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アリミジーナは魔王集会の帰りに、一人の男を拾った。
男嫌いで有名な彼女がそんな気まぐれを起こしたのは、紛れもなく魔王集会の所為だった。
「最近の勇者はなっとらんな」
ミニマムサイズにしてもなお20メートルはある竜王が、つまらなさそうに言った。
本人にしたら囁いた程度の声量なのだろうが、元人間のアリミジーナからすれば滝の轟きと変わらない。
「雑魚魔王を討伐すれば『勇者』呼ばわりなど、勇者の名前も安くなったものよな」
ムキムキの上半身をさらした人馬が、逞しいを通り越してゴツすぎる腕を組んでそう言った。
いくら下半身が馬だろうと、上半身が裸というのはどんな美形だろうと許しがたい。
「#*¥*#*##♪」
派手な色合いの球体が何かを言った。
アリミジーナにはさっぱりだったが、古くからの魔王達はうんうん頷いていた。
50年に一度の魔王集会。
古参の魔王にとっては、50年などそう大した時間ではないのだろう。
だが、元人間であったアリミジーナは今回で初めての参加だった。
彼らが言った『雑魚魔王』に、まさしく相当する魔王だったのだ。
アリミジーナの飛行魔法でもちょっとギリギリである、世界最高峰の頂上にある黒い神殿のような建造物。
古参魔王の一柱である球体が居を構える場所だった。
当然、空気も薄い。
身体強化スキルを最大限に働かせて参加したアリミジーナだったが、参加するだけでもヤバかった。
「さて、そろそろ勇者共の淘汰を行う時期に入った。
そこで……初参加のアリミジーナちゃん、一撃で勇者を倒せる急所を知らぬか」
会場に列席する、12柱の魔王。
自身を除く11柱分の視線――中には目がないモノもいたが――を浴びて、アリミジーナは失神しそうになった。
……まさしく、魔王の末端。
雑魚魔王。
「――え、えぇと、ですわね……勇者が男であれば、一撃必殺の急所は存在しますわね……」
のし掛かる威圧を今すぐにでも霧散させるべく、アリミジーナはあることないことを並び立てたのだった。
凄まじい魔力や威圧の飛び交う魔王集会がようやく終わり、アリミジーナは非常にやさぐれた気分になっていた。
人間と比べれば比較にならないほどに強いアリミジーナだが、何人もいる魔王達の中では雑魚としか呼ばれないちっぽけな存在だった。
サミットからの帰り道で、血まみれになって行き倒れた男を見かけた時、アリミジーナの心を誘ったのは、強者としての尊厳を取り戻すことだったのだ。
「まぁ、ちっぽけな人間の男がこんな場所で何をしているのかしら」
第一印象は重要である。
アリミジーナは妖艶で余裕たっぷりの美女として、潰れた蛙のような男に話しかけた。
気まぐれのように、癒やしの魔法をかけてやった。
癒やした所で、アリミジーナを攻撃してくるようならひねり潰せるほどの自信もあった。
そしてその自信は、魔王達にぺしゃんこにされた自尊心を快くくすぐってくれたのだ。
「――ぅ……おれ、は……。あ、なた、は……?」
瀕死の重傷を癒やされたものの、さすがに体力は戻っていないらしい男は、ゆっくりと体を起こしてアリミジーナを見上げ、そうして目を見張った。
アリミジーナの美貌に驚いたらしい。
アリミジーナの自尊心はさらにくすぐられて膨れあがった。
「私は魔王アリミジーナ。
ずいぶん汚らしい格好ね」
アリミジーナの嘲笑も気に止めず、男は呆然とした顔つきで
「めがみ……」
と呟いた。
大丈夫かこいつ、と思ったものの、アリミジーナは魔王としては破格なほど忍耐力があった。
一般的な人間と比べると、その導火線は明らかに短かったが。
「女神じゃないわよ。
偉大なる処女魔王、アリミジーナ様とお呼びなさいな」
実は処女ではないのだが、アリミジーナの初めてかつ唯一の体験は死に至らしめる拷問の一環だったので、ノーカウントにしているのだった。
「ま、魔王様!
俺を、貴女の下僕にしてください!」
世界最高峰を誇る雪で覆われた山頂を仰ぎ見られる場所で、土下座する男。
ちょっと意味の分からない光景であった。
「……私、弱い男に用はないの」
男嫌いのアリミジーナにとってはぶっちゃけ、強い男にも用はなかったのだが。
そう言い捨ててその場を飛び去ろうとしたアリミジーナ。
「っ、強く! 強くなりますっ!」
土下座のまま瞬間移動するような早さで、アリミジーナの黒いドレスに縋りつきそうなほどに急接近する男。
「……まぁ、無駄な努力だと思うけれどね」
影の中から骸骨戦士(女)を呼び出して、男を抱えて飛ぶように命じた。
……この気まぐれを後悔する日は、魔王たる彼女にとってはわりとすぐにやって来ることになるのだった。
アリミジーナの城は、最北にある。
氷の浮かぶ海を渡ってようやくたどり着く島にあった。
なぜそんな辺鄙な場所に住むかというと……魔王にしては弱かったからだ。
豊饒の大地を領土としていたなら、とっくの昔に勇者達の誰かに討伐されていただろうから、交通の便が非常に悪いこの凍土を領地にしていたのだった。
「俺を下僕にしてください!」
今日も今日とて、下僕志願のこの男、ベレクはアリミジーナに懇願していた。
「弱い男に興味はないって言ったでしょう!?
雪狼の群れを一日で討伐してから寝言は言いなさい!」
奇妙な人間の心を折るため、ギリギリ死ぬかどうかの課題を与えて男を遠ざける戦法に出始めるアリミジーナだった。
そうでもしないと大嫌いな『男』につきまとわれて精神衛生上良くないことを、ようやく悟ったのだった。
「――ジーナ様!
討伐してきました!」
「はやっ!?」
討伐の証拠である群れのリーダーの首を誇らしそうに掲げるベレク。
ポタポタと血が滴っている、ものすごい新鮮そうな生首だった。
「――美味しそうぅ……」
アリミジーナの最強の部下である、吸血鬼のリザベルが陶然と呟いた。
「本当に雑食ね、あなた……」
長年の部下の悪食にちょっと怯みながらも、どうにか男に対する動揺を押し殺した。
「ま、まぁ人間にしてはよくやったわね、人間にしては」
雪狼は単体ではBクラスの魔物だが、群れになるとAクラスの強さを誇る。
魔王であるアリミジーナにとっては簡単に退けられる相手だったが――手段を問わなければだが――、アリミジーナの配下であるリザベル達がたったの一時間で倒せるかというとちょっと微妙だった。
リザベルに関しては特に、日中なら外にも出られないので倒す以前の問題だったが。
「下僕にしてもらえますか!?」
黒曜石の瞳をキラキラと輝かせて下僕志願する男に、若干どころかけっこう気圧されていたアリミジーナだったが、頑張って粘った。
「そんなに弱くて下僕にできるわけないでしょう!?
……そうね、南海の竜から鱗を獲ってきたら考えてあげてもいいわよ」
南海の竜は、竜族の中では中堅といった実力である。
竜王には遠く及ばないが、アリミジーナ自身が闘っても、勝敗は五分五分といったところだろう。
そんな相手を倒すとまではいかずとも、鱗を奪うなど……まず無理だろう。
そもそも、南海に行って帰って来るまでに一年以上はかかると思われた。
「はい、行って参ります!」
ウルフリーダーの頭部をポイッと投げ捨てて、意気揚々と魔王の間を出て行くベレクに、アリミジーナはホッとため息をついたのだった。
初めは、こんなに強い男になるとは思わなかったのだ。
下僕にしろとうるさいから、氷原をうろつくスライムを10体倒してこいと命じたら、死にかけたのだ。
スライムが強いというより、-30度の気温にやられたらしかった。
あちこちに凍傷をこしらえて丸一日かけてスライムを倒し、親指を立てたままぱったりと倒れ伏した姿には、哀愁が漂っていた。
が、それから一ヶ月も経たないうちに、
「ジーナ様のくださる試練のおかげで、低温耐性のスキルを獲得しました!」
と嬉々として報告してきたのだ。
それからは、ベレクにとってスノースライムは雑魚と化した。
生き生きとスライム無双し始めたのだ。
「ジーナ様ぁ、人間ってそんなに簡単にぃ、低温耐性スキルって獲得できましたぁ?」
首をひねるリザベル。
正直、アリミジーナは元人間としても魔王としても魔物としてもボッチだったので、詳しいスキル獲得の特徴については知らないことの方が遥かに多い。
だが、
「……まぁ、私も持ってるし、ここで生活してるから自然に獲得したんじゃないの?」
魔王として、低温どころか高温を含む温度変化耐性スキルを持ち、さらには状態異常無効スキルを持ち合わせているアリミジーナは適当に返事をした。
そんな、半年も前のことをアリミジーナは懐かしく思い出していた。
あの頃は、まだベレクも可愛げがあった。
雪狼一頭の討伐を命じて、片腕を食いちぎられて帰ってきたのは良い思い出だった。
人間の血の匂いにリザベルは正気を失いかけるし、体の欠損まで癒やす最上級の癒やし魔法を使ったアリミジーナは魔力切れで倒れそうになるし、ベレクは片腕食わせて倒してやりましたと親指を立てるし、まさしくカオスだった。
……詳細に思い出すと良い思い出だったわけでもない気がしてきたので、アリミジーナはそっと記憶の蓋を閉じた。
とにかく、初めはまだアリミジーナの指先一つで命を奪えるような、か弱い存在に過ぎなかったのだ。
それなのに、雪狼と一対一で無双できるようになった頃から、べレクの成長速度が半端なく跳ね上がっていったのだ。
「なんか魔法剣スキル獲得できたんですよ!
さすがはジーナ様!」
さすがなのはベレクだと思うのだが、とにかくそんな風にスキルをばんばん獲得していったのだ。
「……ねぇ、スキルってそんなに簡単に獲得できるものなの……?」
ようやく異常に気づいたアリミジーナを、リザベルは若干呆れた目で見つめた。
「えぇ~、だからこの前言ったじゃないですかぁ」
「うるさいわよ、この巨乳吸血鬼!」
八つ当たりしながらも、どんどん強くなっていく下僕志願者に、アリミジーナは徐々に危機感を募らせていたのだった。
危機感の原因が、魔王位簒奪かはたまた貞操の危機なのかは置いておいて、ともかく危機感に駆られたアリミジーナはベレクの心を折るべく、ギリギリ死なない程度の討伐を命じるようになった。
……が、ぶっちゃけその相対的な難易度は、これまでのものと大差なかったため、スキル覚醒ピークを迎えたらしいベレクは喜んでその試練をこなしていった。
心が折れるどころか、生き生きしていのだった。
翻訳。
球体「雑魚でもアリミジーナちゃんみたいに可愛かったらいいんだけどね~♪」




