七十六部
「先生にとって……………………………………人生とはなんですか?」
坂本が聞くと、頭を抱えた男はうなだれながら、
「わからない…………、私は常に夢の中にいる。
私ではない私がいて、私では到底できないようか暴挙を繰り返し、そして私の知らないうちに私の大事なものを壊していく。
私の人生は、私のものであってそうではない。
坂本君はどうだね?人生とは?」
「悲しみです。
僕の人生は常に何かを失うことから始まり、取り戻そうともがいても、他の誰かの手によって取り上げられてしまう。
手を伸ばして新たなものをつかんだ瞬間に今までつかんでいたものがなくなってしまう。
奪われた悲しみにとりつかれて、今、手の中にあるものもいつの間にか失ってしまいます。
僕に残るのはいつも悲しみだけな気がします。」
「すまない……………………………………」
「先生が謝ることじゃないですよ。」
「君はこれからどうするつもりだね?」
「責任は取ります。
西郷や僕のことを慕ってくれた仲間の死にたいする責任も、本当に潰されるべき男のことも。
全部、背負って、そのまま地獄まで行きますよ。」
「それなら、私にもその責任はある。
私も一緒に……………………………………」
「先生は黒木さんのことをお願いします。
あの人は今回のことは何も知らない。秀二に乗せられてしまった僕がバカだったんです。
あと、大久保にも気をつけてください。あいつも秀二と同じで何を考えているかわかりませんから。
それでは、僕はこれで失礼します。
先生は今の先生のままでいられるようにしてください。
夢は夢であって現実ではありません。目が覚めれば忘れてしまう、そんな儚いものです。忘れてください、先生は何も悪くない。」
「坂本くんでも、私は……………………………………」
坂本は男の言葉を最後まで聞くこともなくその場から離れた。
坂本には男の苦悩も自分も誰かに責められることによって、全てを吐き出してしまいたい気持ちもわかる。
でも、自分の回りから誰かがいなくなる悲しみを知っているからこそ、黒木さんをこれ以上悲しませることはできないと思い、突き放すしかなかった。消えるのは自分だけで良いと自分に言い聞かせながら。




