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第31話 仰げば尊し【後編】

 2限終了の予鈴(よれい)が鳴るや(いな)や、生徒達は続々(ぞくぞく)屋上(おくじょう)()(さん)じつつあった。()れは(ひとえ)に、ヤスベエのオーガナイズ能力と、生徒達の女神(ヒュパティア)先生に対する思慕(しぼ)の深さの(たまもの)であろう。生徒達は、(さなが)ら、(みつ)(むら)がる蟻の(ごと)く、屋上(おくじょう)目指(めざ)して集まって来る。途中(とちゅう)で、異変を察知(さっち)した一部の教師達も、屋上(おくじょう)目指(めざ)す。如何(どう)やら、(ようや)く、事態(じたい)源泉(げんせん)屋上(おくじょう)にありと看破(かんぱ)した模様(もよう)である。屋上(おくじょう)では生徒会長である安井恭介、(ある)いは、瑰麗(かいれい)なる美貌(びぼう)の持ち主である、副会長の藤森順子らが生徒達に的確な指示を与えている。(やが)て、10時43分、愈々(いよいよ)、人数は100人を越えた。生徒達は(いま)だ、続々(ぞくぞく)と集結しつつあり、()の数、(またた)()に200人を超える。一方、流石(さすが)に職員室の教師たちも、校内の異様(いよう)状況(じょうきょう)に気付き始め、階段踊り場付近(ふきん)屋上(おくじょう)入口付近(ふきん)()み合いが発生し始めた。感情に支配された群集(ほど)危険なものは無い。彼等(かれら)は感情の(おもむ)(まま)浮遊(こうどう)する。かなり、危機的(ききてき)状況(じょうきょう)である。()(まま)では、怪我人(けがにん)すら、でかねない。

「何をしている! お前達(まえら)(すみ)やかに教室に戻れ!」

「おい、ふざけんな! ()だ、休み時間じゃねーか。くだらねー事言ってんじゃねえ。学校側の横暴(おうぼう)だろ」

俺達(おれたち)女神(めぐみ)ちゃんを送ってあげたいだけだ! ちゃんとな!」

「そうだ! 手前(てめえ)らの都合(つごう)勝手(かって)放逐(ほうちく)してんじゃねえ! いい加減(かげん)、人の道を(わきま)えろ!」

 事態(じたい)(おさ)めようとする教師陣と、興奮しきった生徒達の間で、(すさ)まじい怒号(どごう)()()っている。(さなが)ら、50年前の学生運動を髣髴(ほうふつ)とさせる様な状況(じょうきょう)である。激しい()み合いの中で、(やや)もすれば、暴動にすら発展しかねない、()騒乱(そうらん)の中で、生徒会長である安井恭介や副会長である藤森順子らが、懸命(けんめい)事態(じたい)穏便(おんびん)(おさ)めようと(あいだ)に割って入る。10時45分、生徒たちの数は、愈々(いよいよ)増え、300人に達しようとした、()の時、誰かが(さけ)んだ。


「来たぞ!」


 生徒達は一斉(いっせい)其方(そちら)を見た。西方(せいほう)から、(くだん)の新幹線が疾走(しっそう)して来たのである。『うおー』と言う地鳴りの様な歓声と(とも)に、新幹線に向かって、生徒達は一斉(いっせい)に手を振り始めた。()れは、(さなが)ら、映画の中の一場面(ワンシーン)の様な、実に感動的で、驚くべき光景であった。(みんな)は、抑々(そもそも)女神(めぐみ)ちゃんが、どの車両に乗っているかも知らない。(しか)し、一同、一様に迫り来る新幹線に向かって、懸命(けんめい)に手を振っているのである。

「さようなら。女神(ヒュパティア)先生」

女神(ヒュパティア)先生。ありがとう」

女神(めぐみ)ちゃーん。いつでも、また、赴任(ふにん)して来いよー」

「今度は一緒(いっしょ)に銀座のソフトクリーム屋に行きましょうねえ」

「先生。負けないでえ。頑張(がんば)ってね。私、応援してます」

 女性徒が涙(なが)らに(さけ)ぶ。中には、

筆下(ふでお)ろしの時には、(よろ)しくお願いします」

 こんな飛んでも無い事を(さけ)んでいる(やから)も居た。そして、(さら)に、驚くべき事に、(なん)事態(じたい)収拾(しゅうしゅう)(ため)()けつけた(はず)の教師達までもが、懸命(けんめい)に手を振っているのである。彼らは全身で惜別(せきべつ)の念を表現し、再会を祈念(きねん)し、()(わず)か二週間足らずの戦友に対し、最大限の敬意を表し、腕も()げよとばかりに手を振っているのである。最早(もはや)、生徒も教師も無い。彼らは、なりは大きくとも、其処(そこ)にいるのは大きな子供達に()ぎなかったのである。


 だが、()れは(わず)か数秒の出来事(できごと)であった。当然(とうぜん)の事として、(すぐ)に新幹線は疾走(しっそう)を続け、走り去って行ってしまった。後には、少しざわついた群集(ぐんしゅう)が残るのみである。(しか)し、いつしか、彼らの一角より歌声が起こった。そして、()れは(またた)く間に、全体へと、波及(はきゅう)して行ったのである。()れは、(あたか)も、静謐(せいひつ)湖水(こすい)に広がる波紋(はもん)と、少し似ていた。歌声は、冒頭(ぼうとう)(かか)げた、『(あお)げば(とうと)し』である。男子生徒も、女子生徒も、そして、教師も、声を()らして歌った。ある者は名残(なごり)を惜しんで。そしてある者は、大粒の涙を浮かべ(なが)懸命(けんめい)に歌う。()の優しくも、情緒(じょうちょ)(あふ)れる旋律(メロディー)は、いつしか、大合唱となり、()嚠喨(りゅうりょう)たる歌声は、師走(しわす)の雲一つ無い青空に、(こだま)していったのである。大きな子供達による、女神(ヒュパティア)先生に(ささ)げる、(ささ)やかな惜別(せきべつ)の大合唱であった。


 やや、時間が前後する。静岡駅の上り新幹線ホームに(たたず)んだ薬缶(やかん)女神(めぐみ)は、ぼんやりと、安倍川(あべかわ)方向、(すなわ)ち、西方(せいほう)を見つめていた。薬缶(やかん)には、先程(さきほど)高志が言った(なぞ)の様な伝言(メッセージ)企図(きと)が、(しっか)りと伝わっていた。


彼奴(アイツ)ら、授業(じゅぎょう)をサボりやがって…。帰ったら説教(せっきょう)だ)


 と、同時に、少々(しょうしょう)(うらや)ましくも思う。()の行動力がである。彼奴(あいつ)らは自分が出来(でき)なかった事をやろうとしているのである。()れが若さと言う物なのだろうか。多少(たしょう)嫉妬(ジェラシー)(とも)に、そんな事を考え(なが)ら、薬缶(やかん)は自分が乗るべき列車の到着を待っていたのである。自分が出来(でき)なかった事? そう、昔であれば、彼奴(あいつ)らの様に何の躊躇(ちゅうちょ)も無く行動出来(でき)(はず)なのだ。


(また、随分(ずいぶん)()まらない大人になったもんだな)


 そう、思わざるを得ない。(やが)て、薬缶(やかん)女神(めぐみ)ちゃんはひかり500号に乗り込んだ。幸いにして、海側の座席は確保することは出来(でき)た。御園(みその)は窓側、薬缶(やかん)は通路側である。薬缶(やかん)の見るところ、此処(ここ)数日の喧騒(けんそう)が彼女をそうさせたのであろうか、御園(みその)先生は少し疲れている様に見受けられた。二人は(もく)して座席に着くと、気まずそうに、何処(どこ)と言う()ても無く、(うつ)ろな視線を彷徨(さまよ)わせている。ひかり500号は、10時41分、定刻(ていこく)通りに、静岡駅を発車した。新幹線特有のロングレールのせいか、静謐性(せいひつせい)が保たれた快適な車内である。列車は、音も無く、ぐんぐんと加速する。東静岡駅、草薙(くさなぎ)(わき)を通過する頃には、愈々(いよいよ)、加速が完了し、(ようや)く、巡航速度(じゅんこうそくど)に到達した様であった。(やが)て、七ツ新屋(ななつしんや)小糸前(こいとまえ)の連続トラス橋に差し掛かった頃、ふと、薬缶(やかん)が思い出した様に、ぼんやりと(つぶや)いた。

「もうすぐ、学校だな」

「…はい」

 そして、渋川(しぶかわ)巴川(ともえがわ)橋梁(きょうりょう)。私と祐子の家の前でもある。新幹線は、(たちま)ち、其処(そこ)を駆け抜けると、(やが)て、清高(きよこう)付近(ふきん)八坂(やさか)橋梁(きょうりょう)到達(とうたつ)した。


 そして、次の瞬間(しゅんかん)()れは、其処(そこ)にあった。


 静岡県立清水高校校舎の屋上(おくじょう)鉄柵(てつさく)に、流麗(りゅうれい)楷書体(かいしょたい)の字体で、模造紙(もぞうし)一枚一枚に、墨で黒々と、丁寧(ていねい)(えが)かれた大きな文字列。生徒たちの思いは、()(わず)か20文字の言葉に、(すべ)て集約されていたのである。


女神(ヒュパティア)先生ありがとう。いつまでもお元気で。』


 そして、屋上(おくじょう)には、ざっと300人程の生徒達が懸命(けんめい)に手を振り(なが)ら、必死に何かを(さけ)んでいる。声こそ聞こえないが、()状況(じょうきょう)は手に取る様にハッキリと視認(しにん)出来(でき)た。ハンカチを振っている者も居る。(あざ)やかな檸檬(レモン)色の大きなタオルを振っている者もいる。よくよく見れば、中には、教師も混じっている。いや、()れだけでは無い。2階、3階の廊下(ろうか)の窓からも、新幹線に向かって手を振っている。(さら)には、グランドにいる一団の体操着姿の生徒達も此方(こちら)に向かって手を振っているのである。思わず、『うっ』と、(うめ)いた女神(ヒュパティア)先生であったが、(しか)し、何とか、(かろ)うじて、涙だけは(こら)えた。


(みんな。ありがとう。本当に、ありがとう)


 懸命(けんめい)に手を振る生徒達、そして、教職員(きょうしょくいん)達。今、女神(ヒュパティア)先生の眼下(がんか)には(さわ)やかなる感動が展開されている。だが、()れとても、コンマ何秒かの世界、刹那(せつな)出来事(できごと)である。次の瞬間(しゅんかん)には、女神(ヒュパティア)先生の視界は、広闊(こうかつ)な秋葉の森に(さえぎ)られ、感動はすぐに、見えなくなってしまった。

「あの、馬鹿(ばか)どもめ。帰ったら…説教(せっきょう)だ」

 薬缶(やかん)(あき)れた様に(つぶや)く。

「いえ、そんな」

 そう、悪態(あくたい)()いた薬缶(やかん)であった。(しか)し、()の顔は不思議と満ち()りていた。


 一方、私達は、『(あお)げば(とうと)し』を歌い終わり、(しばら)くはざわついていた。(しか)し、一人の男が、つかつかと靴音を響かせ(なが)ら、一団の前に現れた。応援団長の岩上大吾である。彼は、深々と一礼すると、良く通る大きな声で、

御園(みその)ぉー 女神(めぐみ)のをー

 前途(ぜんと)をー (しゅく)しぃー

 校歌ぁ 斉唱(せいしょう)ぅー

 いっち番だけぇー いち、に、さん」

「すらぁ」


 そして、全員による校歌の大合唱が始まった。実に、見事な校歌斉唱(せいしょう)である。燃える様な真紅(しんく)紅葉(もみじ)の葉と、色鮮(いろあざ)やかな櫨染色(はじぞめいろ)銀杏(いちょう)の葉が舞い散る学園を包み込む歌声。()の歌声は嚠喨(りゅうりょう)として響き渡り、ある者は惜別(せきべつ)の想いを込め、また、ある者は感謝の念を込め、そして、ある者は女神(めぐみ)ちゃんの前途(ぜんと)(しゅく)し、そして、ある者は清高(きよこう)の栄誉を(たた)え、居合わせた全員が、今、万感(ばんかん)の思いを込め、声も高らかに歌っているのである。(やが)て、一番を歌い終わった(ところ)で、岩上の良く通る声で、エールが送られた。


 フレー。フレー。女神(めぐみ)。すらー。


「フレ、フレ、女神(めぐみ)。フレ、フレ、女神(めぐみ)。」


 (やが)て、割れんばかりの拍手(はくしゅ)()拍手(はくしゅ)は、いつまでも果てしなく続くものとも思われた。(しか)し、冷静に考えれば、()れとても、(ただ)感傷(かんしょう)()ぎない。何故(なぜ)なら、送られるべき女神(めぐみ)ちゃんは、(すで)其処(そこ)にはいないのだ。(おそ)らくは、(はる)か、北方、30キロは彼方(かなた)に走り去ってしまっているのである。()れらの行為(こうい)は、所詮(しょせん)、生徒達の感傷(かんしょう)の産物であり、畢竟(ひっきょう)、単なる自己満足(じこまんぞく)()ぎないのだ。だが、()れを(ただ)自己満足(じこまんぞく)(まま)に終わらせぬ人物が居た。ヤスベエである。彼女は、()の一連の行為(こうい)(すなわ)ち、屋上(おくじょう)に生徒たちが集まり始めてから、此処(ここ)に至る(まで)様子(ようす)一部始終(いちぶしじゅう)を動画に撮影しており、()れを女神(めぐみ)ちゃんのメアド目掛けて送りつけていたのである。いや、()ればかりでは無かった。彼女は、祐子やひろみ、いずな、凛子、(ある)いは、その他生徒が撮影した画像や動画を取りまとめて、女神(めぐみ)ちゃんへ送りつけたのであった。感謝とエールの言葉を()えて。


 ()の頃、女神(めぐみ)ちゃんと薬缶(やかん)は、丁度(ちょうど)、三島を通過した頃であり、車両は()(まま)新丹那隧道(しんたんなトンネル)に突進して行った。()隧道(トンネル)は8キロ弱と随分(ずいぶん)長い隧道(トンネル)である。()る意味、()の長い隧道(トンネル)に、女神(めぐみ)は救われたと言って良い。今でこそ、鉄道隧道(トンネル)の日本のランキングでも50番前後の(はず)であるが、一時(いっとき)は日本で有数に長い鉄道隧道(トンネル)であった時代もあった(はず)である。元来(がんらい)、東海道本線は東京から来た場合、箱根に(たん)を発する火山帯を越える事が出来(でき)なかった。(したが)って、大正、昭和初期頃までは、国府津(こうづ)駅より酒匂川(さかわがわ)沿いに箱根火山帯の外輪山を迂回(うかい)する御殿場線(ごてんばせん)ルートを通っていた。()御殿場線(ごてんばせん)ルート、文字通り、迂回(うかい)路である事は勿論(もちろん)であるのだが、ルート自体が起伏に富んでいた為、動力に関しての負荷も大きく、熱海(あたみ)、三島間をショートカットするルートの建設は当時から渇望(かつぼう)されていたのであった。()って、当時から、熱海(あたみ)までの鉄道は、勿論(もちろん)、存在はしていたものの、所謂(いわゆる)、典型的な盲腸線であり、伊豆半島への玄関口としての位置づけであった。(もっと)も、熱海(あたみ)()の温暖な気候と、火山地帯特有の豊富な温泉が()いた(ため)、首都圏からの避寒地(ひかんち)所謂(いわゆる)、奥座敷として地位を保ち続けていた。芥川の初期作品の一つである『トロッコ』も、()の地区の軽便鉄道(けいべんてつどう)敷設(ふせつ)工事の描写(びょうしゃ)下敷(したじ)きとなっている。


 (さて)当初(とうしょ)女神(めぐみ)は、煢々(けいけい)とした様子(ようす)で、ぼんやりと函南(かんなみ)付近(ふきん)丹那盆地(たんなぼんち)隧道(トンネル)がちの陰鬱(いんうつ)風景(ふうけい)を見ていた。(しか)し、ヤスベエから送られた動画を一目見るなり、

「うっ」

 と、低く(うめ)き声を()らした。彼女は、抑々(そもそも)薬缶(やかん)の助っ人として、二週間、臨時講師として勤め上げただけに()ぎない。決して、何年も清高(きよこう)教鞭(きょうべん)を取っていた(わけ)では無いのだ。(しか)し、女神(めぐみ)は、『(あお)げば(とうと)し』の(くだり)、そして、校歌斉唱(せいしょう)(くだり)を見た(さい)には、愈々(いよいよ)嗚咽(おえつ)(こら)える事は、出来(でき)無くなっていた。暗い隧道(トンネル)内の車窓(しゃそう)である。明るい車内の光量により、車窓(しゃそう)は、(あたか)も、鏡の(ごと)状況(じょうきょう)にあり、女神(めぐみ)の涙に濡れた美しい相貌(そうぼう)を映し出した。彼女は暗い車窓(しゃそう)をぼんやりと見つめている様には見える。(しか)し、彼女は、(うつ)ろな表情で、(あたか)も、正気を失った人の様に、煢然(けいぜん)とした(たたず)まいで、(さなが)ら、(こわ)れた自鳴琴(オルゴール)(ごと)く、携帯(スマホ)の画面に(あわ)せて、切れ切れに校歌を口遊(くちずさ)み、時折(ときおり)、大きく(しゃく)り上げ(なが)ら、激しく肩を震わせていたのだ。そう、彼女は、人目も(はばか)らずに、号泣(ごうきゅう)していたのである。薬缶(やかん)は手に(たずさ)えていた鼠色(ねずみいろ)外套(コート)を、欷泣(ききゅう)する女神(めぐみ)の肩に、後ろからそっと掛けた。

(あの馬鹿(ばか)どもめ、教師を泣かせおって。本当に、仕方(しかた)の無い(ヤツ)らだ。帰ったら、…説教(せっきょう)だ)

 (しか)し、()れは、明らかに薬缶(やかん)本音(ほんね)では無いのだろう。何故(なぜ)なら、薬缶(やかん)自身の双眸(そうぼう)にも、うっすらと涙が浮かんでいたからである。


 御園(みその)女神(めぐみ)は大学院を卒業した後に、高校数学教師を()の職に選んだ。(しか)し、()れは同時に(いばら)の道でもあった。()(さい)に、(つね)に、頸木(くびき)となり、足枷(あしかせ)となったのは(くだん)の動画であった。此処(ここ)では、(あえ)()の動画の真贋(しんがん)には触れ無い。()し、あれが、(たと)え、女神(めぐみ)ちゃん自身であったとしても、女神(めぐみ)ちゃんが法律違反を犯した(わけ)では決して無い。言わば、若気(わかげ)(いた)りに()ぎぬエピソードであっただけであろう。だが、()れは、女神(めぐみ)ちゃんの教員生活に暗く陰鬱(いんうつ)な影を落としたのは間違(まちが)いの無い事であった。何時(いつ)であっても、又、何処(どこ)であっても、あの動画が付いてまわる。今の様な、ネット全盛の時代に()っては、猶更(なおさら)の事である。()れは、()程度(ていど)(いた)(かた)無い事なのかもしれない。(しか)し、()れは、若気(わかげ)(いた)りとして片付けるには、(あま)りにも大きすぎる代償(だいしょう)であった。結局(けっきょく)、最後には、教職(きょうしょく)()し、予備校の講師等をしていたのだが、()れとても、状況(じょうきょう)としては、然程(さほど)、変らなかった。最終的には、薬缶(やかん)が臨時講師を依頼した頃には、彼女は()卓越(たくえつ)した能力を持ち(なが)らも、(まった)くの、無職であったのである。今の彼女にとって、清高(きよこう)()いて、何らかの業績を()したと言う気持ちは微塵(みじん)も無い。以前からの知人であった薬缶(やかん)苦境(くきょう)(おもんぱか)って、依頼を受託(じゅたく)しただけに()ぎないのだ。(しか)し、()の生徒達は如何(どう)だ。()の優しい子供達は? 彼らはこんな自分ですらも(した)い、尊敬すべき恩師として送り出そうとしてくれているのである。(もう)(わけ)無かった。只管(ひたすら)、生徒達に(もう)(わけ)無かった。


 一方、()の優しい生徒達である。彼らは、エールを終え、拍手(はくしゅ)()み、手持(ても)無沙汰(ぶさた)に立ち(すく)んでいた。いや、少々(しょうしょう)虚脱(きょだつ)した感すらあった。授業(じゅぎょう)に戻るにせよ、()(まま)、残って引き続き気勢(きせい)()げるにせよ、何かをすべきであったのであろうが、何も動く事が出来(でき)無い。そんな感じであった。(あたか)も、何か言い様の無い魔法にでも掛けられた様な状態であった。だが、突然(とつぜん)、動きがあった。群衆(ぐんしゅう)の前にすみれ先生がゆっくりと歩み出る。彼女は、生徒達にニッコリと微笑(ほほえ)み掛けると、(みんな)に呼び掛けた。

「さあ、(みんな)。教室に戻りましょう」

 ()一言(ひとこと)により、突如(とつじょ)として、魔法が解けた。凍った時間が再び動き出したのだ。すみれちゃんの一言(ひとこと)に、生徒達は吃驚(びっくり)するほど素直(すなお)に従ったのである。(やが)て、騒動(そうどう)も静まり、3限の授業(じゅぎょう)が開始された。時刻にして11時20分()ぎ。30分遅れての授業(じゅぎょう)開始であった。


 同日13時。羽田空港の送迎ゲートでの事である。()(ころ)には、女神(めぐみ)大分(だいぶ)落ち着いており、いつもどおりの明るい先生に戻っていた様であった。そして、薬缶(やかん)女神(めぐみ)はがっしりと握手を交わすと、薬缶(やかん)は。含羞(はにか)(なが)らも、女神(めぐみ)に対して()う告げた。

「本当に有難(ありがと)う。何か、(もう)(わけ)無かった。こんな事に巻き込んでしまって…」

 薬缶(やかん)にして見れば、自分の依頼でこんな事になってしまったとの後悔(のちぐい)がある。()の発言は(すこぶ)る自然な思いの発露(はつろ)であろう。()れに対し、ヒュパティアは吃驚(びっくり)する程の、子供の様な屈託(くったく)の無い笑顔を見せ(なが)ら、()う言った。

「飛んでもありません。羅漢(らかん)先生。私の方こそ有難(ありがと)御座(ござ)いました。先生のお陰で、私の(ささ)やかな夢が(かな)いました」

(ささ)やかな夢だって?」

「はい。いつの日にか母校で教鞭(きょうべん)を取る。()れが、私の(ささ)やかな夢でしたから…」

「…そうか」

「本当はこんな事を先生にお願いするのは、慙愧(ざんき)の念に()えないのですが、あの子達に私から、ありがとう。…そう、お伝えください。最後に、如何(どう)かあの子達の事を、呉々(くれぐれ)(よろ)しくお願いします」

「…分った」

 再び、薬缶(やかん)女神(めぐみ)はがっちりと握手を交わした。彼は女神(めぐみ)を搭乗ゲートの奥に消えるまで見つめていた。(やが)て、女神(めぐみ)を乗せたボーイング737―800のスタイリッシュな機影が北の空の彼方(かなた)に消え行くのを、最後まで見送っていたが、口中(こうちゅう)で、一言(ひとこと)(つぶや)いた。

深山嫁菜(ミヤコワスレ)の君なれば…か」

 ()の時の薬缶(やかん)の心情は、良く(わか)らない。()感慨深気(かんがいぶかげ)一言(ひとこと)は、唯単(ただたん)に、順徳天皇の故事(エピソード)を思い出し、彼女に重ねただけのものなのか、深山嫁菜(ミヤコワスレ)の花言葉からの連想なのかは、(さだ)かでない。


(そうだった。研究会に行かなきゃな)


 彼は、東京行きの口実(いいわけ)とした本来(つけたり)の目的を、卒爾(そつじ)として思い出すと、足早に、其処(そこ)を立ち去ったのであった。


 停学(ていがく)一日。


 ()れが、我々(われわれ)に下された最終的な処分(しょぶん)であった。処分(しょぶん)対象の日は翌日の14日、金曜日。処分(しょぶん)対象は教職(きょうしょく)員も(ふく)め、(およ)そ、400人にも(およ)んだ。(おそ)らくは、()処分(しょぶん)に至るまでには、相当(そうとう)紆余曲折(うよきょくせつ)があったのであろう。(しか)し、最終的には校長先生が裁断(さいだん)した。本来(ほんらい)であれば、生徒達の()の責任に()いても軽重(けいちょう)があり、主導(しゅどう)した者、煽動(せんどう)した者、()れに乗っかっただけの者と、明らかに()罪咎(ざいきゅう)にも軽重(けいちょう)があって(しか)るべきなのではあるが、下された処分(しょぶん)は、(くだん)の時刻に授業(じゅぎょう)を受けていなかった者は、(ひと)しく停学(ていがく)一日となったのである。(おそ)らく、()の結果は、()の社会を構成する厳然(げんぜん)とした規則(ルール)と、人間として当然持つべき(じょう)との、板挟み(ジレンマ)呻吟(しんぎん)する学校側の苦渋(くじゅう)の選択でもあったのであろう。(しか)し、()の決断に対して、生徒たちは、吃驚(びっくり)する程、素直(すなお)に従った。誰も()処分(しょぶん)に異を唱える者はいなかったのである。()れも、子供たちが行なった行為(こうい)自体が、(たと)え、如何(いか)なる理由を()ってしても、正当化出来(でき)ない行為(こうい)である事を知り抜いていたからであろう。本来(ほんらい)停学(ていがく)ともなれば、男子は丸刈り、女子は散切りが様式美(おやくそく)なのであるが、()れすらも免除されたのである。(もっと)も、()れについては、4百人にも上る生徒たちが一斉(いっせい)に丸刈り・散切りともなれば、世間に対する聞こえも悪かろうと言う、大人の事情、所謂(いわゆる)思惑(おもわく)が働いただけなのかもしれない。(したが)って、今一つの停学(ていがく)名物である、反省文(はんせいぶん)(しっか)り課せられたのである。


 私は(くだん)の金曜日、丸一日掛けて、()の稿を書き上げた。抑々(そもそも)停学(ていがく)などと言う物を()らって、家庭で()められる様な事はまず無い。現に、私は両親より、()(けん)については、大いに叱責(しっせき)を受けたし、(あわ)せて、()れに(かこつ)けて、普段(ふだん)からの生活態度やら、学業面に()ける不首尾(ふしゅび)散々(さんざん)(しぼ)られた次第(しだい)である。(おそ)らく、他の面々(めんめん)も似た様な一日を送ったものと(さっ)せられる。翌土曜日、床屋に行って、丸坊主にでもして来ようかと思案していたところへ、高志がひょっこりと(たず)ねて来た。抑々(そもそも)停学(ていがく)謹慎(きんしん)と言う物は、自宅に、蟄居禁足(ちっきょきんそく)逼塞閉門(ひっそくへいもん)すべき事柄(ことがら)である。決して、ちょろちょろと、出歩いて良い様な物ではない。(しか)るに()自由人(フリーマン)は、(みずか)ら、佚遊(いつゆう)するだに()()らず、同じく停学(ていがく)中の同級生の家に、飄々(ひょうひょう)と遊びに来るのである。()うした、高志の随縁放曠(ずいえんほうこう)自由気儘(じゆうきまま)な振る舞いは、彼の、何処(どこ)と無く人として憎めない欠陥(けっかん)でもあり、見方によっては実に狡黠(こうかつ)な持ち味の一つでも有る。(もっと)も、彼の理屈(りくつ)()れば、停学(ていがく)期間は一日。(したが)って、昨日で()の期間も終わり、今日は晴れて停学(ていがく)明けと言う事だそうな。(まった)()って、()自由奔放(じゆうほんぽう)能天気(のうてんき)な発想が(すこぶ)(うらや)ましい(かぎ)りではある。(おそ)らくは、彼の長い人生に()いて、たった一日の停学(ていがく)なぞ、(およ)塵埃(じんあい)(たぐい)()ぎぬと言う、彼独自(どくじ)哲学(フィロソフィー)の様な物があるのだろう。彼は私の家に遊びに来つつも、早速(さっそく)()の部屋の狭さを(かこ)つと、祐子の家に行こうと、(はなは)だ、図々(ずうずう)しい事を口にする。私が(しぶ)い顔で、警告する。

「おいおい、祐子の母ちゃん、あれでいて、意外(いがい)とおっかねえんだぞ。祐子が俺達(おれたち)の巻き添えで停学(ていがく)になった事位、当然(とうぜん)看破(かんぱ)しているだろうから、行った(ところ)で歓迎されるこたあねえぞ」

「まあまあ、小さい事は気にしない。()れ、ワカチコワカチコ」

 私は、思わず、感心する。

「相変わらず、能天気(のうてんき)だなあ」

 (たし)かに、()の狭い家の三畳間である。高志に言われるまでも無く、()の狭さには、私自身も辟易(へきえき)としていた(ため)に、高志の能天気(のうてんき)愚策(ぐさく)に乗った(わけ)でもある。


 私が懸念(けねん)したとおり、(あん)(じょう)、祐子の母親からは(あま)り良い顔をされなかったが、()れでも家には上げてくれた。祐子の母親も、勿論(もちろん)、娘が()程度(ていど)我々(われわれ)に引っ張られたとの認識は持っていたのであろう。一方で、娘が(しっか)りとした(みずか)らの判断で、確乎(かっこ)たる信念を()って行動したとの確信をも、持っていた。彼女の母は、所謂(いわゆる)、親バカではない。(ゆえ)に、娘の目は信じていたのだ。だから、娘が選んだ仲間達を信じていたし、何よりも、私という人間を信頼してくれていたのだと思う。祐子は小学生の頃の様にかなり短めなショートカットになっていた。頭の後ろは子供の様に、バリカンで刈上げられており、()の美しかった雲鬢(うんびん)は、見る影も無くなっていた。思うに、少々(しょうしょう)、痛々しい気もするが、祐子なりのけじめなのであろう。(しか)し、見ようによっては、意外(いがい)に可愛らしかったりもする。(もっと)も、祐子の方も(すこぶ)呑気(のんき)なもので、自分で後頭部に手を当てて、ちくちくする手触りを楽しんでたりする。『正ちゃんも触ってみる?』とか言って、私にも手触りを楽しませてくれた。(たし)かに、触ってみると、じょりじょりした手触りが、存外(ぞんがい)、気持ちが良い。祐子も触られると、『うひゃあ』とか、言って喜んでおり、挙句(あげく)には、高志から、『やめんか! バカップル(ども)』と、(いさ)められた。(しか)()うして見ると、我々(われわれ)、男子二名とは対照的で、我々(われわれ)はだらしない長髪の(まま)である。若干(じゃっかん)忸怩(じくじ)たる思いも無い(わけ)でもないが、まあ、人それぞれと言った(ところ)であろうか。3人は(くだん)騒動(そうどう)については、言葉少なであった。色々(いろいろ)と思う所は有ったものと推察(すいさつ)されるが、誰しもが方法論として、多少(たしょう)の問題があった事は、自覚(じかく)していた。そんな矢先(やさき)に、高志が反省文(はんせいぶん)の事を話題にし、彼が書いて来たと言う反省文(はんせいぶん)(みずか)率先(そっせん)して披露(ひろう)した。


(もう)(わけ)有りません。()かる騒擾事件(そうじょうじけん)反省(はんせい)し今後は勉学に(はげ)みます』


()れだけ?」

 高志の反省文(はんせいぶん)を見た私は、思わず、目を疑った。祐子も、多少(たしょう)(あき)れている。

「おい、()れは最後の結びの一文だろ? 本文は別にあんだろ?」

「バカヤロ。()れだけに決ってんだろ。ほれ、昔から言うだろ。法は三章で足る。反省(はんせい)は一行で足るって。抑々(そもそも)、心から反省(はんせい)をすれば、言葉などと言う物は()らんのだよ。君達」

「お前なあ…。(さて)は、今迄(いままで)の人生に()いて、反省(はんせい)なんかした事なんかねーだろ」

「ば、ば、馬鹿(ばか)野郎(やろう)失敬(しっけい)な事、言うんじゃねえ」

「でも、()れじゃあ、多分(たぶん)羅漢(らかん)先生に怒られちゃうよ」

 祐子も、()(あた)りを(しき)りに心配する。矢張(やは)り、世の中は、()程度(ていど)、形式主義なのである。()の形式から逸脱(いつだつ)した物については、(すべから)く、世間の目は厳しいものだ。(しか)し、()の自由人はそんな事には、一向にお構い無しに、()う言う。

大丈夫(だいじょうぶ)大丈夫(だいじょうぶ)だって。()れよりも、おめーらは如何(どう)なんだよ」

 其処(そこ)で祐子が書いたものを見た。祐子が書いたものは、原稿用紙5枚と丁度(ちょうど)良い文量である。如何(いか)にも反省(はんせい)を示す修辞的語句(きれいなことば)が適度に散りばめられており、読み手を納得させる様な出来(でき)である。一方、私が書いた本稿を見るや、高志は(たちま)ち、目を()いた。

「お前なあ。何をやらしても、普通じゃねえなあ。(さて)は、てめーも本当は、反省(はんせい)なんかしてねーだろ。普通、反省文(はんせいぶん)()の文量書くか? 原稿用紙で百枚以上あるじゃねーか。良く()の二日間で書けたもんだな。()る意味、才能だな」

毀誉褒貶(きよほうへん)(はなは)だしいな。あのなあ。()めるか、()なすか、何方(どっち)かにしてくんねーか? 大体(だいたい)、良く、自分の事は(たな)に上げて、失礼な事言うなあ。実に心の(こも)った、見事な反省文(はんせいぶん)じゃねーか」

何処(どこ)がだよ」

「凄いね。正ちゃん。まるで、小説だね」

 祐子は手放しで()めちぎる。だが、一方でニコニコし(なが)ら、()うも言う。

「正ちゃんの小説を読めるのは、反省文(はんせいぶん)だけ。正ちゃんに(はげ)ましのお便りを出そう!」

「ひどいよ、祐ちゃん(まで)茶化(ちゃか)して」

「ごめん、ごめん。だけど、本当にうまいよ。上手(じょうず)に、良く書けていると思うよ」


 (しか)し、此処(ここ)で、階下(かいか)では思いも掛けない人物の訪問があった。そして、祐子の母親が、慌てて、我々(われわれ)を呼ぶ声が聞こえた。行って見ると、玄関には、ライトグリーンのポロシャツにベージュのセーター姿の、こざっぱりとした身なりの小柄(こがら)禿頭(はげあたま)の人物が立っている。清高(きよこう)数学教師陣に()ける禿頭王(とくとうおう)羅漢(らかん)仙吉、()の人。所謂(いわゆる)薬缶(やかん)である。()の来訪に、一番、度肝(どぎも)を抜かれたのは、祐子のお袋さんであろう。彼女は、まずは、此度(こたび)の娘の不始末(ふしまつ)丁重(ていちょう)にお()びすると(とも)に、本日、蝟集(いしゅう)した我々(われわれ)(ただ)ちに解散させますと、声高に言い(つの)っていた。()れに対して、薬缶(やかん)は落ち着いた低い声で()う言った。

「いえ、お母さん。此奴(こいつ)らの処分(しょぶん)昨日(きのう)で終了しております。だから、今日は、当然(とうぜん)、自由の身の上です」

 と、如何(いか)にも存外(ぞんがい)な事を言う。そして、()の上で、()うも言った。

()れに、私も、此奴(こいつ)らに話があります。()し、(よろ)しければ、家に上げてもらえますか?」

 当然(とうぜん)、祐子の母親に(いや)(おう)も無かった。()くして、薬缶(やかん)もまた、山本家の客人(まろうど)となった(わけ)である。


 4人が祐子の部屋に参集する形となった。祐子の母親が4人分のお茶菓子と紅茶を出し、(しき)りに祐子の部屋に侵入しようと試みる、祐子の愛犬ペスを(いさ)階下(かいか)に引っ込んだ。実に気まずい会見でも有る。少々(しょうしょう)手持(ても)無沙汰(ぶさた)薬缶(やかん)がまず()う切り出した。

如何(どう)だった。停学(ていがく)は?」

「いや、如何(どう)っつわれましても…」

 高志が気まずそうに応える。薬缶(やかん)が開口一番、実に意外(いがい)な事を口にする。

「お前らにも迷惑(めいわく)を掛けたな」

 我々(われわれ)は思わず、顔を見合わせた。迷惑(めいわく)を掛けたのは薬缶(やかん)ではない。私達なのである。

「いえ先生、そんな事。悪いのは私達です」

 祐子が、我々(われわれ)を代表してお()びを言う形となった。(しか)し、薬缶(やかん)はそんな祐子を押し留め、構わず続けた。

「いや、今回、お前らを停学(ていがく)に追い込んでしまった。()れは、(ひとえ)に、(おれ)不徳(ふとく)(いた)す所だ。本当に(もう)(わけ)無かった」

 薬缶(やかん)はそう言うと、心底(しんそこ)(もう)(わけ)の無さそうな顔をする。そして、()薬缶(やかん)が続ける。

「人間、誰しもが(あやま)ち、失敗をする事はある。そして、()れが、法に抵触(ていしょく)する様な行為(こうい)となる事も、残念(なが)らある。(たと)えば、殺人、傷害、違法薬物の使用。()う言った犯罪は、普通の人間ならまずしないと思うだろう。だが、()の垣根は思っている以上に低く、存外(ぞんがい)にあっさりと、超えてしまう事だってあるんだ。(たと)えば、若さや、()の場の雰囲気(ふんいき)や、勢いやノリの力でな」

 薬缶(やかん)其処(そこ)で一息つくと、紅茶で口を湿(しめ)した。

勿論(もちろん)、犯罪であれば、罪を(つぐな)わなければならない。どんな罪咎(ざいきゅう)であっても、(あらが)えない罪は無い。(おれ)はそう信じている。本人が真摯(しんし)に過去を反省(はんせい)し、罪に向き合う。(いわん)や、真面目(まじめ)に取り組む場合に()いてをやだ。そんな人間は、(すべから)く、救済されるべきなんだ。(おれ)はそう思っているんだ」

 其処(そこ)薬缶(やかん)は、少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「だが、()れは、思う(ほど)、平坦な道程(みちのり)では無いんだ。決して、口にするほど簡単な事ではないんだ。どんなに、真面目(まじめ)に取り組もうと、どんなに、一生懸命(いっしょうけんめい)であろうとも、そして、どんなにやり直したいと(こいねが)った(ところ)で、其奴(そいつ)行為(こうい)は、一生、其奴(そいつ)()いて回る。()れで、御園(みその)(いま)だに呻吟(しんぎん)している…」

 薬缶(やかん)の目にはうっすらと涙が光っていた。

「だから、頼む。お前らは、決して、道を(たが)えるなよ。()れは、(おれ)からの切なる願いだ」


 薬缶(やかん)長弁舌(ながべんぜつ)(あいだ)我々(われわれ)(うつむ)いて下を向いている事しか出来(でき)なかった。そして、薬缶(やかん)()似気(にげ)も無い瞬間(しゅんかん)から、早く、閑話休題(かんわきゅうだい)をしたかったのだろう。突然(とつぜん)、話題を変えた。

「ところで、お前らは、もう反省文(はんせいぶん)を書いたのか?」

 三人はそれぞれ、薬缶(やかん)反省文(はんせいぶん)を手渡した。薬缶(やかん)はそれぞれの反省文(はんせいぶん)一読(いちどく)すると、私をじろりと一瞥(いちべつ)する。(たちま)ち、私の頭上に雷が落ちて来た。

()のバカもん。誰が小説執筆(しっぴつ)を依頼した? 原稿用紙で百二十枚もあるじゃねーか! (おれ)は、ただ、今回の(けん)反省文(はんせいぶん)を書いて来いと言っただけだ」

 続いて、ニヤついている高志の頭上にも落雷する。

「てめーもだ。高志。お前のは30文字しかねーだろ。短歌(みそひともじ)よりも短いじゃねーか。一体(いったい)、何を考えているんだ。お前は」

「うひゃっ」

 高志が亀の様に首を(すく)める。

「だが、山本のは、良く書けている。()いか、山本以外は書き直しだ。高野は原稿用紙5枚以内。岡本は原稿用紙5枚以上」

「ええーっ」

「先生。勘弁(かんべん)してくださいよう。(おれ)はアレを書くのに1時間も掛かったんですよ」

 高志が情け無い悲鳴を上げる。

阿呆(アホ)か。あんな、小学生の絵日記レベルの文量で校長先生が納得なさる(はず)が無いだろうが。書き直せ」

 薬缶(やかん)其処(そこ)で、軽く溜息(ためいき)を一つ()いた。そして、(にわ)かに、私と高志の方に向き直ると、

(まった)く、お前らと来たら…。問題児ほど、可愛(かわい)いとは良く言ったもんだ」

 薬缶(やかん)絶句(ぜっく)してしまった。(しか)し、()(さい)に、私は、卒爾(そつじ)として、ある事に思い至ったのである。()の思いつきは、(たちま)ちのうちに、私の口を()いた。


「先生。ひょっとして、女神(めぐみ)先生も問題児だったのですか?」


御園(みその)女神(めぐみ)かあ」

 薬缶(やかん)は、そう一言(ひとこと)(つぶや)くと、(ひど)く遠い目をして、祐子の部屋の窓から、巴川(ともえがわ)の方を(なが)めた。コバルトブルーの空が、少し(まぶ)しい。(トンビ)が上空で大きく旋回(せんかい)している。時折(ときおり)水面(みなも)に降りて来て、サッと魚を(くわ)えて、すかさず飛翔(ひしょう)する。()の様な汚い川にも、川魚が生息するものらしい。薬缶(やかん)は遠い(ひとみ)をし(なが)ら、ぼんやりと()れらの光景を(なが)めていたが、()の実、彼は何も見ていなかったのだろう。彼は、いや、薬缶(やかん)の記憶は、今、(はる)かなる昔日(せきじつ)日々(ひび)彷徨(さまよ)っているのだ。(しか)し、(やが)()れも、終焉(しゅうえん)を迎えた。彼は、目を閉じ、一、二分()(まま)であった。が、(やが)て、目を開いた。そして、悲しげな眼差(まなざ)しを向けると、()う言った。


御園(みその)はな…、(おれ)の…教え子だった…。彼奴(あいつ)は、(オレ)の教え子の中でも、飛びっきり優秀な…、そして、問題児だったよ」


 ()一言(ひとこと)(すべ)てだった。彼が、(みずか)らの教え子であり、数学に()いては、嶄然(ざんぜん)として卓越(たくえつ)した才能を持ち(なが)らも、顛沛流浪(てんぱいるろう)貶流(へんりゅう)(すえ)都会(みやこ)から(はる)陬遠(すうえん)()の地、清水に逼塞(ひっそく)していた御園(みその)女神(めぐみ)に声を掛けたのも、彼女の(むく)われぬ境遇(きょうぐう)(なん)とかしてあげたい、()の思いが(すべ)てであったのだろう。当初(とうしょ)女神(めぐみ)先生は、薬缶(やかん)の依頼に対して、(かたく)なに、固辞(こじ)していたとの事である。()れ程までに、女神(めぐみ)の心は折れてしまっていたのである。だが、薬缶(やかん)(あきら)めなかった。勿論(もちろん)、彼自身の教え子の身を案じていた事もあるのであろうが、()才媛(さいえん)を、()(まま)()()もれさすのは(あま)りにも()しいと考えたのであろう。着任した女神(めぐみ)先生は期待した以上の働きを示した。彼女は、()洽覧深識(こうらんしんしき)なる才能も()る事(なが)ら、以前に叙述(じょじゅつ)した様に、()の特筆すべき教え方は、()の学校にも大いに馴染(なじ)んだのである。薬缶(やかん)もホッと一安心と言ったところであろうか。()(まま)であれば、ゆくゆくは、正規採用と言った事も、決して、夢では無い。ところが、今回の騒動(そうどう)はそんな矢先(やさき)出来事(できごと)であったのである。


 (やが)て、薬缶(やかん)はゆっくりと立ち上がると、

「それじゃあな。(おれ)は、もう、行くよ。お前らも、明後日(あさって)にはちゃんと登校して来いよ。ああ、()れとな。高野と岡本。お前らはちゃんとした、反省文(はんせいぶん)を書いて来いよ」

「うへぇ」

 高志は情け無い悲鳴を上げる。薬缶(やかん)は思い出した様に語りだした。

「ああ、そうだ。あと、もうひとつ。今回の処分(しょぶん)停学(ていがく)一日は、本来(ほんらい)は、公平な処分(しょぶん)では無い。()罪科(ざいか)罪咎(ざいきゅう)には、当然(とうぜん)軽重(けいちょう)がある。本当はな、高野。お前と高山の罪が一番重いんだ。()れは不正アクセス、明らかな刑法違反だ。()し、()れが(おおやけ)になれば、校規に照らしても退学の恐れすらある」

 薬缶(やかん)其処(そこ)で言葉を切った。4人の間に、言葉にならない沈黙(しじま)が流れた。(しか)し、其処(そこ)薬缶(やかん)は、にやりと不敵(ふてき)に笑うと、喜劇役者の様にユーモラスに肩を(すく)めた。

「だから、鮒一鉢(フナひとはち)は、(おれ)がお前に教えた。つまりは、そう言う事だ。話を合わせて置けよ。あと、()れは高山にも伝えておけ。…(さて)と、()れで(おれ)の言いたい事は(すべ)て言った。()れじゃあ、元気でな。月曜日には、ちゃんと、出て来いよ」

「…先生」

 私は、そう(つぶや)くしか無かった。薬缶(やかん)何処(どこ)か遠い目をし(なが)ら、一輪(いちりん)深山嫁菜(ミヤコワスレ)の花の様な、教え子の最後の可憐(かれん)な笑顔を思い出していた。

御園(みその)女神(めぐみ)先生はな。最後の最後まで、お前達にお礼を言っていたぜ。…(おれ)からも礼を言うよ。本当に有難(ありがと)う。世話(せわ)を掛けた」

 薬缶(やかん)は、そう言うと、祐子の家を()して行ったのである。


 だが、大人の世界では、()(まま)では、済まされなかった。秘匿(ひとく)すべきパスを他人(ひと)に、()れも、生徒に教えたと言う事は、()れは薬缶(やかん)も、罪咎(ざいきゅう)一端(いったん)(かぶ)ると言う事とも、同義(どうぎ)である。私が薬缶(やかん)処分(しょぶん)を聞いたのは、停学(ていがく)明けの月曜日の事だった。


 減俸10%。一ヶ月。


 ()れが薬缶(やかん)に対する学校側の処分(しょぶん)であった。(ある)いは、薬缶(やかん)の言う詰まらない大人の最後の意地(いじ)であったかも知れぬが、薬缶(やかん)()の処分を(あま)んじて受け入れた。私は()処分(しょぶん)を聞いた時には、流石(さすが)愕然(がくぜん)とした。今回の騒動(そうどう)()いて、薬缶(やかん)に、(まった)く非は無い。(むし)ろ、被害者なのである。薬缶(やかん)は今回の騒動(そうどう)での役割は、女神(めぐみ)先生を、清高(きよこう)に引っ張り込んだだけなのである。薬缶(やかん)処分(しょぶん)を受ける様な事は、何一つしてはいないのだ。()れであるのに、減俸10%とは? 薬缶(やかん)の生活に直撃する処分(しょぶん)では無いか。生徒が騒擾事件(そうじょうじけん)を起こした。()れが、正しい事か如何(どう)かは、我々(われわれ)、生徒達の間でも大いに()れている部分ではある。(しか)し、薬缶(やかん)に関してはまるで違う。彼は明らかな被害者であり、教え子の身を案じただけの、無力な教師なのである。()薬缶(やかん)処分(しょぶん)甘受(かんじゅ)しようとしている。()し、()れが大人の道理(どうり)、大人の正義と言うのなら、大人の正義など(クソ)くらえだ! ()れは、()道理(どうり)自体が間違っているのだ。


 私は、校長先生に、私の罪咎(ざいきゅう)を洗いざらいぶちまけ、直談判(じかだんぱん)をする心算(つもり)であった。()し、()自明(じめい)(ことわり)が通らなければ、何の(ため)の正義であろう。()し、薬缶(やかん)処分(しょぶん)撤回(てっかい)されなければ、(おれ)直々(じきじき)に、ひろみが言う様に百鬼夜行(ひゃっきやこう)魑魅魍魎(ちみもうりょう)に書き直してやる! だが、()れも、必死になった祐子と高志に止められた。

「校長先生に直談判(じかだんぱん)に行くだあ? ()馬鹿(ばか)野郎(やろう)。頭を冷せ! 冷静になれ! (わか)っている。薬缶(やかん)は悪くないって。当たり前だ。そんな事は百も承知(しょうち)だ。いや、それだけじゃない。校長先生も、学校側も、そんな事は承知(しょうち)の上だ。承知(しょうち)の上での処分(しょぶん)なんだ。校長先生も薬缶(やかん)も、俺達(おれたち)(かば)っての、(あえ)()処分(しょぶん)なんだよ。()れに、減俸処分は薬缶(やかん)だけじゃあねえ。校長先生自身もだ! ()いか? ()れ以上、事を荒立てるなよ。お前も、もう少し大人になれよ」

「いや、だからって、(あま)りにも理不尽(りふじん)だろ」

「そうだ。(わか)っている。とても、理不尽(りふじん)だ。だが、()れが大人の世界(よのなか)道理(どうり)なんだ。如何(どう)しても行くと言うなら、構わねえ。(おれ)と祐子ちゃんを殴り倒して、力づくで行くんだな」

 ()の後ろで、祐子が涙(なが)らに両手を広げて立っていた。私は、渋々(しぶしぶ)断念(だんねん)した。私は釈然(しゃくぜん)としない(まま)にも、高志と祐子の忠告に従った。彼らは私に殴られる事すら(いと)わず、必死に私を止めた。そんな、熱い彼らではあるが、(おそ)らくは、彼らの方が私より、(わず)かばかり大人と言う事なのだろう。


 色(あざ)やかであった、櫨染色(はじぞめいろ)銀杏(いちょう)の葉も、真紅(しんく)紅葉(もみじ)の葉も、何時(いつ)しか、(すべ)て散っていた。大空に向かって、屹然(きつぜん)と伸びたる、葉を落とした銀杏(いちょう)樹々(きぎ)は、冬の色を強調していた。

「でも、春になると、また、葉をつけるんだよ。()れも今年以上に青々とした葉をね」

 私には、祐子が言っていた()の言葉が、特に印象に残っている。()うして、誰一人として得をする事が無かった、清高(きよこう)史上最大の騒擾事件(そうじょうじけん)は、静かに幕を閉じて行ったのである。()の先、(しる)すべき事も(あま)り多くは無い。言わば、つけたりの様な物である。女神(めぐみ)ちゃんの消息は(よう)として知れなかった。(おそ)らく、薬缶(やかん)にでも聞けば、()程度(ていど)の事は知れるのであろうが、あの頑固者(がんこもの)の事である。()れ以上、口を割る事は無いだろう。あと、少々(しょうしょう)尾籠(びろう)な話にはなるが、高志と明彦についてである。彼らは、日ならずして、公約どおり、3回、()しくは5回抜いたと、私に連絡して来た。(まった)()って、思春期(ししゅんき)男子(おとこのこ)と言う物は、実に(ぎょ)(がた)い。(もっと)も、()れは、絶対的に祐子には内緒(ないしょ)秘事(ひじ)なのであるが、()く言う私も、時折(ときおり)、いや、本当に極々(ごくごく)(まれ)にの事なのではあるが。()の…、夜のおかずに利用させて(もら)っている。本当に()れだけは、呉々(くれぐれ)も、祐子には内緒(ないしょ)にしてもらいたいものだ。()れがばれれば、流石(さすが)に…、不謹慎(ふきんしん)(そし)りは(まぬが)れないだろうし、何よりも、祐子には軽蔑(けいべつ)されるものと思われる。…(まった)()って、思春期(ししゅんき)の男子と言う物は、実に(ぎょ)(がた)いものである。まあ、今回の騒動(そうどう)も含めて、私たちは()うした経験を重ねて、成長、(いや)、大人になって行くのだろう。


 今回の騒動(そうどう)一部始終(いちぶしじゅう)を記録した(くだん)の動画、そして、画像類であるが、()れらは、(なん)と、清水高校のHP(ホームページ)である清高(きよこう)通信に掲載(けいさい)された。()れも、『さよなら女神(ヒュパティア)先生』と言う特設ページを(しつら)えての事である。其処(そこ)には、生徒達や教職員(きょうしょくいん)からの、膨大(ぼうだい)な量に(わた)る感謝の言葉、そして、激励の言葉と(とも)掲載(けいさい)されている。()れについては、少々(しょうしょう)意外(いがい)すぎる感もあるのである。(なん)と言っても、約400名に上る膨大(ぼうだい)な数の処分者(しょぶんしゃ)を出した、清高(きよこう)史上最大の騒擾事件(そうじょうじけん)一部始終(いちぶしじゅう)を記録した動画なのである。(しか)し、学校側もHP掲載(けいさい)については、意外(いがい)な程のと言うべきか、驚くべき程の人間味と弾力性を発揮し、今でも掲載(けいさい)された(まま)となっている。屹度(きっと)女神(ヒュパティア)先生も、()の澄み切った青い空が続く何処(どこ)か世界の片隅(かたすみ)で、閲覧(えつらん)してくれているものと思う。私の()の、ひどく小説化された反省文(はんせいぶん)も、今でも()のサイトで確認出来(でき)(はず)である。(もっと)も、内容的にかなりきわどい部分も含んでいた(ため)、大幅な改変を余儀(よぎ)なくされた(わけ)ではあるが。


 当初(とうしょ)、私は、()稿(こう)表題(タイトル)を『さよなら女神(ヒュパティア)先生』とする心算(つもり)であった。(くだん)女神(ヒュパティア)先生の命名者としては、当然(とうぜん)()(くらい)の権利はあったであろうと、思ってはいる。(しか)し、『(あお)げば(とうと)し』と改題したのは、何も、HP(ホームページ)のタイトルと(かぶ)るからではない。感謝すべきは女神(ヒュパティア)先生だけではない。薬缶(やかん)を始めとした多くの(ヒュパティア)によって、我々(われわれ)は、(まも)られ、導かれている事に、卒爾(そつじ)(なが)ら、気がついたからである。(したが)って、女神(ヒュパティア)先生、薬缶(やかん)、すみれちゃん、そして、校長先生。私を取り巻く(すべ)ての(ヒュパティア)に、(ささ)やか(なが)らの、感謝と謝罪を込め、()稿(こう)表題(タイトル)を、(あえ)て、『(あお)げば(とうと)し』と命名したのである。

人間は大きすぎる力を目の当たりにした時に、恐怖の余りに己を見失い、身を滅ぼす時がある。例えば、未来を予知する能力があったとしたならば、あなたは己の死を正視出来るのであろうか? 正太郎と祐子を突然襲った破局の危機。次号、『第32話 カッサンドラーの憂鬱【前編】』。お楽しみに。

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