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第21話 孤高の僧正

 古今東西(ここんとうざい)()わず、世間(せけん)には、(すこぶ)珍妙(ちんみょう)流行(はや)(すた)れがあって、後から振り返ってみた時、何であんな物がと()う様な物が流行(りゅうこう)する事が(まま)ある。まあ、(たし)かに、そう()われてみれば、学校と()う村社会に()いても、卒爾(そつじ)として、(なん)前触(まえぶ)れも無く、実に奇態(きたい)な物が流行(はや)る事が往々(おうおう)にしてある。


 ()れは、時として、怪談であったり、クイズであったり、卑猥(ひわい)冗談(じょうだん)であったり、はたまた、都市伝説であったりとする(わけ)なのだが、()れは何も、特段(とくだん)に、(めずら)しい椿事(ちんじ)()(わけ)でも無い。(むし)ろ、学校に()いて、当たり前と(まで)()えぬ(まで)も、まあ、日常的な現象(ムーブ)であって、()(しゅ)、浮かんでは消える、()わば、泡沫(うたかた)の様な代物(しろもの)なのである。そう()った意味では、今から(しる)()のお話も、そうした無数にある潮流(ちょうりゅう)の中の、眇眇(びょうびょう)たる(うね)りの一つに過ぎず、()一件(いっけん)抑々(そもそも)()れは、(のち)に正太郎により、『孤高(ここう)僧正(ビショップ)』と命名(めいめい)された命題(クイズ)なのではあるが、事の発端(ほったん)は、以下の様な、(まこと)に、些細(ささい)四方山話(よもやまばなし)から始まったのである。


 先週の『13個の(おもり)』の事件から、丁度(ちょうど)、一週間後。月が替わって、翌週のまたしても金曜日。(すなわ)ち、10月の5日の事である。部室に蝟集(いしゅう)したメンバーの中の明彦が、ノートに何やら書き出し(なが)ら、唐突(とうとつ)に、こんな事を()い出したのである。

「そう()えばさあ。昔、こんなのが流行(はや)らなかったか? ()の図に(まつ)わる怪事件の(うわさ)。全部引ききると、死神が姿を現すとか()う…」


 ←前 【参考】

 ●●●●●

 ●●●●×

 ●●●●●

 ●●●●●

 ●●●●●


 図を一目見るなり、全員が了解(どうい)した。そして、正太郎が如何(いか)にも(なつ)かしそうに、声を()げる。

「おお、流行(はや)った、流行(はや)った。確か、小学校の(ころ)だよな。あれだろ、同じ●を二度と通らず、×も通らず、縦横(たてよこ)に進んでいき、(すべ)ての●を通すって(ヤツ)だろ。祐ちゃんも良くやって居たよなあ…」

 と、正太郎が()えば、祐子も、

「うわあ、(なつ)かしいね。正ちゃんこそ、良くやって居たじゃない。…英語の授業中(じゅぎょうちゅう)に」

「そ、そんな事無いよ」

 ノートを(のぞ)き込んだひろみも()った。

「本当。(たし)かに、(なつ)かしいわね。あんまり、流行(はや)るから、岡中では、禁止されていたわよ」

「ムッキー、(なつ)かしい。いずなも良くやったよ。斜めはいけないんだよね。(たし)か、全部引ききると意中の人と結ばれるって話で、女の子達が(こぞ)ってやっていたよ。()の×の(ところ)に好きな人の名前を書いてさ」

 凛子が首を(かし)げて、怪訝(けげん)そうな顔をして()った。今日は(あざ)やかな檸檬色(レモンいろ)のカチューシャをしている。(ひそ)みに(なら)うの故事(こじ)()(まま)に、笑顔無くとも、一段と美しい。

「えー違うでしょ、いずな。有度(うど)中では、殺したい相手の名前を書いて、全部引ききると、書かれた相手が不慮(ふりょ)の事故で、死ぬとか何とかって。そんな話じゃなかったけか…?」

 ひろみも、それを受けて同調する。

「岡中も、そうだったよ。だから、学校で禁止になったんだから…」

「ムッキー、()何処(どこ)のデ●ノートよ。(まった)く、もう…。もっとロマンチックな話だよね、ケースケ。ケースケの学校でも好きな人と結ばれる話だったんでしょ?」

「いや、違うぞ。何か、もっとホラー仕立(じた)てな話だったぞ。なんでも、()る高名な数学者が()の問題に挑戦して、ずっと取り組んでいたんだが、()る日、解けた図面を前に発狂している姿が発見されたとか何とか…。高志ん(とこ)もそうだろ?」

 高志は図面を(のぞ)き込み(なが)()った。

「うちの中学では違っていたなあ。()れに、抑々(そもそも)、×の位置が微妙(びみょう)に違うぞ」

「えっ、そうなの?」

 ひろみが聞き返す。高志が(うなづ)いて答える。

「ああ、×の位置が左下(すみ)の右隣だった」

「つまり、中央上下に線を引き、線対称の位置って事?」

「ああ、…そうだな。()れに、恋占いや呪いや怪談の要素は、(まった)く、無かったな。なんでも、RSA暗号のプログラミングを専門に手掛けている、とあるコンピューター会社が大型コンピューターを駆使(くし)して、解こうとしたが、解くまでに3日3晩かかって、挙句(あげく)にコンピューターが熱暴走して焼失したとかって聞いたぞ。…有り得ねえだろ。(すべ)ての順列(じゅんれつ)を計算したとしても、たかだか、24の階乗(かいじょう)だぞ」

「ムッキー。RSA暗号とか、熱暴走とか、『よろしくお願いしまーす』っぽいキーワードだねー」

 横で明彦が電卓を(たた)(なが)()った。

「まあ、ざっと、10の23乗程度だがな」

 いずながニヤニヤし(なが)ら突っ込んだ。

「うっわー、眼鏡(メガネ)、ひまー。()の電卓、24(けた)も表示出来(でき)るの?」

出来(でき)(わけ)無いだろ。対数(たいすう)関数を使ったに決ってんだろ…」


 だんだん、話が横道に()れた(ところ)で、祐子が懸命(けんめい)に話を戻す。

「でも、私の聞いた話は違うなあ。(なん)でも、昔、清水区の何処(どこ)かで、とある気の狂った数学者が、自分の血で自室の壁に重要な事を書き留める(くせ)があったらしいの。でも、()る日、()の図面を前に、失血死した状態で発見され、壁には血文字で、『私は、()の問題について、驚くべき解法を発見したが、()れを書くには、此処(ここ)の壁の余白(よはく)も、私の血液も少な過ぎる』とか、書かれていたんだって…。本当に、(こわ)いよね。一体(いったい)、清水区の何処(どこ)ら辺の話なんだろ?」

「ムッキー、ゆうちん。()れ、本当の話なの? ()の清水に、そんな奇怪(きっかい)な人物が居たなんて…」

 いずなも(ふる)()がる。(しか)し、高志は、如何(いか)にも胡散臭(うさんくさ)そうに、(まゆ)(しか)(なが)ら、()()った。

「何だよ。思いっきり、(うそ)くせえ話だな。()れに、後半部分の(くだり)が、何処(どこ)かで聞いた事の有る様な逸話(エピソード)なんだが…?」

 正太郎が(あき)れながら、(にべ)も無く()き捨てる。

「あのなあ…、()れ。『フェルマーの最終定理』だろ。()逸話(エピソード)から、パクって来ただけじゃねーか。(まった)く、バカバカしい。ねえ、祐ちゃん。一体全体(いったいぜんたい)()与太話(よたばなし)、誰から聞いたの?」

「…(たし)か、康代ちゃんから…」

 正太郎は苦笑(くしょう)(なが)()った。

「だろうと思った。如何(いか)にもヤスベエが作りそうな話だもんな。如何(どう)せ、彼奴(アイツ)の事だ。(みょう)な都市伝説が流行(はや)っているのを()い事に、尾ひれを着けて吹聴(ふいちょう)したんだろう。(まった)く、ヤスベエがやりそうな事だ」

「まーた、あのやじろべえか。あの野郎(やろう)精神構造(メンタリティ)が、基本、ネラーだからな。(まった)く、しょうがねえ。こんなデマ飛ばして、一体(いったい)、何が面白(おもしろ)いのか…」

「まあ、(ヤツ)のモットーが、『人口(じんこう)膾炙(かいしゃ)する風説(ふうせつ)流布(るふ)』、みてーな(ところ)があるからな」

 正太郎が肩を(すく)める。だが、高志は顔を(ひそ)める。

迷惑(めいわく)()の上無い野郎(ヤロー)だな。やってる事はただの、サムネ一本釣りやバーボンハウスじゃねーか」

「ムッキー、ヤスベエったら。()れで、誰か出来(でき)た人はいるの? いるなら、いずな教えてもらおうと思ったんだけど…」

「私は出来(でき)無かったわよ」

 と、凛子。()れに続いて、ひろみも同意する。

「ムッキー、ケースケは?」

(おれ)出来(でき)た事は無いなあ。高志は、如何(どう)なんだ?」

「ああ、(おれ)も死ぬ(ほど)やったが、一回も成功した事は無いぞ。まあ、お前らのとは×の位置が微妙(びみょう)に違うんだがな…。()れに、(おれ)、×の位置をいろいろ変えてやったんだが、他にも出来(でき)無い場所が有ったぜ。だが、出来(でき)る場所も有るんだよなあ。(たと)えば、左下(すみ)を×にした場合、見てのとおり、一見して、出来(でき)るだろ。つまり、一ヶ所×にした、イコール引け無いという(わけ)じゃ無いらしい…」

 祐子が()った。

「正ちゃんは?」

 正太郎は肩を(すく)め、笑い(なが)ら、()()った。

出来(でき)てたら、()の場で発表しているさ。鬼の首を取った様にな。明彦は如何(どう)なんだ?」

「そう()えば、(おれ)出来(でき)た事は無いなあ…。如何(どう)せ、こんなの、退屈(たいくつ)授業(じゅぎょう)の時間(つぶ)しだろ。授業(じゅぎょう)が終われば、()れっきりだしな」

 祐子が腕組(うでぐ)みし(なが)ら、人差し指を口元に当てて、(つぶや)いた。

「…結局(けっきょく)、誰も出来(でき)た人はいないんだ…」

 いずながニヤニヤし(なが)()った。

如何(どう)したの? ゆうちん。ひょっとして、スイッチ入っちゃった?」

「私、気になります」

 やはり、微妙(びみょう)に似ているのである。(しか)し、()の話題は()れを機にフェードアウトして行き、次第(しだい)に明日からの3連休の話題となって行った。


 正太郎と祐子は二人で並んで帰り道を歩いている。今日は二人とも徒歩である。もう(すで)に10月ではあるものの、二人とも()だ夏服であり、祐子の白のブラウスが(まぶ)しかった。暑さも(ようや)くに一段落(ひとだんらく)(むか)え、時折(ときおり)吹く清清(すがすが)しい(おぎ)の声が、道端(みちばた)でコスモスの鴇色(ときいろ)の花弁を揺らしていた。祐子は言葉少なで、(しき)りに何か考え事をしている。正太郎は気になって声を掛けた。

「祐ちゃん、如何(どう)したの? ひょっとして、先刻(さっき)の問題を考えているの?」

 祐子はニッコリ笑うと、正太郎に()った。

「えへへ…。やっぱり、分かる?」

「まあ、祐ちゃん、ああ()うの好きだからなあ。でも、あれってクイズじゃ無いだろ?」

「そんな事無いよ。何処(どこ)から、如何(どう)見てもクイズだよ。(ただ)、正解が分から無いって、()うだけで…」

「クイズと()うよりも、(ただ)の都市伝説だろ。(おれ)も、小、中と散々やったけど…」

 正太郎は其処(そこ)で口を(つぐ)むと、静かに回想した。(たし)かに、あの問題は明彦が()う様に、退屈(たいくつ)授業(じゅぎょう)(ひま)(つぶ)しの側面(そくめん)が、かなり強い。特に、正太郎の様に教科の好き嫌いがハッキリしている人間にとっては、あの問題に接する時間が(さら)に多くなる。正太郎の場合は、(おも)に、英語の授業(じゅぎょう)であった(わけ)であるが、何度か自宅でも試みた事があるし、高志がやった様に×の位置を変えてやった事もあった。(しか)し、問題通りの×の位置では出来(でき)た事は、一度も無かった。正太郎は()の経験から、つい思いを吐露(とろ)した。

()れに、直感。あれは引ききる事が出来(でき)無いと思う…。証明(しょうめい)出来(でき)無いけどさ…」

 ()れを聞いた祐子は、上気(じょうき)して(しゅ)に染まった顔で正太郎の腕を(しっか)りと(つか)み、目をキラキラさせて()()った。

「やっぱり? 正ちゃんも、そう思う? 私も中学校の時、出来(でき)無いんじゃないかなって、そして、それを証明(しょうめい)しようと思ったけど、駄目(だめ)だった…」

「ああ、実は、(おれ)も中学校の頃に、出来(でき)無い事を証明(しょうめい)しようと(こころ)みたんだけど、取っ掛かりすら分から無かった。多分(たぶん)、一筆書きみたいにトポロジーの問題じゃないかと思うんだが…。でも、一筆書きは奇点が3個以上で、出来(でき)無い事が判るけど、()の問題は当て()まらないんだよなあ…」

「私、気になります!」

()れは、もう、()いって…」

 祐子がもじもじし(なが)ら、提案した。

「正ちゃん、あのね、あのね。…良かったら、今から、おうちに来て、一緒に考えない?」

 またまた、先週と同じ展開である。祐子は上目遣(うわめづか)いに正太郎をじっと見つめているが、(いま)だ目をキラキラさせている。祐子が何かお願い事をする時の眼差(まなざ)しだ。正太郎は、少々(しょうしょう)躊躇(ちゅうちょ)した。祐子の家に行く事自体(じたい)は、然程(さほど)(やぶさ)かでは無い。(しか)し、先週、祐子のお母さんには、大変バツの悪い思いをしている。正直、少々(しょうしょう)遠慮(えんりょ)をしたい気持ちもあった。


 だが…。


駄目(だめ)だ。祐ちゃんが、()の目をしている時は、絶対に退()かない…)


 祐子は(いま)だ、じっと正太郎を見つめている。コロコロっとした体型の祐子が上目遣(うわめづか)いで、お願い事をする時の(ひとみ)だ。ちょっとポチャ可愛(かわい)い。正太郎は(あきら)めた様に肩を(すく)(なが)ら、()()った。

「分かったよ。どうせ、(ひま)だし。一旦(いったん)、家に帰って、着替えてからすぐに行くよ。でも、祐ちゃん()(おれ)出禁(できん)になってない?」

「うん、勿論(もちろん)大丈夫(だいじょうぶ)。ママも、次に正ちゃんが来るの楽しみにしてたから…。待ってるね」

 祐子の笑顔が(はじ)けた。そして、正太郎は思った。

(やれやれ。()の笑顔には(かな)わないなあ)

 そして、二人は渋川橋(しぶかわばし)東の交差点で一旦(いったん)別れ、それぞれの自宅に向かった。(しか)し、正太郎は(しばら)く立ち止まり、祐子の後姿を見送った。祐子の丸っこい体躯(たいく)が、渋川橋(しぶかわばし)へと向かう坂道を、トコトコと登って行くのが見える。何処(どこ)と無く(うれ)しげな後姿であった。


 正太郎は白のTシャツにグレーのハーフパンツにサンダルという、レディの家への訪問と()うには(いささ)かラフな格好(かっこう)で、自転車に(またが)った。季節も(すで)に10月である。が、(しか)し、陽気(ようき)的には9月の初めと()っても()い。()れこそ、入道雲でも見えそうな陽気(ようき)であったが、夏の暑さとは訣別(けつべつ)した色無き風が、時折(ときおり)自由奔放(じゆうほんぽう)に渡って行く。そして、空を見上げれば、青いキャンパスに2、3度、白い絵の具を、面相筆(めんそうふで)で軽く()でた様な巻雲が、今の(さわ)やかな季節を、(あざ)やかに証明(しょうめい)していた。正太郎は、()清清(すがすが)しい空気を思い切り吸い込むと、巴川(ともえがわ)の方に向かって()ぎ出した。(にわ)かに、水草の香りがした。巴川(ともえがわ)の向こう岸の土手には()()彼岸花(ひがんばな)群生(ぐんせい)している。正太郎は不吉な名を持つ()の花が少し苦手(にがて)だった。()の昔、祐子にあげようとして巴川(ともえがわ)に下りていった処、祐子の母親に、(はげ)しく、叱責(しっせき)された。以来(いらい)彼岸花(ひがんばな)と祐子の母親には、若干(じゃっかん)苦手(にがて)意識を持つ様になっていた。祐子の家に着くと、(くだん)の母親が庭で水をやっていた。

「…こんちは」

 正太郎は()()ずと挨拶(あいさつ)をした。母親は、祐子から聞いていたのであろう。正太郎を見るとニッコリして()った。

「いらっしゃい、正ちゃん。祐ちゃんがお待ちかねよ」

 と()い、家に向かって呼びかけた。

「祐ちゃーん、王子様のご来訪よー」

「はーい、今、行きまーす」

 と、声が聞こえ、二階から降りて来た祐子が、ひょっこり玄関に顔を出した。祐子は石竹(せきちく)色の地に、豊満(ほうまん)な胸の(あた)りに大きく青で『LOVE』と印刷されたTシャツに、瑠璃紺(るりこん)色のハーフパンツで此方(こちら)も相当ラフな格好(かっこう)である。驚いたのは髪形である。祐子は、元来(がんらい)、ショートカットである。最近、多少(たしょう)髪が伸びたなとは思っていたが、()の時は、短めのツインテールにしている。帰宅後、(すぐ)に整えたのだろう。祐子のツインテールを見るのは小学校以来(いらい)であり、あの当時に戻ったみたいで、それはそれで、意外と()うか、かなり可愛(かわい)らしい。正太郎が呆気(あっけ)に取られて、見とれていると、祐子は顔を左手で隠し(なが)ら、指を広げた右手を突き出し、振り(なが)()った。

駄目(だめ)! 恥ずかしいから(あま)り見ないでぇ」

(なら、何故(なぜ)した)

 正太郎は、そう思わない(わけ)でも無かったが、(あわ)てて、素直(すなお)()めた。

「いや、すごく似合(にあ)っているよ。可愛(かわい)らしいよ」

「もう…、恥ずかしいよ、正ちゃん」

 祐子も()()になっている。其処(そこ)へ、母親が多少(たしょう)おどけ(なが)らやって来た。

「ハーイ、あんた達其処(そこ)まで。続きはお部屋でね」


【お約束の告知】

 (さて)()の問題をクイズとして(とら)えている貴方(あなた)此処(ここ)で本を置いて考えてみよう。論理的に、引けない事を証明(しょうめい)出来(でき)ますよ。


 母親の()の一言で、正太郎も(すで)()()である。祐子に案内されて家に上がったが、階段の前で祐子に『お先にどうぞ』と、(うなが)されて先に登って行った。前回は祐子の(うし)ろについて登ったのだが、何の事は無い。祐子も大きく育ったお尻を下から見上げられたくなかったのだろう。()(あた)りに、思春期女子特有の恥じらいがあるのかもしれない。祐子の部屋は相変らず整然(せいぜん)としている。正面のベランダへの出入り口は全開であり、清清(すがすが)しい、細荻(ささらおぎ)が、部屋の中を遠慮(えんりょ)がちに、通り抜けていく。ベランダの向こうには巴川(ともえがわ)。そして、先程(さきほど)見た彼岸花(ひがんばな)群生(ぐんせい)が、赤い絵の()を流し込んだ様に、川面(かわも)と岸の境界(きょうかい)を、より一層際立(きわだ)たせていた。

「本当に気持ちが()いお部屋だね。祐ちゃんのお部屋は」

「えへへ…、そう? だったら、もっと遊びに来てよ」

「えっ、だって先週、来たばっかじゃないか」

「でも、()の前に来たのは小学校6年の時が最後だよ。中学の夏期講習の時は、部屋には上がらなかったし…」

「そうだっけか? 小学校6年の時、祐子ちゃんのママに怒られちゃったし、先週はバツの悪い思いをしたし、ちょっと、心配だったんだ」

 祐子は、巴川(ともえがわ)向こう岸の彼岸花(ひがんばな)に眼をやった。

「あの、彼岸花(ひがんばな)()みに行った時の事だね。あの時、私も家に帰ってから、すごく怒られた。子供のやる事なんだし、…ママもあんなに怒んなくても()いのに…」

 正太郎は笑い(なが)()った。

「子供のやる事だからだよ。川へ下りていって、万一、川に転落でもしたら、大事件だ。(おれ)が親でも(おこ)ると思うよ。()れに、抑々(そもそも)彼岸花(ひがんばな)自体(じたい)が毒草だ。祐ちゃんのママのお(いか)りも(もっと)もだよ」

「えっ、そうなの」

「ああ、()れも結構(けっこう)強いそうだよ。彼岸花(ひがんばな)。別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、地獄花、死人花(しびとばな)、幽霊花、蛇花、お墓花。なんだか、不吉な呼び名しか無いしね。(おれ)はちょっと苦手(にがて)な花だな。実に、(あざ)やかで秋らしい花なんだけどね…」

「そうなんだ」

 そう()うと、祐子はベッドに腰掛けた。薄桃色のTシャツにツインテールの祐子。とても可愛(かわい)らしい。祐子と目が合うと、祐子は()(まま)、目を閉じた。正太郎は祐子の髪を()(なが)ら、(やさ)しく(くちびる)にキスをした。祐子からは(ほの)かに甘い香りがした。

「えへへ、先にご褒美(ほうび)もらっちゃった…。よーし、頑張(がんば)って解かないと…」

「そ、そうだね」

「そうだ。()の前みたく、碁盤(ごばん)持って来る? ああ()うのがあった方が…」

 正太郎は赤面し(なが)らも、すかさず同意した。()だ、先程(さきほど)接吻(キス)の甘い余韻(よいん)が残っている。

「ああ、そうだね」

 (しか)し、祐子が碁盤(ごばん)を取りに部屋を出ようとした瞬間(しゅんかん)咄嗟(とっさ)に正太郎が注文をつけた。

「あっ、ちょっと、待って。祐ちゃん。()の…チェス(ばん)はある? 何となくだけど、其方(そっち)の方が…」

 祐子は(いぶか)(なが)らも、()った。

「うん、あるけど…。分かった。持ってくるね」


 正太郎は祐子の出て行った部屋の中を見回していた。何時(いつ)の間にか、机の写真スタンドの他に、祐子のベッドの枕元に、正太郎の浴衣(ゆかた)姿の写真が置いてある。港祭りの時の写真で、先週には無かった物だ。正太郎は少し赤面(せきめん)しつつ、祐子の(もど)りを待った。祐子は立派(りっぱ)なチェス(ばん)(かか)え、すぐに(もど)って来た。

「おまたせー」

 良く見ると、祐子の後ろから、クリーム色の毛並みを持つ、祐子の忠実な友であるラブラドールレトリバーのペスも、のこのことついてくる。()れを見咎(みとが)めた祐子が、(さえぎ)る様に言葉を掛けた。

駄目(だめ)よ、ペス。お客さんなんだから…」

「くうん」

 少し、項垂(うなだ)れるペス。少々(しょうしょう)、不満そうである。(しか)し、此処(ここ)で正太郎が助け舟を出した。

()いよ。祐ちゃん。…ペス、おいで」

 正太郎の言葉が分ったのか、ペスは愁眉(しゅうび)(ひら)くと、わんわんわんと(うれ)しそうに尻尾(しっぽ)を振り(なが)ら、正太郎の(もと)()り寄ってきた。

「言葉が分るのか。相変わらず、賢いな」

 そう()(なが)ら、ペスの頭を()でる正太郎。ペスも(しき)りに鼻を(こす)り付けて来る。

「もう、ペスったら。正ちゃんに甘えて」


 祐子はチェス(ばん)を、部屋中央のテーブルに置くと、二人向かい合うように座った。正太郎が祐子のベッドを背に、祐子と向かい合う形である。祐子の持ってきたチェスセットは恐ろしく高級品であった。駒はまるで彫像(ちょうぞう)の様である。(ばん)自体(じたい)もかなり大きな物だった。

「うわー、(えら)く高級そうなセットだね。()れも、お父さんの?」

「うん」

「こんな、立派(りっぱ)なセット、一般家庭じゃ、まず、見掛け無いよ」

 祐子はニコニコし(なが)ら、

「だって、うちの家業、元々は、海外雑貨輸入商だもん。今はコンピューターゲーム屋さんだけど…」

「あはは、そうだったね。(しか)し、見事なもんだね。ボードは柘植(つげ)かな。駒は象牙(ぞうげ)? いや、大理石(だいりせき)黒曜石(こくようせき)だな…」

 正太郎は興奮して、駒をいろんな角度から見ている。

「ひょっとして、バックギャモンとかドミノもあるの?」

「うん。象牙(ぞうげ)(やつ)…」

「うわあ、今度それも見せてね。ていうか、祐ちゃんとやってみたいな。勝てる自信(まった)く無いけど…」

「うん、いいよ」

「よーし、じゃあ、当面(とうめん)の問題を片付けよう。ところで…、わー、祐ちゃん、何持っているの?」

 正太郎が(おどろ)いて叫び声をあげる。祐子の右手には油性マジックが(しっか)りと握られている。

「分かり(やす)い様に、()れで、線を引こうと思って…」

 こんな高級そうなチェス(ばん)に、油性マジックで線など引かれたら、(たま)った物では無い。

「祐ちゃん。それは勘弁(かんべん)してあげて。祐ちゃんのパパ、間違(まちが)い無く、泣いちゃうよ…」

「…そうかな?」

「そうだよ、…もう」

 其処(そこ)で、A3用紙をL字型に切って、上からチェス(ばん)に重ね、即席(そくせき)の5×5(ます)のチェス(ばん)が作られ、(くだん)の×の場所に該当(がいとう)する黒枡(くろます)に、白の僧正(ビショップ)が置かれた。そして、正太郎が宣言(せんげん)した。

(さて)と、()れで、準備完了だね。其処(そこ)で、確認なんだけど。まず、()の問題が『引き切る事が出来(でき)ない』事を、仮定とし、それを証明(しょうめい)する。と()う流れで()いかな?」

「うん」

「となると、前提条件(ぜんていじょうけん)であるルールの確認だ。

 ①縦横(たてよこ)と隣り合った(ます)にしか移動できない。

 ②僧正(ビショップ)のいる(ます)には入れない。

 ③一度入った(ます)には入れない。

 ④(すべ)ての(ます)を通る。

 っと、条件は()れでいいね」

「うん」

「それでだ、まず、()えるのは、僕から見て右下(すみ)の白の(ます)此処(ここ)が起点、()しくは、終点になる場所である、と()う事。一筆書きで()う、所謂(いわゆる)、奇点に当たるからね」

 そう()(なが)ら、正太郎は右下(すみ)の半島のようになっている白枡(しろます)に、剣を構えた兵士(ポーン)の駒を置いた。

「うん」

 其処(そこ)で正太郎が肩を(すく)めて自嘲(じちょう)する。

「と、此処(ここ)迄は、中坊の時に、散々(さんざん)、やったんだけど、其処(そこ)から先、一歩も進めなくてさあ…、もう、お手上げ。難易度高すぎだろ、()れ…」

「もう、正ちゃんたら、リザイン、早過ぎ!」

「でもさ、()れ、やっていても、何時(いつ)も、奇点が2箇所(かしょ)以上残る印象がしてさ、それで、最終的には詰んでいるんだよな。()れって、証明(しょうめい)にならないかな?」

「なる(わけ)無いよ。もう」


 そうは()ってみた物の、祐子は正太郎の()わんとしている事が、感覚的には理解出来(でき)た。(たし)かにやってみると、()の様な印象を受けるのである。本来(ほんらい)であれば、此処(ここ)からが詮議(せんぎ)為所(しどころ)と成るべき(はず)なのであるが、糸口(いとぐち)が、皆目(かいもく)、見えてこない。取っ掛かりは、一体(いったい)何処(どこ)にあるのだろう? (しか)し、祐子は盤面(ばんめん)(なが)めているうちに、()る事に気がついた。何時(いつ)もの様に、右人差し指を口元に当て(なが)ら、(おもむろ)に、語り始めた。

「ねえ、正ちゃん。今、思ったんだけど、私から見ると、僧正(ビショップ)が左上(すみ)右隣にいる。って事は、()し引けないとすれば、左上(すみ)右隣が僧正(ビショップ)でも、引け無いって事だよね。(さら)、横にいる人が見たら、右列上から2番目。そして、左列下から2番目に僧正(ビショップ)が居る様に見えるよね…」

 祐子はそう()って、(ばん)を90度づつ回転させて行った。孤高(ここう)僧正(ビショップ)が、祐子の動作と共に、360度回って行く。()れには、正太郎も、はっとした。目から(うろこ)とは、(まさ)()の事であろう。

「た、(たし)かに…、そうだ。何で、今まで気がつかなかったんだろう…」

()れなら、高志君が()っていた『他にも引けない場所がある』と()う言葉にも、合致(がっち)する…。ねえ、ところで、何で僧正(ビショップ)なの?」

「?」

 祐子が、如何(いか)にも聖職者風の法衣(ほうい)(まと)い、豊かな(ひげ)(たくわ)えた彫像(ちょうぞう)の駒を(つま)み上げ、当初から(いだ)いていた疑問を口にした。正太郎もきょとんとしている。祐子の質問の意図(いと)が良く判らない様だ。(ようや)く、何故(なぜ)()の駒をと()う、祐子の質問の意図(いと)を正確に理解し、笑い(なが)ら答えた。

「いや、何か駒を置いた方が分かり(やす)いと思ってさ…」

「でも、だからって、何で?」

「いや、本当は何の駒でも良かったんだけど…、たまたま、目の前にあったからさ。それに、ミステリーっていったら、僧正(ビショップ)だろ。あの、名作『僧正(ビショップ)殺人事件』」

 祐子が、()かさず見事な英語を披露(ひろう)する。

「Who killed Cock Robin?」

「うわあ、マザーグースだ。読んでいるね。祐ちゃん」

「えへへ…。()う見えても、元、文芸部部長ですよーだ」

 正太郎は、子供の様な口調(くちょう)()い返すツインテール少女に、多少(たしょう)ドギマギして、顔を赤らめ(なが)らも、続けた。

「それに、僧正(ビショップ)って駒、何か好きなんだよな。神秘的で」

「?」

「だって、チェスの駒の中で、僧正(ビショップ)だけだよ。何手掛けても行けない(ます)が存在するのは。初期配置黒枡(くろます)僧正(ビショップ)は永遠に白枡(しろます)には行けないし、初期配置白枡(しろます)僧正(ビショップ)は絶対に黒枡(くろます)には行けない。同じフィールド内に居(なが)ら、()(まみ)える事は決して無い。(たが)いに、異次元の存在なんだ。()わば、2対(そろ)っての完全体。なんか、アダムとイブみたくてさ、男性と女性って()うのかな。()の駒見るとあの台詞(せりふ)が心に響くんだ。『女性とは、向こう岸の存在だよ。我々にとってはね』って()う…」

「うわー、加持さんだね。(なつ)かしいね。…でも、正ちゃんて、本当に、思考が独特というか、ユニークというか、詩人だよね」

 正太郎は笑い(なが)ら反論する。

「ひどいよ、祐ちゃん。また、からかって…」

「そんな事無いよ…」


 そう()い掛けた祐子の笑顔が不意(ふい)強張(こわば)り、()の言葉が終らぬ内に、言葉が途中(とちゅう)途切(とぎ)れた。正太郎は(おどろ)いて祐子の顔を見つめる。祐子は強張(こわば)った表情で、(くちびる)に人差し指を当て(なが)ら、一点を、と()うより、チェス(ばん)孤高(ここう)僧正(ビショップ)を、まざまざと凝視(ぎょうし)している。驚きと()うよりも、恐怖の表情と()うのが、一番的確(てきかく)な表現なのかもしれない。そう、祐子は(たし)かに、正太郎の言葉から明らかな天啓(てんけい)を受けたのだ。祐子は彫像(ちょうぞう)の様に固まった(まま)だ。正太郎が心配して声を掛けた(ほど)である。

「祐ちゃん、如何(どう)したの? 大丈夫(だいじょうぶ)?」

 祐子はそれには答えず。一言(ひとこと)(つぶや)いた。

「…(かな)()いな…本当に」

「えっ?」

「ねえ、正ちゃん。何で最初に、碁盤(ごばん)でなくてチェス(ばん)を指定したの?」

「えっ、深い意味は無いよ。(ただ)、チェス(ばん)の方が5×5(ます)に近いと思っただけさ…。一体(いったい)如何(どう)したって()うのさ?」

「それだったら、オセロ(ばん)でも()いのに…。それに、僧正(ビショップ)。本当にかなわないよ…。正ちゃんには」

 祐子は表情を(ゆる)めると、(おだ)やかな表情になった。そして、ツツツと、正太郎の左隣に回りこむと、ベッドを背に正太郎と並んで座った。屹度(きっと)、同じ目線に立ちたかったのだろう。そして、横に居る正太郎を見つめて、(ひとみ)をキラキラさせて、一言(ひとこと)(つぶや)いた。


「…解けたの」

「何が?」

()の問題が…」

「え、えーっ、う…そだろ…。こんなに早くに?」

「本当だよ。()のチェス(ばん)と正ちゃんの僧正(ビショップ)の話で…。多分(たぶん)、間違っていない。証明(しょうめい)出来(でき)る。今、検証もした」

証明(しょうめい)出来(でき)るって?」

 正太郎は、思わず慄然(ギョッ)とする。無論(むろん)半信半疑(はんしんはんぎ)である。

「…うん」

「じゃあ、そ、()の、証明(しょうめい)とやらを、是非(ぜひ)、き、聞かせてよ」

勿論(もちろん)だよ。でも、()の前に、前段を説明するね。先刻(さっき)話した、4箇所(かしょ)の引けない場所の話、覚えている? あの時、元々の場所から90度づつ回転させても、同じ状況(じょうきょう)になるって()う話」

「うん」

「でも、それって高志君の中学で流行(はや)っていた場所でも同じ事が()えると思うの。そうすると外周8箇所(かしょ)該当(がいとう)の場所となる。あの時は、(ばん)を回転させたから、ピンと来なかったけど、今度は僧正(ビショップ)の方を動かすね。屹度(きっと)、何か気がつく(はず)だから」

 祐子はそう()うと、()の8箇所(かしょ)の場所へと、僧正(ビショップ)の動き(さなが)らに、駒を動かしていった。(まさ)に、僧正(ビショップ)盤面(ばんめん)()け回っている。

 途中(とちゅう)で、

「あっ」

 と()う、悲鳴(ひめい)に近い正太郎の(さけ)び声が上がった。祐子がニッコリ微笑(ほほえ)むと(やさ)しく()った。

如何(どう)? 何か分かった」

 正太郎は、息を()むと共に、(うめ)く様に答える。

「全…部、(くろ)(ます)だ…。と()うより、()僧正(ビショップ)の動ける範囲(はんい)だけだ」

「正解。となると、帰納的(きのうてき)に考えても、私達が試していない、中央部の菱形(ひしがた)状の、4つの(くろ)(ます)僧正(ビショップ)がある場合も、引けないのではないかと推測出来(でき)る。一方で(しろ)(ます)僧正(ビショップ)がある場合は、引けるのではないかとも類推(るいすい)出来(でき)る」

「うん。(たし)かに…。(くろ)(ます)(しろ)(ます)かあ。…気付けなかった。でも、それは、『恐らく、引けないであろう』と()う、仮定を押し進めた推論(すいろん)であって、証明(しょうめい)にはならないよ」

 祐子はニコニコして()った。

「うん、分かってる。其処(そこ)で、正ちゃんが冒頭(ぼうとう)()った前提条件(ぜんていじょうけん)の①だったかな。思い出して欲しいんだけど」

 正太郎が懸命(けんめい)に思い出す。

「①縦横(たてよこ)と隣り合った(ます)にしか移動できない。だっけか?」

「そう、①の条件を(まっと)うする為には一つ付随条件(ふずいじょうけん)必須(ひっす)である事に気がついたの。()れは、チェス(ばん)だからなのだけど、引いていく過程(かてい)で、必ず、白→黒→白…、あるいは、黒→白→黒…と、違う色の(ます)交互(こうご)に連続しなければなら無いと()う事。()れは、そうだよね。特に、()うしたチェス(ばん)の場合、縦横(たてよこ)隣り合った(すべ)ての(ます)は、今居る(ます)とは違う色、所謂(いわゆる)市松模様(いちまつもよう)なんだから…。(さて)此処(ここ)で本題なのだけど、()付随条件(ふずいじょうけん)(まっと)出来(でき)無ければ、引ききる事は出来(でき)無いって事にならないかな? ()れでは、()の場合、付随条件(ふずいじょうけん)(まっと)うする(ため)の条件はなんだろう? ()れは、白枡(しろます)の数をm、黒枡(くろます)の数をn、とした時、m=n、()しくはm=n±1と成る事」

「ああ!」

 正太郎の驚嘆(きょうたん)悲鳴(ひめい)と共に、祐子のキラキラとした(かがや)いた顔。流石(さすが)に正太郎も何か気がついたらしい。

「で、後は白枡(しろます)黒枡(くろます)を数えてみれば()いのよ」

「…本当だ。僧正(ビショップ)が居る(ます)勘定(かんじょう)に入れなければ、(たし)かに、白枡(しろます)が2(ます)多い…」

「つまり、連続させようにも、白枡(しろます)が必ず一枡(ひとます)余る。(したが)って、()のケースでは、如何(どう)あっても絶対に引き切る事は出来(でき)無い。()れで、先程(さきほど)推論(すいろん)も正しい事が証明(しょうめい)されるでしょ。畢竟(ひっきょう)黒枡(くろます)白枡(しろます)には、見た目以上に、()の性質が峻別(しゅんべつ)されている事になるの。つまり、黒枡(くろます)僧正(ビショップ)がある場合にのみ、引き切る事が出来(でき)無い。()れで、Quod Erat Demonstrandum!」


 (たし)かに明快(めいかい)証明(しょうめい)である。正太郎にとって、『フェルマーの最終定理』にも比肩(ひけん)()る様な()命題(めいだい)を、祐子はいともあっさりと、撃破(げきは)して見せたのだ。正太郎は思った。矢張(やは)り、()の子には(かな)わない。そう思い、素直(すなお)に感想を口にした。

「すごいよ。祐ちゃん。(おれ)、やっぱり、数学では絶対に祐ちゃんに(かな)わないよ。悔しいけど…」

「そんな事無いよ。(かな)わないのは私の方だよ。…まったく、何で、彼処(あそこ)でチェス(ばん)なのかなあ? 今回の証明(しょうめい)は、彼処(あそこ)でチェス(ばん)を持って来させた(ひらめ)きこそが、(すべ)てだと思うよ」

「いや、すごいのは祐ちゃんだよ。(おれ)、チェス(ばん)が目の前にあっても分からなかった…。そして、今、とても感動してる…」

 正太郎はそう()うと、隣にいる祐子を思い切り抱きしめた。例によって、祐子の豊満(ほうまん)な胸に正太郎の顔が(うず)まっている。(しか)も、正太郎は感極(かんきわ)まって涙ぐんでいる。(しか)し、今回、祐子は、然程(さほど)驚かない。と()うよりも、正太郎の行動を読みきって、態々(わざわざ)、隣に移動した(ほど)である。祐子は正太郎の頭を(やさ)しく()(なが)ら、

「正ちゃんのお陰だよ。ありがとね、正ちゃん。大好き」

 そう()うと、祐子も(やさ)しく正太郎を抱きしめた。そして、其処(そこ)で、またまた、様式美(お約束)である。祐子の母親がお茶とお茶菓子をお盆に乗せて入って来た。

「祐ちゃん。お茶とお菓子持ってきたわよ。あら…」

 今回、祐子はママの接近に、(まった)く気がつかなかった。ママの声を聞き、初めて接近に気が付いたのである。祐子は仰天(ぎょうてん)して、咄嗟(とっさ)弁解(べんかい)を始めた。

「ち、ち、違うのママ。()れには、(わけ)があって…」

「わ、わ、わ…」

 正太郎も祐子の弁解(べんかい)を聞くや否や、(あわ)てふためいて飛びのいた。約一間(いっけん)は飛び退(すさ)ったであろう。飛びのいた先で正座である。ママはイタズラっぽい笑顔で続ける。

「はいはい、分かってるわよ。如何(どう)せ、アルキメデスが発見(エウレーカ)した様なもんだって、()うんでしょ。で、()可愛(かわい)いアルキメデス達は、今日は何を発見したのかしら? まさか、偽の王冠の見分け方じゃないでしょうね? 『アルキメデスの原理』だったら、(たし)か、紀元前の段階で、(すで)に発見されている(はず)なんだけどな…」

 正太郎が()()になり(なが)ら、若干(じゃっかん)、ふじこふじこ状態で、必死に弁解(べんかい)する。

「いえ、クイズなんです。僕達、小学校時代から、答えが分からなかったクイズがあるんですが、それを祐ちゃんの、()の、快刀乱麻(かいとうらんま)()つ様な(あざ)やかな証明(しょうめい)を…」

 母親は首を(かし)(なが)らテーブルの上を(のぞ)き込んだ。

「クイズ? …あらっ、ひょっとして、クイズって『24の点』の問題? ()()う物は、(すた)れないものね。良く授業(じゅぎょう)中の(ひま)(つぶ)しにやったわよ」

 祐子が(おどろ)いて(さけ)んだ。

「ママも知ってるの?」

「当たり前でしょ。小、中、高、大と良くやったわよ。でも、解けたのは大学生の時。()れに、解いたのは恭一郎さんだけど…」

 正太郎は小声で祐子に(たず)ねる。

「…一体(いったい)(だれ)?」

「…うちのパパ」

 祐子は()じらい(なが)ら答える。母親は構わず続ける。

「それについて、傑作(けっさく)な話があるの。恭一郎さん、囲碁(いご)が強くて有段者クラスだったの。それで、よく囲碁(いご)部の助っ人として、大会に出ていたの。()の日は、5人の団体戦だったんだけど、恭一郎さんは圧倒的に優勢で、相手は投了(とうりょう)寸前(すんぜん)だったらしいの。それで、他の部員の形勢は2勝2敗。恭一郎さんの結果次第(しだい)で1回戦突破だったらしいんだけど、あの人、()の時、()の問題の証明(しょうめい)に気が付いちゃったらしいの。盤面(ばんめん)を見ていて、急に(ひらめ)いたんだって。()れで、相手は投了(とうりょう)前の形作りの一手を打っただけなのに、(おもむろ)に立ち上がって『分かったぞ!』て(さけ)ぶと、(みずか)投了(とうりょう)して、会場を後にして一目散に私達の下宿に来たわよ。おかげで、チームは一回戦敗退。対戦相手と他の部員は呆然(ぼうぜん)。部長はカンカン。二度と助っ人に呼ばれ無かったらしいわよ」

 祐子が(あき)れて、

「うわあ、パパも相当(そうとう)変人(エキセントリック)だね」

「まんま、『エウレーカ』、じゃないですか」

「本当よね。吉祥寺の街を裸で()け抜けなかったのが、めっけもんよ。それで、あの人、無邪気(むじゃき)な子供みたいに嬉々(きき)として、私に説明するの、ちょっと可愛(かわい)かったな。それで、本人はフェルマーの最終定理を証明(しょうめい)した位の気持ちでいた様なのだけど、後から、割とパズルの中ではメジャーな部類と聞いて大変ショックを受けていたわ。何せ、足掛け10年以上考えさせられてたんだから…」

「えっ、そうなの? ママ」

「ええ、そうよ。パズルの中では、偶奇性(パリティ)系問題って()うらしいわよ。(たと)えば、()()う問題があるの。『()のチェス(ばん)の様に8×8枡の床の部屋があるけど、対角線上の2(すみ)は柱があって全部で62枡。其処(そこ)で、部屋の持ち主が床にタイルを()こうとしたんだけど、1(ます)分のタイルは売り切れ。だから、2(ます)分のドミノ板の様なタイルを31枚買って来たんだけど、何故(なぜ)()く事が出来(でき)無かった。何故(なぜ)でしょう?』って(ヤツ)。あなた達なら、もう分かるでしょ?」

「はい、対角線上の2(すみ)というと、黒枡(くろます)()しくは白枡(しろます)が、2つ分少なくなります。一方、ドミノ板の様なタイルだと白黒対の性質となり、半分に切らない限りは、()けないものと思います」

「そう、正解。だけど、チェス(ばん)でなく、普通の升目(ますめ)だったら、()れは容易(ようい)には気付けない。()の問題はね、チェス(ばん)着目(ちゃくもく)した段階で、8割方正解に辿(たど)り着いているのよ」

 祐子が不満そうに()う。

「そう、其処(そこ)なの。()れが、ちょっと(くや)しい(ところ)なの…」

「何、()ってんの、祐ちゃん。(おれ)なんて、眼前(めのまえ)にチェス(ばん)があっても、分からなかったんだから…」

「へー、すると、チェス(ばん)を持って来させたのは、正ちゃんの指示だった(わけ)?」

「そうなの、ママ。本当に、何で、彼処(あそこ)でチェス(ばん)なんだろ。(くや)しいと()うより、(うらや)ましいな…。()(ひらめ)きが」

「そんなあ…」

 二人の会話を聞いていた母親は、ニッコリ(うなづ)くと、

「本当に、()いコンビなのね。あなた達は。おばさん、応援しているからね。(さて)、お邪魔虫は退散。さあ、ペスもいらっしゃい。ご飯を上げるから。あっ、()れから、祐ちゃん。万一のときは、必ず、アレ使うのよ」

 祐子はニコニコし(なが)ら、

大丈夫(だいじょうぶ)。安心して。必ず使うから…」

 そう()った(のち)に、流石(さすが)に失言に気が付き、()()になって、()い直した。

「いや、ママの頭の上で、そんな事しないから、安心して」

 正太郎も更に小さくなって、()()な顔で(うつむ)いて正座している。無論(むろん)、そうするより(ほか)は無い。母親は笑い(なが)ら、ペスをつれて部屋を出て行った。正太郎は、恐る恐る聞いてみた。

「ねえ、祐ちゃん。ひょっとして、祐ちゃんのお母さん。俺達(おれたち)の、()の、何ていうか、…関係を知っているの…?」

 祐子はもじもじし(なが)ら、()った。

「…うん。気が付いていた…。先週、正ちゃんが帰った後で、コナン君された…。超、恥ずかしかった…」

「ええーっ、(おれ)、ますます、祐ちゃん()、来れ無いよ。()れにしても、何で分かったんだろう?」

「…浴衣(ゆかた)の帯の結び目。ママが()ったのと違ってたんだって。あれを指摘されたら、ぐうの音もでないよ。だから、…半分は正ちゃんのせいだよ…」

「うわー、(かな)わないなあ」

「だけど、ママ応援してくれるって。でも、学生だからほどほどにって。だから、いざって時には必ずアレ使いなさいって。…ママも覚えがあるみたいなの…」

「そう…なんだ。ところで、一つお願いがあるんだけど…」

「何?」

 祐子がニコニコし(なが)(たず)ねる。

「その、…祐ちゃんのツインテール姿。…その、すごく可愛(かわい)いから、その…お写真()らせて欲しいんだけど…」

 祐子は()()になり(なが)ら、

「…もう、()ずかしいよ」

「やっぱ、駄目(だめ)かな…?」

「それじゃあ、交換条件で…」

 そう()うと、祐子は正太郎の耳元で何事かを(ささや)いた。それを聞いた正太郎は(おどろ)いて、

「えーっ、其方(そっち)の方がよっぽど()ずかしいだろ」

()の条件じゃないと、()らせてあげませんよーだ」

「えーっ」

 結局(けっきょく)不承不承(ふしょうぶしょう)、正太郎が祐子の条件を飲んで、()の日は祐子の家を()した。


 あくる日、隣町である静岡市葵区の静鉄新静岡駅階上(かいじょう)の映画館での事である。凛子はコーラを二つ持って座席に戻った。

「お待たせ。明彦君」

「ああ、ありがとう。凛子さん」

如何(どう)いたしまして。私も(のど)(かわ)いていたから…。ところで、何故(なぜ)、あんたが此処(ここ)にいるのよ。()のハロゲン族。(しか)も、また、横一列に並んでるじゃないの」

「バッキャロー、それは此方(こっち)のセリフだ。人の行く先々に出没(しゅつぼつ)しやがって…。何か、嫌な予感ががしたからさあ、態々(わざわざ)、ドリプラを避けて此方(こっち)に来たのに…。おかげで、川辺町界隈(かいわい)(しめ)るという、折角(せっかく)のひろみとのデートプランが…ぷぎゃん」

 横にいる()()()い表情のひろみのバックブローが、顔面に炸裂(さくれつ)する。

「ムッキー、ハロゲン族、失礼。人をストーカー呼ばわりして…。ケースケも何か()ってやって」

 敬介は(つぶ)らな(ひとみ)をニコニコさせ(なが)ら、いずなの言葉とは裏腹に、別の事を()った。

「おお、そう()えば、正太。あの、『24の点問題』、出来(でき)無い事を証明(しょうめい)したんだってな。まあ、謎の数学者が失血死する前に解けて良かったぜ。やっぱ、スゲーよ、お前ら」

(おれ)じゃないよ。例によって、祐ちゃんの独壇場(どくだんじょう)。見ていて感動したよ」

「ムッキー、本当なの? ゆうちん」

「えっ、マジなの、祐子」

 いずなと凛子も驚く。其処(そこ)で、祐子がチェス(ばん)の話と証明(しょうめい)を簡単に説明した。

「ムッキー、すごいね、ゆうちん。ちょっと感動物だよ」

 と、いずなが()えば、明彦も、

成程(なるほど)な、偶奇性(パリティ)っていうのか? 祐子ちゃんに、数学で勝てない(わけ)だよ…」

 高志が()かさず突っ込む。

「あのなあ、抑々(そもそも)、数学だけじゃねーだろ。英語、物理、化学、現国…。枚挙(まいきょ)(いとま)が無いとは、()の事だぞ」

(やかま)しい!」

 明彦が()える。()の後で、高志が自嘲(じちょう)気味(ぎみ)に、残念そうに(つぶや)く。

(おれ)さあ、家でやった時に、×の位置をいろいろ変えたって()ったじゃん。()の時、思ったんだ。出来(でき)無い時の×の位置が、市松模様(いちまつもよう)になるなあって…」

「なんでそれで、()の時、証明(しょうめい)出来(でき)ないんだよ。随分(ずいぶん)間抜(まぬ)けな話だな…」

 正太郎がニヤニヤし(なが)ら、()かさず突っ込む。

(やかま)しい。チェス(ばん)に気が付き(なが)ら、証明(しょうめい)出来(でき)無かったお前に、()われたくねえ」

「だから、意図(いと)してチェス(ばん)に、気が付いてた(わけ)じゃねーよ」

 祐子は喜色満面(きしょくまんめん)()みを浮かべている。

「本当にすごいね。祐ちん。ところで、()の髪型、如何(どう)したの?」

「…うん。髪がちょっと長くなって、襟足(えりあし)が気になるもんで…、()の髪型にしたの。そしたら、正ちゃんがエラく気に入っちゃって、写真()らせて欲しいって()うの。だから交換条件で()()っちゃった。えへへ…」

 声を(ひそ)めて、そう()(なが)ら、スマホの待ち受け画面を見せた。いずなは(いぶか)(なが)ら、(のぞ)き込む。それはお互いにベッドの(はし)に腰掛け、キスをしている。如何(いか)にも清い交際の様なツーショット写真であるが、かなり、熱烈でもある。

「ムキ? ムッキッキー! ゆうちんやったね。て()うか、かなり(うらや)ましい。()いなあ。いずなもケースケ君に頼んで()ってもらおうかな…」

 ()の時、いずなと祐子の秘密の会話など、知る(よし)も無い正太郎が()った。

「祐ちゃん。飲み物を買って来るよ。何が()い?」

「待って、正ちゃん。私も行くから。いずなちゃん、スマホ、後から返してね」


 二人は売店に向かって歩いて行った。()の後姿を(なが)めていたひろみが(いぶか)しげに()った。

「ねえ、先刻(さっき)から気になっていたんだけど、祐子のあの髪型、何かあったの? (たし)かにすごくかわいいんだけど、あれじゃあ、中学生っていうか、健康優良児の小学生じゃないの…」

 先刻(さっき)から(しゃべ)りたくて、うずうずしていたいずなが説明を始めた。最近、同じクラスのヤスベエの影響を、如実(にょじつ)に受けている模様(もよう)である。

「何でも、昨日、あの髪型の祐ちんを見て、正ちん、完全に魅惑(みわく)されちゃったんだって。もう、メロメロみたい。祐ちんも、当面(とうめん)、あの髪型で攻勢に出るみたいだよ。ムキー」

「ふーん…。ねえ、高志。正太って、ロリコン属性なんて、あったっけか?」

「ある(わけ)ねーだろ。あんな、爆乳娘(ばくにゅうむすめ)と付き合っていて…」

「でもさあ、最近のアニメだと、ロリ巨乳(きょにゅう)ってのが流行(はや)っているらしいじゃないの。ねえ、そうなんでしょ? いずな」

「そうだよ。最近のアニメ、おっぱい星人ばっかだよ」

「まあ、正太がロリって事はまず無えな。それより、(おれ)や敬介の方がやばいだろ。それぞれの彼女を見るに、()の胸を見た連中は100%、(おれ)達の事をロリだと思うぞ。特に敬介に(いた)っては、ロリコンの(そし)りは(まぬが)れねえ。だから、ひろみ。お前は祐子ちゃんの髪型の真似だけはするなよ。座敷童子(ざしきわらし)(なん)かと間違われ…ふげっ」

「なんてえ事、()うのよ。()のとんちき」

 本日、2発目のバックブローが炸裂(さくれつ)した。いずなも、

「ムッキー、ハロゲン族、失礼」

(しか)し、何だかんだ()っても、正太もぞっこんよね」

 凛子が()めた面持(おもも)ちで付け加えれば、いずながにやにやし(なが)ら、

「ムッキー、それなんだけど、()のスマホ…」

 そう()(なが)ら凛子に、祐子のスマホを渡す。凛子はスマホを手に取るも、スリープ機能が働いている。

「何よ、スリープで、見れないじゃない…」

「ムキキ、パスコードは多分(たぶん)、『0914』、正ちんの誕生日」

 凛子が半信半疑(はんしんはんぎ)で入れてみると、

「あ、本当だ。…って、何よ、これ?」

 敬介と明彦が(のぞ)き込む。

「うわあ。強烈だなあ」

「…あいつらの、何処(どこ)が奥手なんだよ…」

 横のひろみに手渡す。

「うわー、祐子もやるわね」

「な、な、なんだ()れは? (しか)も、正太の右手、如何(どう)見ても祐子ちゃんのおっぱい触ってるぞ。(うらや)まし過ぎるだろ。こんなん」

 其処(そこ)へ、正太郎と祐子が手を(つな)(なが)ら、(もど)って来た。如何(いか)にも恋人達らしく、(すこぶ)仲睦(なかむつ)まじい。正太郎は着席すると、(おもむろ)に、ダイエットコーラを(すす)りだしたが、高志が息巻いて、(くだん)のスマホを正太郎の鼻先に突きつけ(なが)(さけ)んだ。

「やい、正太、なんてえ事しやがる。()の巨乳マニアめ!」

「?」

 正太郎はスマホの画面を一瞥(いちべつ)するなり、コーラを鼻から噴き出し、ゲホゲホと激しく(むせ)ている。

「ゆ、祐ちゃん、ひどいよ。みんなに見せるなんて…。折角(せっかく)、誰にも見られずに隠し通す事が出来(でき)れば、想いが成就(じょうじゅ)するとか()う、謎の都市伝説があったのに…」

 高志が()(さお)な顔で口を(はさ)む。

「うわっ、あぶねーな、正太。それ、都市伝説なんかじゃなくて、(ただ)のスクイズじゃねーか。連載終了させるつもりか?」

 凛子もすかさず口を(はさ)む。

「やっぱり、(うそ)だったんじゃないですか。中にだあれもいませんよ…」

「うわあ、凛子さん。お()めなさいってば…」

 明彦も、(あま)りに危険なネタの披露(ひろう)にオロオロし(なが)ら、狼狽(うろた)える。

「ムッキー、正ちん。危ないネタを責めるねー。でも、意外(いがい)と皆、アニメみてるよねー。いずな、ちょっと驚き。まあ、かなり、カルトな路線だけど…。最終的には打ち切りになった上に、ナイスボートになっちゃうんだよ」

 ひろみが(しぶ)い顔して、

(まった)く、悪趣味ねえ。まあ、(たし)かに、(いま)だにネットでナイスボートって打ち込むと、ヒットするもんね」

「もう、いずなちゃんたら、みんなに見せて…」

 (しか)し、肩を(すく)(なが)らも、意外と冷静な祐子。(あたか)も、いずながみんなに見せる事は()り込み済みの様である。まあ、当然(とうぜん)の事(なが)ら、確信犯なのではあるが…。


 ()の後、みんなの追及により、正太郎は、祐子がツインテールのニコニコ顔で、Vサインしている画像を待ち受けに使っている事が判明するに(およ)んで、散々(さんざん)、みんなにからかわれた上に、挙句(あげく)の果てに、ロリ認定されたとの事だった。(まった)()って、難儀(なんぎ)な事である。

秋風に誘われて、正太郎と祐子は清水縦断のサイクリングに出掛けた。今迄、余り、詳らかにされなかった清水の街の構造や歴史、そして、其の先で巡り合う意外な人物とは? 次回、『第22話 世界遺産を歩く』。お楽しみに。

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