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第11話 清水みなと祭りの夜

 8月3日、金曜日。()の日は清水区最大のイベントである『清水みなと祭り』の日だった。()の祭りは、旧清水市時代から続く、伝統的祭りであり、今でも、街を()げての最大の(もよお)しとなっている。生粋(きっすい)の清水っ子であるボストンティーパーティーの面々(メンバー)も、()の祭りは楽しみにしており、夏休みの()っただ中でもあることから、17時に清水駅前西口に全員集合と()う事になった。(しか)も、今回は可能な限り、浴衣(ゆかた)着用と()うラインが回って来た。何とも、ご苦労な次第(しだい)である。正太郎と祐子は、正太郎の家の前にある新幹線の高架下のバス停から、バスで清水駅に向かった。ひどく()(あつ)い夏の夕暮(ゆうぐれ)れ時だった。二人とも浴衣姿(ゆかたすがた)である。正太郎は青藍(せいらん)刺子縞(さしこじま)浴衣(ゆかた)黒縮緬(くろちりめん)兵児帯(へこおび)をしている。祐子は、瓶覗(かめのぞき)の地に白抜(しろぬ)きの川柄(かわがら)蝦色(えびいろ)縮緬(ちりめん)(おび)に、藍錆色(あいさびいろ)桔梗(ききょう)をあしらった(すず)しげな図柄(ずがら)である。祐子自身、やや()れ目(なが)らも、丸顔(まるがお)意外(いがい)と眼が大きく、美人と言う程では無いが、実に愛嬌(あいきょう)のある顔立(かおだ)ちである。ポテッとした肥満(ひまん)体型(たいけい)の祐子であったが、浴衣姿(ゆかたすがた)は、また、格別(かくべつ)である。一体(いったい)浴衣(ゆかた)は太めの方が似合(にあ)うと()われる。所謂(いわゆる)、ポチャ可愛(かわい)いと()(やつ)で、正太郎には、とても、(あい)らしく思えた。

「祐ちゃん。良く似合(にあ)っているよ」

 祐子は()じらい(なが)らも、とても(うれ)しそうだ。

「ううん。正ちゃんもすごい似合(にあ)ってる」

「いや、祐ちゃん、とても綺麗(きれい)だ」

「えへへ。でも、足許(あしもと)はサンダルにしちゃった。()の前みたくなっても困るしね。それに、正ちゃんには()浴衣(ゆかた)3回目だし」

 正太郎が、早速(さっそく)、指を()って数え始めた。

「えーっと。七夕(たなばた)の時、初Hの時、そして、今日か。あっ、本当(ほんとう)だ」

 祐子が顔を赤らめ(なが)ら、やんわりと(たしな)める。

「…あのね、正ちゃん。2回目は『灯篭(とうろう)流し』の時にしてくれる? 流石(さすが)に、()ずかしいよ…」

「あっ、ごめん」

「もう…」


 清水駅前にはいずなとひろみが待っていた。いずなはウェーブがかった黒髪(くろかみ)にコバルト色の小さな楕円(だえん)髪留(かみど)めをしている。いずなは釣り目(なが)らも、くりくりっと大きな(ひとみ)が特徴で、所謂(いわゆる)、美人の(そう)で有る。ひろみは自慢(じまん)栗色(くりいろ)(かみ)に、白いカモメの髪飾(かみかざ)りをしていた。ひろみ自身、()勝気(かちき)なキャラと文楽人形(ぶんらくにんぎょう)の様な凛々(りり)しい眉毛(まゆげ)のせいで見逃されがちであるが、(ひとみ)自体(じたい)は、やや、垂れ目なのである。二人とも浴衣姿(ゆかたすがた)である。いずなは濃青色(こあおいろ)の地に躑躅色(つつじいろ)と草色と白色で(あざ)やかな撫子(なでしこ)(がら)をあしらい、黄蘗色(きはだいろ)縮緬(ちりめん)兵児帯(へこおび)()めていた。ひろみは、新橋色(しんばしいろ)()に、紺瑠璃(こんるり)金青(きんあお)朝顔(アサガオ)があしらわれており、(あざ)やかな緋色(ひいろ)角帯かくおび()めていた。

「ゆうちん」

「いずなちゃん。ひろみちゃん。二人ともすごく綺麗(きれい)…」

「ムッキー、えへへ」

流石(さすが)に、ちょっと、()れるよね」

 祐子は、しみじみと思った。二人とも、鼻筋も通り目がパッチリした、所謂(いわゆる)、美人の(そう)なのである。矢張(やは)り、()()う時には、(すこぶ)()える。祐子は、二人がちょっとうらやましかった。続いて、来たのが敬介だった。白地(しろじ)(こん)井桁模様(いげたもよう)に、黒縮緬(くろちりめん)兵児帯(へこおび)()()()ちである。いつも(みんな)にからかわれる様に、(さなが)ら、田舎(いなか)の小学生の様である。敬介は、いずなに向かって、無邪気(むじゃき)に手を振り(なが)ら近づいて来ると、

「いずなちゃーん」

「ケースケ!」

「いずなちゃん。良く似合(にあ)ってる。可愛(かわい)いよ。お人形さんみたいだ」

 いずなは、ニコニコし(なが)ら、(たもと)に両手を(かく)し、独楽(コマ)の様にくるりと一回転をして答えた。仕草(しぐさ)が、幼女の様で、とても可愛(かわい)らしい。

「うふふ。ありがと。ケースケも良く似合(にあ)ってるよ。…えーっと、うーんと、田舎(いなか)の小学生みたい…」

「えーっ、ひどいよ、いずなちゃん。()れ、絶対(ぜったい)()めて無いだろ」

 呑気(のんき)団扇(うちわ)(あお)(なが)ら、駅の階段を降りて来たのが高志だった。下りの電車で来たらしい。高志も浴衣姿(ゆかたすがた)であったが、かなり、面妖(めんよう)(がら)だった。深緑(ふかみどり)()に、白抜(しろぬ)きで唐草模様(からくさもよう)図柄(ずがら)である。

「おーっす。おーっ、ひろみ、良く似合(にあ)っているじゃねーか。馬子(まご)にも衣装(いしょう)とは、(まさ)()の事だな」

「誰が馬子(まご)よ。失礼ね…。うっ、あんたの(がら)、何か(すご)いね」

「どーよ。ヘレニズム時代から我が家に伝わる、由緒(ゆいしょ)正しき模様(もよう)だ」

 敬介が(おどろ)く。

「マジか?」

 正太郎が横槍(よこやり)を入れる。

「いちいち、()に受けるな。ばかばかしい。何が、ヘレニズム時代だ。高志が喜ぶだけだぞ」

「いずな。知ってるよ。泥棒(どろぼう)さんの風呂敷(ふろしき)模様(もよう)と同じだよ。高志。泥棒(どろぼう)さんに(あやま)りなさいよ」

(やかま)しい!」

 高志は、そう()うと改めて、浴衣姿(ゆかたすがた)のひろみを、まじまじと見つめた。もともと、美人顔のひろみである。普段(ふだん)はお転婆(てんば)だが、()()格好(かっこう)をして、()ましていると、本当にお人形さんの様だ。

「しかし、本当(ほんとう)綺麗(きれい)だな。こんな、可愛(かわい)いとイタズラしたくなっちゃうな。どれ…」

 高志はそういうと、人差し指で、ひろみの浴衣(ゆかた)襟元(えりもと)(あわせ)を引っ掛けると、中をちらりと(のぞ)き見た。

「なっ」

「あっ」

「えっ」

 みんなが(おどろ)いた。が、(のぞ)いた高志が一番(おどろ)いた。下着を着けてない! って()うか、素通(すどお)しで先っぽまで見えてしまった。咄嗟(とっさ)に高志は身構(みがま)えた。当然(とうぜん)普段(ふだん)のひろみなら、こんな振る舞いを許しはしない。

『乙女に何て事すんのよ。()のとんちき』

 とか()って、ビンタか、正拳突(せいけんづ)きか、肘打(ひじう)ちが、場合によっては、(まわ)()りが…。あれっ。来ない。ひろみはと()うと、()()になって下を向いている。うっすらと目に涙を(うか)べている様子(ようす)だ。いずなが心配そうに、ひろみに()()った。

大丈夫(だいじょうぶ)? ひろみっち。あーっ。高志が、ひろみっちを泣かした。(なん)て事すんのよ。()泥棒(どろぼう)風呂敷(ふろしき)男」

 高志は何時(いつ)に無いひろみの反応に、狼狽(うろた)(なが)ら答えた。

「いや、だって。まさかブラ着けて無いとは。お前らも、()の前、着けるとか、(なん)とか()ってたから…」

「ムキーッ、何、()ってんのよ、ブラつけていれば、見て()いって話でも無いでしょうに。早く、ひろみっちと、泥棒(どろぼう)さんに(あやま)りなさいよ。()風呂敷(ふろしき)男」

「いや、あの…」

 ()の時、後ろから、ひろみの声が聞こえた。ものすごく低い声だ。

「…おっぱい見られた」

「いや、その、(おれ)、近眼だから、良く見えなくてさあ…」

「でも、先刻(さっき)()ってた。…ブラ着けて無いって」

「いや、ははは…」

「…ううう。見られた」

「いや、その、先っぽをちょっとだけ。本当(ほんとう)に、ちょっとだけ…。その、なんだ。夜、時々、思い出してもいいかな…?」

「いやーっ、忘れろー、バカー」

本当(ほんとう)に、…ごめん」

 ひろみは本当(ほんとう)に泣いていた。目には大粒(おおつぶ)の涙を浮かべている。

「…うう。もう、…お嫁に行けない。夜、(ひと)りで、ティッシュ片手に、(なん)か変な事するって、()ってるし…」

「わー、()ってねーだろ。そんな事。分かった。やめろ、()うな、()ずかしい。ごめん。(なん)でも(おご)るから、許して」

「…ストロベリーパフェ」

「分かった。ストロベリーパフェだな。(たの)むから泣くな」

「…ストロベリーパフェ×3個」

「3個だな。3個で()いんだな。本当(ほんとう)にごめん。お願いだから、もう泣かないで」

 敬介が、少々、(あき)(なが)(つぶや)いた。

(なん)かさあ。確か、前にもこんな展開(てんかい)あったよな」

 いずなが()ました顔で(つぶや)く。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇。二度目は喜劇として…」

 正太郎がニヤニヤし(なが)ら突っ込む。

「おお、流石(さすが)、いずなだ。今日の金言はカール・マルクスだな。まあ、高志の場合は、(はな)から喜劇だったけどな…」

(やかま)しい!」


 倉皇(そうこう)としているうちに、明彦と凛子がやってきた。二人とも、上りの電車で来たらしい。双方とも、浴衣姿(ゆかたすがた)だった。明彦は白地(しろじ)(こん)色で、(かま)車輪(しゃりん)やひらがなの『ぬ』の字を()()いている、所謂(いわゆる)、『かまわぬ』柄に黒の兵児帯(へこおび)をしている。凛子は深縹(ふかはなだ)の地に真珠色(しんじゅいろ)雌黄(しおう)百合(ゆり)があしらわれている。(おび)白縹(しろはなだ)半幅帯(はんはばおび)である。そして、髪にはトレードマークである大きなカチューシャをしている。今日の色は、(あざ)やかなライム色だった。

「おーっす。みんな」

「あっ。凛子っち。わー、凛子っちも綺麗(きれい)だね。スタイルが()いからうらやましいなあ」

「いずなも可愛(かわい)いよ。撫子(なでしこ)だね。いずなっぽさが出ているもん。ほら、(となり)で、田舎(いなか)の小学生の目が、ハート型になっているもの」

(やかま)しい」

 敬介がむっとして()った。()の後、高志が(とぼ)けた顔で、

「明彦んのは、相当に、変わった(がら)だな」

「あのなあ…。お前にだけは()われたくない。()の模様、押入(おしい)れの奥にある風呂敷(ふろしき)(がら)と同じじゃねーか。…()れにしても、(しか)し、女の子もみんな(はな)やかだな。いずなも、お人形さんみたいだぞ」

 明彦がニヤニヤし(なが)()った。

「ムキッ、本当(ほんとう)? わくわく♪」

「えーっと、あの、何つったけか? ほら、有名な…。(かみ)の毛が伸びる(ヤツ)

 高志が笑い(なが)ら答えた。

「あー。分かった。お菊人形だ」

 正太郎も笑い(なが)ら、後から続いた。

流石(さすが)()れは(ひど)いだろ。()れよりも、あれだろ『遠野物語(とおのものがたり)』にも出て来た、ほら、福を(もたら)すと()う、妖怪(ようかい)。『座敷(ざしき)わらし』」

 いずなが()()になって、本気で怒る。

「ムキーッ、凛子っち。眼鏡(めがね)風呂敷(ふろしき)男と正ちんに侮辱(ぶじょく)された!」

「ちょっとあんたたち、()加減(かげん)にしなさいよ。こんなに可愛(かわい)らしいのに…ねえ。よしよし」

 凛子がいずなの横で(なぐさ)める。

「いや、(おれ)()めたんだが…」

 と、多少(たしょう)困惑(こんわく)気味(ぎみ)の正太郎。感覚的に、若干(じゃっかん)感性(フィルター)が異なるものらしい。

「キーッ、全然(ぜんぜん)()めてない。正ちんのバカー」

「そうだよ、正ちゃん。女の子に座敷(ざしき)わらしはひどいよ。こんなに可愛(かわい)いのに」

「うん。(たし)かに可愛(かわい)い」

 敬介が、一人、(えつ)に入って(うなづ)いている。高志が一同(いちどう)(うなが)した。

「じゃあ、行くか」


 全員は、屋台(やたい)を冷やかし(なが)ら、新清水方面に向かった。高志は正太郎にニヤニヤし(なが)ら、()()った。

「おい、正太。もう、メールが来ても行くなよ」

「行かないよ。お前が()ったとおりだった。(ろく)な事にならない。それはそうと、あの時は世話(せわ)をかけた。それに、あの(あと)も。ちゃんとお礼とお()びをしてなかったから、本当(ほんとう)に済まなかった」

「気にするな。(おれ)も頭に血が上っちまって、悪かった。(しか)し、今更(いまさら)だけど、お前、祐子ちゃんの事、本当(ほんとう)に気づいてなかったのか? 祐子ちゃん、4月から全開(ぜんかい)で『大好きよ』オーラ発していたのに…。クラスの連中なんてみんな、お前ら付き合っていると認識(にんしき)してたぞ」

 正太郎は、()()に顔を()(なが)ら答えた。

「ああ、面目(めんもく)無い。でも、幼馴染(おさななじみ)なんて、そんなもんだろ」

「そうかなあ?」

 祐子がニコニコし(なが)ら、会話に参加して来た。

「何、話しているの? 正ちゃん。高志君」

「ああ、祐子ちゃんか。いや、正太が、祐子ちゃんの事、可愛(かわい)い、可愛(かわい)いって…」

「なっ」

「もう、高志君の意地悪(いじわる)

 祐子がポッと赤くなり(なが)()った後、高志が()った。

「それはそうと、先刻(さっき)、ひろみ、如何(どう)したんだろ。怒ったのかなあ?」

「あんな事されて、怒らねえ女、いるのかよ。大体(だいたい)、お前、学校祭の時も似た様な事やりやがって。あの時に、()りたんじゃ無かったのか?」

「いや、でも、なんか普段(ふだん)と違ってたぞ。今日は女の子かなあ?」

 祐子が赤くなり(なが)ら、聞いている。

「お前、そう()うバカ()ってると、ストロベリーパフェ×10個にされるぞ。まったく…。女心の分からない(やつ)だな」

「お前が、それを()うかあ?」


 暑さは夜になっても、一向(いっこう)(おとろ)える気配(けはい)は無かったが、時折(ときおり)、思い出した様に土用東風(どようごち)(わず)かばかりの(りょう)を運んで来る。いずなとひろみと敬介がヨーヨー釣に(きょう)じている。明彦と凛子は二人でカキ氷の屋台(やたい)の前で氷メロンをつつき(なが)ら、楽しそうに話をしている。正太郎が、高志に話し始めた。

(おれ)も祐子も、お前には借りがあるから()うけど、ひろみはお前の事、気があると思うぞ」

「おい、ば、ばば、バカな事()うな。何より、(おれ)は一番あいつに、(なぐ)られてんだぞ」

「そう、それ。それが、抑々(そもそも)なんだよな。祐ちゃん。如何(どう)思う?」

「うん。女の子同士で、(あま)りそう()う話、しないけど…。()()えず、彼氏はいないみたい。で、ひろみちゃんとは、直接そう()う話をした事無いから、本当(ほんとう)(ところ)は、(わか)ら無いんだけど…」

 其処(そこ)で、一旦(いったん)、言葉を切り、思案気(しあんげ)な顔を笑顔(えがお)に変えて()った。

「ばればれ、だよね」

「だろ。祐ちゃんもそう思うだろ」

「うん。鉄板(てっぱん)だと思うよ。大体(だいたい)、高志君は如何(どう)なの?」

如何(どう)って。(おれ)はそんな事、抑々(そもそも)考えた事も…」

「嘘つけ。って()うか、祐ちゃんも(とぼ)けるのは()せよ。(おれ)の見た限り、ひろみ以上に高志の方が鉄板(てっぱん)だぞ。大体(だいたい)、好きでも無い女の子の、胸元(むなもと)なんて(のぞ)くかよ。ばかばかしい」

「なっ、何だと…」

(おれ)の見たところ、(おれ)と祐ちゃん以外の6人は、敬介は直球小僧(ちょっきゅうこぞう)で、見たまんま。お菊人形は不思議(ふしぎ)ちゃんだが、()の実、変化球投手だ。無邪気(むじゃき)振舞(ふるま)っている様で、悟らせない。でもって、ひろみとお前が直球小僧(ちょっきゅうこぞう)(わか)易過(やすす)ぎ。あと、眼鏡(めがね)コンビだが、()れは、もう、言葉はいらんだろ。あいつら、抑々(そもそも)、告白したのかどうかすら、知らんけど、あれで、『私達、付き合ってません』って、()った(ところ)で、俺達(おれたち)納得(なっとく)しても、世間様(せけんさま)が、絶対納得(なっとく)しねーだろ」

 祐子がニコニコし(なが)(うなづ)く。

何時(いつ)も、一緒(いっしょ)に居るもんね」

「だから、早く、ひろみを楽にさせてやれよ。()(まま)だと、ひろみが可哀相(かわいそう)だ」

 三人で盛り上がっている(ところ)へ、いずなとひろみと敬介がやって来た。

「ゆうちん。ヨーヨーこんなに取ったよ。だから、ゆーちんにもあげる。あと、ケースケと正ちんにも」

 いずながヨーヨーを4個、(かか)えている。

「わー、すごいね。いずなちゃん、ありがと」

 敬介が横から口を(はさ)む。

「金は(おれ)が出したけどな」

「なっ。(わか)(やす)いだろ」

「…」

「何の話だ?」

 敬介が(いぶか)しげに(たず)ねた。其処(そこ)へ、ひろみがやって来て、不愛想(ぶあいそう)に、高志にヨーヨーを渡した。

「はい、あんたにもあげる。後から、ストロベリーパフェ(おご)ってもらうから…」

 高志はヨーヨーを受け取り、

「あ、ありがとう」

 と、お礼を()うと、(だま)って、ひろみの手を(にぎ)ると、スタスタ歩き始めた。

「ちょ、ちょっと、高志。手、…」

 ひろみが(あわ)てて()うと、高志が立ち止まった。

「…いや、折角(せっかく)のお祭りだし、…その、ひろみの浴衣姿(ゆかたすがた)が、ちょっと…可愛(かわい)かったもんで、その、手を(つな)ぎたくなって、…駄目(だめ)か?」

「…仕方(しかた)がないな。今日だけは許してあげる。ストロベリーパフェに免じて…」

 ひろみは顔を赤らめ(なが)ら、そう()うと、にっこり笑って、ちょっと首を(かし)げた。高志は、金春色(こんぱるいろ)()()()かれた、(あざ)やかな紺瑠璃(こんるり)金青(きんあお)の、朝顔(アサガオ)浴衣姿(ゆかたすがた)()れ目の少女をまじまじと見つめた。栗色(くりいろ)の毛が(まぶ)しかった。高志が、初めて、ひろみを女性として意識(いしき)した瞬間(しゅんかん)だったのかもしれない。祐子と正太郎は、(やさ)しい表情で顔を見合わせた。

(わか)易過(やすす)ぎ、だよね」

本当(ほんとう)だね」


 祐子は、心から良かったと思った。先日の騒動(そうどう)の時、高志が自分に告った事を、ひろみに申し訳なく思っていたのだ。祐子は、高志のあれは、正太郎の背中を押す(ため)の行動だったと信じていたが、ひろみは、そうは思わなかったかもしれない。江尻(えじり)踏切(ふみきり)(まで)、来た(ところ)で、明彦が全員に声を掛けた。

(さて)と、18時だが()れから如何(どう)する? 茶店にでも行くか?」

 葉月(はづき)初旬(しょじゅん)の18時である。周囲(しゅうい)はまだまだ明るく、何処(どこ)までも続く、線路の先の巴川(ともえがわ)鉄橋の向うには、瑰麗(かいれい)(まで)に雀色の大夕焼けが何処(どこ)までも広がっている。明彦の問い掛けに応じて祐子が提案した。

「赤灯台は?」

 高志が答えた。

「いいけど、俺達(おれたち)みんな、今日はチャリ無しだぜ。(しか)も、下駄(げた)(ヤツ)もいる。片道30分は掛かるけど…」

()いよ。行こうよ。散歩がてらに…。いずなも夜の赤灯台行って見たい」

「そうか? (おれ)、割と夜も行くんだけどな。正太や明彦たちと」

 ひろみが高志に突っ込みを入れる。

「何よ、あんた達だけでずるいわね。私達も()れて行きなさいよ」

 凛子も同意(どうい)する。

本当(ほんとう)よねえ。私達だって、彼処(あそこ)、気に入っているんだから」

(わか)った。じゃあ。行こうぜ」

 一行(いっこう)喧騒(けんそう)繁華街(はんかがい)から、赤灯台への、夜は人通りが無い道を歩いた。先頭を、高志とひろみが手を(つな)いで歩いている。高志がひろみに()った。

「あの。先刻(さっき)は、ごめんな」

「もう、いいわよ。ストロベリーパフェ(おご)ってもらうし、それに、今度やったら、はったおすか、責任取らせるから…」

「はったおされた方が、気が楽だったんだが…」

「もう、浴衣(ゆかた)の時くらい、女の子させてよ。私だって、女の子したい時はあるんだから」

 と()って、ひろみは、ぷいっと横を向いてしまった。()仕草(しぐさ)も、中々に女の子らしくて、可愛(かわい)らしい。()のやり取りを見ていた、天性(てんせい)観察者(かんさつしゃ)である凛子が、眉間(みけん)(しわ)を寄せて、祐子に耳打(みみう)ちした。

「何だか、急速(きゅうそく)進展(しんてん)したわね。前の二人。昨日(きのう)まで、どつき漫才(まんざい)やっていたのに」

「高志君。ひろみちゃんの浴衣姿(ゆかたすがた)恋心(こいごころ)刺激(しげき)されちゃったらしいよ。でも、あの二人、ばればれだったもんね」

本当(ほんとう)此方(こっち)が、ヤキモキする位、お約束のパターンだったもんね。学校祭の時も」

 いずなが横合いから口を(はさ)む。

「そうそう、いずなも見ていて、(なん)で告らないのか不思議(ふしぎ)だったよ」

「ねえねえ。(なん)の話?」

 敬介が割り込んできた。

「小学生には、関係の無いお話」

「えーっ。ひどいよ。いずなちゃん」

 凛子がニヤニヤし(なが)()った。

「いずな、あんたも、()の小学生、何とかしてあげなさいね。あんまりほっとくと、流石(さすが)に、可哀相(かわいそう)よ」

 いずなが少しはにかんで、ふくれる。

「ぶーッ。凛子っち。意地悪(いじわる)

「…?」

 敬介が一人、怪訝(けげん)そうな顔をしている。


 薄暮(はくぼ)の赤灯台に来た事は、何度かあったが、これから、夜に()けてというのは、女子にとって初めての事だった。突堤に上ると、(わず)かばかりの風が潮の香りを運んできて、暗緑色の水面も非常に穏やかだった。薄暮(はくぼ)の残り()の様な明るさも、(やが)ては、闃然(げきぜん)とした夜の闇に消えていくのを待つだけであろう。

「あー。此処(ここ)へ来ると落ち着くわね」

 凛子が、慣れない浴衣(ゆかた)で肩が()ったのであろうか。大きく伸びをし(なが)()った。

本当(ほんとう)ね。私、夜来たのは初めて。でも、夕涼(ゆうすず)みに丁度(ちょうど)いいじゃない。あーあ、夏休みももう、一週間かあ。あっという間だね。折角(せっかく)面白(おもしろ)いメンバーが(そろ)ったんだから、何処(どこ)か旅行にでも、行きたいな」

 ひろみがしんみりと()った。

「でもなあ、コンクールが終わるまでは、動きが取れないだろ。行くとすれば、お(ぼん)の次の週か、最終週(さいしゅうしゅう)だが、お(ぼん)の次週の混み具合も殺人的だし、最終週(さいしゅうしゅう)は宿題の追い込みで、()(どころ)じゃ無いだろうし…」

 高志が静かに()えば、いずなも()まら無さそうに続いた。

「いずなも、()のメンバーだったら、旅行に行きたいのになあ」

 明彦が溜息(ためいき)をついた。

「とは()ってもなあ。現実問題、今から、予約するのも骨だろうし、最後の週に、日帰りでって、(ところ)だろうな。()れも、全員が日程合わせて、尚且(なおか)つ、宿題の目処(めど)()る程度つけてって条件が入るんだが…」

「でも、また。チャンスがあるだろう。(おれ)のおじさん、両河内(りょうごうち)で温泉民宿やっているんだが、今度、聞いておくよ」

 と、敬介。すかさず、正太郎が聞いた。

「マジか? (おれ)彼方(あっち)の方、良く山歩きで行くんだ。今度、場所教えてくれよ。利用するかもしれない」

「おっ。いいぜ。(たし)か、一泊二食で5千円位だったぜ。今度、メールで詳細(しょうさい)教えるよ」

「正ちゃん。行く時は、私も連れてってね。竜爪山(りゅうそうざん)の時見たく、迷惑掛けないから…」

 祐子がニコニコし(なが)()った。

「うん。いいよ。祐子ちゃんさえ良ければ、一緒(いっしょ)に行こうよ」

 二人のやりとりを聞いた凛子が、鋭い突込(つっこ)みを入れた。

「祐子。今、さらっと、すごい事、()ったよね。一緒(いっしょ)にお泊まりしたいって」

 いずなも思わず目を(みは)る。

「うん。いずなも聞いた。正ちんに処女(しょじょ)あげちゃいます発言だった」

 さらにひろみが追い討ちをかける。

(しか)も、正太の奴、やけに、ナチュラルに応じたわよね。(あや)しいなあ」

 正太郎は狼狽(うろた)えた。(やま)しい(ところ)があるだけに、狼狽(うろた)え振りは、一入(ひとしお)では無かった。祐子も隣で()()になっている。

「ば、ば、バカな事()うんじゃねー。いずな。山歩きするだけだろ。大体(だいたい)、なんで、友達の親戚(しんせき)の宿で、そんな事しなきゃ、なんねーんだ」

 凛子が()まして()った。

「あら、()狼狽(うろた)()り、ますます(あや)しいわね。でも、()(あた)りのラブホよりは、余程(よほど)(おもむき)があっていいじゃない。山鳥(やまどり)の声を聞き(なが)ら、破瓜(はか)の痛みに()えつつも、愛する人と一つ布団(ふとん)で迎える夜明け。文学的だわ。詩情(しじょう)(かも)しだされているわよね。家に帰った後、親に殺されそうだけど」

「妙に生々しい表現だな。おい」

 ()かさず、突っ込みをいれる明彦である。()の凛子の生々しい台詞(せりふ)を、()(あた)りのラブホに行ったばかりの正太郎と祐子が()()な顔で聞いている。高志もニヤニヤし(なが)ら参戦して来た。

「『三千世界の(からす)を殺し、(ぬし)と朝寝がしてみたい』てか、いいなあ。正の字、流石(さすが)似非風流人(えせふうりゅうじん)だな」

(やかま)しい!」

 正太郎が()える。祐子は殊更(ことさら)に小さくなっている。正太郎はオーバーキル状態であった。が、孤立無援(こりつむえん)(ところ)に、思わぬ援軍が現れた。明彦と敬介である。

「あの、凛子さん。一つ布団(ふとん)になる時は、是非(ぜひ)()の私めを、ご指名くださりますよう…」

「なっ」

「いずなちゃん。一つ布団(ふとん)になる時は、僕、一生懸命(いっしょうけんめい)、がんばるからね」

「ムキーッ。(なん)て事、()うのよ。ケースケのエッチ。知らない」

 果然(かぜん)、話が()れていった。祐子が正太郎の耳元で、小声で(ささ)やいた。

「…助かったね。正ちゃん」

「…ああ。()(かく)、バカが多くて助かった」

 ひろみが指を折り(なが)ら、高志に聞いた。

「ねえ、先刻(さっき)川柳(せんりゅう)、いや、七、七、七、五だから、都都逸(どどいつ)か? 誰の作だっけか? 何か聞いた事あるんだけど…」

「高杉晋作とか、桂小五郎とか()われてるけど、諸説紛々(しょせつふんぷん)さ。一般的には高杉晋作の作と()う事になっている」

 敬介が無邪気(むじゃき)に聞いた。

「なあ、都都逸(どどいつ)って何だ」

 いずなが優しく答えた。

先刻(さっき)。ひろみっちが()ったとおりだよ。多くは七、七、七、五の定型詩で内容は…」

 高志が後を引き取った。

「たとえば、()()うのがある。『浜の(あわび)は何見て育つ、(いそ)のナマコを見て育つ』」

「…」

 敬介には判らない。思わず、いずなに聞いた。

「ねえ、いずなちゃん。如何(どう)()う意味?」

 いずなは(ほの)かに顔を赤らめ(なが)ら、咄嗟(とっさ)に、幼女(ようじょ)の様な素振(そぶり)で、(とぼ)ける。

「いずな、小さいから、良く分からない。多分(たぶん)、ゆーちんの方が(くわ)しいと思う…」

 突然の振りに、多少(たしょう)狼狽(ろうばい)気味(ぎみ)の祐子。

「なっ、何、いずなちゃん」

 (まった)く、お(かまい)い無しに続ける高志。

「まだ、あるぜ。『山の木通(あけび)は何見て開く、下の松茸(まつたけ)見て開く』」

「…」

「今度のは、何となく(わか)った。(おれ)、家が山の方だから、木通(あけび)松茸(まつたけ)も取った事あるし…」

「…」

 敬介はそう()(なが)ら、視線(しせん)何気無(なにげな)く、いずなの幼女体型(ようじょたいけい)浴衣姿(ゆかたすがた)腰廻(こしまわ)りに落とした。いずなは()()になり(なが)ら、

「ウキーッ。ケースケ。何処(どこ)見てるの。エッチ。ひろみっち、もう、破廉恥(ハレンチ)風呂敷(ふろしき)男を()めて」

「まだ、あるぜ…。ぎゃふふん」

 久しぶりに、ひろみの肘打(ひじう)ちが炸裂(さくれつ)した。凛子が()めた面持(おもも)ちで、じろりと睥睨(へいげい)する。

「…(あき)れた。2(せつ)とも、(まった)く同じコンセプトじゃないの」

 すると、敬介が無邪気(むじゃき)納得(なっとく)した様子(ようす)で、(うなづ)いた。

「つまり、季語(きご)の変わりに性器を表す言葉を入れた定型詩って事だよね」

 凛子が高志を(たしな)める。

「ほら見なさいよ。小学生が誤解した。()の子、試験でまた書くわよ。いずな。ちゃんと教えてあげなさいよ」

「えーっ」

 いずなが激しくふてる。ひろみも溜息(ためいき)混じりに()った。

(しか)し、良く、そんな下品なものばかり、次々と出てくるわね。私が知っているのは『丸い卵も切りよで四角。物も()いよで角が立つ』かな」

 いずなも続いた。

「あっ。()の前のいずなだ。いずなが知っているのは、『恋に()がれて鳴く(せみ)よりも、鳴かぬ(ほたる)が身を()がす』だよ。ねっ、ケースケ。変な言葉入ってないでしょ」

本当(ほんとう)だ。あれだね。よく、『笑点』でやっている奴だね」

「そう。それ。主に男女の色恋(いろこい)を題材にしたから、情歌とも()われているけど、諧謔(かいぎゃく)風刺(ふうし)が入るから、『笑点』でもやるよね。風呂敷(ふろしき)男が披露(ひろう)したのは、秀逸(しゅういつ)だとは思うけど、『笑点』では、大概(たいがい)、お座布団(ざぶとん)を全部持っていかれるパターンの作」

「ありがとう。いずなちゃん。良くわかったよ」

如何(どう)いたしまして。先刻(さっき)。ヨーヨー釣、(おご)ってもらったから。お礼」

 祐子が耳元でまた(ささ)やいた。

「これで、完全に話が()れたね。正ちゃん」

「ああ、(まさ)危機一髪(ききいっぱつ)だった」

 ひろみが残念そうに、(つぶや)いた。

「あーあ。()れにしても、ちょっとがっかり。()のメンバーなら旅行しても楽しそうだったのにな…」

 高志が優しく肩に手を掛け()った。

「また、機会があるよ。まだ、高校一年なんだぜ。俺達(おれたち)。」

「そうだね。…あっ。あれ、見て」

 ひろみが、今では漆黒(しっこく)の闇に包まれた、暗い(はず)の海面を指差した。暗い海面は、ところどころ、蛍光塗料(けいこうとりょう)をまいたように青緑(あおみどり)に、浅緑(あさみどり)に、そして、常盤色(ときわいろ)に光っていた。光の大群は湾の外から流れ込んでくる様だった。

「わあ。きれい」

「すごいな」

「海が光っている…」

「うわあ、夜光虫だね。でも、此処(ここ)で見たの初めてだ」

本当(ほんとう)に、綺麗(きれい)

 祐子が思わず、正太郎の手を握り締めた。光はどんどん強くなっていく。気がつけば、湾内一面、キラキラと瞬く浅緑(あさみどり)色に染まっていた。何時(いつ)までも見ていたい美しさだった。みんな、()の幻想的な光景を、(たたず)んで見入っていた。時々吹く潮風の香りがなんとも言えず美味(おい)しい。みんな、蛍光色(けいこうしょく)に輝く海を見(なが)ら、他愛(たあい)も無い話に(きょう)じていた。

 (やが)て、明彦が時計を見(なが)()った。

(さて)と、20時30分だ。そろそろ、帰るか?」

「そうね。駅まで30分は掛かるし」

 みんな、突堤から下りて、駅に向かって歩きだした。高志が顔を赤らめ(なが)ら、ひろみの手をとって、()()った。

「…あの、また、手を(つな)いでも、…駄目(だめ)かな」

「もう、しょうがないわね。…でも、高志が(つな)ぎたいなら…。まあ、いいか」

「あの、…ありがと」

如何(どう)いたしまして」

「そうだ、まだ、ストロベリーパフェ×3が残ってた…」

「いいわよ、貸しにしておく。あっ。でも、今日、エスコートしてくれたから、ストロベリーパフェ×2はチャラにしてあげる」

本当(ほんとう)に、今日は女の子だな」

「だって、男の子と手を(つな)いで歩いたの…初めてだから…。たまには、いいでしょ。あっそうだ、学校祭の時、クイズで手を(つな)いで走ったっけ…。あと、帰りも…」

「あー、忘れてやがる」

「何よー」

 そのすぐ後ろで眉間(みけん)(しわ)を寄せた凛子が、小声で祐子と正太郎に()った。

「ねえ、本当(ほんとう)に、何で、あそこで告らないの? バカなの? 風呂敷(ふろしき)男」

「さあ? でもいいんじゃないの」

 一方、最後尾を歩いている敬介は隣を歩いているいずなに()った。

「あのね、いずなちゃん。おてて(つな)いでもいい?」

 いずなは、ちょっと、支度気無(しどけな)い表情をした後、優しく()った。

「いいよ」

「ありがとう」

 敬介は隣を歩いている、撫子(なでしこ)のような少女の横顔を見つめた。学校祭に続いて、また、一緒(いっしょ)に手を(つな)いで歩けるなんて、夢の様だった。いずなが、敬介の視線(しせん)に気がついた。

如何(どう)したの?」

「いや、その。いずなちゃん、浴衣姿(ゆかたすがた)可愛(かわい)いなって…」

「もう、()ずかしい事()うと、おてて(つな)いであげないよ」

 と、()(なが)らも、いずなの澄んだ瞳は、とても(うれ)しそうだった。敬介は、濃青色(こあおいろ)の落ち着いた海にも似た青色の地に、躍る撫子(なでしこ)柄の浴衣姿(ゆかたすがた)の少女、そして()の少女の横顔を(なが)(なが)()った。

「うわ、ごめんね」

「えへへ。でも、ありがとね」

 駅までの道程(みちのり)を、潮の香りをはらんだ夜風に洗われて、駅までもっと遠ければいいのに、と思い(なが)ら歩いた、いずなと敬介だった。高校一年の夏。(しば)しの、真夏の夜の(りょう)とともに、それぞれの思いが(ふく)らんだ、みなと祭りの夜の出来事(できごと)であった。


 (さて)、コンクールも終わり、ブラスの行事もひと段落である。夏休み中も、もう練習日はない。登校日も、あと来週に一日あるだけである。(よう)するに、いつもの、メンバーでつるむ大義名分(たいぎめいぶん)を失った訳である。こんな時こそ、(たま)りにたまった、夏休みの宿題でもすれば()(わけ)なのだが、彼らにしてみれば、今からが夏休み本番である。(したが)って、これからが、自由気儘(じゆうきまま)な夏休みであり、()くして、宿題は等閑(なおざり)にされて行くのである。こんな時こそ、日々(ひび)精進(しょうじん)が物を言う訳であるが、夏休み中、毎日宿題をする様な、生徒は、滅多(めった)にいない。如何(いか)に清水高校の生徒とは()え、そうそう、殊勝(しゅしょう)心掛(こころが)けの者は、祐子といずな位であり、あとは、押並(おしな)べて普通の高校生である。高志が部室で伸びをし(なが)ら、

「あーあ。やる事が無えなあ。明日から何をするかな」

 ひろみが、(あき)(なが)()った。

「宿題に決まってるでしょ。休み明けに、いきなりテストがあるのよ」

「でもなあ。折角(せっかく)の夏休みだぜ」

 敬介がニコニコし(なが)()った。

カラ箱(カラオケボックス)如何(どう)だ?」

「うーん。()の前、12時間耐久(たいきゅう)カラオケやったしなあ」

 正太郎が困った様に(つぶや)く。其処(そこ)で、明彦が提案した。

麻雀(マージャン)如何(どう)だ? 出来(でき)るんだろ?」

 女性陣も含め全員が出来(でき)た。(もっと)も、祐子とひろみは、ルールが分かる程度であるが、他は多少(たしょう)なりともやり込んでおり、それなりに、腕に自信があるらしい。高志が食いついた。

「へえ。面白(おもしろ)そうだな。(おれ)()いぜ。でも、場所は如何(どう)するんだ? ()いだしっぺの、明彦の家か?」

「ば、ば、ばかやろう。無理に決まってるだろ。『バカやってないで、サッサと宿題しなさい』って、叩き出されるぞ。お前の所は如何(どう)なんだ?」

「右に同じだ。無理に決まってるだろ。正太郎は?」

(おれ)の部屋3畳だぞ。一人でも窮屈(きゅうくつ)なのに、全員入る(わけ)無いだろ。それに、塩素ガス事件以来、マークされてんだよ。特に交友関係は。今度はシアン化水素でも、発生させるんじゃないかって」

「死んじまうだろうが…。いずなの所は如何(どう)だ?」

「いずなも、シアン化水素はやだよ。それに、いきなり、男友達が4人も来て、麻雀(マージャン)なんか始めたら、ママ、卒倒(そっとう)しちゃうよ。今度こそ、けも耳とけも尻尾、没収(ぼっしゅう)された上に、クラブ()めさせられちゃうよ。ケースケの所は?」

 敬介が困惑(こんわく)気味(ぎみ)弁解(べんかい)する。

(おれ)の処は、20畳位の部屋があって、出来(でき)るんだけど、中学の時にダチが集まって麻雀(マージャン)やってたら、お袋がかんかんに怒って、『今度やったら、勘当(かんどう)だ』って、通告されてんだよ。()の上、今度はシアン化水素、何つったら…」

「祐子ちゃんの所は?」

「私もシアン化水素はちょっと…」

 高志が(あき)(なが)()った。

「お前ら()加減(かげん)、青酸ガスから離れろよ、そうじゃなくて麻雀(マージャン)の話だろ」

 ()の時、正太郎が()い出した。

「そうだ。()い事がある。ネットでやればいいんだ」

「ネット?」

 ひろみが聞き返した。

「ああ。ポンゲームの麻雀(マージャン)4の交流広場で、自由に対戦できる」

「お金は?」

「基本無料を標榜(ひょうぼう)しているけど、2千円位入れておいた方がいいな。場代を取られるし。ゲーム内で麻雀(マージャン)マネーという仮想マネーを賭けて勝負するんだが、最初、麻雀(マージャン)マネーが1000円分補充(ほじゅう)される。でも、一回ラス引いたら終わりだもんな。リアルの千円で麻雀(マージャン)マネーが11000円分だ。まあ、場代だと思って、二千円位補充(ほじゅう)しておけば、一晩中遊べる。交流広場で、(あらかじ)めルールを設定しておいて、パスワードを決めておけば、知らない人は入ってこれない。みんな、ネット環境(かんきょう)のパソコンはあるだろ?」

 全員が(うなづ)く。()いだしっぺの、明彦が食いついた。

面白(おもしろ)そうだな。(おれ)はいいぜ」

 高志も乗った。

面白(おもしろ)え。ルールは如何(どう)する」

 正太郎がさらに続けた。

「ありありの五、十。割れ目なし、焼き鳥、赤5あり、5ピンは赤2枚。チップは赤牌、一発、裏ドラ。で、如何(どう)だ」

面白(おもしろ)そうね。私はいいわよ」

 凛子も乗り気だ。正太郎が説明を続ける。

「通常は観客に手牌(てはい)は見せないが、みんなで楽しむためには、見せなきゃ面白(おもしろ)く無いだろ。その代り、通しはご法度(はっと)だ。ルールはこんなところで如何(どう)だ?」

 祐子が(たず)ねた。

「プレーヤー以外も入室出来(でき)るの?」

「ああ。パスワードさえ知っていればな。パスワードは『shimizu』にしておく。準備ができたら、ラインで部屋番号を知らせるよ。全員やるなら、2卓出来(でき)る。時間は如何(どう)する? 夕飯後、20時スタートにするか」

「ムキー。わくわくしてきた。()の前、侮辱(ぶじょく)した眼鏡(めがね)風呂敷(ふろしき)男を、丸裸にしてやるんだから…」

 高志がニヤニヤし(なが)()った。

「お前こそ、丸裸になる覚悟で来いよ。いずな。ひん()いてやるぜ。ちっぱいだけどな」

「ムキーッ。また、侮辱(ぶじょく)した。見ていなさいよ。風呂敷(ふろしき)男」

 (さて)()の日、正太郎は夕飯後、早速(さっそく)準備に取り掛かった。途中祐子から電話が掛かってきて、ログイン方法を教えた後、空室だった125号室にパスワードを設定し、ラインを送り、みんなの入室を待った。真っ先に現れたのは明彦だった。

「あれ、()だみんな来て無いな?」

 ()の次に現れたのは、いずなと祐子だった。祐子は()()えず見ていると()う。

「ムッキー。来たよー。あれ、風呂敷(ふろしき)男は?」

()だ。来て無いよ」

「おーし。おまたせ」

「あっ風呂敷(ふろしき)男」

「よーし、早速(さっそく)、やろうぜ」

 初戦は、正太郎、高志、明彦、いずなの組み合わせとなった。起家は高志、南家はいずな、西家は正太郎、北家は明彦の並びである。初巡は全員字牌を切っていった。静かな立ち上がりである。そこへ、ひろみと凛子が入室した。凛子がチャット機能を使って(つぶや)いた。

「あれ、もう始まっているみたいよ」

本当(ほんとう)だ。みんな。こんばんは」

「うす」

「よろー」

 正太郎が答えた。

「ごめん。先に始めてた。おまえら、2、3抜けでいいな?」

「ロン。ピンフドラ1。2000点。赤5索1枚だから、チップ1枚」

 チャットに夢中になっている正太郎が不用意に捨てた3索で明彦が上がった。

「あー。ひでえ。人が説明している時に、あがりやがって…」

油断大敵(ゆだんたいてき)だよ。正ちん」

 高志がぼやく。

「くっそー。親流された」

 祐子が(たず)ねた。

「ねえ。チップって、何?」

「チップは懸賞だよ。赤牌、裏ドラ、一発につき一枚。自模(ツモ)れば、一枚づつ。一枚2千点相当」

「へー。面白(おもしろ)いね」

「役満は5枚だったかな。まあ、滅多(めった)出来無(できな)いからね」

 二局目は立ち上がりこそ、(おだ)やかだったものの、5巡目にいずながリーチを掛け、一発目に自模(ツモ)ってきた。

立直(リーチ)、一発、自模(ツモ)、タンヤオ、ドラ3、バンバン。ありゃ、一本足りない。6千通し(オール)。チップ4枚オール」

「親ッパネかあ」

 明彦がぼやく。いずな、連荘(レンチャン)で一本場。この局も荒れ模様(もよう)であった。8巡目に高志がドラの7索を(かん)をした。その直後、親のいずながまた、リーチをかけた。正太郎と明彦は現物で一発を回避、高志は一発目で8(そう)を引いてきた。

「くっそー、(かん)しなきゃあ良かった。勝負」

「ローン。立直(リーチ)、一発、七対、ドラ4、バンバン。チップ3枚。親倍(おやばい)ニーヨンマルZ。念能力発動、『ハコワレ』」

「うわあ、容赦(ようしゃ)無えなあ」

「まじかよ。(おれ)、焼き鳥だよ。あれっ。高志は?」

 高志は所持金不足で強制退出させられて、いなくなってしまった。

「ムッキー。あいつ、金無しで雀荘(じゃんそう)来てたの? 本当に信じられない」

「さあ、交代だ。如何(どう)する?」

 敬介がやって来た。ひろみと祐子が尻込みした。

「私、当分見ているよ。これなら見ていても、面白(おもしろ)いから」

「私も」

 正太郎も続いた。

(おれ)も、見物に回る。敬介も来たし、祐ちゃんとひろみに解説役と、あと、記録係に回るよ」

 と()う訳で、2戦目は、明彦、凛子、いずな、敬介で始まった。祐子が聞いた。

先刻(さっき)の勝負、何で、彼処(あそこ)で終了なの?」

「高志が飛んだからさ。通称、『ハコワレ』とか『ぶっ飛び』とか言われている。配給原点の25000点がなくなったときに、ゲーム終了さ」

「何か、ナックルの念能力みたい」

「あれは()れから、とったんだろ」

「へーそうなんだ。罰則(ペナルティー)は? 念能力が使えなくなるとか…?」

「念能力って、何だよ。…まったく。()の設定ではないよ。(ただ)し、先刻(さっき)のゲームでは、俺と高志が『焼き鳥』だった。ほら、画面の各アバターのところに、焼き鳥の絵があるだろう。その、一戦で一回でもあがると消える。終了した時点で、あれが残っている人がいたら、つまり、終了まで一回も上がれない人がいたら、その人たち全てで、計30000点放流さ。だから、俺と高志で15000点づつ。高志の巻き添えで、結構大きな出費だ」

 2戦目は、敬介と凛子があがって、淡々(たんたん)と進んでいく。其処(そこ)へ、能天気一代男、高志が再び入室してきた。

「おまたせー」

 ひろみがすかさず、チャットを入れる。

「あんた、何してるのよ。いずな。カンカンに怒ってたわよ。『所持金不足で全額回収できません』とか、メッセージが出たって」

「いやー。まさか、飛ぶとは思わなかったもんで…。でも、もう大丈夫、コンビニで三千円分補充(ほじゅう)して来た」

「ムッキー。来たな風呂敷(ふろしき)男。お金も持たないで雀荘(じゃんそう)に来るなんて」

「おいおい。いいのか、いずな。よそ見していて」

「ウッキー。大丈夫。立直(リーチ)だから」

 凛子から声が掛かった。

「ロン。ピンフ、ドラドラ、ザンク。チップ一枚」

「うきゃー。凛子っちに振っちゃった」

 その後、明彦といずなが上がり、焼き鳥はいなくなった。形勢は凛子がトップ、2000点差でいずな、3位に敬介、4位に明彦と続いた。オーラスに凛子がゴミ(千点)自模(ツモ)って終了となった。高志が()った。

「おまえら、次、入るか?」

「いや、(おれ)はいい。祐ちゃんの()うとおり、見ていても、結構(けっこう)面白(おもしろ)い」

「私もパス。高志やんなよ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて、(おれ)が入りまーす」

「ムッキー。風呂敷(ふろしき)男と入替りかあ。いずな。2位だから、抜けるね」

 3戦目が始まった。いずなは抜け番の為、観戦に回った。

「ゆうちん。ひろみっち。打たないの? 結構(けっこう)面白(おもしろ)いよ」

「うん。見ているだけでも、面白(おもしろ)いよ。でも、いずなちゃん、上手(じょうず)だね」

「そんな事無いよ。でも、うまいって()えば、凛子っち。本当(ほんとう)にうまいと思うよ。何より、振り込まないもの。先刻(さっき)の半荘、凛子っち、一回も振り込んでいないよ。それでいて、間隙(かんげき)を縫ってあがってくるもん。今、凛子っちの後ろで、打ち筋見ているんだけど、本当(ほんとう)上手(じょうず)だと思うよ。だけど、変だなあ。打ち筋、先刻(さっき)とかなり変えている感じがする。…多分(たぶん)、回数やれば、やるほど、凛子っちがプラスになると思う」

 ひろみが感心した。

「へー。そうなの」

「うん。麻雀(マージャン)って、コントラクトブリッジや、バックギャモン(なん)かと同じで、運が介在(かいざい)するゲームだけれども、回数やればやるほど、上級者にはかなわないよ」

「へー」

 祐子が感心した様に()った後、(さら)に続けた。

「ところで、先刻(さっき)、正ちゃん、明彦君に振り込んだ3(ソー)。2(ピン)の方が通りそうだったよ。(なん)でかなって思ったんだけど…」

「良く覚えているなあ、祐ちゃん。(おれ)、自分の手なのに、全然(ぜんぜん)覚えていないぜ」

 いずなが割り込んだ。

「あの時、2(ピン)があったなら、2(ピン)だね。3(ピン)が4枚出きりで、4枚目の2(ピン)だったから…。当たりようがないよ」

「いずなも、良く覚えているなあ。感心するよ」

「えへへ。いずな、記憶力はちょっと自信があるんだ。多分(たぶん)、今日の全対局の、全員の捨牌(すてはい)と、自分の自模(ツモ)捨牌(すてはい)は、()えると思うよ」

本当(ほんとう)かよ」

 正太郎は感心した。(たし)かに、学校祭クイズ大会決勝でのいずなは、普段(ふだん)のいずなでは無かった。ウィキペディアが頭の中にあるような、そんな印象であった。そう()えば、正太郎は、いずなについての(うわさ)を、清水中学卒業のクラスメートから、聞いた事があった。『いずなは、中学校時代、全教科の教科書を丸暗記していた』と()う物だった。正太郎も(うわさ)を聞いた時は、まるっきり本気にしなかったのだが、()()う事を()の当たりにすると、(あなが)ち、(うわさ)(うそ)では無いかもしれないと思った。(しか)し、自分の捨牌(すてはい)だけならいざ知らず、全員の捨牌(すてはい)()れも、全対局ともなれば、(いささ)か、度が過ぎるのではないか。()れは、もう、記憶力とかで片付けられる問題ではない。記憶力というよりも、『サヴァン』とか、特殊能力に類するものであろう。(たし)かに、正太郎は、いずなの天才性については、感じた事が、間々(まま)、あった。子供の様な無邪気(むじゃき)な振る舞いで、巧妙(こうみょう)に隠してはいるが、知識の正確さに()いては、他の追随(ついずい)を許さなかった。彼女は警句(アフォリズム)を割りと好んだが、()引用(いんよう)(すこぶ)る正確であった。いずなが古典を引用(いんよう)する時は、極めて正確に引用(いんよう)していたし、また、相手を揶揄(やゆ)する様な時には、原典の中に巧妙(こうみょう)に毒を忍ばせ、相手の無知(むち)嘲笑(あざわら)うかの(ごと)き態度を、取る事さえあった。流石(さすが)に、いつものメンバーに対しては、決してやることが無かったが、正太郎は、そう()うシーンを目撃した事がある。相手に分からなければ、悪意(あくい)は伝わらない。いずなの、孤独(こどく)に満ちていた、小、中学校時代からの、彼女の世渡(よわた)りの悲しい知恵だったのだろう。(よう)するに、相手の知的レベルを正確に()(はか)り、()の知的レベルの限界の一歩外側で、相手を小馬鹿にするのである。実は、()の記憶力に関するいずなの発言、ある特定の人物に向けられた、メッセージの性質を(おび)びたものであった。だからこそ、いずなは、オープン回線とも()うべきチャットで、発信したのである。()の記憶力に関する特殊能力が、後に大きな騒動(そうどう)の引き金となるのであるが、今は(つまび)らかにしない。(のち)の段に(ゆず)る事として、閑話休題(かんわきゅうだい)


 3戦目は高志が1位、凛子が2位、敬介が僅差(きんさ)で3位、明彦が4位であった。凛子に入替(いれかわ)り、いずなが入った。

「さあ、風呂敷(ふろしき)男。軽く()んでやるわよ」

「ふふふ。()台詞(せりふ)()のまま返すぜ。(もっと)も、いずな、ちっぱいだから、()もうにも、()めないけどな」

「ムッカーッ。また侮辱(ぶじょく)した。もう許さない。風呂敷(ふろしき)男、覚悟なさい」

「ちょっと、高志。()加減(かげん)にしなさいよ」

 ひろみがすかさず、チャットを入れる。

「ハハハ。此奴(こいつ)()いや。何、()っても、肘打(ひじう)ちも正拳突(せいけんづ)きも来ねえ」

「ロン。中、ドラ3。116は切り上げ満貫(マンガン)か?」

 敬介が、高志が不用意に捨てた4万で上がった。

「悪いな、高志。いずな。(かたき)はとったぜ」

「あーっ」

 高志の悲鳴が聞こえる様だ。祐子は抜けてきた凛子に、個人的ラインで声を掛けた。

「おつかれ。凛子ちゃん。如何(どう)だった? ネット麻雀(マージャン)

「いやー。面白(おもしろ)いわ、()れ。()れなら、4人いなくても、フリーで打てるし、私、病み付きになりそう。正太の奴、とんでもない物、教えてくれたわね」

「凛子ちゃん。麻雀(マージャン)好きだったんだ」

「うん。家は、父親が大好きだもんで、小さい頃から、良く、家族麻雀(マージャン)やってたもの。中学の時は、よく父に連れられて、雀荘(じゃんそう)に行ってたわよ」

「なんか、すごいね。凛子ちゃんのお父さん」

「そう? 普通のおじさんだよ。そうだ、後から、早速(さっそく)、親父にも教えてあげよ」

「凛子ちゃんから見て、みんなは如何(どう)だったの?」

「みんな、其処(そこ)其処(そこ)、やりこんでいるよ。うまいのは、眼鏡(めがね)かな。…あと、うまいとは思うんだけど、…いずなかな」

 祐子が(たず)ねた。

「いずなちゃんは、…違うの?」

「ううん。すごくうまいよ。でも、もっと、異質な感じ。あの子、記憶力が尋常(じんじょう)じゃないのよね。学校祭の時にも思ったんだけど…。ほら、よく、将棋や囲碁の有段者が、道具を使わずに、頭の中で対局するじゃない。あんな、感じなの。だから、終盤の見切りが、途轍(とてつ)も無く早い。恐らく、終盤では、みんなの手牌。かなりの高確率で丸裸にされているわよ。先刻(さっき)、あの子、抜け番だったから、私、手を間違いなく観察されていると思って、打ち筋をかなり変えたつもりだったけど」

「そう()えば、いずなちゃん。そんな事()ってた…」

「あちゃあ。やっぱり、見抜かれてたかあ。ちょっと、姑息(こそく)かなあ、とは、思ったけど…」

「でも、すごいね。凛子ちゃんも、いずなちゃんも」

「そんな事無いよ。私の場合は、下手の横好きだから。(さて)と、形勢(けいせい)如何(どう)かな?」

 凛子はそう(つぶや)くと、チャットの方へ移っていった。決着は高志が飛んですぐについた。1位が敬介、2位が明彦、3位がいずな、4位が高志だった。2抜けで明彦が抜けた。

「いずな相手かあ。気合入れていかないとやばいわね」

 凛子はそう()(なが)ら入っていった。祐子は抜けた明彦に声を掛けた。

「お疲れ様。如何(どう)だった?」

「いや、面白(おもしろ)いよ。それにみんな、出来(でき)るんだな。麻雀(マージャン)自体、冗談(じょうだん)心算(つもり)だったんだが…」

「ねえ、明彦君からみて、誰が上手(じょうず)?」

「そりゃ、凛子だろ。あと、いずなかな。凛子の奴、振り込まないからなあ。いずなも終盤には、まず、振り込まない。人の手が見えてる様だ。まさか、お前ら(とお)しているんじゃないだろうな」

「そんなこと、してないわよ」

「だよなあ。まあ何にしても、うまいよ。あの二人は。でもこれで、あいつらが打てる事分かった。今度から面子(メンツ)が足りない時、誘おう」


突如として、敬介の手が止まった。上家である高志のリーチに考えているのである。捨牌(すてはい)は一見して、タンピン風のオーソドックスな捨牌(すてはい)である。1巡前に6(ソー)を切ってのリーチである。(しば)し、考えている敬介に凛子がチャットで忠告した。

「やめときなよ。敬介。()れ、多分(たぶん)、アウトよ」

「何だよ、凛子。(おれ)の手が、わ、わかるのか?」

「まーね。()れ、3(ソー)でしょ。大本命よ」

「ムッキー、いずなも同感だよ」

「でも、6(ソー)を切ってのリーチだぜ。其処(そこ)まで明白(あからさま)な事するかなあ?」

「するでしょ。此奴(こいつ)なら」

「はっはっは、(ねら)わないよ、そんな()ち」

「ムッキー、何処(どこ)かで聞いた事のある台詞(せりふ)

(しか)し、敬介も勝負手である。敬介の捨牌(すてはい)からすると、明らかに索子(ソーズ)の一色傾向である。そろそろ、余り(はい)が出ても不思議では無い。

「勝負!」

「ローン! 立直(リーチ)、一発、タンヤオ、三色、ドラ3。ニーヨンマルだな」

「き、きたねえ」

「ムッキー。だから、()ったでしょ。ケースケ」

「くっそー。飛んだじゃねーか」

「まあまあ、敬介。茶でも飲んで落ち着きたまえ。はい、めとろん茶」

(やかま)しい!」


 ()の日は、0時過ぎに祐子とひろみが退散、()の後、2、3抜けで続けるも、3時過ぎに夜が弱い正太郎が退散。(しか)し、()の後、2抜けで、7時間以上続け、解散したのは翌日の午前11時だったという。結局(けっきょく)、凛子といずなとお店が圧勝し、他はみな、持ち出し。特に、高志は充当(じゅうとう)した3千円分全て吹っ飛ばしたと()う事だった。

こんにちは。敬介だぜ。次回は、ひょんな事から俺の親戚の民宿で夏合宿をすることになった、興津川夏合宿編第一弾だ。此の先6回に渉ってやるから、全部見てくれよな。取り敢えず、次回、『第12話 興津川へ行こう!』だ。絶対、見てくれよな。

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