七十九部
「山本さん……………………………………」
坂本が小さな声で何かをためらうかの様に言い、山本が
「なんだ?」
「物事には………………表と裏がありますよね。
表ばかりが注目されて、裏を人は見ようとしない。
外面ばかりで、人の内面を見ようともしない。
大事なことはいつも見えないところにあるのに、人は見えているところばかりで物事の良し悪しを決めてしまう。
裏表のないことなんてない、そう思いたいけど話は単純じゃない。
誰かが幸せになれば誰かが不幸せになり、誰かが儲かれば誰かが損をし、誰かが喜べば誰かが悲しむ。
その『誰か』がもし、一人の人間の中で起こっていたら、あなたはどんな苦しみがあると思いますか?」
「何が言いたいのかわからないな。
すべての人間が自分の思った通りには生きていけないことなんて、昔からずっと続いてることで、今に始まったことじゃないだろ?」
「…………………そうですね。
じゃあ、表にも立たずに裏からすべてを操る力が存在するとして、あなたならどう戦いますか?」
「お前の質問が的を得ないな。
操られる前にそいつを潰せば済む話だろ。」
「山本さん、問題はいつの段階から操られていたのかがわからないところですよ。
自分のままで進んでいても、いつの間にかそいつの作ったレールの上を走っていただけなんてこともあります。
世の中にはそういう人間が居るということです。」
「お前が誰かに操られていたから自分は悪くないって言いたいのか?」
坂本は静かに首を横に降り、
「僕は僕の思ったままに生きているつもりでした。
でも、いつの間にか誘導されて、そういう人間にされていたんです。
でも、これも僕だけに限った話じゃない。
僕も黒木さんも五條もそしてあなたもですよ、山本さん。」
「どういう意味だ?」
「防衛大臣の高杉を知ってますか?」
「それぐらい俺でも知ってる。」
「じゃあ、彼と三橋教授が友人だったことも知ってますか?」
「知るわけないだろ。
三橋の友達が誰だろうが俺には関係ないからな。」
坂本は呆れたように笑い、
「フッ、そうですね、そういう人ですもんね。
でも、これは大事な話ですよ。
高杉という人間が居たからこそ、三橋教授が生まれて、三橋ゼミが生まれ、そして一流企業の要職から警察、官僚、政治家まで幅広い分野で活躍する人材が生まれているんです。
すべては高杉から始まっているんですよ。
優秀な人間の創成と育成を目的に三橋ゼミが誕生していたんです。
まぁ、結局のところは三橋教授が自分の欲に負けて、すべて台無しにしてしまいましたが、それでも世の中に輩出された人達は各分野で実績をあげ始めている。」
この話を聞いた上田が
「そんなに簡単に優秀な人間を作ることなんてできないですよね?
特別なことでもしてたんですか?」
坂本は笑いながら、
「人には生まれ持った才能があります。
それは同時にその人の限界を示しているんです。
優秀な人間になる資質は誰もが持っているけど、自分が何で優秀な人間になれるかを人は知らないんです。
そこで三橋ゼミではあらゆることについて討論を行います。
広い知識と見識、そして広い視野をもって問題を見る力と解決するための議論を繰り返します。
ただ法律の話だけでなく、政治、経済、農業、工業、国際関係となんでも『お題』良いんです。
様々な分野の出来事をそれぞれに研究し発表する。
そういう環境の中で、それぞれの分野の知識を広げていく。ついてこれないものから脱落し、一学年で一人でも優秀な人間が出ればそれで良い。元々優れた人材を育てるのもよし、隠れた才能を見つけ出し育てるもよし。
これは高杉の育成ゲームなんですよ。
人は皆、教育を受ける権利を有し、そして学んでいるが、教える側を選ぶことは難しい。
同じ内容を教えていても、教え方の違いや教える側の認識によっても伝わり方が変わり、教育を受ける側の人間性にも影響します。
それをあえて利用して自分の思う通りに動く優秀な人間を作り出す、そんなゲームを高杉はしてきたんです。
その結果生まれたのが僕であり、黒木さんであり、五條であり、山本さんなんですよ。
まぁ、山本さんに関しては思い通りに動いてもらえないので、高杉からすれば失敗作ということになるんでしょうね。」
「そんな下らないことのために、お前は今回の事件を起こしたってことか?」
山本が冷たく聞くと、坂本は首を振り
「僕は『メシア』にはなれないですよ。
僕は捨てゴマです。まぁ、彼等の言う『救世主』になるつもりなんてまるでありませんでしたけど。」
「その『メシア』ってのはなんだ?」
「腐った国を、腐った世界を救う、愚鈍で無知な国民を導く救世主を作ることが高杉達の目的であり、彼らは『救世主創成計画』と呼んでいました。下らないと思いませんか?
自分がなるんじゃなくて、誰か違う人にやって貰おうなんて、ことなかれ主義の典型的な例ですよ。」
「その計画に携わってるやつらが今までの一連の事件を扇動してきたってことか?」
「それは…………………………違います。
高杉の思い通りにいかない、人間が山本さんの他にもう一人居たんです。」
「『いた』ってのはどういうことだ?」
「三橋教授を失脚させようとして死んだんですよ。」
「影山光輝か?」
「そろそろ時間ですね。
それは自分で考えてください。」
坂本はそう言い残すと、特別犯罪捜査課以外の警官に近づき、「行きましょうか」と言って連行されてしまった。
山本は引き留めるでもなく、その背中を見続けていると上田が
「終わりましたね。」
「いや……………………………まだだ。」
「どうしてですか?坂本さんが主犯だって認めましたし、これから取り調べで裏付けをすれば終わりなんじゃないですか?」
「まだ………………終わってない気がする、それだけだ。」
そう言って山本は遠くなっていく坂本の背中を見続けた。




