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孤独とぬくもり

 心臓を交換すると、契約ができるんだって。

誰かから聞いたその言葉に少女は飛びついた。何もわからない頃だった。物心もついていなかった。自然物にはすべて霊的な力が宿っていて、心臓を交換すると契約ができる。どんなものと契約して、どんな力をもらいたい? 自分の何を差し出したら、契約してもらえるかなあ。僕はね、鳥と契約したいな。空を飛んでみたいんだ。じゃあ、私は――。


 狭い物置部屋の隙間で、少女は静かにため息をついた。今年十歳になる彼女は、周りの大人たちに豊かな物品を与えられ、与えられ、与えられたものがこの部屋にうずたかく積まれているのだった。窓は高価な布や飾りが劣化しないようにふさがれている。扉を閉めて、今のように明かりまでも落としていると、ほとんど何も見えない。きらきらした明かりの下できらきらしたものを見慣れた少女の目にはなおさらだった。ものが積み上げられた暗がりの隙間で膝を抱えていると、大人たちにもらったそれらすべてが少女と周囲を切り離そうとしているような気がして、寂しいと同時に、どこか安心できた。

 少女は幼いながらに、自分が恵まれていることを自覚していた。それは周りの大人たちに嫌というほど言われているからということもあったが、自分の契約相手が見て来る景色を知っているせいでもあった。

 もう一度ため息をつくと、背中から声がした。

「鬱陶しい、ちびのくせに」

 唸るような声は獣のもの、しかし契約を交わした少女にはそれが人間の言葉として理解できた。

「どうしたの?」

 体をひねって振り返る。部屋が暗いから、そうしたところで背中を預けていた相手を見ることはできないのだが、それでも顔を向ける。相手にはこんな暗がりでも少女が見えるらしい。ついでに、相手と話すときには顔を向けろとしつこく教えるのも彼なのだった。

「何度ため息を聞かせれば気が済むんだ。ちびはただ遊んでいればいいんだ。それをお前と来たらこんな面白くもない部屋でいつまでもいつまでも……」

「うん、ごめんね。だから遊んできていいよ、って言ったのに」

 少女の契約相手は、元来自由な気質だ。霊的な存在である以前に、獣としての本性が束縛を好まない。少女としても、彼が見て来る世界の広さが好きだったから、出かけるのを止めたことはなかった。今日だって、少女が引き留めたわけではない。

「何度言えば分かるんだ。俺は虎だぞ。遊びに行くんじゃない。分かったか、ちび」

「うん、わかった」

 少女は頷くと、また前を向いて膝を抱えた。虎は時々こうして少女に寄り添ってくれる。本当はいつでも寄り添っているのだが、出かけるのをやめてまで一緒にいるときは、どんなに聞いてもその理由を言わなかった。しつこく聞いた時にはこうも言っていた。人間の父親はこうするのが普通なんだろう、と。

 少女の父親は町でも有名な商人で、堂々としているし、明るく活発な顔も怖いくらいに落ち着いている顔も知っている。しかし、虎とは全く似ていなかった。そのせいで少女は虎を兄のように思っているが、虎としては父親役を買って出ているつもりらしい。どこから仕入れたのかも分からない「人間の父親らしさ」をまね続けていた。口うるさいのも、滅入っている時ばかり一緒にいてくれるのもそのせいなのだろうと思う。

 でも、と少女は再びため息をついた。少女は体が弱かった。医者にもあまり外に出るなと言われているし、両親はそれで少女を屋敷から出さないことばかりに張り切っている。虎は少女の言葉も聞かず一緒にいてくれるが、少女は虎の見る世界を見せてもらうのが好きだった。心臓を交換したのは強さがほしかったからだが、今は強さよりも自由さがうらやましい。虎が少女と一緒に引きこもっていると、寂しさが募った。家中は誰も少女の望みを聞かなかった。

それに、心臓を交換して虎の強さを手に入れても、体の弱さがどうにかなるわけではなかった。虎の力は、かえって少女を孤独にした。家中の誰もが、少女を大切にするために豊かな物品を贈った。言葉を交わしてくれる人はいなくなった。

「大きくなったら、一緒に家出しようか」

 少女が言うと、背中で虎が笑った。

「悪くない。ちびがでかくなる日が本当に来るものか、楽しみだ」

「約束だよ。忘れないでね」

 いつか来るかもしれないその日を想像すると、腹の底になんとなくぬくもりを感じた。動くのが億劫でも、頑張れそうな気がした。

 少女は暗がりの中で膝を抱えたまま、背中にある虎の息遣いに集中した。実際には虎の力を使うことはほとんどなかったが、自分にはその強さがある、と思うだけで、耐えることができる。虎がいてくれるから、心臓を交換した相手がいるのだから、ひとりではない。


今年度のラジオ連載になります。

宜しくお願いします。

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