九十四部
「運転席の彼は、毎回一緒にいるように思いますが山本君が信頼している部下ということでよかったですか?」
車に乗り込むと桂が聞いた。山本は首をかしげて
「さぁ、どうでしょうね。」
「警部、そこは嘘でも本人がいるんだから認めてくださいよ。」
上田は言ってみたものの、山本の監視役だった過去のある自分を信頼しているのかには自信がなかったので、語尾にいくほど声が小さくなってしまった。
桂は、山本と上田の関係性を何となく理解したのか少し笑ってから、
「少なくとも険悪な関係でないのはわかりましたよ。」
「どうして、そんなことを聞いたんですか?」
山本が聞くと、桂は目を閉じて少し何かを考えてから
「山本君は……………影山秀二という人物についてどう思いますか?」
「先生がその名前を知っていたことに驚いてますよ。」
「そうですか。
私に影山秀二の情報を教えた人間は二人います。
一人は岩倉、もう一人は石田君です。」
「石田がですか?」
山本が驚いて聞き返すと、桂は山本の反応に対しては答えずに
「岩倉は、攘夷軍の活動内容について筋書を書いているのが影山だと言っていました。
私には詳しくは教えてくれませんでしたが、今までのすべての裏に影山がいるということでした。
謎の多い人物ですが確たる人脈を用いて政財界に働きかけることができたようです。
その人脈の先に黒木君もいたのかもしれません。
ですが、すべての悪事は影山が起こしていたことらしいです。」
「そういう証言をして、黒木を守ろうとしているのではないですか?」
「もしも……………………そのつもりなら、証言を多くの人に聞いてもらった方がいいじゃないですか。
残してきた二人には少なからず、何か思うところがあったんじゃないかと思いました。
だから、車に乗ってすぐに運転席の彼が信頼できるのかを聞いたんです。」
「先生の言葉を信じるための証拠はありますか?」
「岩倉の言葉には証拠はありません。
私が私に何を教えても、それは自作した証拠であって客観性を持たすことができないからです。
ただ、影山秀二はできるだけ早く探した方がいいと思います。
彼の命に関わることですし、おそらく今まで捕まった人達は影山の関与を認めないでしょう。
それがなぜなのかは私にはわかりませんが、少なくともすべての元凶が生きている間に捕まえないと真実は永遠に闇に消えてしまうと思います。」
「なぜ……………影山の命が危ないと思うんですか?」
「高杉大臣の事故について、警察が発表したことが正しいと思いますか?不審に思ったことはありませんでしたか?」
「ただの事故ではないとは思ってます。
車が炎上する前に不自然な爆発が起きたとの目撃情報も一部ではありました。
でもそれが採用されることはなかったみたいですけど…………」
「運転手の額には真ん中に穴が空いていたそうです。
これは運転手の死因が、頭部に銃撃を受けたことだからです。
そして不自然な爆発はロケット弾による砲撃によるものだった。
運転手の死因を隠せるのは誰ですか?不自然な爆発を自然な炎上だと言い張れるのは誰ですか?」
「高杉大臣は警察の上層部に殺されたと言いたいんですか?」
「正確には高杉大臣の組織した本当の暗殺部隊にです。
その暗殺部隊に指示を出した人間が警察の上層部にも同様に指示を出して事故で処理したんですよ。」
「その指示した人物は誰ですか?」
「それは私にもわかりません。
でも日本にも、アメリカの銃規制を妨げる力があるように、中国の政府が変わっても変わらずに力を持ち続ける国内華喬と呼ばれる人達がいるように、国を裏から動かせる力があるんです。」
「都市伝説か何かですか?」
山本が聞くと、桂は少し笑いながら
「日本の歴史は、勝者の側で紡がれて来ています。
歴史のすべてが真実であるとは言い切れない。
だからこそ、謎が生まれ、その謎の中に真実があるのではないでしょうか?
私は歴史学者ではないですが、とても興味をもってますよ。
古墳は本当はなぜ作られたのか?出生の不明な人物が歴史を動かす時、その人物は本当に存在したのだろうかなど、知りたいが知れないことはたくさんあると思います。
歴史の謎から生まれた力が今も日本のどこかに存在しているかもしれない。
確かに都市伝説のように思えますが、勝者の数だけ敗者がいます。
闇に消えた存在もたくさんあったでしょう。」
「その闇の存在が日本を牛耳っていると言いたいんですか?」
「山本君、影山は今、その存在に負けて姿をくらませたんですよ。
そして、警察の上層部とは誰のことなのか、それは君が一番わかってるんじゃないですか?」
桂はそう言って山本をまっすぐに見つめた。しばらくの間、二人の間に沈黙の時が流れる。その空気を切り裂いたのは上田だった。
「あの…………もうすぐ着きますが、もう少し時間を稼いだ方がいいですか?」
「いえ、けっこうです。
私が伝えたいことは伝えられました。
ただ、この話は警察署内ではできない話ですから。
もし、上層部に対して不信感があるならこの話はしない方がいいですよ。彼らは暗殺部隊を持っているんです。
西郷君や死んでいった彼らとは全く違う、本物の暗殺者集団らしいです。気をつけてください、彼らはどこでどう潜伏しているかわかりませんから。」
桂が言い終えたところで車が止まる。上田が
「それじゃあ、連行するための人員を借りてきます。」
そう言って、車から出ていった。桂は山本のジャケットのポケットに何かを入れ、正面を向いたまま
「後で見てください。
石田君と最後に食事した時に渡されたものです。
僕はこれが何なのか、どう使うものなのかもわかりませんでしたが、よくよく思えば、石田君は何かを伝えようとしていたのかもしれません。
彼は影山秀二は亡霊だと言ってました。どういう意味かと聞いても、つかみどころのない人間だと言って誤魔化されました。
影山秀二は生きているように見えて死んでいるとも言ってました。
まぁ、それの意味は教えてもらえませんでしたけど。」
桂が言い終えたところで制服の警官が近づいてきて、桂側のドアを開けて桂に降りるように促し、桂は黙って従って降りようとしたので、
「先生、あなたは後悔してますか?
今回の事件に関わってしまったことを?」
山本の問いに桂は動きを止めて、振り返り、
「いいえ。後悔とは一生懸命に取り組んだから味わえる、いわば頑張った人が受けられる勲章のようなものです。
私は何も頑張っていないし、誰かのために何かをしたとも思えないんです。
だから、後悔などさせても貰えないんです。
山本君はたくさん後悔してきてるんじゃないですか?
君はいつも一生懸命な人ですからね。」
桂はそう言って車から降りていった。
山本は座席に座ったまま、桂が何かを入れたポケットを黙って握りしめた。




