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第16話 蜘蛛に集られ崖から転落した日の出来事(興津川夏合宿編【5/6】)

 全員で清地淵(きよじふち)に出発した。今日も暑くなりそうである。良介も千穂も自転車なので、結局(けっきょく)、全員自転車になった。距離(きょり)は2㎞程だった。今日の目玉は約10メートルの飛び込みスポットである。いずなの有頂天(うちょうてん)振りは(すさ)まじい物があった。到着(とうちゃく)してみると。大学生風の10人くらいの若者がバーベキューをしていた。一向(いっこう)は、早速(さっそく)、河原の一角(いっかく)に陣取った。

「あー。あれかあ」

「うほっ」

 (たし)かに、対岸の(がけ)の上に大きな岩が見える。高さ8~9mといった所である。(おそ)らく、道の上からは10m以上あるだろう。高志、正太郎、敬介、いずなが、橋を渡り偵察がてら(のぞ)きに行った。

「うっ」

「うきゃー、何、()れ」

「こっ…。()れは…」

 一同は(がけ)の上に立って思わず絶句(ぜっく)した。想像(そうぞう)を絶する高さである。上から見下ろした場合、下から見上げるのとは、全然(ぜんぜん)、感覚が違う。()(かく)、恐怖感が半端(はんぱ)()いのである。(しか)も、岩の真下には大きな木が張り出していて、着水(ちゃくすい)すべき水面が(ろく)すっぽ見え()いのだ。 実に、目が(くら)む様な光景(ながめ)である。

()れは、…流石(さすが)無理(むり)だろ」

 高志が(あきら)めた様に(つぶや)いた。

「何してんのよー。さっさとやりなさいよ。()屁垂(へた)れー」

 下から、ひろみが野次馬(やじうま)特有の無責任(むせきにん)野次(やじ)を飛ばす。高志が、怒った様に、()える。

「バカやろー、ふざけんな。そんなん()うなら、おまえも此処(ここ)へ来て、下を(のぞ)いてみろ。自殺者目線だぞ」

「いずなも流石(さすが)に、頭からは無理(むり)かも…」

 みんなで、やいのやい()っていると、いつしか、後ろに列が出来(でき)ていた。地元の小学生達である。

「お兄さん達。行か()いなら、先に行かせて下さい」

「えっ」

 ひるむ高校生達を尻目に、子供達が続けざまに、5,6人が歓声(かんせい)を上げ(なが)ら飛び込んだ。中には、頭から飛び込む勇者すら、散見(さんけん)される。良く見たら、良介も混じっている。千穂が、高志に声を掛けて来た。

「あっ、高志お兄ちゃん。()の子が、昨日、お話した耕太君」

「ああ、そうか、蜘蛛(クモ)投げた子か? おまえなあ、程々(ほどほど)にしないと、花ちゃんに嫌われちゃうぞ。どんなクモを投げたんだ?」

「クモ? クモならあるよ。見せてあげるよ。()()(ヤツ)。黄色と黒の縞模様(しまもよう)の…」

 (てのひら)の上に大きな女郎蜘蛛(じょろうぐも)が二匹乗っている。高志の手の上に女郎蜘蛛(じょろうぐも)を手渡した。

「うわっ。結構(けっこう)、でかいじゃねーか。良くある警告色のオーソドックスな(ヤツ)だな。(しか)し、死骸(しがい)とは()え、良くこんな物、(さわ)れるなあ」

「えっ。死骸(しがい)じゃないよ。先刻(さっき)(つか)まえたばかりだもん」

「えっ」

 蜘蛛(くも)は高志の(てのひら)の上で、早速(さっそく)、もぞもぞと動き出した。

「どわーっ」

 高志が、(あわ)ててクモを振り払った。抛擲(ほうてき)された二匹のクモは、綺麗(きれい)放物線(ほうぶつせん)を描いて、飛び込み岩の突端(とったん)に居た敬介の顔の付近目掛けて飛んで来た。咄嗟(とっさ)の事である。『うわっ』っと、避けようとした敬介だったが、反射的にバランスを(くず)した。敬介の体は、背中から大きく、川に向かってせり出したのだ。みんなが、吃驚仰天(びっくりぎょうてん)した。高志が、

「うわー、敬介。下に木が張り出している。残った足で踏み切れ!」

 咄嗟(とっさ)に、川へ飛び込むしかないと判断した敬介は、残った左足で、渾身(こんしん)の力を込めて大きく(がけ)()り出すと、敬介の体は二匹のクモとともに、恐怖(きょうふ)悲鳴(ひめい)()げながら、翻筋斗(もんどり)を打って()逆様(さかさま)に落ちていったのだ。


「うわーーーーーっ」


 河原にいたひろみたちにも、異変は見て取れた。敬介が、非常に不自然に、飛び込んだのを。と、()うよりも、ただ単に、転落していったのを。()(さき)に反応したのはいずなだった。いずなは、(がけ)の上の列の最後尾にいたのだが、すぐさま、(がけ)(ぷち)を、みんなを追い抜く様に、それも、(がけ)すれすれを走り、(なな)め後方から、空中を駆ける様に飛翔(ひしょう)すると、(がけ)突端(とったん)を片足で華麗(かれい)に踏み切り、大きく()を描いて、一直線に水面に、そして、真一文字(まいちもんじ)に伸ばした指先から、綺麗(きれい)着水(ちゃくすい)した。仄暗(ほのくら)い水の中、いずなは(しき)りに目を()らすと、敬介が懸命(けんめい)(もが)いているのが見えた。必死(ひっし)に水を()き、浮上しようとしている。いずなは少し安堵(あんど)した。

(よかった。意識がある様だ)

 いずなは懸命(けんめい)に水を()くと、敬介の体を(つか)まえた。(さなが)ら、水中は緑柱石(エメラルド)に包まれている様な色合いであり、水面上とはまるで別世界であった。いずなは、()の神秘的な空間から敬介の体を()きかかえ、浮上しようとした。二人は、深い瑠璃色(るりいろ)翡翠色(ひすいいろ)の空間から、()き合った状態で、明るい水面を目指した。そして、二人は流され(なが)らも、(ようや)く浮かび上がれた。ぎらつく太陽に、がなりたてる蝉達。其処(そこ)にはいつもの夏の光景(こうけい)があった。

大丈夫(だいじょうぶ)? ケースケ君」

「うん、平気だよ。全身水面に叩きつけられて、息が出来(でき)なくて…。でも、いずなちゃんが助けに来てくれたのが見えたし、体が密着(みっちゃく)出来(でき)てちょっと嬉しかった。ありがとね」

「もう、ケースケ君に何かあったらと、(あわ)てて飛び込んだのに。…知らない」

 流され(なが)ら、いずなが少しふくれる。そして、すぐさま、ひろみたちが岸辺(きしべ)の二人の(もと)()けつけた。

「ちょっと。大丈夫(だいじょうぶ)? あれ、意図(いと)して、飛び込んだんじゃ()いよね? 転落したんだよね?」

「003風の落ち方だった。でも、敬介君。無事で良かったよ」

「いずなも格好(かっこう)良かったよ」

 一方、高志と正太郎は飛び込まずに、悄々(すごすご)と橋を渡って帰って来た。ひろみが、開口一番突っ込んだ。

「何やってんのよ。屁垂(へた)れ。金●ついてんの? あの(あと)、千穂ちゃんも飛び込んでたわよ」

 高志が、口を(とが)らせ(なが)悪態(あくたい)()いた。

「ばかやろ。何が●玉だ。下品な(ヤツ)だな。そんなに()うなら、お前が行ってやってみろ。半端(はんぱ)ねえぞ、彼処(あそこ)は。大体(だいたい)田舎(いなか)子供(ガキ)は、恐怖を(つかさど)中枢神経(ちゅうすうしんけい)が、麻痺(まひ)してるんだよ。蜘蛛(くも)も平気で手掴(てづか)みするしよ」

 敬介が、高志に向かって怒りの声を()げる。

「こら、高志。()のバカ野郎(やろう)、何てえ事しやがる。蜘蛛(くも)なんか投げつけやがって、死ぬかと思ったじゃねーか」

「いやー、わりー、わりー、でも、スリルが味わえて良かったじゃねーか。ノットオンリー、蜘蛛(くも)(たか)られる、バットオルソー、(がけ)から転落(てんらく)って(やつ)だな」

「わー、ふざけんな、バカヤロー。本当に怖かったんだぞ」

 凛子が口を(はさ)んだ。

「そう()えば、いずなが後から、あんたと眼鏡(めがね)に『草薙素子』してもらうって()ってたわよ。あんた達、いずなのおっぱいと下着姿(水玉模様)見たんだって? 私も『草薙素子』の映像見たけど、難易度高いわよ。みて見る?」

 有名なあのシーンの映像だった。

「ば、ば、ばかやろ。何考えてんだ。出来(でき)(わけ)ねーだろ。殺す気か?」

 敬介が不満そうに声を上げる。

「でも、(おれ)、たった今、似た様な事、やらされたぞ」

 祐子が()った。

「そう()えば、そうだね。でも、いずなちゃん。今からやってくるって。ひろみちゃんと行ったよ。気合入れて、けも耳とけも尻尾(しっぽ)つけてったもの」


 いずなは岩の突端(とったん)に立っている。キャンプしている大学生達が、対岸の(がけ)を見上げ(なが)(いぶか)しんだ。

「何だあの子、尻尾(しっぽ)つけているぞ。地元の小学生か?」

「いや、でも、先刻(さっき)其処(そこ)の高校生のグループと一緒に昼飯(メシ)食ってたぞ。なあ兄さん、あの子高校生だろ?」

「いえ、小学4年生です」

 と、(すこぶ)適当(てきとう)相槌(あいづち)を打つ高志。

「いずなちゃん。がんばれ!」

 敬介が声援(せいえん)を送る。それを聞いたノリの良い大学生達も、いずなコールを始める。いずなは岩の突端(とったん)で、八重歯(やえば)(きら)めかせて手を振っていたが、くるりと後ろを向くと両手を広げた。(たし)かに、水着のお尻に尻尾(しっぽ)がついている。大学生達は、(いぶか)しんだ。

「何をする気だ?」

「あっ。草薙素子だ」

「リアル素子だ」

 後ろ向きのいずなは、大きく跳躍(ちょうやく)すると、後方に綺麗(きれい)()を描いて頭から着水(ちゃくすい)した。蝟集(いしゅう)した大学生達から、拍手喝采(はくしゅかっさい)が起こった。

「おー」

「すごいぞ。あの小学生」

 続いて、ひろみが現れた。ひろみは、一度、突端(とったん)から下を(なが)め、()(あと)一旦(いったん)、後方に下がった。又、大学生が高志に(たず)ねた。

「なあ、兄さん。あの子も小学生?」

「そーっす。5年生です」

「引っ込んじまったぞ? おい」

「いや、助走をとるみたいだぞ」

「何をやる気だ?」

「あっ。走り出した」

「あっ。ロンダートから後方伸身(しんしん)宙返り!」

 ひろみはさらに空中で半回転加え、頭から綺麗(きれい)着水(ちゃくすい)した。当然(とうぜん)、居合わせた大学生達からは大歓声、やんややんやの拍手喝采(はくしゅかっさい)である。

「うわー」

「すげー。此方(こっち)の小学生も、(なん)かすごいぞ!」

 (やが)て、ひろみがあがって来た、

「いやー。ちびった。ロンダートする時、下が岩場でしょ。超怖かった。昨日、少々寝不足(ねぶそく)だったし」

 高志が、すかさず、()った。

「だったら、やるなよ。危ねえな。こんな処で、『平成、ありがとう』みてーな真似(まね)しやがって…、バカなのかおまえ? ()し、遊覧船でも通りがかったら、如何(どう)する心算(つもり)だ? あれ、いずなは?」

 祐子が、困った様に()った。

「それが、けも耳とけも尻尾(しっぽ)が、流されちゃったんだって」

 高志が(あき)れる。

此方(こっち)も、バカだなー。もう、けも耳は吉岡●帆以外、法規制すべきだな。」

 正太郎も横で高志のしょうも無い発言に(あき)れる。

「なんなんだ。おめーは?」

 (しか)しいずなは、(すで)に、半泣きである。みんなで、手分けして探し始めた。蝟集(いしゅう)した大学生や、小学生も手伝ってくれた。けも耳はすぐ見つかった。飛び込んだ(ふち)の、少し下流の川底に、金属部分が光っていたのを、良介の友達の小学生が見つけた。けも尻尾(しっぽ)は、(しばら)くして、30m程下流で流木に引っかかっていたのを、敬介が見つけて来た。いずなは大喜びでみんなにお礼を()って回った。そして、けも耳とけも尻尾(しっぽ)を大切にデイパックにしまった後、いずなとひろみは数回づつ飛び込んだ。男性陣は全員一回づつ飛び込み、そして、(ひぐらし)一斉(いっせい)に泣き出したのを合図に、帰り支度(したく)を始めたのだった。


 宿に帰るや(いな)や、全員、お昼寝をし始めた。寝不足(ねぶそく)と疲労の蓄積(ちくせき)であろう。男子部屋では緑白のラガーシャツに、グレーのスウェット姿の明彦が、女子部屋ではグレーのTシャツに、グレーのハーフパンツ姿の凛子が、勉強部屋Bでは、子供たちと、青のTシャツに青のサッカーパンの正太郎と、エヴァゼロ号機Tシャツに桃色のショートパンツ姿の祐子が、勉強部屋Aでは、甚平姿(じんべいすがた)の敬介と、桃色の地に青色で大きくト音記号が描いてあるTシャツ、水色のショートパンツ姿のいずなが、それぞれ、微睡(まどろ)んでいた。と()うより、大の字で爆睡(ばくすい)中だった。時折(ときおり)、網戸()しに、極めて遠慮がちな微風(そよかぜ)が渡ってくる。赤のTシャツに白のサッカーパン姿の高志は、勉強部屋Aで、敬介たちの隣の布団(ふとん)で、仰向(あおむ)けに寝転(ねころ)がって天井(てんじょう)を見上げている。今度は正面に白地ででかでかと『ハロゲン族』と、やはり、意味不明のプリントがされている。衣類を洗濯(せんたく)乾燥機に放り込んだひろみがやってきた。ピンクのTシャツに黄色のショートパンツ姿で栗色の癖毛(くせげ)は窓からの逆光(ぎゃっこう)()びてきらきらと輝いて見えた。普段(ふだん)男勝(おとこまさ)りなひろみであるが、()うした、女の子らしい色合いの格好(かっこう)をしていると、全体的に丸みを()び、顔立ちも本来(ほんらい)()れ目な地顔(じがお)強調(きょうちょう)されるのである。高志は、不覚(ふかく)にも、まじまじと()の横顔を見とれてしまった。

「何をしてるの? ハロゲン族」

「見てのとおりだ。天井(てんじょう)を見ている」

 ひろみは、室内を見渡した。敬介といずながいたが、熟睡(じゅくすい)している様だ。突然(とつぜん)、ハロゲン族が身動(みじろ)ぎもしないで、()った。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。熟睡(じゅくすい)している」

 余程(よほど)、昨日の一件が()りたのであろう。ひろみが、高志の隣に腰をおろして、いずなと敬介を(なが)(なが)()った。

「いずな。良かったね。()の子、自由奔放(じゆうほんぽう)そうに見えて、線が(ほそ)いから心配だったの」

「そうだな」

 ひろみが、多少(たしょう)(しな)を作って考え深げに(つぶや)いた。

「でも、私も線が(ほそ)いんだよ。知ってた?」

「ああ」

「昨日のあれ。本気だったの?」

「ああ」

「じゃあ。キスして」

 ひろみは、あわてて、付け加えた。

「…なんて、うそうそ…」

 ()い掛けたひろみの(くちびる)に、高志の(くちびる)(かさ)なった。たっぷり、5秒は(かさ)なっていた。

「…あーっ。初めてだったのに…。責任取ってよね。…なんて嘘よ。ごめん、私、如何(どう)かしてるね」

「嘘って初めての方か?」

「違うわよ。初めては…本当だよ。『責任とって』の方。()れ以上、高志に嫌われたくないもの。鬱陶(うっとう)しい女になりたくないから…。隣でお昼寝させてくれたら、チャラにしてあげる」

「そんなんでいいのか? そんなに、お前の(くちびる)は安っぽくは()いだろ?」

「じゃあ、『隣でお昼寝』プラス手を握ってくれたら、でチャラにしてあげる」

「わかった。()れでいいか?」

「うん」

 ひろみと高志の顔が向かい合った時、今度はひろみの(くちびる)が高志の(くちびる)(かさ)なった。高志はそっとひろみの髪を、優しく()でた。

「俺も初めてだったんだが…」

「…」

「だから、ちゃんと、責任取れよ」

鬱陶(うっとう)しい(ヤツ)…」

()しくは、俺にちゃんと責任取らせろ。それに、学校祭の時、胸触っちゃったし、港祭りの時、おっぱい見ちゃったし」

「…うん」

「ありがとな。おやすみ」

「うん。手は握った(まま)でも…良い?」

「ああ」

「本当はね、学校祭の時と港祭りの時、手を(つな)いでもらって、とても嬉しかったの。あのね、私、高志の事が…」

 ()の時、高志が(あわ)てて言葉を(はさ)む。

「ごめん。()の先は俺に()わせてくれ…。(おれ)、ひろみの事が好きだ。…大好きだ。今まで()えなくて、ごめん」

「本当?…嬉しい。あのね、もう一回頭を()でてくれる?」

 高志は、ひろみの髪をやさしく(くしけず)った。

「ありがとう。高志。おやすみなさい」

 そして、ひろみが目を閉じた。目には涙が(にじ)んでいた。今一度、高志が優しくくちづけをした。


 カナカナカナ…


 (ひぐらし)の声が一段と高く、そして、低く鳴いていた。渓流(けいりゅう)からは河鹿蛙(かじかがえる)の声も聞こえる。(ようや)く、西日が差し始め、茜色(あかねいろ)()まった(ひな)びた温泉宿の一室に、夏の()れの静かな時間が、物憂(ものう)い様に流れていた。日中の苛烈(かれつ)な暑さが(やわ)らぎ、其処(そこ)にあるものは、(ひぐらし)の、そして、河鹿蛙(かじか)の、もの(かな)しい声だけだった。山間(やまあい)の温泉宿の月並みな()(もの)ではあれど、彼らを優しく包み込む。


『あー。よく寝た』が、最初の感想だった。祐子が寝ぼけ(まなこ)で、周囲を見回す。段々と、意識が鮮明になってくる。次に来たのが、『あっ。寝坊した』だった。隣で正太郎と子供達が眠っている。が、正太郎は部屋の気配(けはい)を察したらしい。ぱちりと目を覚ますと、(あた)りをキョロキョロと、見回し(なが)()った。

「あっ、おはよう。祐ちゃん」

「正ちゃん。ごめん。寝坊しちゃった。ご飯作らなきゃ」

「えっ、(おれ)も手伝うよ」

 正太郎も(あわ)てて飛び起きた。祐子は女子部屋へ走った。気配(けはい)伝染(でんせん)したのかもしれない。凛子が欠伸(あくび)をし(なが)ら、出て来た。

「あっ。おはよう。祐子」

「ごめん。凛子ちゃん。私も寝坊した」

「大変、ご飯作らなきゃ」

 二人で勉強部屋Aに入った時、

「ねえ、祐子。見て」

「あらあら」

 高志とひろみが、しっかりと手を(つな)ぎ、熟睡(じゅくすい)していた。いずなは、敬介のおなかを枕に、熟睡(じゅくすい)している。

「さあ、夕飯作り。がんばりましょう」

「うん」

 正太郎が明彦を連れて来た。

「すまん。凛子。手伝うよ」

「明彦。キャベツの千切りできる?」

「まかせろ!」

「正ちゃん。お米()大丈夫(だいじょうぶ)?」

多分(たぶん)


 30分後、いずな達4人が下りてきた。

「ゆーちん。ごめんね。爆睡(ばくすい)しちゃって」

「本当にごめん」

 と、ひろみ。

「ゆーちん。聞いてよ。ケースケ、人が寝ている横でおならするんだよ」

「おなら位、良いじゃんか。大体(だいたい)、人の腹を枕にしやがって」

「もう、そんな事言うと、おてて(つな)いで上げないよ。そう()えば、ひろみっちとハロゲン族も、おてて(つな)いで寝てたわよね」

 急に、いずなが、ニヤニヤし(なが)()った。

「何よ。いずなの見間違(みまちが)いじゃないの? ねえ、ハロゲン族」

「そうだな。大体(だいたい)、なんで(おれ)が、こんなゴリラ女と」

「何ですってえ!」

 凛子が、笑いを懸命(けんめい)(こら)(なが)ら、

「あら、じゃあ、私達が見たの何だったのかしら? ねえ、祐子。流石(さすが)の私もあれ見た時は、きゅんとなっちゃった」

「すごく微笑(ほほえみ)ましかったもんね。私、思わず、お写真()っちゃった」

「何だとお! ()ったのか? あれを。狸寝入(たぬきねい)りよりも、余程(よほど)ひでーぞ」

 高志が思わず赤面(せきめん)する。ひろみも、両手で顔を(かく)して、(かぶり)を振る。

「お願い、もうやめてえ」

「二人とも素直(すなお)にならないと、正ちゃんのホームページにアップしてもらうよ」

 祐子も、なかなか強烈である。

「ちょっと待て、ホームページって何だ? 正太。お前そんなものやってるのか?」

「ああ。小学校6年生の時の夏の自由課題で、HP(ホームページ)作ってみたんだ。それ以来、細々とやっている」

「お前に、そんな特殊技能があったとは…。当然(とうぜん)、祐子ちゃんとの初キッスも、アップしたんだろうな。『私達、付き合い始めました』的な写真を」

「ば、ば、バカ野郎(やろう)()せられる(わけ)()いだろう。大体(だいたい)()ってねーよ、そんな写真」

「へー。てことはキス済ませたんだ。早えーな兄さん」

「正ちゃん!」

 祐子は(すで)()()である。

「あらあら、お熱いわね」

 ひろみも、自分の事は(たな)に上げて、参戦して来る。

「ふざけやがって。大体(だいたい)(おれ)のページは、風景写真と紀行文が主体だ。だが、そんな、ふざけた事ほざいていると、祐ちゃんに写真もらって、『愛する君とのひと時』とか、タイトルつけてアップするぞ」

「やめれー。分かった。(おれ)が悪かった」

「いいぞー。正ちん。いずなも応援するから。もっとやれー」

「いずなも、あまり、調子に乗ってると、『入学初日から、世間を震撼(しんかん)させた、けも耳少女と、化学試験で全校を騒がせた、ロリータ少年との恋の行方(ゆくえ)』と()う、タイトルでお昼寝写真をアップするぞ」

「いっ。…分かった。もう、()わない」

 敬介がもじもじし(なが)()った。

「あの、祐子ちゃん。いずなちゃんの写真、(もら)える? 特に、水着の(やつ)

「ムキーッ。ケースケ。バカ()ってると、本当におてて(つな)いであげないよ」

 正太郎が思い出した様に()った。

「そういや、祐ちゃんさあ、()の前の、みなと祭り。みんなの写真を、結構(けっこう)()っているって、(みんな)浴衣(ゆかた)姿」

「えっマジ。()れほしい」

(おれ)も」

「私も欲しいな」

「ムキーッ。いずなも欲しい。ゆうちん。いいでしょ?」

 高志が提案した。

「そうだ、正太。()HP(ホームページ)。セキュアも組めるんだろ」

「ああ」

「それなら、みんなを()った写真を正の字にアップしてもらえば?」

「そうすると、第三者も見れちゃうんじゃないの?」

 ひろみの疑念に対して、正太郎が答えた。

「違うよ。高志が()ってるのは、HP(ホームページ)に写真を()せるんじゃないよ。HP(ホームページ)にセキュアページを作って、特定の人しか入れない様にしておく。さらに、()のページに、アーカイブのURLを、埋め込んでおくんだ。アーカイブの有効期限を1日なり、3日といった極短期間に設定しておけば、危険はほぼ0になる。つまり、①3日以内に、②俺のHP(ホームページ)にアクセスし、③ログインIDを入力でき、④ログインパスワードを入力でき、⑤アーカイブのパスワードを入力でき、⑥アーカイブからの特定の質問に答えられる奴しか、ダウンロード出来(でき)ないようにするのさ」

成程(なるほど)

()の方法だと、大量のデータを安全に受け渡しが出来(でき)る。俺、中学の時から、この方法を使ってたぜ」

「中坊の分際(ぶんざい)で、大量のデータって何なのよ」

「うーん。そうだなあ、たとえば、エロ動画とかエロ画像。ほら、六助たちに渡す時…」

「正ちゃん!」

 祐子が()()になって怒鳴(どな)ったあと、眼鏡(めがね)がこそこそっと、()った。

「正太。今度、()の画像と動画も(くわ)しく! ぐわあっ」

 凛子が、お玉で眼鏡(めがね)の頭を思いっきり引っ叩たいた後に、()()った。

「さあ、ご飯を作るわよ」


 高志と正太郎が風呂清掃を終了して、厨房(ちゅうぼう)に手伝いに行くと、いずなとひろみが長葱(ながねぎ)を片手に、振り回し(なが)らイエバン・ポルカを歌っている。小柄(こがら)な二人が、初音ミク(よろ)しく歌っている姿は可愛(かわい)らしくはあるものの、一体(いったい)、何をしたいのか理解に苦しむ。見かねた高志が、(あき)れた様に(さけ)ぶ。

「何やってんだ! てめーらは」

「何って、お肉を焼いてるんだよ。今は、待ち時間だよ。ヒリヤンレン」

 いずなが答えるものの、高志がすかさず突っ込む。

「ヒリヤンレンじゃねーだろ…。とても、料理している様には見えねえ…」

如何(どう)でも()いが、何か()げ臭くねえか?」

  と、正太郎。

「ムッキー、そんな(はず)は…」

 ()(なが)らも、一抹(いちまつ)の不安を覚えたのであろう。いずながフライパンの(ふた)を取ってチラリと中を(のぞ)き見る。

「げっ」

 瞬時(しゅんじ)に、顔を強張(こわば)らせたいずなであったが、()もあらぬ(てい)(よそお)うと、ニッコリした笑顔を浮かべ、

上手(じょうず)に焼けましたー」

「嘘つけー」

 間髪(かんぱつ)入れずに、高志が()える。続いて、ひろみも(ふた)を取って(のぞ)き見るも、すぐさま(ふた)(かぶ)せると、コホンと軽い(せき)払いをして、引きつった微笑(ほほえみ)を浮かべると、

「こんがり、焼けましたー」

「嘘つけー」

 今度は、正太郎が()える。

「たく、余計(よけい)な仕事増やしやがって…」

(まった)くだ。(しびれ)()げ肉を大量にこさえやがって」

「なによー」

 ぶそくる高志と正太郎で、懸命(けんめい)にフライパンにこびり付いた()げ肉を落としている。


 ちびたちも起きてきた。夕食はとてもにぎやかで楽しかった。敬介が夕食後、()う切り出した。

先刻(さっき)、ゆり姉から、メールが来てな。帰省が早くても、明日の夕方。遅ければ夜になるらしいんだ。もともと、皆には、2泊3日と()う事で、お願いしたんだが、夜到着(とうちゃく)となると、ちび達もいるから、俺は後1泊する事になる。みんなは如何(どう)する? よければ、もう1泊お願いしたいんだが」

 凛子が(おもむろ)()った。

「私は良いわよ。()の2日間(すご)く楽しかったし、家で一人、宿題するよりも、能率良く出来(でき)る気がするから」

「私も賛成。敬介君が迷惑で無ければ。正ちゃんも…良いよね」

「ああ、祐ちゃん、勿論(もちろん)だよ。俺も凛子と同じだ。此処(ここ)の方が、宿題が進む気がする。()んな性格だから、家帰っても遊んで終わりだしなあ。高志は」

当然(とうぜん)、残るに決まってんだろ。こんな、楽しい企画。良く遊び、良く学べ。学生の本分だろ。それに、何だかんだ()っても、規則正しいんだよな。此処(ここ)の生活は。ひろみは?」

「バカね。私が帰ったら、あんたが女湯を(のぞ)くに決まっているでしょ。()の時、天誅(てんちゅう)加える人がいないと困るでしょ? いずなは?」

「いずな、こんなに楽しいお泊り、生まれて初めてだもん。当然(とうぜん)、残るよ。それに、ケースケと落ち着いて、星空見たいしね」

 (かたわ)らでは敬介が、()()になっている。千穂ちゃんと良介君は大喜びである。二人とも、今から遊ぶ前に、宿題をやりたいと()い出した。ひろみが()った。

「宿題なら、明日の朝ごはんの後、やろうよ。()のお兄ちゃんとお姉ちゃん達ね、なんだかんだ()っても、お勉強大好きなんだよ。先に勉強入れると、止まらなくなっちゃうよ。今から、1時間遊んでお風呂入ろう」

 良介と千穂といずなと祐子は、勉強部屋Aで『ぷよぷよ』をやっていた。()の頃、男子部屋では、男子4人が、早速(さっそく)悪巧(わるだく)みをしていた。厳密(げんみつ)には、高志と明彦だが、まず、高志が口火(くちび)を切った。

如何(どう)だろ、あの4人が風呂に入ったら、入り口の暖簾(のれん)を、左右取り替えるんだ。そして、()の後、俺たちも『男』の暖簾(のれん)が掛かった方へ、堂々と突入する。当然(とうぜん)、やつらは怒るだろう。しかし、男の暖簾(のれん)が掛かってる。俺達だって被害者だ。推定無罪って寸法(すんぽう)よ」

 正太郎が(あき)(なが)ら言った。

「よく、次から次へと、そう(ろく)でも()い事を思いつくなあ。やめとけ、やめとけ。大体(だいたい)、ひろみが、推定無罪なんて、屁理屈(へりくつ)に耳を貸すわけ()いだろ。(あご)(くだ)かれて、断定有罪になるのが関の山だぞ」

「なら、暖簾(のれん)すり替えの実行犯は敬介にして…」

「だから、俺を巻き込むな!」

「敬介。お前だって、いずなのあそこに毛が生えているか知りたいだろ」

「ごくり。ちょっと、知りたい」

 ここで初めて眼鏡(めがね)が口を開いた。

「まあ、待て。さすがに、暖簾(のれん)は使い古された手だ。俺は、奥の露天風呂(ろてんぶろ)着目(ちゃくもく)したい」

「と言うと?」

「まず、俺達の時間に露天風呂(ろてんぶろ)に入る。そして、男湯と間違えた振りをして、女湯に突入する。高志。おまえだって、ひろみのあそこに毛が生えているか知りたいだろ」

「お…おう」

「生えているかどうかは重要だ。生えていないがために、淫行条例で有罪となった判例があった(はず)だ。※」

「マジか」

 ※そんな判例はありません。

「生えている子を、ホテルに連れ込んで無罪。生えていない子を、連れ込んだら有罪。この差は大きいぞ。ならば、われわれにはそれを確認する義務がある。分かるだろ。敬介。重要な義務だ。※※」

「お…おう」

 ※※どちらにしても有罪です。

「ムキー。聞いた今の?」

 いつの間にか、女子4人は女子部屋に集結していた。みんな、聞き耳を立てている。ちびたちは兄弟でぷよぷよを(きょう)じていたのだ。いずなの問いかけに、悪魔的微笑(ほほえみ)を浮かべた凛子が、

「ええ。どうしてくれましょうか?」

 言い終わる前に、ひろみが襖を開けて、男子部屋に突進していた。祐子が止めようと続いた。

「おのれらー」

「待って。ひろみちゃん」

 いずなと凛子が追っかけた。修羅場であった。結局、男子全員たんこぶを作った。主犯格である、高志と明彦はさらに三発程余計にどつかれた。(やが)て、敬介といずなが、子供たちを寝かしつけたら、散歩に出かけた。


 勉強部屋Aで、ひろみと高志が、勉強を始めていた。

「くっそー。ひどい目にあった」

自業自得(じごうじとく)よ。抑々(そもそも)、いずなは繊細(せんさい)なんだから、冗談にも気を使いなさいよ。本人だって気にしているんだから。後から謝っときなさいよ」

「まさか、本当に…生えてないのか?」

 ひろみは()()な顔で()える。

「生えているわよ! ついでに、私もね! …大体(だいたい)、そんなもん見て如何(どう)しようってのよ? そんなに見たければ、私の見せたげるわよ! ついでに、胸もね。…どうせ、お祭りの時見られちゃったし…。昨日もね。祐子や凛子見たく大きくないけどね…」

 そういった後、ひろみは、顔を赤らめ(なが)ら、そっぽを向いた。

「…」

 高志が()()な顔で、口篭(くちごも)(なが)ら、

「…実は、昨日、露天風呂(ろてんぶろ)(のぞ)いた時に、…その、…見ちゃったんだ」

「み、み、見たって、…何を」

「その、おまえと凛子、湯船(ゆぶね)の中で、立ちはだかっていたから…、上から下までまじまじと…」

「ちょ、ちょっと」

「その、ぼーぼーだった…、ふぎゃあ!」

 ひろみは高志に強烈な一撃(クリティカルヒット)を見舞うと、胸倉(むなぐら)(つか)み、()()になり(なが)ら、ドスの利いた声で、

「…忘れなさい。可及的(かきゅうてき)(すみ)やかに」

無茶(むちゃ)()うな。ちょっと、待て。抑々(そもそも)矛盾(むじゅん)してるぞ。先刻(さっき)は、見せてあげるの何のって…」

「いいから、忘れて。(ただ)ちに」

「分かったから、まず、(こぶし)を収めろ。努力はするから…、でも、寝る前に思い出す位は…、ぎやぁあー」

 ひろみは、すかさず、高志の頚部(けいぶ)を締め上げる。(しか)し、その後、両手の平に顔を(うず)めると、

「本当にお嫁に行けない…」

「わ、わ、分かった。忘れるから、頼む。泣くな」

 ひろみは本当に泣いていた。ふくれ顔で、上目遣(うわめづか)いに、高志を(にら)()の顔は、意外(いがい)可憐(かれん)可愛(かわい)らしい。

「本当に…」

「本当です」

「特に、凛子の方は忘れて」

 微妙(びみょう)な女心である。高志は内心(あき)(なが)らも、

「分かったから。約束するから」

「本当?」

「…はい」

「そうしたら、ちゃんと見せたげるから」

「…はい」

 ひろみは()()になり(なが)らも、(うる)んだ眼差(まなざ)しで、

「いっ、今じゃないわよ。また、いつか、別のところで…。あんたが…見たければだけど」

「…はい。見たいです。ごめんなさい。それと、港祭りの夜、その…家に…帰ってから、ひろみの浴衣(ゆかた)姿…その、頭から離れなくて、…ごめん。変な事しちゃいました…」

「もう。…エッチ。…でも、…その、私も、その、高志の事考えてたら…変な事を…。知らない。もう、何て事()わすのよ。恥ずかしいから、キスして」


 ()うして、山間(やまあい)(ひな)びた温泉宿の夜は、青春のときめきと共に()けて行くのであった。

凛子です。旅の終わりは何処か物悲しい。楽しかった夏合宿編も終盤に差し掛かって来ました。あたしも、ひと夏の思い出を作りたいな。次回、『第17話 夏の名残の入道雲』。宜しくね。

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