第19話 カルネアデスの舟板
『よしっ』
9月も上旬、綺麗に澄み渡った空を見上げて、祐子は小さく頷いた。祐子は学校指定のブルーのジャージの上下で身を纏いリュックと水筒を背負って自転車にまたがった。颯爽とした瑠璃色の風が、目の前の巴川の川面を渡って行く。暑くも無く、寒くも無い。実に心地良い陽気である。祐子は此の季節が大好きなのである。然し残念な事に、此の季節はいつも、留まる事無く、全速力で駆け抜けて行ってしまう。
「ママ、行って来るね」
「あっ、祐ちゃん、ちょっと待って。カメラ、カメラ」
「あっ。大変」
祐子は、母親からカメラを受け取ると、改めて、母親と頻りに尻尾を振るペスに向かって手を振って、出発した。渋川橋東交差点で、祐子が信号待ちしていると、左手の集合住宅の門から、同じ清高のブルーのジャージに身を包んだ正太郎がテトテト現れた。
(よしっ。どんぴしゃ)
祐子は、心の中で快哉を叫ぶと、小さくガッツポーズをした。祐子が笑顔で正太郎の方を振り返ると、微笑みかけた。
「おはよう、正ちゃん」
「おはよう、祐ちゃん。今日も会っちゃったね」
「えへへ」
「じゃあ。行こうか」
二人は学校に向かった。今日は、年に一度の遠足の日だったのである。目的地は御前崎灯台と浜岡砂丘である。バスは8台。クラス毎である。祐子は、今日ほど正太郎と同じクラスであることに感謝した事は無かった。
祐子と正太郎がバスに乗り込むと、正太郎は中程の座席を確保し、祐子を窓側に、そして、自らは通路側に座り込んだ。祐子が正太郎に尋ねた。
「正ちゃん、窓側で無くて良いの?」
「ううん。祐ちゃん、大丈夫だよ。祐ちゃん乗り物に弱いだろ。酔い止めは飲んできたの?」
正太郎が心配そうな相好で、祐子を気遣う。
「うん」
「相変わらず、優しいな。正太」
一つ前の座席から高志が声を掛ける。そして、更に、其の高志へ声を掛ける者がいた。
「此処、良いかい?」
「いいぜ。あれ、何だ。六助じゃねーか、なんでえ、他人行儀に」
「うーす。よっ、正太。祐子ちゃんも、おはよ」
「おっす。六助」
「おはよう。六助君」
正太郎と祐子の前の座席には、窓側に高志、通路側に六助が座った。酒井六助は身長160足らずではあったが、歴としたサッカー部員である。彼は正太郎や祐子と同様、江尻中学の出身であり、小学校も同じ二の丸小学校の出身であった。彼らは、同じクラス、同じ中学、小学校と謂うだけでなく不思議な因縁があった。六助も正太郎や祐子と、同じ町内会であったし、六助自身、祐子に対して、仄かな恋心を抱いていた時期もあった。祐子のポテッとした体型や顔立ちは六助の好みであったし、優しい人柄も大好きであった。だが、祐子に近づけば、近づくほど、祐子の正太郎への想いが手に取る程に伝わって来る。正太郎は自分の最も親しい友達の一人である。将に、莫逆之友と謂っても良い。祐子の気持ちが一途で有れば有る程、六助は居た堪れ無かった。結局、中学3年間は祐子と同じクラスであったにも関わらず、気持ちを伝える事は出来無かった。恐らく、気持ちを伝えたならば、関係は其処で終焉を迎えていたであろう。六助には、其処は彼と無く、それでいて、明確な予感があった。六助は、小学校時代から続く此の3人の関係を絶対に壊したくは無かった。例え、何を犠牲にしてもだ。だから、六助は自分の気持ちを心の奥底深くに沈め、自らの本心を韜晦した。誰にも悟られてはならない。其れは勿論、祐子にも、である。そして、高校に進学し、正太郎と祐子が付き合い始めたと聞いた時、多々の悲哀と共に、其れでも、なお、我が事の様に喜んだ。そう謂った清清しさが六助にはあったのである。
小中学校時代の六助は、サッカーでは、頗る有名人であった。二の丸小三羽烏の中心的人物として、近隣に其の名を轟かせていた。パス良し、ドリブル良しの華麗なテクニックを持つ天才的MFとして、勇名を馳せていた。中学校時代には、地元プロチームからの勧誘もあったとの噂だった。が、然し、中学校に上がった頃から、彼の前途に暗雲が漂い始めたのだ。理由は簡単である。身長の成長が全く止まってしまったのである。中学校時代は、なんとか、中盤プレイヤーとして使われていたものの、高校にあがってからは先発ですら無くなり、ポジションもDFだったり、MFだったり、FWであった事すらあった。所謂、ユーティリティプレーヤーとしての使われ方である。然し、六助は腐る事無く、黙々と練習を熟していた。勿論、こだわりのポジションはあった。然し、其れ以上にサッカーに対するこだわりがあった。何故なら彼はサッカーが大好きであったのだ。更に、持ち前の底抜けの明るさと、呑気な人柄が、彼自身をかなり助けたのは事実であった。彼は、中学時代に進路を決めるにあたって、慎重に考えた。過去に、インターハイそして選手権と、全国制覇の実績を誇り、何人ものJリーガーを輩出した清水高校と、更なる、強豪高である清水梅ヶ丘高校。当然、何方の高校からも、誘いの声は掛かった。更には、地元プロチームのユースからも、声は掛かった。が、然し、プロチームユースに対しては、彼は丁重にお断りをした。身長が此の儘伸びなければ、プロとしては難しいだろうし、仮にプロになれたとしても、多寡が知れている。彼の家は、然程、裕福な家では無かった。家は仕出しの弁当屋である。正太郎達が良く使う『花月』が、其れであった。彼の中学時代の勉強の成績は、学年で30~40番程度と、上位二割程度である。清水高校を志望とするにはかなり厳しい成績と謂わざるを得ない。然し、彼は迷わなかった。彼は清水高校を受験したのである。
そして、彼の入学は、清水高校を昔日の如き、サッカー強豪高へと一躍押し上げた。彼の存在は恰も小さな巨人であった。小さな巨人、此の表現は割と陳腐で使い古された、撞着語法ではあったが、此れまた、反復語法を恐れずに謂えば、彼は其の名に恥じない、文字通り小さな巨人だったのである。
清水高校に入学した際のクラスは、祐子や正太郎と同じ4組であった。六助は隣の席の高志とは明るい性格同士、波長が合った。また、幼馴染の正太郎とは呑気者同士、波長が合った。六助は、彼の華やかなサッカー人生にも拘らず、頗る気さくな男であった。誰とでも分隔てなく接した。そして、彼は特に4組のブラス部員3人組と仲が良かったのである。
バスが出発すると、六助が早速切り出した。
「おい、高志。聞いたぜ。お前ら夏休み中に、興津川で勉強合宿をしたそうじゃないか? 俺も呼べっつーの」
「何、謂ってやがる。お前ら毎日練習があるだろうが」
「それは、そうなんだが、でも、其の頃も、最終週も3日程、オフがあったぜ。尤も、宿題を写す為のオフだったがな。最終週も、1組の今井の家で勉強合宿やったんだってな。全く、どんだけ、勉強が好きなんだよ」
「あれは、敬介や正太が、宿題が終わってなくて仕方無くな…」
正太郎がニヤニヤし乍ら、突っ込んだ。
「嘘つけ。おまえは、ひろみと会いたかっただけじゃねーか」
「ひろみ? ああ、あのひろみちゃんか。」
六助は学校祭を思い出した。
「ああ、此奴、7組の稲森ひろみと付き合ってんだ」
「あーこら、正太。てめーは、何、余計な情報を暴露してやがんだ」
「へー。そうなんだ。本当に仲がいいのな、お前ら。今度、遊ぶ時には俺も誘ってくれよ」
「まあ、いいけどよ」
正太郎たちは道中、六助と他愛も無い話で盛り上がった。
2号車。いずなのクラスでは、いずなが車両中程の窓際に一人で腰掛けていた。いずなは中学校時代程では無かったが、矢張り、周囲との垣根が存在していた。クラス内には、仲が良いと謂える程の友人はいない。遠足は未だに、苦手である。だが、突然、クラスメートに声を掛けられた。ひどく、おどおどした子である。
「…あの、…隣、…空いて…ますか?」
眼鏡を掛けた、身長160位の、ロングの黒髪を三つ編みに束ねた、地味な女の子である。胸は大きくDカップくらい。体型はぽっちゃり型。物腰が柔らかく祐子と似た印象があった。名前は確か宮城島葵。英語、数学ともに上位選抜クラスであり、いずなとは、常に進退一緒である。成績は常時、学年100番以内なのだが、恐ろしく、無口で引込み思案であり、いずなは、一度も話をした事が無かった。
「うん。空いているよ」
「…私、座っても…良い?」
「勿論だよ」
いずなはそう謂うと、ニッコリと微笑んだ。いずなも、此の辺りが、高校に入って、熟れた部分なのだろう。葵の緊張は目に見えて和らいだ。
「…良かった。私、地味だし…。嫌がられるかなって、思って…」
「そんな事ないよ。えーっと、宮城島さんだったよね」
「うん。宮城島葵。…小泉さんだよね」
「うん。でも、『いずな』でいいよ」
「?」
「そう。小泉菜月。略して、いずな。ブラバンのお友達は、みんなそう呼ぶよ」
「そうなんだ。こいずみ、あっ。いずなちゃん。よろしくね」
「うん。葵ちゃん。葵っちって呼んで良い?」
「うん」
「葵っちは部活何やってんの」
「私はアニ研」
「えーっ。いずな、最初はアニ研に入ろうとしたんだよ…。アニメ大好きだから」
「そうなの。私もアニメ大好きで。確か、いずなちゃん、学校祭の時にブースに来てたよね。でも、アニ研って、実質、帰宅部だよ」
「そうなんだ。私、ブラバン。一年生は変人ばかりだけど、みんな、凄く良い奴なんだよ。本当は、私、小、中学校時代、お友達が全然出来なかったけど、高校に入って今の部活に入ったら、いっぱいお友達が出来ちゃったの。みんなで、喫茶店に行ったり、カラオケに行ったり、夏は興津川で川遊び&宿題合宿をしたり、とても、楽しいんだよ」
「へー、そうなんだ。何か、素敵だね。ちょっと、うらやましいな」
「そうだ。葵っち。此の後、ブラスの友達と合流するんだけど、一緒にお弁当食べ無い?」
葵が俯きがちに謂った。
「えっ、でも、私、部外者だし、暗いし…」
「何、謂ってるの。大丈夫だよ。呑気な奴らだし、そんな事、気にしないよ。お弁当も、一人で食べるより、おいしいよ」
其の時、突然、前の座席にいた女子からも、声が掛かった。前の座席は其の子だけだった。
「やっほー、いずな、葵。私もご一緒しても良いかな? 久し振りに祐子にも会いたいし…。ちょっと待って、あんた達の隣に移動するから」
ヤスベエだった。ヤスベエは本名を高山康代といい、祐子や正太郎の幼馴染である。情報部と謂う、活動内容が少々謎の部活と、ギター部に所属しており、春先の『幽霊ピアノ事件』の際には、其の風聞と噂の流布と拡散に尽力していた。兎に角、面白ければ全て善しの考え方の持ち主である為、何時も噂の種を、鵜の目鷹の目で探している処があり、他人の色恋沙汰には著しい関心を示す癖に、自身の其れや勉学には割りと淡白で、謂わば、風聞と噂にステータスを全振りした様な人柄なのである。意外にも、フラメンコギターの名手なのであるが、他にも、其のヤスベエの特技の中に、誰とでも気さくに話せると謂うものがある。ノリが良く、何時だってクラスの中心周辺にいる様な女の子であった。今日はヤスベエの相方である美羽が体調不良で不参加の為、ヤスベエは一人で座席に居たのである。其のヤスベエが葵の隣の補助席に移動すると、いずなに語り掛けた。
「そう謂えば、いずな。祐子さあ、正太と付き合いだしたんだってね。本当に良かったよ。1年前は如何なる事かと、心配したもん」
「ムッキーッ、一年前、何かあったの?」
ヤスベエはちょっと表情を曇らせたが、頓て、笑顔を作ると、
「もう、過去の事だから良いか…」
と謂い、徐に口を開いた。
「実は、祐子。中3の夏の最後に正太に告ったのよ…。まあ、私達、幼馴染の間では、誰が360度何処から見ても、相思相愛だったからね(第13話参照)」
「ムッキイ、本当なの?」
「うん。確か、『私には、(私の目の前に)好きな人がいる。其の人と同じ学校に進学したい』みたいな事、謂ったらしいんだけど、なにしろ、相手があの朴念仁の正太でしょ。あのバカ、何を勘違いしたのか、『祐子には好きな人がいる』が、イコール『祐子には、(俺以外の)誰か好きな人が出来た』と、勘違いしたのよね。バカと謂うか、何と謂うか…。其れで、祐子に見当違いのエールを送って、勝手に自爆。挙句に、別の子に告られ、其の子と付き合う羽目に…」
いずなと葵は悲しげな顔で聞いていたが、葵が困った様な顔で謂った。
「正太君って奥ゆかしいんだね」
「それを世間一般の言葉で謂うと、バカって謂うんだけどねー」
ヤスベエが膠も無く切り捨てた処に、いずなが合いの手を入れた。
「あちゃあ…。それで、ゆうちんは?」
「祐子も、祐子なのよねー。『受験期間中だから、正ちゃんに余計な迷惑は掛けられないよ。受験が終わったらもう一度チャレンジするから』とか謂っていたら、其の間隙を縫って、正太が同じクラスの子に告られ、然も、それを受け入れた為、敢え無く撃沈。あの子、秋口から受験直前迄、毎日、泣いていたわよ…。一時は、家の前の巴川に飛び込むんじゃないかと、心配した程だもん」
「ムキ、ゆうちんらしい発言、と謂うか行為だけど…」
「それも世間一般の言葉で謂うと、まぬけって謂うんだけどね」
「ムッキー、ヤスベエったら、一刀両断だね。全く、あの二人は…。でも、ゆうちんも、告った時に、変だと思わなかったのかなあ…」
「何か、オーヘンリーの話にありそうだよね」
「そう、それよ。祐子も告った日に、妙だと思ったらしいんだけど、あの子も内向的でしょ。確かめられ無かったみたい。でも、あたしに謂わせれば、絶対、確かめるべき事案じゃない? 大体、内向的って点で謂えば、正太の方が遥に上だからねー。特に異性に対しては、もう、ATフィールド全開。ゼルエルレベルよ」
成程。確かに、ゴシップフリークとしては的確な観察眼である。
「ムキ、本当だよね。4月に花見に行った時も、あの二人、そんな感じだったよ。牴牾かしいと謂うか、何と謂うか、『もう良い加減、あんた達、付き合っちゃいなさいよ』みたいな、感じでさあ」
いずなの感想に、ヤスベエが即、同意する。
「そう、それ。本当に見てられ無いのよねえ。あの二人は。でも、其の後、祐子があんまり毎日泣くもんで、あたしも一肌脱いで、大塚●夫というかスネークしたんだけど…」
「『待たせたな』。ムッキー、懐かしい。メタルギア。先刻のゼルエルといい、ヤスベエもかなりのオタクと見た」
「まあね。祐子と一緒に文芸部やってたし…。それに、あたしは、中学校3年間、正太と同じクラスだったからさ。それで、相手の子、千春って謂うんだけど、其の子も必死だったのよね。もともと、千春が正太の事好きなのは、見ていて分かってたんだけど、祐子が動いたのを聞きつけて、千春も勝負に出た。と、此処までは良かったんだけど、でも結局、千春にも分かっちゃったのよ。『正太の心は此処に無い』って事が…。そう謂うのって、好きに成れば成るほど、分かっちゃうものだし…」
「本当だよね」
葵がしみじみと謂った。いずなも、七夕祭りの夜を回想する。そして、千春という少女の、剥き出しの敵意の理由が、少し分かった様な気がした。全ては必然であったのであろう。ぼんやりと、思索するいずなを尻目に、さらに、ヤスベエが続ける。
「然も、正太って無駄に優しい処あるじゃん。其れに、初めての交際だから、一生懸命。おまけに、千春に対して不実だと思ったんでしょうね。祐子の事は意図的に避けていたみたい。でも、それは、祐子にとって、強烈にショックだった訳よ。だけど、千春にとっても、そう謂うのって、かえって判るじゃない。結局、千春の方が居た堪れなくなって自然消滅。あたしも、祐子の為を思ってスネークしたけど、途中から見ていられ無かったわよ。千春が、かわいそうで…」
「でも、正太君優しいのに…。優しさで其処迄、傷つけちゃう何て事、あるのかなあ?」
葵が思慮深か気に疑問を呈した。其れに対してヤスベエは、決然と謂った。
「そりゃ、そうだよ。他に好きな子がいるのに、無理して、違う人に笑顔で優しくしようとする。葵ちゃんだったら、如何思う?」
「…ちょっと、辛いかも」
「でしょ。あれは、見ていて、痛いというよりも、残酷だったわよ。然も、本人が悪意なく、真面目にやっているんだから、始末に悪い…。当人達にとっては地獄でしかないわよ」
「ムッキー、正ちん、罪作り。それで、如何なったの?」
「如何も斯うも無いわよ。結局、去年の暮れに別れた。一応、形而下では、正太が振られた形には成ってはいるけど、あたしに謂わせればね、形而上、振られたのは千春の方だったわよ。でも、可笑しいのは、其の事で、正太がとてもショックを受けてた事。あいつ、正月から卒業位迄、とても、落ち込んでいたもん。其れこそ、家の前の巴川に飛び込むかと思ったわよ」
「正太君センシティブなんだね」
葵が呟くと、ヤスベエはさらに続けた。
「まあね。でも、それを世間一般の言葉で謂うと、自業自得って謂うんだけどねー。それでも、あたしは祐子の為に動いていた訳だし、目的を達成したから、それを祐子に伝えたんだけど、流石に千春がかわいそうで、かなり暈して伝えたの。だって、此の儘行けば、祐子と正太は同じ清水高校に入学する訳じゃない。だから、『待てば海路の日和あり』みたいな事を伝えたんだ。でも、泣いている祐子は一向に耳を貸さない。それで、仕方なく、正太が千春に振られた事を伝えたの。それが、今年の2月の事」
いずなも興味津々な面持ちで、先を促した。
「それで、ハッピーエンディングに成ら無かったの?」
「うーん、全然。寧ろ、其処からが大変だったわよ。まず、祐子はありったけの勇気を振り絞って告ったのに、最悪の勘違いをされて、あのザマでしょ。正太はと謂うと、千春に(訳の分からないうちに)振られて、元々、異性に臆病だったのに、完全に拒絶態勢に成っている。あの儘じゃあ、百年経っても結ばれ無かったわよ。て謂うか、二人とも、良く受験自体こけなかったなあって、感心したもの。まあ、あの二人、あたしと違って勉強は良く出来たんだけどねー」
「それで、如何したの?」
今度は、葵が先を促した。
「それでも、今年の2月、受験の直前位まで、祐子、毎日泣いていたわよ。其処で、あたしが祐子に多少の虚構を交えて、斯う謂ったの。『そんな、泣いてばかりいると本当に嫌われちゃうよ。あたしの情報だと、あいつ、笑顔の子が好きなんだから』とね。すると、あの子、ぴたっと泣き止んで、『うん、がんばる』とか謂っているの。まあ、一途な処は可愛いんだけど…」
「ムッキー、ゆうちんらしいよね」
「そして、合格発表。まあ、あの二人は、受験自体は、全然、心配していなかったみたい。寧ろ、あたし自身の方が心配だった。相当、背伸びしての受験だったからねー。そして、クラス割りの発表。そしたらさ、祐子、見事に7分の1の当たり籤を引き当てた訳よ。其処で、祐子、俄然、其の気になって、春休み中は、毎日、祐子の家で作戦会議」
「其れで。其れで?」
「実際、あたしの見た処では、お互いに、相思相愛なんだけど、まあ、なにしろ、相手があの朴念仁の正太でしょ。それで、いくつか、アドバイスしたの。まず、祐子の絶対的に有利な点は、同じ幼稚園、小中出身の幼馴染である事と、家が近所である事。それを踏まえて以下の4点を目標とした。
①早い段階でメアドと携帯番号を交換する事。
②部活が決る迄の間、可能な限り、行き帰り行動を共にする事。つまり、一緒に登下校する事ね。
③正太が何処の部活に入るか可能な限り調査し、一緒に入部する事。
④好意は恥ずかしがらずに、前面に出す事」
「うん、ゆうちん、其の通りに行動していたよ」
「本当は、あたしも、ブラバンに入って見届けたかったけどね。小さい頃からフラメンコギターやってたから、ギター部に入りたかったんだ。でも、学校祭で一緒にいるの見て安心したんだもん」
「本当だね。私も、学校祭でアニ研に来た二人を見て、ちょっと思った。『祐子ちゃん、素敵な彼氏が居て良いなあ』って。いずなちゃんもだけど…」
葵がしみじみと謂えば、ヤスベエも続く。
「そう、学校祭の二人を見ていて、てっきり付き合っていると思ってたんだけど。実際はまだ、告っていなかったみたい。何でも、バカ正太の奴、千春に義理立てしたのか、はたまた、女の子除けのつもりか、『千春と付き合っている』って、謂い張っていたみたいだし…」
「ムッキー、いずなもそう聞いてたよ」
「まあ、正太の事だから、見栄を張ってた訳じゃあ無いんでしょうね。女の子除けの側面もあったとは思うけど、実際は、千春に義理立てしたんだと思う。で、其の後、七夕の時に、すったもんだがあったんだって? それで、其の後、祐子が告った時には、あたしにもメールが来たわよ。いろいろ、有難うって」
「ムッキー、ゆうちんらしいね。本当に義理堅いからね」
「うん、まあ、そうなんだけど、多分、其れだけじゃあ無いわね。…あたしに謂っておけば、学校中の噂になるのは、時間の問題じゃない? 正太が祐子と付き合っていると謂う噂が広まれば、第三者からの干渉をある程度、排除出来る。実際、そう謂う計算もあったと思うわよ。祐子、あれでなかなか、そう謂う強かさも持ちあわせているからね」
「私も、同じ事、したかも…」
葵が呟く。いずなも、感に堪えた様に謂った。
「はあ…。ゆうちんも水面下では色々画策してたんだね。然も、こんな、謀略のプロみたいな参謀まで設えて…」
「何、謂ってんのよ。いずな。あたしは唯の幼馴染なんだし…。それより、あんたの話を聞かせなさいよ」
「ムキ?」
「ほら、いつも、一組から、何かと用事を託けて、あんたをスネークしに来てた小柄な子。えーっと、今井君だっけ。あんたたち、つきあってないの? 先刻、葵も謂っていたけど…、で、如何なの? 江戸川君?」
「誰が、江戸川君よ。如何って…、ただのお友達だよ」
ヤスベエがニヤニヤし乍ら、謂った。
「本当? スネークするわよ? あたしの情報網を舐めてくれちゃってると…」
「ムキー、分かった。謂うから、お願いだからスネークだけは止めて。…夏休み中に告られた」
「で、あんたは?」
「…その、…OKした」
それを聞くと、ヤスベエは優しげな表情になり、いずなに謂った。
「そう、良かったじゃない。いずなは知らないかもしれないけど、あの子、あれで意外とファンが多いのよ。無垢な田舎の小学生みたいな処が母性本能を擽るって…。それに、優しいし、裏表が無いから。庵原一中の誰に聞いても、あの子の事、悪く謂う奴いないわよ。まあ、隠れ優良物件って処かしら」
「ムッキー、そうなの?」
「そうだよ。でも、いずなったら、4月からATフィールド全開で、まるで、気付いて無い振りしてたし…。最初は正太みたいな天然パターンかな、とも思ったんだけど、其の内に、意図的に気付いていない風を、装っている事が分かったから…」
「ムキー。実は昔、いろいろ、嫌な事があって…」
葵が驚いて謂った。
「えー、学校祭の時は、未だ付き合って無かったんだ…」
「…うん」
「で、如何なの? 彼」
「…すごく、優しいよ。それに、一緒にいると楽しいし」
「へー、そうかあ。あたしもそろそろ、彼氏が欲しいなあ。何たって、彼氏いない歴、イコール実年齢だからね」
「ムッキー、ちょっと待ってよ。ヤスベエって、男の子と付き合ったことないの? ゆうちんにアドバイスなんかしていた癖に」
ヤスベエはけろりとして謂った。
「無いよ。あたし、理想が高くてさあ。祐子には、人間観察のテクニックを伝授しただけ。つまり、此処の3人は、最近まで彼氏いない女子の集まりだった訳。尤も、いずなが先陣を切ってクラスチェンジしちゃったんだけどねー」
「ムッキー、本当にもう…」
バスは150号線を只管南下する。視界には茫洋たる太平洋が飛び込んで来た。信号で停車したバスから離れて行く様に、鴎が、秋の麗らかな日差しを浴び乍ら、キラキラと輝く海に向かって、のんびりと飛翔する。いずなは、ぼんやりと海を見ている。鴎たちが向かって行く岸から程遠く無い波間に、小さな板切れが漂い乍ら遊弋している。いずなは、其の板切れを眺めている内に『カルネアデスの舟板』の故事を思い出した。
カルネアデスの舟板。此の古の希臘人の名を冠した命題は、昔から、法律論を論ずる上での、主要な寓話となっている。要旨として、波間を漂う板を、遭難者二人が奪い合い、結果、相手を死に至らしめた場合、加害者を罪に問えるかと謂う、命題である。此の思考実験は、古来より、散々、議論がなされ、現在でも、刑法上、緊急避難、正当防衛等の考え方に色濃く反映されており、或いは、医療に於けるトリアージにも此の考え方は活かされて居るのかも知れない。いずなは其処迄考えた処で、静かに眼を閉じた。そして、再び目を開くと、悲しみの光を静かに湛えた其の瞳を波間を遊弋する板切れに向けた。件の七夕騒動。千春という少女の攻撃的で、冷酷な振る舞い。内向的な祐子を傷つけ、いずなも激しく怒ったものだが、其の本質は、正太郎と謂う一枚の板切れを巡っての遭難者同士の争いでは無かったのか? 然も、此の争いに関して謂えば、圧倒的にマウントを取っていたのは、寧ろ、祐子の方では無かったのか? 勿論、祐子はいずなの数少ない友人の一人であり、大切な友達である。いずなは、今でも祐子に加えられた情け容赦が無い攻撃を赦すつもりは決して無い。然し、あの時の千春は、己の不利を誰よりも自覚していたのだろう。そして、其の追い詰められた状況の中で、心では血の涙を流し乍ら、絶望的な戦いに身を投じて行ったのではあるまいか? そう思うと、少々、千春が哀れに思えた。恐らくは、現時点に於いて、此の様な状況に身を置く事の無い、自らの僥倖を感謝すべきなのであろう。いずなが、再び、波間の板切れに眼を移した時には、バスが発車し、直に板切れは見えなくなった。
「ところでさあ、いずな。あんたに聞こうと思ってたんだけど、春先の『幽霊ピアノ事件(第4話参照)』、其の後、如何なったの?」
ヤスベエの一言が、いずなを現実に引き戻した。
「幽霊ピアノ事件?」
学内の噂に疎い葵は、ぼんやりと反芻する。如何やら、全く事情を知らないらしい。其処で、ヤスベエが事情を掻い摘んで説明した。それを聞いた葵が驚いた。
「へー、そんな事があったんだ。何か、怖いね」
「ムッキー、大丈夫だよ。葵っち。其の後は、妙な事は何にも起きて無いし…」
暫く、いずなの顔を見つめていたヤスベエがぼそりと謂った。
「ねえ、いずな。あたし思うんだけど。あれって、正太が一枚、噛んで無いの?」
「ムキ? 正ちん? いや、違うでしょ。だって、あの時、正ちんダウンしてたし、抑々、ピアノなんか弾け無い筈だよ」
いずなは、あの時、祐子に頼まれた事を思い出して、咄嗟に惚けた。
「そうなんだ。…実は、正太にも、同じ事聞いてみたんだ。同じ事、謂われたけど…」
「でしょう…。それに、ゆうちんが謂ってたよ。ピアノ幽霊のレベルがピアニストレベルだって。でも、何で、そう思うの?」
ヤスベエが眉間に皺を寄せていたが、徐に口を開いた。
「一つは、祐子の態度かな」
「ゆうちんの態度?」
「そう、あの子、小、中学校時代、途轍も無く内向的だったけど、パズルとか、謎解きに関してはすごく積極的で、解け無い謎に対しては、『私、気になります』状態だったの。然も、本家の3倍はすごい。ってんで、文芸部でついた渾名が、千●田スリーエル…」
「ちょっとお、流石にいずな、ゆうちんにその渾名は、謂えないよお。アウトでしょ、それ。いろんな意味で…」
「当たり前でしょ。あたしだって謂えないわよ。特に、祐子の場合、全く、洒落になって無いから…。て謂うか、スリーエルじゃあ厳しいんじゃないかと…。でも、其のスリーエルが謎解きを放棄する事自体、極めて不自然な事なのよねえ。其処で、祐子が犯人を知っていて庇っている。じゃあ、誰を? 其処迄考えると、一本、筋が通るじゃない? 此の仮説」
「ムキー、でも、ピアノの謎は? 一体、誰がピアノを弾いたの?」
「其処なのよねえ。だから、あたしは、正太がピアノを弾けるという前提で、スタートしたんだ」
「何か分かったの?」
葵もヤスベエに尋ねる。ヤスベエは、大仰に肩を竦め乍ら、首を振る。
「ううん。全然。だけど、ちょっと、妙な話があるんだ」
「ムッキー、聞かせて」
「あたし達が中学3年の時、江尻中でも似た様な事件があったの。多分、祐子も知らない事だと思うけど」
「何なの?」
「実は、あたし、其の頃、ギター部の助っ人で音楽準備室で練習してたんだ。そうしたら、隣の音楽室から途轍も無く上手なピアノが聞こえたんだ。曲は『ナイナイ』」
「ナイト・オブ・ナイツかあ。十六夜咲夜だね。だけど、抑々、リアルにピアノで出来るの? あの曲。無茶苦茶、難易度高そうなんだけど…」
「そうなんだよねえ。誰かが弾いたのは間違い無いんだけど、でも、誰が弾いているか、皆目、分からなかった。当時、音楽室はブラバンの練習場だったから、ブラバンの誰かだとは思うんだけど、演奏者は不明の儘。結局、30分後に、出て来た正太を捕まえて聞いたんだけど、分からない。彼奴、『先生じゃないか?』って。でもねえ、状況からして、正太が一番、嫌疑濃厚なのよねえ。そして、其の後、ナイナイは二度と弾かれ無くなったんだ…」
「ふーん。興味深いね」
葵も食いついてくる。さらに、ヤスベエが続けた。
「あとね、これも、直接的には何の証拠にも成ら無いけど、今年の学校祭の話。あたしがカノンフラメンコ弾いたじゃない。其の後日談なんだけど、正太があたしに謂ったの。『いや、ヤスベエ上手かったよ。あれだけ、自由に弾けて羨ましい』って。兎に角、彼奴、芸術家肌だから、やたら感動しまくっていてさ…。でも、ちょっと変な謂い回しじゃない? 自分で謂うのも何だけど、『あれだけ、上手に弾けて羨ましい』なら、分かるけど、『自由に弾けて』だからねー。其の時、思ったんだ。ひょっとして、正太の奴、ギターが出来るのかなって、で、何らかの理由で自由に弾けないのかなって、でも、本人はそんな事、謂わない。そして、後から、ギターをピアノに置き換えたのよ。そうしたら、一本、筋が通るじゃない? 此の話」
「…ヤスベエ、此の事は誰かに…」
ヤスベエは勘良く頭を振ると、
「謂って無いよ。謂ったら、祐子に怒られそうだしね」
「そう…だね」
「それと、もう一つ。其の時、正太と話した時に、正太、謂ったんだ。『ヤスベエ、音も、テンポも完璧だった。うまかったけど、一ヶ所、とちっただろ。途中、サビの部分でアスの音が飛んでた…』って、あたし、アスって何の事かわかんなくて、祐子に聞いたんだけど…」
いずなが静かに呟いた。
「…A♭」
「そう、祐子も同じ事謂ってた。確かに、正太の指摘した通り、A♭の三十二分を一ヶ所、弾ききれずに、飛ばした。多分、彼奴、カノンフラメンコの原曲を知っていて、比較していたんだと思う。そして、あの会場でそれに気が付いたの、恐らく、彼奴だけだったと思うよ。それで、確信したんだ。彼奴、ピアノが弾けるか如何かは分から無いけど、一つだけ分った事がある。それは、正太が途轍も無く、耳が良い事と、絶対音感を持っている事だね…。まあ、あたしの調査も此処迄だね。此れ以上の調査は祐子も望まないでしょうし…」
いずなは意外そうな顔でヤスベエの話を聞き入っていた。いずなの印象では、ヤスベエはもっとおしゃべりで好奇心旺盛な女の子だと思っていたのだ。正直、誰にも謂っていないというのは、少々意外だった。そして、其の後、いずなと葵とヤスベエは、アニメの話や、学校内の恋愛事情で盛り上がった。
御前崎は南国情緒溢れる素晴らしい所だった。黒潮洗う眺望の良い岬に、ワシントンパームや竜舌蘭の緑の葉が、秋風に揺れている。清水から50キロと離れていないのに、一気に南国へワープしてしまったかの様だった。いずなが携帯で調べると、一組の敬介が、御前崎灯台の下に場所を確保したとの事だった。駐車場から灯台へ登る長い階段をいずなと葵とヤスベエは眺望を楽しみ乍ら登った。風が殆ど無い穏やかな陽気である。時折、吹く秋風が実に心地よい。名も知らぬ、南国の植物が微かに揺れている。振り返れば、眼前に太平洋を俯瞰する眺望である。沖合い遥彼方に、大型のタンカーがのんびりと横たわっている。
「何か、エキゾチックな風景だね」
「うん。日本じゃないみたい」
上まで登りつめると、灯台横の歌碑があるところで、敬介がレジャーシートを広げていた。敬介は、懸命に手を振り乍ら呼び込んだ。
「おーい。いずなちゃん。此方、此方。あれっ、そちらさんは?」
「あっ、ケースケ。えーとね、こちらは、宮城島葵ちゃん。うちのクラスの子。で、此方はヤスベエこと高山康代ちゃん。うちの学校のCIA要員。先刻、二人とも、お友達になったの」
「?。…へー、そーなんだ。俺、今井敬介。よろしく」
其処へ、正太郎たち4組勢がやって来た。六助も一緒だ。高志が鷹揚に謂った。
「おう、敬介。場所取りご苦労。あーっ、テメーは、やじろべえじゃねーか。まーた、出やがったな…」
六助も反応する。
「おう、ヤスベエ、久しぶりだな」
「おーっす、六、相変らず小さいねー。何よー。脱糞男じゃないの。そう謂えば、あんた、彼女が出来たんだってね。おめでとう」
「脱糞はしてねーって謂ってんだろ。相変わらず、碌でもねえ誣罔の讒を広めやがって。てか、彼女って、大体、なんで、おめーが、そんな事、知ってんだよ」
「ふふふ、私が知らない秘密なんて、無いわよ」
「…相変らずとんでもねえ女だな…」
敬介が高志に文句を謂う。
「なーにが、場所取りだ。偉そうに…。あれっ、酒井じゃねーか? あっちに、サッカー部の杉本がいたぞ」
ヤスベエもピクリと反応する。
「一平かあ、あいつと一緒だとなあ。絡み辛いんだよ」
「なんだ。仲悪いのか?」
「んな訳あるか。幼稚園からのコンビだぞ。ただ、あいつ、極端に無口でなあ。三言以上しゃべったの、滅多に聞いた事ねーんだよ。つきあいは長いけど、あいつ、日本語がしゃべれないんじゃないかと思うぜ」
六助がぼやいた。話題になった杉本は、でこぼこコンビのもう一角、杉本一平と謂うサッカー部の美形長身俊足FWで、学校祭リレーのアンカーを勤めた、二の丸小三羽烏の二羽目である。身長194㎝と謂う恵まれた体格であり乍ら、足下の技術も確かで、得点もヘディングによるものは4分の1程度であり、残りは全て足による得点だった。六助が謂った様に、恐ろしく無口で、表情も固いイケメンではあるが、性格は温厚でとても、優しくもあった。然し、口数が少なく、むすっとした顔立ちは、誤解される事も多い。サッカーに関しては、六助と同様、超一流であり、中学卒業時は、地元プロチームのユース組織から誘いがあったが、断ったとの噂があった。当然、一年生乍らレギュラーを張っており、清水高校の現在のエースストライカーであった。そして、何を隠そう、ヤスベエの片思いの相手でもあった。そして、其の辺の事情を知悉している祐子が、ニコニコし乍ら謂った。
「良いよ、杉本君も呼ぼうよ。おーい、杉本君。一緒にお弁当食べない?」
杉本は訝しみ乍ら、やって来た。そして、抑揚の無い話し方で、斯う謂った。
「俺も…、良いのか?」
「うん。勿論だよ。六ちゃんも、康代ちゃんもいるし、良かったら、ねっ」
杉本の無口振りを知っている祐子は、即座に同意し、ヤスベエと六助の間に招いた。ヤスベエにいつもの気楽さが消え、借りてきた猫の様におとなしく成った。其処へ、明彦、凛子、ひろみがやって来る。六助は明彦を見つけると、ちょっと驚いた風に謂った。
「なんだ、滝。お前もブラバンだったのか?」
「ああ、おまえこそ、珍しいな」
「まあ、うちの学校あの部は無いもんな…」
謂い掛けて、矢庭に六助が言葉を濁す。明彦が、頻りに唇に人差し指を当てている。然し、いずなが聞き咎めた。
「ムッキー。なんか、もごもごした。怪しい」
「まあ、良いじゃねえか。ところで、此方さんは?」
高志が話を逸らせつつ、いずなの隣にいる葵について、尋ねた。いずなはすぐに答えた。
「此方は、宮城島葵ちゃんだよ」
「…よろしく」
「こちらこそ、よろしく。英、数の上位選抜クラスで見掛けるよな…。いずな、でかした」
「…?」
「こんな、おっぱいの大きな子を呼んでくれて…。おかげで、昼飯時も華やかに…。まあ、やじろべえはぺったんこだがな。ぐえぇっ」
「まーた、始まった。此の女の敵が…」
ひろみが、すかさず肘打ちを放つ。いずなが後を受けて、葵とヤスベエに紹介し始めた。
「今、下品な事、謂ったのが、ハロゲン族。根は良い奴なんだけど、見ての通りバカなの。あと、お化けが苦手。でも、勉強だけは出来るみたいなの。むかつくけどね。趣味は坊主めくりと覗き。私も合宿中、覗かれたの。それに、巨乳好きらしいの。でも、付き合っているのが、何故かひろみっち」
ひろみは、真っ赤になり乍ら怒る。
「いずな。あんたねえ」
「誰がバカだ、いずな。あーっ、こら、やじろべえ。てめえも何メモってやがる…」
「で、隣にいるのが、正ちん。先刻、散々話題に上った…。晩熟に見えるけど、其の隣のゆうちんと付き合っているから、手を出しちゃ駄目だよ。二人とも大のアニメ好き。で、ゆうちんはブラバン第一の胸の持ち主。すごくおとなしいけど、どうも、正ちんと一緒になると、止まれ無くなっちゃうんだって…。然も、みなと祭りの夜、二人でお泊まりする計画を立ててた。止まれ無い二人が、お泊まりすると如何なっちゃうのか、いずなも興味津々」
正太郎と祐子が赤くなり乍ら、いずなを遮った。
「こっ、こら。誤解するだろ。大体、ヤスベエがいるんだぞ。滅多な事を謂うんじゃねえ…。それに、先刻、散々話題って、何の話題だよ?」
「いずなちゃん。…もう。宮城島さんこんにちは。学校祭の時はありがとね。康代ちゃんはお久しぶり」
祐子はヤスベエに手を振って見せた。
「で、此方の眼鏡コンビが、凛子っちと眼鏡。いつも、二人一緒にいるけど、付き合って無いオーラを出してた。だけど、此の間、眼鏡が自供した。Hな事、しちゃったんだって…」
すかさず、ヤスベエがメモを取る。明彦と凛子も茹蛸の様になって遮る。
「おい、こら。してねえだろ。大体、誰が眼鏡だ」
「…あの、ねえ」
「で、こっちの小さいのがケースケ君♪。以上」
高志が突っ込んだ。
「ばかやろー。何が以上だ。敬介との関係性をはっきりさせやがれ」
「ヴウー。…お友達」
ひろみが、流眄で更に突っ込んだ。
「とても、親密な…でしょ。二人で仲良く、おてて繋いで、お昼寝しちゃう位の」
いずなは、慌てて、隣に居る、六助と杉本を紹介しようとした。
「うー、次。で、此のでこぼこコンビは…。誰だっけ?」
「誰がでこぼこだ。大体、おめーとは初対面じゃ無いだろ。うちで、おにぎり食わせてやったじゃねーか。俺はサッカー部の酒井。で、此のでかいのが、サッカー部の005。…ジェロニモだ」
「…杉本だ」
騒然とした一同が少し静まるのを待って、正太郎が六助に問い掛けた。
「そう謂えばさあ、昨日、HRの時に薬缶が変な事を謂っていたじゃねーか」
「?」
「ああ、何でも、『明日、雨天の場合は遠足は中止になりますが、実力テストは行ないません。通常の授業を行ないます』ってさ。まあ、幸い今日は晴れたんだが、何か理不尽な事、謂ってるなあ、とは思ったんだが…」
祐子も不審気な表情で、正太郎に続く。
「うん、私も思った。遠足が延期で無くて中止ってのは、日程の関係だから、止むを得ないのも分るけど、実力テストって件がね。先週やったばかりなのに…」
ひろみも同意する。
「うん、謂われた。謂われた。あたしも実力テストって件が全く意味不明で、誰かに聞こうと思ってたんだけど」
ヤスベエも首を傾げ乍ら、追随する。
「そう謂えば、うちのクラス担任の弓原も同じ事、謂ってた。通常の授業をするのに、何で実力テストの話を持ち出したんだろ? 葵、判る?」
「うーん」
凛子も続く。
「うちん処も、同じ様な話が出たわね。妙な事、謂い出すなあとは、思ってたけど。何でも、以前は遠足中止の日は、実力テストだったって奇怪な噂が広まっていて…」
此れに対して、高志が、ニヤニヤし乍ら、
「ああ、其の件か。実は、3年程前に、遠足雨天中止により実施された実力テストに端を発して、騒擾事件が発生したからなのさ」
「騒擾事件? 穏やかじゃあ無いわね」
凛子が首を傾げる。
高志に因れば、3年程前の遠足の日の事である。尤も、其の当時は、今と異なり遠足の日程は、7月の中旬。即ち、一学期の期末テストと終業式の間に予定されていたとの事だった。遠足の荷物と、授業の荷物の両方を用意するのは大変であろうと謂う学校側の配慮(?)により、雨天時は遠足中止の上、実力テストと謂う日程は、予め決められていたのであった。もとより、梅雨時のそんな時期に遠足を予定しているのが間違いの元で、3年前の当日は、果然と謂うべきか、小雨がそぼ降る、見事な迄の雨天となったのである。生徒たちは、微妙な天候の為、遠足の装備で登校してきたのであるが、学校側は実力テストを敢行する事となったのである。此れには生徒たちは愕然とすると伴に、激しく、反発した。もとより、実力テスト云々の件は、多くの生徒たちからは、極めて出来の悪い、笑えぬ冗談として捉えられており、此の実力テストの実施には、俄然、紛糾したのだった。抑々、先週に一学期の期末テストが終了したばかりであるにも拘らず、テストを実施した学校側の無節操を詰る者。テストであるならば、当然、準備をする真面目な生徒もおり、にも拘らずテスト範囲を開示しない学校側の不誠実を詰る者。そして、それらの者が、至る所で跳梁跋扈し、煽動活動を行った為、清高始まって以来の一大騒擾事件に発展したのだった。尤も、騒擾事件とは謂っても、実際、暴力沙汰は、然程、無く、約4割の生徒は大人しくテストを受けた。然し、一方で、その他の者は、勝手に帰宅する者、部室に立て篭もる者、カラオケに行く者、更には、意味不明な行動として、成人映画を見に行く者など、実に混沌とした状況に成ったと謂う。中でも特筆すべきは、当初の遠足の目的地である日本平を目指し、約三十数名の生徒達が、雨中、蟹工船の労働者宜しく、ずぶ濡れの儘、日本平に向けて出発した。出発前に『おい、地獄さ行ぐんだで!』と謎の言葉を残しつつ、途中、様々な艱難辛苦に耐え、無事、日本平登頂に成功し、怪気焔を上げたとの事であった。尤も、其の代償は決して安い物では無かった。日本平登頂をした三十数名と煽動活動を行った者、違法に成人映画を見に行った者、合わせて五十数名が停学3日間となり、更に、ずぶ濡れで登山した事により肺炎を罹患して、入院一週間となった者が1名いたとの結末に、終わったとの事であった。
「何だか、バカバカしいわね。まあ、何方も何方ね。如何にもうちの学校らしいと謂えば、其れ迄だけど」
凛子は半ば呆れ顔である。
「ムッキー。凄い行動力。って謂うか、其のベクトルの方向が明後日と謂うか…」
明彦も頷く。
「確かに、其の話なら聞いた事があるぞ。弓原が世界史の授業中に話していた。宛ら、セポイの乱の様だったとか…」
「また、分りにくい例えを…」
「マジか? 彼奴、セポイの乱を見た事があるのか!」
驚嘆する敬介。横合いから、いずなが窘める。
「ムッキー、そんな事ある訳ないでしょ。おばかっち」
「ええっ、ひどいよ。いずなちゃん」
いずなと敬介をじゃれ合いを楽しんでいる。其の横から、俄かに、ひろみが口を挟む。
「然し、高志。あんた、やけに詳しいわね。まるで、見て来た様に話すけど…」
「当然だろ。兄貴の代の話だからな。うちのバカ兄貴に直接聞いたからな」
「そうかあ。あんたのお兄さん、特進科だっけか? 真面目にテストを受けてた訳ね?」
「ふふふ、うちの馬鹿兄貴を甘く見るなよ。彼奴がそんな殊勝な玉かよ。当然、煽動騒動を起こして、日本平に登った方に、決ってんだろ」
「うわあっ、マジか。特進科史上で、唯一停学を喰らった先輩がいると謂う噂を聞いた事があったが…。まさか、お前の兄ちゃんだったとは…」
「然も、オチ迄付けてやがるぜ。野郎、前の日から、若干、風邪気味だったんだ。現に、当日朝も微熱があった位だからな。でも、野郎、悪ノリが趣味みたいな処があるからなあ。奴の性格からして、恐らく、成り行きに便乗して、演説でも打ったんだろうな。『全校の生徒達よ、団結せよ』みてーな感じでさ。でも、元々、体調不良だった処へ、雨登山だろ。日本平山頂に到着した時には、熱が40度近くあったらしいぜ。其処で、吃驚した山頂の土産物屋のおばちゃんに、警察と消防に通報されたって訳だ。救急車で麓の市立病院へ担ぎ込まれた時には、肺炎の一歩手前だったらしいぜ」
「うわあっ、其方も、お前の兄ちゃんかよ…」
明彦が驚くのと同時に、ひろみも感心する。
「つまり、此の手の悪ノリは血筋って訳ね」
「バカヤロー。失礼な事、謂うんじゃねえ。まあ、野郎は馬鹿だからな。何でも、肺炎で担ぎ込まれなければ、其の後、ネカフェでエロゲをやる計画だったらしい。退院して来た後、親父にボコボコにされ乍ら白状してた」
「うーん、心底、碌でもねえなあ」
正太郎が謂えば、凛子も呆れる。
「本当。まあ、煽動政治家なんて、一皮向けば、大抵、こんなもんでしょ」
みんなで、わいわい謂い乍ら弁当を食べた後、灯台を見学しに行った。六助と葵が残った。六助がレジャーシートの上で寝そべり乍ら謂った。
「何か、すげー連中だな」
「うん」
「宮城島さんだっけ? あいつらとは、如何いう関係?」
「今日、小泉さん。ううん、いずなちゃんに声を掛けて、康代ちゃんに声を掛けられただけだよ。それも、多分、初めて話をした」
「そうか。でも、いいなあ。こういう高校生活も良いと思うぜ。楽しそうで…」
「本当。楽しそうだよね」
葵は、はにかんだ様な笑顔を浮かべた。
「でも、宮城島さんも良い笑顔だったぜ。そう、其の顔」
「私は、多分、駄目だよ。引っ込み思案だし、暗いし…」
「そうかな、すごく馴染んでたじゃん。俺、良く似た奴を知ってるよ。あの中に居た祐子ちゃん。あいつも、半年前までは、極端な人見知りだったよ。今でこそ、あんなに明るくなったけど」
「そう…なんだ」
二人は、レジャーシートの上に荷物を重石代わりに置いて、展望台の方へ歩いていった。葵は、知らない男の子と会話を楽しむ自分が信じられなかった。これも、六助の気さくな人柄と、日本離れをした素敵な風景のせいなのであろう。
「何か、外国の風景みたいね」
「うーん。そうかな。俺には純和風に見えるが…。ドイツもイタリアもシンガポールもこんなんじゃ無かったぞ」
「えっ。酒井君。外国行った事あるの?」
「六助でいいよ。うん。今、謂った3カ国だけだけど…」
「家族旅行?」
「まさか。うちは、唯の潰れかかった弁当屋だぜ。観光で海外旅行なんて行けるかよ。海外遠征。小学校の時と中学校の時。一応、県代表だったんだ。サッカーの。プロチームからも誘いがあったんだぜ」
「そんな、すごい人だったんだ」
「すごくないよ。過去の話さ」
「何で。怪我でもしたの?」
「うんにゃ。怪我はしない方」
「なら、如何して?」
「宮城島さん。身長、160位だろ。多分、俺の方が低い。俺、158しかない」
「…?」
「此の身長さ。俺、小学校3年の頃から、5㎝位しか伸びてないんだぜ。此の身長では、今より上のカテゴリーは無理だ。うち、父ちゃんも、母ちゃんも、小柄だから。こうなる事が分かっていた。だから、プロユースの誘いは断った」
葵は、目の前の小柄な同級生を見つめた。自分の大好きなサッカーのプロへの夢が絶たれようとしているのに、こんなに明るく、屈託が無く話せるなんて、余程、人間が明るく出来ているのだろう。自分の努力とは関係の無い所で夢が断たれるなんて、葵は今日初めて会った此の少年の事を思うと悲しくなった。が、次の瞬間、六助が叫んだ。
「ストップ。そんな顔しちゃ駄目。俺の話でそんな顔されちゃあ、立つ瀬が無い。折角、可愛いんだから、笑顔で居なきゃ。先刻みたいな顔。そう、其の顔」
葵が困った様な笑顔を浮かべたが、六助は喜んでいる。本当に優しく、気さくな人なんだ。六助がまた、喋り出した。
「一平、正太と祐子ちゃんとヤスベエとは、小学校の頃からの友人だ。特に、一平、正太とはいつも、つるんで、バカやってた。それに、祐子ちゃんは、中学校3年間一緒のクラス。ちょっと、…好きだった。でも、謂えなかったな」
「…如何して? 正太君に気を使ったの?」
「多分、違うと思う。あいつらの傍にいると、判るんだ。祐子ちゃんがどんなに、正太の事思っているか…。気がつかねえのは、正太のバカだけだよ。流石の俺も諦めた。それに、俺も正太の事も好きだからなあ。だから、サッカー以上に諦めたよ」
「…そうなんだ」
そう謂い乍らも、葵は先程のヤスベエの話を思い出した。きっと、千春という子も同じ思いを感じたのだろう。
「正太は、今でこそ目立たなくなっちまったが、小、中学校時代は、飄々としている癖に化物見たく勉強が出来てなあ。いろんな事を良く知っていた。でも、偉ぶるところが、全然無くて、何でも気さくに教えてくれた。中学校の時に、進路で悩んでいたら、あいつ、清水高校へ行く気なら、って、勉強のコツを教えてくれた。『数学自体はお前のサッカーと同じでセンスだけど、受験は算数だから、問題集を数こなせばいい。英語は語彙力だから、ひたすら、単語、連語を覚えろ。国語は本を読む事だけだ。俺も国語に関しては、勉強した事無いから、良く分からん。余地があるのは理科と社会だ。其の二つは、基本、丸暗記だから、あと、一年半あれば、何とかなるだろ』ってさ。何だか、学校の先生見てーだろ。でもって、それに、輪をかけて凄いのが祐子ちゃんだ。あの子も、親切で丁寧に教えてくれるけど、学年トップなのに、見下した処なんて全く無い。俺も、ジェロニモもあいつらに引っ張られて、何とか、此の学校に入った様な物だ。頭が上がら無いよ」
「そうなんだ。でも、六助さんも、同じだと思うな」
「?…何で?」
「だって、私、サッカーの県代表の人とお話したの、多分、初めてだよ。でも、全然、偉ぶらないもの」
「まあ、過去の栄光だからね。それに、俺自身、大した事だと思ってないし。それよりも、あいつらみたいに、自由に青春を謳歌するのも、悪くないなって」
「そうだね」
「ところで、宮城島さんは、中学は何処? 今度は、宮城島さんの事も教えてよ」
「私は、三保中。部は、アニ研だけど、実質帰宅部。…お友達はいないの。私、暗いから…。でも、今日、お友達が出来たかも…。いずなちゃんと康代ちゃん」
「えっ。俺は?」
「そ、そんな。サッカーの県代表の人とお友達なんて…」
「だから、そんなの関係無いって…。じゃあ、友達決定な。今度、勉強も教えてくれよ。俺もジェロニモも赤点の数が半端無いんだよ。過半数が赤点だもん。特にジェロニモは、ほぼ真っ赤。だけど、俺達二人とも体育だけは、10だからなあ」
葵は、思わず、ぷっと噴出してしまい、慌てて謝った。
「ご、ごめんね」
「なーに。いいって、それより、其の顔。今の笑顔の方が絶対にいいよ」
「うん。ありがと」
「さあ、俺達も、灯台、登ろうぜ」
「うん」
灯台では、みんなが思い思いに景色を眺めていた。二人が登っていくと、いずなが謂った。
「あっ。来た来た。遅いよ、葵っち。もう、帰ろうかって謂ってたんだから。何してたの?」
「ごめんね。いずなちゃん。六助君とお話してたの」
高志がニヤニヤし乍ら、茶々を入れた。
「ははあ。分かった。葵ちゃんのおっぱいでも見とれてたんだろ」
六助は少々赤くなり乍ら、
「お前と一緒にするな。ってか、お前、良く公衆の面前で、そう謂うバカ謂えるのな。ひろみちゃんだっけか? あんたも大変だな」
「もう、慣れたわよ。って、良く私の名前知っているわね」
「ああ。先刻、バスの中で高志から聞いた。『俺のひろみちゃんが可愛くて、可愛くて』って、煩かったぞ」
ひろみは、カーッっと、真っ赤になり乍ら、
「ちょっと、あんたは、また、公衆の面前で…。そう謂うバカを…」
と、謂いつつ、高志の胸倉を掴んだ。
「わー、待て待て。そりゃ。六の創作だよー。こらっ、やじろべえ。テメーも、メモなんか取ってるんじゃねえ」
六助はひろみに追求されている高志を尻目に、正太郎に斯う謂った。
「本当に面白いな。お前ら部。何時も、こんなんか?」
「ああ。何時もはもっと…、酷いんだが…」
「楽しそうで良いじゃねえか。ところで、お前ら、此のメンバーでラインしているんだって?」
「ああ、『ボストンティーパーティー』の、事か?」
「ボストンティーパーティー?変わった名前だな」
「『ボストン茶箱事件』の事だよ」
「なんで?まあ、良いや。俺も仲間に入れてくれよ」
「だってさ。高志、如何する?」
「別に、良いんじゃねえの。ブラバン専用って訳じゃねーだろ。みんなは?」
全員異存が無かった。高志は総意を受けて、六助、一平、ヤスベエ、葵の4人を招待した。
「ありがとな。げっ。ジェロニモも一緒かよ」
「…俺、駄目なのか」
祐子が窘めた。
「もう、酷い事謂うわね。六助君。一平君も良いに決まっているでしょ」
「いや、ライン、メール、手紙関係は…。祐子ちゃん、後悔するぞ」
「…?」
祐子が首を傾げたのも束の間、ひろみと凛子が素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと、何これ」
ライン上に一平から招待お礼の挨拶が届いた。文字数にして745文字。原稿用紙約2枚分である。六助がぼやいた。
「あーあ。だから謂ったのに…。此奴、無口な癖に、メール、手紙は、無茶苦茶、長文なんだよ」
「だから…、短くした」
「此れでかよ」
高志が呆れた。凛子がメールを見乍ら謂った。
「ところで、一平君って何組?」
敬介が答えた。
「俺と同じ一組」
「ねえ。みんなで写真撮らない?」
祐子が愛用の一眼デジカメを構えた。尻込みする葵をいずなが引き込み、全員で写真に納まった。みんな笑顔の素敵な写真の出来上がりである。頓て、高志が、名残惜しそうに音頭を取る。
「そろそろ、集合時間だ。下を片して、急ごうぜ」
みんなで、片付けて、灯台の崖の小道を、駐車場へと下りていった。階段を下り乍ら、葵がいずなに謂った。
「いずなちゃん、康代ちゃん。今日は本当にありがとう。とても、楽しかった。…明日からも、お友達でいてくれる?」
「勿論だよ。葵っち」
「あたしで良かったらね…。そのかわし、面白いネタあったら、すぐ、教えてね」
高志が後ろから、笑い乍ら、声を掛けた。
「いずなや、やじろべえだけじゃねえ。俺達もだろ。なあ、六」
「ああ、だから、来年夏に合宿する時は、俺と一平を誘えよ。勿論、葵ちゃんもな。あと、おまけで、ヤスベエもな」
「何がおまけよ。失礼ね、此の寸足らず」
「何だとー」
熱り立つ六助を抑え、高志が謂った。
「わかったよ」
バスは、次の目的地である浜岡砂丘に向かって、発車した。進行方向左手には茫洋とした遠州灘が広がっている。行きに見てきた駿河湾の光景より、幾分波が強くなっている様だ。海鳥が、白い波濤の合間を縫って飛んでいる。2号車では、いずなが葵にこう持ち掛けた。
「葵っち。場所変わらない?」
「うん。でも、何で?」
「行きは、いずなが、窓側だったから、帰りは、場所交代。ねっ」
「…うん。ありがと」
其の頃、4号車では、祐子が正太郎にそおっと囁いた。
「あのね、正ちゃん。あのね」
「ん。どうしたの?」
「あのね、お誕生日おめでとう」
そう謂うと、祐子は紙包みを手渡した。
「えっ、あっ、ありがとう」
正太郎はひどくはにかみ乍らも、真っ赤になってお礼を謂った。
「家に帰ってから、開けてね」
「…うん」
祐子は思った。一番見たかったものが見れたのだと。祐子は照れ乍らも喜ぶ正太郎の顔を見てそう思った。正太郎が家に帰って開けた中身は、コーヒー好きの正太郎の為に買った、大き目のマグカップだった。濃紺の地に白でアイラブユーと書いてあった。
まだ暑さが残る初秋の清水高校。ほのぼのとした時間が流れるボストンティーパーティーの面々。ふとしたことから、例に因って、祐子のパズル好きの巻き添えとなる正太郎。一見不可能と思われる難問に挑む正太郎と祐子。スッキリと解く事が出来るのか? 次回はパズルネタをお送りします。




