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第20話 13個の錘の命題に関する一考察

 さわさわ、さわさわ。


 (たお)やかなる初秋(しょしゅう)爽籟(そうらい)を受け、樹々(きぎ)たちが一斉(いっせい)にさんざめく。熾烈(しれつ)暑気(あつさ)何時(いつ)の間にやら姿を消し、色無き風が(まち)()()ける、9月の(くれ)何処(どこ)気怠(けだる)い放課後の事である。其処彼処(そこかしこ)に秋の気配(けはい)(あふ)(ただよ)っている。正太郎が部室の窓の(れんじ)に手を掛け、(にれ)の巨木を見上げて、不意(ふい)に詩的な表現で、()(つぶや)いた。

()(ところ)(にわ)かに、秋めいて来たね」

「本当だね」

 祐子が秋の(おだ)やかな陽に手を(かざ)して、ニコニコし(なが)ら、(しず)かに(こた)える。木漏(こも)()が少し(まぶ)しい。


 さわさわ、さわさわ。


 (ふたた)び、樹々(きぎ)たちが、一斉(いっせい)(さわ)やかな(さえず)りを始める。(にぎ)やかな、そして、静かな、孟秋(もうしゅう)気怠(けだる)い午後である。


 部室には、退屈したいつものメンバーが手持ち無沙汰(ぶさた)な日常に無聊(ぶりょう)(かこ)(なが)らも、蝟集(いしゅう)していた。そして、其処(そこ)で、敬介が困った様に、(おもむろ)に、話し始める。

「実はさ、昨日(きのう)、ゆり姉から、メールが来たんだけど…。ちょっと、難問にぶつかっちゃってさ。其処(そこ)で、みんなの知恵を借りたいんだ」

 高志が、早速(さっそく)、いつもの様に、茶々(ちゃちゃ)を入れ始めた。()の男が調子(ちょうし)付くと、大体(だいたい)()いて(ろく)な事が無い。

「なんだ、『高志君って、素敵(すてき)ね。今度紹介して』ってか。()いぜ。ぐわあっ」

(だま)って、聞きなさいよ。()のハロゲン族」

 ひろみが、(ひじ)うちを入れた。最早(もはや)、毎度、お馴染(なじ)みの光景である。凛子が先を(うなが)した。

「で、何なの?」

「13個の(おもり)があります。ひとつだけ重さが違うものがあります。上皿天秤(うわざらてんびん)を3回使って、重さが違うものを見つけなさい」

「何、()れ?」

「一個、一個、手に持ってみたら、何となく(わか)るだろ?」

 明彦が、事も無げに()った。

「バカね、()れじゃあ、クイズにならないでしょ。真面目(まじめ)に考えなさいよ。()眼鏡(めがね)は」

 スレンダー美人の凛子が(あき)(なが)()った。今日は秋らしい緋色(ひいろ)のカチューシャをしている。

「おい、()れ、クイズなのか?」

流石(さすが)にそうでしょ。他に解釈の仕様(しよう)が無いじゃないの。(まった)く、もう…」

 高志が、何処(どこ)か遠い目をし(なが)ら、物謂(ものい)いたげな表情で(つぶや)いた。

「なあ、(おれ)、時々、思うんだが…」

「何よ」

「いや、大した事じゃねーんだが…。()の作者って、ネタに詰まると、必ずクイズぶっ込んで来ねえか? あ、痛っ…。何すんだよ、ひろみ」


(悪かったな。)


 ひろみが、高志の後ろ頭を引っ叩(ひっぱた)(なが)ら、何処(どこ)か不思議そうな表情で、自身の手を見つめ(なが)()った。

「いや、今、何故(なぜ)か、高志を引っ叩(ひっぱた)けって()う、強烈な思念波(テレパシー)が頭の中に…」

「てんめえ、何、(わけ)分かんねえ事、()ってやがる!」

 食って掛かる高志を尻目に、眉間(みけん)(しわ)を寄せた凛子が考え深げに(つぶや)いた。

「でも、()れじゃあ、圧倒的に条件が不足している気がするんだけど…。()れで、本当に解けるのかしら?」

 高志が()った。

「いや、もっと、『一休さん』的な話なんじゃねーの。()の虎を捕らえてみよ。みたいなさ」

「バカね。頓智(とんち)だったら、万人(ばんにん)が納得する様な、オチをつけなさいよ。それが、イコール答えでしょ」

 ひろみが答える。

「ムキーッ。結構(けっこう)難易度(ハードル)高そう」

 いずなが、ぼやいた。此処(ここ)で、おっとりとした風情(ふぜい)で、祐子が初めて口を開く。

「ねえ、敬介君。本当に問題、()れに間違いないの? 例えば、(おもり)の重さが一つだけ重いとかじゃなくて? (ある)いは、(おもり)の数がもっと少ないとか」

「いや、()れで間違い無いよ。一つだけ重さが違うって書いてあった。数も間違い無いよ」

「で、何でゆり姉が?」

 高志が(たず)ねた。

「何でも、ゆり姉のサークルでクイズが流行(はや)っていて、()れだけ、正解が分からないって、残ったんだと」

 高志が、如何(いか)にも合点(がてん)が行かぬ、と()った風情(ふぜい)で、不平そうに()う。

(しか)し、妙な話だな。抑々(そもそも)、答えなら出題者に聞けばいーんじゃねーのか?」

「出題者も答えを覚えて無いって。()(どころ)か、問題自体正しいかどうか、正確に覚えて無いって」

「かーっ、バカじゃねーのか、其奴(そいつ)(しか)し、出題者自身が、そんな状態なら、所謂(いわゆる)、信用出来(でき)無い語り手じゃねーか。だとすると、問題自体が成立してない可能性も有る(わけ)か…」

 高志が()った。

「ウキャーッ。何か古典部みたくなって来たねー。いずな、わくわくして来た」

「私、気になります」

 祐子が真似(まね)をした。微妙(びみょう)に似ている。高志が怪訝(けげん)な顔で、正太郎に(たず)ねた。

「古典部? 何だ、また、其方系(そっちけい)のネタか?」

「…ああ。まあ。そうだ」

 明彦と凛子が立ち上がった。

「悪い。今日は帰るよ。凛子と本屋へ参考書買いに行くんだ」

「何だあ? まさか、如何(いかが)わしい本屋じゃねーだろうな。おもちゃなんか売ってる…。いてえっ」

 ひろみが、部室備え付けの孫の手を持って立っている。高志の頭を小突(こづ)いたらしい。明彦が()()になって否定する。

「違げーよ、参考書って()っただろ。大体(だいたい)、凛子も一緒(いっしょ)だぞ」

「わかんねーぜ。進歩的(プログレッシブ)な男女交際の参考にする(ため)にだな…あいててて。こら、ひろみ、おめーは、先刻(さっき)からポンポンと人の頭を…」

「あんたが、ポンポンと()にも付かない事を()うからでしょ。何が進歩的(プログレッシブ)な男女交際よ」

「ムッキー、そう()う本屋。いずな知ってるよ。お店の看板に大きなキノコが生えてるんだよ。いずなのお家の近所にもあったの。中学の時に、参考書買いに行った事があるよ」

「参考書だあ? 買いに行ったのか? ねーだろ。あの手の店には…」

 と高志。

「うん。店員さんに聞いたら、置いてないって」

「き、聞いたのか?」

「うん。代わりにHな本がいっぱいあった。あと、変な道具も。どらえもんの不思議道具みたいな…」

「おまえなあ。どらえもんさんにあやまっとけよ。あと、道具の用途については、()のうち、敬介にでも教えてもらえ。いてえっ」

「あんたねえ。()加減(かげん)にしなさいよ」

 ひろみが、孫の手をぶんぶんさせている。凛子が立ち上がり(なが)ら、

「そろそろ、帰るわね。()れじゃあね。()し、解けたら、ラインで教えてね」

 明彦と凛子が帰って行った。高志が立ち上がり(なが)()った。

「じゃあ、(おれ)たちも帰るか。来週(まで)さよならだな。いずな達は、明日はデートか?」

「違うよ。いずなは明日お買い物だよ」

「誰と?」

「…ケースケ君と♪」

「あのなあ、世間一般では、そう()うのをデートって()うんだよ。で、何を買うんだ?」

「ううん。ドリームプラザをプラプラして、観覧車乗って、映画見て…」

「買い物ですらねえ。まんま、デートじゃねえか」

「ヴーッ。高志は?」

「おっ、(おれ)か? (おれ)は、()の、社会的見識をだな…。高める(ため)にだな。()の、観覧車乗って、()の後、映画でも」

「誰と?」

「えーっと。誰とだったかな? 確か、六助だったかな…」

「ムッキー、気持ち悪い。男二人で観覧車って…、有り得ないでしょ。じゃあ。ひろみっちに聞こうかな。ひろみっち、明日のご予定は?」

「えーと。…何だったかな。()の…、映画だったかな」

「ヴーッ。全然(ぜんぜん)、人の事、()えない。ひろみっち、明日の場所は? セノバ? ()しかして…」

「…ドリプラ」

「ヴー。猛烈に、嫌な予感がしてきた」

 高志も、ウンザリした様に(つぶや)く。

奇遇(きぐう)だな。(おれ)もだ」



【急告】

 クイズを楽しみたい方は此処(ここ)で本を置いて、お考え下さい。論理的に解けますよ。



 全員が解散した。祐子は今日歩きだったので、正太郎も自転車を引いて、並んで歩いている。

「高志たち、明日映画だって。敬介たちも。(おれ)たちも行こうか?」

「うん。いいよ」

 ポテッとした体型の祐子は、テトテト歩き(なが)ら、(しき)りに考え事をしている。路傍(ろぼう)秋桜(コスモス)が、そよそよと金風(きんぷう)に泳いでいる。祐子は返答も、若干(じゃっかん)(うわ)(そら)である。正太郎が気にして、(たず)ねた。

「ひょっとして、先刻(さっき)の『13個の(おもり)』問題を考えているの?」

 祐子の顔が、飛びっきりの笑顔で輝いた。

「よく分かったね。正ちゃん」

「祐ちゃん。ああ()うの好きだからなあ…」

「私、気になります!」

()れは、もういいから…。()いよ、一緒に考えよう」

「うん!」

 祐子は満面(まんめん)の笑みで(うなづ)く。()れを正太郎は優しく見守り(なが)らも、溜息(ためいき)混じりに(つぶや)いた。

「でもなあ。高志が()う様に、出題者が、信用出来(でき)無い語り手の可能性があるからなあ…。()し、そうだとすると、出来(でき)の悪いリドル・ストーリーな(わけ)で、時間の空費にしかならない、と()懸念(けねん)もあるけど…」

()れは、そうなんだけど…、でも、其処(そこ)が楽しいんじゃない?」

 矢張(やは)り、典型的な理系少女である。此処(ここ)いら(あた)りの考え方が、正太郎とは異なる思考なのであろう。(しか)し、すぐに正太郎の家である。二人は渋川橋(しぶかわばし)東交差点で、(しばら)く、立ち止まって考えていたが、(やが)て、おずおずと祐子が提案した。

「ねえ、正ちゃん。今日、お(ひま)? ()しよかったら、私の家で考えない?」

「うん。()いけど。ご迷惑じゃない」

「ううん。大丈夫(だいじょうぶ)

「わかった。家で着替えて、すぐ行くよ」

「うん。待ってる」


 正太郎は紺のハーフパンツに、水色のTシャツというラフな格好(かっこう)で、自転車に乗って出掛けた。何処(どこ)からか、夏の名残(なごり)である寒蝉(かんぜみ)の声が聞こえる。渋川橋(しぶかわばし)(たもと)を通る時に、(にわ)かに、巴川(ともえがわ)の方から水の香りがした。9月の風が顔に当たって爽快(そうかい)だった。とは()え、目と鼻の距離である。すぐに祐子の家だった。祐子の家は立派(りっぱ)な門構えの大きな家である。祐子がお嬢様である事が良く分かる。庭では、祐子の母親が山茶花(さざんか)の植え込みに水をやっていた。もうすぐ、山茶花(さざんか)の花も見頃(みごろ)を迎えるだろう。彼女は丸っこい体型、タレ目、丸顔、団子鼻、愛想(あいそう)が良く、愛嬌(あいきょう)のある態度。母親はあらゆる点で、祐子と遺伝学的特徴が一致していた。

「あら、正ちゃん。お久しぶり。いつぞやは、祐子の命を救ってくれて、本当にありがとうね」

 (いま)だに、あの時(ゴールデン・ウィーク)の事を()われる。流石(さすが)に、少々(しょうしょう)、照れ臭い。

「いえ、そんな。祐子さんいますか?」

 まあ、母親の手前と()うのもあるのだろうが、最近では、さん付けもすっかり自然になって来た。

「はい、ちょっと待ってね」

 母親は、正太郎にモフモフっとしたスリッパを(すす)(なが)ら、

「祐ちゃーん。正ちゃんよ」

「はーい。ママ。すぐ、行きます」

 祐子は、奥から現れた。白のTシャツで豊満な胸の(あた)りに大きく赤で『LOVE』の文字が入っている。下はデニムのスカート、此方(こちら)も、相当にラフな格好(かっこう)だ。ポテッとした体型のやや内股で、両腕で碁笥(ごけ)を乗せた立派な碁盤(ごばん)(かか)えている。ちょっと、仕草(しぐさ)が愛くるしい。

「あっ、祐ちゃん、碁盤(ごばん)、持とうか?」

「ううん、大丈夫(だいじょうぶ)だよ。ありがとね」

 そう()うと、祐子は正太郎を先導(せんどう)した。

「正ちゃん。此方(こっち)

 2階の祐子の部屋に通された。祐子の家は小学生以来である。巴川(ともえがわ)を見下ろせる、気持ちの()い広い部屋だった。大きなベッドがあり、横に祐子の学習机がある。机の上の本棚(ほんだな)には、辞書や参考書が整然と並び、机の上には、正太郎と祐子の二人で写した写真が、スタンドに入れてある。学習机の反対側のコーナーには、デスクトップPCがPCデスクに収まっており、上にプリンターが設置されている。部屋の4面のうち2面は本棚(ほんだな)があり、小説、漫画、DVDがビッシリである。流石(さすが)自他(じた)共に認めるオタク少女である。祐子は、『よっこいしょ』っと、部屋の中央に碁盤(ごばん)を置き、部屋の窓を全開にした。相変わらず、表から寒蝉(かんぜみ)の声が聞こえる。()(あた)りには、(いま)生息(せいそく)しているものらしい。

「あら、つくつく法師(ほうし)。まだ、鳴いているんだね」

 正太郎は窓から巴川(ともえがわ)方向を(なが)めた。

「ああ、つくつく法師(ほうし)(ひぐらし)は別名、寒蝉(かんぜみ)()ってね。秋の季語になるんだよ。だから、一番最後まで鳴くんだ。()(せみ)の声しか聞こえなくなったら、夏も、もう、終わりさ」

 季節の(うつ)ろいに敏感な正太郎は、そう()うと、(ふたた)び、窓の外に視線を移す。眼の前の巴川(ともえがわ)はゆったりと横たわっている。休日前の長閑(のどか)な午後のひと時である。

「ふーん。そうなんだ」

 祐子はそう()うと、目を(つむ)って寒蝉(かんぜみ)の声を聞き入っている。そして、(おもむろ)に口を開くと、

「今年の夏はいろんな事があったな。私、()の夏の事は、多分(たぶん)、一生忘れないよ」

(おれ)もだよ」

 正太郎はそう()うと、祐子に(なら)って目を(つむ)り、寒蝉(かんぜみ)の声を体全体で鑑賞し始めた。二人は(しば)しの(あいだ)、石仏の様に微動(びどう)だにしなかった。


 (やが)て沈黙を破って正太郎が祐子に、(おもむろ)(たず)ねた。

「ところで、如何(どう)したの? ()碁盤(ごばん)

「うん、(おもり)の代わり。先刻(さっき)、考えた時に思ったの。()()うのあった方が、分かりやすいでしょ? パパの借りてきちゃった」

成程(なるほど)。確かに、そうだね。…へええ、本榧(ほんかや)かあ」

 正太郎はそう()うと、黒石を手前の星にピシリと打ち込んだ。

「正ちゃん。碁、出来(でき)るの?」

多少(たしょう)ね。昔、親父の相手させられるために、教え込まれた」

「そうなんだ」

「石も高級だね。白石は(はまぐり)だね。…あーーっ。祐ちゃん。何してんの?」

 祐子は白石の表面に1~13まで数字を、油性マジックで書き込んでいた。

「ねっ。()うすれば、分かりやすいでしょ」

 祐子はニコッと微笑(ほほえ)み掛けた。確かに合理的ではある。

「うん。でも、パパは泣くんじゃないかなあ…」

「そうかなあ…。ほら、()うして裏返せば分からないよ」

 二人で、石を並べ(なが)ら、小一時間ほど考えた。(しか)し、取っ掛かりすら見えてこない。やはり難問だ。祐子も眉間(みけん)(しわ)を寄せ考えている。正太郎は祐子に話しかけた。

「祐ちゃん。如何(どう)? 何か分かった?」

 難しい顔で、右手人差し指を(くちびる)に当て(なが)ら、考え込んでいた祐子だが、正太郎の問いかけに、支度気(しどけ)ない表情になり、()う答えた。

「確かに、難問だね。いろいろ考えているのだけど、あんまり、有効な物は無いよ。正ちゃんは?」

(おれ)も、今の処、全然(ぜんぜん)

 祐子は、(おもむろ)に語りだした。

「あのね、一度の計測で分かる場合は、何個(まで)かを考えてたの。答えは、3個。それも、重いか軽いか、分かっている場合だけ。仮に1、2、3として1と2を比較してつりあわなければ1か2、つりあえば、3。()の場合、重いか軽いか分かっている事が前提(ぜんてい)。重いか軽いか分から無ければ、不釣合いの場合、1、2で判別つかない。()の考えを()し進めれば、2回の計測で判明する限界は、(おそ)らく、9個。そして、3回の計測で判明する限界は、(おそ)らく、27個。つまり、重いか軽いか分かっていれば、27個の中から探すことが可能。()れからしても、13個の中から探すというのは、やはり、重いか軽いか分からないと()うのが、前提(ぜんてい)みたいね。敬介君の()った通りみたい。(ただ)、重いか軽いか分かれば、一回の計測で、3個の中から1個を探せる。と()うのは、公理として今後使えると思う。其処(そこ)で、問題自体、成立しているという前提(ぜんてい)で進めてみたいと思うの。()し、如何(どう)しても解け無ければ、解け無い事を立証すれば()いんじゃないかな。如何(どう)かな? 正ちゃん」

「何か(すご)いね。祐ちゃん。()れは()れで、かなり難易度が高そうだけど…。分かった。()の線で進めようよ」


「正ちゃんは何か考えは有る?」

 祐子がニコニコし(なが)(たず)ねてきた。正太郎は、生真面目(きまじめ)な表情で、慎重(しんちょう)に語りだした。

()れが、高志が()頓智(とんち)で無ければ、初手(しょて)は6通り。1個づつ、2個づつ、3個づつ、…6個づつまでの6通り。(おれ)多分(たぶん)初手(しょて)は4個づつじゃ無いかと思うんだ」

根拠(こんきょ)は?」

「無いよ。(かん)だ。まあ、()いて()えば、バランスかな」

「バランス?」

「ああ。初手(しょて)で、天秤(てんびん)の左に()せる集団をA。右に()せる集団をB。として、()せない集団をCとした時、A、B、Cのバランスが一番()いのが4個づつのパターンだと思うんだ」

 成程(なるほど)。確かにそうだ。祐子は正太郎の直感に感心した。(かん)とは()っていたが、(あなが)ち、的外(まとはず)れな発想では無い。(むし)ろ、初手(しょて)の取っ掛かりとしては、(きわ)めて有効な着想である様に思われた。

異存(いぞん)は無いよ。続けて」

「続けるも何も、以上だよ。1時間掛けて()の程度。()れも、祐ちゃんみたいな、理詰(りづ)めじゃ無いよ。申し(わけ)無いけど」

「じゃあ、正ちゃん説を取っ掛かりに、進めてみようよ」

 祐子は1~4の白石を左に、5~8の白石を右に、9~13の白石を一番右に置いた。そして、祐子は(つぶや)く様に()った。

「まず、一回目。つりあった場合は、1~8は無罪。犯人は9~13の中にいる。現状では、重いか軽いは不明」

 祐子はそう()うと、1~8の白石をひっくり返し、数字を隠した。

「そして、次なんだけど、無罪の3個と9~11を比較する。釣り合わなければ、()瞬間(しゅんかん)に、重いか軽いか判明し、容疑者は3個に絞られる。従って、先刻(さっき)の公理により判別可能となる。次に、2回目が釣り合った場合、1~11(まで)が無罪。容疑者は12か13で、重いか軽いか不明。だから、最後の計測は無罪の1個と12を比較する。釣り合わなかったら、犯人は12。()の場合、重いか軽いかも同時に判明する。そして、釣り合った場合、消去法により最後に残った13が犯人。()の場合、最後(まで)、重いか軽いか分から無いけど、回答の必要条件じゃ無いから、問題無い」

「すごいね。コナン君みたいだ」

茶化(ちゃか)さないの。もう…」

 茶化(ちゃか)しはしたものの、正太郎は祐子の小気味(こきみ)()い証明に、内心、感服していた。元来(がんらい)、頭の()い子、所謂(いわゆる)、勉強が出来(でき)る子と()うだけで無く、論理的で、頭の回転が速く、明晰(めいせき)な頭脳の持ち主であるとは、思っていた。が、(しか)し、()れ程とは思わ無かった。祐子の説明に、頭が付いて行くのが精一杯だった。()の上、意識するとは無しに、如何(どう)しても祐子の豊満(ほうまん)な胸元に視線が釘付けとなってしまい、(あわ)てて視線を()らすと()う、思春期の男の子の不思議な習性の繰り返しで、気も(そぞ)ろである。説明の半分も頭に定着しない。(しか)し、祐子は、そんな正太郎を知ってか知らずか、(さら)に続ける。

「問題は、初手(しょて)で釣り合わ無かった場合だよね」

「あっ。うん。そうだね」

 正太郎は、祐子の一言で、(ようや)(われ)に帰った。そして、祐子の言葉を反芻(はんすう)すると、頭をクイズに切り替えた。

(確かにそうだ)

 初手(しょて)で釣り合わなかった場合、1~8の容疑者の中から、2回の計測で犯人を(あぶ)()すのは厳しいものと思われる。結局(けっきょく)(ところ)、重いか軽いか分から無い以上、手詰(てづ)まりになってしまう様な気がした。()瞬間(しゅんかん)、何かが脳裏を()ぎった。

「あっ」

如何(どう)したの? 正ちゃん」

「いや、今、何か。一瞬、(ひらめ)いた気が…」

「…。がんばって。正ちゃん。正ちゃんの(ひらめ)きが…。絶対に、事態を打開すると思ってたの」

 正太郎は(おもむろ)に語りだした。

「ねえ、祐ちゃん。最初の計測で釣り合わなかった場合、1~8に犯人がいると()う事以外に、もう一つ、判明したものがある。9~13が無罪と()う事。と()う事は、無罪の(おもり)5個をフル活用したら、って思ったんだけど、()れも、如何(どう)やら、手詰(てづ)まりみたいだね」

 正太郎がそう()(なが)ら、盤面(ばんめん)の石を(くず)そうとした瞬間(しゅんかん)

「待って!」

 左手で正太郎の手首を、(しっか)りと(つか)んで離さない。祐子は、右手人差し指を(くちびる)に当て(なが)ら、じっと盤面(ばんめん)(にら)みつけた。人差し指を(くちびる)に当てる仕草(しぐさ)は、祐子が思索(しさく)する時の(くせ)である。そして、ニッコリ微笑(ほほえ)むと、大きく(さけ)んだ。

「分かった!」

 祐子が、最高の笑顔で、正太郎に(かた)りかけた。

「正ちゃん。それ、多分(たぶん)、正解。…。それに、最初の計測の時に釣り合わ無かった場合、分かる情報が、もう一つだけあった。仮に1~4が下がったとしたら、1~4に犯人がいる場合、犯人は重い。そして、5~8に犯人がいる場合、犯人は軽いと()う情報」

「祐ちゃん。それって、如何(どう)()う事…?」

()し、そうなら、次は、1~3と5、6の5個と無罪の5個を比較するのよ」

「…? 釣り合わ無かったら?」

「混成組が下がれば5~6は無関係。犯人は重く、1~3のどれか。重くて3個だから、公理が当てはまり、最後の計測で判明できる。混成組が上がれば1~3は無関係。犯人は軽く、5と6の(いず)れか。此方(こちら)も公理が当てはまる」

「あっ」

「そう。2手目で絞り込みと、重い軽いを判別する妙手(みょうしゅ)が合ったのよ。仮に、2回目の計測結果の重い軽いが反対だったとしても、問題無い。3回目の判断基準を逆転させるだけの事だから」

()し、2手目で混成組と釣り合った場合は、如何(どう)するのさ? ()の可能性も、当然(とうぜん)、否定出来(でき)無いよね?」

 正太郎は素朴(そぼく)な疑問を投げ掛けた。偶々(たまたま)、選択した5個の中に犯人が含まれていれば、祐子の()う通りであろうが、そうでなければ、矢張(やは)り解けないのではあるまいか? 流石(さすが)に、偶然を論理(ロジック)()()(わけ)には行かないであろう。(しか)し、祐子はニコニコし(なが)ら続ける。

()の場合も、簡単。3手目で7と8を比較する。()の場合、犯人がいるとすれば、軽い(わけ)だから、釣り合わ無ければ、軽かった方が犯人。釣り合った場合は、消去法で残った4が犯人」

「あっ」

 正太郎は驚愕(きょうがく)した。確かに、()(かな)っている。祐子は、()の、(わず)か数秒の刹那(せつな)()う瞬時に、理詰(りづ)めで論理(ロジック)を組み立ててしまったのだ。正太郎は感心すると共に、自分の頭脳が、祐子の()れに遠く及ばない事を痛感した。が、(しか)し、次の正太郎の行動は思いも寄らない物だった。

「すごいよ。祐ちゃん」

 と()(なが)ら、祐子に抱きついた。祐子は驚いた。

(えっ、えー)

 丁度(ちょうど)、正太郎の顔が、祐子の胸の(あた)りに(うず)まっている。正太郎としては、他意は(まった)く無く、純粋に感動しての行動だった。クイズ大会の時と同じである。祐子も、勿論(もちろん)、大好きな正太郎である。当然(とうぜん)、悪い気はしなかった。正太郎を抱きしめ、頭を()でてあげたかった。


 (まさ)に、そうしようとした時、祐子の母親が入ってきた。

「祐ちゃん。お茶とブドウ持ってきたわよ。あらっ。…」

「…」

 当然(とうぜん)、祐子の母親と祐子の目が合った。(あま)りの事に、咄嗟(とっさ)弁解(べんかい)を始める祐子。

「ちっ、違うの。誤解(ごかい)しないで。ママ。()れは、アルキメデスが『エウレーカ』した、みたいなもんで」

 祐子の弁明(べんめい)を聞いて、正太郎は(あわ)てて飛びのいた。そして、飛びのき(なが)ら、思った。

(すげえ。あれで、会話が通じるのか? ()の親子、知的レベルが半端(はんぱ)ねえ。まあ、()れ以上無い、的確な表現ではあるが…)

 (しか)し、(まさ)土壇場(どたんば)とは、()の事である。如何(いか)幼馴染(おさななじみ)であるとは()え、母親の前で()の娘の豊満(ほうまん)な胸に顔を(うず)めている(ところ)を目撃されてしまった(わけ)である。流石(さすが)に、不謹慎(ふきんしん)(そし)りは(まぬが)れない。正太郎と祐子は、()()になって小さくなる(ほか)は無かった。一方、祐子の母親はと()うと、

「あらあら、まあ、まあ、まあ」

 と()(なが)ら、葡萄(ぶどう)とお茶を置いて行ってしまった。(まった)()って、バツが悪い事、()の上無い。正太郎は持って来て頂いたデラウェアを口に放り込み(なが)ら、

「ごめん、祐ちゃん。何か、悪い事しちゃった。如何(どう)やら、(おれ)出禁(できん)になっちゃいそうだよ」

()れは、多分(たぶん)大丈夫(だいじょうぶ)だと思うけど…。ママ。飄々(ひょうひょう)としてるし、ユーモア好きだし」

「でも、あの状況、如何(どう)考えても誤解されているよ。()の内、『祐ちゃん。ちょっと』とか()って呼び出されると思うよ」

「そうかなあ」

()れはそうとして、祐ちゃん(すご)いよ。(おれ)、感動しちゃった。完璧な論理(ロジック)だよ」

「えへへ。そんな事無いですよーだ」

「いや、本当。正直()うと少々(しょうしょう)嫉妬(しっと)した。(おれ)には、あの論理(ロジック)、瞬時に組めないよ。いや、時間があっても無理だ。説明聞いてる時も、頭が付いていくので、精一杯だった」

「ううん、()れは違うよ。私の方こそ、正ちゃんがうらやましかったよ。初手(しょて)の発見だったり、5個フルに使う発想だったり。いつも、直感的に正解に向かっていけるもん」

「そうかな? でも、今回は、(ほとん)ど、祐ちゃんの手柄(てがら)だよ」

「そう? えへへ。じゃあ、ご褒美(ほうび)もらえる?」

 そう言うと、祐子はベッドの(はし)に腰掛け、静かに目を閉じた。朴念仁(ぼくねんじん)の正太郎にも、何をすべきか良く分かっていた。(まさ)に、それを実行しようとしたところ、祐子の一言で飛びのいた。

「待って。ママが来る!」

 次の瞬間(しゅんかん)、祐子の母親の声が聞こえた。

「祐ちゃん。ちょっと」

 案に(たが)わず、祐子が母親に呼び出されたのだ。

(まずいな。ひょっとしたら、今の行動も(さと)られたかも)

 廊下から、祐子の声が(かす)かに聞こえた。謎の様な言葉である。

大丈夫(だいじょうぶ)。必ず使うから。いや、使わないけど…』

 祐子が、()()になって部屋に戻ってきた。

「…おまたせ」

大丈夫(だいじょうぶ)だった?」

「…うん」

「何だったの」

 祐子が、もじもじし(なが)()った。

「…いざって…時に…使いなさいって」

「?」

()れ」

 祐子が恥じらい(なが)ら開いた(てのひら)の上には、避妊具(コンドーム)が乗っかっていた。当然(とうぜん)の事(なが)ら、(しば)しの沈黙。

「…祐ちゃんのママ。…なんかすごいね」

「…」

「…流石(さすが)に、祐ちゃんのママの頭の上で、そう()う事は…」

「…私だって。…たとえ、正ちゃんとでも、ちょっと…。…だから…()の。ご褒美(ほうび)だけ」

 (ふたた)び、祐子がベッドに腰かけ、目をつぶった。正太郎は祐子の(となり)に腰かけると、そっと(くちびる)を合わせた。と、此処(ここ)(まで)は良かったのであるが、正太郎も男である。それも、思春期の、である。今、祐子とのキスの時、祐子の甘い香りを()いで、正太郎の男の子が敏感に反応してしまった。()の上、()の前に避妊具(コンドーム)も見ている。(さら)に、キスの際に、ほぼ、95%意図してだが、右手が祐子の胸に触れている。(まった)く、体は正直である。流石(さすが)()れには、閉口(へいこう)した。思春期の男子とは、実に悲しい生き物である。祐子もニコニコして目の前に座っている。進退(しんたい)(きわ)まった正太郎が、祐子に向かって(さけ)んだ。

「祐ちゃん。ごめん」

「?」


 此処(ここ)で、期待をされた多くの読者には、(まこと)に申し(わけ)無いが、豈図(あにはか)らんや、正太郎は部屋の(すみ)に転がっているクッションを、胡坐(あぐら)をかいている自分の腹と()うか、股間の前に置いてしまった。

如何(どう)したの?」

「魔剣封印のアイテムだよ」

 正太郎は其方(そっぽ)見遣(みや)り、目を泳がせ(なが)ら、()()な顔で(うそぶ)いている。祐子も思春期の女の子である。状況は()れなりに理解出来(でき)てはいる。そして、正太郎はと()うと、()()になり(なが)ら、(おのれ)劣情(リビドー)と格闘中である。

「ごめんね。祐ちゃん。何か変な事になっちゃって…。(おれ)、帰るよ。紙袋一ついただける? ()の、…前を隠せる(やつ)

「うん。わかった」


 祐子の家をお(いとま)しようとした時に、居間にピアノが置いてあるのが見えた。良く見ると、並んでエレクトーンも置いてある。

「祐ちゃん。ピアノ見せてもらっていい?」

「えっ。()いけど」

 ピアノはアップライトピアノであった。サイドテーブルに手書きの譜面(ふめん)が置いてある。タイトルはEVAとしか書いて無かったが『翼をください』の様だ。

「エレクトーンも()い?」

「うん」

 正太郎はエレクトーンのいすに座ると、電源を入れた。

「祐ちゃん。ピアノのベー(B♭)の音、頂戴(ちょうだい)

「うん」

 正太郎も同じ音を出した。そして、同じ作業を繰り返し。OKサインを出し。

「祐ちゃん。セッションしよう!」

「えっ。()いけど。…何をやるの?」

其処(そこ)に、譜面(ふめん)あるよね。多分(たぶん)、『翼をください』EVAバージョン。インCメジャーでしょ。それ」

「うん。…よく分かったね」

「それなら、何とかなるかも…。やろうよ」

 祐子がピアノで()き始めた。正太郎がエレクトーンを担当した。祐子は譜面(ふめん)どおり弾いていく。正太郎はまず、ベース左手コードを合わせていき、そのうち、右手(主旋律(メロディー))を入れ始めた。特に、間奏後の8小節、祐子はワザとスイッチした。正太郎も事前の打ち合わせがあったかのように、主旋律(メロディー)を自らのアレンジで()き、また、祐子にスイッチした。とても、初あわせとは思えない見事なセッションであった。()き終わった時、二人とも、すごい笑顔になっていた。

『パチ、パチ、パチ』

 後ろから、拍手(はくしゅ)が聞こえた。祐子のママである。

「まあ、お上手(じょうず)。あなたたち、すごいわね。おばさん、アンコールしてもいいかしら?」

「えっ。それは…」

 正太郎は困惑(こんわく)した。祐子が小声で、

「正ちゃん。『レットイットビー』いける? インCで」

「それなら、多分(たぶん)…」

 それを聞くや(いな)や、祐子は突然()き始めた。『レットイットビー』である。前奏部の頭4小節は祐子に任せ、()の後から、正太郎も続いた。正太郎は控えめにベースとコードに徹していたが、間奏部の電子ピアノとエレキ部分は正太郎が担当した。()き終わった時は、やはり、満足感で(あふ)れた表情だった。母親が、また、拍手(はくしゅ)(なが)ら聞いた。

「あなた達。普段(ふだん)から合わせているの?」

「いえ、僕は、祐ちゃんがピアノやっていたなんて、今日の今日(まで)…」

「私も、正ちゃんが鍵盤(けんばん)出来(でき)たなんて…」

「へー。()の割には、息ピッタリだったわよ。また、おばさんに聞かせに来て下さいね」


 そして、正太郎がお(いとま)していった。祐子と母親が玄関で見送り(なが)ら、ポツリと()った。

「なかなか()い子じゃない。祐ちゃんの初めての人。ママ、気に入っちゃたわ」

「えっ」

 祐子はぎくりとしたものの、()にあらぬ(てい)(とぼ)けた。無論(むろん)、そうするより(ほか)は無い。

「…私達、今日、そんな事、してないよ」

「当たり前じゃない。誰も、今日だなんて()って無いわよ。えーと、あれは確か、灯篭流(とうろうなが)しの夜、祐ちゃんが髪に立葵(たちあおい)()して帰って来た日…」

 (ふたた)び、ぎくりとした。祐子は観念した様に()った。

「あの、()の…ママ。ごめんなさい」

「謝る事でもないでしょ? ママもまんざら覚えが無い事でもないし」

「でも、普通、親って、()()う時、怒る物でしょ」

()れは、相手によりけりでしょ。正ちゃんだったらね、ママも大賛成。あっ、でも、積極的にそう()う事しなさいって、()っている(わけ)では無いのよ。高校生なのだから、節度(せつど)あるお付き合いはとても大事。でも、如何(どう)しても、と()う時には、先刻(さっき)渡したものをお使いなさい。それだけの事。それなら、ママも祐ちゃんの事、(かば)ってあげられるから…」

「…うん。ありがと。ママ。でも、如何(どう)して、そんなに正ちゃんの事を」

当然(とうぜん)でしょ。初夏の竜爪山(りゅうそうざん)の一件。ママは正ちゃんに本当に感謝してるのよ。正ちゃんが祐ちゃんを見捨て無かった事に。祐ちゃんは、考えもしなかったかもしれないけど、正ちゃん、天気が悪くなる前に、祐ちゃんを置いて下山する選択肢(せんたくし)もあったのよ。『僕は助けを呼んで来るよ。此処(ここ)を動かないで、待っていて』とでも、()えば済む話だもの。(もっと)も、()の場合、祐ちゃんは、多分(たぶん)、助から無かったでしょうけど」

「えっ」

「自身の生存率だけを考えればね、それがベストだったかもしれないのよ。あれだけ、山慣れしている子だもの、急峻(きゅうしゅん)で谷の深いあの山で、雨に打たれて、行動不能になる危険性は良く分かっていたと思うわ。でも、彼は、そんな手段は選ばなかった。祐ちゃんと二人で、生き残る道を何とか模索(もさく)した。『()の子、祐子の事を此処(ここ)(まで)思ってくれていたんだ』って、親として、感謝して当然(とうぜん)よ」

「そう…だったんだ」

 祐子は竜爪山(りゅうそうざん)の悪夢の様な体験を思い出して、身震(みぶる)いした。(しか)し、祐子には、何故(なぜ)、母親に()の事がばれたのかが判らない。其処(そこ)で、持ち前の好奇心が頭を(もた)げ、つい、母親に素直(すなお)な疑問をぶつけてみた。

「でも、なんで、正ちゃんと、その…そう()う経験したって…分かったの?」

「ママは祐ちゃんの事は、大抵(たいてい)、分かりますよーだ」

「もう、誤魔化(ごまか)さないで」

 母親はニコニコし(なが)ら、種明かしをした。

「帯よ」

 祐子には分からない。(いぶか)(なが)ら、(ふたた)び、鸚鵡返(おうむがえ)しに母親に(たず)ねた。

「…。帯?」

「そう。浴衣(ゆかた)の」

「でも、あの時、帯はスマホで調べて、正ちゃんが…」

「そうなの? だけど、ママが()ったものと違ってたもの。ママが()ったのは都結(みやこむす)び。正ちゃんが()ったのは蝶結(ちょうむす)び。あのね、祐ちゃん。帯の()い方はいくつもあるのよ。コナン君なら、『あれれー』って、成る(ところ)よ。あれなら、コナン君で無くても分かりますよーだ」

 確かに、母親の()うとおりかもしれない。祐子も正太郎も初体験の直後なのである。帯の結びなど眼中に無かったであろうし、気付く(はず)も無かった。(しか)し、今にして思えば、ホテルからの帰路で何処(どこ)か違和感を覚えたのも確かであった。祐子は口を(とが)らせて、()ねた様に()った。

「もう、充分にコナン君並みじゃないの?」

(ただ)し、パパには、絶対、内緒(ないしょ)。パパが知ったら卒倒(そっとう)しちゃうから、ママと祐ちゃんだけの秘密」

「うん。ありがと。ママ」


 翌日。祐子は正太郎と映画に出かけた。

「あっ正ちゃん。まだ、5分あるって、ポップコーン買って来るね」

 祐子が買いに行った。敬介の声が聞こえる。

「そう()えば、お前ら、(おもり)問題。解けたんだって?」

「ああ。(ほとん)ど、祐ちゃんの独壇場(どくだんじょう)だったけどな」

「ムッキー、本当なの、正ちん」

「ああ、祐ちゃんから、説明を聞いて感動したよ」

 其処(そこ)で、正太郎は昨日(きのう)の説明を口頭(こうとう)で示した。いずなは(うなづ)(なが)(つぶや)いた。

「本当だ。完全に理詰(りづ)めで解けている。ムッキー、すごいね。祐ちん。流石(さすが)は千●田スリーエルだね」

 ポップコーンを抱え、席に戻って来た祐子が(ふく)れる。

「あー、()の変な渾名(あだな)、康代ちゃんでしょ。本当に、もう…」

「えへへ、ごめんごめん」

 正太郎は(あき)れた様に感嘆(かんたん)した。矢張(やは)り、いずなの理解力も半端(はんぱ)ない。

「いや、(すご)いのはお前もだよ。いずな。良く聞いただけで理解出来(でき)るな。(おれ)なんか、横で碁石を使って説明されても、咄嗟(とっさ)に、理解出来(でき)無かったぞ…」

 現に、(となり)の敬介はきょとんとしている。

「待ってよ、いずなちゃん。(おれ)、さっぱり、分から無いよー」

 いずなは周囲を見渡し(なが)ら、ぼやきを入れる。

「後から説明してあげるから…。ムキーッ、やっぱ。ハロゲン族いた。(しか)も、何故(なぜ)か、眼鏡(めがね)(まで)いるし…」

「うるさい。それは、此方(こっち)台詞(せりふ)だ。くそっ、折角(せっかく)の凛子とのデートを…。お前ら(おれ)(うら)みでもあるのか?」

「狭い街だからね…」

 ひろみの、()めた声が聞こえる。

如何(どう)でも()いけど、何で横一列に8人並んでんのよ!部室と変わら無いじゃない!」

 凛子の声が聞こえる。高志が(あきら)め切った様に答えた。

「…偶然だろ。くっそー。昨日(きのう)、いずなから聞いた時、ヤな予感はしてたんだが…。折角(せっかく)()の後、ひろみとホテルにしけこむパーフェクトプランが…。ぐはぁっ」

「ふざけた事()ってると、たたっ殺すわよ」

 ひろみが()()になっている。凛子があきれ(なが)ら高志に()った。

(まった)く。なんで、よりによって、映画なの? 他に行く処無いの? ()のハロゲン族」

()台詞(セリフ)。そっくり()(まま)、返してやらあ」

「でも、私、()()うデートも好きだよ」

 ポップコーンを抱えた祐子が()った。高志がそれに答えた。

「あのなあ、祐子ちゃん。()()うのは、世間一般ではデートとは()わねえ。()れは、(ただ)の集団行動だ。デートってのはな。二人っきりで映画を見て、此処(ここ)いらじゃあ、清水インター界隈(かいわい)か鳥坂あたりで(しめ)るのが正しい作法(さほう)だ。あいててて…」

「これ以上バカ()うと、腕へし折るわよ」

「ゆうちん。いずなにも、ポップコーン頂戴(ちょうだい)

「いいよ。あっ。もう、始まるみたいよ」


 映画を見終わった一行は、()の後、8人で赤灯台に行った後、カラオケに行きましたとさ。めでたし。めでたし。

正太郎達が小学校以来、解き得なかった命題、孤高の僧正問題。然し、本当に証明可能な問題なのか? 此の問題に、祐子&正太郎のゴールデンコンビが立ち向かう。果たして、祐子の快刀乱麻を断つが如き推理が炸裂するのか。次回、『第21話 孤高の僧正』。乞うご期待。

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