をしていただけ」
「ふーん。クリスマスの相談ねえ。痴話喧嘩にしか、見えないのになあ」
祐子が勘良く、話を逸らせに掛かった。
「いずなちゃんなら、クリスマスイブ、何処行きたい?」
「うーんとね。いずな、お歌が歌えるところがいいな」
「今、二人だけがいいか、みんなで行くかで、揉めてたの」
「お歌、うたうなら、みんなの方がいいなあ。ケースケ、アニソン全然知らないんだよ」
「うわー、ひどいよ、いずなちゃん。ちゃんとサ●エさん歌ったじゃないか」
「そんな、おじいちゃんの時代からの国民的アニメを持ち出されても…」
「そんな、ちび●る子ちゃんも歌ったじゃないか」
「確かに、清水のレジェンドだけど、そんな、パパの子供時代のアニメを持ち出されてもなあ…」
凛子がニコニコし乍ら、
「いずな、其の辺にしといてあげなさいよ。青くなって震えているみたいだから、…作者が。ところで、みんな、イブは如何するの?」
「うーん。いずなも、考えているんだよ。皆で盛り上がるのも楽しそうだし、ケースケと二人きりってのもいいかなあって」
敬介が横で赤くなり乍らも、鼻の下を伸ばしている。其処で凛子が何かを思い出した様に呟いた。今日は珍しく単色ではなくレインボーカラーのカチューシャをしている。
「そう謂えば…。祐子かいずなにあったら聞こうと思っていたんだけど…」
「如何したの?」
「ムッキー。なーに。凛子っち」
祐子といずな、それぞれが反応する。
「あんたたち、『Among Us』ってゲーム、聞いた事有る?」
「ううん。知らないよ」
祐子は頭を振る。然し、いずなは大きく肯いた。
「ムッキー。知ってるよ。パパがやっているのを見た事がある。人狼みたいなゲームでしょ。見ていて、結構、面白そうだなって、思ったよ」
「ああ、其れなら、俺、プレイした事あるぜ」
「俺も」
高志と正太郎が名乗りを挙げた。
「あたしも、弟がやっている後ろで見てたんだけど、結構、面白そうなのよねー。まあ、やっている事は人狼なんだけどさ」
「ねえ、凛子ちゃん。其れ、どんなゲームなの。教えて」
ゲームオタクでも有る祐子が、早速に食いついた。
「まあ、あたしも、弟の後ろで見ていただけだから、そんなに、詳しい訳じゃあないんだけれど…」
そう前置きし乍らも、凛子は説明を始めた。
『Among Us』はアメリカ発のオンライン多人数ゲームで、宇宙を舞台としたオンラインゲームであり、其の骨子は、所謂、人狼ゲームである。其れ故に、宇宙人狼などと呼ばれる事もある。プレイヤーは、閉ざされた宇宙船、或いは、基地の中で、乗組員(村人)とインポスター(人狼)陣営に分かれる。インポスター。和訳すれば、詐欺師、偽者、替え玉、騙す人とでも訳すのであろうが、公式に因れば、人間に擬態した地球外知的生命体となっているから、此の稿では、地球外知的生命体で統一する事にしよう。乗組員から見た場合、乗組員と地球外知的生命体の識別は出来ずに(地球外知的生命体同士は識別可能である)、当然、誰が地球外知的生命体かと謂う疑心暗鬼が発生する。乗組員は全てのタスク(簡単なミニゲーム)をこなすか、後述する投票により、全ての地球外知的生命体を排除出来れば乗組員側の勝利である。一方、地球外知的生命体はサボタージュと呼ばれる妨害工作を行なえる。ドアのロック、停電、通信妨害、酸素枯渇、炉心溶融があり、此の内、特に、酸素枯渇と炉心溶融は30秒以内に解消されなければ、自動的に地球外知的生命体側の勝利となる。更に地球外知的生命体は一定条件を満たせば、任意に乗組員を殺害する事が出来る(まあ、此の部分は人狼ゲームの儘なのであるが)。因って、地球外知的生命体側は、乗組員の人数を地球外知的生命体以下にすれば、地球外知的生命体側の勝利となる。地球外知的生命体は一定時間の経過と伴に、乗組員に接近した際に、殺害ボタンが現れるので、乗組員を殺害する事が出来る。殺害されると、エフェクトが流れ死体として残るのである。そして、誰かが死体を発見した時、若しくは、カフェテリア内の緊急招集ボタンを使用した時に、緊急招集が行なわれ、会議を行なう事となる。会議では、目撃情報、アリバイ、疑わしい状況などの意見を戦わせ、最後に追放すべきメンバーを投票する(勿論、棄権も出来る)。此の時、一番票が集まったプレイヤーが追放される。追放は死亡と同義である。殺害されたプレイヤーや追放されたプレイヤーは、其の後ゴーストとしてゲームに参加出来、タスクやサボタージュをする事が出来る。此の点は、通常の人狼ゲームと異なり、全てのプレイヤーが最後まで楽しめる設計となっている。此処迄の説明で分る様に、地球外知的生命体の排除は追放に因ってのみ発生する為、乗組員側はゲーム時間内に全地球外知的生命体を炙り出す必要に迫られる。地球外知的生命体が殺害を企図した場合、乗組員が防御する事は不可能なので、非常召集から発生する一定時間殺害が出来ないクールタイムを利用し乍ら、時間を稼ぎ、証拠を集め、疑わしい乗組員を論破し、投票で吊っていくしかないのである。此のゲームに於いて、人狼ゲームの様な役職、即ち、狩人、占い師、霊媒、狂人、妖狐、双子、パン屋などは無く、純粋に乗組員対地球外知的生命体の構図となっている。更に、地球外知的生命体の能力の一つとして、通風孔の使用がある。此れは、各部屋を繋ぐ通路ではなく、通風孔を使って移動する事である。此れは、地球外知的生命体が乗組員の意表をつく動きを出来る訳であるが、或る意味、此れは諸刃の刃でもある。何故なら、通風孔を使用しているのを目撃された瞬間に地球外知的生命体である事が判明してしまうのである。例えば、殺人は複数、人が密集している状況で発生した場合(所謂、ごちゃキル)、居合わせた誰かに罪を擦り付ける事も可能だが、通風孔の場合はそうもいかない。誰かに目撃された瞬間に、地球外知的生命体である事が確定してしまうのである。故に、此のゲームが上手な人は、余り通風孔を多用せず、此処ぞと謂う時に使用するとの事である。
扨、説明としては、大体、こんな処ではあるのだが、以上を聞いて、異様に食いついた人物が居る。其れは上機嫌の祐子である。元来、祐子は推理パズルには、異様な迄に関心を示す。故に、常々、人狼ゲームは、一度はやってみたいと思っていた処ではある。然し、生来の内気と引っ込み思案が災いし、未だプレイをした事は一度もない。だが、此処に極めてゲーム性の高い類似したゲームが提供されたのである。然も、今日からは冬休み。
「いいなあ。やってみたいな。私」
祐子が呟く様に謂えば、正太郎も続く。
「面白そうだな。如何せ、今日から休みなんだから、みんなでやってみないか?」
「俺は構わないぜ」
「やろう。やろう」
忽ち、殆どが賛同したが、唯一、明彦だけが、
「いや、俺、やった事が無いから」
と、多少、しり込みをする。其れを押さえて凛子が叱咤する。
「何、謂ってんの、私がレクチャーしてあげるから」
と後押しをし、結局、今日の19時に開催と謂う事に相成ったのである。扨、『Among Us』をやるとなると、8人と謂う人数では少々、少ない気もするので、他のメンバーにも声を掛けると謂う事で、話は纏まったのである。具体的には、祐子がヤスベエと葵を、いずながみうみうを、そして、正太郎がでこぼこコンビを、それぞれ誘うと謂う手筈になったのである。
扨、以上が決った処なのだが、祐子は愈々以って上機嫌であり、少々、軽躁状態にある。勿論、今日から冬休み、『Among Us』を皆でやると謂うのも、重要な要素ではあるのだが、其れだけではない。祐子のご機嫌な訳を説明するには、1日ほど遡る必要がある。昨日、即ち、高志と正太郎による部室立ち聞き事件の翌日、終業式の日の事であるが、祐子が帰宅して30分程した処で、俄かに正太郎から電話があった。先刻迄一緒にいた正太郎である。一体、何事だろう? と、訝ったのだが、携帯をとってみると、益々、用件が判らない。以下が其の通話内容である。
「もしもし。正ちゃん?」
「…うん」
「一体、如何したの?」
「…あのね。…其の」
「…?」
「…今日は、其の。…とても、…祐ちゃんにね、えーと…。実は謂いたい事が…、今日は、其の、とても寒かったよね」
「?」
「えーと、まあ、其れでも…明日晴れると良いよね」
と、正太郎が何を謂いたいのか、皆目判らないし、抑々、さっぱり要領を得ない。然し、祐子には正太郎が謂いたい事が、略、100%直感出来ていた。だが、祐子は逸る心を懸命に抑え、辛抱強く正太郎の話を聞いている。祐子は過去の経験則から知っている。正太郎が斯うした、一見、何を謂いたいのか判らない様な物謂いをする時は、かなりの高確率で、祐子にとって、嬉しい結果を齎す事が多い。例えば、中学3年の夏期講習の最終日である。あの時、正太郎は、祐子を誘って銀座の生ジュース屋へ行くのであるが、此の法則を知悉してさえ居れば、正太郎の意図は推定出来ていた訳で、あのような悲劇は回避出来ていた筈なのである。(第13話参照)特に、正太郎の言葉のうち、口篭りが50%を越える状況下に在っては、パチンコで謂う処の、激熱演出も同然であり、正太郎の制服がキリン柄やヒョウ柄や、レインボー柄になる様な物であり、当り確定演出も同然なのである。まあ、正太郎の口篭りまみれの通話を、此れ以上此処に掲載しても、詮無き事でもあり、退屈なだけであるから、約20分に渉る通話内容を一言で要約すれば、
『明日デートに行こう』
と、謂う事であった。抑々、此の二人。今まで散々、描写して来たとおり、デートの誘いは、7分3分の割合で祐子発であり、意外と正太郎の誘いは多くは無い。此れは、正太郎の愛情が薄いと謂う訳では無く、其れ以上に祐子が正太郎に対して、積極的である事に起因するものである。更に、灯篭流しの時(第9話参照)や、円周率騒動の時(第33話参照)の様に、一見、正太郎が祐子をホテルに連れ込んだ様に見え乍らも、よくよくみれば、祐子が絵を描いた、或いは、そう仕向けたシーンが、頻繁に散見される。最初の部活選択の件や、学校祭や竜爪山登山の時の様に、かなりの高確率で、巧妙、かつ、強かに祐子が誘っているのである。若し、其れらの部分迄も祐子発とカウントすれば、其の比率は95%を越えるであろう。確かに、祐子は内気で、人見知りが激しく、引っ込み思案ではある。だが一方で、自分の好きな物、例えば、推理、パズル、或いは正太郎に対しては、極めて、積極的であり、そう考えれば、確かに、辻褄は合う。要するに、祐子は、意外や意外、肉食系女子なのである。然し、人間は如何しても、内気でおっとりした振る舞いと、ぽっちゃりした見た目に騙される。即ち、此の二人は、草食系男子である正太郎と内気おっとり隠れ肉食系である祐子と謂う構図であったのである。扨、先程の正太郎からのデートの誘いも、其れ自体、かなり珍しいものなのであるが、今回は其のデートの内容が、有り得ないレベルで有り得ない、かなり特殊なデートであったのだ。其れは、高志やひろみたちの要領を得た言葉を引用すれば、
『明日、パフェを食べに行こう』
と、謂うものであったのである。尤も、此れは本編では詳らかにされなかったが、前回、リバー・サイド・ホテルの最後に、祐子が言葉巧みに正太郎を誘導し、其の様に仕向けた処があり、正太郎は其の時の約束に従っただけに過ぎない。扨、閑話休題。ついに、此の言葉を引き出したのだ。祐子の有頂天ぶりは想像に難く無い。祐子は通話が終わるや否や、
「やっったー」
宙空に携帯を放り上げると、部屋中をばたばたと駆け回った。のみならず、部屋中央で、ドスンドスンドスンと3回ほど飛び跳ね、全身で喜びを表現していた。肥満体の祐子の事である。家中が揺れる様な騒ぎである。驚いた祐子の忠実な友である飼い犬のペスが、早速、部屋に侵入をして来る。祐子はかまわずペスに抱きつく。
「ペスぅ、やったよ。明日、正ちゃんとデートだって」
ペスも、ワンワンと頻りに尻尾を振っている。祐子の大きな胸にペスの顔が埋まっている。今度は、暫しの後、心配した母親も祐子の部屋に顔を出す。母親は4日程前の祐子の憔悴、落胆振り(円周率大会の日である)は認識していた。心配していた処に、翌日はご機嫌な23時帰宅である。此の時期、父親は宮崎に出張中であり、そうでなかったら、大目玉の事案であった。そんな訳で、母親も祐子の様子を心配して、覗きに来たのだ。少し、状況を整理してみよう。4日前は失恋した様なテンションでの帰宅である。3日前は上機嫌の深夜帰宅である。然し、何故か下着は水に落ちたかの様にぐしょぬれ。それでも、なお、ご機嫌なのである。そして、一昨日、昨日を経て今日の此の騒ぎである。母親が祐子の部屋に入ると、当の祐子は、鼻歌交じりでベッドの上に下着を並べている。ベッドの上には浅葱色、檸檬色、石竹色、若緑色の下着が並んでいる。宛ら、事務用付箋の4色セットの様な色合いである。
「ちょっと祐ちゃん。一体、何の騒ぎ?」
祐子は母親を認めると、ニコニコし乍ら嬉しそうに謂った。
「あっ、ママ。あのね、あのね、あのね。明日、正ちゃんにデートに誘われちゃったの」
もう、誰かに謂いたくてたまらない。そんな、感じの、幸福感が溢れ出した様な満面の笑みである。母親も愛娘の幸せそうな笑顔に、思わず相好を崩すと、釣り込まれた様に謂った。
「あらあら、良かったわね。すると、正ちゃんと仲直り出来たのね」
祐子は、うんうんうんと嬉しそうに頷く。
「それで、如何して下着を並べているの?」
「そう、其れなの、ママ。明日、どの下着で行こうか悩んでいる処なの。ねえ、ママは如何思う?」
母親は額に手を当て乍ら、呆れた様に斯う謂った。
「あのねえ…。祐ちゃん。何でもママに相談してくれるのは、すごく嬉しい事なんだけど、普通、そんなの母親に相談するかなあ…。其れって、どの勝負下着が良いか? って事でしょ?」
「あっ」
「全く、もう…」
そう謂い乍らも、ママは協力してくれた。
「ねえ、祐ちゃん。此の浅葱色のは如何? 控えめで知的な祐ちゃんにピッタリだと思うんだけど」
「うん。其の色、祐子も気に入ってるんだけど、此の前、使っちゃったから、駄目なの」
母親は溜息を吐き乍ら、再び斯う謂った。
「如何して、ママにそう謂う事謂うかなあ…。そう謂えば、一昨日、此の下着、びしょぬれになって洗濯機に入れてあったわね。つまり、3日前にも正ちゃんと、致しちゃったって事よね?」
「あっ」
「本当に、祐ちゃんたら、賢い様で抜けているからなあ。でも、あの時も思ったけど、なんで、下着がぐしょ濡れだったの?」
「其れは…」
と、謂い乍ら、祐子は真っ赤な顔でモジモジしている。頓て、小声で、
「祐子が興奮しすぎて、其の、お麁相しちゃって…」
消え入りそうな声である。
「あらあら、其れは大変。正ちゃんも吃驚しちゃったでしょ」
「其れが、そうでもなかったの。正ちゃん、祐子のお麁相癖、知ってたみたいで…」
「まあ、其れはそうよねえ。小さい頃、正ちゃん、祐ちゃんが表でお麁相すると、良く、泣いてる祐ちゃんをお家まで送って来てくれたからね」
「えーっ、祐子、そんなにお麁相したかなあ。精々、7、8回くらいだよ」
「充分でしょ。其れで、先一昨日は正ちゃん、其れについてなんか謂ってた?」
祐子は顔を赤らめ乍らも、ニッコリして、頷いた。
「あのね、祐子の頭を撫で乍ら、『僕は全然気にしないよ。祐ちゃんは祐ちゃんだから』って、祐子、嬉しくて涙がでちゃった」
此れは、正太郎の偽らざる本音であろう。恐らくは、円周率騒動の自身の反省を踏まえての祐子への贖罪を言葉にしたものであろう。
「へー、良かったわね、祐ちゃん。あっ、そうだ。良い事がある。ママの勝負下着貸してあげようか? ちょっと待っててね」
「えっ」
驚く祐子を尻目に、母親はパタパタと部屋を出て行った。
「おまたせー」
母親はすぐさま戻ってくると、祐子のベッドの上に色とりどりの下着を並べた。真紅、紫紺、黒、濃紺、緑。原色系が多く、祐子には聊か派手目の下着が、所狭しと並んでいる。
「ママの体型は、祐ちゃんと然程変らないから、穿けるでしょ。ママ。娘の頃から此の体型だから」
そう謂って、祐子と同様に丸っこい肥満体型の母親は、余り、自慢にもならぬ事を自慢する。
「アラフォーのおばさんに謂われてもなあ。少し、傷ついちゃうよ」
祐子は少々困惑する。
「でも、よくよく考えたら、勝負下着って、抑々、ママ、一体、誰と勝負する心算なの?」
「あら、そんなの、恭一郎さんに決っているじゃあないの」
「パパと?」
「そうよ。恭一郎さんって、月に、精々、7日。多くても10日位しか清水に帰ってこないでしょ。」
「うん…」
「然も、ガッチガチの草食系。帰宅中の夫婦の営みは精々、3回、多くて4回」
「あのねえ…。普通、娘にそう謂う話する? 大体、其の回数の何処が草食系なのよ? まあ、パパが草食系と謂うのは、何となくわかるけど」
確かに、此れは祐子の謂うとおりであろう。10日中で4回となれば、2.5日に1回の割合であり、月間に直しても4回と謂う回数は、即ち、週当たり1回と謂う事であり、然程、少ないとは思われない。寧ろ、40台の夫婦としては多い方ではないかと思われる。
「あら、祐ちゃん。此れには、ママの涙ぐましい努力があるのよ。パパが帰って来たときの食卓。祐ちゃんも覚えてるでしょ。結構、気を使っているのよ」
確かに謂われて見れば、母親の謂うとおりである。うなぎ、納豆、山芋、豚肉、にんにくと謂った、所謂、精のつくとされる物が食卓に並ぶ事が多い。先月などは、すっぽんが食卓に並んだのである。
「恭一郎さんは月に20日程、宮崎で禁欲的にお仕事してるから、お家に帰って来た時は、如何に草食系のあの人でも、若干、肉食系が入っているの。其処で、あの料理よ。そうすると、完全に肉食系モードにスイッチが切り替わって、獣の様に挑まれちゃうのよ。先月の営みなんて、思い出しただけで、子宮がキュンてなっちゃうわよ」
「あのねえ…。だから普通、娘にそう謂う話する? 其れで、其の話の何処ら辺に勝負下着が入ってくる訳?」
母親は臆面も無く、能天気な話を続ける。
「まあ、パパもママも、もう然程、若くは無いでしょ。一回辺りの営みの回数は、精々一回、多くて二回、盛り上ると三回、稀に四回」
「本当に四十台?」
「其処で勝負下着の出番よ。アレを使うとね。パパったら、結構、興奮しちゃって、プラス二、三回はいけるわよ」
「つまり、四、五回って謂う訳? 思春期の学生でもそんなにしないよ」
と、祐子は謂いつつも、3日前には正太郎に将に其の回数可愛がって貰っている。
「でも、変だなあ。私は確かに、早寝だし、眠りが深い方だけど、そんな気配、微塵も感じた事無いよ」
「あら、そんなのを娘に悟られる様では、親として失格よ。祐ちゃん、覚えているかしら。祐ちゃんが小学校3年の頃、夜中におねしょして、泣き乍ら起きて来た時の事…」
「うん、覚えているよ。ママが一緒にお風呂に入って、慰めてくれたっけ」
「そう、あの時、丁度、致している最中だったんだから」
「あっ」
祐子は謂われて初めて、其の光景を思い出した。祐子の脳裏に明確な映像が甦る。斯うなると、祐子の記憶からは逃れる術は無い。確かに、ママは寝ているパパの上に跨っていた。俗に謂う、深夜のプロレスごっこと謂う奴であろう。謂われてみれば、二人とも全裸だった。
「そう謂えば、あの時、パパもママも全裸だった…。ママがお風呂に一緒に入ってくれたけど、なんか微妙に不機嫌だったよね」
「当たり前でしょ。折角、人が気持ち良く盛っていた処に、突然の乱入でしょ。そりゃ、不機嫌にもなるわよ。其れも絶頂直前に…」
「呆れた。全くなんて親なの」
「一人寝室に残されたパパなんてもっと悲惨よ。あの人、泣き乍ら手で抜いたみたいだから。其れ以来、夫婦の営みには細心の注意を払う事にしたの」
「そうなる前から、細心の注意を払ってよ。じゃあ、最近は静かに致す事にしたの?」
「そんな事ないわよ。其れに、アレの時は、ママ、結構大きな声だしちゃうし」
「もう、普通、娘にそんな事謂う?」
祐子はそう謂い乍らも、先日の正太郎との交合を思い出して、自ずと顔を赤らめた。省みればあの時、祐子自身、かなりの嬌声を発していた。身に覚えの有ると謂うのは、将に、此の事であろう。
「だから、最近では、祐ちゃんが学校へ行くと同時に、戦闘開始。ほら、パパったら、一応、社長さんだから、其の辺りは何とでもなるみたい」
「あっきれた。娘が勉学に励んでいる最中に、なんてえ事してくれてんのよ。」
「先月なんてね。祐ちゃんが帰ってくる直前迄、可愛がって貰ったわよ。延々、約6時間。実に堪能させて頂きました」
「本当に、もう…。じゃあ、今月は如何する心算なのよ。私、冬休みで、学校行かないよ」
「そうなのよねえ、其れで困っているのよねえ。ねえ、祐ちゃん、正ちゃんと旅行にでも行ってきたら…。多少の事なら、ママも目を瞑るわよ」
「もう、呆れた。何処の世界に高校生の娘に婚前旅行を斡旋する母親がいるのよ。其れも、自分の交合の為に…。そりゃあ、祐子も正ちゃんと行ってみたいけど…」
母娘の能天気な会話は、留まる処を知らない。此の親子、コミュニケーションは比較的良好な方なのであるが、流石に此処迄、赤裸々な会話に至った事は無い。祐子は、恐る恐る母親に尋ねてみた。
「ねえ、ところでママの初体験って何歳の時だったの?」
「あら、祐ちゃんと然程変らないわよ。2年の夏。みなと祭りの時。駅前のラブホでね…。ママも祐ちゃんに吸われて、大分小さくなっちゃったけど、あの頃はかなり巨乳だったから…」
「如何でも良い情報ありがとう。其れで、お相手は?」
「あら、パパに決っているでしょ。パパとはお幼稚からの付き合いだったから。ママの浴衣姿で悩殺しちゃった」
「呆れた…」
心底、呆れた様に呟く祐子。然し、手口と謂う点に於いては、祐子も然程、変らない。
「だから、灯篭流しの夜に、祐ちゃんが浴衣びしょ濡れで帰って来た時に、本当は帯を見る前から既に、『やったな、此奴』と、看破してたわよ」
「もう、かなわないなあ。それで、ママ。其の頃の頻度は?」
「うーん、そうねえ。年に1回位かな。七夕の牽牛と織姫みたいなもんよ」
「其れ、絶対に嘘!」
「えへへ、やっぱり判る?」
「判るわよ。ママの性欲の強さからしてありえないもん」
「あら、其れはちょっと酷いわね。でも、流石に毎日はね。中学生の身の上としては、ホテル代もバカにならないし…」
「ちょっと待ってよ。2年生って中学校の頃のお話なの?」
「そうよ」
母親はケロリとして頷く。
「何よ、私と然程違わないって、全然違うじゃない」
「あら、だって2歳しか違わないでしょ」
「何、謂ってんの。抑々、範疇が違うでしょ」
「そうかなあ。まあ、2年程度の話でしょ」
「でも、ママの事だから、此処のお家に連れ込んだりしたでしょ?」
「其れがそうでもないのよねえ。何しろ、あの当時、お姉ちゃんも居たし、其れに此処のお家、当時は結構、使用人が居たりして、二人っきりになる機会なんて無かったもの」
「ふーん」
「まあ、実際、毎日でもしたい年頃でしょ。でも、お小遣いも直に尽きちゃうし、其れに、お勉強もしなければならないしね。尤も、ママもパパも、『江尻中の双璧』って謂われる程度には、お勉強は出来たけど。其れでも、流石に此の儘だと拙いかなって思ってね。パパと話し合ったの」
「何て」
「学生のうちは出来るだけ我慢しようって。勿論、我慢出来なくなったら、お互い遠慮なく謂うって事で」
「其れで、其れで」
興味津々の祐子は先を促した。
「それで、月1或いは二月に1、位かな。本当に連日する様になったのは、大学に入ってからよ。ほら、私達、同棲してたから…」
「うわあ。なんかいいなあ。そう謂う爛れた生活もちょっと憧れるなあ」
「もう、祐ちゃん、流石に失礼でしょ。でも、楽しかったわよ。あの頃は。おままごとみたいで」
祐子は、母親との会話を楽しんでいる。此の親子。確かに非常に良好な関係を築いてはいたが、此処迄踏み込んだ会話をしたのは、初めてである。祐子は母親の青春時代の思い出話を傾聴していた。そうだ、誰だって青春時代はあるものだ。私達も、自分の行くべき道を見据え乍ら歩んで行かねばならない。祐子はそう思わざるを得ない
扨、閑話休題。講堂の掃除も終わり、皆も帰り始めた。祐子は、正太郎の英語の補習待ちである。部室で冬休みの宿題を始めた。其のうち、いずなもやって来た。いずなは相方の敬介が、英語と数学の補習である。
「祐ちんも、正ちん待ち?」
「うん。いずなちゃんも?」
「そう。ケースケ、英語と数学だから15時過ぎまで時間潰しだよ。其のあと、二人で銀座のジュース屋さんへ行くの。祐ちんは?」
「正ちゃんが終わったら、取り敢えずマックにでも行って腹拵え。其の後は…如何しようかなあ」
此処で祐子は、恍けざるを得ない。流石に本当の事は謂えないであろう。実際、正太郎との約束では、祐子が処女を、そして、正太郎が童貞を互いに卒業した、ファッションホテル『アマルフィ』へ行く事となっているのだ。
約定の地であるファッションホテル『アマルフィ』は、昭和の時代は清水ステーションホテルと謂う、結構、大きな総合ホテルであった。清水駅から約100m程静岡寄りに位置し、正面は駅前銀座に面し、裏通りである駅裏通りにも面していた。部屋数20室を誇る、清水ではそこそこ大きなホテルではあった。最盛期には結婚式場なども営業していたのであるが、如何しても其の手の大型ホテルの需要は近隣の静岡地区に食われてしまう。更に致命的な事には、圧倒的な駐車場不足が挙げられる。結局、中小都市の悲哀と謂うべきか、其の生き残りをビジネスホテルとして繋ごうと模索するも、結局は其れも空転し、其の命脈を絶たれる事となるのである。今では、3F以上の客室をファッションホテルである『アマルフィ』として、2Fを地中海レストラン『レッジョ・ディ・カラブリア』として、1Fをカラオケ『ボルサリーノ』として、BFを、ピンクサロン『ジョバンニ』、ゲームセンター『ボッカティオ』とおっぱいパブ『デカメロン』として再出発する事となったのである。斯うして、比較的健全な施設と、若干、不健全な施設が、物の見事に同居する様な構造にはなっているが、其の導線は綺麗に分けられていた。レストラン、カラオケ、ゲームセンターは表通りである駅前銀座から、ラブホとピンクサロンとおっぱいパブは駅裏通りから入って行く事となるのであるが、其処は其れ、中では繋がっている箇所があるのである。特にレストランは、灯篭流しの話で描写した様に、裏通りからレストランかホテルの分岐で進入する事が出来た。だが、此の日の正太郎と祐子は更に巧妙な手口を使う。二人はマックで腹拵えをした後、駅前の駐輪場に自転車を置くと、二人は手を繋いで駅前銀座を歩いた。彼らは、学校帰りであるから、当然、制服姿である。そして、件の施設に到着すると、まずは、地階のゲームセンターに下りていくのである。なんか、よくあるRPGのダンジョン攻略法の様であるが、二人は其の通りに進んだ。ゲームセンター内は比較的閑散としており、誰かと遭遇する可能性は意外と低い。そして、ゲームを見る風を装い乍ら、施設のはずれに位置する小型のエレベーターに乗り込むのである。此のエレベーターは地階と3階を直接結んでおり、1階と2階は通過する。元々は、総合ホテル時代の従業員専用エレベーターであったものであろう。抑々、多くの客はこんな自販機の影にエレベーターが存在する事すら知らないし、エレベーターの行き先は3Fのみなのである。従って此れを利用すると、目指すラブホのフロントに直行出来る訳である。まあ、謂ってしまえば、RPG等に出てくる、ボス部屋直行エレベーターみたいなものであり、無用な敵との遭遇を回避出来るのである。此のエレベーターに乗り込んだ時の祐子は、何時も以上の輝く笑顔であるのは勿論であったのであるが、其の手も上気して酷く熱かった。恐らくは、此れから予想される正太郎との交合に、聊か興奮しているのであろう。
二人はエレベーターを降りると、部屋を選択する件のパネルに向かった。部屋は4~7階各フロア5室で20部屋。此の手の連れ込み宿にしては多い方なのであろう。半分位が準備中と謂う事で塞がっていた。祐子は相変わらずハイテンションである。キラキラと光る眼差しで、部屋選びのパネルを見つめていたが、正太郎としては気が気では無かった。こんな処を誰かに目撃でもされようものなら、其れこそ、致命傷である。此の状況は流石に言い訳が出来ない。尤も、祐子の方は存外腹が据わっており、
「ねえ、正ちゃん。どのお部屋が良いかなあ」
と、頗る呑気な事を謂っている。確かに、灯篭流しの時、即ち、初体験の時は、二人とも部屋を選択する余裕なぞ、ある筈も無く、兎に角、正太郎が空いている部屋のボタンを押し、エレベーターに駆け込んだ次第であるから、抑々、何処の部屋に入室したかすら覚えてはいない。扨、此の3Fの構造なのであるが、ロビーのパネルで部屋を選択すると、上り専用エレベーターで客室へ向かう訳であるが、隣には下り専用エレベーターがあり、帰りの客が使うのである。それぞれのエレベーターは3Fが起点となっている為、帰りの客も此処ロビー前を通る形となる。尤も、帰りの客はエレベーターを降りた直後に回り込む様に下り専用階段へと進む形になる。更にはパネル横にも階段があり、此方は2Fレストランへ直接繋がる入口となっており、階段手前にはショーケースに料理見本が取ってつけた様に設置されているが、抑々、レストラン目当ての客は2Fの段階でレストランへ入店する為、態々、3Fのラブホロビーを通って入店する馬鹿は居ないのである。従って、此の階段を利用する客はホテルで交合した後のカップルに限定されており、正太郎達の様に此のホテルの構造を知悉する地元の人間達からは、『賢者ロード』、或いはレストランから行く場合は、『天国への階段』と、呼ばれていたのである。
扨、正太郎と祐子がパネル前で部屋の選別を行なっている処へ、下りエレベーターが活動を開始した。屹度、退室をしたカップルが降りてくるのであろう。正太郎と祐子は慌ててレストランへの階段手前のショーケース前で、メニューを甄別するレストラン客を装った。降りてきたのは大学生風の若いカップルであり、正太郎たちをじろりと流眄し乍らも、きまり悪そうに裏通りに向かう階段を、匇卒と立ち去っていった。祐子たちはパネルの前に戻ると、祐子が透かさず謂った。
「吃驚しちゃったね。正ちゃん」
「うん」
正太郎も顔を赤らめ乍らも、同意する。然し、引き続き下りエレベーターが始動する。また、盛り終わったカップルが退室して来たに相違無い。
(うわっまた)
二人は再び、素知らぬ顔でショーケース前へと移動した。此方は何しろ、制服姿なのである。余り、大胆な振る舞いが出来るものでは無い。今度の客は二人とも長身だが、大分若い感じである。双方とも濃いサングラスをしており、男は深手のコート、女はパーカーを羽織っており、髪にはレインボー柄のカチューシャをしている。
(えっ、あのカチューシャ…)
正太郎が訝った次の瞬間。祐子が思わず声を挙げた。
「凛子ちゃん!」
「えっ、祐子? 其れに、正太も?」
女性の方は凛子であった。良く良く見れば、男の方も明彦である。
(また、此の展開かよ…)
正太郎が呆れるのも無理は無い。だが、謂われてみれば此の二人。予てから、怪しげな行動も多く、抑々、よく思い返してもらいたい。夏合宿の最中に凛子がアマルフィへ連れて行けと明彦にせがんでいたではないか。(第17話参照)
其れにしても、前回に引き続き、此れ又、実に飛んでもない処での邂逅である。真っ赤な顔をした明彦が、全てを諦めた様に、サングラスを取り眼鏡に戻ると、しどろもどろな言動に終始する。
「おお、なんだ、おまえらか。珍しいな。こんな処に何の用だ」
「こんな処への用件なんて、大概、お前らと同じ用向きだろ。そーか、凛子のカチューシャ、レインボー柄なんて、珍しい。妙だ妙だとは思っていたが、パチンコで謂う処の、当り確定演出みてーなモンだったのか?」
正太郎も冷やかに返答する。一方、それぞれのお姫様たちは、まるで女子高生の様に(まあ、実際、女子高生なのではあるが)、キャッキャ、キャッキャと燥ぎ乍ら、呑気にハイタッチをしている。
「うわー、凛子ちゃん達もなんだ。やったね」
「祐子こそ、良くも此の朴念仁を、此処迄、引っ張り出したわね。将に、驚嘆に値するわ」
「何か、ナチュラルにディスられてる気がするんだが…」
正太郎がぼやく。然し、ご機嫌な凛子は続ける。
「其れはそうと、祐子。折角、此処で会ったのも、何かの縁だから、耳寄りな情報を一つ。教えてあげるわね」
そう謂うと、凛子は祐子に顔を近づけた。
「あたしたちが居た401号だけど、ベッドがボタン操作でグルグル回るのよ。楽しいわよ」
其れを聞いた祐子の瞳が、忽ち、お星様になった。
「ねえ、正ちゃん。聞いた。聞いた? ベッドがメリーゴーランドみたくグルグル回るんだって。何かメルヘンだね」
「…何処がだよ!」
「其れにあの部屋はね、部屋の横一面、鏡張りなのよ」
「ねえ、正ちゃん。聞いた。聞いた? 部屋の横一面、鏡張りなんだって。オシャレねえ。お化粧用かなあ」
「いや、絶対に、そう謂う用途じゃないと思うぞ」
「其れだけじゃあないわ。別のスイッチでは、ベッドが激しく上下動するの。祐子、あんたが上になった時に試して御覧なさいな。そりゃあもう、絶叫モンよ」
「うわー。正ちゃん。聞いた。聞いた? 何か絶叫マシンみたくなるスイッチもあるみたいよ。楽しみだねー」
「いや、祐ちゃん。其れ、多分、絶叫マシンとは、全然、違うと思うぞ」
正太郎があたふたして否定する。そして、明彦に、若干もてあまし気味に囁いた。
「おい、明彦。止めなくて良いのか? 何か如月姫、しょうもないラブホのモブネタに走っているんだが…」
「俺に謂わんでくれえ」
明彦が泣き声を挙げる。だが、凛子姫は留まる処を知らない。
「其れに、中では、オモチャのカプセル販売もあるのよ」
「うわー正ちゃん。聞いた。聞いた? 中でオモチャも販売してるって。何か夢があるよね。子供たちが喜びそう」
「いや、祐ちゃん。多分、子供たちが喜ばない類のオモチャだと思う。…祐ちゃんが喜ぶかも知れないけど」
「えーっ、何で私が?」
「それに祐子。部屋の端にはなんか健康器具みたいのが置いてあるの。対面座位補助椅子って謂うらしいんだけど、二人で向かい合って使ってみなさいよ。そりゃあ、もう、のけぞりモンよ」
「うわー正ちゃん。聞いた。聞いた? 中に健康器具までおいてあるんだって。背中がのけぞる位に伸びるんだって。試してみたいね。処で明彦君。対面座位って何の事?」
「俺に聞くなあ!」
流石に斯うなってくると、聊か、手に負えない。明彦が凛子を急き立てる。
「さあ、凛子さん。早くパスタを食べに行こう。こんな処を誰かに目撃されでもしたら…」
「なーにーよー。こんな場所で遭遇したら、其れこそ、其奴等も同じ穴の狢、所謂、同類でしょ。そう、おたおたしなさんな」
「いや、そうは謂ってもですね、人目と謂う物が…」
「いいじゃない。見つかったら、見つかったで、其の時は、其処の『レッジョ・ディ・カラブリア』でクリームパスタを食べてましたって、謂えば良いでしょ。フランクフルト入りの奴を…」
其処迄謂った処で、『アッ』と謂う表情をすると、ボソリと呟いた。
「尤も、フランクは皮付きだったけど…」
「おい、明彦。如月姫、大丈夫か? 妙にハイテンションで、何か明白にお下劣な下ネタに走っているんだが…? お前、何か変なマッシュルームでも食わせたんじゃ無いだろうな?」
「んな訳ねーだろ。勘弁してくれえ。大体、お前らが来ると判っていたら、此処へは来なかったわ。抑々、祐子ちゃんも何つって、正太に誘われたんだ?」
其処で透かさず、祐子も恍ける。
「えーっ、だって、だって、正ちゃんが『Among Us』の細かいポイントを詳しく教えてあげるからって、何処か静かで落ち着いた処へ行こうって、誘われて」
「なっ」
明らかな虚構である。だが、明彦は愚かな事に、其れを額面通りに受け取った。
「オイ、正太。いくらなんでも、其れは流石にやりすぎだろ。『Among Us』のルール説明に託けて、何も知らない、無垢な祐子ちゃんをこんな処に連れ込んでだな…」
「オイ、何だか、俺が何にも知らない、無垢な田舎の未通女娘を騙くらかして、ホテルに連れ込んでいる様な構図になっているんだが…」
「ち、違うのか?」
「全然違う。祐ちゃんも酷いよ。俺を嵌めて…」
「えへへ、てへぺろ」
祐子はお茶目に舌を出すと、ニコニコし乍ら、こつんと自身の頭を軽く小突く。ぽっちゃり型の祐子の此の仕草。中々に可愛らしい。此れなら、確かに、田舎の無邪気な未通女娘と謂われても通用するだろう。其処へ凛子が更に突っ込む。
「祐子に、少々、嵌められた位でガタガタ謂いなさんな、正太。如何せ、此の後、あんたも祐子を嵌め倒す気、満々な訳なんだからお相子でしょうが」
「なっ」
相変わらず、途轍も無く、下品な事、此の上無い冗談を飛ばす。其の間に、祐子はと謂うと、
「あれっ、401号が未だ準備中になってる。祐子、メリーゴーランドベッド、見たかったのになあ…」
「そりゃそうだろ。先刻まで此奴らが盛っていた訳だから…」
明彦が真っ赤な顔で小さくなっている。正太郎は気がついている。祐子の一人称が、『祐子』となった時は、大体に於いて、イチャラブモードである事を。そろそろ、入室した方が良さそうである。凛子が透かさず祐子に囁いた。
「安心して、祐子。此処の4階、全て同じ造りだから。…確認済みよ」
祐子は晴れやかな顔になり、屈託の無い笑顔を見せると、迷わず空いている402号のボタンを押した。
「ありがとう、凛子ちゃん。さあ、正ちゃん。行こ!」
頓て、上りエレベーターが開くと二人が乗り込んだ。
「祐子。グッドラック!」
凛子がサムアップをする。祐子もエレベーターの中からサムアップで応じると、扉は閉まり二人は上って行った。
「ああ、驚いた」
明彦が、聊か衝撃的邂逅について呆れる。地中海レストラン『レッジョ・ディ・カラブリア』の店内である。凛子と二人で注文したパスタを待っている。
「まさか、あの、正太と祐子ちゃんがなあ…」
凛子は、明彦を冷やかに流眄すると、
「あの二人については、まあ、然程、驚かないけどね。抑々、君は、あの二人について、如何考えていたの?」
「そりゃあ、今から、嬉し恥ずかし初体験って、処だろ?」
凛子は軽く溜息を吐くと、透かさず否定した。
「…な、訳無いでしょ!」
「そうかあ? でも、あの、二人だぞ?」
「あのねえ、先刻の会話、聞いてたでしょ。あれで、此れから初体験ですって謂われたら、いくら、あたしでも引くわよ。明彦君。君も人間観察がまだまだだねー」
「だって、あの二人だぞ? 俺たちの仲間内で男子一番の晩熟は、敬介か正太だろ?」
「まあ、其れには異存ないわ」
「でもって、女子の中では祐子ちゃん。…だろ?」
「其処ん処は違うわね。逆に、女子一番の肉食系は、多分、祐子だよ」
「そりゃあ、違うだろ。だって、あんなに大人しくて、内気で、人見知りで、引っ込み思案なんだぜ?」
「内気と人見知りってのは、まあ、同意するわ。でも、晩熟ってのはねえ…。同意しかねるなあ…」
「だって、対面座位とかオモチャを知らなかったぜ?」
「な、訳ないでしょ。あれは明彦君。君をからかっただけよ」
「はあ?」
「こんな処に制服で堂々と乗り込んで来る二人よ。知らない訳ないでしょ。大体、あの冗談は、君だから成立するのよ」
「?」
「正太を除いた何時もの3人を想像してご覧なさいな。若し、あれが高志だったら、卑猥な笑顔を浮かべて、『よし、祐子ちゃん。俺が手取り、胸取り教えてやろう』とか、『教えてやるから、おっぱい触らせて』とか、謂い出しかねない。結果、祐子自身に性的被害が及ぶ可能性すらあるわよ」
「確かに」
まあ、実際の処、高志は紳士ではある。其の様な事を実行に移す事もあるまいが、充分に謂い出しかねない。明彦は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「一方、敬介だったら、『対面座位? お茶か、いけばなの作法じゃないのか』とか謂いだして、其れで終わりよ。挙句に、彼自身が試験で、其れを回答する恐れすらあるわ」
抑々、対面座位が回答となるような、試験問題など想像しかねるものの、明彦は此方も同意した。
「確かに」
「つまり、あの冗談が、冗談として成立するギリギリのラインが、君って事なのよ。実際、祐子は其処迄見越してかましているわよ。田舎の未通女娘っぽい見かけに騙されない事ね」
「ねえ、明彦君。私達の初体験覚えてる?」
明彦が顔を赤らめ乍ら返す。
「そりゃ、当然だろ。みなと祭りに行った帰りに此処でさ…」
「多分、あの子達。あの段階で、既に経験済みだったと思うわよ」
「う…そ…、だろ」
「まあ、根拠は無いよ。謂ってしまえば、あたしの勘みたいなモンなんだけど…。あの時、敬介のおじさんの民宿の話が出たじゃない」
「ああ…」
「其の時、祐子が正太につれてけってせがんで、皆に突っ込まれていたじゃない(第11話参照)」
「ああ、そうだったな」
「あれはね、多分、失言じゃ無いわよ。確実に態とだよ。『ああ、此の子、必死でマーキングしてるな』って、其の時、そう思ったもの。まあ、今日のもそうなんだけどさ」
「マーキング?」
「そう、マーキング。『此の人、あたしとしちゃったから、手は出さないでね』って謂うね。そう謂う気配を、多分に感じたわよ。祐子はね、私は、あれでなかなかかわいいと思うんだけど、其れこそ、田舎の未通女娘みたいで、万人受けするタイプじゃあ無いからね。あの子も必死なのよ。特にボストンティーパーティーの面々は美人揃いだからね」
「うーん、俄かには信じられんなあ」
「先刻の話に戻るけど、祐子は内気と人見知りだとは思うけど、晩熟ってのはね。あの子、好きなものには真直ぐだから、正太に対しては頗る肉食系よ。まあ、あたしが驚いたのは、先刻も謂った様に、良くあの正太を此処迄引っ張り出したと謂う点よね。瞠目に値するわね」
ウエイターが注文したフランク入りのクリームパスタを運んできた。
「それにしても、凛子さん。凛子さんも今日は祐子ちゃんに負けず劣らずにご機嫌だったよね」
「ああ、あれね。だから、あたしも負けずにマーキング」
「?」
「だって、ほら、明彦君。君って、ああ謂う知的で、其れでいて、一見、純情そうな未通女っぽい子に弱いでしょ。だから、あたしも負けずにマーキング。あたし、此の人としちゃったから盗らないでねって。そして、君にも忠告、あたしとしたんだから、祐子には手を出さないでねって」
「…」
真っ赤になって俯く明彦を尻目に、凛子姫は皮付きフランクを、美味しそうに口に頬張ると、ニッコリと微笑みましたとさ。
愈々始まった。閉ざされた船内の中、殺人者が闊歩する。パニックに陥る13人の乗組員。全員の顔には恐怖の影が過ぎる。怯えているのだ。そして、次々と殺害されて行く乗組員。此の中に殺人犯が居るのだ。其れも二人も…。突如始まったデスゲーム。ボストンティーパーティーの面々の運命は如何に? 次回、『第35話 Among Us!【前編】』お楽しみに。




