第24話 Goodbye To Love【前編】
いずなは、カーペンターズの『グッドバイトゥラブ』と謂う曲が、とても好きだった。平成生まれのいずなにとって、半世紀近く昔のヒット曲である筈の此の曲は、文字通り、特別な曲だった。カレンの語り掛ける様な歌声と、噎び泣く様なギターのサウンズ、賛美歌の様な美しいコーラスは、色鮮やかな落葉舞散る、秋の木枯らしの様なイメージ、其の物だったのである。然し、其れは、彼女の或る悲しい記憶に由来していた。
いずなは、穏やかな面持ちで大空を見上げ、斯う思った。
(随分と空が高くなったんだなあ)
秋の透明感溢れる青空の下、いずなは敬介と待ち合わせをしていた。此の季節。地上の全てが黄櫨染に染まる。時折吹く寒々とした木枯らしが、色鮮やかな櫨染色の銀杏の葉を、矢継ぎ早に巻き上げていく。ショッピングモールの入り口に、地味な色合いのベストの制服姿で一人佇むいずなは、目の前を燥ぎ乍ら歩く女子中学生達に目を留めた。
(あっ。清水中学の制服だ)
目の前の中学生達は、紺に白色三本ラインのセーラー服に紺色のスカーフだった。彼女たちは楽しそうに談笑している。目の前の制服は、昨年、いや今年の3月迄いずな自身が身に着けていた物でも有る。いずなにとって、あまり懐かしいと謂える様な代物では無かったが、いずなは、自ずと一年前に戻らずにはいられなかった。
一年前、清水中学3年の秋、いずなは恋をしていた。初恋だった。次第に丸みを帯び、宛ら、美しい蝶の様に、次々と女の子らしい体つきに変貌して行く同級生達を後目に、いずなは恋に於いても、大きく出遅れていた。そんないずなが仄かな恋心を抱いたのは、サッカー部のKだった。Kはサッカー部のエースストライカーだった。女の子達の人気の的であり、いずなにとっては、所詮、Kは高嶺の花でもあった。Kがいずなに振り向いてくれる可能性は、0に等しかっただろう。そんな事はいずなにも良く分かっている。いずなの貧相な体つきは、何よりもコンプレックスだったし、いずなも、其の辺りについては分を弁えていたので、遠くから見ているだけであった。でも、それでも良かった。憧れているだけで、幸せだった。思っているだけで、少しだけ大人になれた気がした。然し、そんないずなに大きな転機が訪れた。憧れのKが席替えで右隣の席になり、話し掛けて来たのだ。
「小泉さん。英語が得意なんだって? 今度、僕にも教えてよ」
「えっ。…いいよ」
将に、天の配剤であった。放課後、図書室でKに英語を教えてあげた。Kの優しさも垣間見えた。Kはすごく喜び、
「また、教えてね」
「うん」
「あっ。そうだ。僕、宿題まだだから、ノート1日借りても良い?」
「うん。いいよ」
いずなは、とても幸せだった。ノートも一生懸命にとった。先生の板書だけでは無い。要点を纏めたワンポイントや、紛らわしい項目等は、いずななりの言葉で懇切丁寧に解説した。Kの事が好きだったからか? 多分、それだけでは有るまい。いずなにとって初めてと謂える大切な友達の為に、力になって上げたかったのだろう。
そんな日々が、暫く続いた。いずなは、或る日、文房具屋で可愛いひよこ達とあひるのイラストのレターセットを見つけたのだった。
(そうだ、此のレターセットで彼に思いの丈を書いてみよう)
随分と柄にも無い、思い付きだったのかもしれない。身の程を弁えぬ、思い付きだったのかもしれない。彼女は、溢れ出る思いを丁寧に認め、ひよこ達の封筒に入れて、件のノートに挿み込んだ。
「あの、昨日の…。読んでくれた?」
「ああ、ごめん。忙しくて、未だ」
妙な話だった。如何考えても妙だった。妙な話はまだ続いた。或る日、返されたノートを見ていると、何か書いてある。書いてあると謂うよりも、彫れているといった感じだった。丁度、インクの切れたボールペンで書いた様な文字である。いずなは判読しようと、矯めつ眇めつ、其の文字を拾って行った。
(えっ)
『バカ、ちび、ブス、ゴキブリ、早く死ね…』
正視に堪え無い様な、言葉の羅列。そう、剥き出しの悪意を文字にすると斯うなるのでは、と思しき内容だった。
「何、…此…れ」
いずなは絶句した。そう。信じられない様な出来事だった。本当に悲しい話だった。そして、同時に、随分と間抜けな話でもあった。そして、心臓を抉られた様な思いだった。心が壊れてしまいそうな話だった。事実、壊れてしまったのかも知れない。其の証左と謂うには余りにも痛ましい事実ではあるが、此の様な状況下にあり乍ら、いずなは一滴の涙すら出なかったのだ。卒爾として、いずなは、今、現在、彼女自身の置かれている状況を、朧気乍らも理解したのだった。
翌日からのいずなの行動が一変した。常軌を逸したと謂っても良い。まず、授業中に一切のノートを取ら無くなった。教科書すら開いていない。筆記用具も無い。机の上に教科書が乗っているだけである。表情も石像の様に極めて無表情となった。まるで、周囲に何事も関心が無いかの様だった。当然、一部の教師は、悪質なボイコットとして捉えた。英語教師の渡辺が授業中、いずなを指名し、音読を指示した。いずなは、屹然として答えた。
「35ページの何行目ですか?」
「5行目だ」
教科書は相変わらず、机の上に置いた儘で、開きすらしない。いずなは目を瞑ると、淀み無く、そして、流暢に音読を始めた。渡辺は止めろとは謂わない。いずなは完璧な発音でどんどん読み上げていった。何者かに憑かれた様な態で、全く滞りなく読み進めて行く。頓て、40ページに差し掛かった処で、
「もういい」
と、渡辺は苦々しく止めた。と同時に、此処で初めてクラス全体が、一種異様な雰囲気に包まれた。
『ちょっと、一体、…如何謂う事?』
『暗記…して…やがる…』
『何だ…、あの、がり勉女』
『やだ、気持ち悪い…』
ざわつくクラスメート達を他所に、いずなは、無表情で前を向いた儘である。全ての教科がこんな調子だった。業を煮やした社会科の教師は、いずなを指名し、意地悪くも、遥か先のページの音読を指示した。が、結果は同じなのである。前のページ。例えば20ページの1行目であっても、此れまた、同じ事であった。クラス内は、俄かに騒然とした。
『此奴、全教科の教科書を暗記してやがるのか…?』
『…嘘だろ』
『化…物め』
人は自分を明らかに超越したものに遭遇すると、まず、否定から始まる。此れは或る意味、無理からぬ事ではある。でなければ、己の優位性は保てない。己の自我を保つ為にも、此れは必要な防衛行動なのでもあるのだ。唖然とするクラスメート達。図らずも、いずなの特殊能力が露呈した瞬間でもあった。実は、いずなには、みんなに謂っていない或る能力があった。其れは人並み外れた記憶力である。いずなには、憶える、暗記するといった行為自体が不要であった。活字となっている物は、一読すれば頭に入った。そして、二度と忘れる事は無い。いや、出来無かったと謂うべきであろう。サヴァンと呼ばれるべき能力である。然も、通例と異なり、いずなのIQは極めて高かった。恐らくは150以上であったと思われる。学力に関しては、小学校から、常に学年で一位であった。そして、体育に於いても、小柄な体躯とは裏腹に運動神経抜群であったし、性格も温厚で思いやりもあった。然し、にも拘らず、いずなは同級生からは嫌われ、疎まれていた。ひとつには、此の超記憶能力を隠さなかったせいもあろう、また、常に学年一位という成績もやっかまれていたのも事実であろう。非常に裕福な家庭環境も悪意ある妬みの対象でもあった。更に、同級生から見れば、未だ小学生の様な体型であり乍ら、スポーツ万能と謂う点も気味悪がられていたのも事実であろう。要するに、周囲は、いずなが天才的であることは、誰しもが認めていたものの、其の天才性よりも、何か暗い一種の不具性の様な物を、敏感に感じとっていたのかもしれない。
いずなの此の能力の顕現は、幼少の時分に迄、遡る。先にも記したが、いずなの家はとても裕福であった。両親共に医師である。いずなの父親は内科医で、小泉吾郎と謂う。
小泉吾郎。此の名前、賢明なる読者諸君は、もうお気づきの事と思うが、私の別のお話では何度か登場した人物でもある。此の男は天才的な医師として、静岡界隈のみならず、其の知名度に関しては、既に全国区であった。唯、誤解の無い様に申し上げれば、天才的な、と謂う形容動詞は、医師と謂う名詞を修飾する物では無い。抑々、医師に対する褒め言葉としては、堅実な見立ての、とか、誤謬の無い診断の、と謂った形容動詞が相応しく、天才的なと謂った言葉は、やや的外れと謂う謗りを免れない。医師とは、当たり前の診断や診療を、堅実、かつ、着実に、誠意を以って遂行する事が求められる職業であり、其処には、天才的な閃きや、技術、プロ選手の様な華やかさは必要無いのだ。重ねて謂うが、此の小泉吾郎に於ける『天才的な』と謂う形容動詞は医師を修飾する物ではない。正しく表現するのであれば、天才的な囲碁センスを持つ、元囲碁プロ棋士である医師と表現すべきなのであろう。
そうである。小泉吾郎は元囲碁プロ棋士なのである。其れも、かつて、タイトルを3つも手にしている。痩せぎすで160センチにも満たない小柄な体躯。やや猫背気味に丸めた背中のため、身長は、常に、150センチ程度の印象を与えていた。此の父親の経歴も非常に数奇な物だった。幼少の頃より勉強は出来たが、其れ以上に、囲碁の天才的才能を発揮していた。吾郎先生が小学校に上がる頃には、もう、周囲の大人達では太刀打ち出来無かった。彼は小学3年に上がった4月、とあるプロ棋士の内弟子となる為、上京した。そして、小5でプロデビュー。通常、鬼の棲処と謂われる、C級、B級順位戦を瞬く間に駆け抜け、一躍、トッププロに収まったのである。15歳で7大タイトルである聖王位、天狼位の挑戦権を手に入れ、そして、二大タイトルを奪取。15歳にして、タイトルを二つも獲得したのだ。若き天才棋士の出現に、当然、周囲、そして、マスコミは色めきたった。彼の囲碁の強さの秘密として、其の独特の死生観が上げられる(勿論、囲碁の、である)。吾郎先生は、石の生死の見切りが途轍も無く早いのである。未だ、眼形はおろか地形すら定まらぬ内から、直感的に石の生死を見極めるのである。恐らくは、独特な空間把握能力とでも謂おうか、互いに交互に最善手を重ねて行った結果、此の空間に於ける眼形は斯く有るべきだと謂うイメージを完全に持っているのであろう。そして、其の洞察力には頗る定評があった。更に、彼の名を高らしめたのが、『光速の思考』とも呼ばれた思考の速さである。其れについては、こんな逸話がある。天狼位決勝戦の第4局、対戦相手は斯界の重鎮、井上天眼九段天狼であった。吾郎は其処迄、此の大御所を相手に3戦勝利し、既に2つ目のタイトルに王手を掛けていた。そして、其の中盤戦の攻防の一手、角番で後が無い井上天狼は128分の長考の末、勝負手を放った。かなり、難解な局面である。然し、吾郎は間髪入れず、割り打ちを放つのだ。見掛け上は、一秒と経過していない刹那の出来事であった。其の瞬間、周囲から、異様な響めきが起こったと謂う。後に異次元からの刃と評された一手である。
「最初は、時間持続現象かと思いました」
吾郎先生は、当時を振り返って、斯う述懐する。時間持続現象については、我々一般人にも馴染みのある現象である。或る瞬間にふと時計に目をやる。すると、時計の秒針が止まって見えると謂うアレである。此の現象自体は、不思議でも何でもない、科学的説明のつく現象なのだが、然し、彼の場合は明らかに違う。彼は井上天狼が打った刹那、何の気無しに時計を見た。そして、二十五手読んだ後に、再び時計を見た時、
秒針が止まったままだった。
と、謂うのだ。当初、吾郎先生はチェスクロックの故障を疑ったと謂う。然し、次の瞬間、時計の故障等では無く、自身の思考速度の為せる技と気が付いた時、自身の勝利を確信したと謂う。将に、時間と謂う概念を超越した思考、いや、時間を置き去りにした思考と謂う事になる。唯、此れには幾つか異論が噴出した。一つは、そんな馬鹿な事は有り得ないという常識的正論である。更に、其の直前の井上天狼の約二時間の長考を、吾郎自身、二、三十分程度と認識していた様である。従って、導き出される結論は斯うである。彼は、井上天狼の次の勝負手を其の局面の必然、即ち、最善手と定め、其れを前提とした上で、井上天狼の長考中に二十五手分読みきって居たのだと。此れなら、未だ、理解の範疇である。勿論、井上天眼の次の一手、将に渾身からの勝負手を寸分の狂いも無く読み切った事は、確かに、瞠目に値する訳では有るが、一秒足らずの刹那に二十五手も読みきると謂う離れ業を信ずるよりは、遥かに、信用出来る話ではあるし、又、現実的でもある。あれから、30年以上経過した現在のAIソフトですら、評価値は井上天狼必勝の状況である。然し、莫大な時間を注ぎこみ10億手以上読ませた場合にのみ、吾郎の放った割り打ちが、浮かび上がって来るのである。其の場合の評価値はつかず、吾郎の圧勝と表示される。つまり、一見、平凡な手の連続の末、25手目に相手を頓死させる様な状況に誘っているのである。此の高校生の様な未だ成人前の少年が、老獪と謂うより、妖怪味すら感じさせる手筋を放つのである。一種、異様な光景と謂って良い。いずれにしても、井上九段が、幾らA級棋士とは謂え、此の様な化物染みた男が相手では、堪った物では無い。二十五手後、大石を殺された井上天狼は軋る様な低い声を振り絞り、敗北を宣言したのであった。
因って、何時しか、彼は周囲から『石の殺し屋』とか、『死神吾郎』と渾名された。また、アニメ好きの若い棋士たちからは、『ザ・ワールド』とか『スター・プラチナ』、或いは、『キング・クリムゾン』とも、呼ばれる様になっていた。彼の異名は扨置き、将に、順風満帆の棋士人生と謂って良い。行く行くは、未来の名人、本因坊と将来を嘱望されていたものだった。彼の父親は内科医であったが、息子の進みたい道が彼の道と心得、其の為の全面的なバックアップを惜しまなかった。然し、彼が碁帝位タイトル戦の或る日、其の父親が夭逝する。大腸癌であったと謂う。彼にとって父親の理不尽な死は、彼の将来に大きな影響を与えた。彼は、最後に手にした(それも、父親との最後の面会を犠牲に手にした)3冠目のタイトルと共に、突如として、囲碁プロ棋士を廃業し、故郷清水に逼塞した。そして、3年遅れで清水高校に入学したのであった。果然、囲碁界は、百年に一人とも謂われた天才を喪失する事となった。吾郎先生は嵐の様に囲碁界を席巻し、同様に、嵐の様に立ち去って行った。彼は、父親の歩いた道を歩む事を決意する事となるのである。
現在の彼は、フサフサした毛髪にところどころ白髪が混じり、其の貧相な出で立ちと相俟って、人畜無害なムク犬の様な印象を与えていた。性格も極めて温良恭倹譲の人であり、寡黙な此の人物は、自制心に飛んだ人物で、感情の起伏は小さく、此の時代にあっては珍しい丸いレンズの眼鏡に、糸の様な細い目でいつもニコニコしていた。然し、彼の30代は大変な切れ者として、将来を嘱望されていた。青雲の志に燃える、寡黙で居て、熱血的な医師であった。彼は医師という職業は好きであったが、病院内での政治は嫌いであった。院内の派閥争いに嫌気し、ゲーム、アニメと謂ったオタク趣味に走ったかの様に振る舞い(まあ、実際、走っていたのではあるが)、30代半ばになってからは、自己を滅する事に骨を折る様になった。結果、出世コース、派閥争いとは無縁な、『大智は愚の如し』を、地で行く振る舞いを貫き通し、人の良いおじいちゃんの様な先生と謂う立ち位置を、いつしか、確立して行くのであった。
彼は、穏やかな顔で、良く嘯く。
「僕はサイコパスですよ」
と。此の言葉を聴いた周囲の人々は、彼一流のセンスの無い冗談だと思い、笑う。其れはそうであろう、彼ほど、温厚で、蘊藉で、慈悲深い男も珍しかったし、其の上、沈着冷静で感情の起伏も無い男もいなかった。然し、彼自身、本気であった様で、其の台詞を屡々、口にしていた。サイコパス。即ち、精神病質と謂う言葉は、近年、やや、曲解された趣旨で受け取られ、ハンニバル・レクター博士に代表される殺人嗜好者を連想する向きが多い。此処で一般的に謂われているサイコパスの特徴を臚列してみよう。
① 良心が異常に欠如している
② 他者に冷淡で共感しない
③ 慢性的に平然と嘘をつく
④ 行動に対する責任が全くとれない
⑤ 自尊心が過大で自己中心的
⑥ 口が達者で表面が魅力的
⑦ 罪悪感が皆無
吾郎先生について、上記に照らして鑑みるに、①~⑥はまるで当らない。然し、⑦については、『必要とあらば』と謂う前提条件がつけば、多少当っているのかもしれない。又、③についても、多少意訳をすれば、『本当の事は謂わない。或いは、相手が誤解している事に任せる。そして、其れを敢えて訂正しない』と謂った部分は該当するのかも知れない。だが、此れとても、人間なら普通にある、心理的事象であり、殊更、問題視する様な事柄では無い。尤も、吾郎先生の事である。自分と同じ水準の人間であれば1の説明で足る事象について、10も20も説明を要する事に、ただ単に、辟易としていただけなのかもしれない。にも拘わらず、吾郎先生は自身をサイコパスだと固く信じていた。其の理由の一つには、確固たる強固な意志が挙げられる。つまり、途轍も無く頑固なので有る。若し、100人を救う為に、一人を殺害する必要があるのであれば、彼は迷わず、其れを選択するかもしれない。そして、一度決めた事は、感情に流される事無く、躊躇せず、恐らくは冷静に遂行するであろう。つまりは、充分な良心と倫理観を持ち合わせてい乍らも、何処か社会とか法制度に対して全幅の信頼を持ち合わせてはいない人物。そう、創作上の人物で例えるのであれば、シャーロック・ホームズが該当するのであるのかも知れない。まあ、そう謂う訳で、所謂、変人。それも、かなり変わった人物であった事は窺えるのである。
一方、いずなの母親も、才色兼備の、天才肌の外科医であり乍ら、極めて常識的な人物。宛ら、ワトソン博士の様な人物と謂って良かった。此方は、文字通り、『天才的な』と謂う表現が相応しい医師であり、其の芸術的な手技は病院の内外でも定評があった。そして、彼女も組織内の政治とは無縁な人であった。寧ろ、そう謂ったものを頗る嫌悪しており、組織内では孤高の人と謂った立ち位置であった。彼女は目がパッチリした、スラッとした長身のグラマラスな凄い美人で、何でも自分の意見をはっきりと主張し、妥協をしない所から、冷酷で協調性の無い人物と見られ勝ちであったが、実は、性格は基本温厚である。だが、時々、極、稀に情に流される事があり、其の度に吾郎先生は、実に上手に細君を操縦していた。いずなにとって父親は、非常に温厚なお父さんで、いずなは父の怒った姿など一度も見たことは無かった。二人は東大理Ⅲの同窓生であり、共に、ヒポクラテスの誓いを立てた間柄でもある。二人とも、長らく静岡県内の病院を転々としていたが、吾郎が38歳、彼女が35歳の時、静岡市立清水病院で邂逅、そして結婚したのであった。
夫婦二人で並んでいると、時々、親子と間違えられる。父親の風貌は、還暦間近の人畜無害な田舎の村長さんの様に映ったし、母親は、長身で眼鏡を掛けた美人女医、バリバリのキャリアウーマンである。謂い寄る男共を、感情も見せずに、其れこそ事務的に、軒並み粉砕していた処から、『デスマシーン』とか、『鋼鉄の処女』とか謂った、医師として有難くも無い称号まで頂戴していた。であるから、いずなの父親と、婚約・結婚した時は、周囲の驚愕は筆舌に及ばず、双方の両親(尤も、吾郎先生側は母親だけであるが)すら訝しんだ程であった。吾郎先生は、当時、多額なお金を積んだとか、何か弱みを握って脅迫したのではあるまいかとか、囁かれた位である。それ程までに、いずなの父親は、一般的に男性としての魅力という点に於いて、圧倒的に欠けていた。にも拘わらず、いずなの母親は、父親に傾倒していた。心酔していたと謂っても良い。早い話がぞっこんだったのである。知的水準は同等、医者としてのスペックも同等、然し、妻は社交的、良人は内向的と謂う違いはあるものの、沈着冷静な深謀遠慮というか、懐の広さというか、度量の大きさで、いつも、良人の後塵を拝してしまう。夫婦で意見の違いがあった時は、夫婦で意見がぶつかる訳でも無い、良人が頭から論破をする訳でも無い。ニコニコと子供でもあやす様に接し、気がつくと、妻の主張したものとは違う処へ、ソフトランディングさせられているのだ。『私は、此の人にはかなわない』、何度と無くそう思った。でも、妻にとっては、其れが不思議と居心地が良かったのである。
二人は、長らく、子宝に恵まれなかったが、母親が40に届こうかという時、いずなを懐妊したのであった。夫婦は諦めかけていた子宝を授かり歓喜した。母親は平成×年3月20日に、元気な女の子を出産した。其の夜は月が美しい晩だった。夫が病院裏手で喫煙中に見た菜の花も満開だった。一般人に比べ、比較的、生と死の鬩ぎ合う職業に身を置き乍らも、名も無い生命の偉大さに深く感銘を受ける瞬間であった。いずなの父親が大仕事をしたばかりの妻に、ニコニコと労い乍ら、『菜月』という名前は如何だろう? と、提案した。母親も良いお名前ね。と、同意した。いずなの父親は此の機に、清水病院の職を辞し、現在の自宅に小泉医院と謂う医院を開業した。いずなの母親は、いずなの出産を機に、病院を辞し、良人の手伝いと家事に専念するようになった。夫婦は患者達から、吾郎先生、順子先生と慕われていた。順子先生も温厚な人であったが、いずなを叱るのは順子先生の役目だった。尤も、いずなは叱られる様な事は余り無かった。
両親の愛情を一杯に受けて、いずなはすくすくと成長して行った。然し、いずなが幼稚園年中の頃、不吉な影が覆う。いずなは、言葉が他の子よりも遅かった。或る日、幼稚園の先生から呼び出しがあった。いずなについて気になる事があるというのだ。言葉が遅い事もあり、順子先生が幼稚園に出向いた。そして、園長先生が切り出す。
「実は、菜月ちゃんの事なんですが…」
「何かあったんですか?」
「時々、他のお友達から意地悪をされたり、揉めたりする事があって…。菜月ちゃん、言葉以外は凄くしっかりしているし、明るくて、優しくて、思いやりもあるんですけどねえ。それで、私共もいつも気をつけていたんですけども、今日、木村良太君を引っ掻いて軽い怪我をさせてしまって…」
「申し訳ありません。怪我の具合は」
「いえ、怪我も大した怪我では…、良太君のお母さんもそう謂っていましたし。あっ、でも、先方さんに一言お詫びの方は…」
「はい、其れは、勿論。ところで、原因は何だったんでしょう?」
「其れが、兎に角、妙なんです…」
そう謂って、語り始めた園長先生のお話は、確かに奇妙な話だった。
事の発端は、お遊戯の時間のじゃんけんだった。『誰がじゃんけん強いかな?』と謂うゲーム大会だったのだが、いずなは圧倒的強さで優勝をした。其れを一部の子供達が『ズルをした』と騒ぎ立て、『ズルしてない!』と憤然としたいずなと掴み合いに発展したと謂うのだ。確かに、此処まで聞いた限りでは、奇妙でも何でも無い、何処の幼稚園でも見掛ける諍いに過ぎないのだが、見ていた先生達は異口同音に謂った。
「問題は菜月ちゃんの勝率なんです。菜月ちゃんは17勝3敗で優勝しました。私は横で見ていて、菜月ちゃんは間違いなく、フェアにやっている。遅出しなんかではなく、寧ろ先出しなんです。然し何故か、お友達は魅入られた様に負ける手を出してしまう。なんで、こんなにじゃんけんが強いのか…。今日の事だけなら、唯の偶然と思ったかもしれませんが、先日のカルタ大会、トランプ大会、全て菜月ちゃんが圧勝しています」
「確かに、妙な話ですねえ」
順子先生も相槌を打った。園長先生は困った様な顔で溜息混じりに謂った。
「まさか、菜月ちゃんに態と負けなさいとも謂えませんし…」
「それもそうですね。家でもちょっと注意して観察して見ます。それに、手を出したのは良くありませんから…」
順子先生は、園長先生たちにお詫びもそこそこに、いずなを連れて帰った。途中、和菓子屋で菓子折りを求めると、其の足で良太の自宅にも寄った。良太の家は近所の八百屋である。母親がいずなの不始末を詫び乍ら、菓子折りを差し出そうとした。如何にも女傑らしい良太の母親が、恐縮しまくっていた。
「いや、順子先生、よしてくださいよ。あんなの怪我の内に入りませんよ。唾つけておけば直ります。大体、うちの良太が先に手をだしたと聞いてますよ。こら、良太、菜月ちゃんにあやまんな」
「やだよ、母ちゃん。いずながずるしたんだよ」
「いじゅな、じゅるちてない!」
「良太! 母ちゃんいつも、謂ってんだろ。女の子に手を出したら、お灸だって。大体、女の子に手を出して、引っ掻かれるなんて、10年早いんだよ。おまえは」
いずなと良太は、双方の母親の強制で、お互いにお詫びを謂った。いずなと良太、共に、憮然とした表情の儘であり、双方とも納得していないのは明白であった。尤も、そうは謂っても子供の事である。良太の家を、お土産のりんごを貰って辞する頃には、お互いに『バイバイねー』、『また、明日ねー』などと、謂い合っていた。
順子先生はいずなを連れて、不機嫌そうな面持ちで自宅に向かっていた。其れ程迄に、いずなが同級生と掴み合いの喧嘩をしたのがショックであった。普段は素直ないずなの、頑なな態度も面白く無かった。いずなは元々線が細く、繊細な幼女である。いずなも順子先生の気を引きたい一心で斯う謂った。
「ママ、いじゅな、じゃんけん大会で勝ったんだお」
順子先生はそれには、答えなかった。不機嫌そうに歩いている。センシティブな子供であるいずなにも、敏感に其の気配は伝わっていた。いずなも、家に着く頃には、目に一杯、涙を溜めていた。家に帰りつくと、順子先生は仁王立ちになり乍らも、いずなに出来るだけ優しく謂った。
「何で良太君に暴力したの? いけない事でしょ」
「…」
いずなは、目に涙をいっぱい溜めて、順子先生を睨んでいる。
「いじゅな、悪くない!」
「でも、良太君に悪い事したのは、菜月でしょ!」
「だって、りょーた、いじゅなの事、じゅるって謂った! いじゅなじゅるなんて、ちてない!」
「そんな事、関係無いのよ。菜月は良太君の事、怪我させたのよ。いけない事でしょ。其の後も、素直にごめんなさいをしないで…」
「だって、いじゅな悪くないもん。…ねえ、ママ、いじゅなじゃんけんで1等賞だったんだお」
「…そんな事、今は関係無いでしょ」
順子先生の此の言葉に対して、ついに、いずなが爆発した。
「ママのバカ! …ママなんて、大嫌い!」
『ぱんっ』という、肉を打つ激しい音がした。順子先生がいずなのほほを平手打ちしていた。いずなは2~3秒、ビックリした顔で順子先生を見上げていたが、其の瞳にはみるみる内に涙が溢れ、そして、わあわあと大声で泣き始めた。順子先生は2撃目を加えようと、手を上げた瞬間、後ろで『こほん』と、微かな咳払いの音が聞こえた。順子先生は、思わずハッとして、振り上げた手を止めた。振り返るまでも無い。吾郎先生だった。父親は背を丸めた老人の様であった。が、細い目をニコニコさせて、年相応の快活な声で斯う謂った。
「やあ、順子さん。お帰りなさい。忙しいところ申し訳無いけど、お茶を淹れてもらえるかな? あと、おリンゴもむいてもらえるかなあ?」
「あっ、はい、ただいま」
此の、吾郎先生の呑気な一言で、思わず、我に帰った順子先生は目の涙を指先で拭うと、台所へ行った。順子先生は、良人の意図をすぐさま理解した。此の夫婦は互いの事を、『パパ』、『ママ』と呼び合っている。夫婦は二人だけのときは『あなた』と『ママ』である。そして、病院内では互いに『先生』である。良人が妻を下の名前で呼ぶときは、何か意見したい時か、夫婦のお勤めの時だけである。此の場合、良人は、少しクールダウンしなさいと謂っているのだ。吾郎先生は泣いているいずなの前にチョコンと座る。宛ら、お爺ちゃんと孫娘である。吾郎先生は優しくいずなの頭を撫でると穏やかに謂った。
「おやおや、菜月ちゃん。如何したの?」
「ママに、悪い子されたの…」
「ああ、ママに怒られたのかな? でも、ママ、理由も無く、悪い子するママじゃないよ。如何してかなあ?」
いずなは泣き噦り乍らも、俯きがちに謂った。
「…いじゅなが意地悪ちた。『ママのバカ』って…」
「そうか、其れはいけないね。ママは謂われて如何してたの?」
「…ママ、…泣いてた」
いずなは其の光景を思い出してしまったのだろう。また、うわーんと泣き出してしまったが、吾郎先生はいずなを宥める様に、頭を撫で乍ら、
「ママ、菜月ちゃんが謂った事が、とても悲しかったんだと思うよ。…菜月ちゃんがママにバカって謂われたら如何思う?」
「…悲ちくなる」
「そう謂う時は、如何したら良いかなあ?」
「…ママに、ゴメンすゆ」
「そうだね、それが良いね。菜月ちゃんは良い子だね」
吾郎先生はニコニコし乍らそう謂った時、順子先生が、バツが悪そうにお茶とおりんごをお盆に載せて入って来た。順子先生は、いずなに優しく語りかけようとしたが、其れより先に、吾郎先生が優しく語りかけた。
「アハハ、順子さん。そんな所に立っていたら、いけないよ。いくら優しくて綺麗な順子さんでも、菜月ちゃんからはゴリアテに見えてしまうよ」
順子先生は口の中でアッと謂った。またしても、良人の意図に気がつき、お盆をテーブルの上に置くと、いずなの前にちょこんと正座した。娘はすぐに泣き乍ら飛びついて来て、斯う謂った。
「ママごめんなさい、いじゅな悪い子。ごめんなしゃい」
母親は謂った。
「ううん、叩いてごめんね、菜月ちゃん」
順子先生はいずなを涙乍らに抱きしめた。そして、今更乍らに、吾郎先生の深謀遠慮に舌を巻いた。
(先刻、愛娘に平手打ちをした。其の行為だけでも問題なのに、私は立った儘で其れをした…)
吾郎先生は妻に、子供と話すときは、同じ目線で話した方が良いよ。一人間対一人間として話さなければいけないよ、そう諭していたのだ。更には、此の良人の事だ。恐らく、お互いに、まず頭を下げないと、交渉事は前に進まないよ。とも、謂っているのだ。順子先生は良人の配慮に感謝し乍らも、
「でも、あなた、ゴリアテはひどいですわ。もう…」
「アハハハ…。ごめんごめん。ところで、幼稚園で何があったのかな?」
順子先生は、今日幼稚園での出来事を包み隠さず、良人である吾郎先生に伝えた。吾郎先生は、ふむふむと相槌を打ち乍ら黙って聞いていたが、頓て、いずなに語りかけた。
「へー、菜月ちゃんはじゃんけんのチャンピオンなのか。じゃあ、パパとやってみようか…」
いずなは満面の笑みで、嬉しそうに頷くと、
「うん。いいお。いじゅな、負けないお」
ジャンケン勝負は20回やった。パパとのジャンケンに、いずなもとても楽しそうである。勝敗はいずなの16勝4敗。相子は無かった。吾郎先生は、フムと頷き、斯う謂った。
「うん。菜月ちゃんは、本当にジャンケンが強いね。じゃあ、トランプでも勝負しようか?トランプは何が出来るのかな?」
「『鬼しゃん』、『足しぇるかな?』、『仲良しさん』」
吾郎先生は怪訝そうな顔で、順子先生に尋ねた。
「ねえ、ママ、此の『鬼さん』と謂うのは?」
順子先生は笑い乍ら答えた。
「ああ、其れは、多分、『ばばぬき』ですわ。おばあさまが育てていらっしゃるお子さんもいますので…。幼稚園側も気を使って…」
「ふむ、成程ね。幼稚園も大変だなあ。其れで、『足せるかな?』と謂うのは?」
「それは、『ブラックジャック』だそうです。足し算の練習にもなるもので、幼稚園でも良くやらせているそうですよ」
「成程ね。最後の『仲良しさん』は?」
順子先生はニコニコし乍ら謂った。
「それは、『神経衰弱』だそうですよ」
いずなが喜び勇んで謂った。
「パパ、何しゅる?」
吾郎先生は、居間の引き出しからプラスチック製のカードを取り出し乍ら、思案気に謂った。
「そうだね。『足せるかな?』にしようか?」
「うん。いいお」
ジャンケンの結果、親は吾郎先生だった。最初は互角の勝負だった。双方とも勝ったり負けたりで、2勝2敗。然し、其の内、俄然、いずなが勝ちだした。途中、奇妙な事が起きた。いずなは13でスタンドしたのだ。親の吾郎先生は5が見えている。親のため16以下ではドローしなければならない。吾郎先生が、フムと頷き3枚目をドローしようとした瞬間である。
「パパ。じゅるだめでしゅよ。パパのは、大好きよの王子たま」
順子先生は怪訝な顔をしている。
「?」
吾郎先生はニコニコし乍ら手を止め、引こうとしていたカードを、山札を持っていた左手中指で器用にスッと押し込み、一番上のカードを引き直した。吾郎先生は悪びれた様子も無く、
「はっはっは。菜月ちゃんは、実に目が良いねえ」
横できょとんとしている順子先生を後目に、開いたカードはハートのJだった。吾郎先生のバーストである。そして最後の勝負、今度もいずなは、何の逡巡も無く、14でスタンドしたのだ。順子先生に、当然の様に、忽ち沸きあがる、些細な、其れでいて、異質な違和感。
(何故?)
吾郎先生も14である。矢張り、引かざるを得ない。結局、引いたのはダイヤの8で、吾郎先生のバーストである。結果、いずなの7勝3敗で終戦した。そして、順子先生は考える。そうだ。奇妙なのは、此処なのだ。ブラックジャックの最終戦、菜月がスタンドしたのは、7以下の札を引いて来れないと判断した結果である。此の判断自体は、然程、おかしな事ではない。確率的に13分の7であり、略、五分五分と謂っても良い。若干、7以下の可能性の方が大きい訳であるが、然し其れも、判断と謂ってしまえば其れ迄である。然し此の場合、奇妙なのは、菜月が何の躊躇も無く其の判断を下した点にあるのだ。まるで、次に来る札を知っていた様ではないか。吾郎先生は右手人差し指を口に当てて暫く考えていたが、頓て、ニッコリ笑うと、
「菜月ちゃん。本当に強いねえ。じゃあ、今度は『仲良しさん』をやろう。…そうだ、ママ。家にもう一組トランプあるかなあ」
順子先生は、はっとして、
「確か、去年、菜月が幼稚園で貰ってきた…」
「だるましゃんトランプ! いじゅな持ってくゆね」
いずなは、先刻の嵐が嘘の様にご機嫌である。彼女は二階の子供部屋にトランプを取りに行った。
「菜月ったら、あのだるまさんトランプがお気に入りなんですよ」
いずなはトランプを持って、すぐに戻って来た。確かに裏にはユーモラスなだるまさんが描いてある。吾郎先生はいずなのだるまさんトランプを借りると、裏返しに並べた。更に、先刻使っていたトランプも裏返しにして並べ、斯う謂った。
「菜月ちゃん。今日は『本当に仲良しさん』を、やろう」
「どんなの?」
いずなは、わくわくして、すぐに食い付いた。
「簡単だよ。同じ数字。同じマークで無いと仲良しさんになれないんだよ」
いずなはニコニコし乍ら頷いている。
「うん。分かった。やろう」
「よし、じゃあ、ジャンケンで勝った方が先攻だね」
吾郎先生はそう謂うとジャンケンをした。吾郎先生がチョキ、いずながパーで、吾郎先生の先攻である。
「ありゃ、今度も菜月ちゃん、ジャンケン、負けちゃったね」
「えへへ…」
吾郎先生は手前にある、だるまさんトランプから捲った。スペードの3である。そして、また、だるまさんトランプを捲った。スペードのQである。其の時、いずなが口を挟んだ。
「パパだめでしゅよ。だるましゃんトランプに仲良しさんいましぇんよ。だるましゃんトランプの次は、パパのトランプ。そうすれば…」
いずなは、ニコニコし乍ら、左手でパーを出し、右手でチョキを出し、自分の目の前に突き出した。先ほどの先攻決めジャンケンの組み合わせである。それを見た吾郎先生は、丸い眼鏡の奥できらりと細い目を光らせたが、好々爺然としたいつものニコニコ顔に戻ると、謂った。
「ハッハッハ。菜月ちゃんは、本当に賢いねえ」
然し、笑顔とは裏腹に、人差し指を口許に当てて考え込んでいる。
「じゃあ、次はいじゅなね」
いずなは、先程、吾郎先生が引いたスペードのQを開くと、
「えーっと、お芋たんの葉っぱのお姫たまは…」
いずなはそう謂い乍ら、中程にあるトランプを開いた。其れは、何とスペードのQだった。
「!」
順子先生は驚いた。えっなんで? と謂う思いだった。然し、そんな順子先生にお構い無しに、いずなは当て続ける。6組連続で取り、7組目で、
「ありゃ、違ったった」
と、終了。此れには順子先生も、当然、言葉が無かった。
(此れは、もう、偶然なんかじゃない。偶然だとしたら、ざっくり計算しても、146億分の1くらいの確率だ。ありえない。一体、如何謂うトリックなんだろう)
順子先生は、半ば呆れ乍ら見ていた。此れなら、子供達が菜月をズル呼ばわりするのも頷けた。然し、大人の自分が見てもトリックが、皆目分からない。結局、49組対3組でいずなの圧勝だった。吾郎先生はと謂うと、後ろ手を組み乍ら立ち上がり、
「はっはっは、菜月ちゃん本当に強いねえ。よし、ご褒美をあげよう」
そう謂うと、居間の大型複合機から、A4用紙を20枚ほど取り出した。吾郎先生は、自宅にも併設された病院とLAN回線で繋がっている大型複合機を置いていた。そして、いずなの横に座ると、いずなに渡した。
「はい、お絵かき用だ」
「わーい。ありがと、パパ」
いずなは鉛筆をくそ握りにすると、お花の絵を描き始めた。其れをニコニコ眺めていた吾郎先生であったが、ふと、思い出した様に、A4用紙の短い辺を指差し乍ら奇妙な事を謂い出した。
「菜月ちゃん。此の紙の短い辺。此れを1としたら、此方の長い辺はいくつになるのかなあ?」
順子先生はきょとんとしている。いずなは自分の広げた両手の指を見つめ乍ら、即座に謂った。
「お指じゃ、出来無いよお」
「そうか、お指じゃ出来無いかな?」
でも、其の後、いずなはニコニコし乍ら、不思議な話を始めた。
「うーんと、小さい方にお家を作るの、ちかくいお家。まちかくの…。そしたら、お家は1」
そう謂うと、いずなは指を一本だした。吾郎先生はうんうんと肯いている。
「其れで、大きい方にもお家を作るの。まちかくの…。そしたら、お家は2」
いずなはチョキをだした。さらに、A4用紙の対角線に鉛筆でギギギと線をいれると、
「斜めの道にもお家を作るの、まちかくの…。そしたら、お家はたん」
そういって、指を3本突き出した。そして、ニッコリし乍ら、
「ねっ、斯うすればお指で、出来るでしょ」
順子先生は、いずなの分かった様な、分からない説明を、虚ろな面持ちで聞いていた。如何にも、幼児の戯言である。如何やら、家の数を謂っているのであろうが、それに対して、吾郎先生はうんうんと肯き乍ら、謂った。
「そうだね。其の通りだね。菜月ちゃんは本当に賢いね」
いずなは、えへへと、嬉しそうに笑うと、
「ちかくいお家を作りましょ♪ ちかくいお家を作りましょ♪」
と、お歌を歌い乍ら、家の絵を描き始めた。吾郎先生はそんないずなを腕を組み乍ら、口許に人差し指を当て見つめていたが、其のうち、いずなはテーブルに突っ伏して気持ち良さそうにお昼寝を始めてしまった。幼稚園の上っ張りのままだったが、吾郎先生はいずなを負ぶさると、
「成程ねえ、四角いお家か…。ママ、もう一杯、お茶をお願い出来るかな。僕は、菜月を子供部屋のベッドに寝かして来ますから…」
「あっ、はい」
と、順子先生。彼女は、一生懸命思考を辿るも何が何だか、さっぱり分からない。まるっきり五里夢中で、まるで、狐にでもつままれた様である。幼稚園の先生方が奇妙だと謂っていた理由も良く分かった。相対の勝負である以上、其の勝率は50%、即ち、2分の1であるべき筈である。にも拘らず、ジャンケンにしても、トランプにしても、あの勝率は尋常では無い。考えれば考える程、不思議な話である。何か取り留めた理由がある筈なのだが…、順子先生は超常的な現象まで疑った程だ。医師である自分が信じられ無くなる。順子先生はお茶をお盆に載せて居間へ行くと、夫は、電話でお寿司屋へ出前を頼んでいた。順子先生はテーブルの上にお茶を置くと、吾郎先生の隣に座った。
「あなた、菜月は如何しました?」
「ああ、ママ。グッスリ寝てるよ。疲れたのだろうね。ママも疲れたろう。明日は休診日だよ。今、お寿司を頼みました。ママもゆっくりしたら良い」
「ありがとうございます。…あの、それで、菜月について、何か気が付いた事ありますの?」
「…まあ、俄かには、信じ難い事だけれどもねえ…。菜月は、他の園児達から見れば、民話などに登場するサトリの様に映ったのだろうね。親としては、甚だ穏当を欠く発言ではあるけど…」
「?」
そう謂うと、吾郎先生は頭を掻き乍ら、ズズズとお茶を啜る。そして、徐に語りだした。一体、どの様なトリックが伏在していると謂うのだろうか?
いずなの幼児期の不可思議な逸話。此れには本当にトリックがあるのだろうか? 数奇な経歴の持ち主である吾郎先生の推理が冴える。そして、いずなの悲しい初恋物語の行方は? 次回、『第25話 Goodbye To Love【後編】』。おたのしみに。




