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九十三部

 桂の体は少しの間動かず、急に勢いよく起き上がると周囲をキョロキョロと見回し、山本達に目を止めると小さく「ああ………」と言ってから、「どうやら彼の時間は終わったようですね。」と言った。

「あなたは桂先生ですか?」

 上田が確認するように聞くと桂は黙って頷いた。山本が

「さっき言った、『彼の時間』ってのは入れ替わってたことを把握しているということですか?」

「僕がこんな状況で意識がなくなることなんてないですよ。

 僕の意識が途切れたと言うことは彼が出てきたことを意味すると考えても不自然ではないでしょう?」

「意識の戻ったところで悪いのですが、岩倉が平然攘夷軍として散っていった人達には後悔がなかったと言ってました。

 それがなぜ言い切れるのかと聞いたら、その答えは先生が知っていると言ってました。

 心当たりはありますか?」

 桂は少し悩むような仕草をしてから、何かを思いついたようにパソコンを操作し始めた。桂はパソコンの画面向きを不馴れな感じで動かし、山本達の方に向けた。

「このパソコンには、彼が動画を作るための材料となった映像があります。その中で基地襲撃の直前にカメラテストをした映像がありました。

 自分達のおかれた状況を理解して涙を流しながら、自分達の使命のために戦場へ向かう彼らの映像があります。

 彼らは作戦前に食べるご飯を何にするかで悩み、それぞれの作戦地で各自で決めたのに、みんなが一様にファストフードを選んでいました。

 彼らのなかで楽しかった思い出は大学生時代で止まっていたのかもしれません。

 それほど彼らが自衛隊のなかで辛い思いをしていたのかもしれません。

 ただ、彼らは自分達の行いが間違っていてもやらなければいけないことを理解している感じでした。」

 桂は動画を再生する。笑顔で楽しそうに話す男達。

 涙を流しながらも引き返すことをしようとしない強い意思。

そして生きて帰りたいと願う気持ち。山本達は彼らのことを何も知らないが動画から彼らの思いが伝わってくる気がした。

山本が

「この動画から、彼らが後悔していなかったと思えってことですか?」

「そういうことじゃないよ。彼らは船を降りることを上官から頼まれても、それを断ってでも参加したんだ。

 彼らは一人ひとりが日本を守るために活動していたのだと思う。

 それが間違った方法であったとしても、国を思い、大切な人達の未来を守りたいと思ったんだと思う。

 動画は他にもあるが私の見て欲しいのは西郷君が出撃前にすべての船に向かって話した動画なんだ。」

 桂はそう言ってパソコンを操作してもう一度山本達の方に向けた。

 艦内放送の形で演説は始まった。


「皆、目を閉じて考えてほしい。

 あなたが大事だと思う人の顔を、笑顔を。

我らの名前が歴史に残ることはないだろう。

 我らはきっと隊によって、何かしらのありえそうな理由をもって殉職したことになるだろう。

 我らの行いの正誤はきっと何年も何十年も先の頭でっかちの学者によって決められるだろう。

 誰かが失敗をしなければ成功は得られないように、誰かが過ちを犯すことによって社会がより良くなるのなら、我らで間違った一歩を踏み出そう。

 でも、考え直してほしい。

 この放送を聞いているすべての人間が間違った一歩を踏み出す必要はないのではないか。

 その一歩を批判し、修正する人間も必要になる。

各隊にそれぞれ1隻ずつ、岸に戻る船を用意してもらった。

 生き残る方が辛い選択になるかもしれないが、少しでも多くの仲間が生き続けることを私は願っている。

 だが、私は……………………………あなた達が何を言っても聞いてくれないくらい頑固なことも知っている。

 この先の死地において、戦勝を得られなくともかまわない。

生きて帰ること、無理は絶対にせずに攻撃すればすぐに引き返すことを推奨する。

 我らは『平成攘夷軍』であり、そして新たな時代の『維新軍』でもあるなのだ。

 生きて帰る気のない者は今すぐ船から降りろ!

軍の規律は生きて帰ること。同じ規律を抱けぬ者は反乱者として即刻、船外に追放処分とする。」

 動画の中がざわつくが、次第に笑い声も聞こえてきた。

「死ぬと思って戦場には行かないよな。」

「本当だよ。」

「生きて帰る。」

それぞれの船から決意のこもった声がたくさん聞こえてくる。西郷が

「生きて帰り、そして坂本さんに皆で言ってもらおう。

『新生日本の夜明けぜよ』と」

 最後の方は西郷も笑いが収まらずに吹き出しながら言っている。

彼らにしかわからない冗談なのだろう。山本がそう思い、桂を見ると

「彼らは生きることを望んでいた。

 後悔があるなら、それはきっと坂本君にこの言葉を言わせることができなかったことだと思います。

 僕はそう思うし、それ以上は言えないです。

 さて、続きは警察署でしましょうか。

いつまでもここにいてもそろそろ飽きてこられたと思いますから。」

桂はそう言って立ち上がり、山本は少し目を閉じてから、

「上田、先生のパソコンを押収して、松前に解析させてくれ。

伊達と片倉はこの部屋から他に証拠がないか探しといてくれ。

 俺が署に連行する。」

「大丈夫ですか?」

上田が聞き、山本が真剣な顔で

「大丈夫だ。」

「わかりました。でも、車は僕が運転しますよ。」

上田がそう言ってパソコンを操作して抱え込むと伊達が

「じゃあ、色々と探しときますよ。始めようか片倉。」

「ええ、とりあえず書類から始めましょう。」

 片倉はそういうとてきぱきと書類の棚を調べ出した。

山本が

「先生、じゃあ行きましょうか。」

桂は黙って頷き、山本に連れられて部屋をあとにした。


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