第16話 蜘蛛に集られ崖から転落した日の出来事(興津川夏合宿編【5/6】)
全員で清地淵に出発した。今日も暑くなりそうである。良介も千穂も自転車なので、結局、全員自転車になった。距離は2㎞程だった。今日の目玉は約10メートルの飛び込みスポットである。いずなの有頂天振りは凄まじい物があった。到着してみると。大学生風の10人くらいの若者がバーベキューをしていた。一向は、早速、河原の一角に陣取った。
「あー。あれかあ」
「うほっ」
確かに、対岸の崖の上に大きな岩が見える。高さ8~9mといった所である。恐らく、道の上からは10m以上あるだろう。高志、正太郎、敬介、いずなが、橋を渡り偵察がてら覗きに行った。
「うっ」
「うきゃー、何、此れ」
「こっ…。此れは…」
一同は崖の上に立って思わず絶句した。想像を絶する高さである。上から見下ろした場合、下から見上げるのとは、全然、感覚が違う。兎に角、恐怖感が半端無いのである。然も、岩の真下には大きな木が張り出していて、着水すべき水面が碌すっぽ見え無いのだ。 実に、目が眩む様な光景である。
「此れは、…流石に無理だろ」
高志が諦めた様に呟いた。
「何してんのよー。さっさとやりなさいよ。此の屁垂れー」
下から、ひろみが野次馬特有の無責任な野次を飛ばす。高志が、怒った様に、吼える。
「バカやろー、ふざけんな。そんなん謂うなら、おまえも此処へ来て、下を覗いてみろ。自殺者目線だぞ」
「いずなも流石に、頭からは無理かも…」
みんなで、やいのやい謂っていると、いつしか、後ろに列が出来ていた。地元の小学生達である。
「お兄さん達。行か無いなら、先に行かせて下さい」
「えっ」
ひるむ高校生達を尻目に、子供達が続けざまに、5,6人が歓声を上げ乍ら飛び込んだ。中には、頭から飛び込む勇者すら、散見される。良く見たら、良介も混じっている。千穂が、高志に声を掛けて来た。
「あっ、高志お兄ちゃん。此の子が、昨日、お話した耕太君」
「ああ、そうか、蜘蛛投げた子か? おまえなあ、程々にしないと、花ちゃんに嫌われちゃうぞ。どんなクモを投げたんだ?」
「クモ? クモならあるよ。見せてあげるよ。斯う謂う奴。黄色と黒の縞模様の…」
掌の上に大きな女郎蜘蛛が二匹乗っている。高志の手の上に女郎蜘蛛を手渡した。
「うわっ。結構、でかいじゃねーか。良くある警告色のオーソドックスな奴だな。然し、死骸とは謂え、良くこんな物、触れるなあ」
「えっ。死骸じゃないよ。先刻、捕まえたばかりだもん」
「えっ」
蜘蛛は高志の掌の上で、早速、もぞもぞと動き出した。
「どわーっ」
高志が、慌ててクモを振り払った。抛擲された二匹のクモは、綺麗な放物線を描いて、飛び込み岩の突端に居た敬介の顔の付近目掛けて飛んで来た。咄嗟の事である。『うわっ』っと、避けようとした敬介だったが、反射的にバランスを崩した。敬介の体は、背中から大きく、川に向かってせり出したのだ。みんなが、吃驚仰天した。高志が、
「うわー、敬介。下に木が張り出している。残った足で踏み切れ!」
咄嗟に、川へ飛び込むしかないと判断した敬介は、残った左足で、渾身の力を込めて大きく崖を蹴り出すと、敬介の体は二匹のクモとともに、恐怖の悲鳴を挙げながら、翻筋斗を打って真っ逆様に落ちていったのだ。
「うわーーーーーっ」
河原にいたひろみたちにも、異変は見て取れた。敬介が、非常に不自然に、飛び込んだのを。と、謂うよりも、ただ単に、転落していったのを。真っ先に反応したのはいずなだった。いずなは、崖の上の列の最後尾にいたのだが、すぐさま、崖っ淵を、みんなを追い抜く様に、それも、崖すれすれを走り、斜め後方から、空中を駆ける様に飛翔すると、崖の突端を片足で華麗に踏み切り、大きく弧を描いて、一直線に水面に、そして、真一文字に伸ばした指先から、綺麗に着水した。仄暗い水の中、いずなは頻りに目を凝らすと、敬介が懸命に踠いているのが見えた。必死に水を掻き、浮上しようとしている。いずなは少し安堵した。
(よかった。意識がある様だ)
いずなは懸命に水を搔くと、敬介の体を捕まえた。宛ら、水中は緑柱石に包まれている様な色合いであり、水面上とはまるで別世界であった。いずなは、此の神秘的な空間から敬介の体を抱きかかえ、浮上しようとした。二人は、深い瑠璃色と翡翠色の空間から、抱き合った状態で、明るい水面を目指した。そして、二人は流され乍らも、漸く浮かび上がれた。ぎらつく太陽に、がなりたてる蝉達。其処にはいつもの夏の光景があった。
「大丈夫? ケースケ君」
「うん、平気だよ。全身水面に叩きつけられて、息が出来なくて…。でも、いずなちゃんが助けに来てくれたのが見えたし、体が密着出来てちょっと嬉しかった。ありがとね」
「もう、ケースケ君に何かあったらと、慌てて飛び込んだのに。…知らない」
流され乍ら、いずなが少しふくれる。そして、すぐさま、ひろみたちが岸辺の二人の下に駆けつけた。
「ちょっと。大丈夫? あれ、意図して、飛び込んだんじゃ無いよね? 転落したんだよね?」
「003風の落ち方だった。でも、敬介君。無事で良かったよ」
「いずなも格好良かったよ」
一方、高志と正太郎は飛び込まずに、悄々と橋を渡って帰って来た。ひろみが、開口一番突っ込んだ。
「何やってんのよ。屁垂れ。金●ついてんの? あの後、千穂ちゃんも飛び込んでたわよ」
高志が、口を尖らせ乍ら悪態を吐いた。
「ばかやろ。何が●玉だ。下品な奴だな。そんなに謂うなら、お前が行ってやってみろ。半端ねえぞ、彼処は。大体、田舎の子供は、恐怖を司る中枢神経が、麻痺してるんだよ。蜘蛛も平気で手掴みするしよ」
敬介が、高志に向かって怒りの声を挙げる。
「こら、高志。此のバカ野郎、何てえ事しやがる。蜘蛛なんか投げつけやがって、死ぬかと思ったじゃねーか」
「いやー、わりー、わりー、でも、スリルが味わえて良かったじゃねーか。ノットオンリー、蜘蛛に集られる、バットオルソー、崖から転落って奴だな」
「わー、ふざけんな、バカヤロー。本当に怖かったんだぞ」
凛子が口を挟んだ。
「そう謂えば、いずなが後から、あんたと眼鏡に『草薙素子』してもらうって謂ってたわよ。あんた達、いずなのおっぱいと下着姿見たんだって? 私も『草薙素子』の映像見たけど、難易度高いわよ。みて見る?」
有名なあのシーンの映像だった。
「ば、ば、ばかやろ。何考えてんだ。出来る訳ねーだろ。殺す気か?」
敬介が不満そうに声を上げる。
「でも、俺、たった今、似た様な事、やらされたぞ」
祐子が謂った。
「そう謂えば、そうだね。でも、いずなちゃん。今からやってくるって。ひろみちゃんと行ったよ。気合入れて、けも耳とけも尻尾つけてったもの」
いずなは岩の突端に立っている。キャンプしている大学生達が、対岸の崖を見上げ乍ら訝しんだ。
「何だあの子、尻尾つけているぞ。地元の小学生か?」
「いや、でも、先刻、其処の高校生のグループと一緒に昼飯食ってたぞ。なあ兄さん、あの子高校生だろ?」
「いえ、小学4年生です」
と、頗る適当な相槌を打つ高志。
「いずなちゃん。がんばれ!」
敬介が声援を送る。それを聞いたノリの良い大学生達も、いずなコールを始める。いずなは岩の突端で、八重歯を煌めかせて手を振っていたが、くるりと後ろを向くと両手を広げた。確かに、水着のお尻に尻尾がついている。大学生達は、訝しんだ。
「何をする気だ?」
「あっ。草薙素子だ」
「リアル素子だ」
後ろ向きのいずなは、大きく跳躍すると、後方に綺麗な弧を描いて頭から着水した。蝟集した大学生達から、拍手喝采が起こった。
「おー」
「すごいぞ。あの小学生」
続いて、ひろみが現れた。ひろみは、一度、突端から下を眺め、其の後、一旦、後方に下がった。又、大学生が高志に尋ねた。
「なあ、兄さん。あの子も小学生?」
「そーっす。5年生です」
「引っ込んじまったぞ? おい」
「いや、助走をとるみたいだぞ」
「何をやる気だ?」
「あっ。走り出した」
「あっ。ロンダートから後方伸身宙返り!」
ひろみはさらに空中で半回転加え、頭から綺麗に着水した。当然、居合わせた大学生達からは大歓声、やんややんやの拍手喝采である。
「うわー」
「すげー。此方の小学生も、何かすごいぞ!」
頓て、ひろみがあがって来た、
「いやー。ちびった。ロンダートする時、下が岩場でしょ。超怖かった。昨日、少々寝不足だったし」
高志が、すかさず、謂った。
「だったら、やるなよ。危ねえな。こんな処で、『平成、ありがとう』みてーな真似しやがって…、バカなのかおまえ? 若し、遊覧船でも通りがかったら、如何する心算だ? あれ、いずなは?」
祐子が、困った様に謂った。
「それが、けも耳とけも尻尾が、流されちゃったんだって」
高志が呆れる。
「此方も、バカだなー。もう、けも耳は吉岡●帆以外、法規制すべきだな。」
正太郎も横で高志のしょうも無い発言に呆れる。
「なんなんだ。おめーは?」
然しいずなは、既に、半泣きである。みんなで、手分けして探し始めた。蝟集した大学生や、小学生も手伝ってくれた。けも耳はすぐ見つかった。飛び込んだ淵の、少し下流の川底に、金属部分が光っていたのを、良介の友達の小学生が見つけた。けも尻尾は、暫くして、30m程下流で流木に引っかかっていたのを、敬介が見つけて来た。いずなは大喜びでみんなにお礼を謂って回った。そして、けも耳とけも尻尾を大切にデイパックにしまった後、いずなとひろみは数回づつ飛び込んだ。男性陣は全員一回づつ飛び込み、そして、蜩が一斉に泣き出したのを合図に、帰り支度を始めたのだった。
宿に帰るや否や、全員、お昼寝をし始めた。寝不足と疲労の蓄積であろう。男子部屋では緑白のラガーシャツに、グレーのスウェット姿の明彦が、女子部屋ではグレーのTシャツに、グレーのハーフパンツ姿の凛子が、勉強部屋Bでは、子供たちと、青のTシャツに青のサッカーパンの正太郎と、エヴァゼロ号機Tシャツに桃色のショートパンツ姿の祐子が、勉強部屋Aでは、甚平姿の敬介と、桃色の地に青色で大きくト音記号が描いてあるTシャツ、水色のショートパンツ姿のいずなが、それぞれ、微睡んでいた。と謂うより、大の字で爆睡中だった。時折、網戸越しに、極めて遠慮がちな微風が渡ってくる。赤のTシャツに白のサッカーパン姿の高志は、勉強部屋Aで、敬介たちの隣の布団で、仰向けに寝転がって天井を見上げている。今度は正面に白地ででかでかと『ハロゲン族』と、やはり、意味不明のプリントがされている。衣類を洗濯乾燥機に放り込んだひろみがやってきた。ピンクのTシャツに黄色のショートパンツ姿で栗色の癖毛は窓からの逆光を浴びてきらきらと輝いて見えた。普段は男勝りなひろみであるが、斯うした、女の子らしい色合いの格好をしていると、全体的に丸みを帯び、顔立ちも本来の垂れ目な地顔が強調されるのである。高志は、不覚にも、まじまじと其の横顔を見とれてしまった。
「何をしてるの? ハロゲン族」
「見てのとおりだ。天井を見ている」
ひろみは、室内を見渡した。敬介といずながいたが、熟睡している様だ。突然、ハロゲン族が身動ぎもしないで、謂った。
「大丈夫だ。熟睡している」
余程、昨日の一件が懲りたのであろう。ひろみが、高志の隣に腰をおろして、いずなと敬介を眺め乍ら謂った。
「いずな。良かったね。此の子、自由奔放そうに見えて、線が細いから心配だったの」
「そうだな」
ひろみが、多少、科を作って考え深げに呟いた。
「でも、私も線が細いんだよ。知ってた?」
「ああ」
「昨日のあれ。本気だったの?」
「ああ」
「じゃあ。キスして」
ひろみは、あわてて、付け加えた。
「…なんて、うそうそ…」
謂い掛けたひろみの唇に、高志の唇が重なった。たっぷり、5秒は重なっていた。
「…あーっ。初めてだったのに…。責任取ってよね。…なんて嘘よ。ごめん、私、如何かしてるね」
「嘘って初めての方か?」
「違うわよ。初めては…本当だよ。『責任とって』の方。此れ以上、高志に嫌われたくないもの。鬱陶しい女になりたくないから…。隣でお昼寝させてくれたら、チャラにしてあげる」
「そんなんでいいのか? そんなに、お前の唇は安っぽくは無いだろ?」
「じゃあ、『隣でお昼寝』プラス手を握ってくれたら、でチャラにしてあげる」
「わかった。此れでいいか?」
「うん」
ひろみと高志の顔が向かい合った時、今度はひろみの唇が高志の唇に重なった。高志はそっとひろみの髪を、優しく撫でた。
「俺も初めてだったんだが…」
「…」
「だから、ちゃんと、責任取れよ」
「鬱陶しい男…」
「若しくは、俺にちゃんと責任取らせろ。それに、学校祭の時、胸触っちゃったし、港祭りの時、おっぱい見ちゃったし」
「…うん」
「ありがとな。おやすみ」
「うん。手は握った儘でも…良い?」
「ああ」
「本当はね、学校祭の時と港祭りの時、手を繋いでもらって、とても嬉しかったの。あのね、私、高志の事が…」
其の時、高志が慌てて言葉を挟む。
「ごめん。其の先は俺に謂わせてくれ…。俺、ひろみの事が好きだ。…大好きだ。今まで謂えなくて、ごめん」
「本当?…嬉しい。あのね、もう一回頭を撫でてくれる?」
高志は、ひろみの髪をやさしく梳った。
「ありがとう。高志。おやすみなさい」
そして、ひろみが目を閉じた。目には涙が滲んでいた。今一度、高志が優しくくちづけをした。
カナカナカナ…
蜩の声が一段と高く、そして、低く鳴いていた。渓流からは河鹿蛙の声も聞こえる。漸く、西日が差し始め、茜色に染まった鄙びた温泉宿の一室に、夏の暮れの静かな時間が、物憂い様に流れていた。日中の苛烈な暑さが和らぎ、其処にあるものは、蜩の、そして、河鹿蛙の、もの哀しい声だけだった。山間の温泉宿の月並みな鳴り物ではあれど、彼らを優しく包み込む。
『あー。よく寝た』が、最初の感想だった。祐子が寝ぼけ眼で、周囲を見回す。段々と、意識が鮮明になってくる。次に来たのが、『あっ。寝坊した』だった。隣で正太郎と子供達が眠っている。が、正太郎は部屋の気配を察したらしい。ぱちりと目を覚ますと、辺りをキョロキョロと、見回し乍ら謂った。
「あっ、おはよう。祐ちゃん」
「正ちゃん。ごめん。寝坊しちゃった。ご飯作らなきゃ」
「えっ、俺も手伝うよ」
正太郎も慌てて飛び起きた。祐子は女子部屋へ走った。気配が伝染したのかもしれない。凛子が欠伸をし乍ら、出て来た。
「あっ。おはよう。祐子」
「ごめん。凛子ちゃん。私も寝坊した」
「大変、ご飯作らなきゃ」
二人で勉強部屋Aに入った時、
「ねえ、祐子。見て」
「あらあら」
高志とひろみが、しっかりと手を繋ぎ、熟睡していた。いずなは、敬介のおなかを枕に、熟睡している。
「さあ、夕飯作り。がんばりましょう」
「うん」
正太郎が明彦を連れて来た。
「すまん。凛子。手伝うよ」
「明彦。キャベツの千切りできる?」
「まかせろ!」
「正ちゃん。お米砥ぎ大丈夫?」
「多分」
30分後、いずな達4人が下りてきた。
「ゆーちん。ごめんね。爆睡しちゃって」
「本当にごめん」
と、ひろみ。
「ゆーちん。聞いてよ。ケースケ、人が寝ている横でおならするんだよ」
「おなら位、良いじゃんか。大体、人の腹を枕にしやがって」
「もう、そんな事言うと、おてて繋いで上げないよ。そう謂えば、ひろみっちとハロゲン族も、おてて繋いで寝てたわよね」
急に、いずなが、ニヤニヤし乍ら謂った。
「何よ。いずなの見間違いじゃないの? ねえ、ハロゲン族」
「そうだな。大体、なんで俺が、こんなゴリラ女と」
「何ですってえ!」
凛子が、笑いを懸命に堪え乍ら、
「あら、じゃあ、私達が見たの何だったのかしら? ねえ、祐子。流石の私もあれ見た時は、きゅんとなっちゃった」
「すごく微笑ましかったもんね。私、思わず、お写真撮っちゃった」
「何だとお! 撮ったのか? あれを。狸寝入りよりも、余程ひでーぞ」
高志が思わず赤面する。ひろみも、両手で顔を隠して、顔を振る。
「お願い、もうやめてえ」
「二人とも素直にならないと、正ちゃんのホームページにアップしてもらうよ」
祐子も、なかなか強烈である。
「ちょっと待て、ホームページって何だ? 正太。お前そんなものやってるのか?」
「ああ。小学校6年生の時の夏の自由課題で、HP作ってみたんだ。それ以来、細々とやっている」
「お前に、そんな特殊技能があったとは…。当然、祐子ちゃんとの初キッスも、アップしたんだろうな。『私達、付き合い始めました』的な写真を」
「ば、ば、バカ野郎。載せられる訳、無いだろう。大体、撮ってねーよ、そんな写真」
「へー。てことはキス済ませたんだ。早えーな兄さん」
「正ちゃん!」
祐子は既に真っ赤である。
「あらあら、お熱いわね」
ひろみも、自分の事は棚に上げて、参戦して来る。
「ふざけやがって。大体、俺のページは、風景写真と紀行文が主体だ。だが、そんな、ふざけた事ほざいていると、祐ちゃんに写真もらって、『愛する君とのひと時』とか、タイトルつけてアップするぞ」
「やめれー。分かった。俺が悪かった」
「いいぞー。正ちん。いずなも応援するから。もっとやれー」
「いずなも、あまり、調子に乗ってると、『入学初日から、世間を震撼させた、けも耳少女と、化学試験で全校を騒がせた、ロリータ少年との恋の行方』と謂う、タイトルでお昼寝写真をアップするぞ」
「いっ。…分かった。もう、謂わない」
敬介がもじもじし乍ら謂った。
「あの、祐子ちゃん。いずなちゃんの写真、貰える? 特に、水着の奴」
「ムキーッ。ケースケ。バカ謂ってると、本当におてて繋いであげないよ」
正太郎が思い出した様に謂った。
「そういや、祐ちゃんさあ、此の前の、みなと祭り。みんなの写真を、結構撮っているって、皆の浴衣姿」
「えっマジ。其れほしい」
「俺も」
「私も欲しいな」
「ムキーッ。いずなも欲しい。ゆうちん。いいでしょ?」
高志が提案した。
「そうだ、正太。其のHP。セキュアも組めるんだろ」
「ああ」
「それなら、みんなを撮った写真を正の字にアップしてもらえば?」
「そうすると、第三者も見れちゃうんじゃないの?」
ひろみの疑念に対して、正太郎が答えた。
「違うよ。高志が謂ってるのは、HPに写真を載せるんじゃないよ。HPにセキュアページを作って、特定の人しか入れない様にしておく。さらに、其のページに、アーカイブのURLを、埋め込んでおくんだ。アーカイブの有効期限を1日なり、3日といった極短期間に設定しておけば、危険はほぼ0になる。つまり、①3日以内に、②俺のHPにアクセスし、③ログインIDを入力でき、④ログインパスワードを入力でき、⑤アーカイブのパスワードを入力でき、⑥アーカイブからの特定の質問に答えられる奴しか、ダウンロード出来ないようにするのさ」
「成程」
「此の方法だと、大量のデータを安全に受け渡しが出来る。俺、中学の時から、この方法を使ってたぜ」
「中坊の分際で、大量のデータって何なのよ」
「うーん。そうだなあ、たとえば、エロ動画とかエロ画像。ほら、六助たちに渡す時…」
「正ちゃん!」
祐子が真っ赤になって怒鳴ったあと、眼鏡がこそこそっと、謂った。
「正太。今度、其の画像と動画も詳しく! ぐわあっ」
凛子が、お玉で眼鏡の頭を思いっきり引っ叩たいた後に、斯う謂った。
「さあ、ご飯を作るわよ」
高志と正太郎が風呂清掃を終了して、厨房に手伝いに行くと、いずなとひろみが長葱を片手に、振り回し乍らイエバン・ポルカを歌っている。小柄な二人が、初音ミク宜しく歌っている姿は可愛らしくはあるものの、一体、何をしたいのか理解に苦しむ。見かねた高志が、呆れた様に叫ぶ。
「何やってんだ! てめーらは」
「何って、お肉を焼いてるんだよ。今は、待ち時間だよ。ヒリヤンレン」
いずなが答えるものの、高志がすかさず突っ込む。
「ヒリヤンレンじゃねーだろ…。とても、料理している様には見えねえ…」
「如何でも良いが、何か焦げ臭くねえか?」
と、正太郎。
「ムッキー、そんな筈は…」
謂い乍らも、一抹の不安を覚えたのであろう。いずながフライパンの蓋を取ってチラリと中を覗き見る。
「げっ」
瞬時に、顔を強張らせたいずなであったが、然もあらぬ態を装うと、ニッコリした笑顔を浮かべ、
「上手に焼けましたー」
「嘘つけー」
間髪入れずに、高志が吠える。続いて、ひろみも蓋を取って覗き見るも、すぐさま蓋を被せると、コホンと軽い咳払いをして、引きつった微笑を浮かべると、
「こんがり、焼けましたー」
「嘘つけー」
今度は、正太郎が吠える。
「たく、余計な仕事増やしやがって…」
「全くだ。痺れ焦げ肉を大量にこさえやがって」
「なによー」
ぶそくる高志と正太郎で、懸命にフライパンにこびり付いた焦げ肉を落としている。
ちびたちも起きてきた。夕食はとてもにぎやかで楽しかった。敬介が夕食後、斯う切り出した。
「先刻、ゆり姉から、メールが来てな。帰省が早くても、明日の夕方。遅ければ夜になるらしいんだ。もともと、皆には、2泊3日と謂う事で、お願いしたんだが、夜到着となると、ちび達もいるから、俺は後1泊する事になる。みんなは如何する? よければ、もう1泊お願いしたいんだが」
凛子が徐に謂った。
「私は良いわよ。此の2日間凄く楽しかったし、家で一人、宿題するよりも、能率良く出来る気がするから」
「私も賛成。敬介君が迷惑で無ければ。正ちゃんも…良いよね」
「ああ、祐ちゃん、勿論だよ。俺も凛子と同じだ。此処の方が、宿題が進む気がする。此んな性格だから、家帰っても遊んで終わりだしなあ。高志は」
「当然、残るに決まってんだろ。こんな、楽しい企画。良く遊び、良く学べ。学生の本分だろ。それに、何だかんだ謂っても、規則正しいんだよな。此処の生活は。ひろみは?」
「バカね。私が帰ったら、あんたが女湯を覗くに決まっているでしょ。其の時、天誅加える人がいないと困るでしょ? いずなは?」
「いずな、こんなに楽しいお泊り、生まれて初めてだもん。当然、残るよ。それに、ケースケと落ち着いて、星空見たいしね」
傍らでは敬介が、真っ赤になっている。千穂ちゃんと良介君は大喜びである。二人とも、今から遊ぶ前に、宿題をやりたいと謂い出した。ひろみが謂った。
「宿題なら、明日の朝ごはんの後、やろうよ。此のお兄ちゃんとお姉ちゃん達ね、なんだかんだ謂っても、お勉強大好きなんだよ。先に勉強入れると、止まらなくなっちゃうよ。今から、1時間遊んでお風呂入ろう」
良介と千穂といずなと祐子は、勉強部屋Aで『ぷよぷよ』をやっていた。其の頃、男子部屋では、男子4人が、早速、悪巧みをしていた。厳密には、高志と明彦だが、まず、高志が口火を切った。
「如何だろ、あの4人が風呂に入ったら、入り口の暖簾を、左右取り替えるんだ。そして、其の後、俺たちも『男』の暖簾が掛かった方へ、堂々と突入する。当然、やつらは怒るだろう。しかし、男の暖簾が掛かってる。俺達だって被害者だ。推定無罪って寸法よ」
正太郎が呆れ乍ら言った。
「よく、次から次へと、そう碌でも無い事を思いつくなあ。やめとけ、やめとけ。大体、ひろみが、推定無罪なんて、屁理屈に耳を貸すわけ無いだろ。顎を砕かれて、断定有罪になるのが関の山だぞ」
「なら、暖簾すり替えの実行犯は敬介にして…」
「だから、俺を巻き込むな!」
「敬介。お前だって、いずなのあそこに毛が生えているか知りたいだろ」
「ごくり。ちょっと、知りたい」
ここで初めて眼鏡が口を開いた。
「まあ、待て。さすがに、暖簾は使い古された手だ。俺は、奥の露天風呂に着目したい」
「と言うと?」
「まず、俺達の時間に露天風呂に入る。そして、男湯と間違えた振りをして、女湯に突入する。高志。おまえだって、ひろみのあそこに毛が生えているか知りたいだろ」
「お…おう」
「生えているかどうかは重要だ。生えていないがために、淫行条例で有罪となった判例があった筈だ。※」
「マジか」
※そんな判例はありません。
「生えている子を、ホテルに連れ込んで無罪。生えていない子を、連れ込んだら有罪。この差は大きいぞ。ならば、われわれにはそれを確認する義務がある。分かるだろ。敬介。重要な義務だ。※※」
「お…おう」
※※どちらにしても有罪です。
「ムキー。聞いた今の?」
いつの間にか、女子4人は女子部屋に集結していた。みんな、聞き耳を立てている。ちびたちは兄弟でぷよぷよを興じていたのだ。いずなの問いかけに、悪魔的微笑を浮かべた凛子が、
「ええ。どうしてくれましょうか?」
言い終わる前に、ひろみが襖を開けて、男子部屋に突進していた。祐子が止めようと続いた。
「おのれらー」
「待って。ひろみちゃん」
いずなと凛子が追っかけた。修羅場であった。結局、男子全員たんこぶを作った。主犯格である、高志と明彦はさらに三発程余計にどつかれた。頓て、敬介といずなが、子供たちを寝かしつけたら、散歩に出かけた。
勉強部屋Aで、ひろみと高志が、勉強を始めていた。
「くっそー。ひどい目にあった」
「自業自得よ。抑々、いずなは繊細なんだから、冗談にも気を使いなさいよ。本人だって気にしているんだから。後から謝っときなさいよ」
「まさか、本当に…生えてないのか?」
ひろみは真っ赤な顔で吠える。
「生えているわよ! ついでに、私もね! …大体、そんなもん見て如何しようってのよ? そんなに見たければ、私の見せたげるわよ! ついでに、胸もね。…どうせ、お祭りの時見られちゃったし…。昨日もね。祐子や凛子見たく大きくないけどね…」
そういった後、ひろみは、顔を赤らめ乍ら、そっぽを向いた。
「…」
高志が真っ赤な顔で、口篭り乍ら、
「…実は、昨日、露天風呂で覗いた時に、…その、…見ちゃったんだ」
「み、み、見たって、…何を」
「その、おまえと凛子、湯船の中で、立ちはだかっていたから…、上から下までまじまじと…」
「ちょ、ちょっと」
「その、ぼーぼーだった…、ふぎゃあ!」
ひろみは高志に強烈な一撃を見舞うと、胸倉を掴み、真っ赤になり乍ら、ドスの利いた声で、
「…忘れなさい。可及的速やかに」
「無茶謂うな。ちょっと、待て。抑々、矛盾してるぞ。先刻は、見せてあげるの何のって…」
「いいから、忘れて。直ちに」
「分かったから、まず、拳を収めろ。努力はするから…、でも、寝る前に思い出す位は…、ぎやぁあー」
ひろみは、すかさず、高志の頚部を締め上げる。然し、その後、両手の平に顔を埋めると、
「本当にお嫁に行けない…」
「わ、わ、分かった。忘れるから、頼む。泣くな」
ひろみは本当に泣いていた。ふくれ顔で、上目遣いに、高志を睨む其の顔は、意外と可憐で可愛らしい。
「本当に…」
「本当です」
「特に、凛子の方は忘れて」
微妙な女心である。高志は内心呆れ乍らも、
「分かったから。約束するから」
「本当?」
「…はい」
「そうしたら、ちゃんと見せたげるから」
「…はい」
ひろみは真っ赤になり乍らも、潤んだ眼差しで、
「いっ、今じゃないわよ。また、いつか、別のところで…。あんたが…見たければだけど」
「…はい。見たいです。ごめんなさい。それと、港祭りの夜、その…家に…帰ってから、ひろみの浴衣姿…その、頭から離れなくて、…ごめん。変な事しちゃいました…」
「もう。…エッチ。…でも、…その、私も、その、高志の事考えてたら…変な事を…。知らない。もう、何て事謂わすのよ。恥ずかしいから、キスして」
斯うして、山間の鄙びた温泉宿の夜は、青春のときめきと共に更けて行くのであった。
凛子です。旅の終わりは何処か物悲しい。楽しかった夏合宿編も終盤に差し掛かって来ました。あたしも、ひと夏の思い出を作りたいな。次回、『第17話 夏の名残の入道雲』。宜しくね。




