第17話 夏の名残の入道雲(興津川夏合宿編【6/6】)
一方、勉強部屋Bでは、凛子と明彦が宿題をやっていた。
「あの…。凛子さん」
「…」
「…まだ、怒ってらっしゃる?」
凛子は、屹度、明彦を鋭い目付きで一瞥すると、今度は、はあっと、小さな溜息を一つ吐いた。
「もう…。後から、ひろみやいずなに、謝っときなさいよ。あの子達、胸の事はちょっと気にしているんだから…。私も間に入ってあげるから」
「はい…。面目無いです」
「全く、もう、君って人は…」
凛子は呆れた様に、溜息を吐く。
「あの。お礼と謂っては何ですが、今度、デートでも…」
「お礼になって無い!」
凛子はきっぱりと謂い放つ。
「ですよねー」
凛子がそっぽを向き乍ら謂った。
「まあ、でも、楽しみに待っててあげる…。だったら、合宿を打ち上げたら、地中海レストランのレッジョ・ディ・カラブリアかアマルフィに連れて行きなさいよ。君の好きな方で良いから…」
顔を赤らめ乍らも、俄かに元気を取り戻した明彦が呟く。
「よーし。宿題がんばるぞ!」
虫の声が聞こえる小径を、敬介たちが散歩している。いずなは昨日のように眼鏡をかけている。相変わらず、八重歯が可愛らしい。
「あの、いずなちゃん」
「ぷいっ」
手を繋ごうとした敬介だったが、いずなは手を引っ込めてしまった。
「…ごめんなさい」
「もう、あんな事、企てない?」
「…はい」
「本当に?」
「…うん」
「じゃあ。今回だけは許してあげる」
「よかった。ありがと」
いずなの手が伸びてきた。敬介はいずなの手を握った。二人は河原の方へ降りて行き、そして、磐座の様な大きな石の上に腰掛けた。辺りは、闃然とした射干玉の暗闇の中である。いずなの声だけ聞こえる。
「あのね、いずな、ちゃんと、おけけ生えてるよ。あと、女の子の印も、ちゃんとあるよ」
「うん。分かっている。…ごめんね」
「おっぱいだって…。ケースケ君となら、いずな良いけど、止まれなくなっちゃうでしょ」
「…うん。多分」
敬介は頗る正直に答えた。
「いずな、此の合宿の雰囲気は大切にしたいんだ。だから、今日はおてて繋ぐだけでも良い?」
「うん」
「じゃあ、ごほうび」
そういうと、いずなは敬介のほほにごほうびをした。少しづつ、暗闇に目が慣れて来る。やはり、いずなの顔は美しかった。眼鏡をかけたいずなは、実年齢以上の女性に見える。いずなはにこやかに微笑んだ後、静かに目を閉じた。敬介はぎこちなく、いずなの唇にキスをした。かなり長い間、時間は止まった儘だった。
「いずな。今日の事。一生忘れない」
「俺も…」
二人はそっと手を繋いだ。
「ねえ、見て」
「あっ。すごい」
いずなと敬介は、夜空を見上げた。暗闇から見上げる星空は、夜空全体が輝いて、昨夜の様に天の川がぼうっと見えた。天の川を横切る様に、さあっと、流れ星が走る。
「あっ。流れ星!」
「本当だ」
「いずな、流れ星見たの、産れて初めて」
「俺も…」
「今回の合宿は、初めての事ばかり。いずな、此の夏の合宿の事は一生忘れ無いよ」
「俺もだよ。勇気を出して、いずなちゃんに告白してよかった…。本当は学校祭のクイズ大会の後に、告白しようと思ったんだけど、ごめんね、勇気が出なくて」
「ううん。じゃあ、あの時のお話ってそれだったんだ。もう、ケースケ君たら、私、あの時、嫌われちゃったのかなって思ったんだよ。でも、私も、ケースケ君でよかった。本当はね、ずっとケースケ君の事、意識してたんだ。斯う謂う面白くて、優しい人と、お付き合いできたらばなあ、って」
「…もう、死んでもいい」
「えへへ…。ありがと。でも、死んじゃだめだよ」
「うん。もう少し、斯うしていてもいい?」
「うん。…それとね」
いずなはそう謂うと、敬介の手を取って自分の胸に当てた。
「ごめんね。自分で謂っておいて、いずなもケースケ君を肌で感じたくなっちゃったの…」
敬介はいずなに優しく口づけをした。そして、いずなのウェーブ掛かった黒髪を優しく梳った。二人寄り添って肩を寄せ合うシルエット。イラストか何かの構図のようである。満天の星空の下、夜空全体が淡い光芒を放っており、再び、辺りは渓流の細流と、静かな虫の声に包まれていた。
頓て、敬介といずなが帰ってきた。祐子と正太郎は、バス停の横のジュースの自販機横のベンチに、ジュース片手に仲良く腰掛けてた。
「あっ。いずなちゃん。敬介君。何処行ってたの?」
「ケースケ君とお散歩。あのね、ゆーちん。河原迄下りていったの。すごい真っ暗闇なんだけど、星空がすごく明るくて、夜空全体が輝いて見えたよ。感動的だった」
「わあ。正ちゃん。私たちも行こうよ」
「うん、そうだね。行こう、祐ちゃん」
0時を回った頃、祐子がコーヒーとお茶受けの最中を持ってきた。勉強部屋Aでは、高志、ひろみ、正太郎ががんばっていた。高志が顔を上げて謂った。
「ああ、ありがとう。祐子ちゃん」
「ごめんね。祐子。私、もう少ししたら、あがるつもりだったから、やったのに…。ちょっと、寝不足だから、今日は、程々にしようかな、と思って」
正太郎も欠伸をし乍ら、
「おっ。サンキュー。祐ちゃん。祐ちゃんは今日何時迄がんばるの?」
「私は、此の儘、あがるよ」
「そうか。俺も早起き派だから、一時を越えない様にするよ。ハロゲン族はエンドレスか?」
「ああ、俺、典型的な夜型だから」
祐子がみんなにおやすみの挨拶をした。其処へ、千穂ちゃんがやって来た。
「それじゃあ。おやすみなさい。あら、千穂ちゃん、如何したの?」
「おしっこに起きたの。でも、何か怖くて。お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも居ないの初めてだから…」
千穂は今にも泣きそうな顔で、間延びした顔の猫のぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめている。祐子がにっこりして謂った。
「あら、可愛いらしい猫ちゃんね。お名前は?」
「…みいちゃん」
「それじゃあ。お姉ちゃんが一緒に寝てあげる。みいちゃんとお姉ちゃんがいれば、大丈夫でしょ」
千穂は漸く、愁眉を開くと、屈託の無い笑顔に戻り、謂った。
「うん。ありがとう。祐子お姉ちゃん」
祐子と千穂が子供部屋に消えて行った。正太郎が、其の後姿を優しげに見守っている。高志がひろみに、突然、たずねた。
「なあ、ひろみ…。今日、何時迄がんばる?」
「うーん。遅くても2時位かな…。何で?」
「なら、俺も2時位にしようかな…」
正太郎がニヤニヤし乍ら、いきなり、高志が触れられたく無い核心を突いた。
「ははあ…、分かった。一人っきりになるのが怖いんだろ。千穂ちゃんと同じだな」
「ば、ば、バカ野郎…。そんな訳あるか」
と謂い乍らも、かなり、狼狽している。ひろみが、ぷっと吹き出し乍ら謂った。
「まあ、可愛い。そう謂うの聞くと、お姉さん。母性本能を刺激されちゃうな」
「なーにが、お姉さんだ。おっぱいぺちゃんこの癖しやがって」
「なんですってえ。乙女になんて事、謂うのよ。此のおたんこなす」
「なあ、正太。4時頃までやってこうぜ。勉強、…楽しいぞ」
「冗談謂うな。俺は、現段階で既に眠いんだよ。いいとこ、1時が限界だ」
「正太ぁ」
高志が泣き声をあげる。ひろみがやれやれと謂わんばかりに、ため息混じりに謂った。
「あー、もう、分かったわよ。私が出来る限りがんばるから、でも、眠くなったら、勘弁してね」
「ひ、ひろみさん」
正太がニヤニヤし乍らも、謂った。
「いやあ、すごく良い事、謂っているんだろうけど、聞き様によっては、微妙にHに聞こえるぞ。お前ら、俺が引き上げた後に、変な事すんなよ。妙な声が聞こえたら、カメラ持って踏み込むからな」
「し、しねーよ」
「しないわよ」
顔を真っ赤にした二人が、声を揃えた。
一方、勉強部屋Bでは、凛子がコーヒーと最中を持ってきた。
「あっ。凛子っち。ありがとう」
「凛子すまない。凛子は何時迄やるの?」
「私は2時には切り上げるつもり。明日も、朝、早いからね。みんなは?」
明彦は、
「俺はエンドレス。でも、明日もあるから、徹夜は避けるつもり。いずなは?」
「いずなも夜型だからなあ。3時くらいが目処かな。ケースケ君は?」
「ごめん。俺、多分1時くらい」
「さあ、もうひとがんばりしましょ」
翌日、正太郎は5時過ぎに目覚めた。寝ぼけ眼で、キョロキョロと辺りを見回した。全員熟睡している。正太郎が勉強部屋Aを引き上げたのが1時半ごろ、男子は、正太郎以外、未だがんばっていた様だ。正太郎は窓の欄干に手を掛け、大きく欠伸をし乍ら、川を眺めた。清流が朝日を浴びてきらきらと輝いている。蝉の声に混じって、カッコウやブッポウソウの声が聞こえる。実に、清清しい杪夏の朝である。
「おはよう。正ちゃん」
ふと、横を見ると、女子部屋の出窓に、キャミソール姿の祐子が腰掛けている。髪の毛が朝のそよ風になぶられ、サラサラと躍っており、相変わらずニコニコしている。
「あっ。祐ちゃん。おはよう。また、お散歩行く?」
「うん」
祐子は満面の笑みと共に大きく頷いた。
朝の山の空気は頗る爽快である。山の小径は朝露に濡れており、足下の桔梗の紫色の小さな花が、杪夏の朝のそよ風に、静かに棚引き揺れている。
「本当はね。出窓に腰掛けていれば、正ちゃんが窓から顔を出すかなって、思ってたの」
「もう、メールしてくれれば良かったのに」
「そんな。運試しみたいなものだよ。正ちゃんに会えれば、其の日一日はラッキーみたいな…。でも、出てこなかったら、多分、…メールしてた」
「もう、照れるよ」
「えへへ。でも、正ちゃんも、毎朝早いね。遅くまでがんばってたんでしょ」
「俺は1時半には引き上げた。でも、みんな、まだがんばっていたみたい。俺は本来、朝型なんだよ」
「えーっ。入学式の次の日、遅刻したのに?」
「あれは、その、前の日、祐ちゃんと一杯お話できて、メールアドレス交換までして、どきどきして、夜、寝られなかったんだよ」
正太郎は、微妙に、思春期の少年の心情を吐露する。
「もう、…恥ずかしいよ」
祐子はそう謂うと、正太郎の手をギュッと握った。前方の土手の上には、芒が風に揺れている。対岸の竹の林がさやさやと笹の葉を靡かせている。まるで、音が聞こえてくる様である。屹度、秋が、もうすぐ其処迄来ているに違いない。祐子がポツリと呟いた。
「もう、風景は秋めいているよね…」
「本当だね。ところで、祐ちゃんって、いいお母さんになるよね」
「えっ、何で?」
「昨日の千穂ちゃん。すごくほのぼのしたよ。いいなあって思って見てたんだ。千穂ちゃんも安心しきってたもん」
「もう、正ちゃん、やめてよ」
祐子と正太郎は手を繋いでいで宿へ戻った。宿では厨房でエプロン姿の凛子が朝食の準備を始めていた。
「あら、祐子、おはよう。朝っぱらから何処行ってたの…って、聞くまでも無いか。相変わらず、お熱いわね。今日は何処に行ってたの?」
「向こう岸のお山。つり橋を渡って」
「そう。本当に仲良しね。ちょっとうらやましいわ」
「もう、凛子ちゃん」
「あはは。ごめんごめん。さあ、朝ごはん作り、がんばろうか」
「うん」
其処へ、ひろみといずながやってきた。まだ、眠そうである。
「おはよう」
「おはよう。ゆうちん。凛子っち。水臭いよ。ちゃんと起こしてよ。いずなたちも手伝うから」
「おはよう。いずなちゃん。ひろみちゃん。大丈夫? 遅かったでしょ? 昨夜」
「そんな、関係ないよ。全員立場は同じ。だよね、ひろみっち」
「そうよ、祐子達だけに食事当番をやらせるのは、私の沽券に関わるわよ」
凛子が照れて微笑み乍ら、
「ありがとうね。昨日遅かったのに…。そう謂えば、野郎どもは?」
「あたしといずなで、叩き起こした。昨日、寝起きを襲われたから、おあいこよね。今、子供達とラジオ体操に行ってる」
「ムキーッ。あいつらみんな、もっこりしてた。此れ、証拠写真」
祐子が驚く。
「撮ったの? いずなちゃん」
「うん。ケースケも、もっこりしてた。ちょっとショック」
「いずなちゃん。それ、男の子の生理現象よ。ほら、女の子にもあるでしょ?」
「えっ。そうなの?」
朝飯時に高志がぼやいていた。
「くっそー。何なんだよ。2時間も寝ないうちに、ひろみに叩き起こされ、いずなに股間を撮られた。訳わかんねーよ」
「俺もだ。朝勃ちを撮影されたのは初めてだ」
「みんなー、ごめんね。いずな、そう謂うことよく知らなくて、また、朝っぱらから、冴羽獠みたいな事、企んでいると思って」
「企むもクソも、熟睡してたろーが」
ひろみが、助け舟を出した。
「もういいでしょ。特に、ハロゲン族と眼鏡は、昨日、いずなの胸見たでしょ。水玉模様も。もう許してあげなよ」
「…」
「本当に、ごめんね。お詫びに先刻の写真。みんなにあげるね」
「いらねーよ。ところで、今日の川遊び如何する? みんな、宿題がまだ残っているんだろ?」
高志が聞いた。ひろみが答えた。
「あら、千穂ちゃんたち。楽しみにしてたわよ。其の為に、ご飯食べたらすぐ宿題するって」
「いずなも楽しみにしてたんだよー」
凛子が右手をそおっとあげた。
「実は、私も。祐子は?」
「えへへ…私も」
「わあった。わあった。じゃ、10時から14時まで川遊びな。場所はまた、此処の裏で。まあ、もともと、今回の合宿のテーマが、よく学びよく遊べだもんな」
「いやったー」
「じゃあ、ご飯食べたら、みんなでおにぎり作ってすぐ宿題始めましょう」
雲ひとつない、好天過ぎる天気だった。午前中から30度を越え、絶好の川日和となった。正太郎は中州岩で座っていると、祐子が浮き輪なしで、中州岩迄、来ていた。其の儘、中州岩から飛び込むと犬掻きをし乍ら、対岸へ渡っていった。そして、正太郎が驚くのも束の間、大岩の上に祐子が現れた。中州岩の正太郎に向かって大きく手を振った。
「正ちゃーん」
祐子は、其の儘足から飛び込み、すぐに浮き上がると、犬掻きで中州岩に接近し、上陸した。
「祐ちゃん。すごいね。水、全然怖くないの? 浮き輪も無しで? 然も、大岩から飛び込むなんて」
「うん。平気。まだ、泳げた訳じゃないけど、怖くは無いよ」
「すごいよ、ゆうちん。浮き輪も使っていないね。いずなも驚いたよ。本当によかったね」
「ううん。正ちゃんやいずなちゃんのお陰だよ。ありがとね」
「ゆうちん。急流下り行こ」
「うん。正ちゃんも!」
「分かった」
いつもどおりに、蜩の声を合図に、宿へ引き上げた。宿に戻ると敬介のいとこの小百合さんが帰省していた。身長170センチくらい白のTシャツに青のハーフパンツ、面長の顔に、パッチリとした目元。やや、釣り目で、ロングの髪を後ろで無造作に束ねた、ナイスバディの美人である。胸は凛子と同じDカップくらいの巨乳だ。
「オース。敬介。いろいろありがとな。時に、ち●ぽの毛ははえそろったかな」
「ゆり姉。いきなり、下品だぞ。あ、紹介するよ、こちら、いとこのゆり姉。良介たちの姉ちゃん。今、一橋大の1年生。先刻のとおり、超下品だけどな。あたっ」
ゆり姉が敬介に肘打ちを食らわせた。ひろみと芸風が被るらしい。
「なによ、敬介。花の女子大生を掴まえて」
「なーにが、花の女子大生だ。いきなり、下品なギャグかましやがって。あっ。一応、俺達の高校の先輩になるんだ」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「いつも、敬介をありがとうね。よろしく。早速だけど、敬介、彼女できたの?」
敬介は真っ赤になった。みんな、一斉にいずなの方を見た。
「あら、かわいらしい子じゃないの? お名前は?」
「小泉菜月です。みんなから、いずなって呼ばれてます。よろしくお願いします」
「いずなちゃん。敬介をよろしくね。此奴、いい奴なんだけど、ちょっとHでね…」
「喧しい!」
「うん。知ってるよ。でも、ケースケ君。面白いし、それ以上に優しいよ。それに、すごく純粋だし。いずな大好きだよ」
ゆり姉は目を丸くした。
「あらまあ。敬介、いい子を見つけたわね」
「ゆり姉。もう、いいだろ」
「分かった。分かった。みんな。本当に3日間ありがとう。今日の夕飯は、私が作るから」
「そんな、私たちも手伝いますよ」
「いいから。いいから。と、謂う事で、17時までお昼寝タイムね」
夜10時過ぎ。虫の声が華やかに成って来た。正太郎と祐子は、昨晩、敬介といずなが座っていた岩の上に腰掛けていた。相変わらず、星が降ってくるような、夜空である。
「それにしても、豪快なお姉さんだったね。でも、お料理すごい上手で、手際よかったよ」
「へー。そうなんだ。ところで、祐ちゃん、寒くない?」
「ううん。平気だよ」
「そう。夜はちょっと肌寒いよ、もう秋が其処迄来ているんだね。朝のお散歩の時見かけた花も、萩や桔梗や撫子だった。みんな、秋の七草だからね。将に杪夏と謂ったところかな。まあ、尤も、旧暦だと今の8月は、略、秋なんだけどね」
「正ちゃん。天文とか植物、詳しいよね」
「そんな事ないよ」
「今回の合宿すごい楽しかった。いずなちゃんもお風呂で謂っていたけど、私も一生忘れないと思うよ。出来たら、来年も来たいな」
「今回は、敬介のおじさんの完全なご好意だからね。でも、正規の宿泊料払ってでも、来たいよね。一泊くらいなら、お小遣いでも何とかなるかも。宿題も何とか半分くらいまでは終われたし。若し、来年も来るなら、宿題あらかた片してから来たいね」
「みんなで川遊びして、バカを謂って、お勉強をして、お料理作って、ゲームやって、星を見て、お昼寝して、お風呂入って、…覗かれたけど、いっぱい、いっぱい楽しかったよ」
「そうだね」
翌日朝食後、荷物をまとめ、思い出の宿を辞した。良介と千穂が、別れを惜しんで涙ぐんでいた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、来年もまた、遊びに来てね」
「またねー。また、桃鉄や、ぷよぷよを、やろうね」
「うん。絶対だよ。約束だよ。必ず来てね」
名残惜しむちびたちは、懸命に手を振っている。正太郎はちびたちに手を振った後、みんなに向かって、声を掛けた。
「じゃあ。行こうか」
一行は、楽しい思い出が深い、此の温泉宿を後にした。空には、秋の気配の鰯雲が棚引いており、そして、山の上には、夏の忘れものである、名残の入道雲が聳えていた。
ボストンティーパーティーの面々にとって、此の数日間は、終生忘れる事の出来無い夏の思い出となった。祐子は帰りに正太郎の家に寄ると、祐子が撮った写真をコピーし、正太郎の借りているサーバーへ3日間だけ格納した。写真は、入学式から、大沢川の花見、定期演奏会、竜爪登山、学校祭、灯篭流し、みなと祭り、合宿と500枚を越えていた。そして、其の入り口を自身のホームページに埋め込み、帰宅した。そして、メンバー全員のID、パスワードを付与すると、全員にメールで通知した。此れで、メンバーは3日間だけ、自由に閲覧、ダウンロード、アップロードが行える様になった。すぐさま、メンバー全員のアクセスがあり、中には携帯で撮った写真をアップロードする者もいた。帰宅後も、大いに楽しんだ面々であった。
正太郎です。楽しかった夏休みが終わりに近づくにつれ、憂鬱になってくる。くっそー、来週は新学期と謂うのに、宿題が未だ、べらぼうに残ってやがる。次回は、そんな大多数の学生達の怨嗟の声を込めて送ります。『第18話 夏休み最後の日々と坊主捲り』。見てくれよな。




