第12話 興津川に行こう!(興津川夏合宿編【1/6】)
此の日は、コンクールも昨日無事終わり、夏休み中の最後の登校日だった。朝から、じりじりとした暑さの中、蝉達が、懸命にがなりたてている。此れからは夏休みも、愈々、終盤戦となり、此の後、夏休み終わり迄、全員で顔を合わせる機会は無い。祐子はHRが終了した処で、正太郎に話し掛けた。
「ねえ、正ちゃん。此の後のご予定は?」
「ごめん。祐ちゃん。此の後すぐに歯医者の予約があるんだ。でも、其の後だったら、ヒマだけど」
祐子はニッコリと微笑むと、頷いた。
「判った。私もいずなちゃんと部室で合うの。其れじゃあ、また、後からメールするね」
丸っこい肥満体躯の祐子が、豊満な胸を揺すり乍ら、教室を出て行った。高志が欠伸をし乍らも、なにげなく首を伸ばして祐子の胸元をチラ見する。
「相変らず祐子ちゃん、良い胸してんなあ。其れにしても、暑いなあ。海にでも行きてーな」
「お前なあ…。然し、確かに暑いよなあ」
「なあ、正太。祐子ちゃんをプールかなんかに、連れて行ってやったら、如何なんだ?」
友人思いの高志が、不器用な正太郎の背中を押す。
「いや、実は、彼奴、昔からプールとか海、駄目なんだよ。泳げ無いんだ。かなり、水が怖いらしい」
「成程なあ。天才少女にも弱点はあったか…。だったら、川は、如何なんだ? 川なら、泳げるか如何かなんて、余り関係無いだろ」
「興津川か? 興津川に行くとしたら、何処が良いかな?」
件の興津川は、清水区の東部を流れる二級河川である。清水の北部である安倍奥に端を発し、駿河湾へと注いでいる。然程、大きな川でも無く、流域には、川遊びが出来そうな地点が幾つもあった。
「そうだな…。チャリで行くなら、雨乞、清地、和田島辺りだろうな。安全だしなあ…。まあ、気が向いたら連れて行ってやれよ」
「そうだな。やっぱ、行くなら雨乞、清地辺りだよな。ところで、高志は此れから如何すんだ?」
「前店にラーメン食いに行く。ひろみにラーメン奢る事になっている」
正太郎は渋い顔で釘を刺す。
「…。おい、今度は一体、何をやらかしたんだ?」
「別に…。おっぱい触ったら、回し蹴り食らった挙句に、ラーメン奢る事になった。理不尽極まり無えだろ」
「懲り無い奴だなあ。おまえ、学校祭の時に懲りたんじゃ無かったのかよ? 其れに、みなと祭りの時も、似た様な事やらかして…」
「へへん、あんなんで懲りて堪るか」
其の頃、部室では、敬介が祐子といずなに、何事かを懸命に懇願していた。部室には敬介といずなと祐子の3人だけだった。
「頼む。いずなちゃん、祐子ちゃん。何にも謂わずに、8月22日から3泊、いや、2泊で良いから、温泉に一緒に来てくれ…」
「ヴー。何か絶対にHな事、企んでいる」
いずなが疑わしそうな眼差しで警戒する。
「企んで無いよ。そりゃ、いずなちゃんが一緒に温泉入りたいって、謂うなら、俺、喜んで入るけどよ」
「…絶対行かない」
ムッとして睨みつけるいずな。祐子が困った様な顔で謂った。
「兎に角、訳を聞かせてよ。此の儘だと、何も分から無いし、全然、決められ無いよ」
「実は、俺のおじさん。良二おじさんって謂うんだけど、親父の弟でさ、両河内で民宿を営んでいるんだ。ほら、此の前、話した民宿。本来は此の時期、夏休み期間中は、書き入れ時なんだけど、おばさんの姉の子供が結婚式で、おばさんが北海道に行く事になってたから、其の期間は客を取らなかったらしい。其処へ、うちのひいばあちゃんの具合が悪くなって、親父と良二おじさん、二人で様子を見に行く事になったんだ。宮崎の都井岬の方だって」
「何処?」
いずながあどけない顔で聞き返す。
「うーんと。桃鉄でワープ駅がある処だよ。?駅の南の…」
「わかった! 日南だ!」
二人で一緒に叫んだ。祐子が感心した。
「一発で分かったよ。敬介君。流石、地理が得意だね。説明が上手だよね」
いずなも、ニコニコし乍ら頷いている。
「うん」
「いや、おまえらが特殊なだけだろ。桃鉄で場所を説明したの初めてだぞ。因みに、おばさんが行くのは浦河。襟裳の傍のカード駅だ」
「ムッキー、其方も、分かった。ケースケ。今度から場所説明する時は、桃鉄でお願いね。それなら、いずな。すぐ分かるから」
敬介が呆れた様な素振で説明を続ける。
「其方の方が分かりにくいだろ。あーそうそう。其れで、明後日から3日間おじさんたちが旅行に行っちゃうんだが、従兄弟が残るんだよ。小5の良介と小3の千穂が。最初は、奴らが家に来る手筈だったんだが、3日間、宿を空けるのも流石に不用心だって事になって、親父が、『敬介おまえが行って面倒を見て来い』ってさ。『あそこ、温泉もあるし、目の前が川だから、一日中、川遊び出来るぞ』ってほざきやがるんだ。俺だって、宿題、未だ何にもやって無いのに…」
「川?」
いずなが、目を輝かせ乍ら食いついた。
「ケースケ♪ 其の川って泳げるの?」
「当たり前だろ。川で泳がなくて、何するんだよ。大岩の上から、飛び込みも出来るぞ」
いずなの瞳が、見る見るうちに輝くお星様になった。
「ムキーッ♪ いずな絶対行く。料理も得意だし」
「マジか?」
「うん。ラーメン。お湯掛ける奴。いずなが作る卵ラーメン、絶品だよ」
「そう謂うのは、料理とは謂わない」
「だったら、ゆーちんも行こ。ゆーちんなら、むちゃくちゃ女子力高いから。レベルマクラスだよ」
「お料理なら、多分、大丈夫だと思うけど…。温泉も魅力的なんだけど、ちょっと、…。ねえ、敬介君、其処って何人位泊まれるの?」
「30人位は大丈夫なんじゃないかな。良二おじさんも、『ちび達の面倒見てくれるなら、合宿してくれてもかまわないぞ』って、謂ってるしよ」
「だったらさ、正ちんにも声掛けようよ。当然、みんなにもさ。其れなら、ゆうちんも絶対参加だよね」
「…もう。でも、此の前話していた旅行の話。『夏休み川遊び&宿題合宿』って事で、みんなに声掛けてみたら…」
「なら、いっそ。全員呼び出そうぜ。ラインで」
早速、いずながラインを入れる。そして、敬介達も続いた。
『メーデー、メーデー。緊急事態発生。大至急、部室に来られたし。 ―いずな』
『頼む。みんな。相談したい事があるんだ。申し訳ないが、部室に来てくれないか? ―敬介』
『正ちゃん。良かったら、歯医者終わったら部室に来てくれない? 相談したい事があるの。 ―祐子』
すぐに、高志とひろみがやってきた。
「如何したんだよ。緊急事態って、一体、何事だよ。折角、ひろみとデートしてたのに…」
ひろみが、顔を赤らめ乍ら、大仰に否定する。
「ふざけた事、謂わないでよ。前店で一緒にラーメン食べてただけでしょ。で、一体、如何したって謂うのよ?」
其処で、敬介が事情を掻い摘んで説明した。
「へー。面白そうじゃないの。此の前の旅行の話をした時、本当は、絶対行きたいなって、思ってたんだ。私、行くわよ。料理も、多少なら…。英語で謂う処の、ア・リトルのレベルなら…」
高志が尋ねる。
「ほー、意外だな。何が作れるんだ?」
「大した物じゃ無いわよ。…おにぎりとか、お茶漬けとか、納豆とか」
「そう謂うのは、ア・リトルとは、謂わ無えだろ、普通。唯のリトル、寧ろ、ネヴァーが、文法的には正解だ。ぐはあっ…」
ひろみの肘が高志の鳩尾にめり込んでいる。
「本当に失礼ね。あんたは如何するのよ?」
高志は、噎せて顔を顰め乍らも謂った。
「当然。行くに決まっているだろ。俺も、本当は此の前、旅行の話の時、絶対行きたいと思ってたんだ。此れなら、宿題問題も一挙に片付く。それで無くても、先刻、正太と川でも行きたいって、話していたんだ。んでもって。おい、敬介。温泉ってなあ、当然、混浴なんだろうな?」
「んな訳あるかあ!」
わいわいやっている所へ、汗を拭き拭き明彦と凛子がやってきた。続いて、右側の頬を腫らした正太郎も来た。
「如何したんだよ? 何か緊急事態だって? 折角、凛子とデートしてたのに…」
「ふざけた事、謂っていると、眼鏡、叩き割るわよ。一緒に本屋で買い物してただけじゃないの。夏休みの宿題の資料集めと参考書買いに。江尻台のT書店から、態々、戻って来たのよ。一体、如何したのよ? 緊急事態って何事?」
「うちの近所で、祐ちゃんちの隣じゃねーか。あいててて…親知らずを抜かれた。麻酔が切れてきて、死ぬ程痛い。祐ちゃん、相談したい事って? 何かあったのか?」
「正ちゃん。大丈夫?」
敬介がまた、事情を話した。明彦が即座に賛成した。
「成程な。良いじゃないか。俺も是非参加させてくれよ。尤も、料理の方は、芋の皮を剥く位しか、寄与出来無いと思うが…」
「ばかやろ。其れだけ出来れば貴重な戦力だ。ひろみや、いずなより、よっぽどな…。ぐほっ」
いずなとひろみの肘打ちが、左右から、同時に高志の鳩尾にめり込んでいる。
「面白そうね。私も行きたいわ。川遊びってした事ないし。温泉もあるんでしょ。最高じゃないの。此の前、赤灯台で旅行の話が出た時、わくわくしたの。料理も人並みには出来ると思うし。でも、宿題が心配ね。私、未だ何もやって無いもの。まあ、其の為の合宿か」
敬介がみんなを安心させようと、懸命に説得する。
「そんなの、みんな似たり寄ったりだ。因みに、俺も全くやってねえから、安心してくれ。おじさんも、部屋が空いてるから、勉強部屋として使ってくれって」
「そう。何だか全く安心出来無いんだけど…。まあ、良いか。私はオーケーよ」
「正太は?」
「愚問だな。俺が其の手の企画に、参加しない訳無いだろう? 俺も、勿論、参加だ。本当は、此の前の旅行の話、絶対に行きたいなと思ってたんだ。当然、祐ちゃんも参加するんだろ?」
祐子は笑顔を輝かせて、
「勿論!」
「あれー? ゆーちん。先刻は、何か、渋ってたじゃないの。正ちんが来ないと嫌、みたいな感じで」
「…もう。いずなちゃんの意地悪」
正太郎は顔を赤らめ乍ら、敬介に聞いた。
「ところで、敬介。場所は、興津川の何処ら辺なんだ?」
「興津川の上流。但沼交差点を左折して、暫く行った所。雨乞だよ」
「雨乞淵か、最高のロケーションじゃないか。将に川遊びの為の立地だな」
いずなが、瞳を煌めかせて尋ねる。気分はもう、雨乞淵の様だ。
「ねえ、正ちん。そんな、良い処なの? 其処」
「ああ。川遊びには最適だ。大きな岩があってな、其処から飛込みが出来るぞ」
「うほっ♪」
「さらに、近所にある清地淵はさらに難易度が高い。高さ10メートル位の道の上からダイブ出来る」
「わあ。其方も絶対行こうね。ねえ。ゆーちん、其処で草薙素子ごっこやろうね! あと、003ごっこも…」
「絶対にいや!」
敬介が嬉々として謂った。
「それじゃ。おじさんに電話するぞ。『やっぱやめた』は、無しだからな」
高志が、然も当然とばかりに応じる。
「ああ、心配すんな。おじさんによろしくな。それで、宿泊費は?」
「そんなの、留守番頼むのに、貰える訳ないだろう。おじさんも、当然、いらないって謂ってたぞ」
全員でわいわい謂い乍ら立てた計画はこんな感じだった。
『22日(1日目)
・ 9時に全員学校集合。(高志と敬介を除く)正太郎が近所の仕出し屋(花月)でおにぎりを準備(昼食用)。
・ 9時30分。興津駅前で高志と合流。
・ 10時。雨乞バス停で敬介出迎え。
・ 宿に到着。休憩後。敬介の従兄弟(良介と千穂)と全員で川遊び。
・ 昼食はおにぎり。他に弁当を持ってきてくれる人はよろしく。バーベキューは不可。(火を使う為)
・ 14時。宿に帰宅。ゴミはきれいに持ち帰る事。休憩。此の頃、コープさんが食材を届ける予定。
・ 17時。夕食準備開始。祐子と凛子だけに負荷を掛けないように全員で手伝う事! 献立はカレーライスと野菜サラダ。また、いとこ達はこの時間宿題。適宜1名が講師係。また、適宜2名が風呂係。内湯二箇所と露天風呂一箇所にお湯を張る事。
・ 18時夕食。残さず食べる事!
・ 19時花火。火の始末には十分注意すること。子供達が楽しめるように配慮する事。
・ 20時。入浴。(覗かない事!)露天風呂は21時までが女子。22時までが男子。
23日(2日目)
・ 6時に全員起床。女子は朝食準備。昼食用のおにぎりを作るため、ご飯は12合炊く事。その間、残りの者はラジオ体操に参加する事。
・ 7時朝食。献立は納豆と味噌汁、目玉焼き、ほうれん草のおひたし。昨日のカレーが残っていたら全部食べる事。
・ 8時。子供達の宿題。適宜2名が講師係。特に、絵日記は良く面倒見てやること! 残りの者は自分の宿題。
・ 10時。清地淵(いずなの強い要望)へ出発。自転車若しくは徒歩で。子供達の面倒をみる徒歩組は2名以上選出する事。
・ 昼食はおにぎり。
・ 15時。宿に戻る。ゴミはきれいに持ち帰る事。宿到着後休憩。此の頃、コープさんが食材を届ける予定。
・ 17時。夕食準備開始。献立はとんかつ、野菜サラダ。昨日同様、いとこ達は此の時間宿題。適宜2名が講師係。また、適宜2名が風呂係。内湯二箇所と露天風呂一箇所にお湯を張る事。
・ 18時夕食。残さず食べる事!
・ 19時。入浴。(覗かない事!)露天風呂は20時までが男子。21時までが女子。
24日(3日目)
・ 6時に全員起床。女子は朝食準備。昼食用のおにぎりを作るため、ご飯は12合炊く事。その間、残りの者はラジオ体操に参加する事。
・ 7時朝食。献立は納豆と味噌汁、目玉焼き、ほうれん草のおひたし。
・ 8時。子供達の宿題。適宜2名が講師係。特に、絵日記は良く面倒見てやること!
その他留意事項
・ ゲームを持ち込む場合は、全員が楽しめる様なものにする事。
・ アニメ等は子供が見ることを前提に。(エロは不可)
・ 天候等には臨機応変に行動すること。『川は危険な場所に成りうる』事を、常に意識する事。
・ 自分の宿題は自己責任でこなす事。
・ 体調不良の場合は、くれぐれも無理をしない事。
・ いつも、子供達の事を見守る事。(自分の弟や妹だという意識を持とう)良二おじさん達が帰って来る迄は、我々が保護者である。
・ 小さい子供達がいるから、怪談、猥談の類は禁止。
・ 高校生らしい良識を持った生活を送ろう!』
みんなから出た意見を、司会役の明彦が取りまとめ、みんなで精査し、凛子がノートパソコンで素早く打ち込んでいく。見事な行動計画表の完成だった。一同は、場所をいつもの茶店へ移動した。凛子はコンビニで印刷したものを全員に配った。高志が目を通し乍ら呟く。
「おお。何か物々しいな」
祐子が敬介に尋ねた。
「良介君たちのお世話を、何時迄すれば良いの?」
「一応、24日金曜日迄。土曜日には、おばさんが帰宅する予定だし、金曜日にはゆり姉が帰って来る」
「ゆり姉?」
「ああ、良介たちの姉ちゃんだ。今年から、東京の大学に行っている」
ひろみが敬介に尋ねる。
「初日の昼食のおにぎりは?」
「正太が近所の仕出し屋で頼むって」
正太郎が頷く。
「ああ、花月だよ。六助んとこ」
いずなが楽しそうに謂った。
「ああ。おいしいもんね。彼処」
高志が起床時間を見て、ふてる。
「カーッ。6時起床かよ」
「何、謂ってんのよ。祐子や凛子はもっと早いわよ」
「分かってるって。二人は今回のプランの眼目だもんな。俺達も協力するって…。然し、ラジオ体操かよ。小学校以来だ…な」
祐子がニコニコし乍ら答える。
「あら、私、去年迄、出ていたよ」
「まじかよ」
「だって、…正ちゃんも出ていたし…」
「おまえもかい」
「あれは、健康に良いんだよ」
「此処の最後にある、『高校生らしい良識を持った生活を送ろう!』ってのは?」
ひろみは、然も当然だとばかりに謂った。
「見てのとおりよ。あんた達はすごく良い奴らだけど、みんなに共通してるのは、ワルノリする事だけが玉に瑕なのよ。此処でバカやったら、敬介に迷惑が掛かる事を忘れないでね」
「わかった。わかった」
「それじゃあ。俺達は此処で」
明彦と凛子が帰っていった。高志、ひろみ、敬介、正太郎達が詳細を詰め始めた。
いずなは、祐子に謂った。
「本当に、わくわくするね。ゆーちん。心から早く明後日にならないかなって思うよ」
「いずなちゃん。飛び込みを楽しみにしていたものね」
「ううん。それだけじゃないの。今回の企画全部が楽しみなの。最初、ケースケに頼まれた時、頭に真っ先に浮かんだのが『みんなで』だったの」
いずなが、燥ぎ乍ら、祐子に謂う。
「それは、私も同じだよ。話を聞いた時、みんなで行きたいな、って思ったもの」
「本当は、いずな、遠足やキャンプや修学旅行って大嫌いだったの。休んだ事だってあるよ。班決めなんかでも、いつも、ババ抜きのジョーカーみたいな扱いだったし、陰口謂われたり、邪険に扱われたり、いじめられたり、無視されたり、いっそ、一人だけの班にしてもらった方が気が楽だったよ、馬鹿の振りをするしか無かったもの。本当に、碌な思い出が無いよ。だから、勉強だけは、此奴らに負けない。何が、あっても勉強だけは、って。ちょっと、性格が屈折しちゃったのかな…」
いずなが、ちょっと表情を曇らせ乍ら、しんみりと告白する。祐子も悲しそうな笑顔を浮かべ語りだす。
「私も似た様な物だよ。いつも、ブスとかデブとかどんくさいって、謂われていて…。何で、そんな酷い事謂うのかなって、悲しかったよ。昔、小学校の頃、男子達が、泳げない私をからかって、其の内、泣いている私の手足を掴んでプールに放り込んだの」
「そんな、酷い事を…」
「其の時、正ちゃんは首謀者の子に突っかかって行ったんだけど、反対にみんなに苛められて。そして、先生が私を助けてる時に、相手の子を殴って怪我させちゃったの」
「そんなの、当然だよ」
「でも、其の後、それが大問題になっちゃって。私、先生に、正ちゃんは私を守っただけだ。って、何度も訴えたのだけど。『守るのと仕返しは違う』って、取り合ってもらえなかった」
「ひどい…」
「それ以来かな、水が怖くなっちゃったのは。だけど、中学に入って、成績が全て順位で出る様に成ったのが、すごく嬉しかったな。『此の人達。何を謂っても、勉強じゃ私に敵わないんだ』って。此の辺は、多分、いずなちゃんと同じだと思う。其の代わり、ますます、周囲に壁が出来ちゃったけどね」
「同じだね」
「でも、最近思うの。先刻みたく、『みんなで行きたい』って、思える自分って、実は、凄く、幸せなんじゃないかなって。昔なら考えられないよ。だから、昔の自分を見て哀れむのじゃなく、前を向いて未来の自分を見た方が幸せなんじゃないか。って、そう思える様になったの」
「本当に其のとおりだね。『みんなと一緒に旅行に行きたい』なんて、半年前の私が見ても絶対信じ無いと思うな。私も前を見る様にするよ。ねえ、祐ちん。思いっきり楽しもうね。あと、水が怖くなくなると良いね。最初は足を浸すだけ、多分、それだけでも、とても気持ちが良いと思うよ」
「うん。ありがと。がんばってみるね」
相談がまとまり。解散する事になった。
8月22日、九夏三伏の候、当日は朝から、苛烈な暑さの中、働き者のセミ達がやかましい声を上げていた。正太郎と祐子は、花月の前にいた。正太郎は紺と水色のボーダー柄のシャツにグレーのハーフパンツにサンダルと謂う出で立ち。祐子は白のポロシャツにデニムのスカートにやはりサンダルと謂う出で立ちである。前日に正太郎から、『普段、乗りなれない距離、自転車に乗るから、出来る限りラフな格好の方ががいいよ』とアドバイスを受けていたのだ。六助の母親が正太郎達に挨拶をし乍ら、
「毎度、ありがとね。準備しておいたわよ。正ちゃん。お母さんによろしく。今日はお出かけかい?」
「はい。興津川に泳ぎに」
「あら、祐ちゃんも一緒かい?」
「はい。おばさん。先日は有難う御座いました」
「良いねえ。若い人たちは、えーと。鮭が10、たらこが10、おかかが10、梅が10、昆布が10、鳥飯が10。それじゃあ、気をつけてね」
「本当にすみません。おばさん。朝一番に」
「正ちゃんも祐子ちゃんも、たまには、家の六助にも勉強を教えてやって下さいね。あのバカときたら、赤点を5個も、6個も、取って来て…、本当にもう」
「六助君は?」
「今日も部活だよ」
「そうですか…、それじゃあ。行って来ます」
「ああ、気をつけて行ってらっしゃい」
二人とも後部荷台と前部篭に荷物を載せていた。正太郎は前篭におにぎりを無造作に載せると『さあ、行こう』と、こぎだした。
清水高校の講堂前にはいずな達が待っていた。
いずなは白のTシャツに青で大きな四分休符、水色のショートパンツにビーチサンダル。思い切り体を横に弓なりに伸ばし、手を懸命に振っている。
「ゆーちん!」
「いずなちゃん!」
ひろみは、ピンクのポロシャツにベージュのキュロットスカートにサンダル。祐子を見つけると、元気な声を掛けた。
「おっはよう!」
「オーッス」
凛子は白色の地にブルーでアディダスの文字のTシャツ。学校祭の時に明彦から巻き上げた奴である。下は紺のハーフパンツに黒のスニーカーパンプス。髪にはトレードマークの、大きな黄色のカチューシャをしている。
「じゃあ、行くか」
明彦はライトグリーンの開襟シャツに、白のスラックスにサンダルと謂ういでたちであった。
一向は出発した。炎天下のサイクリングである。ぎらつく太陽は容赦なく照りつけた。横砂の切り通しを越え、清見寺の脇を抜ける頃には全員汗だくだった。興津駅に到着したら、高志がスポーツ飲料を片手に手を振っていた。高志は白のTシャツに青のサッカーパンにビーサンといういでたちだった。後ろの荷台に荷物の他にビニール袋を括り付けている。
「暑いなあ。これは、まったくの川日和だな。ああ、此れか? お袋が持って行けって。甘夏だよ。重くてかなわねーよ」
一向は、すぐに出発した。国道52号に合流すると、緩慢な上り坂の連続になった。が、其の後は、暫く、下りが続いた。正太郎が祐子に声を掛けた。
「祐ちゃん。こんな遠出、初めてだろ? 大丈夫か?」
「うん」
「おーい。いずな。大丈夫か? 又、暫く登りだぞ」
「うぇー」
二つ目の登り坂を越えたら、川の蛇行に沿って大きく湾曲した道は、暫く、気持ちの良い下り坂だった。真夏の下り坂を疾走する自転車に吹き付ける向い風は、頗る心地良かった。そして、また、長い登り坂である。但沼の集落を横目に、果てし無く続くかと思われる登り坂を登りつめた所に、但沼交差点がある筈だった。正太郎は苦悶の表情を浮かべ乍らも、後ろを振り返った。全員、胸突き八丁の坂を相手に立ちこぎをしている。漸く、但沼交差点が見えた。正太郎はラストスパートを掛けた。先頭の正太郎が但沼の交差点にたどり着くと、其処で暫く、みんなが来るのを待った。
「ふう。結構きついわね」
ひろみが息を切らし乍ら、やって来た。
「おい、ひろみブラが透けているぞ」
高志が謂った。ただ、台詞はいつもの高志であったが、口調がまるで違ってた。何処か、こう、へろへろだった。ひろみの顔が着ているシャツよりピンクになった。
「あんたって人は、如何して、いつもいつも」
「ちょっと待ってくれ。…悪かった。…ただの冗談だ」
声が本気だった。ひろみが忽ち、素っ頓狂な声を上げた。
「あんた。そんなに荷物を持ってたの」
良く見ると、甘夏の袋を後部荷台に左右、ハンドルに左右、前部に左右。計40㎏はあろうかという量である。さらに背後にはシェルパよろしく大きなバックパックを背負っている。息がまだ苦しそうだ。
「ああ。此の重量半端ねえぜ。まったく、お袋のバカが…。大体、蜜柑農家に甘夏持って行って如何しようってんだよ」
漸く、みんな追いついてきた。暫く休んでから、また出発した。頓て、バス会社の車庫を過ぎ、川の蛇行に従った、うねうねとした道の果てに目的地である雨乞バス停に到着した。
「おーい」
バス停横のベンチに腰掛けていた敬介が、立ち上がると、手を振った。甚平姿である。良二おじさんの民宿は、バス停の横だった。家の前には、ぎらつく猛夏の日差しを受けたピンク色の艶やかな花をつけた潅木があり、祐子は興味深げに、正太郎に聞いた。
「わあっ、凄く綺麗なお花…。一体、何だろう? 正ちゃん分かる?」
「ああ、此れか? 芙蓉だよ」
「ムキ? 芙蓉って、蓮の花の事じゃなかったっけか?」
「そーだよ。だから、区別する為、木芙蓉とも呼ばれるよ。アオイの仲間だ。実に夏らしくて、鮮やかで綺麗だよね」
ひろみが感心し乍ら、謂った。
「ふーん。ところで、前から思ってたんだけど、正太って、植物や、天文の事、異様に詳しいよね」
高志が、大儀そうに横槍を入れた。
「まあ、なにしろ、学校祭のクイズ王だからなあ。でも、花の説明に託けて、身を乗り出した祐子ちゃんの胸でも触ろうと画策してんじゃねえの…」
「画策してねーよ」
正太郎がムッとし乍ら、否定する。
「ほら、バカ謂って無いで行くわよ。それにしても、随分と立派な民宿ねえ」
ひろみが感心したとおり、民宿とは謂うものの、立派な玄関は旅館其の物だった。敬介が説明する。
「民宿とは謂っても、叔父さんが趣味でやっている様な物だからな。本業は農家さ。叔父さん、来たよ」
ひろみが殊勝らしく挨拶した。
「すみません。お世話になります」
「こちらこそ、良介と千穂をお願いします。おい、良介。千穂。ご挨拶しなさい」
「平井良介です。和田島小5年です。サッカー部です。よろしく…お願いします」
くりくり坊主の良介君は、日焼けして真っ黒だ。
「千穂です。3年生…です」
千穂ちゃんは、あまり日に焼けていない。かなりの、人見知りのようだ。ひろみが、代表して、
「よろしくね。良介君。千穂ちゃん。勉強はお姉さん達が見るから、がんばろうね」
「うわー。やった」
「いや、流石、清水高校の生徒さん達だ。おい、敬介お前も、ちったあ見習えよ」
「叔父さん。俺だって彼処の生徒だぞ」
「皆さん。母屋の方も、何でも遠慮なく使ってください。3日間よろしくお願いします。あっ。戸締りと火の用心だけは頼みますよ」
「ところで、叔父さん。何時出発するの?」
「ああ。もう出るよ。お茶も出せんで申し訳ないが。それじゃ、川で泳ぐ前に、今着ている物を洗濯機に入れて、回しておけばいい。帰ってくる頃には、乾いているだろう。それじゃ。行って来るからね。くれぐれも、よろしくお願いします」
ひろみが殊勝らしく謂った。
「こちらこそ、お世話になります。気をつけて行って来てくださいね」
愈々、待ちに待った夏合宿の開幕である。胸高鳴る一同であった。
こんにちは。祐子です。今回、私達は、敬介君の親戚の民宿に夏合宿にやって来ました。全く、正ちゃんたら、朴念仁なんだから。えっ、何処がって? それは、次回のお楽しみです。本当に泣かされたんだから。次回、『第13話 夏雲の想い出』。是非、見てくださいね。




