八十九部
「失礼します。」
ドアを開けて入ってきたのは山本、上田、伊達、そして片倉の四人だった。山本が続けて
「お忙しいところすみません、木戸先生。
いや、桂先生と呼ぶべきですか?それとも今は岩倉ですか?」
桂は笑顔を浮かべて
「もう……………………………すべてお見通しということですね。
山本君の質問に答えるなら、僕は桂だよ。」
「先生も我々が来た理由はわかっているということですね。」
山本が確認する訳でもなく言うと桂は寂しそうな顔になり、
「前提として聞いて欲しいことなんだが、二ノ宮先生は私の精神科の主治医であって、今回の事件に何も関係していない。」
「つまり、二ノ宮先生が我々のことを教えたということですね?」
「そうなりますね。
二ノ宮先生は、共存する人格が起こした事象に対して主人格に責任を追求できるとは思っていないようですし、私の別人格の特殊性を加味して公にしないでいてくださいました。」
上田が
「それでは確認させていただきますが、『平成攘夷軍』の岩倉は、桂先生の別人格であることを認められるということですね?」
桂は目を閉じて小さく頷きながら「はい。」と言った。
「犯行時の記憶、あるいはその痕跡を発見したことは今までにありましたか?」
山本が聞くと桂は小さく首を横に振り
「記憶は僕の側からの干渉はできないんです。
僕の人格はパソコンが苦手なのでいつも使うものしか触れないので、岩倉が使うようなソフトがパソコンのなかにあったことに気がついても、パソコンのアップグレードで勝手に入ったものだ思っていたくらいで気にもかけていませんでした。」
「その存在に気づいたのはいつですか?」
山本が聞くと桂はためらうかのように引き出しからノートを取り出し
「最近の話ですが、記憶の抜け落ちている時間が増えてきたと思っていたら、日記に自分の存在のことや自分の人格のこと、そして何をしているのかまでが詳細に書いてありました。
岩倉からの自己申告です。」
「それを受けて、警察に行こうとは思わなかったんですか?」
伊達が聞き、桂は寂しそうな顔で
「例えば、そんなノートを持って交番に男が来たとして、まともに相手をしますか?
頭のおかしい奴が来たくらいにしか思わないんじゃないですか?
ノートの中には、坂本くんの名前がありましたから彼にまず相談しました。
彼も僕の別人格に対してどう対応するべきかを迷っていたそうで、色々と話し合った結果、もう少し様子を見てみることになりました。」
「それは坂本警部補が計画に必要な岩倉を警察に渡したくなかったということですか?」
片倉が聞くが桂は首を横に振り、
「全責任を自分で受け負いたいということでした。
特に僕のような状態で法廷に立ったとして、誰が僕の多重人格を認めてくれますか?
そんなことを言って罪を逃れようとしているずる賢い奴だとしか思わないんじゃないですか?
私は本当に何も知らず、いつの間にか取り返しのきかない犯罪を行っていたとしても、私はそれを受け入れるでしょう。
でも、坂本君も西郷君もそれを許してはくれなかった。
岩倉という人格を押さえ込んで本来の私であって欲しいと言ってくれました。ですが、事件が進むにつれ、私が事件のことを知るにつれどんどんと岩倉の割合が増えていきました。
私では止めようのない流れに飲み込まれて下流へと流され続けているんです。」
「入れ替わるタイミング等はありますか?」
「わからないんですよ。
いつの間にか…………知らない……………間に…………………………」
桂の言葉は途切れ途切れになりそして、桂は机に向かって倒れこんだ。山本が心配して「桂先生!」と叫ぶと、桂からは今までに聞いたことのない笑い声が上がり、顔をあげた桂も今までに見たことのないような表情をしていた。




