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七十四部

 船室の椅子の背もたれに体をあずけ、西郷は船内に響く楽しそうな騒ぎ声を目を閉じて聞いていた。そこに男が1人入ってきて、

「一緒に騒がないんですか?」

「指揮官が浮かれている船に乗って戦地に向かいたいと思う兵士がいると思うのか?」

「私はそうであってほしいですね。

 少なくとも勝って生きて帰ることができると指揮官が悲観していないということですから。」

「悪いな。」

「やめてください。無責任に生きて帰れると思ってる指揮官もどうかと思いますから。」

 男は笑顔でそう言った。西郷はずっと気になっていたことを聞いた。

「最後の晩餐がジャンクフードでよかったのか?

 準備しようと思えば、もっと高級な寿司とか肉とかもできたんだぞ?」

「ダメですか?ハンバーガー食べたり、みんなでポテト食べたりするのもなんか大学生の頃に戻ったようで楽しいじゃないですか?」

「でもな………………………………」

「それに、最後の晩餐にするつもりはないって、みんなのメッセージじゃないかと思うんです。

 生きて帰って、坂本さんの口座がすっからかんになるくらい奢って貰いましょう。西郷さんの言った高級な寿司とか肉とかを。」

 西郷はため息をついて、それから笑い

「そうだな。坂本さんには一ヶ月間断食してもらうぐらい皆で食って、飲んで、騒いでするとしようか。」

 西郷はそう言って時計を見た。ちょうど出発予定時刻になろうとしていた。計算高い副官を持つと心底怖くなるものだと思いながら、男の顔を見る。男は得意気に笑っている。

「それじゃあ、日本を起こしに行こうか。」

「了解しました。総員、配置につけ。出動。」

 男はそう叫びながら、船室を出ていった。

「そうだ、生きて帰って坂本さんに直接伝えるんだ。

 任務報告を!」

 西郷はそう自分に言い聞かせるように叫び船室を出た。


『目を開け、いつまで目を背けているつもりだ?

いつまで知らないふりをするつもりだ?

もうわかっているのだろう。

 活躍の場も得られない軍隊が、日本に駐在し、基地周辺で問題を起こしながらも厳しい処罰も受けずに問題を繰り返し起こしていることを。

 日本の防衛を歌っているにも関わらず、日本への脅威を排除するための行動を起こしていないことを。

 外交官や政治家は、相手の顔色を伺うばかりで日本のために頑張りはしない。

 問題の被害者になっている者達の悲痛な叫びを受け止めず、その場しのぎの言葉を真剣に受け取っている。

 所詮は基地周辺の問題は東京で偉そうにふんぞり返っている者からすれば、対岸の火事であり、関係のないことなのだ。

 日本は過去に過ちを犯した。戦争を行い罪のない者も殺害してしまっただろう。だが、それは戦争に参加した国の全てが言えることなのではないだろうか?

 日本だけが武力不保持を宣言したところで、世界から武力がなくならない限り意味はない。

 自分の国が平和なら世界などどうでも良いと宣言しているのと変わらない。

 我らが示そう!

日本を守るための軍隊がどれ程の力を持っているのか。

 我らが示そう!

 日本を守れるのが、我ら日本人だけなのだということを。

 我らは平成攘夷軍、新たな時代は我らの犠牲によって開かれる!』

 西郷は『犠牲によって』の言葉が気に入らなかった。岩倉さんは自分達が死ぬことを前提に動画の導入を作っていたからだ。

 だが、そんなことはもう関係ない、戦火は開かれ、そしてもう終わったからだ。口のなかに血の味が広がり、全身から強烈な痛みが伝わる。

 船は燃え、そして傾きは時を経るごとに大きくなっていく。

 沈み行く船のなかで、パソコンの画面には先程までのこの船を含めた平成攘夷軍の勇姿が写し出されている。

 基地への攻撃、沈み行く敵船、そして沈む仲間の船。

先程まで笑っていた者達の命が海に飲み込まれていく様。

そして、自分の船に衝撃がはしり、炎上していく様。

 動画には写っていないが、爆炎から俺を守るために俺を突き飛ばした副官の必死な顔。そして、副官の最後の言葉が何度も耳に鳴り響く。

『逃げてください、西郷さん!』

 残念ながら逃げることも戦い続けることもできなかった。

 より良い日本がどんなものかを話し合った大学生時代。楽しそうに話す若者の中には先ほど命を閉ざした者もいる。

 残された人もいる。坂本さんはこれからも楽しそうに笑ってくれるだろうか?

 自分も一緒に死ねばよかったなどと馬鹿なことを考えないだろうか?

 ああ、意識が薄れるなかでも坂本さんのことばかり心配してしまう。それはつまり、自分の人生が坂本さんを中心に回っていたことを示していた。

 『あの人が笑顔でいられますように…………………』

 西郷の切なる思いは、動画の最後に小さな呟きとして残り、西郷をのせた船は海底へと船出した。

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